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大会終了のお知らせ



 ―――――――――――――最悪だ。

俺がカイルから逃げ出して数分、運良…………当然の如く最寄りの医務室に到着した。これもひとえに俺の日頃の行いが良いものだからだろ………ちがう、当然の如くだ。

そして傷を治してもらうべく医務室の扉を開ける。するとそこには俺がまだ面識の無い教師がいる―――――――――はずだったのに。

あろうことかあの美人保健医が居た。

その保健医曰く本来この医務室こそが自分の持ち場らしく、さっき遠くの医務室に居たのはたタマタマなんだそうだ。

そしてその保健医は俺の傷を『癒し』で治してくれつつも『今回は迷子にならなかったようね。関心関心♪』などと人を馬鹿にしてきた。今度この保健医の靴の中にカメムシを仕込んでやろうと思う。画鋲じゃないだけありがたいと思って欲しい。……まぁどっちのほうが嫌かはわからないけどさ。




そんなこんなで今回の回復にはさっきの五分の一ほどの時間も掛かってない。

何より舞台の状態が俺とカイルが戦った時以上にボロボロだったんだから今頃直るくらいの時間だろうし、このまま真っ直ぐ闘技場に向かえばリクトと晃の試合が見れるはず。しっかり見て次の試合の計画を立てなきゃな。

………でも十中八九勝つのはリクトだろう。いくら晃が強いらしいとは言え、小さい頃からちゃんと修行してきたリクトには敵わないだろうな。てかぶっちゃけ俺自身、自分の実力すらも半信半疑だ。なんでカイルとリリアに勝てたのかも疑問だ。



こんな感じでいくら試合に乗り気じゃないとは言え、俺だって一応色々考えながらほの暗い通路をとおり、再び戻りたくも無い青空の下に戻った。相変わらず人を馬鹿にしたようにいい天気だ。

 「あ、お帰りクロノ君」

 「やや、ロレンツじゃないか。ただいま」

俺としてはさっきみたいにカイルがこの辺に立ってるかと思ったからさっき俺が殴っちゃった事へのカイルからの復讐に備えてたんだけど……まあ何にも無くてよかった。

 「……すごいねクロノ君は……僕と同い年だなんて思えないよ」

 「んぇ?何が?」

ちょうど傍にあった段差に腰掛けて、伏し目がちにロレンツがそう言う。

 「だってさ…カイル君みたいな有名で強い人を倒して、僕に余裕で勝ったグラウカッツェさんを逆にクロノ君は余裕で負かしちゃって……決勝戦まで進んだんだよ?」

 ん……別に全然余裕ではなかったんだけど………でもまぁ少年の夢を踏みにじるような事はしないで置こう。同級生だけど。

 「別にそこまですごくは無いって。だって毎年毎年必ず居る決勝の二人の中に偶然俺が居るってだけだからさ。それに確かにリリアには勝ったけど、もしかしたらロレンツとやったら俺が負けてたかもよ?相性って奴があるんだし」

 「ううん、僕なんて話にならないよ。一回戦敗退だし……」

 「いやいや、一回戦敗退って言っても本選には出場してるじゃん。要するに最低でも俺達の学年の上から8番目には居るってことだろ?誇ってもいいと思うんだけど」

 「でももしかしたらそれは僕が運良く予選で強くない人と戦いつづけてきただけで、クロノ君達が僕よりも強い人を倒しちゃってたからかもしれないし……」


 うわぁ……なんてネガティブなんだろう………。


 でも……それはしょうがないのかな?ロレンツにとってみたら(真実はどうであれ)本選に出場した自分以外の全員が自分よりも全然強いって思ってるんだから。絶対的に見れば決して弱くないっぽいロレンツも相対的に見たら一番下ってことになっちゃってるし。

 どうしよう、優しい優しい俺としては慰めてあげたい。……いやね、別にここで優しい言葉をかけて俺は見た目に反して気遣いが出来る人間だってことを知ってもらって株を上げようなんてことは思ってない本当だぞ?そしてロレンツがそれを広めてくれるだろうと思っていることは断じてない。


 「まぁ、そんなに落ち込むな」

そう言ってロレンツの頭に手を乗せる。なんとなくこの子はあすかと同じタイプの人間っぽいから同姓とは言えあんまり抵抗が無いな。それにあすかが落ち込んでる時も頭を撫でてあげると元気になるし……多分今回も大丈夫だろう。なんたってキャラ的に似ているからね。

 「まだ入学してから全然時間も経ってないし、なにより今回の大会は単なるクラス分けだろ?自分の実力がそこまでのものじゃないって思ってるんならこれから頑張ればいいじゃないか。偶然でも何でもロレンツがここまで勝ち残ったのは事実なんだし、これからはお前が自分よりも強いと思ってる奴らがクラスメイトなんだからさ」

 「うん……ありがとう、クロノ君」

 よしよし、少しは元気になってくれたみたいだ。コレで俺の評判もうなぎのぼり……?

 ………ん?待てよ?

 そういや俺らは全員本選に残ってるんだから、当然俺らは同じクラスになるわけだよね。

 ってことは『俺達8人が同じクラスになる』っていうのは全く無意味になるわけで。

 ………願い事どうしよう。

 「クロノ君!!!」

 「おわっ!!な、なにかな?」

考え事の途中でロレンツが突然大声を出してビックリした。手を乗せたままだったのが嫌だったのかな。

 「あ、あの!!ク、クロノ『さん』って呼んでもいいですか!?」

 「へ?」

 く、玄野、さん?ってか敬語?

 「あの、なんていうかその……クロノさんって同い年って感じがしなくて……それに僕、前から年上の兄弟に憧れてて……僕は長男ですから」

 長男か……さぞかし優しいお兄さんなんだろう。…………じゃなくて!

 「い、いやあのさ…俺としてはそんな呼ばれ方をするのはこそばゆいってゆうか……」

 ぶっちゃけ止めて欲しい。楓にもやめてくれって言ってるんだけど、『これが私の普通なんです』って言われちゃったからそのままなだけだし。

 「そうですか……」

 そんなにションボリしなくてもいいじゃないか……なんか悪い事をしちゃった気分になる。

 「じ、じゃあせめてやっぱり僕のことを『ユーリ』って呼んでくれませんか?お願いします!!」

 「ま、まぁそれくらいいいけどさ……」

 「やったぁ!!ありがとうございます!!」

 俺としては『ロレンツ』の方が良かったのに……まあいっか。本人がそう言うんだし。

とりあえず『わかったから敬語は止めて』と興奮するユーリをなだめつつ、今のうちに確認しなければならないことを一つ思い出した。

 「ねぇ、ユーリって男だよね?心も身体も」

 「??当たり前じゃないです……当たり前だよ。何でそんなことを訊くんで……訊くの?」

 「いや、なんでもないから気にしないでくれたまえ」

 そっか……良かった。

 ……いや『良かった』じゃ無いよ。これが普通の事なんだよ。あいつが特別だったってだけの話さ。



 「んじゃまぁ取り合えずリクトと晃の試合を観戦するか。俺他人の試合を見るのは初めてなんだよ」

 予選はみんな先に終わらせちゃうしさっきは道に迷っちゃったし。ふふふ……ちょっとワクワクしちゃうぜぃ。このワクワクを100倍にしてパーティーの主役になれそうなほどだ。

 「何を言ってるの?ノルトラインさんとホウジョウさんの試合はもう終わったよ」

 ……………え?

 「で、でも今舞台が直ったばっかりじゃないの?」

 「そうだけど……あ、クロノ君は医務室に行ってたから知らないんだね。試合はホウジョウさんが棄権したんだよ。さっき審判の先生が言ってた」

 ……………キケン?

 ……………棄権!?

 「な、なんでさ!?」

 「詳しい事は判らないけど、多分魔力切れとか疲労とかじゃないかな。一回戦目に勝った事は勝ったけど、ヒナタさんとの試合で結構たくさん魔術つかってたから」

 ぅ…………ぅそぉん………。

辺りを見回して晃を探すと、こっちに気付いた晃が女子側のベンチで意地の悪い笑みで俺にヒラヒラと手を振っている。ちなみにカイルもあっち側にいて爆笑している。アレは絶対『何だあの顔は』とか思っているに違いない。

 「まさか……一試合も観戦せずに大会を終えてしまうとは……」

 「え、えーっと……がんばってね!ノルトラインさんには悪いけど僕はクロノ君を応援するから!」

 「ありがとう、ユーリ。……君は本当にいい子だ」




もう一度軽くユーリの頭をフワッ撫でてからスッカリ直ってしまった舞台にダラダラと上がる。もう既にリクトは舞台の中心で凛と精神統一をしていた。多分俺の心境とは正反対なんじゃないかな。それに今回は休む暇もなく試合になっちゃってるし……はぁ……。

 「なんて顔をしているんですの?折角の晴れ舞台なのですからもっとシャキッとなさいな」

 うるさいなぁ………そんなの無理だよ。

 「それとあなた、ショウ=クロノ」

 「……あん?なんだよリクト」

 くそ……コイツ、自分の事はフルネームで呼ぶなとか言っときながら俺の事はフルで呼びやがって。

 「ワタクシがこの試合に勝ったらワタクシのことは『エリカ』と呼びなさい」

 「なんでよ。リクトでもいいじゃないか」

 「いいから呼びなさい!」

 「え、なにお前、もしかしてそんなことを願い事にすんの?」

 「そんなわけないでしょう!これは命令ですわ!敗者は勝者の言う事を聞くものですわよ!」

 なんなんだよコイツ……わかんないやつだな。

 「まぁいいけど……その代わり、お前が負けたら『チクワ』って呼ぶからな」

 「何故!!何故チクワ!!?」

 別に理由は無い。なんとなくその言葉が浮かんできただけの話だからね。ぶっちゃけ『カニカマ』でも『ハンペン』でも『カマボコ』でもいいのさ。……なんで練り製品ばっかりなんだろうと自分でも思う。………カニカマもそうだっけ?違うっけ?

 「くっ……いいでしょう。もしワタクシが負けたならなんとでも呼ぶがいいですわ!!」

 あぁあ、さっきまで舞台上にいた冷静なリクトは何処にいったんだろう。……まぁいいか。むしろそっちのほうが好都合かもしれん。平常心をなくした相手ってのは何かとやりやすいからな。


リクトが俺に背を向けてズンズンと貴族もへったくれもない歩きかたで離れていくのを見てから俺も離れ始める。ちょっとだけ勝つのが楽しみになってきたが、それでも足取りは重い。

 あ、そうだ。リクトが完全に離れちゃう前に訊いとこう。

 「おーいチクワーーー!」

 「まだチクワではありませんわよ!!なる気もありませんが!!」

 「わかったわかった。んでさ、お前ってもう願い事決まってるの?」

 「………決まってますわ」

 え?マジで?『同じクラスになる』とかじゃなくて?

 「ちょっと参考までに聞かせてよ。ほら、元々考えてた願い事じゃダメになっちゃったじゃん?俺なにも思いつかなくてさぁ」

 「………………教えません」

 えぇーー………なんでさケチ。


今度こそリクトは俺と離れきり、自分の立ち位置に着いてこっちに振り返る。どうやらもう気持ちの整理はついたようで、どことなく釈然とした雰囲気っぽい。流石に貴族、自分の感情を理性で押しとどめる術を完全に身に付けているみたいだ。俺も無理矢理気合を入れて位置に着く。


審判が笛を口に咥えて右手を上げる。決勝戦だからなのか、はたまたリクトに見惚れてるのかは判らないけど観客はシーンと静まり返っている。とてつもなくやりにくい。唯一うるさいのは本選に出場している選手達マイナス俺の男友達2だ。彼の真剣に試合を見ようとしている表情が直ぐに想像できる。ホントに彼はいい人だと思う。



――――――――――笛が鳴る。



 「最初から本気で行きますわよ!!!!」

リクトはそう叫ぶと顔の前で両手をクロスさせ、次にその手を勢い良く振り下ろす。


―――――――右手には三日月のような大きい曲刀が現れる。柄の部分はそれを掴んでいる手でよく見えないが、綺麗なエンブレムが施されているようだ。

―――――――左手にはレイピアのような細い長刀が現れる。手の甲を守るように覆うシールドのような部分にも同じようなエンブレムがあった。


そして綺麗な金髪を風に靡かせてそのまま全速力でこっちに駆けてくる。






―――――――――――はっ。

 何かと思ったらまた剣か。

 そんなものもうリリアと戦った時にもう慣れてるんだよぉ!

 メチャクチャ怖いけど………それでも耐えられないほどではないんだよぉ!

 それにリクトの動きは見る限りカイルよりもリリアよりも遅いし、これなら案外簡単に避けられるかもしれない。

 この勝負もらったな!この『チクワ』が!!












     『たまには別視点もいいんじゃないかな? ~楓~』



 「げぇっ!!!!」

試合開始直後、カイルさんがまるで車に轢かれたヒキガエルのような声を発し、私は一瞬ビクッとした。

 「エリカのやつ、あんなモン使えたのかよ………」

 「あんなものとは?」

 私にはキラキラ光る綺麗な白い剣にしか見えませんけど。

 「………見てれば判る」

カイルさんが微妙に緊張した面持ちで見つめる先を、私も見習って向きなおす。その途中でカイルさんと同じように呆然としているリリアさんと、私と同じように話を振るあすかさんと晃さんが目に入った。

 「ハァァア!!!」

 「よっと」

曲刀の振り下ろしを翔さんが避ける。

 「フッ!!!!」

 「ほいっ」

長剣による突きを翔さんが避ける。

 「クッッ!!」

 「なんの!」

右足の蹴りを翔さんが受け止める。

 「せぇぇいっっ!!」

 「………ッッ!!」

今までの試合でも見たように、翔さんがエリカさんを投げ飛ばす。私の素人目ではカイルさんやリリアさんが驚いているほどに凄いことが行なわれているとは思えない。

空中で一時停止したエリカさんは再び曲刀を振りかぶって降下する。

 「このぉぉおぉ!!!」

 「甘い甘い。『風』ぇ!!」

飛び込むエリカさんに翔さんが風刃らしきものを複数飛ばす。

 「甘いのはあなたですわよ!!!」

そう叫んだエリカさんがその刃をエリカさんが曲刀で両断した。


 ―――――――――――――――――え?


 「ハァッッ!!!!」

 「うわっっ!!」

風刃をあっけなく切り抜けられてしまって一瞬呆然としたからなのか、翔さんがギリギリのところでエリカさんの長刀による突きを交わす。長刀は音も無く舞台に刺さった。


 ――――――――――――――――――音も、無く………?


 「……カイルさん、これは一体………カイルさん?」

 「…………………」

カイルさんはただただじっと翔さんとエリカさんの試合を…………違う、エリカさんを見ている。翔さんならここで『もしかしてリクトに見惚れてるのか?』くらいの茶々を入れそうだけれど、私はなんとなくそれに水を差すのが悪いような気がして観戦に戻った。


そこからの接近戦は離れようとする翔さんと決してはなれまいとするエリカさんとの決死の攻防が続く。その間も翔さんは『風』で『火』で『水』で『地』で『氷』で『草』で『雷』で攻撃と防御をするものの、全てがあの曲刀に切り捨てられている。


―――――――――質量が在るものも無いものも、静かに綺麗に平等に。


 「ショウも……気付き始めた」

 「え?」

ふとカイルさんが零した一言を耳にして、それが一体何を指すのかを考える前に私は翔さんに注目した。相変わらずエリカさんの攻撃から逃げつづけ、()けつづけ、()けつづける翔さんを。

 「いいかげんに……当たりなさいな!!」

 「っっっ……冗談じゃない!!!そっちこそ諦めて離れろっての!」

右、左、右の3連撃を、身体を振り、上体を反らし、身を翻す事で見事にかわす。


疲れが見えるわけではない。

魔力が切れ始めているようでもない。

イラついてるようでもない。


私にはただ翔さんが焦っているように見えた。


 「ちっ……おら!!!」

 「ク……ッッ!!」

一瞬の隙を突いて翔さんがエリカさんを突風で吹き飛ばす。これまでの攻撃とは違って物理的なダメージはないものの、翔さんが思い描いていたとおりにエリカさんと翔さんとの間隔が離れた。どちらも軽く呼吸を乱しているけれど、どうしてあんな大きな剣を二本も持っているエリカさんがあの程度なのかが気になる。

 「おいリクト!!!何だお前その武器は!!卑怯じゃんか!!」

 「他人を卑怯と言う前に自分の魔力量と属性数の変態さを自覚なさいな。充分卑怯の範疇に入りますわよ」

 「変た………!!俺のこれはいいの!!神様からの贈り物だもんね!!」

 「それならばワタクシもそうあなたにお返し致しますわ」

そう言ったエリカさんは右手の曲刀を一時舞台に突き刺し、空いた手で指を鳴らす。

 「この馬鹿………考えが纏らないうちに……っっ!!」

即座に翔さんが頭上からの水槍を避けると、その先にエリカさんが既に回りこんで再び接近戦となった。曲刀と長剣を器用に避けつづける戦いが。




 「……わかったか?オレが見てれば判るって言った理由が」

あの剣を見た時の衝撃から戻ってきたカイルさんが呟くように私に話し掛けた。

 「…ええ」

戦いを見て私は気付いた。あれはただのキラキラ光る綺麗な白い剣じゃないことに。



あの剣は――――何もかもを切り捨て、刺し貫く。ただの剣では不可能であるはずの……魔術すらも。



 「アキヅキさ、高位魔術属性とそれ以外の属性の違いってなんだかわかるか?」

 ……確か前にデラクールさんがそんなようなことを言っていたような……。

 「えっと…威力と危険度、それに希少度でしたっけ?でもほとんど希少度だけで決められているとか」

 「そうだ。どうやら記憶喪失っつってもそこまで忘れてたわけじゃねぇみてぇだな」

 …………あぁ、そういえば私達って記憶喪失っていう設定でしたね。

 「けどな――――」

 「はい?」

 まだなにかあるのでしょうか。

 「そんなことよりも前に大前提があんだ。………それが属性の【優劣】だ」


 ………優、劣?


 「いいか、基本的には低位も中位も殆ど変わらねぇんだ。結局術者の能力によっては『火』が『氷』に勝つ事だってあるし、『風』で『雷』を消す事だって出来るしな」

 それはまぁ……この大会で何度も見たことですから判りますけど。

 「しかしだ、低位と中位の魔術同士がぶつかり合った時、もし練りこんだ魔力が多少の差で中位のほうが少なかったとしても、確実に中位が勝つんだよ。例えそれが台風と落雷みてぇな大災害レベルであっても、マッチとあられ一粒程度のものでもな。それが【属性の優劣】だ。……まぁ実際にはそんなこと殆どねぇけどよ。基本的に低位を使う時には【優劣】を気にして多めに魔力を練りこむやつが多いからな。だが一応これが属性の階級が分けられる時の大前提なんだよ。ただ単に珍しいからってだけじゃねぇんだ」

 ……なるほど。【優劣】ですか。それは初めて聴きました。

 「んで話はエリカのあの剣に戻る。……ほら、アレを見てみろ」

そういってカイルさんは舞台を指差す。やっぱりそこでは翔さんが逃げつづけている光景があった。


けれどさっきと違うのは翔さんの魔術が段々えげつないものになっていることだった。序盤こそ見た感じあまり威力が無さそうな攻撃だったものの、今では明らかに致命傷になってしまいそうな攻撃ばかりをしている。風刃の量が倍以上になり、常時炎がエリカさんにまとわりつき、数秒おきに氷柱がエリカさんを狙い、幾筋もの雷が空中を走っている。

それにも関わらずエリカさんはその攻撃を両手の剣で全て防いでいた。曲刀で風刃をなぎ払い、長剣で炎を振り払い、氷柱を切り捨て、両手を振るって雷をかき消す。


 「見てのとおりショウの攻撃は全て低位と中位だ。『重力』を使ってねぇのは多分エリカを潰した時に剣が当たっちまったらあぶねぇからとかそんな理由だろうよ。何だかんだ言ってあいつも微妙に優しい奴だ。微妙に」

 そして『光』と『闇』と『召喚』を使わないのは出し惜しみをしているから、と。

 「ここで問題、エリカが使ってるあの剣は魔術で出来たもんなんだ。一体なんの属性かわかるか?」

 「まぁ……話の流れから言って『光』でしょうね」

 こんなの問題でも何でもありませんよ。…………あぁ、魔術でできた剣だからこそエリカさんはそこまで呼吸を乱してなかったんですね。重さなんて無いでしょうし。

 「そうだ。じゃあもう一つ、エリカのあの剣とショウの魔術、どっちのほうが練りこんだ魔力が多いと思う?」


 魔力?えっと……エリカさんが出した剣は翔さんの魔術全てを消していますよね。

 さっきの【優劣】の話を加味して単純に考えると、『光』という高位属性が翔さんの魔術に少ない魔力で打ち勝っているようにも思えます、けど。

 ですがさっきカイルさんは、『多少の差で中位のほうが少なかったとしても』と言っていましたから、その差があまり大きすぎたら当然、中位よりも高位よりも低位の方が勝つと言う事。

 しかし実際にはエリカさんは試合開始直後に創り出したあの二振りの剣でずっと戦い続けていますし、何よりあの剣が翔さんの攻撃にやられて再構築しているところも見ていない、となると……。


 「エリカさんですか?」

 「残念だったな、違う」

 うぅ……。じゃあさっきの話と今の長い考察は一体……。

 「そんな顔すんなよちゃんと説明すっから。いいか、さっきの【優劣】の話は嘘じゃねぇ。ただ特例があるってだけだ」

 「特例?」

 「一言で言っちまえば『高位は特別』ってことだ。高位の属性は扱いそのものが難しい。『重力』にしろ『光』にしろ『闇』にしろ、他の属性とは違って定義が良くわかんねぇフワフワしたモンを操作しなきゃいけねぇんだからな。『召喚』はそれ自体を攻撃にする事はできねぇから今は置いておく。だがその三つを扱う事が出来れば話は違う。ある程度の魔力の差なんてモンはすっ飛ばして相手の魔術に打ち勝つことが出来んだよ。今のエリカみたいにな」

 なるほど……そんな特性が在ったとは。高位魔術属性なんて呼ばれているのもダテじゃなかったんですねぇ。ますます高位属性を羨む方々の気持ちがわかったような気がします。


 …………………それにしても。

そこまで高位属性が凄いとなれば…………出し惜しみをしなくなった翔さんって想像以上に強いのでは?


 「ん?何キラキラした目をしてんだ?……あぁそうか、お前も高位使えるんだもんな」

 「え?……え、ええ!そうですよ!改めて自分が凄いと思っちゃいまして!」

 わ、私ったら、なにもこんな時まで翔さんのことを考えなくてもいいでしょうに……!



 「……まあいい、取り合えず魔術に関しては終わりだ。今度こそエリカのあの剣そのものの話だが……」

 もしかしてカイルさんは翔さんと違って誰かに何かを教えるのが結構好きなんでしょうか。そういえば道場の後継ぎだって言ってましたし。


 「あれこそがあいつの家が貴族であり『リクト』を拝命した由縁の魔術、《光剣》だ。《三光剣》とも言われてる。高位の特性によって低位と中位の魔術は殆ど振り払う事ができ、尚且つ『光』というわけのわからねえモンで出来ていることでこの世の全てのものを切り捨てる事が出来る。だからこそ物を切った時に音が無い。そこには抵抗が全く無いからな。一説にはあの剣で首を切られたものは首が落ちずに立ったまま意識を失うように死に、腕を切られたものは自分の腕が地面に落ちた音を聞いて初めて切られた事に気付き、心臓を刺されたものはそのあまりの鋭さに、刺されたにも関わらず心臓が動きつづける為に数分間生き続けるらしい」

 「…………凄い」

 「凄いんじゃねぇ、ヤバイんだ。本来あの魔術は自分が一族の党首になる30~50歳の時にようやく出来るようになる代物なんだよ。これまでの歴史でもっとも早く扱えるようになった奴でさえ確か20代前半だった気がするしな。それをアイツは16で、か。……才能もそうだが、血の滲むような努力を……いやもう滲んじまってるだろうよ。同年代の他のやつらが遊んでる時も修行に明け暮れてたんだろう。ホント、ショウとは違った意味でアイツも充分変態だぜ」


……変態なんて言葉を使いながらもカイルさんの目は真剣そのものだ。そこには嘲笑も同情も憐憫もなく、カイルさんにしかわからないような……カイルさんにならわかるような尊敬の念が浮かんでいるようにも思えた。

 それにしても《光剣》とは……翔さんなら絶対に『……カッコイイ』なんていいそうな名前ですね……ってああもう!さっき翔さんのことはあまり考えないようにしようと決めたばかりなのに!!


 「あれ?そういえばどうして《『三』光剣》なんですか?エリカさんは二本しか使っていませんよね」

 「流石にそこまでは無理だったんじゃねぇの?……使ってねぇのは確か《陽光剣》だったか」

 「剣一本一本にも名前があるんですか?」

 「ああ。アイツが右手に持ってる曲刀が《月光剣》だ。まぁ名前の由来は言わなくてもわかるだろ。んで左手の長剣が《星光剣》だ。……ほら、流れ星みたいに細くて長いだろ?」

 ……言われてみればそう見えなくも無い、かな?


 「そういえばカイルさん、今更だとは思うんですけど」

 「あん?なんだ?」

 「あの剣、危なくないですか?もし切られたりしたら死んじゃいませんか?」

 「ああ、死ぬ。運がよければ腕か脚がなくなるくらいで済むんじゃねぇか?」

 !!!!!!???

 「ち、ちょっとカイルさん!!!!それが判ってるならどうしてさっさとこの試合を止めないんですか!!!!」

 「ぐ…くるし………離し………」

 ………はっっ!!!思わず私が習っていた合気道術の“必殺”技を使ってしまいました!

 「あぁ……すみませんすみません!」

 「げほっ……げほっ………あー苦しかった。あとでその技オレに教えてくれ」

 こんな時まで貪欲に技を知ろうとするなんて、さすが後継ぎ。

 「まあぶっちゃけた話、この闘技場に居る奴らは全員エリカの武器が危険なものだってわかってるんだよ。お前らを除いてな」

 『お前ら』というのは私と晃さんとあすかさんと翔さんでしょう。

 「つまり審判役の教師もそれを知ってて、だってのにこの試合を止めないってことは、判ってるってことなんだろ」

 「判ってるって……何をですか?」

 「安全性だよ」

 「安全性?」

 この戦いを見る限り安全性なんて物は時空の彼方に置き去りにされてしまっているように見えるんですけど。エリカさんもそうですけど、翔さんの攻撃も。

 「さっきの話を覚えてるか?試合前のやつ」

 「晃さんがエリカさんに棄権することを話した時の事ですか?」

 「ああ。あの時も言ったが戦いをする中でもっとも難しいのは手加減をした上で相手に勝つことだ。この場合は場外負けか、ある程度の怪我で試合を終わらせる事だな」

 それなら覚えてますけど。

 「この大会では相手を死に至らしめたら即座に敗北。そして退学の恐れもあるわけだが、それを知っていてなおエリカは《光剣》を使ってるってことは《光剣》を使ってもショウを殺す心配が無いって事だ。どうやるのかは判らねぇけど……どっちにしろ、滅茶苦茶修行したってことなんだろうな。《光剣》を制御する事が出来るなら手加減なんかしなくとも、翔を殺さずに心置きなく《光剣》を使えるわけだ」

 「それなら別に《光剣》じゃなくてもいいんじゃないですか?」

 リリアさんみたいに氷の刀とかでも充分でしょうし。

 「《光剣》じゃないとショウの攻撃を防ぎきれないだろうし、何より相手に恐怖心を与えられねぇからな」

 「……つまり、魔術であっても物質であっても切り捨てる《光剣》を使って翔さんに恐怖心を植え付け、それによって翔さんの動きが鈍る事、もしくは棄権が狙いということでしょうか」

 「そんなトコだろうな。ま、エリカの性格上棄権なんてものは期待して無いだろうけどよ」



カイルさんとの話も終わり、これ以上訊きたいことも無くなったので意識を試合に向けなおす。私達が話している間にも試合は続き、逃げる翔さんをエリカさんが追うという構図こそ変わらないものの、戦況は徐々に変化が訪れていた。


どうやらエリカさんが肉体的に疲れてきたらしく、その動きが鈍くなっている。翔さんもそれに気付いており、更に攻撃を激しくしていた。

そしてエリカさんが激しくなった攻撃を捌き切れなくなり着地して動きを止めると、翔さんも続いて着地する。

 「ハァ……ハァ……クッ、何時までも逃げ回っていないで男らしく戦いなさいな!!」

 「ふぅ……やだね。逃げるのが男らしくないって言うなら俺は男じゃなくてもいいよ。今後の人生は中性って事で生きてやる」

 「……………ボソッ(そんなことじゃモテませんわよ)」

 「行くぞリクトぉぉ!!俺の男らしさをしっかり見やがれ!!!」

 「なんて単純な!!」

 ……ん?今エリカさんが何か言ったような?そして何故いきなり翔さんは攻撃を?



今度は攻守が入れ替わって翔さんがエリカさんを追い詰める。

とは言ってもあの両手剣に近づくほどに切り込むのではなく、それが届かない位置でエリカさんに攻撃していく。剣に重さが無いとしても、それを振るうエリカさんの両腕には疲労が溜まる。動きが鈍るのも当然のことだった。


 「隙ありぃぃぃ!!」

私には何処に隙があったのかわからないけど、翔さんがエリカさんの右手を下から蹴り上げる。当然、《月光剣》は宙に舞った。

 「チッ!!」

 「しゃらくさい!!」

左手の《星光剣》もうまく避けて、

 「おらぁぁ!!」

 「ガハッッ!!!!」

お腹を蹴飛ばした。

エリカさんが後ろに吹き飛ぶ。それを翔さんが更に追う。

 「まだまだぁぁぁ!!」

 「ッッ、これ以上やらせませんわよ!!」

 「げっ……!」

エリカさんが蹴りで応撃するとそこからは肉弾戦になった。魔術が無い、ただのフリーファイト。横から『エリカの奴、普通にも戦えんのかよ……』なんて呟きが聞こえた。


翔さんの戦法は手を防御に回して脚で攻撃。それも大ぶりのものだから中々エリカさんには当たらず、空を切る事が多い。それでも当たった時の威力はとても大きく、ガードの上からでも衝撃がエリカさんの身体に走る。適当に見えてもエリカさんの顔には攻撃しないように心がけてはいるみたいだし、一応手加減はされているように思う。………多分。


対するエリカさんは翔さんのような『武力』とは違って『武術』のようなもので、手数が多くてクリティカルヒットも多いけれど、攻撃一回の威力が低くて中々翔さんは倒れない。それでも翔さんの顔面にも平気で拳や肘を入れる。全く手加減しているようには見えない。

 「くっそ………あーもー超痛い!!」

 翔さんがそう零して距離をとる。その隙にエリカさんは舞台に根元まで刺さっていた《月光剣》と《星光剣》を消し、再び両手に作り直した。

 「ふぅ………ったく、何時まで戦わなきゃいけないんだっての…そろそろ諦めろ!」

 「ハァ…ハァ…ッ………あ、あなたこそ負けを認めたらどうですの?」

 「え、認めちゃっていいの?」

 「前言撤回ですわ。大人しくワタクシの剣のサビになりなさい」

 「ねぇ、その感じだと俺死んじゃってるよね。そもそも魔術の剣じゃサビにすらなれないよね」

舞台上で二人とも軽く言い合っているけれど、その疲労の度合いが全く違うよううだ。翔さんにはまだ余裕があり、エリカさんにはそれが見えない。

 まあ、翔さんの場合は演技かもしれませんけど。

 「……でも確かに、これ以上このまま戦っていてもラチがあきませんわね」

 「お、棄権でもしてくれるの?」

 「違いますわよ」

そう言ってエリカさんは曲刀を持った右手を大きく振りかぶり――――――

 「そろそろ『勝負を決める』という事ですわ!!!」

翔さんに向かって投擲した。











      『たまには別視点もいいんじゃないかな? ~エリカ~』



《月光剣》が地面と水平に回転しながらショウ=クロノに向かって飛んでいく。その姿はさながら池に映った満月のよう。

 「うわっっ!!!」

まさかワタクシが剣を投げるとは思っていなかったのか、あの男は叫びながら剣を右に避ける。


―――――そして、避けられる事は折込済み。


 「ハァァッッ!!!」

飛空する剣を『風』で操作。そのまま半円を描くような軌道で剣が折り返しあの男を狙う。

 「な、何だこれ!!死ぬ死ぬ死ぬ!!マジ死ぬって!!!」

死にはしない。ワタクシは《光剣》を制御出来るから。当たる瞬間に殺傷と非殺傷を変更するなど、造作も無い事。


あの男はワタクシを攪乱させる為にか右に左にと動き回るが、剣は真っ直ぐあの男を追い続ける。とてもじゃないがあの男にすぐさま剣を当てる事が出来るとは思っていない。ワタクシはここで動かずに、あの男に剣が当たる瞬間を待つ。


その間もあの男は器用にも後ろ向きで走り、飛び、常に視界の正面に《光剣》を入れている。

それにしてもあの男、やはりよく分からない。

飛空速度はそれほど早くないものの、全てを切り裂く飛行物体が自分を追いかけている状況で、普通の人はその物体から背を向けずにいる事は出来ないはずなのに。

 「ハァ…ハァ………『水』よ!!!」

 「あだっっ!!!」

残り多くない魔力を振り絞ってあの男の背後に水槍を出す。二振りの光剣創り出し、あまつさえ遠隔操作している以上『水』の精度もそれほどではなく、槍というよりは棒のようになってしまった。刺さりもしないし貫きもしない。しかしそれでもあの男の注意を剣とは別にも向けることが出来た。

あの男もただ逃げるだけでなく剣に向かって、ワタクシに向かって何度も魔術を飛ばしてくる。そしてその都度《月光剣》はそれを物ともせずに飛び続け、ワタクシの方に来たものは《星光剣》で振り払う。


……呼吸も段々と落ち着いてきた。


 「―――――――――よっしゃ」

突然あの男は舞台に着陸、そのまま動きが止まる。

そして剣が自分に当たる直前、ワタクシに向かって走り出した。

ワタクシは左手に持っていた《星光剣》を右手に持ち替える。


 「………!!」

あの男の狙いは判っている。

恐らく、ワタクシに接近してあの剣をどうにかワタクシに当てるつもりなのだろう。もしくはそれを恐れて剣を消した隙にそのままワタクシに攻撃し、気絶させるか場外に落とすか。

これまで戦った相手も何度も使ってきた、定番で簡単で単純な戦法だ。


――――――そして、それを防ぐすべがワタクシにはある。


 「フッッッ!!!!」

《星光剣》を真っ直ぐに投擲する。

あの男は一瞬驚いた後に横に飛びのきながらも走るのを止めない。今のワタクシは手ぶら、勝機とでも思っているのだろうか。

 「甘いですわ!!!《月よ、星よ、その全てを浄化する光の力を我に!!》」


――――――――《光剣》再発動。右手に剣を、左手に剣を。


 「ハァァァアアア!!!!」

 「………くっっっ!!」

 チッ!!!!また避けられた!!!!

――――――ならば。

 「もう一度……行きなさい!!!」

 「マジかぁぁ!!!!??」

《月光剣》を投げつける。今度はワタクシもそれに続いてあの男に近づく。視界の右端に満月を確認しつつ態勢を低くして左手を大きく引く。


そして、月に見入っている者に、流星を。


 「そこっっ!!」

 「がっ……!!!」

当たる直前に非殺傷に制御した《星光剣》があの男の右わき腹を打った。

攻撃を、止めない。

 「ハッ!!」

 「………うぐっっ!!」

『風』の推進力を受けた左脚の蹴り。同じ場所に当たってあの男が吹き飛ぶ。

 「ァァァァアアアアア!!!!!!」

進行方向に向けて切れ味を制御した《月光剣》を全力で向かわせる。



―――――――――――身体の中心に正面から当たった。



 「ハァ……!!ハァ……!!ハァ……!!」

《星光剣》を杖代わりに立つ。

《月光剣》を受けたショウ=クロノはその勢いのまま吹き飛んだが、やはり此れしきの事では倒れなかったのだろう。今は少し離れたところで右膝を立ててしゃがみこみ、《月光剣》もその近くに落ちている。

 「……………!!」

ワタクシは気付く。あの男はただお腹に手を当ててうずくまっている訳ではなかった。あの傍から見れば無様に見える格好にもキチンとした狙いがある。


――――その両手の隙間から僅かにぼんやりとした白い光が漏れている。

 あの男は……『癒し』すらも………?


耳に届く自分の呼吸は荒く、魔力も残り僅か。大きな外傷は無いものの脚や腕がもう限界に近づいている。筋肉が引きつり、関節が痛み、なんどもあの男の蹴りを防いだ事で両腕の骨がきしむ。


 ―――――――――これが最後ですわ。


あの男が未だに蹲って回復を続けるのならばこちらとしても好都合だった。脚に力を入れてしっかりと立ち上がり、今この場にある二本の《光剣》を消す。今のワタクシではこの二本を消さなければ出来ない。

両手を前に突き出して右の手の甲と左の掌を合わせ、魔力を練り上げる。

左胸から始まって左胸で終わるように全身を駆け巡る魔力、その全てが両の掌に留まるように集中。

魔術を発動。それは『光』であり、『現実』であり、『幻想』。ワタクシが出来る最高にして最強。


 「《この世の生命を創造せし大いなる太陽よ、その偉大なる光の力を我の手に》!!!!」

想像するは最後の剣―――――――――――《陽光剣》。





そしてこの手に剣が現界する。柄を右手で握り、左手を添えた。

ショウ=クロノがゆっくりと顔を上げてこちらを向くが、格好は変わらずに右膝を立て、もう『癒し』は終わったのか、両手を肩幅程度に開いて地面に当てている。


――――――――これが、最後の一振り。


人間を二人並べた程の幅と剣身

銀白に光るその刃。

ただ存在するだけで見るものを威圧する大剣を大きく振りかぶった。その名が由来する太陽光を浴びて強く輝く。

あの男は動かない。


 「ハアアアアァァァァァァァアアァァ!!!!!!!」


剣を右から左に振り払うと剣の軌道から半円状に光が現れる。

そして光は急激に収束、集まって光の玉となり、後に光線となってショウ=クロノに向かって伸びていった。



舞台は抉れ、その熱量によって周囲の温度が上がり、光が世界を白く染め上げる。その速度は他の魔術の比ではなく、刹那と間を空けずにあの男の元に届くはずだ。



頭の片隅で一瞬考えた。

 ――――――――…………完全には手加減し損ねましたわ。

死にはしないだろうが、もしかしたら全治数ヶ月はかかるかもしれない。まあいい。



視覚を奪われた世界で轟音が響く。恐らく教師が張った防壁に光が直撃して爆発した音だろうと推測される。光が収まっても砂煙がひどくて殆ど何も見えない。


――――――――そんな中、それが見えたのは奇跡だった。


左のほうで何かが動く。煙の向こうに何かが居る。―――――ショウ=クロノ。


 ……避けられた!!!?


距離自体はそこまで近くは無いようで、そう思ったワタクシはなけなしの力を振り絞って即座にもう一度《陽光剣》を振りかぶる。

煙が少し薄れた。あの男の姿が網膜に映る。右膝を立てて、両手を肩幅程度に開いていた。



………あぁ、そうだったのか。

これは蹲っているのではなく、構えだった。あの軽薄そうな男、【カイル=ドラゴニス】と同じ構え―――――



そして気付いた時にはもう遅かった。

ショウ=クロノの姿が一瞬ブレたかと思うと消える。あの男の周りを漂っていた砂煙が爆発したかのように霧散する。

そしてそのままワタクシとあの男が居た場所を繋ぐ空間の煙をも撒き散らす。

全ては一瞬の出来事、ワタクシは剣を振る余裕すらなかった。



 「……………っぁ」

―――――――――――自分のお腹に重い衝撃を感じた。

呼吸が止まり、目の前に火花が散ってゆっくりと視界がぼやけていく。脚から力が抜け落ち、立っていることが出来なくなる。

 「俺の勝ちだな………エリカ」

耳元でそう聞こえた気がした。

そのままワタクシは意識を失った。自分が何をされたかは理解したものの、負けたという事を自覚する前に。



――――――――それでも。

舞台の硬質をこの身に受けた感覚はなかった。





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