いよいよようやくやっとのことで
『たまには別視点もいいんじゃないかな ~楓~』
あっ
という間に時は過ぎ、今日は(一部の人が)待ちに待ったクラス分け試験日です。通称『大会』も呼ばれているみたいですね。
一部の部活動や委員会、係に任命されている人以外の2~3年生は今日は学校がお休みという事で、それをデラクール先生から聴いた翔さんがとても羨ましそうにしていました。
さて、今日は朝から各教室で先生から大会についての話がありました。とは言ってもルールやいくつかの注意事項、それに『試験は三日間続く』と言う事を話されただけですけど。そして2~3年生はその三日間ずっと休みと聴いて、翔さんはやっぱり羨ましそうにしていました。
出場者は全部で8ブロックに分けられ、その予選を勝ち抜いた人が本選に出場します。男女でブロックが分けられる事もなく、ランダムで試合相手が決まるわけでもなく、ある一定の法則で組み合わせが決まるそうです。
初日に予選をある程度終わらせ、二日目は終わらなかった予選の残りと休息、最終日に残った8人で本選がおこなわれます。休息と言っても登校はしなくてはいけません。翔さんは嘆いていました。
人数が多いので予選は『第三校舎裏』や『第二訓練場片隅』など様々な所で行われ、本選は惜しくも負けてしまった一年生や、観戦を希望する2~3年生の前で行われます。たしか場所は……『闘技場』という場所でした。そんな建物が学校にあるなんて驚きですね。
次は……ルールと注意事項の話ですか。
基本的には何でもありなんだそうです。魔術で攻撃してもいいし殴ったり蹴ったりも可です。武器を予め持ち込む事は出来ませんが、戦闘中に自分で作ったものならば使用可能です。勝敗は相手を気絶させるか、負けを認めさせれば決まります。本選は激しい戦いが予想されるので格試合に審判がつき、場合によっては審判によるメディカルストップがあります。それと、リングアウトでの負けもあります。
そして、一口に『なんでもあり』といっても相手を死に至らしめるような攻撃をした場合、問答無用で敗北になるそうです。ですが私達が今着ている制服には最低限の対魔術処置が施されているので、新入生の魔術ぐらいではめったな事では死ぬことはらしいです。可能性があるとすれば『相手の首を絞める』など、物理的な要因が殆どです。
『確率が低いにしても、自分が死ぬかもしれない戦いなんてしたくない』と言う人はさっさと棄権すればいいわけです。そのかわりSクラスにはなれませんが。
え~~……以上!デラクール先生の話が終わった後の教室から、秋月楓がお送りしました!!
「なあ楓、さっきからお前なにブツブツ言ってんの?」
「いえいえ、気にしないで下さい」
今のは必要不可欠な事だったのです。
「そういやさぁ、お前らもう願い事決めたか?オレなんも思いつかねぇんだけどよ」
「うーん……ってかどんな事ならお願いしてもいいのかがわかんないんだよなぁ」
ふふ……お願いのことですか。
その話が出たことに私と晃さん、それにあすかさんが互いを見合って笑った。
「実はねぇ、わたし達がいい考えを思いついたんだよ!」
「いい考え?」
「うん。三人で訓練してる時にボク達も願い事をどうしよっかって考えたんだよ。ふっふっふ…教えて欲しい?」
「めんどくさい奴だな……早く教えてよ」
「あのですね、『私達を同じクラスにして欲しい』ってお願いするんですよ!」
…………『よくわからない』という顔をしてますね。
「そうすればエリカさんやリリアさんを含め、私達の誰かが優勝すればみんな同じクラスになれるでしょう?」
「……あーなるほどなー」
「アキヅキ、お前頭いいな」
「カイル君!わたし達だってちゃんと考えたんだからね!」
「じゃあ思いついたのは誰なんだよ」
「………楓ちゃんだけど」
あ、エリカさんとリリアさんも来ましたね。金色の髪と銀色の髪の二人がそろって歩いていると中々に壮観です。
因みにリリアさんには寮に戻った後尋問………ゲフンゲフン、色々と質問をしてしっかりと脅迫………ゲフンゲフン、念を押しておいたから大丈夫です。今ではすっかり仲良しさんです。
取り合えず来たばかりのエリカさんとリリアさんにも願い事についてお話すると、お二人とも快く了承してくれた。正直な話、エリカさんだけは他のお願いがあるのかも、と思いもしたけれどどうやらないみたいですね。もしくはそちらよりも私達のお願いを優先させてくれたとか。そうであれば、エリカさんも私達を友達と認めてくれたと考えてもいいのでしょうか。
しばらくの間7人で話していると廊下がザワザワと少し騒がしくなり、何かと思ったら組み合わせ表が張り出されていると言うような意味の会話が廊下から聞こえて来ていた。例えば安堵の声とか叫び声とか。
「おっマジか。俺も見にいこッと」
「待てよショウ!オレも行くから!」
先に出て行った男の子二人を追って私達も廊下に出ることにする。
「カイル=ドラゴニス…カイル=ドラゴニス……あった!!第ニ区だってよ」
「俺は…第一か。……うげ!ってことは勝ち上がったらカイルとってことじゃん。しかも初戦だし…」
「ワタクシは第七区ですわね」
「ボクは第五かぁ」
「私は…ふむ、四か」
「私は…第八区です。エリカさんと勝負する事になるかもしれないわけですね」
「わたしのみつからないよぉ~」
「なんでだよ!ほら、あすかのはあそこ!」
「あ…6」
みんなバラバラ………なんとも、偶然と言うものはすごいですね。
「すっげ、見事に分かれたなぁ」
「ダメだよ翔ちゃん、とぼけちゃぁ…」
「あん?何がよ」
「……翔、いくらボク達と戦いたくないからって先生を脅迫しちゃダメだよ」
「…はい?」
「オレもショウの『予選なんかで強い奴と当たりたくない』って気持ちはわかるぜ。けどこういうのは運に任せるべきなんじゃねぇのか?」
「お、おい。ちょっと待て」
「ワタクシも一人の人間として、貴方の行為はどうかと思いますわ…」
「お前ら何勘違いしてんだよ。俺は何もやってないぞ」
「何を馬鹿な事を……ショウが教師を脅した以外に私達がバラバラになれる理由がなかろう」
「な…!……それはほら……あれだよあれ!ある一定の法則がどうのこうのって言ってただろ?多分その法則ってのは魔力量とかなんだよ!」
「………ふふ」
今のは誰がもらした笑い声でしょうか。今となっては誰でも構いませんけど。その声が聞こえた瞬間に翔さんと私以外の人全員が笑い始めましたから。
「ハッハッハ、なんだよ翔、お前今めっちゃ焦ってたろ。ククク、面白かったぜ!」
「フフ、快感ですわ。コレまでワタクシに無礼な行為をし続けた報いですわよ」
「そうか、ショウはあのような顔もするのか。新発見だな」
「やったよ晃ちゃん!久しぶりに翔ちゃんに一泡吹かせたよ!」
「うん!あすかが話を振ってくれたおかげだよ」
みんなが笑い始めてからポカンとしていた翔さんはやっと自分が嵌められていたことに気付いたようです。
「……なぁ~んだぁ。僕はからかわれていたのかぁ、ハハハ気付かなかったよ」
その表情はとてもにこやかでした。しかし、目が全然笑っていませんでした。
皆さんは楽しそうに笑っています。翔さんも笑っています。傍からみたらとても和やかな雰囲気に見える事でしょう。しかし少なくとも翔さんの中ではその実態は全くの別物なのです。
………恐らく翔さんは今高速で復讐の手段を考えているはずです。あすかさん達は一時のテンションに身を任せてしまった為に翔さんの陰湿な復讐に見舞われるでしょう。可哀想に。
しかしっ!!私はお利巧さんなので先程のやり取りの時も黙っていました。翔さんに攻撃しませんでした。
つまり私だけは救われるのですっ!!
「あ、楓もあいつらを止めなかったから同罪な」
………………え?
『たまには別視点もいいんじゃないかな ~晃~』
「はぁ…何やってるんだろうボクは…」
「晃さんは自業自得ですよ。それよりもどうして私まで翔さんの餌食にならなければいけないんですか……とばっちりじゃないですか!」
「そこはほら、ボク達は一蓮托生の仲だからさ、苦しみも悲しみも共有してこその友達じゃない?」
「納得いきません…」
翔をからかった後ボク達は、少なくともボクとあすかは自分がしでかしたことへの後悔の念を抱きながらも、『勝ってまたここで会お☆』なーんてやけくそ気味に元気にみんなと別れた。ボクの試合会場は偶然にも横でうなだれている女の子と同じ、すっかりおなじみの第二訓練場だったので一緒に向かっている。
こんな緊張感のない会話をしながらも、ボクの心臓はドクンドクンと大きく鼓動していた。
――――――生まれて初めてのこと。それも確実にどちらかが、もしくは両方とも怪我を負う戦い。喧嘩なんかじゃなくて、本当の戦い。
ボクは取り合えず思考回路の大半を占めている『翔からの仕返し』という言葉をよっこらせと頭の片隅へと追いやり、顔を軽くパチパチと叩いて気合を入れる。チラッと横を見ると楓もスイッチが入っているみたい。
『絶対に勝つぞ!!』と再度自分に言い聞かせ、自分が華麗に勝利する姿を夢想する。イメージトレーニングも重要だと思うから。
ボク達は顔を見合わせて頷きあい、ゆっくりと訓練場内へと足を踏み入れた。次に会う時はお互いがお互いの勝利を喜ぶ時だ。
ボクの対戦相手は………あの男の子か。
見た目だけなら図書館にいつもいそうで大人しい様子を感じる。カイルみたいに身長が高いわけでも翔のようにわけのわからない雰囲気を纏ってもいない。
でも、油断は禁物。もしかしたらこの男子生徒もあすかのようなタイプかもしれない。
あすかもあんなホニャッとした顔の割には訓練の時はボクや楓と同じ位の強さだった。自分自身が強いとは言わないけれど、翔に黙ってこっそりエリカに訓練を見てもらった時に『三人とも10年に一人の逸材ですわ』と言って貰えたのをしっかりと覚えてる。更にエリカは知らないだろうけどボク達は高位属性が使えるから、普通の新入生よりは上のつもりだ。
翔には『あまり全力でやるな』っていわれているけど、大事な初戦だけは少し本気でやろうと思う。………負けちゃったら元も子もない。
男子生徒に歩み寄り、『お互いいい試合をしよう』とでも話し掛け、いざ、戦いを始めよう。
―――――――――と思ったんだけど。
「まさか棄権してくるとはね。そりゃ中には居るだろうとも思ってたけどさぁ、初戦で棄権ってどうなんだろーね」
「多分理解しているんでしょう。自分は戦いの出来る魔術師ではないと」
「なーんか無駄に気合を入れたボクが馬鹿みたいだなぁ」
「そうですか?私は余計に相手を傷つける事が無くてよかったと思ってます」
楓も対戦相手が棄権した。そのお陰で時間も掛からずにボク達はこうして歩いてさっき別れた場所に帰っている最中だ。というかもう着いた。
「まだ誰も戻ってきてないみたいですね」
「そりゃそうでしょ。ボク達は相手が棄権だった上に一番ここから近かったんだから」
「じゃああのベンチにでも座って待ってましょうか。多分皆さんすぐに戻って来ると思いますし」
「そうだね、そうしよう」
一緒に同じベンチに座って軽く息をつく。ココから第二訓練場までを往復しただけだったのでまったく疲れていない。
「………今更だけどさ」
ボクがそう呟くと楓は顔をこちらに向けた。
「まさか女の子として楓やあすかと一緒に学校に通えるとは思わなかったよ」
「そうですね、私もこうして【北条さん】じゃなくて【晃さん】って呼べて嬉しいです。困った事もありますけど」
「何かな?それって」
「……言わなくても解るでしょう?」
微笑んでいる楓の言葉に、ボクも薄く笑って空を見る。
楓が言っている事はよくわかる。翔のこと。
「晃さんは……あのまま男性として卒業していたとしたら、その後はどうしたんですか?」
「………」
ボクは言葉に詰まった。
楓からの質問―――――それは、ボクも何回も何回も考えたことだからだ。
女として産まれ、女として成長し、女の心を持って、男として生きる。なんとも歪だ。歪すぎて笑えてくる。
家の都合、親の都合、そんなものうんざりだったけどこうするしかなかった。ボクには『逃げる』という選択肢を選ぶ勇気なんて無かったから。
……………でも、親や家族が居る分、そしてどんなに育て方がおかしくても自分を心配してくれる身内が居る分、ボクは翔よりも恵まれてるんだよね。
「………そうだね。もしかしたら元の世界でもバラしちゃってたかもしれないな。………翔の事が、好きだから」
「……そういうと思いました」
楓がクスッと笑う。相変わらず同性から見ても綺麗な笑顔だ。憎たらしいほど。
「いふぁいれす、いふぁいれす!!!」
「ハッ!ボクは一体何を?」
気付いたら楓のほっぺたをギュムーと引っ張ってた。まさか……これが噂のエイリアンハンド!?
「何馬鹿な事をいってるんですか!!」
「アダッ!!」
デコピンされた。しかも異常に痛い。だって音が『バコッ』だったもん。
――――おや?あのこっちに向かってくる二人の金色は……。
「エリカにカイル、お帰り。二人とも勝った?」
「ああ。相手がオレの道場のことを知っていたみたいでな、オレの顔を見るなりビビってどっか行っちまったんだ。お陰で不戦勝だ」
「ワタクシも、相手がワタクシの名に慄いて棄権しましたわ」
ネームバリューって便利だなぁ。
「勝ったにしてはお二人とも渋い表情をしていますけど、どうしたんですか?」
あ、ほんとだ。
「いやさぁ、なんか知らねぇけどお前らと別れてからなにか寒気を催すような視線を感じるんだよ。それもなんか異様にネットリしてるような……時々ケツの辺りにもにも妙な視線がくるんだよなぁ。あ、あとやたらゴツイ奴にくっ付かれそうになった」
「ワタクシも貴方達から別れてからと言うもの、ここから試合の場所まで往復するだけの僅かな時間で3人もの女生徒から告白されましたわ。『お姉さまと呼ばせてください』だの『私の妹にしてあげるわ』だの…ホント、しつこいったらありませんでしたわ!!」
………………………。
「………翔だね」
「………翔さんですね」
一体どうやってこの短い間にそんな噂を流したんだろう。
――――――そしてボク達はどうなるんだろう。
多分エリカ達はビギナーだからまだ軽く済んでると思う。この程度の仕返しはボク達はとうの昔に味わってるから。
どうやら楓も似たような事を考えているみたいでげんなりしていた。
…………あ、リリア。
「あぁ……みんなもう戻っていたのか。早いな」
「そういう貴女も時間的には殆どワタクシ達と変わりありませんわよ。ワタクシも先程戻ってきたばかりですから」
そういやリリアは結構遠い所だったっけ。どこだったか忘れちゃったけど。
「リリアはちゃんと戦ったのか?」
そういや翔だけじゃなくてカイルも『リリア』って名前を呼んでる。
………なんだ、この前の尋問で『家名で呼ばれるのが嫌い』って言ってたのは嘘じゃなかったんだ。………いやでもそれはボクにこう思わせるためのカモフラージュかも……考えすぎかな。
「ああ。戦うには戦ったのだが…」
「どうなさったんですの?」
「試合が始まるなり相手の男子生徒が『……君が噂の?た、頼む!!僕を蹴ってくれ!!』と言ってきてな……気持ちが悪くて触りたくも無かったから死なない程度に『風』でズタズタにしてやったのだが……なんというか、恍惚としていた。帰り道でも何度か同じような事があってな、それで人があまり居ないようなところを通って戻って来たところだ」
「どうしよう楓………ボク泣きそうなんだけど」
「ダメです。晃さんだけ泣くなんて許しません」
そっか。やっぱりダメか。
「あらアスカ、お帰りなさい。……どうやら勝った様ですわね」
「うん!快勝だよぉ!」
いつのまにかあすかも帰って来たんだ。でもエリカ・カイル・リリアと違ってニコニコしてるからまだ何にもされてないのかな。
「なんかねぇ、いきなり『……君が噂の?お、俺がこの戦いに勝ったら恋人になってください!!』っていわれたから、『うん、それ無理♪』って言ってからボコボコにしたよ!!途中何度もそんなことがあったけど、全部ボコボコにした!!」
……………………。
「お……おぉ、そうか。お前もなかなかやるな」
「え、ええ。人は見かけによらないものですわね…」
「私はアスカの口から『ボコボコにした』なんて言葉が出てくるとは思わなかったが…」
「それで、翔ちゃんは?」
「まだですわね」
「なにやってんだあいつは。道にでも迷ったのかぁ?」
「それは……どうだろ。ここ最近ずっと色んな所を徘徊してたみたいだから。……あ、でも翔ちゃんなら……」
その気持ち良くわかるよ。翔は一年間通い続けてるはずの『前の世界』の校舎内でもよく道に迷ってたからね。なんで購買に行こうとして科学準備室に行っちゃうのさ。
「とりあえず探しに行きましょうか。もしかしたら歩いているうちに会えるかもしれませんし」
「だがショウがどこで試合なのかわかるのか?」
「オレはアイツんとこもチラッとみたから覚えてるぜ。確か第二裏門前だ」
第二裏門、か。結構遠い。歩いて数分くらいかな。
そんなわけでボク達は中々帰ってこない翔を探して歩き始めた。途中すれ違いにならないようにキョロキョロしながら。
…………同姓のはずの女子から変な視線を浴びながら。






