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試合開始

      『たまには別視点もいいんじゃないかな ~カイル~』



 「炎よ集えっ!!」

 「くっっ!!ならば……これならどうだ!!」

 「グッッ!!ま、だまだぁぁ!!」

 「くらえっっ!!」


オレ達が第二裏門までショウを探しに足を運ぶと、そこからは何やら『もっとやれーー』だの『そこだーー』だのと騒がしい声がちらほらと聞こえてきた。見ると裏門の前には人だかりが出来ていて、先程の喧騒はそこから聞こえてくるようだ。オレ達は顔を見合わせるとゆっくりとした歩みを止めて徐々に走り出した。


 「ちっ、コレでも駄目か!」

 「そこだ、燃やせ!!」

 「なっ、馬鹿な……!!」


近づくに連れて徐々に大きくなっていく喧騒、それとともに耳に入る劣勢を示すショウの切迫した声。信じがたい事に対戦相手のものと思われる言葉は聞こえなかった。

……つまりこれらの要因から察するに、ショウは不利であるらしい。


 「はぁ…はぁ…」

 「く……っそぉぉ!!」


オレは実際にショウが戦うところを見た事があるわけじゃない。だが信じていた。一回戦ごときショウなら余裕で相手をぶっ倒し、そのまま圧勝で本選に出場するものと思っていた。

オレには判る。ショウはまず間違いなく強い。初めて見た時から薄々と感じてはいたが、寮であいつの特異な魔術を見てからそれが確信に変わった。だからこそオレは聞こえてくる言葉がショウのものだとは信じられなかった。『もしかしたらこの声はショウに似てはいるが相手のものなんじゃないか?』とも思った。けど、現実はそう甘くない。


 「……俺は……負けない!!行くぞっ!!」


考えられるのは対戦相手が恐ろしく強いという可能性。自分で言うのもなんだが、オレや今隣を走っている女どもも相当強い。運が悪くショウは一回戦でそんな奴に当たってしまったのか。



 オレは……強い奴と戦いたい。

元々ショウに話し掛けたのも面白半分だし、残りの半分もあいつから強者特有の匂いみたいなものがあったからだった。だから勝ち上がってくるのはショウであってもそうじゃなくても強ければ誰でもいいはずだった。


 けど……今のオレは思う。


――――――オレは、ショウにあがってきて欲しい。


まだ出会ってから数週間しかたっていない癖に何を考えているのかと自分でも思うが、あいつはオレのダチだ。

小さい時からずっと修行、居るのは年上ばかり、師範の息子であるオレへの媚やへつらい、道場内で一番強いオレへの嫉妬。

そんなモンはもう沢山だ。

初めて出来たダチ……親友。


 そいつが負けるところなんて、見たくねぇ。


群がる群衆。それを掻き分けるのも煩わしく、オレ達は一斉に空へ飛び、叫んだ。

「「「ショウ!!!!」」」「「「翔 ( ちゃん)( さん)!!!!」」」

そして繰り広げられた戦いが、視界に飛びこんできた。。









 「………何やってんだ、あいつ」

思わずオレはそう呟いてしまった。

オレ達が見据える先、そこにはショウがいた。苦しそうに辛そうに土で汚れた顔を歪め、左腕を右手で押さえながらもしっかりと二本の足で立っている。

戦いの最中で傷ついたのだろう、ショウの服は破れ、穴があき、裂かれ、この戦闘が終わればすぐにでもゴミ箱に突っ込まれてもおかしくないほどだ。


―――――だがそんなショウを見て、

 「あの……馬鹿……」

 「一体何を考えて………」

リリアは左手でこめかみを押さえつつ、エリカは眉間に指をやりつつ、

 「はぁ…また翔さんの悪い癖が……」

 「まさかこんなところでもかぁ…」

 「………心配して損した」

アキヅキは盛大に溜息をつきつつ、ヒナタは苦笑しつつ、ホウジョウは口を尖らせつつ、

 「バカヤロウが……」

オレはオレで盛大に呆れつつ、そしてあんな恥ずかしい事を考えながら走っていた自分を思ってやるせない気分になりつつ―――



全員でがっくりと、うな垂れた。








目の前、いや足の下ではショウが見知らぬ男子生徒と戦っている。双方傷つき、疲れ、あたかも今にも倒れそうな雰囲気を確かに醸し出してはいる。

 「なぁアキヅキ、ショウはなんであんな事してんだ?さっさと倒しちまえばいいのによ」

ショウが拳大の火球を1秒おき位の間隔で相手に向かって飛ばす。

 「ええ、まあそのとおりなんですけどね…」

相手は走りながら攻撃をかわし、反撃に同じような形状の、それでいて放つ間隔がショウよりも短い水球を飛ばす。

 「なんの為にだ?私には判らんが、もしやアレは何かの訓練なのか?」

ショウは自分に向かってくる水球が直前まで来ると、あたかもその存在に気付かなかったとでも言うかのように慌てて転がって横に避ける。

 「それはちがうよ」

 「じゃあ何ですの?」

そのまま追撃の水槍も避けると、ショウは立ち上がって相手に向かって走り出す。

 「翔って前々からそうなんだけどさ、目立つのが嫌いなんだよ」

 「ならば他人の目に触れる前に相手を倒すべきではないのか?現状コレだけの人垣が出来ているが」


相手は『水』で壁を作りショウの行く手を阻もうとする。が、とっさの事だったからなのか、はたまた魔力が足りないのかは定かではないが『水』による防壁は単なる薄い水の幕のようになる。ショウは火球を放ち、易々とその水を打ち破―――――らなかった。傍目には火球が水壁に阻まれ消えたようにも見えたが、オレにはわかった。あの火球、壁に触れる前に消えやがった。


 「今目立っているのはこれがいい勝負に見えるからです。試合が終わればこの野次馬もすぐに居なくなるでしょうし、翔さんの名前なんて気にも留めないでしょう。顔も数分もすれば忘れてしまうでしょうから。ですがここで圧勝してしまえば確実に翔さんの名前と顔は広まってしまいます。多分翔さんはそれを嫌がったのでしょうね」

 「なるほど…」

ショウは身体を低くして水壁を突き破り、その勢いのまま相手に体当たりをする。

 「それにしてもショウのやつ、ちょっとやりすぎなんじゃねぇか?服もあんなにポロボロになっちまってるし。あいつならあの程度の相手、一歩も動かずに勝てるだろうによ」

 「ああ。それによく見ると先程からのショウの一連の動きには明らかに必要の無い不自然な動きが自然に含まれていて、それが相手には隙に見えるようになっている。……大した演技力だ」

 「無駄に洗練された無駄の無い無駄な動きですわね。相手に手を抜いていると言う事を全く悟られていませんわ。ワタクシ達も予めあの男の実力を知っているからこそあの男が手を抜いている事がわかるのでしょう」

 ……そういやエリカのやつ、さっきは『ショウ』って名前で呼んでたのになんで今は『あの男』なんて言ってんだ?………まぁどうでもいいか。

ショウは対戦相手の上にまたがり、手のひらを眼前に突きつけた。

 「わたしには何処に無駄があるのかとかはわかんないなぁ。手加減してるのは丸わかりなんだけど」

 「そんなのボクもだよ。カイル達は小さい頃からしっかり戦いの訓練をしてるから判るんだろうね」

 「動きに無駄があるという事以前に『火』しか使ってない時点でおかしいですよ。何回も人前で飛んでいるくせに」



 「まだ……やるか?」

 「……いや、もういい。僕の…負けだ」



何時の間にか静まっていた群衆が声をあげる。

 『いい勝負だったぞー』 

 『次も勝てよ!』

 『負けたほうも惜しかったぞ!』

そんな言葉が妙にむなしく聞こえるオレ達だった。

 「さて、と。じゃあオレらもあの役者さんを迎えに行きますか」

そう言ってオレ達は、顔を隠しつつコソコソと人目につかないように立ち去ろうとしているショウの元へと降りていった。もうオレの中では最初にアイツにかける言葉は決まってる。

『よう、名演技だったな』だ。

アイツの『どうして気付いたの?』とでも言いたげな表情が目に浮かぶようだ。













午前中の試合を全て消化し、俺達は今食堂で昼飯の真っ最中だ。当然、俺達全員勝利している。つっても、ボロボロなのは俺だけで、他のみんなには傷一つ汚れ一つ無い。

 「ショウは今日あとどんぐらい戦うんだ?」

 「あと2試合。お前らとは違ってな」

この『お前ら』というのはリクトとカイルとリリアのことで、こいつらはもう既に本選への出場が決まっている。羨ましいことに相手が全員棄権したからだ。

 「ショウも遊んでないでさっさと相手を倒せばいいだろう」

 「やだよ。そしたら絶対お前らみたいになっちゃうだろ」

『お前ら』のうち、前二人は一度も戦ってないみたいだがリリアだけは初戦があったらしい。そして聞いた話ではそこで相手の貴族をものの2秒で圧倒したらしく、『貴族』という幼少のころから訓練を受けているはずの相手を瞬殺した【リリア=グラウカッツェ】の名前は一気に知れ渡った。そしてそれ以降は全て不戦勝だ。戦わなくてもいいのは羨ましいが、そんな状況には死んでもなりたくない。有名になっちゃうからね。

 「わたしと楓ちゃんももう今日は終わってるよ」

 「え、そうなの?」

 「ええ。翔さんと違って私達の相手は何人か棄権されましたので全ての試合が終わってます」

 「え~…じゃあ試合があるのは俺と晃だけ?」

 「アキラも今行っている試合が最後だと言っていましたわよ」

 「うわ、マジかよ…」

どうやら今ここに晃がいないのは運悪く試合時間がお昼になってしまった為に一人で試合をしにいっているからだそうだ。応援に行こうとも思ったんだけど、晃が『いいからご飯食べてて。心配しなくても絶対に勝って来るから!』と言っていたらしいのでありがたくその言葉に甘えさせてもらっている。腹が減ってたしね。

 「そうゆうわけだから、オレ達はゆっくりとお前の迫真の演技を見させてもらうぜ」

 「帰れ!見なくていいから帰れ!!」

 くっ……『やぁ~だよ』じゃない!!

 「大体あんなの見ててもつまんないだろ?相手も別に強いわけじゃないだろうしさ」

 「そんなこと無いよぅ」

 「ええ。勉強になります」

 何の勉強?

 「ワタクシは単に暇だから見ているに過ぎませんわよ」

 「そうなのか?私が見た限りでは先程の試合でもエリカは真剣に試合を見てるように思えたのだが…」

 「なっ!リ、リリア!貴女なにを馬鹿な事を!」

 何だかんだでこの金髪貴族も獣人とやらも結構俺たちに打ち解けたよなぁ……。



――っと、そろそろ次の試合の時間か。

 「まあなんでもいいけど取り合えず俺行くわ。残念だけどまだ晃が帰ってきてないからお前らはここにいるしかないよな。帰ってきたときに誰もいなかったら晃が可哀想だし。んじゃ、晃に宜しく!」

そういって椅子から立ち上がり、颯爽と立ち去ろうとする俺。

 「ただいま~。さくっと勝ってきたよ!」

 ………お帰り晃。

 「よし、ホウジョウも帰ってきたことだし、オレらもショウについてくか!」

 「何言ってんだこのバカイルが!!晃は今帰ってきたばっかりで疲れてるし、何よりまだ飯を喰ってないんだぞ!だからここは一つ、お前らみんなで食堂に残って晃を労って…」

 「ボクなら大丈夫だよ。さ、早く翔の試合を見にいこ!」


 ……………。








あの昼食の後の二試合も俺はしっかりとシーソーゲームになるように戦った。こうすれば俺はあんまり目立たなくて済む筈。

 ……だったんだけど、逆に常にギリギリでの勝負というのが地味に評判を集め、更には今うちの学年でもっとも注目を浴びているといっても過言ではない6人が付きまとってくるので、俺の試合には結構な人垣が出来るというまさかの展開になってしまった。

あいつらもただ黙って観戦していればいいものを、無駄に声を張り上げて応援なんかしやがるもんだから余計に俺が視線を浴びる事になる。そしてその視線は主に、

 『4人もの美少女に声援を送ってもらえる俺への憎悪』、

 『カイルに思慕を抱いている女生徒(一部特殊な男子生徒も含む)からの(何故か)俺への嫉妬』、

 『唯一黙っていてくれているリクトと特別な関係を築きたい女生徒と男子生徒からの敵意』だ。


 正直、やるせない。


因みにあいつらが有名なのはもう説明の必要もないだろうけど、一応言っておくと本選に出場できるほどの実力、才能とあのガッツリ人の目をひく容姿が原因だ。リクトとカイルはネームバリューもあるんだろうけどね。

とまあ当初の予定とはだいぶ状況が違ってはいるけど俺達は本選への切符を手に入れた。予定通りなのは無事に出場できる事と服が一着駄目になったことだけだ。


 ………あぁ、そういやもう一つ予定外なことがあったんだ。それは―――

 「細けぇこたぁいいからさっさと本題に入るぞ。お前ら、【魔術執行部】に入るつもりねぇか?ってか入れ」

こんな事を良くわからんマッチョに言われた事だ。いや違うな、『言われている事』だ。現在進行形だからね。




実に唐突な事ではあるが、話は数時間前に遡――――らなくていいや、めんどうだし。

要約するに今日で大会二日目になり、俺が校舎裏のベンチに座って一人でまったりしていると、いつものメンツからリクトを抜いたやつらが俺を探しに来た。それが実は何かしらの召集のためだったらしく、あいつらがデラクール女史に『行け』と言われた教室に赴くと、そこにはマッチョとメガネとロンゲがいた。あ、因みにメガネは女ね。ロンゲは男。

そしていきなり言われた言葉が今のだ。はい、回想終わり。


 「……あんたら誰?ここは何処?」

誰も口を開かないので俺が尋ねてみる。

 「オレは【魔術執行部】の部長だ。三年な。んでそこの髪の長いヤツが副部長、メガネかけてるのが書記、二人とも二年生。んでここは魔術執行部の部室」

 正面にある安っぽい事務机のようなものの奥で椅子に座ってふんぞり返っているマッチョが答える。やはり、年上か。敬語にするべきだろう。

 「それで、その魔術執行部てのはなんなんですか」

 「む、うちを知らんのか?変なやつだな」

 「……すいませんね」

 知るわけねーだろバーカバーカマッチョバーカ。

と、ここで黙ってこちらを見据えていたメガネが口を開いた。メガネは、マッチョが両肘を乗せている事務机の右側にある、俺達に向かって縦に伸びている長机の椅子に腰掛けている。

 「【魔術執行部】とは校内で起きた魔術関連の諸問題を生徒間で解決すべく結成された部活動の一種。活動内容は主に武力によるいざこざの仲裁」

 なんか……クールだこの人。

 「そういうのって生徒会とかがやる事じゃないんですか?」

 「違う。生徒会は学校行事の運営や各予算の決定など、その活動内容はあくまで書類上のものに限る。対して【魔術執行部】は先程説明したように武力介入での暴動や暴走の鎮圧等が仕事」

 武力介入か……物騒だけど面白そうだな。これなら合法的に他人を殴れるって事か。

俺はニヤリと笑う。

そしてそんな俺を見て好機と感じたのか、ロンゲが畳み掛けてきた。ロンゲはメガネと反対側の長机の横だ。つまり机の配置は上から見てこんな感じ→Π。しかもロンゲは地味にイケメンだ。あくまで地味に、なんだけどね。

 「つまり魔術執行部に入るにはどうしても相手を力尽くで屈服させる為の実力が必要なんだ。そして君達にはそれがある。だからこそ、その力を僕達の部で生かして欲しい!」

 ……なるほどねぇ。

 「質問してもいいですか?」

メガネとロンゲが頷く。マッチョはふん反り返っている。

 「【エリカ=リクト=ノルトライン=ヴェストファーレン】を知っていますか?」

 「知っているけど、それがどうしたんだい?」

 「実力から言えば彼女もここに呼ばれて当然だと思うんですけど、なんでいないんですか」

 「君は…知らないのかい?」

 何がだよ。貴族は荒っぽい事をしちゃいけないってのか?

 「この学校に入学した貴族はみんな生徒会に入ることになっているんだ」

 「は?なんでですか?」

 「それが貴族の連中には為になるからさ。数少ない国立教育機関の生徒会に入っていたとなれば将来社交界や就職なんかの時にはそれだけでも売りになるからね。他の国の教育機関はどうなっているのかは知らないけど、うちはずっとそうなんだよ」

 ふーん、変な決まり。

 「じゃあもう一つ。何を基準に俺達を呼んだんですか」

 「一応本選に出場した一年生全員の予選の試合をある程度見させてもらってね、それで決めさせてもらったよ。全ての相手が棄権したドラゴニス君は無条件で呼ばせてもらった。グラウカッツェさんはたまたま初戦を書記が覗いていてね」

 書記……メガネか。

 「じゃあリク……エリカ=リクト=ノルトライン=ヴェストファーレン以外のもう一人が来ていない理由は?」

 「彼ではまだ力不足だ。来年、再来年に期待は出来るけど。というよりも彼くらいの実力が本来の一年生って感じなんだけどね。正直、ここまで実力が高い人が集まったのは凄い、を通り越して異常だよ」

 彼……と言う事は男なのか。ふーん。最後の言葉はまあ、無視しよう。異常ってなんだよ。

 「じゃあ最後。なんで俺を呼んだんですか」

 俺はちゃんとそんなに強くない演技をしたはずだ。

 「私達を甘く見てもらっては困る」

今度は話し役がロンゲからメガネに移動した。

 「貴方の試合だけは半分以上、私達全員で見た」

 「なんでですか」

 「たまたま全員の時間が空いた」

 ……そうかい。そいつは光栄だ。

 「そして見終わった後の感想が私達全員一致した。『ショウ=クロノは何らかの理由で実力を隠している』。動きを見ればすぐにわかる」

 カイル達『こっちの世界組』もそんなこと言ってたな。

 ……はぁ、俺の演技もまだまだって事か。………結構自信あったんだけどなぁ~。

 「あたかも相手と互角の勝負をしているかように見せるにはそこには大きな力の差がなければ不可能。そしてさらに相手の力量を正確に見抜き、相手の攻撃を服だけに当てるようにするのも普通の人間では難しい」

 ………そうなの?俺はなんとなくやってるだけなんだけど。

ここでマッチョが膝をバチンッと叩いて立ち上がった。

 「そう言うわけだ!だからお前らにはうちの部に入ってもらいたい!!」

 あぁ……やっと理解できた。ここであの場面に戻るわけね。

俺はマッチョの言葉にしっかりと頷き、更には楓、晃、あすか、カイル、リリアと順に顔を合わせてからゆっくりと答えた。


 「お断りします」

と。


 「「なっ!」」

声を出したのはマッチョとロンゲだけ。メガネは僅かに眉をしかめただけだ。………多分な。俺の見間違いじゃなかったら。

 「い、今までの流れは部に入ってくれる雰囲気じゃなかったかい?部の活動内容を訊いたり、ニヤリと笑ったりとか…」

 「聴いた事がない言葉の意味を尋ねただけですよ」

 もしかしたらそんな空気だったのかもしれないけど、俺にそんなつもりは毛頭ないからね。面白そうだとは思ったけどさ。

 「ど、どうしてなんだい?生徒会ほどではないけれど、うちの部だって所属していればそれなりの箔がつくんだよ?」

 「あんまそうゆうのは興味ないです。むしろいらないです。断る理由はめんどくさいからです」

 箔とかそんなんあったら目立っちゃうし。それに金が無いからアルバイトかなんかしなきゃだしな。部活なんてやってる暇は無い。


 「私も今回の話は辞退させていただきます。申し訳ありません」

楓がペコリ。

 「ボクもいいです。申し訳ありません」

晃がペコリ。

 「わたしもおんなじです。もうしわけありませんっ」

あすかがペコリッ。

 「ショウが入んねぇならオレもやめとくわ。えっと、もーしわけアリマセン」

カイルがペコ。

 「私もショ………皆が入らぬのなら今回は遠慮させて頂く。申し訳ない」

リリアがペコリ。

 うむ、満場一致だな。

 「そんじゃそういうことで。失礼しました~」

と、出て行こうとすると後ろから『た、頼むからちょっと待ってくれ!!』とかなり切迫したロンゲの声が聞こえた。んだようるせーなー。

 「き、君達お金に困っているんだろう?魔術執行部に入ればお金稼げるよ!」




――――――ピクッ。




 「あっそうなんですか。まったく、先輩達も人が悪いなぁ、最初からそう言ってくれればよかったのにもぉ~。ほらお前ら、しっかりと先輩達のほうを向きなさい。話をしてくれようとしている人に背を向けてるなんて行儀悪いぞ。……なんだお前らその目は。良いからほら。あ、あそこに置いてある椅子使ってもいいですか?ありがとうございます。………よし。はい、じゃあその辺の詳しいお話をどうぞ。内容によっては入部するのも(やぶさ)かじゃありませんから」

 「……あ、はい。じゃあ……お話させていただきます…」

 「やだなぁ~副部長、いきなり俺なんかに対して敬語なんか使っちゃって。先輩なんですからそんなさっきみたいな話し方でいいですって!」

 「わ、わかったよ。それで、お金の稼ぎ方なんだけど…」

 うんうん!なになに?

 「魔術執行部は時々国から魔物の退治や雑用なんかを依頼される時があるんだ。執行部には強い生徒が集まるからね、将来国お抱えの兵士なんかになった時の為の実戦訓練も兼ねてさ。そういった依頼をこなせば国から褒美として部費に少なくない額が加算されるんだ」


 ……………萎えた。


 「部費なら俺達個人には意味ないじゃないですか」

 「いや、別にそんなことはないよ。うちの部では個人が必要だと思えば基本的に自由に部費を使う事が出来ることになっているんだ。要するに貰った部費を現金で引き出してそれをみんなで山分け、みたいな事も可能なんだよ」


 ――――――え?


 マジか!マジでか!!マジでなのか!!!

 「ただ今見てもらっているとおり、恥ずかしながらうちにはとある理由で僕達三人しか部員が居ないんだ。そうなると国からも信用が薄いから中々依頼を受けられなくてね。お陰で全然…「入りましょう!!」……え?」

 「俺……魔術執行部に入ります!!そして、お金をいっぱ…………国からの信用を取り戻します!!!」

 これでわざわざ仕事を探さなくても済むぞ!それになんか今の俺は強いらしいし。まさに渡りに船だ!!メンタンピンドラドラドラドラくらいだ!!


俺の突然の気合の入りように先輩方はポカンとしている。メガネのほうは多分だけど。

そしてロンゲよりもはやくマッチョが復帰。

 「よしよし、そいつは良かったぜ!このままだと本気でやばかったからな。とりあえずその返事が聞けりゃ今は充分だ。他のことは大会が終わってからでいい。今日はもう帰っていいぞ。他の奴らも帰ってくれて構わないからもう一度入部の件、考えてみてくれ」

 「そうですか。んじゃ、失礼します!」

そうマッチョに返して意気揚揚と立ち上がったところで、少し疑問が湧く。

 「そういや、なんで俺達が金に困ってるって知ってるんですか?」

そしてメガネが口を開く。

 「元々貴方達はフラー=デラクール教員から入部の推薦があった。その際に、『もし断られたならばお金の話を持ち出せ』とも言われた。フラー=デラクール教員は魔術執行部の顧問だから」

 ……魔術執行部なんて偉そうな部の顧問をしてるなんて、デラクール女史はもしかして結構優秀な教師なんだろうか。高位属性魔術も使えるし。

とりあえず『ふーん』とひとしきり納得すると、今度こそ俺達は部室から出た。





そしてやる事もないしそのままみんなで寮の食堂へ。今居るのは女子寮だ。まあ女子寮と言ってもこの時間だと結構チラホラ男子生徒も見かけるので俺とカイルも窮屈な思いをしなくて済んでいる。

途中あすか達がリクトの部屋にも寄ったらしいが不在だった為に今はあいつ抜きだ。


取り合えず俺はメニューからまだ飲んだ事のないお茶を注文する。どうやらメニューは男子寮のと変わらないらしい。

 「しっかしよ、本当にお前入部すんのか?めんどうなんじゃねぇの?」

カイルは注文した品が運ばれてくるまで待てないのか、セルフの水を矢次に飲んではコップに注ぎつつそう言った。

 「いいんだよ。元々どっかで働くつもりだったんだし、校内で金が稼げるんだったら言う事ないからさ。お前らはどうすんの?」

 「お前が入んならオレも入る」

 「何だお前、俺の事が大好きなのか?」

 「ああ。お前になら捧げてもいいと思ってるぜ」

 ヤメロ!!軽い冗談に重い冗談で返すな!!捧げるとか言うな!!ほぅら、女性陣から冷ややかな目で見られてるじゃないか!!

『カカカ』と笑うカイルはほうっておくことにして、俺は軽く咳払いをして空気を正そうと努める。

 「んで、キミタチは?………いや、やっぱ質問ヤメ。お前らも入れ。決定!!」

 こうなりゃみんな道づれだ!

 「まぁボクはいいけどさ」

 「私も翔さんがそういうなら入部しましょう」

 「わたしもっ!」

やっぱりこの三人もすぐに働き口が見つかったことが嬉しいのか、ちょっと嬉しそうにしている。今俺達の気持ちは一つになっているはずだ。

 「別に私は金に困っているわけでもなし、入部しなければならない理由もないのだがな」

 「そっか、リリアは入らないのか。………じゃあ残念だけど諦めよう」

 「ま、待て。入らないとは言ってないだろう」

 「でも別に無理しなくても良いんじゃないか?なぁあすか」

 「うんうん。ホントにね。………ホントのホントに」

 「入る!入るぞ!!」

 ったく、なんなんだよめんどくさいやつだな。だったら一々変な事言わないで最初から素直に言っとけばいいのに。

 ……うん?三人が少し不機嫌そうな顔だ。

だがそれも一瞬の事、すぐに元に戻って晃が切り出した。

 「でもさ…エリカだけ仲間はずれみたいになっちゃうね。ボク達と一緒に魔術執行部に入れないんでしょ?」

 「それが貴族の宿命って奴だ。色んなところで恩恵を受けてる代わりに色んなところで拘束されるもんなんだよ。オレ達平民とは違ってな」

 そういうもんなのか。自分の好きなことも出来ないなんて、貴族ってのも楽じゃないんだな。


何時の間にか運ばれてきていたどどめ色の液体を煽りつつそんなことを考えた俺だった。そしてそんなことを考えていたからか自分が猫舌なのも忘れていて、あまりの熱さに叫び声を上げてしまった。因みに味はセイロンティーっぽかった。どどめ色なのに。



――――そしてこの日、結局リクトと会う事はなかった。



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