虎を画きて狗に類す
うわああぁぁぁぁ!!
遅くなったああぁぁぁぁ!!
……申し訳ございませんでした。
殴られた後、少々あの世とこの世の境を旅してから、痛む左頬を気にしつつ俺は昼食を終えた。途中右側でしか食べ物を噛まない俺を気にして、村長の娘さん(っていうかおばさんでいいか)が何度か理由を尋ねてきたが、真横で虎の如き眼光のリリアのせいで本当の事を言うに言えず、なんとなく微妙な雰囲気になってしまったことはもう過ぎた事だ。これからすべきはハチの生態やら巣の場所やら、もっと詳しい話をおばさんから聞くことだろう。うん。
「でもねぇ、そうはいっても私達も特になにか知ってるわけじゃないのよ」
「え?そうなんですか?」
「ええ。さっきも言ったけど、判ってるのはここ最近村の近くであの気味の悪いハチがよく飛び回ってるって事くらいなの。あいつらの巣を直接駆除しようなんてこと私達じゃ無理だもの」
むぅ……それは困った。つまり俺達が持っている情報は『あいつらが林から出てくる』ってことだけじゃないか。せめて巣の位置とか群れの規模とかくらいは知っておきたかったのに。
「まあでも仕方ないか。んじゃちょっと休憩したら俺達は林に入りますよ。流石にお腹いっぱいなんで」
「……え?アレだけしか食べてないのに?隣の女の子の方が食べてたくらいよ?」
「私が沢山食べるわけではなく!ショウが少食なのです!」
いやリリア、だからといってそんなに主張する事はないだろう。これがオトメゴコロというやつなんだろうか。まことに難しい。
因みに俺の一人称が『僕』じゃなくなってるのはおばさんに『無理しなくていいわよ』と言われたからだ。なんだろう……そんなに似合わなかったのかな。
―――――――――――ドンドンドン!!!!
「ん?」
なんか激しく玄関の扉がノックされている。
「村長代理!!!」
『あんなに激しく叩いたら壊れちゃうんじゃないか』等と考えていると、おばさんが対応する前に来訪者である男が扉を開いた。肩で息をし、衣服の所々が汚れ、右手には古ぼけた片手剣を携えている。
その様子はまさに、『何かと戦っていた』時のような―――――
「ヤツラが……ビーネが来た!!」
「「「!!!!!」」」
敵が……来たのか!!
「状況は!!」
おばさん……いや、村長代理が先程までの穏やかな表情を一変させて男に問い掛ける。俺とリリアは一度視線を合わせるとどちらともなく頷き、スッと立ち上がった。
「とりあえず村の北側と東側にやつらが居た。今は子供を家の中に避難させて、全員でその二ヶ所にたいまつを置いているが、必要数の設置にはまだ少し時間がかかる」
たいまつ……火と煙で虫を追い払うのか。
「……わかったわ。じゃあその作業を引き続き進めて頂戴。終わったらみんなも家の中に避難して」
「え?でもそれじゃあヤツラをぶっ殺せないぞ!いつもみたいにヤツラを囲んだほうが……」
「その心配は要らないわ。この子達が来てくれたから」
そう言っておばさんは俺とリリアの肩に手を乗せる。
「……その子達は誰だ?」
「アレクサンドリア立教育機関魔術執行部員の二人よ」
ポン、と、村長代理が俺達の肩を叩く。
「そうか!!そいつは心強い!!」
そう言って男はニカッと笑い、自身もたいまつを設置しに行く為に戻っていった。
「ごめんなさい。休憩する時間もなかったわね」
「別にいいですよ。俺達はあいつらを駆除する為に来たんですから」
本音を言えば、まだお腹がいっぱいで動きたくないけどね。でもこの状況になっちゃったらそんなことは言っていられまい。
地図を一瞥して北と東の位置を確認。どうやら東というのはこの家に入る前に見たあの民家がいっぱいあるところの奥で、北ってのはこの家の近くの事らしい。つまり東側の方が村の人がいっぱい居るんだろう。
「リリア、お前は東側におばさんと一緒に行ってくれ。おばさんはリリアがハチをどうにかしてる間に村の人達を避難させて下さい。俺はこの辺のハチを適当に潰します」
「ああ、わかった!!」
「ええ!!」
会話を切り上げて玄関を出る。近くには人っこ一人いない。さっきまでは開けっ放しだった宿屋の扉も閉まっている。その対面の店の武器は貸し出されたのだろうか、さっき見たときよりもやけにスッキリだ。こんな時でも『臨時休業』と書かれた張り紙がわざわざ張ってある商人魂に、少しの尊敬と多大なるご苦労様感を覚える。
「よっしゃ!行くぞ!!」
俺の掛け声とともにリリアはおばさんに合わせた速度で村の奥へと駆け出し、俺はふわりと高く浮かび上がって人が集まっている場所を探す。
……いや、探すまでもなかった。首を左に向けるだけで事足りる。
さっきの男が言っていた通りにたいまつが焚かれ、十人に満たない数の村人とその数倍もの数の飛行物体が視界に入った。
無闇に無駄に無意味にデカイ、というのが最初に浮かんだ感想だった。
その細部こそ『俺達の世界』にも居た蜂とはさほどかわらない。ずんぐりとした身体で胸の辺りに細かい毛の様なものが生えており、ギョロっとした目に二対の薄い羽、一本の巨大な針がケツに付いている、クマバチのようなシルエットだ。
……あれがビーネか。
見つけた瞬間急降下、村人達の近くに着陸し、魔物と相対する。
――――確かに恐れはある。
そもそも『俺達の世界』では蜂一匹と対峙するのでさえある程度の恐怖を要するものだし、何よりさっきも言った様にコイツラは異常なまでに大きい。プレッシャーはその時の比じゃない。
……けれど、しかし。
それを差し引いても、今の俺には無駄に有り余る『力』がある。魔力がある。魔術がある。
その事実が俺の恐怖心を消し、妙な自信とわけのわからない驕りを生み出していた。
「おぉあんたか!おいみんな!!学校の人が来たぞ!!」
「え、ちょ、ま」
最初に俺に気付いたのは、先程村長代理の家に緊急訪問してきた一人の男性であった。
彼が俺の存在を明らかにすると周りの人達もみんな口々に感嘆の声をあげ、なにも言う間もなく皆の先頭に立ってハチと戦うような構図になる。
……まあいいさ別に。元々みんなを避難させて俺が戦うつもりだったんだし。それだけ俺の来訪を待ち望んでくれてたってことだし。まずは相手の出方を伺ってから作戦を立てようとか、蜂が気持ち悪いから近づきたくないとか、そんな事全然思ってなかったし。
目の前の蜂達にも知性と呼べるだけの思考能力があるのだろうか、はたまた本能のなせる業なのか、俺を警戒するかのようにその場でホバリングを続けている。さっきから耳に入るコイツラの『ブブブブ』という羽音が無駄にしゃらくさい。
うぅ……見れば見るほどキモいなぁ………さっさと駆除しちゃおっと。
―――――そして。
俺に生まれた驕り、それがここで早速発動した。
「じぇぇい!!」
背中に村の人達の期待を背負って奇声とともに手から炎を出し、一番近くにいたハチに向かわせる。
ゴオオオオオォォォォ
――――――ヒョイッ
「……………?」←俺
「「「「……………」」」」←村人達
――――――ブブブブブブブ
「も、もういっちょっ!!」
ゴオオオオオォォォォ
――――――ヒョイッ
「………………?」←俺
「「「「………………」」」」←村人達
――――――ブブブブブブブ
「どうなってんだよ!!」
なんでコイツラは俺の攻撃を避けんの!?普通人間に駆除される蜂って攻撃はしてきても避けなくない!?
「っておわぁぁぁあ!!!」
な、なんだなんだ!?なんかあいつらのほうから銀色っぽい変なのが飛んできたぞ!?間一髪避けたけど……お、服に刺さってる。何これ、針?
「うえええぇぇぇぇ!!服が、服が溶けてるし!!毒?もしかしてこれ毒!?」
まさかあいつら、ケツについてる針を俺に向かって飛ばしたのか!?そんなことも出来んの!?怖ぇー!!魔物超怖ぇー!!
一人でバタバタしている俺。あたかも俺を馬鹿にしているかのようにホバリングを続ける蜂……いや、魔物としての恐ろしさを知ってしまった以上もう蜂とは呼べまい、ビーネ。そして俺の後ろでヒソヒソと話し始める村人。
「……ヒソヒソ(なぁ、本当にあの子供で大丈夫なのか?)」
「……ヒソヒソ(……ダメかもしれん。魔術師と言っても所詮は子供、それだけでなく学校側も実力の無い生徒を送ってきたのかもな)」
―――――――――――――カチン
俺が………実力の無い生徒だって?
クラス分け試験で一位になったこの俺が?
あんた達も(多分)知っているだろうあのノルトラインにすら勝利したこの俺が?
他人の数倍もの魔力を保有するこの俺が?
他に類を見ない全属性保持者であるこの俺が?
「フ、フフフフフ……ハッハッハ!!!」
いいよいいよやってやるよやってやりますよやってやるからそこで見ておけよ!!!!!
―――――そして、驕りを凌駕する。
「はぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!」
足を大きく開いて膝を曲げて腰を落とし、固く握った両の拳をわき腹付近に添える。使う属性は変えずに『火』のまま、俺の声に呼応して周囲の空間で炎が渦を巻く。
「炎よ!!その力の根源を世界に具現しろ!!!!!」
頭に浮かんだカッコよさそうな言葉を適当に並べつつ魔術を発動。この際文法やら意味やらがあっているかどうかは気にしない!!
「出でよ火の鳥ぃ!!!!!」
即興の言葉とともに大量の炎が急激に収束、俺の頭上で直径が人の数倍以上もの球体になると、そこにヒビにも似た痕が刻まれ、ゆっくりと開かれる。
目が無い、口が無い、足が無い、しかし荘厳な存在感を放つ火の鳥が、日中にもかかわらずその身が放つ光が辺りを眩しく照らし、その羽ばたき毎に火の粉を散布しつつその姿を現した。
……まあ、火の鳥っつっても別に『召喚』で出したわけじゃなくて炎をそんな感じの形にしただけなんだけどさ。
ぅぐっ!頭あっちぃ……ちょっとやりすぎたな。けど我慢だ我慢。あの人達を黙らせる為だ。見せつけてやれ、俺の力を!!
「行け。全てを燃やし尽くせ」
盛大に苦悶の表情を浮かべつつ、この想像力の産物にこれまたカッコよく命令を下す。
俺の指示を受けた火の鳥は、その大きな羽を羽ばたかせて更に舞い上がる。その時に生じた大量の火の粉の一部が俺の右手の甲に当たって危うく声を出しそうになったが、なんとか我慢した。
火の粉を出さないようにする事も出来るっちゃあ出来るけどさ、なんかそれがないと見た目がしょぼいっていうかなんていうか……。
まあそんなことはどうでも良く、とりあえずビーネを殲滅すべく術を展開する。
あいつらもやっと俺の恐ろしさを理解したのか、その場に停滞する事を止めて逃げ出そうとするが、それを俺が許さない。ヤツラの周りを『風』でドーム状に覆う。
魔物といっても所詮は蜂、羽を使って空飛んでるんだから強い風によって行動が制限されるわけだ。
そして決着の時。地上から5~6m程の高さに達した火の鳥の嘴(と思しき部分)がグァバと大きく開かれ、
――――よし、ここは格好よく英語で――――
「『The Breath of Volcano』」
なんとなく名付けた技名と共に炎が吐き出された。
炎は俺が張った『風』の防壁に沿ってビーネを取り囲み、攻撃範囲から逃げられないようにする。これだけでもこの中の温度はとんでもなく上昇し、ビーネにとっては地獄だろうが、それだけでは終わらない。
円の中心、既に『火』の壁によって見ることはできないが、俺の魔術によって地面が何かに突き上げられるように段々と隆起していき――――
「『Fire』」
その一言で焼けた土を撒き散らせながら高く高く炎上した。
瞬間、何やら『ジュッ』とか『ピギィーー』っていう不気味な音が聞こえたような気がするけど気にしないことにした。
……あ、因みにこの術はリリアの『華炎』をパクッたんだ。
「……うん、よし。ちゃんと全部殺したな」
炎が晴れた後に場を確認すると、予定通りその場所からは何もかもがなくなっていた。
ビーネの姿は勿論の事、生えていた植物も焼失し、わざわざ火山の噴火っぽく演出した事によって土もかなりの深さが無駄に掘り返されていた。
……ちょっとやりすぎたかも。ちゃんと直しとこ。
『地』で地面を平らにして『木』でネコじゃらしやペンペン草や蛇イチゴなんかを適当に生やす。ここだけ周囲の植物と毛色が違った様相になってしまったが、まあ些細な問題だろう。たとえこの植物が『この世界』に存在しないものだったとしても、植物学者でもない俺には関係ないことだ。
「……よし。終わりましたよみなさ……ん?どうかしたんですか?」
俺が満足げに振り返ると、俺が火の鳥を出すまでコソコソと話していた村の人達が、皆一様に俺のを無言でじっと見ていた。口はぽかんと開かれ、頬が引きつり、全員の片足が一歩後ろに牽かれている。
「い、いや、なんでもね……なんでもないです」
「あ、ありがとう、ございました……」
……?
「……そうですか?じゃあ戻りましょうか」
「あ、は、はい」
なんなんだ一体、俺がここに来た時のテンションは何処に行ったんだ?折角魔物をやっつけたんだから、もっと喜んでくれても――――――
「そ、それにしても、お前って凄いんだな。オレはてっきり……」
「コソコソッ!!(バカヤロウ!!お前、そんな口の利き方したら殺されるぞ!!)」
「あ!す、すいません旦那!!」
…………。
……………………。
………………………………。
………………………………………………あぁ、やっちまった。
俺は天を仰いだ。
何が『コソコソッ!!』だよ。ちゃんと聞こえてんだよ。全然コソコソしてないよ。
何が『殺されるぞ!!』だよ。俺を何だと思ってるんだ。
何が『す、すいません旦那!!』だよ。俺のほうが一回りも二周りも年下じゃないか。
釈然としないまま、近くにいた男性に話し掛ける。幸いこの人は村長の家で会った人だ、もうちょっとフランクに接してくれるに違いない。
「あのぉ……」
「は、はいっ!!なんでしょうか!!」
……………………………。
「……やっぱりなんでもないです」
「そ、そうですか!!」
何で『なんでもない』って聞いてそんな安心しきった顔をするんだよ。
くそぅ……折角初対面で俺に怯えない数少ない人だったのに。
「はぁぁぁぁ~~~~………」
肩を落としながら馬鹿でかい溜息をついて歩く俺の後ろでは、村の人達がザッザッとまるで訓練された軍隊のように追随していた。
「む、戻ったか、ショウ」
「……あ?リリアか。……ただいま」
歩いて数分、軍隊を引き連れた俺は再び村長の家の前まで戻ってきた。
そこでは既にミッション完了したリリアと、村人達に話し掛ける村長代理、そしてリリアの魔術か体術かを見たことで、いまだ興奮冷めやらぬ人々が大声で何かを話し合っていた。……というか、リリアを称えながらビーネをあっけなく撃退できたことを喜び合っているようだ。
「ん?なんだか元気が無いみたいだがどうかしたのか?それに後ろの人々は一体何だ?」
「……さあね」
さっきまで俺の後ろにいた人達はここに到着するやいなや、一糸乱れない敬礼を俺にかますとそのままササァーっと村長代理の方に向かっていった。見方によっては俺から早く遠ざかりたかったのだとも考えられる。
『お?お前らも戻ったのか!!』
『……ああ』
『どうしたんだよ、もっと喜べよ!!こっちは凄かったぞ!!な!?』
『おお!!あの嬢ちゃんがビーネ共を瞬く間に氷の剣で切りまくってな、んで最後は一箇所にまとめて花びらの形をした炎で一気だ!!』
『そっちはどうだったんだ?』
『……こっち?こっちは……な』
『ああ……あらゆる意味で凄かった、な』
『煮え切らない態度だなぁおい。どうしたんだよ』
『まぁ…思い出すだけで恐ろしいというかなんというか…』
『はぁ?もっと詳しく教えてくれよ』
『…「旦那」が……「火」の精霊を呼び出して…』
『せ……精霊?嘘、だろ?』
『いや、もしかしたら妖精かも知れんが…とにかく、今から「旦那」に変な態度を取ったらお前ら……不味いぞ』
『あ、ああ……』
「……なるほど。大体の事情は飲み込めた。大方、村人達の度肝を抜く為に使った大掛かりな魔術が、予想と逆方向に働いたという事だろう」
うぅ……図星過ぎて言い返す言葉も無い。
「それにしてもショウ、お前は本当に『精霊』を召喚したのか?いつ契約したんだ?」
「精霊ぃ?そんなもの出した覚え無いよ。それに一体なんだよそれ」
「……記憶喪失と聞いてはいるが、もしかして精霊のことすら判らんのか?ならば妖精のこともか?」
いや、言葉自体はよく知ってるし、確か前にデラクール女史がそんなことを言ってた気もするけど……いや、ここは素直に教えてもらっとこう。
俺がコクリと頷くとリリアは軽く溜息をついてから説明し始めた。
「良いか?世界には人間とも獣とも魔物とも違う、それどころか生き物とも死に物とも定義する事が出来ないモノが存在する。それが『妖精』と『精霊』だ。その両者は各属性毎に様々な姿形をしており、この世界とは別次元に住まうらしい」
「へぇ、そうなんだ。妖精と精霊じゃ何処が違うんだ?」
「一般に、妖精は自我を持ちえずただ自らの本能に従うまま行動する、と言われている。行動の結果として悪戯に人の命を奪う事もあるし、気まぐれに人を助ける事もある。場所によっては『妖精は神の使いである』として信仰する事もあるくらいだ」
『神の使い』ねぇ。新興宗教っぽくて胡散臭いにも程がある。
「そして精霊とは妖精の上位種であり、その力は絶大だ。我々にも似た思考回路にて妖精を使役し、妖精と違ってめったなことでは姿を現さない。……そしてそれら精霊を束ねる上位存在……それが『精霊王』だ」
「精霊王?」
「ああ。先程も言ったが精霊とは自我を持ちうる為に、当然そこにはそれらを束ねるものが必要になる。詳しい事は現状何一つ判っていないが、各属性の精霊達が住まう場所には精霊王と呼ばれるモノが居るらしい」
「各属性ってことは『癒し』と『召喚』の属性も居るってことか?」
「……これは私の推測になるが、おそらく『癒し』は居ても『召喚』は居ないだろう。元々属性と言うのは我々が都合よく魔術の種類を区分したものだ。その中でも『召喚』はある意味異質……他の11の属性の区分に無理矢理加えられた物だと考えられるからな」
んー……まあ確かにそんな感じがしないでもない感覚がそこはかとなくあるような無いような……。
「それで、だ」
ん?
「妖精にしろ精霊にしろ、ショウは何時の間にそんなものを召喚出来るようになったのだ?妖精はまだしも、精霊と契約するのは世の『召喚』を持つ人間全てが目標とする事なのだぞ?」
「だぁかぁらぁ、さっきも言ったじゃんか。そんなもの召喚した覚えは無いっての。俺はただちょっと炎をカッコイイ感じにしただけだってば」
「……………」
「そんな疑いの眼で俺を見るな!」
くそぅ……なんか最近ドンドン俺への信用が失われていく気がする。いくら俺が嘘つきで秘密主義で現在進行形で隠し事があるとは言え、この扱いは酷くない?
―――――――――――いや、あんま酷くないか。
『――――ジャン!!ジャン!!』
……うん?ジャン?トウバンジャン?テンメンジャン?XOジャン?
俺とリリアとの会話が一旦途切れると近くで何事かを叫ぶ女性の声が聞こえた。『ジャン』と言ってるからには恐らくこのお宅、今夜の夕飯は中華なのだろう。そういや最近中華食ってないなぁ。学校の学食(というには規模がでかすぎるけど)には(見た目)和食と(見た目)洋食しかないし。
―――よし、今度楓にでも作ってもらおう。『前の世界』でも『弁当作って』って言ったらスゲー喜んで作ってくれたし。やっぱり大和撫子であるが故に料理好きであるに違いない。あとは裁縫とかも得意だったっけ。まるで完璧超人だ。頭もいいし。
「どうしたのよそんなに慌てて。……何かあったの?」
『ジャン』を探す女性に対し、村長代理が冷静に答える。まぁ確かに、『ジャン』ごときでそんなに焦る必要もないだろう。あ、でも中華はスピードが命だし……。
「ジャンが……ジャンが見つからないの!!」
「「「「っっ!!!!!!」」」」
え?何このピリピリした感じ。ジャンごときで。いや確かにジャンはピリピリするけれども。
「最後に見かけたのは何時!?」
「ビーネが来る前にニナと一緒に遊んでいたのを見たのが最後……その後は見てないの……」
――――――――おい。まさかこの文脈……『ジャン』って人間かよ!!!そりゃ焦るよ!!!
「みんな!!」
「「「ああ!!」」」
「「「「おう!!」」」」
「「ええ!!」」
村長代理の言葉でさっきまで和気藹々としていた人々が一斉に散らばる。『ジャン』を人間だと認識していなかった俺は一歩出遅れた。リリアは感情に任せてその場を飛び出すようなことをせず、視線で俺に対応を求めていた。いきなり動いても地理に疎い自分がすぐに探し出せるわけが無いという事を判っての事だろう。
さて、そういうことなら俺達も行かなきゃな。
「村長代理、俺達も探します。あなたは村の人達に探している途中でビーネを見つけても迂闊に攻撃しないよう呼びかけて下さい。俺達が直ぐに行きますから」
大声でもあげてもらえば俺かリリアどっちかが気付くだろうし。
「わかったわ。……お願いね」
「はい。リリア、行こう」
「ああ!」
走り出す村長代理を確認してからすぐさま一気に飛び上がる。その際死角を無くす為にリリアとは背中合わせだ。こんな時にあれなんだけど、風下に位置する俺にリリアの匂い…っていうか香りが漂ってきてちょっとドキドキしたのは内緒だ。
「見つかった?」
「……いや、ここから見ただけでは良くわからんな」
……ちっ、こっちのほうも良くわからん。いくらなんでもこんな上空から探すにはビーネは小さいし、推測するに『ジャン』というのはあの人の子供。いくら視力が悪くないといっても所詮は肉眼だ、細かいところまでは見えない。
「よし、じゃあ別れて探すぞ。火晶石は持ってるよな?」
「うん。部長に常に持っていろと言われたからな」
「上出来。じゃあ見つかったらそれに魔力を篭めて、その他にもなんか合図をしてくれ。ビーネを駆除するだけならまだしも、子供が居るなら危険が及ばない様にしなきゃいけないからな」
「わかった!」
リリアは俺の言葉を聞くやいなや残像が見えるのでは、とも思えるほどの速度でそこからすっ飛んで行った。
んじゃま、とりあえず俺は、と。
もう一度ゆっくりと360度見回してから考えを練る。
まず、あの母親(っぽい人)がかなり焦ってたって事は、相当の時間村の中を探し回ったって事だから、まず間違いなく村の中には居ない。それにもし魔物に怯えて隠れてるんだったらそろそろ出てきてもいい頃だ。
あの古めかしい井戸に落ちたって事も無いだろう。そもそもあの井戸は井戸として機能してなかったし、仮に落ちちゃったんなら中から声が聞こえるはずだ。それほど深くも無かったから、当たり所さえ悪くなければ意識を失う事も無いだろう。
となると、推測するにその子供達は村の外に居る。村に戻って来れないなんらかの理由があるはずだ。勿論迷子なんかじゃなくてもっと別の理由が。
……まあ、考えるまでも無いな。魔物やら獣やらに襲われているんだろう。
そしてそいつらは森から出てくるらしい。って事は、あの子供たちは森の方に居るはずだ。多分。
「……よし!」
軽く気合を入れてから森を見据え、飛行を開始する。
眼下ではたいまつが燃え、その近くには子供を捜す村の人達がチラホラと見える。皆口々に『ジャン』の名前を呼び、また再びビーネが現れてもいいように固まって行動していた。対策としては間違ってないんだけど、それだと中々行動範囲が広がらないと思うなぁ。
そして探す事数十秒、村からも結構離れ、用が無ければここまで森に近づかないであろう場所に、少年『達』は居た。
つまり10歳前後の少年。
それよりいくらか下の少女。
―――――そして、ビーネの群れだ。
ビーネは少年達を取り囲むように包囲しており、その数はパッと見20匹はいそうだ。
少年は怯えてしゃがみこむ少女を背にし、少女と一緒にクルクルと定期的に向く方向を変えることでビーネを警戒している。少年も怖いのだろう、足が震えているのが上空からでも手に取るように判るが、それでも敵をキッと睨みつけている。
震えを無理矢理押さえた左手で少女の手をギュッと握り―――――――右手でナイフを握り締め、ビーネに向けていた。左手の震えを押さえた反動なのか、切っ先が定まらないどころかある種の戦闘技法かとも思えるほどナイフが揺れている。
――――――――そこに『少年』は存在しなかった。居るのは大切な人を守ろうとする『男』だった。
それを見るやいなや上空から急降下し、少年の傍に着陸する。途中で火晶石に魔力を流してリリアに連絡し、同時に空に向けて『火』を放出する事で場所を知らせる事も忘れない。火晶石の熱に気付いたリリアが辺りを見回すと火柱が上がってる、って寸法だ。
「だ、だれ……?」
「よく、頑張ったな」
いきなり現れた見知らぬ人間に対して誰何を問う少年―――いや、ジャン。
敵に囲まれた状態では満足に自己紹介ができる筈もなく、俺はジャンの頭を軽く撫でてからジャンに背を向ける。
そして正面には複数ビーネ。やはり先程と同じようにユラユラと揺れたまま哨戒している。
そんな隙を見逃す俺じゃない。
先程と同様にまずは俺達三人の周囲を『風』で覆い、同時にヤツラの周りにも『風』。これであいつらは二つのドームの隙間に挟まれることになった。
やはり蜂である以上空気の流れには敏感なのか、慌てたように攻撃してきたが、それは全て風壁に阻まれる。飛び掛ってきたものは気持ち悪い声(?)と共に弾かれ、飛んできた針はそのまま明後日の方向に吹き飛ぶ。
うははは!!そんな軟弱な攻撃、俺には効かぬわ!!!!
ジャンとニナ(だっけ?)に俺の表情が見えないのをいい事に邪悪な笑みを零す。
今度はさっきみたいに見物客を怖がらせないように抑え目で魔術を発動。壁と壁の間全体に効果するように想像し、『火』を展開させる。外側から見れば炎に包まれている状況だ。
一瞬にして俺の視界は真っ赤に染まり、やっぱりビーネはキモい声(?)と共に焼失した。
「ふぅ……。終ーわり」
やはり先程と同じように燃えた植物を再生させてから一言呟き、後ろをゆっくりと振り向く。勿論爽やかな笑顔を作っておく事を忘れない。
「怪我は無いかな?二人とも」
「う、うん……」
「そっか、間に合って良かったよ」
俺の言葉に返事をしたのはジャンだ。まだ眼を白黒させている。少女は先程の光景を見ていなかったらしく、ジャンの返事でようやく眼を開けた。今はキョロキョロと辺りを見回し、何時の間にか魔物が居なくなっていたことを驚いているようだった。
そして丁度その時、後ろでスタッという音が聞こえた。リリアが着陸したんだろう。
さて、じゃあみんなで村に戻ってお村長代理に報告を―――――はっっ!!!!
待てよ……?
今の俺はリリアから見れば子供を救ったヒーロー……つまり、カッコイイはずだ。
漫画とかではネコでもイヌでも子供でも、何かを助ける男を見た女の子って言うのは大体男に惚れる。しかも男のほうはそれを見られたことに気付いてなかった感じのやつな。
最初はなんとも思ってなかったけど、その光景を見てからそれ以降なんとなく気になる、ってのはよくある王道的な惚れかたの一つであろう。
――――ならば、この状況でそれを利用しない手は無い。
「なあ少年、君は今、もし俺が来なかったらその女の子を守る事が出来たかな?」
「……え?」
いきなり謎な話題を振られ、ジャンは答えに困る。
頼む……この作戦は君が要なんだ!!!!
俺の熱意溢れる思いが通じたのか、ジャンはうな垂れてゆっくりと首を横に振る。
「……ううん、おれじゃむりだった」
「そうだな。怪我をするだけならまだ良かったけどさ、もしかしたら君達二人とも死んじゃってたかもしれないな」
その言葉にジャンは唇を強く噛んで涙を流す。
……あぁ、やっぱり君は俺なんかよりもずっと男だよ、ジャン。
女の子の前で泣くのはみっとも無いと思ったのか、それとも何か別の理由があるのか。右手のナイフを強く握りしめ、鼻をすすり、それでも決して声をあげることは無かった。
「だから少年…………強くなれ」
そっと、ジャンの頬を伝う涙を拭い去る。
「大切なものを守る為には気持ちだけじゃダメなんだ。強くなきゃダメなんだ。強くなって、大切なものを奪おうとするやつを倒さなきゃダメなんだよ」
こればっかりはリリアにいいところを見せようとしたただけの言葉じゃない。これは俺の信条だ。
……ま、俺にも色々とあった、ってことさ。
「……つよく、なる?」
「そうだ。でも絶対に意味を間違えちゃいけない。気に入らない奴を倒す為に強くなるんじゃない。弱い者いじめをする為に強くなるんじゃない。大切なものを守る為だ。……ナイフを貸してくれないかな?」
俺の言うとおりにナイフを渡すジャン。しっかりとナイフを反転させて切っ先が俺に向かないようにしているところを見ると、この子はどうやら躾よく育てられているようだ。
「このナイフは君の?」
「……ううん。なんでもやのおねえちゃんにかりた。だからあとでちゃんとかえさなきゃいけないんだ」
何でも屋……ああ、村に入った時に見かけた店か。
「そっか。これっていくらかわかる?」
「え?えっと……たしか2800エンだったとおもう」
うぐっっっ!!た、高い……。確かに相場としては間違ってないのかもしれないけど、金欠の俺にとっては眼ん玉飛び出るほど高い。
うぅぅ……仕方ない、リリアにカッコイイところを見せる為だ。
顔で笑って、心では涙を流しながらジャンに1000エン札を3枚渡す。実はデラクール女史に『流石に文無しは可哀想だから』という理由でいくらかお金を借りていたのさ。
「じゃあ後でお店に行ってそのナイフは君が買ってきな。おつりも君に……あ、あげよう」
やべ、ちょっと心の迷い出た。
そして左手で持ったナイフの柄に右手を当てるが、このナイフの柄は木製だ。あすかのネックレスみたいに形を変えることが出来ないので『風』で文字を彫る。
……よし、イイ感じに出来た。
「もし君がこの先、何のために強くなっているのかわからなくなった時、このナイフを見るんだ。そして思い出しな」
「……よめないよ。なんてかいてあるの?」
手渡されたナイフの柄をまじまじの見るが、まあ英語で彫ったんだ、読めるわけ無いだろうさ。
「『For Important Things』……『大切なものの為に』って意味だよ」
本当はもっと丁度イイ英語があるのかもしれないけど、俺の英語力じゃこれしか浮かばなかった。
「ふぉーいんぽーたんとしんぐす……」
「そうだ。……頑張って、強くなれよ」
もう一度ジャンの頭を撫で、ゆっくりと後ろを振り向く。あの着地音以降まったく音がしなかったってことは、リリアは全く動いていないんだろう。フフフ……それほど俺がカッコよかったという事だ。ここは一つ、気づいてなかったフリをしておくぜ。
「あれ?リリアじゃん。居たんだ」
「ま、まあな……」
ほらほらぁ、見るからに動揺しちゃってまぁ!うへへ……おいおい、いくら俺がカッコイイからってそんなにチラチラと見るなよな!!
「ん?どうしたリリア、俺の顔になんかついてるか?」
よしよし、ここでこんな感じの台詞を俺が言えば女の子側は―――
「あ、ああ……頭の上に……」
そうそう、こうやって『べ、別に何も…』なんてことを言って視線を逸らしながら……ってあれ?なんか想像とちがう。頭の上って……そんなものは髪の毛しか―――
――――――シャリ
――――――――――え?何これ。なんか乗ってる。触る程度の力で簡単に崩れてサラサラな物体に変化したこれは一体?
俺はその物体をそっと手にとって顔の前にもっていく。
それは黒かった。
髪の毛ではなく、何か別の黒いものだった。
さっき触った拍子にその大半は崩れていたものの、それ以外の部分はなんとか原型を留めている。
楕円形の物から飛び出た三角錐、よく見るとその楕円には横に縞模様が入っており、三角錐にも見覚えがあった。しかもついさっき。
つまるところ、ビーネの焼死体だった。
「うえええぇぇぇええええ!!!気持ち悪っっっ!!!!!!!」
直ぐにソレを投げ捨てるとソレは地面に落ちてパサッと崩れた。手をマントでゴシゴシと拭い、頭を全力で振る。
どうしてだ……どうしてこんなものが俺の頭の上に……はっっ!!
もしやさっき炎をドーム状に発動した時、頭上にいたビーネが落ちてきたのか!!確かにあの時あんまり上方向の炎には意識が行ってなかったし、取り囲んでたビーネは姿形も無いってことはやっぱその分だけ上の火力が弱かったからか!!!なまじ控え目で魔術を使ったからか!!!ちっきしょう!!気持ち悪!!!!
てかなんなんだよこんな時に!!!この一瞬で俺は『カッコイイヤツ』から『ただのアホ』になっちゃったじゃんか!!幸いにしてさっき話してる最中は身長差のお陰で少年達には見えなかっただろうけどさ、俺と同じ位の身長のリリアには丸見えじゃん!!!
頭にハチの屍骸を乗っけて『大切なものを守る為に強くなるんだ』……ダメだ、何処をどう見てもアホだ。もう救いようが無い。
よーくわかった……さっきのリリアの動揺はカッコイイ俺を直視できなかったんじゃない、見たら笑ってしまう為にアホを直視できなかったんだ………。
結論に達した俺は頭を抱え込んでゆっくりとしゃがみこんだ。