Cat Versus Man
戦闘描写が難しすぎるんだYO!!!!
「ふぅ……つっかれたぁ~……」
あすかと衝撃的な別れ方をした後、保健医を探して最寄の医務室に行ったものの誰もおらず、どうしたものかと考えていると『そういやカイルが大怪我したんだし、もしかしたらそっちにいるかも』と思い立ったので、カイルが搬送されたらしいちょい遠くの医務室まで行こうとして道に迷い、たっぷりと時間をかけて何とか辿り着いたものの、そこにいたのは俺を一目見た瞬間怯え始めた見知らぬ女子生徒で、恐らく上級生の保健委員であろうその人から『ココにいた金髪の男子生徒は保健医と闘技場に言った』というありがたくない助言を聞いて、渋々闘技場に戻ろうとしたが再び道に迷い、結局更に遠くの医務室に行き着き、そこで傷を治してもらって『どうして大会で怪我した生徒がこんな遠くの医務室までくるの?』という美人保健医からの質問をうまくはぐらかして闘技場に戻ろうとしたのだけれど、そもそもココまで適当に来たので闘技場への道なんてものはわからず、仕方なしに保健医に頭を下げて闘技場まで道案内をしてもらい、やっと今さっき別れた時の言葉が冒頭のやつです。別れる時のあの保険医の『ココまでくれば良いわよね?迷子の一年生クン♪』とニコヤカに言われたのがメチャクチャムカツク。
でもしょうがないんだよ!俺は若干方向音痴なんだよ!!若干!!若干な!!ここ大事だから!!
――――――――さて、気を取り直そう。
とりあえず俺は何分くらい校内を徘徊してたんだろう。時計を持ち歩いていないから正確な時間がわからんぞ。試合はどうなった?
あすかに脛を蹴られた時の通路を通って外に出る。舞台の上は俺が最後に見た光景と同じ、教師が石舞台を直しているところだった。そしてその両サイドにはあすかと晃。
「げ、二回戦はもう終わっちゃったのか?」
「当たり前だろ。っていうかもう四回戦目も終わったっての。お前今まで何やってたんだ?」
一体何時の間に俺の近くにいたのか、俺の独り言に返したのはもうすっかり健康体っぽいカイルである。
「なにぃ!?じゃあもう次は俺の試合なのか!」
「まぁそうゆうことになるな。つってももうチョイ時間が掛かるぜ」
……うん、っぽいね。舞台はまだ直りそうにない。不幸中の幸いだ。俺だって今まで歩きっぱなしだったんだからちょっとは休憩したい。
そういやよく見たらあすかと晃も結構疲れた様子だ。遠目からじゃ良くわかんなかったけど、よく見たらあすかがなにやらフラフラしている。
「って言うか何時から俺のとなりに立ってたんだ?」
「オレがここに立ってたらお前が通路から出てきたんだよ」
ふーん。まぁどうでもいいか。
「もうそんなに歩き回っても大丈夫なのかよ」
「おう、もうすっかり元気だ。魔力は無いに等しいけどな」
カッカッカと笑うカイル。どうでもいいけど何回見てもカッコイイ顔だ。同姓から見てもさ。
「そんなことよりショウ、さっきも聞いたがお前何処行ってたんだ?」
「道に迷……いや、やっぱなんでもない。ちょっと急に腹が痛くなったんだ」
「んー……じゃあしょうがねぇな。ヒナタやアキヅキなんかはお前が道に迷ってるとか言ってたぞ。流石にもうこの学校にも一週間以上いるんだからそんなことはあるわけ無いよな!そんなのバカのやることだよなぁ!ハッハッハ!!」
……………。
「………もういいよカイル。こんな話はさっさと止めよう。ホントもう…お願い」
「……は?まさかお前本当に…」
やばい!!感づかれる!!
「ところでカイル!!これまでの試合の結果を教えてくれないかい!?」
「ん、ああ。いいぜ」
ふぅ……なんとか事なきを得たか。コイツがバカでよかった。
カイルは俺よりも頭一つ分ほど高いところで思案顔で試合のことを思い出しつつ話し始めた。
「二回戦はあれだ、リリアがユーリに勝った。ユーリも結構頑張ってたけどな、実力が違いすぎてたぜ。お陰でリリアが使える属性が『風』と『氷』しかわからなかった」
リリア、か。そんなに強いのか?ってかじゃあ次は女と戦わなきゃいけないわけ?なんかヤダなぁ…カイルの時みたいに適当に強い感じの攻撃が出来ないじゃん。
「リリアってどんな感じで戦うの?」
「あいつも接近戦型だった。ただあいつはオレみたいに力押しじゃなくて速度重視だったな。最高速度こそオレの方が上だがリリアは基本的に動きが速く、軽い。だからオレと戦った時みたいに逃げながら攻撃ってのは難しいと思うぞ」
……うーわ、それは辛いな。
「ユーリの方は逆に遠距離型だった。実力は……そうだな、例年の大会優勝者よりちょっと弱いくらいじゃねぇか?普通に強そうな魔術を連発してたぜ。派手さならお前以上だ」
「派手さならってどういうことだよ」
「そのままの意味だ。お前のあの攻撃…たくさん魔力の塊の粒を出した技は確かに綺麗ではあったがなんとなく見た目地味だろ?ただひたすらたくさん出してるだけだし」
「うるさいなー。戦いに見た目は関係ないだろう。ところで三回戦目は?」
「三回戦目はあれだ、エリカが勝った。流石に貴族なだけあってやっぱり強かった。【リクト】を拝命してるのは伊達じゃなかったな」
「何それ。どういう意味?」
「は?何が?」
「【リクト】を拝命とかなんとか……それがなんで強さに関係あんの?」
「お、お前……まさか、魔術のことだけじゃなくてそんなことも忘れちまったのか?どんだけ記憶を無くしてんだ?」
ぐっ……仕方ないだろうが!本当は元々そんな記憶はないんだから!!
カイルはやれやれと言わんばかりに溜息をつき、まるで俺を馬鹿にするかのごとく上から見下ろしながら話し始める。ぶん殴ってやろうかコイツ。
「あのな、この国では……ってかこの大陸では特別強力な魔術を編み出した一族には王からその魔術の属性を意味する『称号』ってのを貰えんだ。あいつの【リクト】みたいなやつな。そしてその魔術は一族の【奥義】として認定される」
「あ、たしかリクトがそんな事を言ってたような気がするな。【奥義認定】とか…」
俺がその言葉を聞いたのは、カイルとの試合が終わって戻って来たら晃がリクトを茶化してた時だ。
「そう、それだ。一度魔術が奥義認定されて王から称号を貰えた家は貴族になれる。というか王から称号を貰った一族が貴族なんだよ。それが仮にどんなに貧民層で暮らしていたとしても、その瞬間から富裕層の仲間入りだ」
……ふーん、学校のクラス分けといいこの奥義認定制度といい……この世界はホントに実力主義なのな。
「因みにオレが使ったあのめっちゃ早く動く魔術……《瞬動》って言うんだけどな、あれも暦とした奥義なんだぜ」
「あ、お前が俺の腹を思いっきり殴ってくれた奴か。お前あれ超痛かったんだぞ!!どうしてくれるんだ!!」
「おいおい、勝負なんだから仕方ねぇだろ?っつか奥義認定されてる事に驚かねぇのかよ!ちゃんと驚け!!」
ちっ、一々五月蝿い奴だ。
「あーはいはい、驚いた驚いた。でもじゃあなんでお前は称号貰ってないの?奥義認定されたんでしょ?」
「あの術はなんの属性でもねぇから称号は無しだ。あれは平たく言えば超すごい『身体強化』だからな。お陰で貴族にはなれなかったが、その代わり結構名の知れた道場をやってるってわけだ」
「なんだ、『身体強化』ってことは魔術使えるやつは全員できるんじゃん」
「甘く見てもらっちゃ困るぜ。言葉で説明すりゃそれだけだが、その中には色々と難しい技術がつまってんだ。例えばだな…「ああーーーちょっとふと思ったんだけどぉ!!」ん、なんだ?」
危ない危ない……今の話は絶対に長くなってたはずだ。ちゃんと遮っとかないと。今は長話を聞けるような気分じゃない。
「すごい魔術を編み出せばその属性の称号が貰えるんだろ?じゃあ貴族の中には【リクト】って名乗ってる奴らがいっぱい要るってこと?なんか身内でも無いのに名前が被ってるのは嫌だよな」
「……いや、確かに『火』や『草』みたいな下位・中位の属性なら被ってる事もあるんだが、あいつの【リクト】は別だ。オレの一族は称号こそ貰ってないとは言え一応奥義認定はされてるからな、多少は貴族とも付き合いがあるが……少なくともオレはあいつの家以外に【リクト】を名前に掲げている貴族は見たことも聞いたこともねぇ」
………うげ。
「………ということはつまり、あいつは高位属性の称号持ちなわけ?」
「そうだ。【リクト】ってのは『光』を意味する。そしてその称号を受け継いでいる以上あいつは必ず『光』属性保有者だ。例え一族のものでも『光』を持ってなきゃ【リクト】って名乗れないしな。つっても【奥義】を使えんのかどうか判らねぇけど」
「……マジでかぁ。あいつも使えんのかぁ」
「ああ。お前も確か高位属性の『重力』使えたもんな」
「…え?あ、ああ」
……おっと、危ない危ない。俺が言ったのは『あいつも『光』使えたのか』って意味だったんだけど……うまく勘違いしてくれたようだ。
「ったく、ホント高位属性を持ってるお前らが羨ましいぜ。ただでさえそれだけでも強力だってのに、その上お前はバケモンみてぇな魔力量だしよ。あんなもん反則だろうが」
「お前のあの《瞬動》とかいうのも充分反則くさいけど。生まれて初めて血吐いたし」
「うるせぇ。こちとら体中ボロボロにされたんだ、それくらい我慢しろ。っていうかショウ!お前結局手ぇ抜いたやがったろ!!ギリギリまで『重力』を隠しやがって!!」
「違う。試合の終わりの時も言ったけど切り札を最後まで取っといただけだっての。あれが俺の本気だよ」
まぁ、まだまだたくさん切り札はあるけど。ジョーカーは何枚あっても良いからさ。俺だけ手札がジョーカーだけのポーカーとかやってみたいな。一度でいいから。お金かけて。
っていうか結構長々と話しているけど未だに舞台の修復作業が完了していない。絶対教師サボってるだろ。だってあそこの無駄にロンゲの男教師なんて座り込んでるもん。
「おいカイル、『称号』のことはよく判ったけど結局三回戦の内容は殆ど聴いてないぞ」
「ん?あぁ、そういやそうだな。忘れてたわ」
まったく、この無駄イケメンが。あーあ!もっとこいつの顔を重点的に攻めればよかった!
「序盤はどちらかといえばアキヅキが押していたな。『地』と『水』でエリカの行く手を阻みながら的確に攻撃してた。時々エリカが動きずらそうにしてた事を考えると多分この時からもう既に『重力』を使ってたんだろうな。アキヅキが『重力』持ってるの知ってたか?」
「うん、まあね」
確か楓は俺みたいに『空間における重力変動』はいまいちうまく出来なかったみたいだけど『物体への重力操作』は結構早くから出来たんだよな。俺はあんまりうまく出来ないけど。もしかしたら楓は『重力』って言うより『引力』とか『斥力』とかそっちのほうが近いのかも知れん。
……あれかな。女って日頃から常に体重がどうのこうの言ってるから、楓も『自分の体重が突然魔法で軽くなればいいのに』みたいな事を考えてたからこそ『物体への重力操作』が出来たって事なのかな。俺はそう言うの考えないし。基本的にゲームとかでは『重力』っつったら相手を潰してナンボだもんなぁ。
「てかなんでお前楓が『重力』もってるの知ってんの?直接訊いたわけじゃないだろ?」
「ああ?そんなもんアキヅキとエリカの試合を見てりゃぁわかるじゃねぇか。決まってんだろ?」
………いや、そんなことが判るのはお前くらいのものだと思う。
「まあそんな感じでアキヅキが攻めてたんだが、途中でエリカが『光』の魔術か何かでめっちゃ眩しい閃光を出しやがってな。オレも他の奴らも観客も、当然アキヅキも目をつぶっちまったみたいで、オレの視力が戻った時にはもうアキヅキが場外で尻餅ついてた。多分『風』かなんかで押し出したんだろうよ」
う~む……閃光、か。あの国民的バトル漫画に出てくる【太陽拳】みたいなもんかな。それだけなら何とか防ぎようがあるか。『闇』を使うとか『召喚』でサングラスを創造するとか。
「それにしてもどうしてアキヅキは『重力』でエリカにもっと負荷かけなかったんだ?試合開始直前にやっとけば勝てただろうによ」
「あーそれはあれだ。楓もまだ『重力』の魔術に慣れてないからだよ。練習中でも負荷を強めようとすると勢い余って何度か案山子がグッチャグチャになっちゃった事があるから」
「………そいつぁ、不味いな」
「ああ。不味すぎる」
いきなり闘技場がスプラッタでグロテスクな感じになっちゃうからね……。
「アキヅキ『も』ってことは、もしかしてショウもまだ慣れてねぇのか?」
「ん?いや別に俺はそう言うわけじゃないけど」
単なる言葉の綾って奴だ。言い間違いとも言う。
「ぁあん?じゃあ何でオレの時にさっさとやんなかったんだよ!やっぱりお前手加減――――」
「違う違う。確かにそれも考えたけどね、カイルなら一気に俺の攻撃範囲から外れちゃうかもしれないと思ったからさ。お前、動きが速いだろ?だから最後の最後、ああいう状況でしか使えなかったんだよ」
まぁ、真っ赤な嘘なわけだけど。ただただあんまり俺が『重力』が使えることを知られたくなかったからだけなわけだけど。
「へぇ~、あそう、ふ~ん。じゃあしょうがねぇよなぁ。ハハハ」
などとカイルはまんざらでも無さそうなので良しとしておく。
「んで、四回戦目はどんなだった?」
「ヒナタとホウジョウの試合か。あれはいい戦いだったぜ。実力が競ってたって事もあるが、それよりも二人が本気で相手に勝とうとしてたからこその名勝負だった。普通あそこまで仲のいい奴らが戦うとなると多少は気兼ねするもんだけどな、あいつらにはそれが無かったぜ」
「何お前、名門道場の後継ぎともなると本気かどうかすらわかんの?」
『ある程度な』なんて軽くカイルは答えてるけど、これって中々凄い事なんじゃない?自分が戦ってる相手ならまだしも、そうじゃないやつが本気かどうかなんて普通わからないよな。
「どっちが勝ったと思う?」
「うーん……あすか?」
別に根拠は無かったが一応さっき俺が元気付けた事もあったし、なんとなくそっちを選んだ。
だがしかし、俺の予想に反してカイルは俺の言葉を聞くと首を横に振り、
「勝ったのはホウジョウだ」
と答えた。
「あいつらもやっぱりアキヅキと同じで両方とも遠距攻撃ばっかりだったからな、自然と勝負は魔術のぶつけあいだった。ヒナタに比べたらホウジョウの方は空飛んだり攻撃避けたりと、多少は動いてたがな」
まあ……あの三人は一緒に魔術の練習してたからな。戦い方が自然と似通っちゃったんだろう。接近戦の方法なんて一週間ぽっちじゃ学べないし、ずっと遠くからの攻撃の仕方しかやってなかったし。
「ホウジョウの攻撃は基本的なものが多かったな。風刃、火球、雷撃――――どれも難しい類の魔術じゃなかったが、それをかなりの量を素早く作り出してた。あと時々蔓みたいなのを出してた気がする。ああいった基本に忠実で単純な攻撃ほど中々防ぎにくかったりすんだよなぁ」
晃らしい戦い方だよな。トランプやってるときもUNOやってるときも大体あいつは正攻法だからなぁ。時々腹黒いけど。
「それに対してヒナタの攻撃は面白かったぞ。多分殆どの奴が考えもしない方法だな」
「どんなんだよ。もったいぶらずに早く教えろこのドカス」
ニヤニヤしているカイルは非常にムカツク。しかもその笑顔がまた男の俺から見てもカッコイイから更にムカツク。自然と俺の言葉が刺々しくなっちゃってのはしょうがないと思う。
「あいつさ、なんか人間の数倍はある大きさの雪だるまを何体も何体も作り出したんだよ」
「……はぁ?雪だるまぁ?こんなあったかい日にぃ?」
そうだ、とカイルは頷く。
しっかし、雪だるまかい。なんつーか発想があすからしいって言うかなんと言うか……まあ確かにカイルの言う通り、普通の奴は魔術で雪だるまを作って攻撃しようなんて考えないだろうな。
「でも実際結構ホウジョウを追い詰めてたんだぞ?雪だから完全に埋もれても死にゃしねぇから変な手加減が必要ねぇし、戦闘向きじゃねぇが試合向きではある。それに舞台を雪だるまで覆い尽くしちまえば相手も戦いづらいし、何より雪だるまが無数にあればドンドン体温が奪われて動きが鈍くなる。事実、何回かホウジョウは雪だるまに潰されて寒そうにしてたからな。まぁその都度『火』で温まってたが」
おぉ……雪だるまスゲー。あすかはここまで考えて雪だるま出してたのか。あいつはぷー気味ではあるけど頭が悪いわけじゃないからな。
「あ、でも結局勝ったのは晃なんだろ?話だけ聞いてるとあすかが勝ちそうなんだけど……そこからどうなったんだ?」
「ま、確かにヒナタが優勢ではあったんだけどな。途中でヒナタが急にフラフラし始めてな、その隙を突いてホウジョウが場外に押し出したんだよ」
『ドーーンってな』といいながら両手を前に突き出すカイル。
「……フラフラになった?晃から攻撃を受けたからじゃなくて?」
「ああ。ヒナタは最後まで攻撃らしい攻撃をほとんど受けてはいなかったぞ」
………攻撃を受けてないのにフラフラになった……?言われてみればさっき見た時もも足取りが覚束ないようだったし……なんで?
―――貧血?いやいや、あすかに限ってそんなことは無いだろう。いやわかんないけどさ。
―――疲労?でもカイルが言うには魔術のぶつけ合いだった見たいだし。あすかはほとんど動いてないっつってたし。
「ヒント。ヒナタはどうやら雪だるまを作るに当たって『氷』属性を使ったわけじゃないっぽいぞ」
……あぁ?雪だるまを出すのに『氷』じゃないだぁ?じゃあどうやって出すんだよ。雪なんて明らかに『氷』の一種だろ。他に雪を作り出せる属性なんて………………ん?
あれ?そういやあすかって………『召喚』が使えたんだよな。
あすかが『氷』以外の属性を使って雪だるまを作ったってことは、あすかが使ったのは『召喚』しかない。
んで確かあの訓練の時にデラクール女史に教わったのは……【契約対象の召喚】と【想像の創造】と【無差別召喚】だったはず。
その中で雪だるまが出せそうなのは【想像の創造】。
デラクール女史が言ってたこれの注意事項は、『創造物を長く現界させていられず、かつ魔力を大量に消費する』こと。
―――――ってことはだ。
「あいつがフラついた理由って、もしかして魔力を大量に消費したから?」
「ま、そういうことだ。それも一気にだったから尚の事な」
カイルが鷹揚に頷いて、また口を開く。
「でも一つわからねぇことがあるんだよ」
「ん?なにさ」
「なんでわざわざ魔力消費量が激しい『召喚』なんて物を使ってまで雪だるまを出したのかってことだ。さっきオレが言った雪だるまの利点をヒナタが踏まえていたとしても、『召喚』なんて物を使ってまで無理矢理出さなくてもよかったんじゃねぇのかって思ってよ」
―――――あーなるほどねぇ。カイルの言いたいことは判る。でも、
「それなら多分俺が説明できるよ」
俺の言葉にカイルは軽く驚きながらも目で話の続きの促した。
「知ってる?実はあすかって『氷』も使えるんだよ」
「そうなのか?だったら尚更おかしいじゃねぇか」
「いや、別におかしくは無いんだよ。だってあすかは多分、『召喚』で雪だるまを出そうなんて思ってなかっただろうから」
俺の言っている意味がわからないようで、カイルはそのイケメンを歪ませる。
「なぁカイル、俺の魔術ってさ、お前や他の奴とは発動方法が違うんだろ?」
「ん?ああ、そうだったな。お前は発動までの過程をすっ飛ばしちまうんだった」
「そう。でもそれは俺だけじゃなくてあすかも、それに晃と楓もなんだよ」
「……ああ!だからあいつらの魔術発動速度が上級者並に早かったんだな!」
カイルは解けなかった謎々の答えを教えてもらったときのようにウンウンと頷いたが、直ぐに『それが何か関係あるのか』という視線を俺に向けてきた。こういう時に『目は口ほどに物を言う』という言葉を実感する。
「要するに本来あるべき過程をすっ飛ばしてるってことはさ、『この属性の魔術を発動させよう』って考える事も飛ばしちゃってるわけ。………そんな不思議そうな顔をするなよ。いいか?ちょっと実際にやってみるから」
そう言って俺は“何かしらの属性の”魔術を発動させて浮いた。……魔術で浮いて、ようやくカイルとの目の位置が合う。くそ……コイツぶっ飛ばしてやろうか。
「なあカイル。俺は空に浮くことが出来る属性――『風』と『重力』を持ってるわけだけどさ、今の俺はどっちを使って浮いてると思う?……っていうか、いつも俺はどっちを使ってると思う?」
まあもしかしたら『雷』とかでも浮く事くらいは出来るのかも知んないけどさ。リニアモーターカーに使われているような技術で。
「そんなのわかんねぇけど『風』なんじゃねぇか?高位魔術は低位魔術に比べて圧倒的に魔力消費量が激しいしな」
「残念だったな。間違いだ」
「じゃあショウはいつも『重力』使ってんのか?」
「いや、その答えも間違いだね」
もう浮いている必要は無いので着地。……また頭一つ分の差が開く。
「実はさ、俺自身どっちの属性使って空飛んでるのかわかんないんだよ。俺はただ自分が『浮く』所や『空を飛んでいる』のを想像して魔術を発動させてるだけなんだ」
「……へぇ、そうなのか。お前燃費悪ぃのかもな。ってかますます変な奴だな、お前」
「うっせ。でもこれであすかが『氷』じゃなくて『召喚』を使っちゃった理由がわかったろ?」
「いや、わかんねぇ」
…………………………ええい、このアンポンタンめ!
「だからさぁ、多分あすかは試合中にただ『雪だるまを出そう』って思って魔術を発動させただけなんだよ。あすか自身、自分が『氷』の属性を持っているから雪だるまを作る時は当然『氷』の属性を使うだろうって思ってたかもしれないけど、残念な事にその時は『氷』じゃなくて『召喚』が使われたって事だ。ちゃんとあすかが『今から『氷』を使って雪だるまを作る』って考えていればフラフラになる事も無かったかもしれないな」
「あぁーなるほどなるほど、そういうことか」
「ふぅ…やっと判ってくれた?」
「ああ、バッチリ。これまではお前らの発動の仕方のほうが早くて楽そうだから羨ましかったけどな、余計な魔力を使っちまうかもしれねぇんならオレはこのままでいいわ」
カイルは再びカッカッカと豪快に笑う。
……ん、どうやらやっと舞台の修復作業が終わったようだ。あのロンゲ教師も肩を揉みながら教師控え室っぽいところに入っていった。
「まるでオレに試合の話をさせるために時間が空いていたみてぇだな」
「ヤメロ。そんなことはないからヤメロ。こっちだってどうやって文章を入れたらいいのか考えるのが必死なんだ」
あれ?何言ってんだ俺。なんか俺の意思に反して言葉が出てきたような気がするな…。
審判役の教師が俺とリリアの名前を呼ぶ。どうやらそろそろ試合開始らしい。
俺はもう一度カイルにリリアが接近戦タイプな事を確認してから、既にリリアが立っている舞台に上がる。カイルはそのまま女子達の方に向かって行った。……あ、ロレンツもすでにそっちに居た。
リリアは目をつぶって右手を左手で作った拳の上に胸の前で重ね合わせ、精神統一でもしているかのようだ。それがまた異常なまでに絵になっている。
俺も真似を――――と思ったけどその光景を客観的に思い浮かべたら死にたくなったので止めた。ああいう格好は綺麗な女の子がやるから絵になるんだ。その代わりにリリアに挨拶でもしようと思う。ゆっくりと近づく。
すると観客が『ワァーーー!!!!』ってなった。どうやら奴らは再び拮抗した戦いがお望みらしい。とてつもなく嫌だ。もっとこう……和やかに行きたいものだね。さっきみたくどっちかが気絶するようなのじゃなくて、あすかと晃の時みたいに場外負けとかで。
「おーリリア、とりあえず宜しく。お手柔らかに頼むよ」
俺が軽く手を上げながら声をかけるが、
「……全力だ……全力で葬って……」
………………なんかブツブツ仰っていたので直ぐに無音で離れる事にした。……うん?独り言の内容?さあ?
俺が試合前の緊張とは別の理由で高鳴る胸の鼓動を静めるために深呼吸をしようとして失敗し、軽く咽たところでリリアは瞼を開いた。リリアの視線が俺をキッと鋭く射抜く。
俺も男らしくガンの飛ばしあいをやってやろうと思ったが、結局リリアの視線に耐えかねて2秒で顔を逸らす。
するとその先には俺の対戦相手のリアル猫娘と同じような顔の大和撫子と元美少年現美少女、ニヤニヤとムカツク表情の道場後継ぎ、そっぽを向いて普段以上に仏頂面な称号持ち、負けたくせにやたら嬉しそうにニコニコしているチビッコ、唯一真剣に俺達の試合をワクワクしながら見ようとしてくれているユーリ=ロレンツ君がいた。なんだこの様々な感情が入り混じったカオティックな空間は。
よしよし、落ち着け玄野翔。そんなことよりも今は試合に集中だ。本当なら適当なところで自分から負けを認めときたいところだが、雰囲気から察するにどうも『まいった』と言う前にリリアは俺をボコボコにしてくれそうだ。ここは一つ、『なんやかんやで勝つか負けるか適当にしちゃおう大作戦』しかない。
――――よっしゃ!!気合入れよ!!
顔をバチンと叩いて―――強すぎて超痛い。力が強くなったのも考え物だ―――指示された場所に立つ。当然カイルと戦った時と同じ位の距離がある。
審判が笛を口に咥え、一時の静寂。この時ばかりは無責任に騒いでいた観客も静まり返る。
すずめに飛び掛る寸前の猫のような目つきのリリアに、俺も猫に威嚇をするダックスフンドのような心持で対抗する。リリアはまるで居合でもするかのように右足を前に出して腰を落とし、俺はカイルと戦った時と同じように適当に構える。
―――――――――――――――音が響いた。
――――早っっ!!
笛が鳴った瞬間リリアが突っ込んでくる。そのスピードは多分俺以上だ。
走りながら………いや、駆けながらリリアが右手を宙に突き出すと、即座にその手の中には氷の剣が現れる。日の光を浴びてキラキラと光る透き通ったあの反りのある刀身―――間違いなく、日本刀。その姿はまるで名のある彫刻家が造り出したかのように滑らかで綺麗だ。
「こっち来るなぁ!!」
リリアの進撃を『地』の壁で遮ろうとするも、
「鋭ッッ!!」
「げ!!なんてインチキ!!」
リリアはその手の氷刀でスパッ一刀両断した。リリアは更に俺との距離を凄まじい勢いで狭めていく。
「ちっ……!ならこいつでどうだ!!!」
俺が視線を向けたところに先程よりも大きな石壁を数枚出現させるも、
「甘い!!」
その言葉と共に繰り出された連撃によって次々と瓦礫と化していく。その断面はまるで高級ホテルのロビーに使われている大理石のようにすべすべしていそうだ。
その後もトライし続けるものの何度壁を出しても全て切り伏せられる。リリアの進行を遅めているに過ぎない。このままじゃジリ貧だ。
……なら………攻撃は最大の防御ぉ!!攻めて攻めて攻めまくるしかない!!
「おりゃーー!!!」
カイルの時に使ったあのアレ、光の粒を指からいっぱい出す魔術―――名前は…とりあえず《彩雨》でいいか、色とりどりだし。《彩雨》を放つ。
しかしコレは遠距離であればあるほど効果を発揮するものであり、今みたいな近距離じゃ攻撃範囲が広がりきる前に避けられてしまう。それに加えてリリアの高速移動のせいで一発もリリアに当たることなく舞台を壊していく。
そしてそのまま俺に近づくと刀を振りかぶり、俺の十数回目の壁による防御を切らずに避け、リリアが俺の懐に飛び込んできた。
―――――――――――――あーー無理無理、避けられないわ。
俺はなすすべも無く腹を刀の峰で打たれる。
「ぅぐっっ!!!!」
「まだまだぁ!!」
思わず後上空に飛んで衝撃を緩和、ついでに距離をとろうとしたのが失敗で、高く吹き飛ばされた俺の進行方向に俺よりも早くリリアが移動、再び峰を背に叩きつけられた。
「―――――――――っ!!!」
息がつまり、目がかすむ。まだ序盤だってのにもう色々と嫌になってきた。
落ちる――落ちる――落ちる――――その先は場外。
「……く……そっっ!!!」
地面すれすれで何とか身体を浮かし、寸前のところで場外負けは免れる。
「お返しだ!!」
地面と平行になったまま空に向かって大量の風刃を即座に放つ。数は自分でも分からないほど、それも広範囲に渡ってだ。これならリリアにも当たるはず。それに風の刃って集中しないと見えづらいしな。
―――――が。
空中でオレと向かい合うように地面と平行になったリリアは氷刀を両手で持って右肩に掲げ、
「《烈風》!!!!」
と叫びながら剣を振るった。
――――――――――――ゾク。
コレ………ヤッベェ!!!!!!
得体の知れない悪寒を感じた俺は全力で『風』を用い、その場から離れ舞台に戻る。無理な魔術行使に身体が着いていかなかったのか、身体の各部に痛みを覚えた。
―――――それでもそれ避ける事が出来たのは幸運としか言いようが無い。リリアの攻撃の、そのあまりの早さにだ。
リリアの剣から放たれた暴風は無数の斬撃を伴い、更には俺の風刃すらも巻き込んで舞台端に直撃し、場外部分の芝生はあまりの風の強さのために抉れ、石舞台はまるで豆腐か何かのように見るも無残に切断されていた。一瞬でも俺の回避行動が遅かったらと考えると、一気に冷や汗が噴出す。
「……おいリリア!!お前、コレ食らったら完全に俺死ぬだろうが!!」
「ここまでの威力になったのはショウの魔術をも巻き込んでしまったからだ。私の所為ではない」
「じゃあここまで強くなる恐れのある魔術なんか使うなよ!!」
「断る!!ショウなど一度死ねば良いのだ!!!」
「なんだとぉ!!どういう意味だ!!」
「言葉どおりだ!!!」
リリアは再び怒りながら突っ込んでくる。
チッキショウ!!ついこの前まで人型になれずにニャーニャー言ってた分際でどうしてここまで動けて、しかも刀の使い方がうまいのか全く持って不可思議だ!!つーか何で審判はあいつを止めないんだ!!確実に俺を死に至らしめるような攻撃だったじゃないか!!………なんだその『当たってないから大丈夫』とでも言いたげな顔は。ココには敵しかいねーのか!!!そんなに舞台を壊しまくってる俺達が憎いか!!!ってか俺が憎いのか!!!
くそ……とりあえずリリアを近づけさせちゃダメだ。接近戦であいつの剣術に勝てる可能性はゼロだし、俺はまず離れなければいけない。……つっても一番硬そうな石の壁は簡単に切られてしまったから、ほかの属性で代用せにゃならん。
「ってことでコイツならどうだぁ!炎の壁ぇぇい!!」
「……くっ!『風』よっ!!!」
リリアが使っているのはあくまで氷の刀、恐らく火に弱い。
思ったとおりリリアは必死になって『風』で俺の炎壁を消そうとするも、魔力量で俺のほうが圧倒的に勝っている為に俺の『火』をより大きくするだけになっている。その隙にリリアと距離を取って取り合えずリリアは『火』が苦手っぽいからその辺で攻めよう、と作戦を練る。
「よっしゃ!炎の渦ぅ!!」
なんとなく俺もリリアを真似て術の名前を叫んでみる。ちょっと恥ずかしいけど爽快感があって気持ちがいい。
俺が叫ぶなりリリアの足元から幾筋もの炎が渦を巻き、なんとなくどこにでもあるような感じの魔術が完成する。
「ハッハッハ、どうだリリア。その中は熱いだけじゃなくてドンドン呼吸も辛くなるんだぞ。だからさっさと降参し――」
「《氷影》!!!!」
「はい?」
リリアが俺を細切れにしようとした時と同じ動作で今度は俺に向かってではなく、刀を石舞台に叩きつけた。
僅かに舞台に刺さった刀の先から『ピシピシピシ……』という音が聞こえ、次の瞬間『ガガガガガァァン!!!』という轟音と共に太さがリリアの倍以上もあるような氷柱がリリアを取り囲むようにして石舞台をぶち壊しつつ勢い良く生えた。………当然炎は生えた勢いで全部消えた。そして氷の隙間からゆっくり現れたのは刀を肩にポンポンしながらニヒルな笑みを浮かべるクールビューティー。
「何か言ったか?ショウ」
「あ、いや、なんでもないっす…」
ヤバイな…もう万策尽きたんじゃね?マジでコレ。
「フッ、行くぞ!!」
「いやいやいや!ちょっと待ってくれても構わないよ!?」
止まるわけが無い。リリアは刀を引いた構えのまま突進してくる。
あーもーくそ!まだ考えが纏ってないのに攻撃してきやがって!
「とりあえずいっぱい壁ぇ!!!」
もう何が何だが自分でも良くわからないけどとりあえずリリアの突進を止める事にする。炎壁水壁石壁風壁氷壁木壁雷壁と、物理攻撃にはほとんど役立ちそうに無い属性であってもとりあえず手当たり次第に壁を作る。しかしリリアは迂回しようともせずに突っ込んで来た。それに対抗すべく俺はバラバラに建っていた全ての壁を重ね合わせて強化した気分になってみる。
「……ハァァァアアアアーーー!!!」
ヤメロ!!お前はそんなに気合入れるな!!!
俺はグッと壁に更に魔力をつぎ込んで硬化させる。多分これが今の俺が出来る、最高の最硬度だ。
両手で氷刀を持ったリリアは、突進の勢いを殺さずにそのまま壁に強力な突きを放った。
「《雷破》!!!!」
あれ?あの刀、今『雷』を帯びて―――――――――。
刀の先が壁に刺さる。恐らく深さは5cmも行ってないだろう。あの刀の鋭さを持ってしても壁は破れなかったわけだ。
………それがただの突きであれば。
刺さった瞬間刀の切っ先から壁に放射状に雷光が走り、『バァン!!!!!!!!』という短くも大きい炸裂音と共に壁が『破裂』した。炎壁や風壁、水壁などが掻き消え、質量をもっていた石壁や木壁や氷壁の破片が飛び散る。
「イデデデデデデデ痛い痛い痛い痛い!!!!」
当然俺にもビシバシと欠片は当たり、しかも中には火を帯びていたり雷を纏っていたりするもんだから尚の事キツイ。自分で出した物とはいえ、理不尽な怒りが募ってきた。
そして俺が痛い思いをすることになった第二の原因であるリリアは、こうなる事が判っていたようで刀を刺した瞬間後方に飛びのいていた。
「………ショウ、どうして本気を出さない?」
「……あん?」
数m先から響くようなリリアの声。
「今のお前はカイルと戦った時とは比べ物にならないほど杜撰だ。遅い動き、弱い攻撃、感じられない集中力………何より、一瞬とはいえ炎で私を留めておきながら何故攻撃しないのだ」
「あ、いや、それは……」
面倒だからさっさと降参してもらおうと思ったわけで……。
「まさかショウ、私が女だから本気で勝負できないというつもりではないだろうな!!」
「いや,それは違う。別にそんなことはないよ」
俺はフェミニストじゃないからね。必要であれば女でも容赦しないとは思う。実際そんなことになるのはこれが初めてなわけだけど。
「ならば真剣に私と戦え!!私ともカイルと戦った時のように戦え!!!」
―――――――――――!!
溜息を、つく。
ったく、何でこの世界の奴ってみんなこうなのかね。もしかしてたまたま俺の周りにはこういった変た……変人が集まっちゃったのか?
ちゃんとやると疲れるしさ、こんなのただのクラス分けでしょ?一々本気で戦わなくてもいいんじゃんか、そこそこな結果で。別に俺らの誰が勝っても結局同じクラスに成れるんだし、無理して怪我するような真似をしなくてもよくない?
溜息をついて下に向けていた顔を上げて正面を向く。
リリアは俺に切っ先を向けて凛々しく立っている。
………俺を、睨みつけている。
真剣な想いを、感じる。
―――――――――――やっとわかった。
多分リリアは………いや、あいつら全員俺が真剣に舞台に立っていなかったことに腹を立てていたんだ。
だからリリア、晃、楓は、そして多分リクトもそんな俺を怒ってたから試合前、あんな表情だったんだ。
けどあすかとカイルは俺がこうなる事を予測してたからあんなニヤいていたんだろう。もしかしたらカイルは手を抜いた俺がリリアにボコボコにされるのを楽しんでたのかもしれないけど。
そうだ、リリアは本気だ。理由はわからないけど本気でこの試合に臨んでいる。
リリアも俺側じゃなくてカイル側の人間なんだろう。なんとなく武士っぽいし、戦う前に敵に自分の名前を名乗ってるところが容易に想像できる。
……ハハッ、笑えるよ、ホント。
「……悪かったな、リリア」
「…む」
「お前の言うとおりだ。うん、そうだそうだ」
空を仰いで軽く深呼吸。澄み渡った空がやっぱり綺麗だ。観客は動かない俺達に対して控えめなブーイングをしており、小さく晃の『行けーーリリアーーー翔なんかボコボコにしちゃえーーー』という野次が聞こえる。
……おかしい、あいつが怒ってたのは俺が真剣になってなかったからじゃなかったのか。
まあいいや、首を戻してリリアの方を向く。
「よし、今から俺も本気モードだ!後で泣いて後悔することになるからしっかりハンカチの用意をしておけよ!!」
「フフッ、減らず口を……!!」
俺達は再び構えを取る。リリアは半身になって刀を引いて突きの構えを、俺は右手を伸ばして指を二本、リリアに突きつける。
第一ラウンドは俺の戦意“既”喪失によって負け。でもこの第二ラウンドで巻き返してやる。
崩れた舞台、抉れた場外、無傷のリリア、体中痛いところだらけの俺。
――――――笛の音が響かない試合開始。
ここからは俺も本気だ!!!
『たまには別視点もいいんじゃないかな? ~リリア~』
「……悪かったな、リリア」
「…む」
―――――――ショウの雰囲気が変わった。
……これは間違いなく……ああ……これからだ。
今この瞬間までは全く感じられなかったショウからの気迫、それが私にヒシヒシと感じられる。
「お前の言うとおりだ。うん、そうだそうだ」
こちらを向きなおしたショウは淡い微笑を浮かべていた。ただコレはショウに慣れた私であるからこそそう判るのであって、ショウのことを知らない人間が見れば邪悪な笑みにしか見えないはずだ。
しかし対する私は、ショウの柔らかな微笑みを見た瞬間に右手に持った氷刀を突きつけた状態で動かなかった。ショウに向かって駆けることも、この場で魔術を発動させる事も出来なかった。
………言っておくが、私が動かなかったのは……そう、今攻撃する事がなんとなく空気が読めていない感じがしたからであって、別に獣の姿だった時以来見ていないショウの優しげな微笑みに見惚れたわけではない断じて違うから勘違いするな。
「よし、今から俺も本気モードだ!後で泣いて後悔することになるからしっかりハンカチの用意をしておけよ!!」
ショウが右腕を上げる。……もーど、とはどういう意味だ?
「フッ、減らず口を……!!」
私も構え直し、ショウの動きを一つも見逃さないように注視する。
ショウはどこか余裕のある、口角をかすかに上げた、楽しそうな雰囲気を纏っていた。
しかし感じる圧力が、この身に刺さるショウの気が、全く先程とは違う。
ショウと私の距離は見て判る限り試合開始前よりも広く空いているはずだがそうは感じられない。
一秒一秒が長く、動いてもいないのに右頬を汗が辿る。氷刀から伝わる制御された冷たさだけが、今の私が感じる唯一の感覚だった。
―――――――――来る!!!!!!
「はっ!!」
ショウが突き出した腕の手首を下げた瞬間私は横に跳ぶ。近くで何か大きな音が聞こえ、すぐさま私はその音の正体が舞台が砕ける音だと気付いた。
コレは……『重力』か……!!
いきなりショウが『重力』を使ったことには驚いたが、既にカイルとの勝負の時に見られたのでもう隠す必要がないからかと結論を出す。ショウは無言で再び手首を振り続け、その度に私がよけ、舞台が音を立てて破壊されていく。
音、音、音、音、――――――――既に足場は見るも無残だ。私はショウの攻撃から逃げながらも考える。
恐るべきはショウの魔術の破壊力と幾度となく『重力』という高位魔術を発動させているのにもかかわらず尽きる気配すら見えない魔力量だ。このまま走り回っているだけではいずれ私の方が先に魔力が尽きてしまうかもしれない。
唯一の救いはショウのこの魔術の攻撃範囲が狭い事と発動までに多少の時間差があることだ。舞台の跡を見るに有効範囲は直径約2mであり、ショウが手を振ってから1秒ほど経ってから音が聞こえる。
やはりここは無理をしてでもショウに近づくしかない。ジグザグに走りながらショウに近づく。
「破ァァァァァァァ!!!」
「甘いね」
ショウが左手を上げ、そしてそこから《彩雨》が放たれた。
「ぐっ……つぅ…!!」
片手での攻撃であった為に数そのものは少なかったものの、至近距離であったために粒のいくつかが左腕に当たる。
不味い………折れたか………?
そう思うや否や私は右手に握っているショウに投げつける。回転しながら飛んでいく刀は容易に『重力』によって落とされ、舞台に叩きつけられて粉々になる。
だが何も刀がショウに届かなくてもいい。今必要なのはショウの気を逸らす事だ。
「……《癒刀》」
そう小さく呟いて右手の中に淡く光る短刀を作り出し、左腕の痛みが最も強い部分に突き刺す。
私の突然の自傷行為にショウの動きが止まり、観客も僅かにどよめくのが聞こえる。
――――――よし、大丈夫だ動く。痛みもほとんど無い。
「へぇ、何今の。『癒し』?」
ショウが手を降ろして私に尋ねた。
「………そうだ。『癒し』によって作り出した短刀で刺した部位を癒す魔術だ」
自分の魔術の説明などしなくても良い……どころかしないほうがいいのだが、この間に少しでも休息を取りたいので話を続ける。
「治すのに刺すのかよ…痛くないの?」
「刺した瞬間はほんの少しあるが、それも一瞬だ。その一瞬の痛みを我慢するだけで骨折が治るのであれば安いものだ」
「げ、骨折しちゃってた?」
「ああ。完璧にポッキリとな」
無論、推測でしかないが。
「まあいいや、治ったんなら今度はこっちから行きます……よっと!!」
「…………!!」
私に向かって駆けるショウに備え私も再び瞬時に右手に氷刀を作り出す。幸いショウの動きは私以上のものではなかった。
「『火』ぃ!『水』ぅ!!『風』ぇ!ついでに『地』ぃ!!」
走りながらショウがそう叫ぶと私の前後左右に火球が、水槍が、風刃が、土棘が現れ私を襲う。それを視認するやいなや私の頭は瞬時にこの場を切り抜ける方法の提案と却下を繰り返す。
どこか一方向の攻撃を防いで切り抜ける……不可。全ての攻撃はほぼ同時に私に当たろうとしている。
上に飛んで回避……不可。飛んだ瞬間を狙い撃ちにされる。
今までの攻撃に比べ比較的威力の低そうなこの攻撃を甘んじて受けショウからの追撃に備える……不可。いかに弱そうに見えど、ダメージを負ってしまえば後の戦闘に障る。
……ならばっっ!!
「……《氷影》!!」
刀を足元に突き刺し、出現した氷を盾にする。あとほんの数瞬私の魔術展開が遅ければ危ないというところで全ての攻撃は掻き消えた。
しかし周囲全方向を氷柱に包囲されたこの状態では周りが見えず、かつ格好の的だ。早々に対応する必要がある。
足に魔力を集中―――局所的に《身体強化》。そして全力で目の前の氷を―――
「破っっ!!」
蹴る。
「どぅわ!!あっぶね!!!」
―――よし!!狙いどおり!!
目前の氷は風刃によって切り込みが入って脆くなっており、容易に砕けた。恐らくショウが居るであろう方向めがけて氷の飛礫がショウを襲う。その先で少々間の抜けた格好で氷を避けるショウが私の視界に僅かに入った。
――――――――――チャンスは、この時しかない。
ショウの魔力量は常人のそれではない。このまま戦い続けてもいずれは私の魔力が先に底をつく。序盤で何故か、そう『何故か』技を多用してしまったことが悔やまれるが、仕方が無い。今この時を持って、この身に残る魔力の大半をつぎ込んで全力の一撃を叩き込む!
「破ぁぁぁぁああああ!!!!」
ショウに向かって飛び掛り、刀を振りかぶる。ショウが慌てたようにこちらを振り向いた。しかしこの距離は既に私の射程範囲内。
「《華――――――――」
言葉とともに氷刀の周囲に炎が渦巻き、それはすぐに花びらのように左右対称で薄く8対に固定。
「――――――――炎》!!!!」
最後の言葉とともにショウの手前3mほどの舞台に切り込む。
―――――――その時、ショウがニヤリと悪そうな笑みを浮かべた気が―――――
刀に渦巻く花びらが舞台の上を広がり、魔術の効果範囲は舞台上全体にまで達する。
そして轟音とともに爆発し、高く高く炎上した。爆風で舞台の屍骸が吹き飛び、火柱はそこに存在する全てを焼きつくさんと燃え盛る。
刀を突き立て、魔力を送り込み続け、時間にして待つこと数秒。火の勢いが収まる。
「―――はぁ…!はぁ…!はぁ…!」
肩で息をしながら氷刀を杖代わりに体を支え、周囲の様子を伺う。炎と煙が晴れ、視界が回復しだす。この技の欠点はその場の酸素が一気に薄くなり、その結果身体がだるくなる事だった。
ショウは……どうなった…………?
そう思って顔を横に向け――――――
「――――――っっ!!!」
不意に私の左腕が何者かに掴まれた。
『何者か』じゃない…!確実に………ショウ!!!
「ふぅ…危ない危ない。死ぬかと思った」
「くっ…離せ!!!!」
ショウの手を振り払おうともがく。氷刀でショウの腕を切りつけ―――
「ダメダメ。おらよっっっと!!!!」
「くっっあっ!!」
しかし私が攻撃する前に先のショウの試合の対戦相手、カイルと同様にも大きく投げ飛ばされた。遠心力で身体に大きく負荷がかかる。
くっ……肩が抜けそうだ……!もしやこのまま場外負けにでもする気か……?
だとしたら甘いとしかいいようが無いッ!!
「舐め………るなぁぁ!!」
客席と舞台の間の空中で止まる。確かに疲労はあるが魔力自体は幾分か貯蔵がある。戦いつづける事は可能だ。
すかさず態勢を立て直し、ショウを見据えて――――――
「んじゃ、そういうことで」
「うわっっっ!!!!」
―――――――――上!?
そう思うや否や頭上から突風が吹く。僅かに見えたショウは両手を下に向けていた。
これは、私がショウに使った戦法と同じものだ。最早成すすべも無く、私はそのまま背中からボフッと芝生の上に叩きつけられた。
………ボフ?
―――――――――痛く、ない?………あぁそうか、これは――
「おーい、大丈夫か?」
空からショウが私の身を案じながら降りてくる。服の端々が焼け焦げ、頭から血を流し、露出している肌も傷だらけ。そんな状況下でありながらも私の心配をしている。
はっ………バカな奴だ。少しは自分の心配をすればよいものを……。
段々とショウの姿が大きくなる。これでショウの目つきが悪くなく、黒い服ではなく白いヒラヒラとした服で、性別が逆で、大きな翼があって、頭にわっかでも付いていれば天使のようではあった。
「……あぁ。どこかの誰かのお陰で身体に怪我は無い」
「なんだよぉ。素直に礼くらい言えよなー」
ショウの気の抜けた口調がなんとも言えず、私は薄く笑った。
「はいはい。………ショウ、助かった。礼を言う」
「気にすんなって。地面を柔らかくするのは得意なんだ。リリアも知ってるだろ?」
そう言ってショウが私の手を取ると、今更ながら審判の声が響いて観衆の声、いや音が聞こえる。
私は負けたのに、なんとなく気分が良かった。そして短い時間であっさりと終わってしまった試合にも関わらず、観客は湧いていた。
「おーーっす。ただいまーー」
「おう、お帰……ってうわっっ!お前血だらけじゃねぇか!汚い!こっちくんな!!」
なっ……勝者の凱旋だというのになんだコイツの対応は。もうちょっと俺の身を案じてくれてもいいだろうに。
そう思ったのでとりあえず口にしてみることにした。
「お前もっと他に言葉は無いのか!『お疲れ』とか『大丈夫か』とかさぁ!」
「ケッ、今更オレがお前の心配なんかしてどうすんだってんだ。心配されたきゃ負けて帰って来やがれ」
ぐっ…なんて友達がいのないやつ。
「あれ?ロレンツは?」
「トイレ。さっきまで『素晴らしい戦いでした!』って興奮してたぞ」
ロレンツ君……君はなんていい奴なんだ。
「というわけでオレはリリアの方にいく。身を案じにな。あ、そうそう、お前一応今回も医務室行っといたほうがいいぞ」
「はぁ?やだよ。今回はちゃんと試合を見るんだ。俺も他人の試合を見てみたい」
わき腹とか頭とかがかなり痛いけど、俺の『癒し』を持ってすればすぐに何とかなるだろう。どうせ後一試合なんだから魔力も温存しなくていいし。
「大丈夫だって。今回『も』派手にぶっ壊しちまった見たいだし、どうせまた試合が始まるまでに時間がかかるって」
『も』を強調したカイルは舞台のほうに親指を向ける。教師達がやや……いや、かなりイラついた面持ちで舞台を直し始めていた。
けどそんなことは俺にとってどうでも良く、ただただカイルのその様が無駄にカッコよくて教師達以上にイラついた。
ボコッ
「ぐぁ!!」
はっ!手が勝手に!!
「テメエ!何しやがる!!」
「さらば!!」
即座に踵を返し、通路に走る。後ろからカイルがギャーギャー言う声が聞こえたけど無視してそのまま医務室を目指して走った。
ただ……ちゃんと道に迷わずに医務室まで行けるかどうか不安な事は誰にも言えない。
「……ふぅ。ただいま」
「お帰りなさいリリアさん。お疲れ様でした。……負けてしまいましたね」
「ああ、完敗だった。粘る事も出来なかったな」
「完敗?そんなことは無いように見えましたけど。どちらかと言えばリリアさんの方が押していたように見えましたよ?」
「ん?まあそう見えたかもしれないが実際は……なんだアスカそのジト目は。私の顔に何かついてるか?」
「……リリアちゃん、笑ってる」
「うむ、何故かは知らぬが気分が良くてな」
「翔に手を取ってもらえたからでしょ。それに抱き起こされてたし」
「な、ななな何を言ってるのだアキラ!!そんなことは無い!!私のこの笑みは一種の戦いの中で絆が生まれた的な……」
「絆、ねぇ。ねぇあすか、リリアは翔と絆が出来たんだって~」
「へぇ~それは試合に負けても笑っちゃえるくらいうれしいだろうねぇ~」
「だからその目をやめろ!お前達は何か勘違いをしてるぞ!カエデもこの二人に何か言ってやってくれ!」
「……………」
「カエデ!?」
「イテテ……おうリリア、お疲れさん」
「カイル助けてくれ!あの三人のあの目を何とかして欲しい!」
「うお!なんだ急に!」
「…………それで」
「む?どうしたエリカ。いや、この際エリカでも良いからあの目を――――」
「先程のあなたの言葉はどういう意味ですの?」
「意味?……ああ、『実際は~』の続きか?」
「ええ。アキラに勝つことが出来れば次のあの男の対戦相手はワタクシですから」
「ふぅ~ん。エリカちゃんは翔ちゃんのことをもっと知りたいんだぁ~」
「変な勘繰りは止めなさい!」
「なんだよ。何の話だ?」
「ああ…私がショウと戦った感想の話だ。カエデは私が押しているように見えたらしい。……まあカエデでなくともそう見えただろうが、実際は私はそう思えなかったと言う事だ」
「……どういうことですの?」
「…ショウはまだ本気じゃないってことだろ」
「む、カイルもそう思ったのか?」
「…ああ、癪な話だけどな」
「あの男が、まだ本気ではないと…?」
「うーん……ちょっと違うな。多分本気は本気なんだろうよ。じゃなけりゃあいつのことだ、途中で棄権でも場外負けでもしてただろうからな。………ただなんか引っ掛かるんだよなぁ…単なる手加減ってのも違う気がするし」
「そうだ。私の時もカイルの時もショウは確かに押されていたようではあった。攻撃の手数も少ないし威力も骨折程度のものでさほど強くはない。守備の面でも大したことはやっていなかった。だがカイルの言う通り、私との試合では序盤こそ明らかに手を抜いていたものの、後半はショウが全力を出しているように感じた」
「そうなんだよなぁ。オレの時も『切り札だ』とかいって『重力』隠してたが、それはそれであいつの戦法って説明がつくしな。それにオレへの最後の攻撃にしてもただ『重力』で落としただけだったし。そいつもあまり強いものじゃなかったしな。死ななかったし」
「私の時なんて場外を柔らかくして怪我をしないようにもされていた。本来戦いと言うものは相手をいかに無力化……つまりいかに殺傷するか致命傷を負わせるかが重要だ。だがショウは私やカイルを『試合に負けさせる』事を目的に攻撃をしたのだと思う。自分に向かって全力で攻撃してくる相手を手加減して倒す事はとても難しい事だ。ここからわかる事は…」
「オレとリリアの考えがただの取り越し苦労で、実際は単なる偶然が重なっただけか、もしくはオレやリリアなんて到底及ばないほど強いやつかってことだ。後者なら全部説明がつく。『低いレベルで全力を出しつつ相手に致命傷が無いように戦った』ってことだな」
「…………………そうですの」
「……ヒソヒソ(なんかすごい話になっちゃってるね)」
「……ヒソヒソ(うん。あの三人、実は翔がただ出し惜しみしてるだけだって知ったらどうなるんだろ)」
「……ヒソヒソ(手加減してるんじゃなくて手加減しちゃうの間違いですし。『私達の世界』では殺人なんてもってのほかですから、木や訓練場の人形ならまだしも人間相手に全力で攻撃したつもりでも威力はあまり出ないでしょうし)」
「三人とも、どうかしまして?」
「え!な、なんでもないよなんでも!それよりエリカちゃんは次晃ちゃんとだよね。頑張ってね!」
「…ええ。今はあの男の事よりも次の試合に集中しなくてはいけませんわね。宜しくお願い致しますわ、アキラ」
「あー…実はそのことなんだけどさぁ…」






