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お出かけ☆Days

大変お待たせしました。

次話はなるべく早く……


    『たまには別視点もいいんじゃないかな? ~リリア~』



 「よし、じゃあ行って来い。出来る限り怪我の無いようにな」

クロノスの朝、私達は正門の前で今こうして先輩達に初任務地への旅路を見送られている。

旅路と言ってもここからダリへは歩いてもさほど時間は掛からない。精々2時間くらいだ。私はショウのように『歩いて15分以上は遠い』とは思わないからな。

 ……そう言えばショウが呟いていた『ドヨウビ』とは一体どういう意味だろうか。


 「うぅぅ~~~」

 「納得できないぃ……」

 「はぁぁぁぁぁぁ………」

昨日から一向に表情が晴れないのは上から順にアスカ、アキラ、カエデの三人だ。まだ昨日のジャンケンの結果に納得いっていないのだろうか。

 「大体さぁ、『分ける』とか言っておきながら、何でわたし達全員がカイルくん達の方についていくことになっても覆らないのぉ?」

 それは仕方がないだろう。私だってまさか一発で全員ショウに負けるとは思わなかった。

5人のジャンケンというものは得てして長く続くものだが、アレほどまでに見事に決まるとはな。

アスカがパー。

カエデがパー。

アキラがパー。

ユーリがパー。

そしてショウが、チョキ。

流石に一瞬部室内の時が止まった。ここまで来ると何者かの陰謀が働いているとしか思えん。


 「アスカ達が負けてしまったのだからな。結果は結果だ」

 「うるさーーい!!リリアは黙ってて!!」

 「そうですよ!!そんな嬉しそうな顔をして!!」

 「な!!?わ、私はそんな顔していない!!」

 「ふんだっっ!!判ってないのはリリアちゃんだけだよーだ!!……違った、翔ちゃんとカイルくんとユーリくんもだった」

再びうな垂れる三人。


 わ、私が喜んでいるだと……?バカなっっ!!

 た、確かに私も出来ればショウと二人きりがいいとは思っていたが……そ、それはアレだ!!居るのが私の秘密を知るものだけであれば気楽だからに違いない!!

 ……そう言えば昨日自室でやたらとニヤける私を鏡の向こうに見つけた気がしたが……ち、違う!!こ、これはアレだ!!ショウと言う強者の戦闘を近くで見ることによって私の糧にする事が嬉しかったんだ!!決してそんなアレ……アレな理由ではないはず!!


…などと私が正しい理由を模索しているうちに部長の軽い激励はもう終わったようだ。()()励とはこれいかに。

 「俺の話は終わるが……おいドラゴニス、クロノはどうした」

 「さっきその辺に居たネコを追っかけてどっか行きました」


 ―――――――何?


 「ったくあのバカは……まあいい、ドラゴニス達はもう行け。グラウカッツェはあいつを見つけて引っ張っていけ。じゃあな」

部長が何か私に言っていたみたいだが、その言葉は私の右耳から入って左耳から抜けていった。今の私にはそんな余計な事を考えるほど脳に隙間が無いからだ。

 ………私と言う者(ネコ)がありながら他の者(ネコ)を追いかけてどこかに行くだと!?許さん!!

まだ何かを私に言おうとするエリカ、カエデ、アスカ、アキラを無視して全速力でこの場を走り去る。

 ショウめ……見つけ出して八つ裂きにしてやる!!!!







 「あ、行っちゃった」

 「リリアさんに釘を刺せませんでしたね」

 「ぶぅ~~翔ちゃんと二人でお出かけなんて~!ホントずるいよ!ね、エリカちゃん!」

 「え!?ワ、ワタクシは、なんとも思いませんわよ?」 

 「でもエリカだってリリアに何か言おうとしてたじゃん」

 「べ、別にワタクシはその……リリアに気をつけるように言おうとしていただけです。そう、ショウが不埒な振る舞いをしても、と!」

 「……ふ~ん」

 「な、なんですのその目は!!」

 「……ボソボソ(エリカちゃんってさ、……どうなの?)」

 「……ボソボソ(自覚はしていないのかもしれませんけど……多分、いえきっと)」

 「……ボソボソ(それにリリアちゃんもアレだよね……危ないと言うかなんというか…)」

 「……ボソボソ(まぁ……いえ、ですがリリアさんもエリカさんも、まだ自覚してないみたいですよ。まだそこまでの感情ではないのか、それともただ単に認めたくないのか…)」

 「……ボソボソ(なら、どうしよっか)」

 「……ボソボソ(これ以上敵が増えるのも不味いですし、何より隠してるんですから私達だって遠慮する必要は無いと思います)」

 「……ボソボソ(そうだよね。このままわたし達がどうにかしちゃってもいいよね)」

 「……ボソボソ(ええ、そうしましょう)」

 「……ボソボソ(……それにしてもさぁ、いつ翔ちゃんはこんな状況になっちゃうことを二人にしたんだろう)」

 「……ボソボソ(さぁ……。でも翔さんのことですし、どうせなにも考えていなかったに違いありませんよ)」

 「……ボソボソ(だよねぇ~)」

 「二人とも!何をコソコソと話しているんですの!?アキラを何とかしなさい!」

 「そうだね。ダメだよ晃ちゃん、エリカちゃんをからかっちゃ」

 「あすかさんの言う通りですよ。エリカさんに他意はないんですから」

 「え?二人とも何言って……………はっ!!!そ、そうだよね!うん、ボクが悪かったよエリカ。エリカが翔に興味を持つはずなんてないもんね」

 「そうそう、エリカちゃんは翔ちゃんなんて歯牙にもかけないよ」

 「そうですよ。エリカさんが翔さんに興味を持つなんて事は絶対絶対ぜぇぇっったいありえませんから」

 「え、いえ…べ、別にそこまで言わなくても宜しいんではなくて?ワ、ワタクシだってその……」

 「「「(((まずい!!)))」」」

 「ほ、ほら、早く行きましょう?カイルさんとユーリさんに置いていかれてしまいますよ?」

 「そうそう!エリカも早く!」

 「ち、ちょっと!!そんなに急かさなくても…」

 「いいからいいから。それに翔ちゃんは酷いんだよ。だからぁ、酷い翔ちゃんの話はもういいよね?」

 「そうそう、翔は酷い奴なんだよ」

 「本当に、酷い人なんですよ」

 「ワ、ワタクシはそうは思いませんけど。……その……ショウにも優しいところが……」

 「そうなんだよね!この前なんてわたしにこのネックレ………ホント翔ちゃんは酷いんだから!」

 「うんうん、翔に優しいところなんて欠片もないよ!!欠片も!!」

 「翔さんは全くもって優しくありませんよ!!全く!!」

 「ね、ねぇ、何でわたしに向かって言うの?相手が違うよ……?」











 「ハァ……ハァ……クッ!一体何処に行ったというのだ!」

 もう5分以上は走り回ったと思うが……仕方ない、空から探してみるか。

軽く呼吸を整えた後、辺りを見回しながらゆっくりと『風』で浮かび上がる。

 「何処だ……………………………………………………………………居た!!」

休日とは言え学校に来て魔術の訓練をする生徒は大勢居る。その中であの黒髪は良く目立った。


ショウが居るのは正門からかなり距離が離れた第一裏門の前、その傍らにしゃがみこんでなにやらやっている。こちらに背を向けた状態なので何をしているかまでは見えない。

標的を見つけた私はゆっくりとショウに向かって降下していく。いきなり背中側に降りてもいいのだが、それでは芸がないと思って近く植え込みに隠れるようにして静かに着地した。藪からこっそりと様子をうか…が……う…

 「あ……あの男はぁぁぁああ!!!」

小声で叫んだ。


ショウは前に私にしたように、見知らぬ奴(ネコ)に手ずから水を与えていた。

 相手(ネコ)は私と同じ年頃の娘(ネコ)ではないか!!し、しかも同姓の私から見てもかなり容姿がいい(ネコ)……。

 あぁっっ!!な、な、な、なんて事をしているのだショウは!!逆の手であの女(ネコ)の頭から背にかけて撫でているだと!?そんな羨ま………そんな愚行はわ、わ、私だけで満足しておれば良いではないか!!ええい、あの女(ネコ)もさっさと逃げればいいものを、あんな気持ちよさそうな顔をしよって!!忌々しい!!


 …………これは制裁を加えねばならんな。


 「…………結」

私の小声に応じて空気中の水分が凝固、数本の氷柱がその先端をショウに向ける。

狙うはその背中、串刺しにしてやる。ショウの身体ならばそれほど深い傷にはならないだろうが、なったらなったで《癒刀》だな。ククク………無論それも痛いだろうが、そんなことは知らん。


そして私が今まさに氷柱を放とうとした瞬間、ショウが突然身体の向きを変えた。先程までは見えなかったその表情が見える。



―――――――いつか見た、優しげな表情をしていた。



 「……………」

静かに氷を昇華させる。


 か、考えてみれば仲間に魔術を向けるなどと言う発想は間違っていると言えるな。そう、危険だ。


 そんなことではなくもっと他に効果的な邪魔の仕方があるはずだそうに違いないあぁいい事を思いついた私が獣体になってショウに近づけば良いだろうそうすればあの女(ネコ)だってどこかに逃げ出すだろうしショウだって私に気を向けてくれ違う違う驚いてあの女(ネコ)から目を逸らすだろうそしてその時に人体になってショウを連れてさっさと任務地に行けばいいいやだが待てショウのことだからそのまま私を撫でてくれ違う違う撫でられてしまうかもしれんがそれは仕方ない仲間の行動は出来るだけ暖かく見守ってやるのが仲間の努めだからな私は別にそんな撫でられたいわけじゃない本当だぞっっ!!

 

 「よ、よし」

ショウが向きを変えた以上、この場で人体化するとその時に発生する光で見つかってしまう恐れがある。こっそりとショウの背中側へと移動し、太めの木の陰に隠れて発動する。

 「―――――――ふっ!」

初めてこの身体になったあの日から、今日までずっと獣体になる事はなかった。しかしそれまでの人生を獣体で過ごしてきた私にとって、その姿を想像するのは容易。むしろその後再び人体化する事が出来るかどうかの方が不安だ。

 だ、だがもしそうなったらまたショウと一緒に居ればいいな!!やはり一度ショウのお陰で人体に成れたのだから他の人間ではダメなはずだ!!そうに違いない!!

 「ニャンッ!!」

気合を入れようとして声を出すと、それが既に獣体のものになっている事に気付く。色々と考えている間に魔術が完了していたらしい。


 ―――い、行くぞ。


ゆっくりと木の後ろから出てショウに向かって四足でそろそろと近づく。

その距離が2~3mほどになるとあの女(ネコ)は私に気付き、ショウの下から離れていく。ショウもあの女(ネコ)に飽きたのか――いや、飽きたのだ――今度ばかりは追いかけようとせずに女(ネコ)を見送っていた。ショウと私の距離が近くなった。

 「ニ、ニャ~」

 う、私としたことが……こんな媚びたような声を出してしまうとは。

 「ん?」

普段どおりに戻った目つきが(異常に)悪いショウがゆっくりと振り返る。

 よ、よし。も、もう一度だ。

 「ニ……」

 「なんだリリア、今日はネコなのか?」



 ―――――――――――え?



 「そういやリリアのネコ姿ってあの時から一回も見てないなぁ。うん、久しぶりだ」

ショウはそのまま固まった私に近づいて来て頭を撫でる。

 いや……確かに計画通りといえば計画通りなのだが……。

 「む、何で俺がリリアだってわかったんだって顔をしてるな?」

 ……その通りだ。黙って一度頷く。

 「ふっ、簡単な事だ。俺は一度見たネコの顔は忘れないのさ!!さっきのネコは見たことがなかったから追いかけちゃったんだ!!」

逆の手をグッと握りしめながら私に向かって力強く主張する。

 な、なんという無駄な記憶力なのだ……その力を他に生かせばよいのに……。

 「んで、どうすんの?今日はネコの姿で居るわけ?そうなら俺が抱えて連れてっちゃうけど」

 「ニャッ!!?」

 「お、おぉ……なんだその反応は」

 わ、私を抱えていくだと!?そんな……そんなことがあって良いのか!?

 む、むぅ…仕方があるまい。ショウがここまで言うのならば私としても人体に戻るのは心苦しい。私としてはさっさと人に戻ってダリに向かいたかったのだが、わ、私(ネコ)を抱きたいというショウの願いを無下にするのもいささか辛い。こ、ここは一つ、私が獣体で居るしかあるまい。そうだ、仕方ない事なのだ。

 「ニ、ニャゥ」

 「ん~、それは『ネコのままでいる』という事かな?」

コクン、と頷く。

 「そうかそうか、じゃあ……よいしょっと」

 「ニャ、ニャ、ニャ!!」

 「お、おい!暴れるな!」

 無理だ!!いきなり脇の下に手を入れられて抱き上げられれば誰でも驚くぞ!!くっ……か、顔がこんな近くに!

 「ほら、落ち着きなさいな。ちょっと洗うだけだから」

そう言ってショウは『水』を使って周囲の水分を集めて私の手足を軽く洗い、『風』も使って水分を飛ばす。

 「よっしゃ、これでいいかな」

そして私を自分の頭の上に乗せた。

 ……む?頭の上?

 「前から一度ネコを頭の上に乗せてみたかったんだよなぁ~。いやぁ~、なんかいい気分だ。凄い和むわ」

私の下でショウが満足げに笑いながらウンウンと頷いている。

 なんだ!!抱きかかえてくれ……抱きかかえるのではなかったのか!!

 「あがぁ!!頭皮が、頭皮がぁ!!」

 はっ!思わず爪を立ててしまった。

 「くそぅ……どうしてだ。朝頭洗ったばっかりだから衛生的なはずなのに…」

 ……そういう問題ではない。

 「…まぁいい。それよりさっさとダリとやらに向かおう。えっと、確かずっと真っ直ぐって聞いたけど……どっちに真っ直ぐ?」

 「ウニャ」

私はゆっくりと空に浮かび上がるショウの右方向を指す。

目だけを上に向けたショウはそれを確認すると、一言『よし』と呟いてそちらに飛んで行く。実際にはかなりの速度が出ていることが周囲の風景が瞬く間に流れていくことからわかるが、私の身にはあまりそれが感じられない。揺れも小さいし風圧もあまりない。ショウがなにやら魔術で操作してくれているようだった。


 「クァ……」

あくびが出た。

 昨日は中々眠れなかったからな……。勿論、初任務で緊張していたからだろう。それ以外に理由は見つからないはずだ。


暖かな気候、心地よい風、小気味いい揺れ、軽い寝不足、そして………私を包む、ショウの匂い。

私が眠りに着いてしまうまで長い時間はかからなかった。















 「おーい、着いたぞー」

 「……ンニャ?」

 ん……そうか。恐らくあの速度であれば20分もあれば到着したとは思うが、結構な時間眠っていたような気がするな……。


瞼を開いた私の目の前には確かにダリの村があった。目の前とは言っても数百mはあるが。

地に立っているショウの頭の上からピョンと飛び降りてノビをする。

 よし、獣体のまま村に入るのもアレだから、早く人体に戻ろう。

 「ウニャッ!」

両手を下に叩きつける。


 「――――――――ふぅ、キチンと戻れたか」


トントンとつま先で地面の感覚を感じながら身なりを確かめる。……よし、問題ないな。

 「ところでショウ、今何時くらいだ?」

 「え?俺の時計が合っているとすれば2時だな」

 2時か…………………2時!?

 「何故出発から4時間も経っているのだ!!学校からここまでは歩いても2時間しかかからないのだぞ!?」

 「え、そ、それはアレだよお前……途中変な動物と戦闘になっちゃって」

 「見え透いた嘘をつくな!!飛空していたのならばそんなもの避けられただろう!!」

 「ち、違うよ!!あのアレ……襲い掛かってきたのは鳥なんだって!!」

 「そもそも戦闘が始まっていればいくら熟睡していたとはいえ目覚める!!どうせ迷っていたのだろう?」

 「うっ、五月蝿いなぁ!人間はただ真っ直ぐ進もうと思っていても、絶対に進めない生き物なんだよ!!目印がなきゃどうあがいてもグルグル回っちゃうの!!」

 はぁ……アキラから『ショウは方向音痴』と聞いてはいたが、まさかこれほどまでとは。

 「無駄口を叩いてないで行くぞ!もう4時間も経っちゃったんだからな!」

 「そんなものショウのせいではないか」

 「い、いいから行くんだよ!!」

 「なっ!!お、おい!!」

 そんな、手、手を繋いでいくなんて恥ずかしすぎるではないか!!

……でも『離せ』とは言えない、言いたくない自分が、心の片隅どころか中央に堂々と鎮座していた。




 「えっと、どうすりゃ良いんだ?」

 「そ、そうだ、な。まずは、村長に話を訊きに行けば、いいのではない、か?」

 「ああそっか。……ん?なんでそんな変な喋り方なん?」

 「なんでもない!!なんでもないぞ!!」

 「そ、そう」

結局私達は、その……手を繋いだまま町の中に入っていく。



『ダリ』はとても平和で平穏で小さな村だ。村人の大半は働き口を求め、栄えている町や城下町に上っていく。結果この村に居るのは年寄りや子供、それでもこの村が好きな極少数の若者や夫婦だ。


村に入るとまず視界に入るのは、どちらもこの村に一軒しかないであろう商店と宿屋だ。

左手の店は比較的力のないものでも扱えそうな軽い武具や防具から、野菜や肉まで様々な商品を扱っている。準備中なのか営業中なのかわからないが、今はいかにも村娘と言った風貌の店員がパタパタと短剣に被った埃を払っている。


右手の自宅を兼ねているとおぼしき宿屋は大きく両開きの扉が開いており、全くもって不法侵入や物取りを警戒していない様子だ。中では店主が机に突っ伏していびきをかきながら眠っており、その丸まった背中の上で茶色のネコも眠っている。

 ……あやつは男(ネコ)か。ならば心配はいるまい。


その二軒を見送ると右手に小さな井戸があり、その周りでは男の子と女の子が追いかけっこをして遊んでいる。一瞬制服姿である私達を見て怪訝そうな表情をしたがそれもまたすぐに消え、再び村中を駆け回る。井戸の中には水が溜め込まれているわけではなく、何か底には広い空間が広がっているようだ。


井戸を見送って真っ直ぐ進むと、恐らく村長の家であろう割と大きめな家が見えてくる。ただ不思議なのはその家の周囲に大きな歯車や鉄柱がいくつも転がっている事だ。穿った見方をすればゴミ屋敷に見えなくもない。しかも歯車などは一番小さなものでも直径1m以上もある。


そこで行き止まり、それ以上進もうとすれば右に曲がる事になる。しかしその先は、いくつかこの家よりも小さい家が何件かあるだけで、更にその奥ではトウモロコシやら他の野菜やらを栽培している畑と、牛や鶏や豚などの牧畜が広がっているだけだった。

それを確認した私達はニ、三言葉を交わし、とやはりこの大きい家が村長の家だろうと再確認し、扉の横のベルを数回鳴らした。


 『はいはーい』

扉の奥から年配の女性の声が聞こえる。どうやら留守ではないらしい。


 ……考えてみれば私は学校以外で見知らぬヒトと会うのは初めてなんだが……どこかおかしな点はないか?


 服装は大丈夫。制服だから私の感覚が問われる心配はない。

 外見は……どうだろうか。鏡で見る分にはそこまでおかしな顔をしているとは思わないが、いかんせん女にしては背が高すぎる気がする。アスカほどとは言わないが、せめてカエデくらいの身長だったほうが良かった。だがまあ、許容範囲だろう。

 ショウとしては背が高い女はどうなのだろうか。ほぼ同じくらいの身長だが……いや、別にショウは関係ないな、うん。


 あ………手、繋いだままだ。


 「はーい。……あら?えっと…ど、どなたかしら?」

扉が開いて中から年頃の女性が出てくる。私の予想は間違ってはいなかったようで、見る限りでは30~40歳ほどだろうか。美人ではないが醜くもなく、いたって普通の女性だった。

 まあ、普通の女性であるが故にショウに恐れを抱いたようではあるが。


 「あ、すみません。僕達は今回【ビーネ】の討伐に来た者なんですが……えっと、ここがこの村の村長さんの家であってるでしょうか?」

私が人間観察にいそしんでいるとショウは気持ちが悪いほど愛想良く女性に返した。どうでもいいが、ショウの口から『僕』という言葉が出てくるとは思わなかった。本当に気持ち悪い。まぁ、ただ単に聞きなれないというだけで悪い意味ではないがな。

 「あらそう!あなた達が!ええ、確かに私の母がこの村の村長よ。さぁさ、入って入って!」

先程までショウの凶眼に恐怖していた女性は、ショウの言葉を聞くやいなやその表情を一変させて私達を家中に招き入れた。『失礼します』と一言言ってショウと私が玄関をくぐり、その後ろで女性が扉を閉める。



家の中は外から見た様子と全く違い、綺麗に整理整頓されていた。私の寮部屋以上の広さの居間には『コ』という字のように座椅子が置かれ、その両端には黄色や水色の枕がおかれている。その中央には木でできた大きめの机が配置され、床には暖かみを感じさせる茶色い絨毯が敷かれている。

 「それじゃ、私は母さんを呼んでくるから好きなところに座ってて頂戴」

そう言って女性は部屋の奥の扉を開き、居間から出て行った。


――――ふと、私が元住んでいたあばら家を思い出す。

あの小屋にもこの家と同じように机があり、絨毯が敷かれ、枕や布団等の寝具があった。

あの小屋でもこの女性と同じように私は短くない期間を過ごした。

それでも、この家とあの小屋とでは決定的に違う。


――――あぁ、これが『家庭の風景』なのか。

 ……ここは、そう思わせる家だった。


 「よしよし、この家であってたな。んじゃまあ、言われたとおり座って待ってるとしよう。………ん?」

 「どうした?」

 「え、あ、いや、あの~その~………ちょ、ごめん!手ぇ繋ぎっぱだった!」

 「あっ!」

 ……離れてしまった。

 「いやあの、マジでゴメン!」

 「どうして謝る?」

 「え、いやだって、ねぇ…」

 「理由がないなら謝る必要なんてないだろう」

 「でもアレ……なんかこの村の人に誤解されちゃったかもしれないし」

 「誤解?一体なんの誤解だ?」

 「え、それはほら、アレだよアレ……俺とリリアの関係とか……」

 「関係?一体なんの関係だ?」

 「あれ?なんか単語を変えただけの文章……てかなんで怒ってるの?」

 「怒ってなどいない!!怒ってなどいないぞ!!」

 「何処がさ!!?」

 ショウめ、私の何処が怒っているというのだ!私はこんなにも冷静だというのに!冷静すぎて腸が煮え繰り返る!!

 「おまたせ…ってどうしたのかしら?何かあったの?」

 「あ、いえ、なんでもないです」

盆の上に三人分の飲み物を用意して再び居間に戻ってきた女性に対し、ショウは慌てたように取り繕う。女性は怪訝そうに私達を交互に見たが、何も言わずに机の上にお茶を置いて話を切り出した。

 「ごめんなさいね。ちょっと母さんの容態があまりよくないから私のほうからお話しさせてもらうわ」

 「え?容態って……村長さんどこか悪いんですか?」

 「特に何かの病気ってわけじゃないんだけど、なんせもう歳が歳だからね」

聞けばもう御歳84だという。長寿なのは驚嘆すべき事だが、それよりも84歳程の人の子供であるならばこの女性も若くてももう50歳程のはず……なんという若さだ。全然普通の人ではないではないか。


 「それじゃあ早速で申し訳ないんだけど依頼のほうの詳しい話を始めさせて頂戴ね。えっと、あなた達二人には用意が出来次第近くの林に入ってもらいたいのよ」

 「林、ですか?」

 「そう林。実際、林って言うほど規模の小さいものでもないんだけど、森って言う程には大きくないのよね。まぁ、なんでもいいのだけれど」


そこで女性は一旦立ち上がり、箪笥からこの村周辺の地図を取り出して机の上に広げてみせる。村を中心としてその北東には先程聞いた林が、村を挟んで正反対の南西にはアレクサンドリア立教育機関と簡単な絵付きで描かれていた。学校が大きすぎて一部しか描かれていないが。


 「それでね、なんでか知らないけど最近この林から頻繁にあの気味の悪いハチがちょくちょく出てくるようになったのよ。前は時々見かけるくらいにしかいなかったはずなのに。……外も暖かくなってきたし、段々と魔物も活発になってきたのかしら」

 「去年の今頃はどうだったんですか?」

 「うーん……確かに活発は活発だったんだけど、やっぱり今年ほどじゃなかった気がするわ」

 「ふーん。魔物の考える事なんて僕達人間にはわかりませんね」

 「そういうことね」

話が途切れ、二人とも机に置かれた茶を一口飲む。どうでもいいが、私はまだ一言も女性と話していないのだが構わないのだろうか。



二人に遅れて私が湯のみに手をかけると女性がふと思い立ったように手を叩いた。

 「そう言えばあなた達お昼はもう食べた?って言ってももう2時なんだけど」

 「いや、諸事情によってまだ食べてませんけど」

 何が諸事情だ。ショウが迷いに迷ったせいではないか。

 「実はまだ私も食べてないのよね。どうせだったら一緒に食べていかない?林に入るのはその後で構わないし」

 「え、いいんですか?」

 「いいわよいいわよ。別に大したものを出せるわけじゃないけどね。そっちの彼女はどう?」



 ――――――!!!??



 か、か、か、かの、かの、かの、かの!!?

 「……おいどうしたリリア。おい」

 かの、かの、かの、かの………。

 「………」

 か、かの、かのじ、かのじょ………。

 「あら?どうかしたの?」

 「いや、俺…じゃなくて僕にもわかりませんけど……お言葉に甘えて彼女も一緒に昼食を頂いてもいいですかね?」


 ………ん?


 「ええ、いいわよ。それじゃあ早速準備をしてくるから待っててね」


 ………もしや今の『彼女』というのは『そちらの女性』と言う本来の意味での……?


 「うわぁぁぁああーーーー!!!」

 「どわっ!!」

 「きゃっ!!」

 か、か、か、勘違いだったのか!!ただ私が深読みしただけだったのか!!な、何たる失態……穴があったら入りたい!むしろ掘り進めたい!

 「ど、どうかしたの?」

 「なんかこいつが急に……僕が静めておくんで気にしないで下さい」

 「そ、そう」

頭を抱える私の横で二人が何かを話しているが、その内容は私の頭には入ってこない。



 「おいリリア。なんかお前さっきからおかしいぞ。一体どうしたってのさ」

 「うぅ……ほうっておいてくれ……」

両手で顔を押さえながらショウに答える。やたらと顔が熱いことを考えると、どうやら私は赤面しているらしい。

 「そう言うわけにもいかないんだってば。地図もあることだし、あの人も席を立ってるし、今のうちに作戦会議をしなきゃ。ほら、こっちを向けって」

 「嫌だ!!」

 「な、なんというストレートな断り方……だが断る!!いいからほら!!」

 「嫌だったら嫌だ!!ショウが断るのを私は断る!!」

両手はそのままに、首をブンブンと大きく振る。

 「なら俺は俺が断るのを断るお前を断る!!こっちを向けぇい!!」

 「あ……」

ショウは私の手首を掴んで無理矢理手を降ろさせると、すかさず私の両頬を押さえて自分の方に向けた。

 「………」

 「………うぅ」

真剣なまなざしで私を見つめる。なにやら先程よりも顔が熱くなってきた。ショウの手の温度が私に移ったのか、はたまた別の原因なのか。

 「………」

 「………」

段々と私の頬を押さえるショウの手の力が強くなっていく気がする。ショウと私との距離すらも近づいて行く。

 「………」

 「………ひ(シ)、ひょう(ショウ)?」

アスカ達やショウ以外に見たこと無い茶の瞳、その中の黒い瞳孔に私が映っているのが判る。ああ、ゆっくりと私自身がその中に吸い込まれていくような気が……

 「……………ぷ」

 ……?

 「ぶわぁっはっはっはっは!!!何だお前その顔は!!!タコみたいだぞ!!!!」

 顔?タコ?何を言って……ッッ!!

 「いぃぃっひっひっひっひ!!!お前って実はネコの獣人じゃなくてタコの獣人なんじゃないの?一文字間違えてるんじゃないの?あははははは!!」

 「…………」

 「お?なんか手が震えてるぞ?………あ゛」

ゆっくりと、本当にゆっくりと右の手を拳へと変えていく。


――――まず小指を巻き、


 「………ふぅ、やれやれ。一旦落ち着こうじゃないかリリア君。一事が万事、暴力で解決するのはよくないと私は思う」


――――薬指を合わせ、


 「何事も順序と言う物が必要なのだよ。この場合、まず君は私の話を聞くべきだ」


――――中指を握りこみ、


 「最初に私の非を謝罪しよう」


――――人差し指に力を込め、


 「だが何も私はただ君を愚弄する為に先程の行為を行なったわけではないことをリリア君にはわかってもらいたい」


――――親指を添える。


―――準備は整った。拳を振り上げて――――――――――


 「確かに君の心境を鑑みるに私自身の行為は君にとって無礼に値する事だとは思う。だがここで私に手を上げてしまったら君という一人の人間は他人の話を聞くという簡単かつ最も重要な事すら出来ないと言う事にいやスイマセンなんか良くわかんないこと適当に言っちゃってごめんなさいマジでホントにその感じはヤバいって!!!!」

 「死ねぇぇぇぇーーーーー!!!」

 「ぃいやぁぁぁーーーーーぅげふっ!!!!」








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