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奴等の凄さ

なんとかクリスマスには間に合いました。

来年も宜しくお願いします。

        『たまには別視点もいいんじゃないかな ~エリカ~』




―――――――全属性保有者。


それの意味するところはつまり、下位魔術属性4つ、中位魔術属性4つ、高位魔術属性4つ、合計12ある属性の全てを使用出来ると言う事。


『火』『水』『風』『地』

『雷』『氷』『草』『癒し』

『光』『闇』『重力』『召喚』


魔術師の平均属性保有数が3であることを考えれば普通、5を越えた時点で人は他人よりも有利に立てる。

その5のうち、中位の属性数が3を超えていればそれだけで他人から羨望されるだろう。

仮に保有数が平均以下であったとしても、高位属性を含むのであるならば誇れることだ。

下位を全て使えるならその者は極めて優秀だ。

中位を全て使えるならその者は天賦の才を持つ者だ。

高位を全て使えるならその者は御伽噺の主人公だ。

―――――――ならば、全属性を使えるものは?


――――――――――決まっている。それは唯の、バケモノだ。











 「でもよぉ、あいつの場合『バケモノ』っつーよりか『変態』って言ったほうがオレ的にはしっくり来るんだよな」

 「勝手にワタクシの語りに入ってこないで頂けます?……まあ、その意見は多少理解出来ますけれど」

横を歩く粗野な男が言う事に、ワタクシは同意する。



そもそも『バケモノ』とは、『変態』とは何か。


前者の意味はすなわち、人知を超えた不思議な存在、得体の知れない怪しげなモノ、人間離れした力や能力を持つ人を指す。なるほど、確かにショウ=クロノにはこれ以上なく当てはまる言葉だろう。


 「アスカの食欲もそれに続きますわね……」


対して『変態』とはいくつか意味があるが、主だった物を挙げるならば、虫や植物が姿形を変異させること、性的倒錯があること、異常な、歪な、何か普通とは違う状態であること、この3つだ。


ただその二言だけを考えればショウ=クロノは先生の仰った通り、『バケモノ』だ。人並みどころか人間の限界を外れたような魔力量、御伽噺の主人公を嘲笑うかの如き属性保有数。人はあまりに力を持ちすぎたモノ、自分の常識外のモノに対して恐怖を覚えるというが、まさにショウ=クロノはそれを体現していると言える。逆に『バケモノ』と揶揄する以外に他はない。畏怖、恐怖、異端視……そう見られて然るべき存在だ。



―――――――では、実際に辺りを見回してみるとどうか。



単位欲しさに釣られた者も居る。

思う存分魔術を使いたいだけの者も居るだろう。

他者に自分の力を見せ付けたい者だって居てもおかしくはない。

もしかしたら、ショウ=クロノに恨みでもある者も居るかもしれない。


だがしかし、コレだけ大勢の人間が居る中で、それでもショウを恐れている者は存在しては居ない。


勿論、生徒達から漏れる声を聞くと全く恐怖感が無いわけではないようだ。しかしそれも『バケモノ』に対しての恐怖ではなく、『強い相手と戦うのが怖い』と言った至極単純な意味合いでしかないように見える。それは得体の知れないモノに対する恐怖とは一線を画している感情だ。



 …………一体何なんですの?この状況は。



誰もが口々にショウ=クロノの名を呼び、探し回っている。見つけたらどのように攻撃し、どのように捕獲するかを話し合っている。畏怖せず、恐怖せず、異端視せずに、恐れる相手に向かっていこうとしている。

学校をこの状況にしたのはショウ=クロノだ。異常な、歪な、普通とは違うこの状況を作り上げたのはショウ=クロノだ。クラス分けの大会に始まり、寮での生活、授業態度、性格、他人への応対……それらが積み重なり、結果、誰もが『バケモノ』を『バケモノ』として見なくなってしまったこの状況に変化させたのは、ショウ=クロノだ。



 ああ、それならばまさしくショウ=クロノは―――――――――


 「変態……そう呼ぶのが最も適切なのでしょうね」

 「おい、何一人で黄昏てんだよさっさと行くぞ。……チッ、何で毎度毎度こんなヤツとオレが組まなきゃいけねぇんだ」

 「その言葉、丸ごと貴方にお返しいたしますわ。精々ワタクシの足を引っ張らないようして頂きたいですわね」

 「足を引っ張る?寝言は寝てから言いやがれ。テメェこそ死に物狂いで着いてくるんだな」

 「丁重にお断りいたします。貴方に着いて行くほどワタクシは人生を捨てておりませんから」

 「そうか、そいつぁ好都合だ。オレの人生にだってテメェなんか必要ねぇからな」


 この男……いくら気にせずともいいと言ったとはいえ、よくも貴族に対してここまで減らず口を叩けるものですわ。コレはコレで貴重な存在なのかもしれませんわね。まあ、それでもこの男には出来る限り近づきたくはないのですが。


 では何故ワタクシがこの男と行動を共にしているのか?

 ……仕方がないでしょう。カエデがそう言ったのですから。


 勿論ワタクシは反論も反対もしましたわ!ですが……やはり、あの時のカエデには逆らえなかった。あれだけの作戦をほぼ一人で作り上げてしまったカエデには。

 いえ、それだけでなく、『反対するならそれなりの理由と考えがあるんですよね?(ニッコリ)』などと言われたらもう……ワタクシにも今更貴族と平民などという身分を持ち出すつもりはありませんが、これほどまで平民に遣り込められる貴族はどうなのか、と思ってしまいましたわ。……我ながら自分が情けない。


 ………いえ、アレはワタクシの力不足ではなくカエデの不可思議な迫力によるものでしょう!!実際この男だってあの瞬間には何も言えなくなっていたのを見ましたし!!先生だって何も口を挟めなかったようですし!!



……そう、今のこの状況を作り出すことになった、あの瞬間には――――――――
















 「いいですか皆さん。これでようやく翔さんと正式に勝負をすることになりましたけど、実際にはここからが本番ですからね。気を引きしめていきましょう」

そう言って机に広げたのはこの学校の見取り図だ。アスカ、アキラ、リリア、ユーリ、バカ、ワタクシの計6人はそれを覗き込む。先生は放送を終え、音響玉から手を離していた。

 

 「210分間あると言っても、全校生徒が探し回ると言っても、やっぱり翔さんを見つけ出すのは容易ではないでしょうし、見つけないことには戦うことすら出来ません。先程から何度も言ってますけど、まず私達が成すべきは魔力を限りなく温存しつつ全力で翔さんを見つけ出す事です」


翔さんとの戦いも長引きそうですけどね、と付け加えつつ見取り図に幾つかペンで丸を付けていく。


 「順番から言うと、私達はいくつかの地点に別れ、その場から翔さんを見つけ、発見次第他の執行部員に連絡を入れ、全員が揃ってから翔さんに戦いを挑む、という4つになりますね」

 「ねえ楓ちゃん。その場から探すってちょっと無理じゃないかな。翔ちゃんが近くに来るのを待つって事でしょ?絶対に時間がかかると思うんだけど」

 「そればかりはこの際仕方ないんですよ。いくら早く見つけたほうがいいと言っても、いざ戦いになった時に魔力が切れてました、じゃあ元も子もないですからね」

 「ふむ。ならばショウを追い込むのは生徒達に任せるという事か?」

 「ええ。一応翔さんが他生徒に捕まってしまった時の保険として勝負という方法を取りましたけど、正直に言うなら実際その可能性は低いんですよ。どうですか皆さん、あの翔さんが私達以外に捕まると思います?」

 ……確かに想像がつきませんわね。というより仮にもこのワタクシを下した者なのですから、そう簡単に捕まえられてしまっては困りますわ。


 「ですから正確に言えば、この地点に別れた私達の行動は『翔さんを見つけた生徒達を探す』ことですね。捕獲も逃避行も魔術の応酬になるでしょうし、それならば動かなくても分かりますから。……それにデラクール先生曰く、どうやら何か秘策を出すみたいですよ」

カエデに話を振られた先生は胸を張り、少々偉そうにその秘策とやらを切り出した。



 「みんなも知ってのとおり、こう見えて私は『召喚』を持っているのよ」

 「はあ……そうですか」

 「……何よアキラちゃんその『だからなんだ』みたいな表情は。いい!?確かにここに居る貴方達やあの傍迷惑な生徒はみんな高位を持ってるし、持ってない人も凄く強いけど、普通は高位を持ってるだけでそれはそれは羨ましがられたり誉められたりするのよ!?その常識を貴方達が……いえ、あの子が壊しているだけなんだからね!」

 そう!その通りですわ!!ワタクシを3つしか属性を持ってないだなんて思わないで頂きたいですわね!!平均には達しているし、何より『光』持ちなのですから!!

 ……ワタクシは誰に言い訳をしているのでしょう?


 「……取り乱したわね。まあそんなわけだから、私はこの学校の『召喚』に関わる全ての事に携わっているのよ。そしてだからこそ、この学校と契約した……正確に言えばある教師が学校と契約させた“精霊”の召喚許可も出すことが出来るわ」

 「なっ!!?ま、まさか、先生は精霊と契約を結んでいるのですか!?」

 「おわっ!な、なんだよエリカ、急に大声を出すんじゃねぇよ」

 「大声を出さずにいられる訳がないでしょう!!あなた、なにも知りませんの!?というより、精霊を召喚出来る事に何も感じませんの!?」

 「精霊ぐらい知ってるっつーの!あとは…全召喚師の憧れってくらいか」

 「貴方は何も分かってませんわ!!そもそも精霊とは……」

 「あーエリカちゃんエリカちゃん、話が逸れ過ぎよー」

 「う……失礼致しました」

 恥をかきましたわ……ええい!!ソレもコレも全てカイル=ドラゴニスが無知すぎるのがいけないのです!!



 「精霊の話はいいとして……元に戻すと、クロノ君を見つけ出すのにその精霊を呼び出そうと思ってるの。もちろんあんまり強力な精霊ではないんだけどね」

 「それは良いんですけど、じゃあその精霊を誰が呼び出すんですか?私達の中で『召喚』を持ってるのはあすかさんだけですし」

 「ええっ!?わたしがやるのぉ!?……フラー先生じゃだめなんですか?」

 「特別授業ってことになってるのに私が手を出せるわけないじゃない。それよりもカエデちゃんは、ホントクロノ君以外に興味がないのね」

 「な、な、な、なにを言い出すんですかデラクール先生!!」

 「ウフフ、顔、真っ赤よ」

 「っっ!!?」

 ……おかしいですわね、何故か急にムカッとしましたわ。


 「あのね、魔術執行部には貴方達以外にも生徒がいるでしょう。それに、あの子達だって伊達や酔狂で執行部に所属してるわけじゃないわよ」

 「……では、あの三人のうちの一人が『召喚』を持っている、と?」

 「本名で言うより、副部長と言った方が分かりやすいかしら、あの髪が長い男の子ね。あの子は前途有望な召喚師として一目置かれているわ。既に自力で“妖精”と召喚契約を結んでいるから」

 あの年で妖精と契約!?……なるほど、人は見かけで判断してはいけないものですわ。彼も十分才のある人ですのね。


 「でもよーセンセー、今回は妖精じゃなくて精霊を召喚すんだろ?副部長に出来るんスか?」

 「出来るわ。今回呼び出すのは個人とではなくこの学校と契約している精霊だからね。必要な条件さえ揃えれば、敷地内なら誰でも召喚できるの」

 「ふむ、ではその条件とは一体?」

 「まずは当然『召喚』を使える人、二つ目は呼び出す精霊の属性を持っている事、そして最後が……本来契約した相手を呼び出す時以上の魔力。どうせ知らないだろうから先に言っとくけど、この条件は全部貴方達の先輩3人の力だけ揃えられるから、その辺は心配しなくていいからね」

 「じゃあボク達は楓の言ったように、じっとしながら翔を探せばいいだけってことですか?」

 「そうよ。ただその代わりに3人はその後のクロノ君捕獲は手伝えないけど」

 別にそれは構いませんが……そんなことより、少し気になりますわね。


 「先生、召喚師が誰かは分かりましたが、他者が契約した精霊を呼び出す為に必要な魔力、それを副部長だけで補うのは無理がありませんの?」

 「そうね、その通りよ。だからこそ分担する必要があるの」

 「分担、ですか?」

 「そう、分担。まず副部長が召喚陣を構築し、そこに部長が召喚対象の精霊に対応する属性の魔力を送り込み、足りない分を書記の女の子が補う。それで精霊を召喚できるわ」

 なるほど、それならば確かに……って!!


 「ち、ちょっとお待ちください!!その話が本当ならまさか部長と書記の先輩方は………!」

 「あら、知らなかったの?エリカちゃんもクロノ君以外に興味がない人だったのね」

 「ち、茶化さないでくださいませ!!」

 「ウフフ、顔、真っ赤よ?」

 「っっ!!?」

 ああもう!!ホンットこの先生は下種の勘繰りばかりしますわね!!

 「ともかく!!部長の属性は一体……」

 「彼は『闇』。『闇』の“唯一者”。そして、言わなくてもわかってるとは思うけど、書記の彼女は“絶対癒術師”よ」

 「……やはり、そうでしたか。それにしても『闇』とは……」







――――――“唯一者”と“絶対癒術師”



それは、ある意味でショウ=クロノやワタクシ達多属性保有者とは正反対の才能を持つ者達の呼称だ。

読んで字の如く、“唯一者”とは、高位でも、中位でも、下位でも、保有する属性が一種のみの者を指す。この言葉が使われ始めた際にはただそれだけの意味であり、現在と違って対象を蔑む悪態でしかなかった。全体人数としては少なかったが、同じく数の少ない高位保有者とは違い明らかに侮蔑されていた。


しかし時が経つに連れ、その認識は大きく覆されることになった。その大きな切っ掛けの1つにあたる一人の大魔導師が提唱した研究結果に、魔力についてのこのような一説がある。


『魔術師の身体を流れる魔力は、その者が持つ属性全ての性質が含まれている。だからこそ、魔力を通したグリアドネの羽は脆く崩れ去り、保有していない属性に呼応する羽のみが残るのだ』


つまり逆説的に言えば、『自身に流れる魔力がどの属性を帯びているか』によって魔術師は使用可能な属性を決定され、逆にどの属性も帯びていなかった場合に魔術師と呼べなくなる。俗に一般人と呼ばれる人々は、魔力が無いのではなく属性が無いから魔術を使えないらしい。その結果として身体に流れる魔力を認識出来ず、魔道具に魔力を通すことすら出来ないわけだ。



この学説が認められた後、あらゆる学者が目をつけたのが『魔力を魔力として放出した際、帯びる属性の使い分けが出来るかどうか』である。

だがしかし、この学校に入学した時にも世話になったグリアドネの羽を用いた実験と研究は、幾人もの高名な学者が挫折感を味わう結果に終わった。



曰く、使い分けは不可能である、と。



唯一者の価値が一変したのはそれからだ。

唯一者とは先程にも言ったように、魔力が帯びている属性が一種のみの者を表すだけの言葉であった。

しかし多属性保有者が属性を使い分けることができない以上、ある属性だけが必要な場合は唯一者の頼るしか他に方法が無かったからだ。


因みに唯一者に頼らざるを得ない状況はかなり多い。

例えばワタクシ達が持っている火晶石。もし天然物を探そうとするとかなりの時間を有するし、購入しようとしても金額が跳ね上がる。何故なら普通出回っている火晶石は人工的に作られた物だからだ。

安価な魔晶石に唯一者がある程度の時間魔力を送り込み続けると、それが『火』ならば火晶石、『雷』なら雷晶石が精製されるわけだ。これらの石が一般人の生活具にも使われている事を考えれば、唯一者の必要性も自ずと高まる。

今回の精霊召喚にしても、召喚師である副部長が保有していない属性の精霊を呼び出す為にはその唯一者が必要である。しかも『闇』の唯一者ともなれば、ただでさえ少ない唯一者の中でも更に貴重であることは否定できない。高位の唯一者は、戦闘能力ではない別の分野で他属性保有者よりも高待遇で迎えられるのだから。



その貴重な存在がワタクシ達魔術執行部を束ねる部長であるわけだが、それと同等……いや、所によってはそれ以上に重要視されるのが、“絶対癒術師”である書記の先輩だ。



――――絶対癒術師



こうして見ると如何にも凄そうな肩書きだが、その実態は単なる『癒し』の唯一者というだけだ。それの意味するところはつまり、攻撃魔術が全くもって使えないという烙印でもある。

しかし短所を補って余りある長所があるからこそ、12ある属性のうちで『癒し』の唯一者だけが絶対癒術師という別名で呼ばれる事が出来る。


その長所とは、他者に自分の魔力を分け与える事が出来ると言うものだ。


どんな魔術師でも物体に魔力を送り込む事は出来る。しかし、分け与える事は絶対に出来ない。

理由としては諸説あり(いず)れも正確な証拠はないが、中でも最も有力な説としては、『「癒し」以外の属性を人体に送り込むと、それは強い攻勢を持って対処の魔力回路を破壊しながら流れる』というものだ。実際に人間相手に魔力を通すと軽い魔力超過にも症状が見られるらしい。


つまり『癒し』のみが相手の魔力回路を傷つけずに、もしくは破壊された回路を即座に修復することで、『魔力を分け与える』という離れ業をやってのけるわけだ。


そして書記の先輩は、他者(・・)が契約した精霊の召喚を試みる他者(・・)に魔力を与え、召喚を成立させ得る。つまり必要である相当な魔力量を彼女一人で補う事が出来るわけで、そこから彼女自身の保有魔力量が多い事が窺える。

保有魔力量が多い絶対癒術師……それだけで将来は引く手数多だ。例えば魔術の訓練、例えば癒術時、即座に魔力を補充できれば有難い事この上ない。



 『闇』の唯一者、妖精と契約した召喚師、そして絶対癒術師。まさかこれほどまでの才能が転がっているとは思いもよりませんでしたわね……。やはり生徒会などではなく魔術執行部に入ったのは間違えありませんでしたわ。………我が家(ノルトライン)に取り込めないでしょうか?






 「まあそんなわけだから、クロノ君を見つける手助けは出来るわよ。そこから先は任せることになるけど」

 「いえ、十分です。発見さえしてしまえば何とかなりますから。………多分」

 「私の目から見てもこの作戦は有効よ?もっと自信を持ちなさい!………って言えたらいいんだけどねぇ……」

 「だよねぇ。結局翔がどれ位強いのか、ボク達にはまだ分からないもんねぇ」

 「だが今回こそ本気を出してくるに違いない。その辺りも含めてカエデには頑張って立案して貰おう。なにせ私達魔術執行部の参謀なのだからな」

 「……そんな大層な職務を頂いた覚えはないんですけど」

 「ショウが事ある毎に言ってたぜ」

 「その内副学年長とでも言われ始めるのではありませんか?」

 「……その未来が簡単に予想できてしまうのが嫌ですね」

はぁ、と溜息をついてカエデは再び地図に向き直す。目の前に集中し嫌な想像を振り払おうとする仕草にも見えた。



 「それじゃあ組分けしますよ。勿論色々と考えた結果の組分けですから、反対意見があるならきちんの理由を言ってくださいね」

 「分かってるぜ!つーかオレはエリカ以外のヤツとだったら誰と組んでも文句なんかねぇしな!!」

 五月蝿い男ですわね。ワタクシだって貴方なんか願い下げです。

 ですがそんなことにはならないでしょうね。リリア以外のこの場にいる皆にはワタクシとこの男が全く合わないこと位、この前の【天狼】の討伐の時で分かりきっているでしょうし。そう考えればあの任務にも意味があったと言えますわ。



 ――――さて、ではワタクシは誰と何処に行くのでしょう?
















 「………はぁぁ。何度考えても分かりませんわ。何故ワタクシがこの男と……」

 「こっちのセリフだっつーんだよ。ケッ、さっさと生徒会にでも入ればいいのによ」

 「黙りなさい単細胞。貴方こそ学校など辞めて実家を継いではいかが?」 


我ながら低次元の口論を繰返しながら決められた場所へと向かう。そういえば、誰かとこんな口喧嘩をするのは何時以来だろうか。もしかしたら生まれて初めてかもしれないことにワタクシは気付く。




 「……っと。よし、到着だ。後はこっからショウを探せばいいんだな」

ワタクシ達に定められた地点はクラス分けの時にも訪れた闘技場付近だ。地図上で見ると丁度西に位置し、それぞれ北にはアスカとユーリ、南はアキラとリリア、東にはカエデが既に到着している頃だろう。そしてその中心となる学校の屋上では執行部の先輩3人が召喚魔術の準備を整え、先生が周囲に目を光らせている。これで理論上は敷地内全てに目を行き渡らせる事が出来ている筈だ。施設内に隠れる事は条件によって禁止されているし、障害物等でショウ自体を視認出来なくても争う生徒を確認することが可能だ。


到着と同時にワタクシは空へ向けて水球を飛ばし、狼煙を上げる。それに続けて間髪を容れず北から、南から、東から思い思いの魔術が打ちあがった。合図である。



 「……来ますわよ。心と体の準備は出来まして?」

 「問題ねぇ。つっても最初はやることが決まってるけどな」

やはりこの男も分かっている。もう既に口論などをしている場合ではないと。お遊びは終わりだ。





―――――――時間にして一瞬。(まばた)きの間の僅かな時間で、天に巨大な魔法陣が構築される。


本来であるならば淡い紫色の光で描かれる召喚陣であるが、『闇』の唯一者によってその色は漆黒だ。幾何学的な模様が陣の中を埋め尽くし、古代語ではないかと考えられている文字で何かが記されている。幾重の円から成っている陣のそれぞれが右へ左へゆっくりと廻る。ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。



 「…………来る」



ふと気付けば空が暗くなっていた。先程までは明るかったはずなのに、何時の間にか真夜中のような暗さである。昼から夜へ、この場にいる誰もが何時まで明るくて何時から暗くなったのか理解が出来ずにいた。


いや、夜ではない。もしそうなら空を覆う黒い雲の隙間から覗くあの赤い光は一体何か。神々しい太陽と対を成すあの毒々しい光は一体何か。

つまりまさしく、呼び出された精霊が世界を変容させたのだった。意識せずともただそこに存在しようとするだけで。


空よりも暗く、雲よりも黒く、ただただ濃い魔法陣が鈍い光を強く放つ。“絶望”という言葉を体言したような黒い光が辺りを包む。目の前が、真っ暗になった。






















音もなく、気付けばそれ(・・)はそこにいた。

ボロボロの黒い布のようなものを体に巻きつけ、赤子を左手に抱くあまりにも巨大な女性の人形(ヒトガタ)

髪は剃られ、のっぺりとした無表情で、目は小さく鋭く、鼻は無くとも穴が二つ、口の端が僅かに持ち上げられている。

球体の間接、身体の至る箇所がひび割れ、左足は存在せず、右腕が捻じ曲がっている。

抱かれる赤子は母親と同じ物と思しき黒い布をゆりかごに、すやすやと眠っている。

すやすやと、布よりも黒い赤子は眠っている。




何故だろうか――――唯々、美しかった。

母と子、その絵が吐き気がするほど美しかった。

不気味に、奇妙に、破滅的に、狂的に、美しかった。

泣いて喚いて許しを請いて、逃げ出したいほどに美しかった。

この場から逃げられるのならば、死んでもいいと思えるほど美しかった。



死んで死んで死んで死んで死に絶えて

それでも尚、見続けたいと思ってしまう程



――――――絶望的な美貌を持つ闇の精霊、“終焉の御子(Last Child)”の『黒音子(くろねこ)』が世界に顕現した。






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