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本戦開始

 はい、ついにやってきました本選当日です。今俺達がいるのは闘技場とかいう馬鹿げた広さの場所。さっき戦うところをみたら、まるで天下一武道会のリングが広くなったみたいである。石造りで、その周りが芝生で囲まれてるところなんか特に。しっかりと観客席もあったし。

 そしてここは闘技場の中にある選手控え室。一応男子と女子とに別れてるから、ここにいるのは俺とカイル、そしてなんだか優しくて気弱そうな『本当にこの子が勝ち上がってきたの?』って感じの小柄な男の子だけだ。聞いた話だと男子がここまで少ないのは前代未聞らしい。普通ならこの男女比が逆であって、時には全員男ってこともあるんだと。


 この黄色い髪色の男の子――【ユーリ=ロレンツ】君も最初は俺達に(……いや、俺か。認めたくはないけど)小動物のように怯えつつ警戒していたようだったが、気さくに話し掛けたところなんとか打ち解ける事が成功した。本人は『ユーリって呼んでくれて構わないよ』と言ってくれたけど、俺はなんとなく『ロレンツ』っていう響きがかっこいいと思ったのでそっちで呼ばせてもらってる。カイルやリクト、リリアみたいに家名で呼ばれるのが嫌ってわけじゃないみたいだからさ。


 でもまぁ話したとは言っても別に特に実のある内容じゃない。大体はロレンツが話してくれる事に俺が応答して、カイルがちょこちょこ自分の話なんかをするだけの世間話だ。とはいっても俺達は男、当然女みたいに何時までも話が続くような事はなく、話題がつきかけた頃ロレンツが友達に会いに行くと言って出て行ってしまったので控え室には俺とカイルだけになった。

 「なぁショウ」

 「あん?なに?」

カイルが控え室の窓の外をぼんやりと見ながら話し掛けてきた。

 「……オレさ、家が道場だって言ったろ?結構門下生はいるんだけどな」

 「知ってるよ。それで?」

 「その中でもオレってずば抜けて強いんだよ。体術もそうだし、保有魔力量だってお前にこそ勝てねぇけどメチャクチャあるしな」

 いまいちカイルが何を言いたいのかが把握できん。こいつがこんな遠廻しに物を言うのは珍しいな。いつもはもっとストレートなやつなのに。

 「だからさ、どうもオレはずっと欲求不満気味だったんだ。自分の力を全部出し切る機会がなくてな」

 「強さゆえの悩みって奴だな。はいはい、カッコイーカッコイー」

 「確かにショウを初めて見た時も見た感じ怖かったけどな、どうせ喧嘩になりゃオレのほうが強いだろうし、大丈夫だろって思ったからいけたんだ」

そういってイケメンはニカッと笑う。

 っていうか失礼な奴だ。そんなことを思っていやがったのか。今の俺の茶化しも無視しやがるし。

 「――――でもさ」

カイルがこちらを向く。

 「お前となら、本気が出せそうだ!」

 「いや、無理だと思うよ」


 ……あ、いい感じの流れをぶち壊してしまった。


俺の答えがすぐには理解できなかったのか、カイルはたっぷりと間を空けてから間の抜けた一文字の言葉を吐き出した。

 「………………は?」

 「だって俺、適当に負けるつもりだし」

 「……………」

 「……………え、なに?」

 「『なに?』じゃねぇよ!!何で!?どうしてだ!!」

 げぇ、なんだこの剣幕。

 「え、だってさ、もうここまで来たら俺らのうちの誰かが優勝するでしょ。別に無理して俺が勝たなくても……」

 「駄目だ!!本気を出せ!!絶対出せ!!必ず出せ!!」

 「な、なんなんだよお前。急にどうした?」

 「頼むからちゃんと戦ってくれって。な?頼む!!」

パンッと手をあわせて頭を下げるカイル。

 「えぇ~………」

 「…………」

 「マジで?」

 「…………」

 「本気?」

 「…………」

 「結構めんどうなんだけど」

 「…………」

 「…………ぅ」

 「…………」

 「あーもー判ったよ!やればいいんだろやれば!!」

 「そうか!やっと全力を出してくれるか!!」

 「……ああ。その代わり、後悔するなよ!」

 「おう。喜びこそすれ、悔しがる要素なんてないぜ!」

カイルは本当に嬉しそうだ。ガッツポーズもしてやがる。この戦闘狂が。

 はぁ………………面倒な事になっちゃったな。

 ……………かったるい。


その後ロレンツが控え室に戻ってくると、すぐにメガネをかけた男の教師が俺とカイルの試合がそろそろ始まるから舞台の上に来い、と告げてきた為、俺達は対称のテンションでロレンツに束の間の別れを告げて控え室を出、石でできた舞台の上に来たわけだけど。

 「…………観客居過ぎじゃない?」

 「今回はオレやエリカもいるし、何より出場者の大半が女、しかもあいつら全員顔がいいからな。これくらいは来んだろ」

 ………顔がいいのはお前もだこの戦闘狂が。

俺とは違ってカイルは全然気負いとかしていないみたいだ。きっと小さい頃から注目を浴びる機会が多かったからに違いあるまい。あいつらも苦労しそ……いや、あの三人も注目される事には慣れてるかもな。リリアは猫だったからそう言うわけにはいかないんだろうけど。

 「はぁ………なんか思いっきり萎えてきた」

 「おいおい、ちゃんと戦えよ?」

 「……わかってるよ。約束は守る」

と思う。



この試合は催し物ってわけじゃないから実況もいないし名前の紹介もない。俺にとってはありがたい事だけど、その分試合が早く始まってしまうのが難点だ。

俺達は審判役の教師に言われたとおりの場所に向かい合って立つ。大体15m位か。この程度の距離ならここからでもカイルが不敵に笑っているのがよくわかる。

『私がこの笛を吹いたら試合開始だ』

そう言われて気を引き締める。一度目をつぶって深呼吸。目を開く。

審判がサッと右手を上げる。

カイルが右足を引いて腰を落とす。俺もみようみまねで似たような格好を取ってみる。真似してるのがバレたらカッコ悪いのでちょっとだけ手の型を変えておくことを忘れない。


―――――――――観客達の喧騒がやむ。

緊張感のピーク。空気が張り詰めている。

かったるいだのなんだのと言っていた自分がここまで集中している事に頭の片隅で驚いた。――――――ココまで集中したのは何時以来だろう。

カイルが俺を睨みつける。俺もカイルを睨みつける。こうしているだけで体力が減っていくようだ。呼吸が邪魔にしかならない。心臓の鼓動がひどく五月蝿い。


――――――――そして、笛が鳴る。


俺は蹴りを、カイルは右の拳を互いに相手に叩き込むべく同時に相手に向かって走り出した。




      『たまには別視点もいいんじゃないかな ~晃~』



今回の女子側出場者には顔見知りしか居ない為、今更特別なにかを話す事もなくボク達は闘技場の参加者専用の観戦場所に来ていた。とはいってもそんなにすごいものじゃなくて、二人用のベンチがいくつか置いてあるだけ。ボクの隣にはリリアが座っている。とても綺麗な姿勢だ。

ここからだと戦っている二人が観客席にいるよりも間近に見られるから、充分に戦力を見極める事ができる、ということらしい。それにしても近すぎる気がしないでもないけど。だって二人の声まで聞こえてきそうな近さだし。

そのことをさっき来たフラー先生に聞いたら、『ちゃんと教師が数人掛りで観客席に流れ魔術が言っちゃっても大丈夫なように防壁を張ってるから安全よ。もちろん、あなた達のところもね』と言っていたので安心したけどさ。

 「リリアは気合入ってるねぇ」

 「ああ。この戦いの勝者が私の相手になるからな。ショウの実力はもちろんの事、カイルの戦い方もしっかりと見ておかねば」

もう自分が相手の【ユーリ=ロレンツ】君に勝つことが前提になってるけど、ちゃんと裏打ちされた実力があるからそうゆうことが言えるんだろうなぁ。魔術執行部のロンゲ先輩もあの男の子のことは呼ばなかったんだし。


――――ボクも頑張らないと。


なんていったって相手はあすかなんだし、友達だからこそ戦いづらいからね。勝負するってことは怪我をさせるってことだから。


でもそのための訓練はこの一週間でちゃんと積んできた。ボク達がやってたのは攻撃を『避ける』ことと『防ぐ』方法。それにもうひとつ、『自分の力で相手に怪我を負わせるのに慣れる』事。あとは『残りの事は各自適当にやれ』って翔に言われちゃったからボク達も適当にやった。

本当はこんな事慣れちゃいけないんだろうけど、この世界で生きていく以上どうしても避けられないと思う。魔術執行部なんて物騒な部活にも入っちゃうわけだから、『魔物を殺して来い』って言われる事も有り得るはず。だから翔はずっと『相手を傷つける覚悟を持て』ってボク達に言ってた。『幸いこの世界には『癒し』なんてものもあるんだし、ある程度なら怪我してもさせちゃっても大丈夫だから』とも。


 「アキラ、二人とも出てきたぞ」

そうリリアに言われて前を見る。予想通り、翔はゲンナリしているのが笑えた。

 「そういえばエリカは?」

 「エリカならあそこにいるぞ。私以上に気合が入っていて話し掛け辛いほどだ」

そういってリリアが指差したのはさっきココにくる時に通った通路の近く。その壁にエリカが静かに寄りかかって立っている。

 ……ホントだ。よくわかんないけどそっとしておこう。

再び視線を舞台の上に戻すと審判が手を上げている。辺りが静かになり、思わずボクも息を呑んだ。


――――――ピィィィィイイイイィィーーーーー!!!

甲高い笛の音が辺りに木霊した。


翔とカイルは同時に走り出し、一瞬にして二人の間は縮まる。

カイルよりも翔のほうが速かったのか、二人が相対したのはやや半分よりカイル側だった。

 あれがただ『身体強化』を施しているカイルと、この世界に来て身体能力が飛躍した上に『身体強化』をかけている翔との差なのかな。


先手を取ったのは翔。走った勢いのまま右足で飛び後ろ回しげりを放つ。それをカイルは翔の左側に避けて攻撃しようとするけど、その避け方を呼んでいたのか、翔が急激に体を捻り左足でカイルを蹴る。

カイルは慌てて両手でその蹴りをガード。しかし衝撃は幾ばくか残ったようで顔をしかめる。でもカイルは素早く体勢を立て直して左の前蹴り。しかし着地した翔はそれをバックステップでかわし、カイルの蹴りは空を切る。



――――――筈だったんだけど。



何故か翔の身体がまるで突き飛ばされたかのように、身体をくの字に曲げながらそのまま後ろに吹き飛ぶ。足でブレーキをかけ速度を殺してはいるけどカイルとの距離が10m以上開いた。

そしてその隙を見逃さずにカイルは拳を振り上げながら翔に接近する。翔は腹部を押さえていた。


カイルが狙うのは恐らく翔の顔面、翔は立ち上がると今度はその攻撃をかわすのではなく左手で右方向に流した。しかし反撃するまもなくカイルが連続で攻撃。近距離ゆえに脚ではなく拳での攻撃を翔は全て払いのけると大きく飛び上がり、そのまま空中に留まると今度は翔が掌を開いた状態でカイルに向かって腕を強く振る。


その動作を見るや否やカイルは身体を低くして横に跳び、そのまま転がって翔と距離を取る。そしてカイルがもと居た場所には『ガッッ!!』と言う騒音と共に5筋の切れ込みが出来ていた。間違いなくいま翔が放った何らかの魔術によるものだった。


 「……恐ろしい威力だな。ショウは威力をしっかりと考えているのか?あんなものをまともに受けたら間違いなく致命傷だぞ」

 「ねぇリリア、あれって『風』でやってるの?」

 「……恐らく。振った手の指先から風の刃が出ているはずだ」

 「あ、じゃあさっき翔が吹き飛んだのはカイルも同じ事をしたのかな」

 「だろうな。そしてショウはあの攻撃を一度受けただけで理解し、次の瞬間には同じ用量で攻撃している。カイルがした攻撃を即座に同じ要領で返すとは、ショウらしい嫌な行為だ」


そうリリアが苦笑い交じりに言っている最中も翔の攻撃は止まらない。空に浮いたまま両手を振って刃を飛ばし、それをカイルが全て避け、その度に石で出来た舞台が砕けていく。

 ………っていうかさ、あの翔の顔がすごく不気味なんだよねぇ。楽しそうに笑ってるところが。流石ドS。ニッコニコしてるし。


言葉にすれば単純明快、今の二人の戦いは翔の攻撃をただひたすらカイルがよけてるだけ。

しかし単調な動きだからと言って観客が野次を飛ばす事などなく、ワーワーと声援らしきものを二人におくっている。それもそのはず、一年生は自分と同じ歳の人間がが繰り広げる高レベルな攻撃の応酬に、上級生にとっては年下が自分達と同等かそれ以上の威力の攻撃をする事に驚きを隠せないのだろう。時間にすればまだ試合が始まってから数十秒、やったこと自体は難しいものじゃないけど、その間の二人のやりあいはここにいる人間の目を奪うには充分だった。


カイルもただ一方的に逃げているだけではなく、時折石を拾って投げつけたり魔術をとばしたりして、翔がそれをかわしたり打ち落としたりする隙に翔に近づいていく。

そして徐々にその距離が縮まり始めると翔は『風』による攻撃を止め、再びカイルと距離のあるところに着地した。接近戦になれば勝ち目がない、そう思っての行動だろう。


ふと、二人の声が聞こえる。

 「……っか。楽しいなぁおい」 

 「俺は全然楽しくないぞ。さっさと負けろ」

 「オレは負けるつもりなんてサラサラねぇぜ。つーかお前も笑ってたじゃねぇか」

 「……見間違いだっつーの」

その言葉を皮切りに戦闘再開、翔もカイルも飛び上がって空中戦になる。


翔はカイルと距離を取りつつ『風』と『火』の魔術でカイルを攻撃。炎球が踊り、風刃が舞う。カイルは逃げ回る翔をしつこく追いかけ回しながらも『雷』と『氷』で翔を追い詰める。稲妻がとどろき、氷柱が飛ぶ。

 「空中戦が続くと私達の首が痛くなるな」

そんな声が隣から聞こえた。






 ―――何分、経ったのかな。

二人の攻撃は止むことなく、しかし攻撃としての意味をなさない。カイルが何度か接近する事に成功するもその度に即座に翔が振り払い、致命的な攻撃を与える事は共になかった。

カイルが殴り、翔が払い、翔が蹴り、カイルがかわし、カイルが放ち、翔が避け、翔が撃ち、カイルが防ぐ。予定調和であるかのように繰り広げられる攻防は、まるで演舞だ。


―――――でもここでこの何時までも終わる事のなさそうな試合展開にも転機が訪れたみたいだ。

いきなりカイルが着陸、近くにあった大き目の石を右手で拾うと、次の瞬間その石が分解、そのままカイルの右の甲を覆った。

そしてそれだけじゃない。左手には風を、右足に炎を、左足に雷を纏うと再び翔のもとに飛んで行く。一体どういう仕組みなのか、今度はさっき以上の速度だ。

 「オッラアアアァァァーーーー!!!」

 「くっっ………!!」

色とりどりな魔術が舞台上で入り乱れる。

右手による砕破、左手による裂傷、右足による焼夷、左足による感電。どれも受けたら翔にとって致命的なダメージになる。

そしてそれ以上にカイルの攻撃のリーチが圧倒的に伸びた。今度は序盤にカイルが使った『風』とは違って目に見える形でカイルの攻撃と共に纏った魔術がその延長線上に飛んでいく。

ここで翔は使用している魔術を一気に増やす。“手加減”とは違うのだろうけど出し惜しみする余裕もなくなってきたのだろう。

『地』は避けることで、『火』には『水』で、『雷』『風』には『地』で防壁を張りながら、『火』で『水』で『風』で『雷』で『氷』でカイルを攻撃する。


 「……なんと言う魔術の応酬だ。ここまで多種の属性が入り乱れるのは初めて見た」

 「あれがショウの実力、なのでしょうね」

 あ、いつのまにかエリカがボク達の近くに来てた。気付かなかったな。

 「あのカイル=ドラゴニスとここまで戦えるとは思いませんでしたわ」

 「『あの』ってどうゆうこと?」

 「本人も言っていたでしょうが、あの男の家は貴族ではないものの、それに準ずる程度の格式、そして戦闘技術を持っていますわ。そしてあの男はドラゴニスの一族の中で誰よりも才能を持つ者とも言われています。若干16歳にして既にドラゴニス家の奥義を体得しているのですからね。……認めたくはありませんが」

 「え、嘘ぉ!?カイルってそんなに強いの!?」

 「……奥義、か。エリカはどのようなものか知っているのか?」

 「見ていれば判りますわよ」






      『たまには別視点もいいんじゃないかな ~カイル~』



 ――――――あぁ、おもしれぇ。やっぱりこいつはおもしれぇ!!


何度攻撃してもかわしやがるし、何度よけても攻撃してきやがる!しかもその攻撃方法も多彩。ショウが繰り出す魔術自体は基本的なものばかりだが、属性は確実にオレよりも多い。手を完全に守備に使って、脚で攻撃するという体術も聞いたことが無い。


殴り、蹴られ、裂き、打たれる。大きな怪我は無くともお互い血が流れ、服はボロボロだ。

だがそれでも戦い続ける。寸前で見切り、紙一重でかわし、再び相手に向かう。


――――自分が笑っているのが判る。


これまでは望んでも出来なかった本気の勝負。油断も手加減も妥協も諦念もなく、ただひたすら目の前の相手を打ち倒す為だけに立ち上がる。


 そうだ!

 オレはこんな勝負をずっと待ち望んでいたんだ!こんな血沸き肉踊る勝負がしたかったんだ!!!

 だからこそ―――――――――――――勝ちてぇ!!!


 「でやぁぁーーーー!!!」

 「クッ!!」

ショウの『雷』で何本か髪の毛が持っていかれる。だが全く身体に異常はない。

 「ぜええぇぇぇい!!!!」

 「《氷壁》!!!」

 「チッッ!!!」

『風』を纏った左腕の一撃が阻まれる。

 「『風』、『氷』、『雷』ぃ!!!」

 「グッ……オッラアアァァア!!!」

雷を纏った氷柱が数十本ほど、鋭い風にのって飛んでくる。それを『炎』と『風』で相殺――――っっ!!

 「ぐ………がっ!!」

 ……二本、消し損……ねた!!


右肩と左の太ももに氷柱が刺さり、身体に電気が流れて気を失いそうになるものの、刺された痛みが邪魔をして気絶しきる事が出来ない。幸運なのか不運なのか。


更に追撃でオレの右腕にショウの左手の袖から現れた植物の蔓がまきつき――――――――

 「飛んでけぇぇぇぇーーーーー!!!!」

オレをきっちり三回転半振り回した後、空中から石舞台に向かって投擲。何とか『風』で勢いを下げたが、それでも俺の身体は叩きつけられた。

更に追い討ち。ショウがオレを踏みつけるべく一気に降りてくる。

 「死ねぇぇぇーーー!」

 いやいや、それは言っちゃだめだろうが!!

当たる寸前、ごろごろと横に転がって攻撃を避ける。お世辞にもカッコイイとはいえない避け方だったが、あのままだったら本当に死ぬかもしれなかった。


オレは即座に立ち上がって距離を取る。ショウはこちらを見ているだけだ。

 「ハァ……ハァ……て、てめぇ。血が吹き出てんのに思いっきり振り回した挙句思いっきり叩き付けやがって。オレじゃなかったら死んでんぞ!!」

オレは膝をつきながらショウに叫ぶ。

 「何言ってんだよ。本気だっつったろうが」

会話しながらオレとあいつの状態を分析しておく。

 「何が本気だ……ったく、チョコマカと逃げ回りやがって」


まずオレは―――かなり厳しい。かなり魔力を喰ってるし血もドンドン出てくる。何故か首の間接も地味に痛いし、さっき叩きつけられた衝撃で軽く目がチカチカしてきやがった。

 「接近戦じゃ勝てないのがわかってるから。俺は遠くから攻撃させてもらうさ」

 「よく言うぜ。何だかんだしっかりオレにケリを入れてるくせによ」

ショウは―――まだ元気そうに見える。あいつの膨大な魔力量なら尽きる事も無いだろうし、何よりオレとは違って出血が少ない。それにしても何度かあいつにしっかりと攻撃したはずだが………まさかあいつ、『癒し』持ちか?

 「まあいいさ。行くぞカイル」

ショウがゆっくりと近づいてくる。


――――形勢は、確実にオレの方が不利。あいつはしっかりと立って歩き、オレはしゃがみこんでいる。

オレとショウまでの距離は約20m。


――――――――――――――――まだ遠い。


 「どうした?何で立たない?」

 「………休憩だよ」


15m。まだだ、あともう少し――――――。


 「そっか、じゃあ待ってやるよ」

 「なっ!!」

 止まり、やがった。

ショウは言葉どおりその場で膝を突いて肩で息をしているオレを見ている。ニヤニヤしていると言う事は、オレが何かを待っていると言う事を確信しているらしいが……笑っている以上、当然油断もしているはずだ。


 ………しゃーねぇ……まだちょっと遠いが、ここしかないな。


―――――――――精神統一。身体に広がっている全魔力を脚に集中。お陰で魔力で痛み止めをしていた個所が悲鳴をあげる。声が出そうになるのを無理矢理押さえ、構えを取る。


―――あぁ、そういやこの前ショウが言ってたな。ショウの()で短距離を走る時の構えがこれに似ていると。………『クラウチングスタート』だったか。もっとも、オレはあそこまでケツをあげないがな。


 「………行くぜ」

そう小さくつぶやく。自分を鼓舞させる為だ。

脚に貯めた魔力を一気に爆発させる。

―――――――瞬間。

オレの右腕はショウの腹を穿っていた。






      『たまには別視点もいいんじゃないかな ~リリア~』



 「何っっ!!!??」

今、私の目の前でカイルが消えた。いや、そのように見えた。

そしてその瞬間カイルはショウの前に現れ凄まじい威力の拳撃を食らわせていた。

ショウは試合開始直前の『風』とは比べ物にならないほど威力を受けたのだろう、舞台と平行に吹っ飛び、あわや教師陣が張った防壁に当たる直前その身を宙に留まらせた。


だがすぐに行動できるほど余裕が無いのだろう、ショウはゆっくりと高く浮かび上がりながら何度も咳き込んでいる。なにやら赤いものが見えるのは気のせいか。

一方カイルも再び地に片膝を突いて荒い呼吸を落ち着かせようとしている。

 ………私の気のせいだろうか、数秒前よりもカイルの服は更に破れ、自身にも細かい傷が増えているように見える。

 「今の…なんなの?」

 「あれがあの男の奥義ですわ」

 「奥義だと?さっきお前が言っていた?」

 「そうです。名を《瞬動》と」


 ―――――《シュンドウ》。技を見るに、“瞬く間に動く”とでも書くのだろうか。


 ………なるほど、私達が今見たものは確かにその名のとおりだ。瞬く間にカイルが消えていた。

 「あの男の一族が誇る戦闘術―――――その基礎中の基礎にして奥義、それがあの《瞬動》ですわ」

 「一体、どうやってるの?それに、奥義なのに基礎って?」

二人はまだ空と地で身体を落ち着けている。カイルは荒い呼吸をしつつも不敵に笑っている。

 「その二つの質問には容易に答える事が出来ますわ。あの男が発動した魔術、それは『身体強化』のみです」

 「嘘っ!」

 「何だと!!?」

 「本当でしてよ。ただそこには単なる『身体強化』にはない技術がありますが」

 ……どういうことだ?


 「口で説明するのは簡単です。自身が保有している魔力を大量に脚部に集中、そしてその肉体の限界を超えた力で瞬間的に人間の目では捉えきれないほどの速度を出し、その勢いで相手を攻撃。その際に魔力を脚から攻撃部位……今のは右手ですわね、そこに置換します。これだけですわ。……そしてそのあまりの速度による空気との摩擦で全身が傷つき、恐ろしいまでの圧力が体を襲いますが。本来ならば他の魔術によって負荷を軽減するのですが、今のあの男にはその余裕がなかったのでしょうね」


 「……………」


―――――戦慄した。


私も主として『身体強化』を利用しての戦闘を得意とする為、今カイルが使った《瞬動》のその会得難易度に、その発動難易度に、そして何よりその危険性に、驚きを隠せなかった。

 「あーだからカイルが元居た所が砕けてるのはすごく強く踏み込んだからなのか」

アキラはうんうんと頷きながらそう言う。なんだかこの技術を理解していないようだ。



 ―――ここでショウが動き出す。グイッと口を拭うと両手の指をカイルに突きつけ、そこから様々な色をしたぼんやりと光る粒を次から次へと無数に放つ。それは一つ一つが各属性を帯びた高威力の魔力の塊。恐らく下位と中位の属性がほぼ全て使われているのではないか。個々の大きさは指一本分程度だが、その数は発動から数秒しか経っていないにもかかわらず既に100を越えているようだ。


片膝をついていたカイルはその場で立ち上がり、向かってくる攻撃に対して『地』と『火』と『風』と『水』の四重防壁を張る。凄まじい風と轟音を立てて光の粒は弾かれ、下方向に弾かれたものは既にボロボロになった石舞台を更に蹂躙(じゅうりん)する。あの一粒一粒に石舞台を砕くほどの威力があるのは恐ろしい事だが、それを全て弾き返しているあの防壁も相当な硬度だ。


…………しかしそれも長くは続かない。


ショウが光の粒の製造速度を増しているのに対し、カイルの防壁は徐々に磨り減ってきているのが目に見えて判る。

――――『地』の壁が砕かれる。

――――――『火』の壁が掻き消える。

――――――――『風』の壁が霧散する。

――――――――――『水』の壁が消失した。


 「くそがっっ!!」

再びカイルが《瞬動》を発動し、右に、左に、前に、後ろに、光の粒を避ける。あまりの速さに、私にはカイルが瞬間移動しているようにしか見えないが、現れる度にカイルの服がボロボロになり、出血量も増えているのがわかる。

これが、《瞬動》の代償か。


 「…ねえエリカ、どうしてカイルは翔に向かって《瞬動》を使わないんだろ」

 「《瞬動》は自分の身体を高速で相手に衝突させ、自身の勢いを殺す事でその場に留まる事を可能にします。ですからもしショウ=クロノに当たらず、その勢いを殺す事ができない空中に向かって《瞬動》を発動させてしまったら、あの男はどこかに飛んでいきますわよ。普段ならば『風』で勢いを殺す事も可能でしょうが、おそらくあの男の魔力も残り少ないのでしょうね」

 「だがカイルは今障害物のない所でも止まっているが?」

 「あれはあの男が意図的に《瞬動》の性能を落とし、尚且つ魔力を脚から他所へ置換させないでおくことで壊れた舞台そのものや、その欠片をその対象にしているからですわ」

 …………なるほど。 


カイルはショウの攻撃を避けつづけている。だがそれも完全とはいかず、無傷なのは首から上くらいで他の部位はいたるところにショウの攻撃が当たった痕がある。

ショウは空中でひたすら攻撃を続けている。その顔にもう笑みはない。

そしてカイルは攻撃をさけながらショウを見上げ――――雰囲気が変わった。

腕を顔の前で交差させて身体を低く構える。

《瞬動》の構え、なのだろうか。それとも腕でショウの攻撃が顔面に当たらないよう防御したのか。


――――――《瞬動》発動。


それから全ては一瞬の出来事だった。


《瞬動》が発動した瞬間、足元に砕ける音を残してカイルは超高速でショウに接近、光の粒を全身に受けながらも突撃した。耐え切れるつもりだったのか、それとも相打ち覚悟だったのか、いずれにせよあの速度、あの位置ではショウの攻撃を避ける事はできる筈もない。

《瞬動》が発動したのなら最後、私達が目にする光景はショウがカイルの攻撃を受けて地面へと落ちるところか、もしくはそれがカイルとショウ二人になるかのどちらかになる。


 ……と、私は思った。


しかし実際にはカイルがショウにぶつかるその瞬間、いきなりカイルの身体は真下へと方向転換し、そのまま下へと叩きつけられた。

それはまるで、カイルの身体が舞台に『引きつけられたか』のように。








      『たまには別視点もいいんじゃないかな ~カイル~』



ショウの攻撃がオレの身体を掠めると、そこはまるで刃物で切り裂かれたかのように血が流れる。

ショウの攻撃がオレの身体に当たると、そこはまるで鉄骨で殴られたかのように骨がきしむ。

ショウの攻撃がオレの身体に触れると、そこはまるで焼き(ごて)を押し付けられたかのように皮膚が焼ける。


―――――――――クソッタレ、なんつー攻撃をしやがんだ。あんなもん確実に【奥義認定】クラスだろうが。


一体どんな魔術なのか詳しくはわからないが、よけてもよけてもあいつの指から出されるあの光の粒は尽きない。……それもそうか、あいつの魔力量は化け物並だ。むしろあいつが化け物だ。


 ………このまま逃げつづけているだけならオレは確実に負ける。


慣れない遠距離魔術を無駄に使いすぎて魔力ももう残りすくねぇし、ダメージも結構貯まっちまった。もうオレには、あいつのこの攻撃を防ぐ手はない。


――――だからこそ、腹を括れた。

もうオレに考えられうる手段はこれしかねぇ。


両腕にも残り少ない魔力を送り込んで耐久力を上げ、ショウの攻撃をできる限り致命的なものにならないように防ぐ。………両手はグチャグチャになっちまうだろうがこの際構わない。

両足に残った魔力全てを叩き込む。これでもうオレはすっからかんだ。これまで何度も《瞬動》を使ってきたが、ここまで魔力を込めた事はねぇな。

ほんの一瞬だけ集中。瞬き程度に目をつぶる。



――――発動。宙に向かって飛び上がり、光の雨に飛び込んでいく。



右脚が撃たれ、左脚が裂かれ、右腕が折れ、左腕が砕かれる。

 「オレの、勝ちだぁぁぁああああーーーー!!!!!」

………もしかしたらそんなことを叫ぼうとしていたかもしれない。

腕は使えない。脚も使えない。できるのはただぶつかる事だけ。

もう少し、もう少し、もう少し、―――――――届い―――――――――


世界が、暗転した。












 「がっっっはっっ!!!」

 何だ、何が…起きた………?

 どうしてオレは…倒…れて……?

 「ぐっ……が……」


全身を引きちぎられるような痛みに耐えながら、身体を半回転させて仰向けになる。ショウがゆっくりと降りてきている。

 ……身体が砕けそうだ。

首を動かす程の力も残ってねぇから、目だけ動かして周囲を見回した。

血だらけの両腕、砕かれた石舞台、近づいてくるショウと審判役の教師、そしてオレを中心にした丸いクレーター。かつてオレはこれに似たものを見たことがある。



――――――――そうか、これは――――――『重力』――――――――



オレの安否を確かめに話しかけて来た教師に目で肯定する。もうオレに話す力は殆ど残っていない。その力をこの教師相手に使うつもりは無かった。

 「おう、折角のイケメンが台無しだな」

ニヤニヤしながらショウが言う。

 「………よく、言う…ぜ………。てめぇ、で……やっといて…よ」

 「俺はお前の希望どおりに戦っただけだよ。全力でさ」

 「…何、言ってやがんだ……。最…後の…最後ま、で…『重力』なんて、とっとき…やがって…」

 「切り札は最後まで取っておくもんだからねぇ」

二人で笑い合う。笑った拍子に激痛が走ったが、それをショウに見せればからかわれるのが判っているので必死に隠す。

 「……オレに勝…ったんだから………次も…勝てよ」

 「俺としてはもう疲れたから次の試合は棄権したいんだけど。それに怪我もしてるし」

 「ざ…けんな。…そんなこと………したら殺す、から、な」

そう言い切ってからオレは目をつぶった。意識が一気に暗闇に落ち、いつからか湧いていた歓声が遠くなっていく。


―――――返事は聞かなくても判っていた。どうせあいつの事だ。

心底嫌そうにしながら、『めんどくせぇー』と言いながら、しっかりと次の試合に臨んでくれるんだろうよ。

 まったく………お前が一番めんどうな奴じゃねぇか…………。

 あぁ、それにしても―――――





               楽しかった、なぁ………







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