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大脱走 ―The Great Escape―

     『たまには別視点もいいんじゃないかな? ~カイル~』




―――――――――走る。

―――――――――ただ只管(ひたすら)走る。


演習場を抜け、中庭を駆け、校舎を回り、第一正門に辿り着く。オレに出しうる最大速度で走り回った結果として、既に足はガクガクと振るえ、身体は貪欲に呼吸を欲する。


 「くそっ、どこに居やがる!」


時間にして数十分以上は走り続けたか、肩で息をするオレを周囲が好奇の目で見てくるのが分かる。こんな時にこんな場所で、一体何をしているのかと。


 「………ああ、本当に」



―――――――――何をやってるんだ、オレは。



なんでこんな場所でハァハァ言いながらキョロキョロしなきゃいけねぇんだ。

なんで他のヤツラが遊んだり勉強したり戦闘訓練している最中(さなか)、無駄に走り回らなきゃいけねぇんだ。

なんでオレが周りから変なヤツ扱いされなきゃいけねぇんだ!

なんでオレが無駄な体力を消費しなきゃいけねぇんだ!!

なんでオレがわざわざ時間を割かなきゃいけねぇんだ!!!


なんでオレが……オレ達が、あいつに振り回されなきゃいけねぇんだ!!!



 「ショウ=クロノオオオオオォォォォ!!!!どこに行きやがったああああぁぁぁぁ!!!!!」

 


―――――虚しく、木霊した。












仮に、魔術を使えなかったら、と仮定する。



そんなオレが10歳前後の身体で自分を拘束する大人二人を振り払うことが出来るか、と訊かれたら、まず間違いなく不可能だ。しかもその大人が筋骨隆々の男だと言われれば、いよいよ持って考えるまでもねぇ。オレでも、オレ以外の人間でも。


だがそれをやってのけたヤツがいるとしたら、そいつは肉体の限界を無理矢理外したってことになる。

そもそもオレ達人間ってのは無意識に肉体の限界の3割から4割程度の力しか使ってないらしいが、その時のそいつは自身が持つ力を十全に使い、身体への負荷などを考えずに大人二人を“ブ ン 投 げ た”んだそうだ。


生死の境や感情の爆発、色んな理由で人は驚くべき力を発するらしいが、それはそういうことなんだろう。実際にあった話をすれば、とある老婆が火事の際に馬鹿みてぇに重い箪笥を抱えて脱出したんだと。それこそ大人二人でなんとか持ち上げられるような箪笥をだ。つまりソイツには注射の時に老婆と同じような現象が起きたわけだ。



じゃあ大人二人をブン投げたヤロウ―――ショウ=クロノは、一体どんな状況下でンな事をやらかしたのか。

生死の境?違う。

感情の爆発?違う。……いや、ある意味この部類か。



ヒナタの話が真実なら……それは、ショウが『ショウガクセイ』の頃の『ヨボウセッシュ』と呼ばれる注射の時、らしい。



アイツは注射から全力で逃げようとした。

それこそ持てる力を振り絞ってだ。

結果ショウは大人二人を投げ飛ばし、医務室を滅茶苦茶にして、学校内を逃げ回ったそうだ。


その後、投げ飛ばされた大人二人の背中に注射針が刺さりまくったとか、なんやかんやでちゃんと注射を受けたとか、ショウが問題児扱いされるようになったとか、注射が嫌いな生徒の中で伝説になったとか、そんな話は今さらどうだって構わねぇんだ。


 あいつは……ショウ=クロノは、この歳になってまでも注射なんつーものから逃げ出すのか?




 『……翔ちゃんならやるよ』

 『……翔ならやると思うよ』

 『……翔さんならやるでしょうね』

 『……ショウならやりかねんな』

 『……ショウならやるかもしれませんわね』

 『……クロノ君ならやるだろうね』




 「………ああ、本当に」



 アイツなら……やっちまうよなぁ……。









 「……ん?」

懐に暖かな感覚を感じる。火晶石の反応だ。

火晶石に反応がある、ということはアキヅキ達がなにか作戦を考えたっつー事を意味する。当然、ショウを捕まえる為の。

 それまでにアイツを見つけて、一発ブン殴ってやりたかったが……そううまく行く訳がなかったな。どうせ訳わかんねぇ場所にでも隠れてやがるんだろ。


 「チッ……戻るか」


苛立ちながら、オレは飛んだ。





戻った先はこの学校の最上階に位置する機関長室の隣、あのハゲの部屋である副機関長室、通称『ハゲの部屋』だ。この部屋に長居すると将来ハゲる、という根も葉もない噂が校内で流れているが、都合上作戦本部はここに設置されている。『ショウ=クロノ捕獲作戦』という傍から見たらクソみてぇな今回の作戦だが、オレ達は至って大真面目だ。一番真剣なのはまず間違いなく担任のセンセーだがな。



ショウが逃げ出したかもしれない可能性に行き着いた後、オレ達がまず最初にしたことはデラクールセンセーへの報告だった。

その場で闇雲にアイツを探し始めたとしてもこの広い学校だ、恐らく見つからねぇだろう。運よく発見できたとしてもかなり時間がかかる。


だが注射をするのは学校外から来る国家医術師だから、誰にも何も知らせずに時間がかかれば医術師達は帰っちまう。そうなったらショウに注射を受けさせることが出来ず、まんまとアイツの思い通りってことだ。あ、医術師ってのは『癒し』属性不所持者がなる医務関係の役職のことな。



それを防ぐべく報告したわけだが、その瞬間に事態はオレ達の想像外に転んだ。

簡単に言えば―――――センセーがキレたんだ。




 『フ、フフ、フフフフフ。そう……あの子がね……フフ………逃げた、ね。………ざっけんじゃないわよあの子はぁぁ!!いっつもいっつもいっつもいっつも変な事をして私を困らせて!寮で暴れた時もそうよ!!あの後担任である私の管理不足だか何かで、なんの関係もない私がわざわざあのハゲの前で縛り上げられた生徒達に謝罪させられたのよ!?絶対に今回も同じようなことになるに違いないわ!!担任だし執行部の顧問だしで、今度こそお給料を下げられるに決まってる!!……いいわねあなた達、例え何があっても絶対にクロノ君を捕まえるわよ!!……あ、ただしこっそりとね』




 多分この時のセンセーなら大人二人くらいなら軽く投げ飛ばせただろうぜ。若干オレ達が引くぐらいキレてたからな。


 ショウの行動が明るみに出ればそれだけでセンセーの監督不行届ってことになっちまうだろうから、センセーとしては内密にしたいらしかった今回の作戦だが、この時の会話を運悪くハゲがたまたま聞いちまってたんだよ。




 『あ、ハg……教頭。どうしたんですか?……今の話は聞かせてもらった?私が協力を出してやろう?い、いえいえお気遣いなく!……生徒の乱心を黙って見過ごすわけには行かない?だ、大丈夫ですよ!私とこの生徒達で何とかしますから!……あの生徒には一度きつく言ってやらねばならない?だ、だからですね、それは私が責任を持って……私に任せておけば大丈夫?で、ですからその……それとも何か問題でもあるのか?………いえ、別に…………うぅ……』




そんなこんなで作戦本部がハゲの部屋に決まったっつーわけだ。

この話は機関長にも伝わり、内密にことを進めようとしたセンセーの目論見はもろくも崩れ去っちまった。ま、機関長は『元気で何より!ホッホッホ!』なんて笑ってたからセンセーの給料の心配はなさそうだがな。因みにオレ達の中で一番ハゲの部屋に入りたがらなかったのもセンセーだ。どうやら相当嫌いらしく、後になって分かった話だが、あのハゲはセンセーがこの学校の生徒だった時の担任だったらしい。当時から既にハゲていたとか。


 それでオレ以外のヤツラはハゲの部屋に残って作戦を立て、ジッとしていられなかったオレだけはそのまま飛び出して校内を全力疾走してたんだ。結局見つからず仕舞いだったが、それはしょうがねぇ。内心どうせ見つからねぇと思ってたしな。




部屋に戻ると異常なまでに真剣な表情のセンセーが目に入る。ブツブツと呟いているところを見ると、かなりイラついているらしい。オレがいない間にハゲに小言でも言われたんだろう。ユーリ、エリカ、リリアが哀れみの目で、アキヅキ、ホウジョウ、ヒナタが同属を見るような目で見ているのが妙に印象的だ。恐らく『別の世界』ってのから来た三人はアイツに振り回されるのが日常だったのかもしれねぇな。


 

 「あ、戻りましたねカイルさん」

 「ん、ああ。作戦ってのは決まったのか?」

 「決まったわよ!!ええ、決まりました!もう後に引けないくらいの作戦がここに可決されました!!もうこれしかないって気さえしてきたわ!!」


 ……………。


 「……ボソボソ(おいアキヅキ、なんだあのセンセーの狂ったテンションは)」

 「……ボソボソ(どうやら色々と溜まってた鬱憤が一気に発散されたようです。副機関長が出て行ってからずっとあのような状態なんですよ)」


 教師ってのも楽な仕事じゃねぇなぁ、ショウみてぇなヤツが生徒だとよ。


 「んで、結局どういった作戦になったんだ?虱潰しに探し回るってわけじゃねぇんだろ?」

 「そうですね。そんなことをしていたら時間の無駄ですから」

 「じゃあどうするんだよ。なんにせよ早く行動しないと不味いんじゃねぇのか?」

 「見ていればわかりますよ。すぐに作戦開始ですから」


なんとも要領を得ねぇアキヅキの話だが、詳しく訊くのは諦めてプリプリと怒っているセンセーに目を向ける。さっきからなんかみんなしてゴソゴソしてるしな。……探し物か?



 「デラクール先生!コレですか?」

 「違うわアキラちゃん!それはただの磨いた水晶よ!」

 「あ、先生。これは違いますか?」

 「ロレンツ君!それは雷晶石!」

 「こ、これは……光の勾玉と闇の勾玉!?」

 「それは後でこっそり頂くから懐にでもしまっといてエリカちゃん!」

 「む、これは……変な形の石?」

 「そうねリリアちゃん!変な形の石ね!気持ち悪いから投げ捨てといて!!」

 「フラー先生フラー先生!!カツラみつけました!!」

 「触っちゃダメよアスカちゃん!!ハゲが移ってもいいの!?というより何をしてるのよ!!もっと真剣に探して頂戴!!」



 「……色々と教師が言っちゃいけねぇ台詞が飛び交ってるが、一体何を探してるんだ?」

 「音響玉、という物です。どこにしまったかが分からないそうなので、こうして探しているんですよ。あ、私はサボっているわけではなく作戦を煮詰めるという役目を頂いているだけなので、あしからず」

 アキヅキにそんな雰囲気が見えねぇのはさておき、音響玉?それって魔力を通すと周囲の音を吸収、拡大するあの石だよな。一体何に使うんだ?……ってか部屋がしっちゃかめっちゃかじゃねぇか。絶対ぇオレは片付け手伝わねぇぞ。


 「あ、見つけましたわ!先生、音響玉です!」

 「でかしたわ!じゃあみんな後片付け宜しく!!」

 「ええ!?ボク達がぁ!?先生さっき『散らかしてよし。責任は私が持つわ』って言ってたじゃないですか!!」

 「い、今私にはやるべきことがあるのよ!いいからほら、担任命令および執行部顧問命令!!」

 「卑怯ですわよ先生!職権乱用にも程があります!!」

 「後片付けは誰にでも出来るけど、通達はこの場で私にしか出来ないのよ!!」

 「全員で片付けてからで良いではありませんか!」

 「そうですよ先生!さっきからちょっとクロノ君みたいになってますよ!!」

 「し、失礼なことを言わないで!私は私よ!!」

 「……教頭先生に言いつけちゃおうかな」

 「なっ!?ひ、卑怯よアスカちゃん!!」


 ………いいからさっさと行動しろよ。時間がねぇんじゃなかったのかよ。


 「ってかおいアキヅキ、通達って何のことだ?誰に何を言うんだ?」

 「勿論翔さんにですよ。……いえ、翔さんにも、ですね。その為に音響玉を探し回ってたんです。ほら、始まりますよ」

 ショウに()…?確かに、込める魔力量に比例して音響玉は拡大規模を広げるから、この学校のどっかにいるショウにもセンセーの声を届かせることが出来るだろうがよ、だから一体何を言うんだってさっきから訊いてんだよ。なんでアキヅキはもったいぶってんだ。



センセーが窓の前で音響玉を口元に当てて咳払いをしているところを見ると、どうやらさっきの無駄に白熱していた論争はセンセーの勝利で終わったらしいな。全員何か小声でグチグチと呟きながらオレとアキヅキを恨みがましく見つつ後片付けをしているが、んなもんシカトだ。馬鹿みてぇに外を走り回った甲斐があったってもんだ。オレも一緒になって音響玉を探してたら、アイツらと同じ羽目になってたぜ。



 『あー、あー、音響玉の反応良し、本日は晴天なり、本日は晴天なり、私の気持ちと裏腹に本日は晴天なり』


 ……ああ、センセー疲れてんだなぁ……。


 『第一。全校生徒に告ぐ、帰寮を直ちに止め、校内に戻りなさい。繰返す、帰寮を直ちに止め、校内に戻りなさい。尚、この命令はアレクサンドリア立教育機関機関長、並びに副機関長の許可を得て、フラー=デラクールの名において発する物である。繰返す、第一。全校生徒に告ぐ――――』



 ………………あぁん?



 「おい!全然ショウに対してじゃねえじゃねぇか」

 「コソコソッ!(しっ!音響玉に声が入っちゃいますよ!)」

 「チッ……なんなんだよ一体…」



 『――――の名において発する物である。…………第二。1-S組(クラス)ショウ=クロノ、直ちに副機関長まで来なさい。1-S組ショウ=クロノ、直ちに副機関長まで来なさい。……以上、通達終わり』



センセーが言い終わると鈍く光っていた音響玉は、再び元の曇った硝子(ガラス)のような色になる。音響玉への魔力供給を止めたようだ。つまりコレでさっきから言ってた通達ってのが終わったっつーわけなんだが……。


 「なぁおい、いい加減さっさと教えてくれよ。お前らは…ってかオレ達はこれから何をやるんだよ。こんなんが作戦か?あんな通達なんかでショウがノコノコと現れるわけねぇだろうが」



―――――段々イライラしてきた。

これが今のオレの率直な気持ちだ。


コイツラだってショウがこの部屋に来る訳がないこと位分かってるはずだろうが、今の放送になんの不満も感じていないところを見ると、何もわかってねぇオレだけがさっきから蚊帳の外だ。


そんなオレを察したんだろう、アキヅキは少し不満そうにこっちを見てから説明を始めた。チッ、不満なのはこっちだってんだよ。

 「……分かりましたよ、話しますよ。……ちぇ、後で知ったほうが喜びも大きいと思ったのに」

 ………え?アキヅキって……舌打ちなんかするヤツだっけか?



 「じゃあ順を追って説明しますね。まず、翔さんを捕獲する上での最大のネック……いえ、最大の壁は一体なんでしょう?」

 「決まってんだろ、隠れたアイツを見つけることだ。見つけられなきゃアイツをふん縛って、注射を受けさせることも出来ねぇしな」

 「では何故翔さんを見つけることが困難なのか、そしてそれを解決する為には一体何が必要なのか、私達はそれを考えました。結果導き出された答えは……何だと思います?」

 「答え?そんなもん学校が広すぎるからに決まってんだろ」

 「……本当にそれだけですか?」

 「ああ?それ以外になにが……」


――――――って待てよ?

 さっきからオレは何度も自分で言ってたよな?『学校が広過ぎるから、あいつを見つけ出すことが出来ない』ってよ。

学校が広い。ショウが隠れるところも多い。つまり一人当たりの捜索範囲が広く、時間もかかる。結果として時間がかかる。

――――――じゃあ、ショウを探す人間が、オレ達だけじゃなかったら?


 「……そうか。だからこその今の放送か」

 「そうです。全員とはいかないまでも生徒達の多くが私達を手伝ってくれれば、それだけで翔さんを見つけやすくなりますから」

 「そうだけどよ……だからってんなもんに手を貸すような暇人居んのか?」

 「確かに無償で手伝えって言ったって誰も何もやってはくれませんよね。ですから手伝ってくれた生徒には“フラー=デラクールの名において”ご褒美があるんですよ。どんな内容なのかは私達も聴いてませんけど」



 「……なるほどな。んじゃ次の質問、なんでさっきの放送でショウに副機関長室に来いっつったんだ?来るわけねぇって事はわかってんだろ?」

 「ええ、それはもう、もの凄く。『前の世界』でも先生の呼び出しを無視し続けましたから、こんな事を伝えた所で微動だにしませんよ、あの人は」

 いやいや、『結局先生が態々(わざわざ)やって来て怒涛の如く怒られたらしいですけど』じゃねぇだろ。笑い事じゃねぇって。その話が本当だったらさっきの放送は何の意味もねぇだろうが。



 「―――ですが、今回の場合は少し違います」



急にキリッとするアキヅキ。

 「翔さんが注射を受けていないと言う事、それは本来デラクール先生は知り得ない情報です。誰が注射を受けて誰が受けていないか、そんなもの教師が把握している必要はありませんからね。本来なら全校生徒全員が受ける事になってるんですから」

 まあ、確かに。


 「翔さんも、私達が気付く事は把握しているとは思いますが、それをデラクール先生に伝えたかどうかは分からなかった筈です。ですが実際には私達は『翔さんが逃げた』と報告し、結果、先程の放送でデラクール先生直々に呼び出しがあり、同時にその場所が副機関長室という何か重大な事を伝えるには十分過ぎる公式な場所、更には機関長、副機関長が許可した全校生徒に対する禁帰寮命令。………明らかに自分が想像した事態とは違うと思ったでしょう」


 そりゃそうだよな。注射をサボっただけで学校全体規模の何かが起こりそうになったらオレもビビるわ。……つーか作戦本部がハゲの部屋に決まったのは偶然だったわけだが、それすら有効活用しちまったのか。

 「……あのよ、話をぶった切って悪いんだがこの作戦は誰が考えたんだ?」

 「私です。細かい所はみんなの意見も参考にしましたけど」

 取り入れたんじゃなくてあくまで参考かよ。………コイツ怖ぇ。



 「続けますね。この放送を聴いて翔さんは大いに焦ったと思います。さっきも言いましたけど、事が予想外の方向に転んでますから。そして恐らく次に考えるのは自身の保身です」

 「保身?ハナからそれが頭にあったから注射から逃げたんじゃねぇのか?痛い思いをしたくねぇっつーよぉ」

 「そういう意味ではありませんよ。私が言っているのは注射から逃げ切った後の事です」


 逃げ切った後……つまり事の顛末か。


 「翔さんは自分が非模範的な生徒である事を自覚しています。人相は悪く、遅刻はし、授業はサボり、提出物は出さず、行事は不真面目……それを筆記試験や実技試験で補っている、教師から見れば遣り辛い生徒この上ないです」

 「………改めて考えるとアイツ、心底最低なヤツだな」

 「………ボソボソ(でも他にもいいところがいっぱいあるし、優しい所もあるし、かっこいい所もあるし……)」

 「ああ?良く聞こえねぇぞ?」

 「ななななんでもありません!!つ、続けますよ!?」


 お、おお……なんなんだ一体。


 「コホンッ!つまりですね、これ以上問題を起こすと翔さんにとっても不味い状況なわけです。この学校はどうなのか分かりませんが、『前の世界』では学校全体を巻き込んだ問題を起こした生徒は少なくとも謹慎や停学、一歩間違えたら退学の可能性がありますから」

 「……退学、か。そりゃあキツイな。一度学校を退学になると他国の教育機関でも殆どの場合入学出来なくなるし、何より安定した将来が望めなくなるしな」

 「そんなことよりも私達には後ろ盾がないことの方が重大です。私達4人は『今の世界』にきて直ぐにこの学校に入りましたから、学校外の事は何も知りませんからね。即座に路頭に迷います」

 あ、そうか。コイツラは『別の世界』とか言うトコから来たんだっけな。……まあ、コイツラの事を信じてはいるが、なんとも言い難ぇ話だよな。


 「そうならないように翔さんとしては事を穏便に収めたい。でも注射は受けたくない。だからこそ落とし所を見つけたい。その為にはまず話し合わなければいけない。でも副機関長室に行くことは出来ない。その結果が……ほら、来ましたよ」




アキヅキが指差したその先には、淡い薄紫の魔法陣が空中に描かれていた。話に夢中でいつの間に現れたのか分からんが、間違いない、あれこそがショウの連絡だ。

そして魔法陣から出てきたのは、何か文字が記された一枚の紙と一本のペン。どうやらあの紙で会話するらしい。


 「あ!楓ちゃんの言ったとおり、翔ちゃんから連絡来ましたよ!!……あれ?どうしたんですかフラー先生、そんなにガックリして」

 「こ、こんなにも……密室内召喚と長距離召喚の併用を……こんなにも容易く………私はアレだけ苦労したのに……」

 「……エリカ、それってそんなに難しいの?」

 「まあ……最上級召喚師ならば失敗することはないであろう技術、とだけ言って置きますわ…」

 「そ、それより、早くショウからの連絡を早く読むべきだろう」

 「………そうね、こんなところで絶望している暇はなかったわ。あの子が規格外なだけで私が普通なのよ。うんうん、私は人間、あの子はバケモノ。さあロレンツ君、なんて書いてあるの?すみませんとか許してくださいとかごめんなさいとか!?」

 「えっと、その………お世辞にも上手とは言えない字で『なにか?』って書いてあります……けど」

 「…………え?それだけ?」

 「それだけ、です」

 「……………」

 「……なあアキヅキ、ホントにショウは焦ってんのか?なんか違うような気がしてきたんだが」

 「いや、まあ、その、多分、きっと、恐らくは……」


 ………まあ何にせよこれでショウと連絡を取り合う事が出来るようになったわけだ。さっきまでとは状況が段違いなんだから、この釈然としない気持ちは捨てちまおう。

 「んで、これからどうすんだ?馬鹿正直に注射を受けるように勧めるわけじゃねぇよな?」

 「ええ、そんなことをしても無駄ですからね。……ユーリさん、貸してください」

そう言ってアキヅキはユーリから紙とペンを受け取り、センセーを含むオレ達はそれをみんなして覗き込む。……だああ!エリカテメェ髪の毛が邪魔なんだよ!



 「正直言って、全校生徒を総動員しても翔さんを捕まえ終わるまでにはかなりの時間がかかると予想されます。そうなると医術師が帰ってしまい、翔さんに注射を受けさせることが出来なくなりますよね。……デラクール先生、医術師の方々は何時まで引き止めることが出来ましたか?」

 「あのハゲの話だと夕方の6時ね。それ以上になると町までの馬車が無くなるらしいのよ」

 「現在時刻が14時26分。直ぐに始められれば総戦闘時間は……翔さんを連行する時間も含めれば約210分弱ですか。……十分(じゅうぶん)です。じゃあ書きますね」


 ――――――――待て。今……戦闘って言ったか?

 戦えるのか?……ショウとまた、戦えるのか!?







     率直に言います。

     私達と勝負をしましょう。  

     制限時刻は14時30分から17時55分までの間。

     翔さんが負けたら大人しく注射を受けてください。

     私達が負けたら勿論、注射は受けなくて結構です。

     翔さんの勝利条件は制限時刻まで逃げ切ること。

     逆に敗北条件は私達の誰かに捕まること。

     この勝負、受けなければどうなるか……分かってますね?


     ――――――と、デラクール先生が仰っていました。


     直ぐに返事をください。   秋月 楓 







 「ちょっとカエデちゃん!私はそんな事言ってないわよ!」

 「こうでも言わないと、万が一にも翔さんが話に乗ってこないかもしれませんよ?」

 「ま、まあそうかもしれないけど……じゃなくて!どうして私なのよ!!」

 「え?だって私は翔さんに恨まれたくありませんし……」



なんて会話もそこそこに、アキヅキが書き終わるとほぼ同時に紙が消え、そして即座に新たな紙が返事として返ってきた。ありえねぇ……なんつー早さだ。まあ字は異様に汚ねぇし、チョコチョコ漢字が使えてねぇけど。つーかどうしてアキヅキが書き終わった瞬間が分かるんだ。どっかで見てやがるのか?





     わかった。みとめる。

     ただし、条件その一、非殺しょうのま術で。けがくらいなら良いと思うけど

     条件その二、17時55分になったら直ぐに攻げきをやめること

     その代わり俺も校外には出ないから

     条件その三、勝っても負けても後の事は当社は一切責任を負いません

     




 「なんてヤロウだ。既に終わった後のことを考えてやがる」

 「それよりもカエデ、ショウが校外に出ないということには何か意味があるのか?確かに唯でさえ広い範囲がこれ以上広がらなくなる事は良いと思うのだが…」

 「ありませんよそんなもの。校外に出たら損をするのは翔さんですからね、例えば寮の部屋を抑えたりとか、生徒以外の人間にも助力を求めたりとか。これは一見私達にも利があるような事を言っておいて、自分だけ得をする為の話術です。そもそも探す人数が増えたとしてもこの学校は広いわけですから、これ以上逃げる範囲を広げる必要ありませんし。これは制限時刻が過ぎた後に少しでも攻撃があれば文句を言う為の条件ですね、きっと」

 「なんてヤロウだ。既に終わった後のことを考えてやがる」




     受諾しました。

     但し条件を追加します。

     決して施設内には逃げ込まない事。

     激しい戦いになるでしょうから、学校が壊れてしまっても困ります。

   




 「え?認めちゃってもよかったの?」

 「ええ。別に生徒達には制限時刻を17時50分まで、とでも言っておけばいいだけですから。これを却下したら次はどんな条件を突き付けてくるかわかったものじゃありませんし。……いえ、翔さんの事ですから、もしかしたらそれを目論んでいたのかもしれませんね」






     了解 条件はそれでいい

     

     最後に一つ質問

     かえでがさっきから書いてる私()ってののしょう細を教えてくれ





 「………私の名前くらい漢字で書いてくださいよ」

 「あっはっは!いやぁ~残念だね楓!どうやら翔は君の名前にはあまり興味がないみたいだよ!」

 「……………ボソッ(翔×晃疑惑があったくせに…)」

 「………。今何か言ったかな、楓?」

 「いえ別に何も?」

 「もぉ~二人ともなにやってんのさ!それより、翔ちゃんはホントにわかってないのかな?」

 「さあな。こればかりはどうなのか分からん」

 「もしかしたら、分かっているけれども現実逃避、なのかもしれませんわね」







     全校生徒です。







―――――唯一言。

そう記した紙は、再三姿を消す。そしてもう二度と、オレ達の手元に戻ってこない。

それが何を意味するか………決まってる、試合開始ってことだ。


 「さて!これから忙しくなりますよ!皆さん、準備はいいですか?」

 「もっちろん大丈夫だよ!」

 「ああ。何の問題もない!」

 「今日は魔術を使ってないから、魔力も満タンだしね!」

 「こんなにも早く借りを返す機会が訪れるとは思いませんでしたわ!」

 「うん!絶対にクロノ君を捕まえよう!」

 「ああ!……ところでアキヅキ、どうしてわざわざ勝負っつー方法を取ったんだ?どうせ全校生徒を巻き込むんだから奇襲でもかければよかったんじゃねぇの?」

 「魔術執行部最大の規則をお忘れですかカイルさん。学校公認の正式な勝負にしないと、もしも一般の生徒が翔さんを捕獲してしまった時は、つまり翔さんの敗北になってしまうんですよ?」

 「……忘れてたぜ、『執行部は負けたら退部』だったな」

 つーかそんなことまで織り込み済みか。……やっぱコイツ、超怖ぇ……。





 「ではデラクール先生、お願いします」

 「わかったわ!」

センセーは窓の近くに立つと、音響玉を口元に寄せる。音響玉に魔力が通り、再び淡く鈍く光始めた。


 『あー、あー、音響玉の反応良し、本日は晴天なり、本日は晴天なり、私の気持ちも少しずつ晴天なり』


どうやら自分を普通の人間、ショウをバケモノと区別した結果、少しだけ気が晴れたらしい。


 『只今より、全校生徒対象の特別授業を開始します。目的は、1-S組(クラス)ショウ=クロノの発見及び捕獲。繰り返す―――――』


 「皆さん、気を付けてくださいね?今度こそ翔さんも本気で本気ですから、隙も油断も怠慢も出し惜しみもありませんよ。何せ『召喚』すらこうして使った訳ですし」


 『本授業の範囲は学校敷地内、及び施設外。その場における全魔術使用許可。但し非殺傷とし、あくまで使用目的はショウ=クロノ捕獲である』


 「確かにな。『召喚』はそこまで戦闘向きじゃねぇとはいえ、アイツのことだ、どんな使い方してくるかわかったもんじゃねぇからな。…………ん?」


 『制限時刻は14時30分から17時50分まで。終了時間になったらまた放送をします。それ以降の攻撃は一切禁止。各自、心しなさい!』


 「そういやショウって…………『召喚』使えたっけか?」


 『ショウ=クロノ捕獲者には商品として、私が受け持つ授業の単位を3つまで授与します。また、捕獲に貢献したとおぼしき者にも単位を1つ』


 「……え?もしかして、まだ翔さんから聞いてないんですか?」


 『ショウ=クロノの身体的特徴としては、黒髪と異常なまでの目付きの悪さが挙げられる。見間違える事はないはずよ』


 「聞いてないとは……何が、ですの?」


 『……いい?みんな。最後に一言だけ、私から助言をするから、よく聞いて』


 「デラクール先生が翔さんの事をバケモノ呼ばわりする本当の理由ですよ。……ほら、よく聞いてください」




――――――確かに疑問ではあった。何故センセーがアイツの事を問題児、ではなくバケモノと呼ぶのか。

実はこれまでも何回かあったんだ。センセーがショウの事を人外扱いしたことが。


例えばそれは実技の授業中、アイツが珍しく真面目に授業を受けたと思ったら、いきなり目の前が真っ白になって気が付いたら魔術訓練施設の天井に大穴が空いてた時とか。

例えばそれは放課後、執行部に『魔法植物研究施設がヤバい』という報告があり、駆けつけてみたら中の植物が異常な成長を遂げていて、そこにショウが立っていた時とか。


他にも色々あるが、センセーはどの事件も犯人は恐らくショウだろうと考え、その度にアイツをバケモノ呼ばわりした。そしてオレはその度に、センセーに多少同意しつつも、『バケモノっつーのとは違うんじゃねぇか』とも思ってたわけだ。



だがここに来て、やはりセンセーはショウをバケモノと呼び、オレにはまた小さな疑問が生まれたわけだが……それは、オレが真実知らなかったからだったんだよ。



そして真実を聞いてオレは、嫉妬と羨望と僅かな畏怖を感じ、何より早く戦いたいと思った。


アイツと。

ショウと。

全力で。

早く。

早く!

早く!!






 『一対多数だからといって、彼を決して侮らないで。彼は数の強さを単体で覆してもおかしくないわ。彼の魔力量は異常に多く、更に彼は……ショウ=クロノは、全世界の中で唯一の存在、全属性保有者よ!』










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