ケダルイ魔術執行部所属生活
本当に……本っ当に長らくお待たせしました。申し訳ありません。
今話から新章(風味)です。
一週間ちょっとが過ぎた。
大会の目的であるクラス分け自体は大会が終わってから数日後には発表され、俺達の授業もしっかりと座学、実技、共に始まっている。
科目もこれまた様々で、例えば算学や王国歴、世界歴など、何を勉強するのか容易に想像出来るものから、基本魔術理論だとか低位魔物学だとかの、考えるまでもなく『この世界』特有である授業も多くある。
もちろんどの科目も『この世界』で生活する学生にとっては必要不可欠なものなんだろうが……正直、予備知識が全く無い俺、あすか、晃、楓にとっては座学なんて苦痛でしかない。
と、言うのは勿論嘘だ。あいつらはあいつらでちゃんと勉強したらしく、授業に着いていけてないのはどうやら俺だけのようである。
ま、そんなことはどうでもいい。そもそも着いていく気が無いしな。勉強なんてテスト前だけでヨロシ。
要するにだな、ここで言いたいのは俺もあいつらも、そしてリアル猫娘と高飛車貴族もクラスメイトになったということなんだ。
――――――ただ、予想外にもカイルだけが俺達とは別のクラスになった。
というのも当然嘘で、みんな揃ってS組。しっかりとユーリもいる。忘れちゃいないだろうけど一応言っとくが、大会でリリアに敗北を喫した純朴そうな少年のことだ。本人はクラス分けの結果が出るギリギリまで心配していたみたいだが、やはり実力自体はSに相応しいものだったらしい。みんなで発表を見に行った時のユーリの喜び様は言葉では表現しきれないほどだ。かく言う俺も全員同じクラスになれて少しほっとしたのを覚えている。
他はA~Fまでクラスがあり、各40人程度。そしてS以外は上級者も中級者も下級者もすべて均等に分けられているようだ。流石にそこまでは能力で分けないらしい。虐めやら何やらが発生してしまうからだろうか。
……いや、どこまでも実力主義な『この世界』のことだ。意図的に足手纏いを作ることで、そして上級者に引っ張られることで、全体のレベルを引き上げようとしているのかもしれないな。知らんけど。
授業が本格的に始まって判った事がある。S組の特異性だ。
そもそもS組というのは特に人数が決まっているわけじゃないらしい。少なければ人数が一桁の事もあるし、多ければ30以上の時もあるんだそうだ。
この絶対評価ということからもユーリの実力が充分だということが事が伺える。ま、もしかしたら『魔術執行部の人間をS以外に入れるわけには行かない』っていう大人の事情なのかもしれないけど。
S組は俺達8人を含めて約20人程度。男女数の差も殆どなく、中々に珍しい割合だ。見るからに滅茶苦茶頭がよさそうな奴も居るし、執行部の部長並のマッチョも居る。
しかしそいつらは当然大会の決勝に残っていた訳じゃないし、あのガリベンっぽいやつなんて(噂で)聞いた話だと一回戦で棄権したらしい。この事から、魔術の素質だけでクラスが分けられたわけじゃない事がわかる。恐らく今現在の才能や能力を総合的に見て、もしくはその将来性などからS組に在籍しているのだろう。
あと、デラクール女史曰く、今年度のように男女比が同じなのは極稀なんだそうだ。例年はどうしても男子の方が多くなるらしい。やはり男女の差というものは中々に厚い壁らしいな。
他にも、S組の実技の授業が他のクラスとは全く違う、ということも特徴として挙げられるだろう。
実技―――つまり実際に魔術を使う授業はきちんと教師がついて教えるし、生徒一人一人使える属性が違うから自然と選択授業みたいになる。普通ならそこで基本やら応用やらを教わるわけだ。例えば『火』属性のクラスだったら、火球の効率的な作り方から『火』を主軸とした戦闘時の魔術運用、みたいに多岐にわたる。
でもSクラスはほっとかれてる。全部自習。
何故かというとだな、Sになるような生徒――つまり俺らのうちのある程度は高位魔術属性を持ってるわけだが、いかに教師とはいえそれを持ってる奴が少ないから教えることが出来ないからだ。例え持ってなくてもカイルやリリアみたいに教師よりも強かったりするからな。
つまり殆どの奴がもう教師に魔術の基本やら応用やらを教わる必要がないし、魔術が苦手でも自分の進路的に魔術が必要ないならその間勉強してればいいってわけさ。
因みに俺は修行なんて全くしてない。S組最高。それだけでもなれてよかった、と心の底から思える。
ただ…………座学自習じゃないんだよね。
まぁそんなこんなで俺達は大会後を過ごしてきた。最初の1~2ヶ月くらいは真面目に授業を受けようとも思っていたが、やはりそれは所詮夢物語であり、途中寝てしまったりもした。でもエスケープしなかっただけ偉いと思う。授業というものは出席することに意義があるんだ。
……などと誰に言っても納得しないであろう、そもそも誰に対してなのかもわからない言い訳をかましながら自己を正当化しつつ、毎日毎日俺はアクビをしながらこの素晴らしき平和な日々をとりあえずはつつがなく過ごしていたわけさ。
――――んで、
「午前中の授業が終わったらみんなで部室に来てくれる?」
S組の担任であるデラクール女史に朝の点呼の際、俺がこっそり言われた上記の言葉から物語は進行するわけよ。
「え?クラスみんなで魔術研究部の部室に?」
「行きたければ勝手にしなさい」
「あ、スイマセンスイマセン。俺達8人で執行部の部室にですよね」
くそ……なんて冷たい反応だ……まだまだだな。あすかと晃ならもっといい突っ込みを返してくれるというのに。楓は俺のボケを本気にしちゃうからダメだ。エリカとリリアだったら……スルー、だろうな。今みたく。
「そうよ。そこで改めて執行部の仕事なんかを説明するから。一応あなた達全員入部って事でいいのよね?」
「うん。嫌だって言っても引きずり込むから大丈夫」
まあそんな奴今更居ないだろうけど。一番可能性があるエリカは入らざるを得ない状況だし。
俺の言葉を聞くとデラクール女史は教室を出て行った。まあ一時間目の授業は確か……あの、アレ……うん、デラクール女史の授業じゃなかったことは確かだしな。いやはや、なんとも短い会話だった。ここまで簡潔だとなんか清々しい気持ちになってくる。
俺はそのまま、ンッ、と一伸びしながら教室を見渡す。
――――すると交差する視線が一つ。その主は、エリカ=リクト=ノルトライン=ヴェストファーレン。
「……ん?」
「っっ!!」
おおう……ものすごい勢いで逸らされてしまった。ま、いいけど。こんな朝っぱらからアイツのつり上がった目でジッと見られても心臓に悪いだけだしな。
…あぁ、そういや考えてみたら大会が終わった後からエリカの様子が変なんだよな。なんだろう……よくわかんないけどなんか変。
なんかさ、前とは違って俺の方を全然見てくれないんだよ。前は睨むにしろ何にしろ俺を見ても怖がりもしないしなんともなかったはずなのに、最近は目が合ってもすぐに逸らされる。しかも露骨に。数少ない俺の目を見て会話してくれる人間だったのに。
やっぱあれかなぁ………いくら試合とは言え女の子の腹を強く殴っちゃったのがいけなかったのかなぁ……。ちゃんとすぐに『癒し』で治したとはいえ、やっぱ不味かったかなぁ…結構重いのが入っちゃったし。その償いとしてあいつの要望通りに名前で呼んでるんだけど、なんかリクトって呼んでたときよりも対応がキツイし。
それともあの殺人予告のせいかなぁ………一応あの次の日に『いきなり変な事を言って悪かった。あ、でも俺はそんなことを誰にでも軽率に言うような人間じゃないからな!!誤解すんなよ!!』って言って、俺がふざけ半分に他人に対して『殺す』なんて事を言うような人間じゃないとわかってもらえたはずなのに。あいつも『わ、わかりましたわ…』なんて言ってたし。……あ、もしかしてちょっと言葉に詰まったのは俺に引いていたから?もしそうだったらショックだ。
―――――ぐ、ヤバイ、色々考えてたら眠くなってきた。これから一時間目が始まるというのに。地理(だっけ?)が始まるというのに。くそぅ……デラクール女史が悪いんだ。俺を清々しくさせるからこんなに眠くなってきちゃったんだ。うん、そうにちがいない。
うぅ……起きてなきゃ……寝たい……起きてなきゃ……寝たい……起きてなきゃ……起きて寝なきゃ……起き寝なきゃ……お寝なきゃ……寝なきゃ…………………zzz。
「…………ハッ!!!」
あ、危ない危ない……俺としたことが、学校に来ていきなり寝てしまうところだった。流石に寝るのは午後の授業だけにしておかなきゃな……。でもそれにしてもなんか超すっきりした。例え5分程度の仮眠でも結構気持ちいいもんだ。
当初の予定とは違って寝てしまったことは寝てしまったが、幸い一時間目の授業の教師が来る前に起きられたようだ。頬を両手でパチンと……いや、この方法は前にやって超痛かったから止めておこう、頬をギュニーと引っ張って気合を入れた。
「おーい、ショ……ブハッッ!!!アッハハハハハ!!!何だお前その顔は!!!オレを笑い死にさせる気か!!!」
う……ハズい。何でコイツはこのタイミングでこっちを向くんだ。
「う、うるさいな……ほら!!!もう一時間目が始まるだろ!!早く前を向けこのバカイル!!!」
「ククク………バカはお前だ。一体何時の話をしてんだよ」
は?どういうことだ。
「たった今午前中の授業が全部終わったじゃねぇか。ほら、メシ食いに行くぞ」
「……え?う、嘘……ホントに?」
「時計を見てみろ」
そう言われて正面の壁上方に備え付けられた木製の時計をゆっくりと見上げる。
現在時刻―――――12:21分。
……俺の見間違いか?……いや、でも俺の腹もすこぶる空いてるし……。
という事はつまり、俺は丸四時間ほど眠っていたわけで。
「マ、マジか…」
「ああ、マジだ」
なんという事だ………でもまぁいいや、気楽に考えよう気楽に。英語で言うと『Take it easy』だ。
「う~ん……今日も有意義な時間の使い方をしたなぁ」
「どこが有意義だぁ!!!!」
「どわっっ!!!」
な、なんだリリアか……ビックリした。
「い、いきなり大声を出すなよ。もし俺が急性心臓麻痺で死んじゃったらどうするんだ?葬式代がものすごくかかっちゃってもいいのか?」
「いや、そう言う問題じゃねぇと思うんだが」
うん?まぁ確かに言われてみればそうかもしれない。
「ショウ……一体お前はどれだけ眠れば気が済むんだ……。私が休み時間の度に起こしているというのにちっとも起きないじゃないか……」
いや…そんなものすごく疲れたような顔で言われてもなぁ………返答に困るよ。
「あのね、寝てる翔ちゃんに何言っても無駄なんだよリリアちゃん」
「そうそう、翔は何回起こしても起きないんだから」
「無理矢理翔さんを起こしたら起こしたで、まるで親の仇を見るかのように睨んでくるんですから」
「あはは……。でもクロノ君、もう少し授業はちゃんと受けたほうがいいと思うよ?」
「ユーリの言う通りですわ。あなたにはたった小一時間他人の話を聞くことすら出来ないんですの?」
何だ何だ授業が終わった途端ワラワラと離れた席からわざわざ集まってきやがって。寂しがり家かお前ら!しかも俺に対するフォローが一つもないっていうのはどういうことだ!!
………まぁいい、好都合だ。
「ところで話は変わるけれど」
「大体よぉ、ショウは夜更かししすぎなんだよ。なぁユーリ」
「うん。僕達の部屋って三人とも近いんだけど、いっつも夜遅くまでクロノ君の部屋からガサガサ音がしたりするんだよ」
「……ふん、どうせまたろくでもないことをやっているのでしょうね」
「確かに。ショウのことだから新しい悪戯道具の作成でもしているのかも知れん」
「わたしはもっと快適に授業中を過ごすための安眠器具を作ってるんだと思うなぁ」
「あ、ボクもそう思う!」
「う~ん、私はリリアさんと同じ考えです」
「ところで話は変わるけれどぉぉ!!!!」
ちっきしょう!!人の話を聞け!!
「とりあえずメシの前に俺達にはやることがあんの!強制召集だからな!」
「ふぇ?なんで?」
『ふぇ?』じゃないよ『ふぇ?』じゃ。せめて『へ?』って言えよな。だから(主に俺から)小学生だって言われるんだよあすかはもう……。FとHくらい使い分けなさい。
……FとHか。あすかは一体どれくらいサイズが…あ、いや、なんでもない。
「なんか知らんけど今朝うちの担任に、午前中の授業が終わったらお前らを魔術執行部の部室に連れてくるように頼まれたんだよ。改めて色んな話をするんだと」
「あん?何でだよ」
「俺が知るかってんだ。ほら、ユーリとエリカはあの時俺達と一緒に居なかったろ?だからじゃね?」
「そっか、コレで僕も晴れて魔術執行部に入れるんだね!」
「……ワタクシはシ、シ、ショウがどうしてもというから入るのであって、別に自分から入りたいと言った訳じゃありませんわよ!!」
「あーわかったわかった」
ったく……誰もそんなこと聞いてないっての。それにしても何時になったらコイツは俺の名前をスラッと言えるようになるんだ?そんなに難しい名前じゃないよな?
「よし!!んじゃさっさと行ってさっさと終わらしてさっさとメシを食いに行くか!腹が減ったままじゃ午後の授業の差し支えるからな!」
俺は気合を入れるために少し大きめの声で言いながら席を立つ。
午後の授業はなんだっけ…………薬草学と王国暦?かったるいけど気合入れるか!!
「「「「「「「(一体どの口がそんなことを…………)」」」」」」」
なんかみんなが変な目で俺を見ている気がするけど、とりあえず無視しておこう。
『たまには別視点もいいんじゃないかな ~ユーリ~』
「はぁ…やっと来たわね」
僕達が揃って執行部の部室に向かうと扉の前には担任のデラクール先生が腕を組んで立っていた。どうやら僕達を待っててくれたみたい。
でも……もしかしてイライラしてるのかな?指を何度もトントンしてる。
「あのね、どうしてこんなに遅くなるのよ!」
「いやぁ先生申し訳ない、途中で急激な腹痛が俺を襲いましてね……」
僕達の一番前でそう言って笑うクロノ君の背中を僕以外の6人は睨みつける。何故なら僕達が遅れちゃったのはクロノ君が原因と言っても過言じゃないから。
実は教室を出て1分もしないうちにクロノ君が『………歩くのダルイな』とか言って急に浮いて移動し始めたのを、運悪く教頭先生が見つけちゃって『校内で魔術を使うな』って説教されてたっていうのが理由なんだ。
でもそれはしょうがないよ。だってクロノ君だもの。
連帯責任という事でみんな揃って怒られた後、僕がそういったらみんなは溜息をつきながらもクロノ君を怒るのを止めてくれたけど、やっぱりみんなまだ根に持ってるんだね。
………僕?僕は怒ってないよ。むしろアレだけ怒られたのにも関わらず教頭先生がいなくなった途端また浮き始める事が出来る、そしてそれをおくびにも出さずこうしてシレッと嘘をつく事が出来るクロノ君を尊敬してすらいるんだ。だって、僕にはそんな勇気が必要なことは出来ないから。
「……まあいいわ、とりあえず入って頂戴。みんな待ってるから」
「ボソッ(三人しかいないくせに)」
「クロノ君、何か言った?」
「いえ、何も言ってないのでその拳大の石を早くしまって下さい」
いよいよコレで僕も魔術執行部なんだ……頑張ろう!!
先生を先頭にクロノ君、カイル君と順々に続いて、僕の後ろにいたエリカさんが最後尾だったからそのまま扉を閉めた。
因みに前までは『ノルトラインさん』って呼んでたんだけど、大会が終わった後にエリカさんから僕も名前で呼ぶようにって言われたんだ。エリカさんみたいな大貴族の人を気安く名前で呼ぶなんて今でもちょっと緊張する。実家のお父さんやお母さんにそのことを話したら倒れちゃうんじゃないかな。
「それじゃあ後は任せるから」
先生は部屋の中にいた上級生三人にそう言うと出て行った。
それだけの為に僕達を部屋の前で待っててくれたんだ………やっぱりいい先生だなぁ。
「よしよし、お前ら良く来てくれたな。とりあえず何処でもいいから適当に座ってくれ」
上から見たらこう→Πなっている机の配置、その上の部分の事務机にいる筋肉が凄い人にそう言われ、僕達は部屋の隅にあった椅子を真ん中に持ってきて座った。
クロノ君だけは椅子を持ってこないでそのまま部屋の隅に陣取った。
「……頼むからお前もこっちに来い」
「あいよ」
クロノ君は椅子ごと浮いてちょうど僕達の真ん中に着地した。
………あれ?女の子達が揃って椅子の位置をちょっと真ん中よりに変えてるなぁ。どうしたんだろ。僕の思い違いかな……。
「……よし、じゃあもう一度改めて自己紹介をする。俺が魔術執行部の部長、三年だ。一年間と言う短い間だがよろしく頼む」
「僕は副部長、二年生だ。ヨロシクね。彼女も同じ二年生で、一応書記をやってもらってる」
「宜しく」
あの筋肉が凄い人が部長、髪の長い男の人が副部長、眼鏡の人が書記、と……うん、しっかり覚えておこう。
「じゃあ次はお前らだ。……そうだな、名前だけじゃなく、なんでもいいから一言言ってくれ。目標とか将来の夢とかな」
筋肉が凄い人はそう言ってニヤッと笑った。
………え!?な、何を言えばいいんだろ……。
チラッと周りを見るとみんなもいきなりの事でビックリしてるみたい。ヒナタさんなんて本当に『あわあわ』って言ってそうだ。
……どうしよう、いきなりそんなことを言われても何にも思いつかないな……。
でもクロノ君は違った。真っ直ぐ前を向いて少しも動じてない。流石だなぁ……僕もああいう落ち着いた人になりたい。
「なんだ、お前だけ反応がつまらないな。よし、じゃあお前からだ」
「―――――はい」
そう言ってクロノ君は立ち上がって、
「翔 玄野です。一年生です」
――――――――――座った。
・・・・・・・・・。
「あれ?何で止まってるんですか?ちゃんと名前以外にも学年を言ったでしょ?」
「い、いやお前、そんなのはダメに決まって………」
――――――――ガタッ
「カイル=ドラゴニス!!一年生でっす!!」
部長が何か言ってる最中にカイル君が急に立ち上がってそう叫んだ。
………そ、そっか!!この勢いに僕も便乗しちゃおう!!
「ユ、ユーリ=ロレンツです!一年生です!!」
う…………だ、大丈夫かな?
「……………はぁ、まぁいい」
ふぅ……よかった。
「じゃあ続き、後は女子だ。頼むから女子はあの目つきがおかしい奴みたいに言葉の穴を突くような真似はしないでくれよな」
「目つきがおかしいとはなんですか!!失敬な!!」
「落ち着けよショウ、本当のことなんだから仕方ねえじゃねぇか……」
でも本当に、僕も初めてクロノ君を見たときは涙が出そうに……あ、一瞬!一瞬だけだけどね!
部長は憤慨するクロノ君を無視して再びニヤついた表情で女子の方をみる。けれどもそんなことなんてまるで気にしない様子でアキヅキさんが立ち上がった。
「楓 秋月です。宜しくお願いします」
―――――――――座った。
・・・・・・・・・・。
「ちゃんと名前以外にも言いましたよね?『宜しくお願いします』って」
そう言ってアキヅキさんは笑い、そしてクロノ君が『良くやった』と言わんばかりに満面の笑みを浮かべて一瞬アキヅキさんを見た。
………アキヅキさん嬉しそうだなぁ。僕もクロノ君に認められるような男になりたいよ。
そしてアキヅキさんに続いて、
「リリア=グラウカッツェです。宜しくお願いします」
「晃 北条です!ヨロシクお願いしまーす!」
「あすか 日向ですっ。よろしくおねがいしますっ」
「エリカ=リクト=ノルトライン=ヴェストファーレンですわ。ヨロシクお願い致します」
「はぁ………もうなんでもいいか」
部長さんはちょっとだけ切なそうな雰囲気だ。そしてそのまま『交代』と言って髪の長い男の人に話を託した。確か副部長だったよね?
「え、えっと、それじゃあ改めて話をしようか……。とりあえず執行部の仕事からだね」
ちゃんと聞いて覚えなきゃ!
「まず基本的にうちがやるのは校内の治安維持なんだ。生徒会の方でも一応やってることはやってるんだけど、事が荒立ってきたら僕達がそこに出向いてそれを止める。例えば魔術の暴走とか生徒同士の喧嘩とか……時には学校の近くにまで来てしまった獣や魔物の退治かな。どうして僕達なのかっていうと、生徒会と違って僕達は任意で魔術を使うことが出来るからなんだ。それが例え校内であってもね」
そ、そっか。実力が必要だから執行部には強い人しか入れないんだ。僕ももっと強くならないと!
「それと、時々国や町の方からも何かと依頼される時がある。今までは僕達三人しかいなかったから殆どそう言うこともなかったんだけど、今年は8人も入ってくれたし、それに有名な人も居るからね。これからは依頼が増えると思うよ。なんなら自分達で依頼を取ってくる事もできるし」
有名な人っていうのはもちろんカイル君とエリカさんだよね。……うん、でもすぐにクロノ君も有名になるよ!
「そうやってお金を稼ぐわけですね!!!?」
「う、うん。まぁそうだね。依頼をこなせばその分の依頼料が執行部の部費として支払われる。それを依頼をこなした人が山分けって形でもらってくれて構わないよ」
クロノ君の目がキラキラしてる。
「あ、でも部費として必要不可欠な場合はそれが出来ない事もあるからね。例えば今だったら……椅子とか机とかかな。実は部長が使ってる机と椅子、そして僕と書記が使ってる椅子以外は借り物なんだ。申し訳ないけど、最初のうちは稼いだお金の半分以上はそっちに回されると思って欲しい」
……あ、クロノ君がションボリした。
「そういや疑問に思ったんスけど、そっちのメガネの先輩は『書記』なんスよね?だったら何でなんも書いてないんスか?」
そう言うカイル君に眼鏡の先輩が答えた。
「部の予算的に黒板を購入する事が不可能だから」
「あ……そうスか」
そっか……貧乏なんだなぁ。僕の家みたいだ。
「それと、こいつを持ってろ」
突然会話に入った部長がクロノ君に何か黒いものを投げ渡した。
「なんですかこれ」
「そいつは『火晶石』ってんだ。クロノとかいったな、ちょっくらそいつに魔力を流してみろ」
「あ、はい。―――――せいっ」
「アヅァァァ!!」 「熱っっ!!」 「…………っ!!」
クロノ君が石に魔力を通すと先輩達が一様にビクリと動く。副部長と書記の先輩は手に持っていた黒いものを床に落し、部長だけは服をバタバタさせて胸ポケットから落とした。
…あれ?落とした床の部分から黒い煙が……。
「バカテメエ!!!誰が全力でやれっつった!!!見ろ、服が焼けて穴が空いちまったじゃねぇか!!」
「ビ、ビックリしたぁー」
「……『癒し』よ」
部長はクロノ君に叫び、副部長は手をプラプラさせ、書記の先輩は冷静に『癒し』をかけている。
「いや、別に全力じゃないんですけど」
「………」 「………」 「………」
先輩達が沈黙した。
「……ま、まぁいい」
あ、無かった事にした。
そしてまた副部長が話し始める。
「……さっきも言ったけどこれは『火晶石』って言ってね、魔力を篭めると近くにある火晶石が共鳴して熱を発するんだよ。篭めた魔力が多ければ多いほど熱くなる。喧嘩なんかを校内で見かけてそれを一人じゃ対処しきれない場合なんかに使うんだ。一応有効範囲はこの学校の敷地くらいはあるから大丈夫さ。基本的に校内では部長みたく、胸ポケットみたいな肌に近いところに常備しておいて欲しい。それが熱くなったらどこかで何かがあったって事だから、空にでも飛んで辺りを見回してほしいんだ。校内だったら走り回っていればいずれ他の生徒達がザワザワしてるところに出くわすだろうからね」
「見た感じ大きな問題じゃ無さそうだったら弱めに、本気でヤバかったら強めに、見たいな感じですか?」
「うん、そうだね」
そっか、何かあったらそれでみんなに連絡を取ればいいんだ。
副部長がそこまで話し終わると、書記の先輩が立ち上がって火晶石と……なんだろう、腕章を一緒に僕達一人一人に手渡した。
あ、この腕章『魔術執行部』って書いてある。
「それは執行部だっていう証になるから、校内ではそれも常に付けておいてね。それがなかったらたとえ執行部だとしても魔術の使用が禁じられちゃうから気をつけてくれるかな」
うん、無くさないようにしよう。
「それで喧嘩なんかを止めた時なんだけど、事態を収束させたらどっちが悪いとかに関わらずこの部屋に連れてくるんだ。そしたらあそこの棚に反省文用紙があるからそれを書かせて一日の最後にデラクール先生にまとめて渡す。……そうだな、一度に言ってもアレだから、今はそれだけでいいかな。もし単なる喧嘩じゃなくて虐めであったり、自衛の為だけの魔術使用であればそう言った時は先生か僕達を呼んでくれればその都度処理するから」
つまり自衛の為かどうかの判断は僕達が勝手にしちゃってもいいんだ。
「―――さて、これで僕達の話は殆ど終わりだ」
「え?もう終わりなんですか?」
ヒナタさんの言葉ももっともだ。部室に来てまだ5分くらいしか経ってないし。
「うん、君たちの執行部としての仕事はこれだけ。今はまだ国からの依頼は僕達が取ってくるし……あ、一つ注意事項を思い出した」
……?なんだろう。
「今から君達も魔術執行部の一員になるわけだけど、絶対に破っちゃいけない部則が一つだけあるんだ。これを破っちゃったら即座に退部。この部にいま三人しか居ないのはこれのせいなんだよ」
「な、なんですか?」
た、退部って……。
ここで一呼吸置いた副部長はビックリする僕達(クロノ君とアキヅキさんとエリカさんとリリアさんを除く)を見て、言った。
「執行部員は正式な試合や魔物なんかと戦う時以外、つまり喧嘩の仲裁の時には絶対に負けちゃいけないんだ」
……負けちゃ、いけない?
「これまでの話で判っただろうけど魔術執行部って言うのは、物騒な言い方をすれば力で力をねじ伏せる人間の集まりなんだよ。だからこそ相応の実力がなければいけない。学年でだけじゃなくて校内でも屈指のね」
ま、まぁそれはそうだろうけど……。
「じゃあそんな人達が喧嘩の仲裁に入って、そこでもし負けちゃったらどうする?」
「……他の生徒達が魔術執行部を『喧嘩すら止められない集団』として侮るようになってしまう、という事ですか?」
アキヅキさんが答えた。
「そう。執行部の腕章はただ校内で魔術を使うための免罪符って訳じゃないんだ。それを周囲に見せる事で校内でのイザコザを事前に防止する……そういう役割を持ってるんだよ」
そ、そっか……この腕章って僕が考えてたよりもずっと、重いんだ。
「だからこそ変に気張らないで、何かあったらすぐに火晶石を使って欲しい。僕達だって折角入部してくれた一年生をすぐさま退部にしたくないからね」
……石の重みが何倍にもなった気がした。
「よっしゃ、これで俺達のはなしは終わりだ!少ない休み時間を使っちまって悪かったな、もうメシを食いに言ってくれていいぜ。―――――それと今日の放課後、この教室にもう一回集まってくれ」
「あん?なんでですか?」
「実は数日前に美化委員から依頼が入ってるんだ。早速それをお前達にこなしてもらいたい」
「美化委員から……?いや、それより給料出るんですか?」
「いや、校内での事だから出ないぞ」
「それじゃ、失礼しまーす」
「おい待てこら!!返事がないぞ返事が!!」
『たまには別視点もいいんじゃないかな? ~あすか~』
執行部の部屋で副部長の話を聞いてからご飯を食べて、腕章をつけたまま午後の授業を終えたわたし達はまたこの部室に戻ってきた。最後の授業はフラーさんが教える王国暦で、少しだけ授業を早く終わらせてくれたから今部室に居るのは一年生だけ。翔ちゃんは結局午後の授業も全部寝て過ごした。お腹がいっぱいになったらまた眠くなっちゃったんだって。ほんとにしょうがないなぁ……。
この部室に来てから最初のうちはみんなで
『一体どんな事やるんだろう』
『美化委員が何で魔術執行部なんかに依頼を?』
『校内の不良を殲滅してほしいんじゃない?』
『美化委員怖っ!』
なんて話してたんだけど、何だかんだいってやることないし、ただ部室でボーッとしてるのもつまらないから晃ちゃんのアイデアでトランプをやることになった。でも予想通り『こっちの世界』の四人はトランプなんて見たこともないって言ってたから、とりあえずルールが簡単なババ抜きを教えてあげた。もちろん、四人は初心者だから罰ゲームはないけどね。
………というかババ抜きに初心者も上級者もあるのかなぁ。
「あぁーもぉー全然合いやしねぇ!!」
「クッ……手札が3枚以下にならないぞ!」
「……あれ?僕これさっきまで持ってた気が…」
「む~…これですわっ!ってババ!!?」
でも四人とも楽しそうで何よりだと思う。
――――――――コンコン
扉がノックされた。多分先輩のうちの誰かだ、トランプももうお終い。
「おぅ、早かったなお前ら!」
入ってきたのは部長だった。
部長は持っていたカバンを事務机の上に置いてそのまま席につき、そのまま話し始めた。
今回は副部長じゃなくて部長が話してくれるんだなぁ。いつもいつも長い話は副部長がしてくれてたし。
「早速だがお前達には『魔法植物研究施設』に向かってもらいたい」
魔法植物?それなんだろう……草が魔術を使ったり喋ったりするのかなぁ。
「今回美化委員から依頼されたのは、『暴走した魔法植物の討伐』だ。どうやら研究施設の人間が植物に投与する薬品を間違えたせいで異常に巨大化、凶暴化したらしくてな。やつらとしてはこのまま観察しておきたいらしいが美化委員としてはそんなもんはさっさとなくなって欲しいんだそうだ」
う……巨大化かぁ。どのくらいかな……。
「判りました。それでその『魔法植物研究施設』って何処にあるんですか?」
「なんだクロノ、お前この時期になってまだ知らないのか?」
部長が呆れ顔でそう問い掛けると翔ちゃんは深く溜息をついた。
「あのですね部長、その時期って言われても入学してからまだ数週間しか経ってませんよ?一年生である俺達がこんなに広い学校の全ての施設を覚えられるわけが…」
「ワタクシは判りますわ」
「私もだ」
「ボクも」
「私もです」
「一応、僕も」
「わたしもわかるよっ」
「オレもー」
そういえば、すっごくすっごく広い植物園みたいなところが闘技場から歩いて5分くらいの場所にあったんだよね!この前楓ちゃんと晃ちゃんと散歩してたら見つけたんだ!
「……ないと思っているのでしょうがそれは違います!!俺達執行部員は日々校内の安全を守るべく様々な場所を徘徊し、その結果全ての建造物を記憶しているのです!!今俺が部長に場所を聞いたのは別に俺が知らないと言うわけではなくてもっと高尚な別の理由が……」
「わかった。とりあえずお前の必死さはわかった。だから落ち着け」
翔ちゃん……いまさら弁解は無理だよ……。だからそんな『くそっ、誤魔化しきれなかったか』みたいな顔は止めなよ……。
「そう言うことだからさっさと行ってその暴走植物を刈り取ってきてくれ。―――――――そうそう、今回の任務はクロノ、ドラゴニス、グラウカッツェ、ノルトラインは手出しも口出しも無用、残りの四人だけで対処しろ」
…………へ?
「そんな!もしあいつらが危険な目にあったらどうするんですか!?」
ねぇ翔ちゃん、その言葉とは全く逆の『よし!!これで楽が出来る!!』見たいな顔は何かな?
「別にそいつらが危険な目にあいそうだったら手でも口でも足でも出していいさ」
そういって部長はさっき名前が呼ばれなかったわたし達を一瞥する。
「ただそれもギリギリになってからの話だ」
「一体どういうことですの?」
「そうだそうだ!エリカの言うとおりだ!」
「うむ、全くだ」
翔ちゃん以外の三人もどうやらわたし達の心配をしてくれてるんじゃなくて、ただ自分が戦えないから文句を言ってるみたいなんだけど。どういうことなのかな?かな?
「お前ら四人は既に実力が充分だという事がわかっているからだ。だが残り四人はまだ甘い。ヒナタ、ホウジョウ、アキヅキは明らかに戦闘経験が薄く、ロレンツはその実力自体がまだ少し物足りん。今回の任務でそれを多少なりとも補おうと言うわけだ」
なんだそっか、ちゃんとした理由があるんだ。……わたしも頑張らなきゃっ!
「なるほど。ワタクシには実力があるから、と」
「へっへっへ、そういうことなら仕方ねぇな」
「フッ、今回ばかりは諦めよう」
「え?なんで俺そんなに買い被られてんの?」
優勝したくせに何を言ってるんだろ。
「よし、じゃあ最後にもう一つ。―――全員目をつぶれ」
……ふぇ?
「今からお前らの学年長を決める。三つ数えるから目をつぶったまま学年長にふさわしいと思う奴を指させ。いくぞ、さーん、にー、いーち――」
え?え?いきなり?
「ぜろ」
えいっ。
「―――まあ予想通りの展開か。よし、そのまま目を開けろ。一番指された人数が多い奴が今から学年長だ」
ゆっくりと、目を開ける。
エリカちゃんが1人。翔ちゃんから。
翔ちゃんが7人。残り全員から。
「はぁ!!?なんで俺なんだよ!!こういうのは社会的に一番偉い奴……エリカがやるべきだろ!?」
「ワタクシが生徒会ではなく魔術執行部に入った時点で貴族も平民も関係ないと思いますわ」
うんうん、そのとーり。部長がエリカちゃんのことを『ノルトライン』って呼び捨ててるのもそれが理由なんだし。それに実力主義の部活なんだから一番強い翔ちゃんがやるべきなんだよ。
「よし、じゃあお前が第一学年長だ。これから何か連絡事項があったらお前に言うからな。適当にこのメンツをまとめろよ」
「えっ、ちょっ、待ってください部長!!止めといたほうがいいですよ俺なんか!!もう一回選びなおしたほうが賢明ですって!!」
「もう決まった事だ。しかも満場一致でな。よーーし!今度こそ行って来い!怪我の無いようにな!!」
部長は翔ちゃんを軽くいなしてわたし達に発破をかける。
……でも部長のそんな態度が翔ちゃんには気に食わなかったんだろう。
「……っっ!!!だから待てっつってんだろこの野郎!!もう一回やり直せこのマッチョが!!!そんな面倒な肩書きいらんわ!!!」
「お前……執行部の部長であるこの俺にそこまで言う奴は他にいねぇぞ。逆に尊敬の念すら抱くぜ…………つーか、いいからお前も行け。もう決まった事だ」
「ふざけんな!!俺は絶対に嫌………おいカイル離せ!!俺はまだこのマッチョにいう事があるんだ!!」
「いいから行くぞ学年長。諦めろ」
「だぁーれが諦めるかこのタコ助!!おいリリア!!頼むからこのバカをどうにかしてくれ!!」
「フゥ……仕方ない」
「よしっっ!!………ねぇリリアさん。何で俺の腕を引っ張るの?どうにかして欲しいのはカイルの方なんだけど?俺ちゃんと『このバカを』って言ったよね?もしかして俺のことをバカだと思っていらっしゃる?」
「いいからいいから」
「いくない!!くそっ……こうなったら俺も全力で抵抗してやる!!!おらぁぁぁあ!!!!全!力!失!速ぅぅ!!」
「グッ……コイツなんつー馬鹿力だ!無駄に強力な《身体強化》してやがる!」
「お……重い……!」
「はぁ……まったく、何時までも子供みたいに駄々をこねるものではありませんわよ。カエデ、学年長様に『重力』を」
「あ、はい」
「おらぁぁぁあれ?なんか急にフワフワと?」
「さぁ行きますわよ。仮にもワタクシの上に立つ者になったのですから、少しは光栄に思いなさいな」
「よし、ならばその権利を君に譲ろうノルトライン君。そうすればあなたが俺の上に立つ者になれるのだが?」
「結構ですわ」
「じゃあ離せ!!今すぐ魔術を解いて離せ!!俺が部長に直談判するから!!」
「だから翔、もういいから行くよ。それじゃあ失礼しまーす」
「嫌だぁぁぁーーーーーはぁーーーーなぁーーーーせぇーーーー」
――――――――カチャ
――――――――キィ
――――――――パタン
「……ったく、一々騒がしいやつらだ。いや、騒がしかったのは一人だけか。………ふぅ、。さて、と」