Felis silvestris sapiensくらいのノリ
あれから2日経った。
今日はみんな大好きヘリオスの曜日。つまり日曜日。学校や仕事などの柵から解放され、次なる週に向けて心身ともに休息を取る曜日。
………の、はずなんだけど。
今の俺達にそんなものは無く休日返上でエッチラホッチラと魔術の訓練の真っ最中である。ま、俺はやってないけどさ、ここ最近ずっと。
俺はあの猫との衝撃的な出会いを遂げた翌日(つまり昨日)、あの人工自然空間(なんだこの言葉)に入り浸っていた。もちろん猫と共に。
特になにかやるわけじゃなくてただ俺が一方的に話し掛けたり、水を飲んでいる姿を愛でたり、パクってきた無糖クッキーみたいなのを食べている姿を愛でたり、一緒に昼寝をしたり、猫の首の後ろを持ってブラブラさせてジタバタしているのを眺めたり、お菓子をあげると見せかけて土を食べさせたり、落とし穴に落としたり、猫が眠っている間にこっそり高い木のてっぺんに移動させて起きた時のアタフタを眺めたり、だ。
そして今日もまたそのつもりで俺が何処に行っているのか訝しむ金二人黒二人茶一人の目を掻い潜ってこの校舎裏のベンチまで来たんだけれど。
――――何か、猫の様子がおかしい。
いや別に悪い意味じゃないよ?ちゃんと元気そうに動いてるから病気とかじゃない。なんかしらんけど俺のズボンの裾に噛み付いて引っ張ってくるのだよ。まるで『早く行こう』と急き立てるかのように。ま、可愛いんだけどさ。
そんな愛くるし過ぎる猫の行動に抗う理由も気持ちも無い為、俺は引っ張られるがままである。林に入ったところで噛むのをやめて走り出しちゃったから結局はいつものように魔術でちょっとだけ浮き、Nap Of the Earthでついていく。
そして着いたのはいつもの所。しかし今回は木で作られた椅子の上には乗らずに、下が草ではなく土になっているところで走るのをやめるとこちらを向いてお座りした。
「なんだ?なんか早く来なきゃいけない事でもあったのか?」
―――フルフル。
ないのかよ。じゃあなんでだ?
心の中で突っ込みを入れつつも疑問を呈すると、猫がいきなり爪で地面をカリカリと引っ掻き始めた。そういやこの猫が何かを引っ掻くの初めて見たな。
…………ん?コレは……文字?
「え、お前字も書けんの!?」
俺が質問すると猫は律儀にも引っ掻くのを止めてからこちらを振り返って頷き、再びカリカリしだした。
もうこの世界じゃ何でもありだな。食人草とか居たとしても驚かないぞ。……ビビリはするだろうけど。
「なになに?えっと………お……ど……ろ……か……な……い……で……く……れ」
………はぁ?
「なんだ、何か俺が驚くかもしれない事をやるの?」
―――ニャー。
「オッケーオッケー、約束するよ。絶対に俺はお前が何をしても冷静に受け止めよう。さっきそう決めたばっかりだ」
猫は(恐らく)不思議そうに首を傾げたが、(恐らく)思い直したように(恐らく)キッと俺を見つめ、(恐らく)気合を溜め始める。
――――――――――――――そして俺はファンタジーを目の当たりにした。いや、もうとっくの昔にしてるけどさ。
猫は目をつぶると、地面にピトッと綺麗につけていた両手を上げて万歳し、『ウニャッ!!』という掛け声とともに地面に叩きつけた。多分本人(本猫?)は気合を入れてやったんだろうが、残念ながら肉球のせいで『ポフッ』っていう音だったので今ひとつ臨場感に欠けていた。
すると足元に、猫を中心として直径1mほどの白い魔法陣が展開、その円周から何筋かのキラキラとした光が現れてゆっくりと回転しながら上へ上へと上がっていく。。同時に猫もぼんやりと光りだし、猫が真っ白になるやいなや、その光のシルエットは形を変え、大きくなり、なじみ深い形になっていく。
――――――――それは紛れも無く、ヒト。人間の形。
変形が止まると今度は光が足元から薄れてきた。そして徐々にその姿が露になっていく。
――――そこに現れたのは、ここ数日間で見慣れたこの学校の制服を身にまとった俺と同じ位の身長の、美少女だった。
傍から見たら俺は冷静に目の前の光景を受け止めているように見えているのかもしれない。
しかし内実その正反対だった。ただただ呆然自失としているだけ。
「………まずは謝罪を。どんな理由があったにせよ、これまでずっと獣の姿でいて済まなかった」
力強い意思の篭った目をキリッさせた女生徒が俺に向かってそう言う。長い綺麗な灰銀色の髪を後ろで束ねた頭が深々と下げられる。頭の片隅に僅かに残っている冷静な俺が、この少女は真面目な性格なんだろうと評していた。
「私の名前はリリア、【リリア=グラウカッツェ】。見ての通り………獣人だ」
―――――――――――ジュウジンだ、と言われても。
いやさ、いくら『もう驚かないぞ』って思ってたにしてもコレはちょっと………ショッキングだ。あのアレ………言葉がうまく出てこない。
「あーー………ジュウジン?」
「…ああ」
「なんつーかそのー……かっこいいな」
「……は?」
イカンイカン!何を言ってるんだ俺は!!違うだろ!!ここはもっとこう……『うへええぇぇ!!?』とか『どっひゃあぁぁぁ!!』とかって叫ぶところだろ!!
でも、なんかタイミング外しちゃったなぁ……。
「ゴメン、気にしないで。その……【リリア=グラウカッツェ】さんだっけ?」
「そうだが…別にわざわざ敬称をつけなくても構わない。その……リ、リリアと呼んでくれてもいい。家名で呼ばれるのは少し……な」
………なんなんだよこの世界の住人(住猫?)はさぁ。みんな家名で呼ばれるのが嫌だって言ってないか?神の悪戯?
でも初対面の女の子を名前で呼ぶのはちょっと……あいや、でもコイツは猫なんだし、名前で呼ぶのも抵抗無い、のか?
いやいや、でも目の前に居るのは暦とした人間の女の子だしなぁ……見た感じ。
「えっとさ…グラウカッツェとやら、俺は…」
「リリアと呼んでくれ」
「いやでも俺的にはグラウカッ…」
「リリア」
「グラ…」
「リリア」
「……………リリア」
初めてのパターンだ。まさか呼び方くらいでコレほどまでにプレッシャーを受けなければならないとは。
俺は内心げんなりしているけど目の前のグ……リリアは地味に嬉しそうにしている。押し隠そうとしているのかもしれないけど全然隠れてない。
「……俺は【翔 玄野】と言います。よろしくおねがいします」
「む、どうして急に敬語に……まあいい、こちらこそ宜しくお願いする」
あーこの子やっぱり絶対に真面目だわ。
とまあ俺達は一応初対面が行う事を終わらせたわけなのだが、いかんせんこんな『今までただの猫だと思っていた相手が実は「ジュウジン」とか言う謎の種族だった』等という状況になるとは夢にも思わなかったために、俺は何をして良いのか判らずただ突っ立ってるだけだし、目の前の女の子は女の子でなにやらそわそわと落ち着きが無い。どうやらこちらから声をかけなきゃ俺達はこのままみたいだ。
「あの、さ。取り合えず座ろうか」
「あ、ああ。そうだな。ま、まずは座らなければ何も始まらないな」
……どゆこと?
いや、多分テンパッてるだけで意味なんて無いだろう。
俺達は椅子に座る。もちろんリリアは俺の足の上…………なわけない。
「えっと、リリアはその……ジュウジンってやつだっけ?」
「……獣人を知らないのか?」
そんなキョトンとした目で見られても困る。俺の世界にはそんなん居なかったからね。
「うん。悪いけど俺はちょっと常識に欠けてるところがあるんだ。もうしわけないんだけど教えてくれない?」
そう質問した俺にリリアは不思議そうな顔をしつつも肯定の意を返してくれてから話し始めた。
……しかし、その表情にどこか陰があるように見えるのは気のせいだろうか。
「獣人というのは私のようにケモノとヒト、二つの姿を持っている種族のことだ。猫以外にも犬や鳥など多くの種類が居る。その総数は人間に遠く及ばないが」
『へぇ~』と適当な相槌を打つ。
「普通の人間と違うのは獣になれることぐらい、他の部分はあまり変わらない。人間と同じように魔術を使う者も居れば使えないものも居るし、里に戻ってケモノのまま生活する者や人里でヒトとして生活する者、みなそれぞれだ」
ってことは『獣人』って珍しい存在でもないのか。
「やっぱり今この学校にも獣人はいたりするの?」
「ああ。他種族はわからないが猫族に関して言えば何人かはいるな。もっともそれを知っているのは極少数だが」
「ん、どうゆうこと?」
「自分から『私は獣人だ』と公言するような者は居ないからだ」
「俺の目の前にいるじゃん」
「う……わ、私の場合はしっかりとした理由があるからだ!」
むぅ、その理由とやらも気になるけどその前に…。
「なんで黙ってなきゃいけないわけ?俺ならむしろ『俺は猫だ!!』って言っちゃう気がするんだけど」
「は?…本気か?」
「え?だってジュウジンとかカッコよくない?さっきも言ったけど」
いや、だからそんな変な奴を見るような目で見るなって。……溜息もつくな!
「まったく……世の中がみなショウのようなやつであればよかったのだがな」
その言葉の意味が理解できん。それにもしそれが実現したとしたら気持ち悪すぎるだろう。ってかいきなりショウ呼ばわりか。全然いいけどさ。
「獣人というのはショウが考えているようなものではない。知られれば確実に……と言うわけではないが高い確率で差別がある。だからこそ隠すのだ」
……ふーん、なーるほどね。やっぱ何処の世界にも差別はあるわけだ。やだねぇー。
「あ、もしかして俺の前に人間の姿で出てこなかったのってそれが理由?だったら問題ないぞ、俺はむしろそれは凄いことだと思ってるから」
「あ、いやそう言うわけじゃない。その……ショウの言葉は……嬉しいのだが」
リリアは俺の言葉を聞き、下を向いて少しモジモジしている。多分俺が思うに、俺の寛容さに感動してるんだろうな。フフ…。
「その……恥ずかしい話だが、私は今まで人間の姿になる事が出来なかったんだ」
「え?そーゆーのって生まれつき出来る物じゃないの?会得しなきゃいけないわけ?」
「そうだ。……詳しい話をすると少々長くなるんだが……聴いてくれるか?」
別にやることも無いし、他人の話を聴くのが嫌いなわけでもないので素直に頷くとリリアは『そ、そうか!』と少し声を大きくして言った。多分俺の人柄に感動しているんだろう。フフフ……。
「獣人は生まれつき自分の姿を変える魔術が使えるわけじゃないんだ。母親が自分を生む時にどちらの姿をしているかで子供の最初の姿が決まる。私の場合はそれが猫の姿だったんだ。たいていの場合、ケモノの姿で産む場合のほうが多いがな」
ふーん。そんな決まりがあるのか。
「なぁなぁ、さっき魔術がつかえない獣人もいるって言ってただろ?ってことは姿を変える魔術も出来ないんじゃないの?」
「いや、それだけは全ての獣人が出来る。出来ないのはこの学校に入学する為に必要な魔術のことだ」
それは……どうゆう仕組みだ?
……ま、考えても解るわけないか。
『続きをどうぞ』と促してから聞く作業に戻る。
「子供は生まれた時の姿のまま成長し、個人差はあるが大体歳が10を数えた辺りで姿を変える事を学ぶ。その間親は自分の子供と逆の姿で子供を育てる」
「同じ姿のほうが色々と便利じゃね?何でわざわざ逆の姿?」
「いや、そうする事が子供にとって必要な事なのだ。魔術とは想像するもの、つまり幼い頃から自分とは逆の姿をした親と触れ合っていれば、『ヒト』や『ケモノ』と言う生き物がどのようなものかを想像しやすくなるからだ」
あぁーーそういうことか。なるほどなるほど。獣の姿で産む方が多いってのも、両親の今後の生活が人間の姿で居られるからかぁ。
などと納得している俺であるが、ふと、そこまでは普通に話していたグ……リリアは急に目を伏せた。
「しかし私はそれが出来なかった。私が小さかった頃……まだヒトの姿になる魔術を覚えていなかった頃、両親が死んでしまった」
………おおぅ、なんともヘビーな話になって来たぞ。
「それゆえに私はこの16年間ずっとケモノの姿のまま生きてきた。一応里長が私を引き取ってくれたにはくれたのだが、里長の家で暮らしていたわけではなく小屋のような家に住んでいた。故に殆ど一人で生きてきたようなものだ。いつまで経ってもヒトになれなかった私には、友と呼べるような間柄の者も居なかったから」
「…………………そっか」
「…………………ああ」
『小さい頃に両親が死んで、それ以来一人で生き、かつ友達がいない』、か。
………なんだかなぁ。どっかの誰かさんと似たような境遇だなぁ。
そう思って空を見上げる。
――――差し込む日光、かすかに感じる風、小鳥のさえずり、草が靡く音、そして遠くから爆発音。
しばらくの間俺達には会話は無く、静かな時が続いた。精々、30秒くらいだけど。
先に口を開いたのは俺だった。別にこの空気に耐えられなくなったからじゃない。疑問が浮かんできただけだ。
「あのさ、じゃあ何で今人間なの?今の話を聞いてる限りじゃ出来るようになる要因が全く無いように思えるんだけど」
「それは………ショウ、お前のお陰だ」
「俺?」
リリアは下を向いて両の手のひらを膝の上でこすり合わせ、たっぷりと間をとってから『ああ』と返事をした。その仕草はまるで、これから話すことを恥ずかしがっているかのようでもあった。
「確かに昨日までは出来なかった。それまでは人間と触れ合うどころか話す事すら殆ど無かったから。だからお前と出会った時も逃げ出してしまったのだ。………べ、別にショウが怖かったわけではないぞ!!ただ……そう、ただ人間に苦手意識を持っていただけだ!!嘘ではない!!!」
「わ、わかった!わかった落ち着け!俺はなんにも言ってないだろ!ほら、続き続き」
なんなんだよもう…。
「す、すまない。少々取り乱した」
リリアは俺に謝罪した後、軽く咳払いをしてから話を続けた。
「で、だ。結局私は捕まって昨日と一昨日、その……ずっとお前と一緒に居ただろう?それで私も人間に慣れ、今朝挑戦してみたところ晴れて姿を変えることができるようになったということだ」
「ふーん、俺のおかげ、ねぇ……」
「ああ、改めて感謝する。本当にありがとう」
「いやいやいや、俺はそんなたいした事してないって。だからわざわざ立ち上がってそんなに深々と頭を下げなくても良いから」
俺は単に訓練をサボりつつ猫と遊んでただけだしなぁ。そんなに畏まられてもちょっと困る。
「いや、しかしショウにとってはたいした事では無くても私にとっては一生に関わる問題だったのだ。もしこの機を逃していたらいつまで経っても私はケモノの姿のままだったかもしれない」
「いいからいいから。ほら、座りなさい」
リリアは渋々俺の隣に座りなおした。さっきよりも位置が俺に近いような気がしないでもないけど、俺の気のせいだろう。ポジティブシンキングも考え物だ。
だがこのまま座っていても微妙な雰囲気なので、とりあえず話題を探して話を振ることにする。
「そういやさっき『16年間ずっと獣』って言ってたっけ。じゃあリリアは今16歳?」
「ああ、この学校の新入生だ。ショウは何歳なんだ?もしや……年上か?いや、年上ですか?」
「いやいや、俺も同じ新入生だから」
「そ、そうか。一瞬今まで敬語を使っていなかった事を申し訳なく思ってしまった」
やっぱり……律儀な奴だ。
「あのさ、今朝までずっと猫だったんだろ?授業とかはどうしてたの?まさか猫のまま受けてたのか?」
俺が質問するとリリアはばつが悪そうな表情をして、俺から目をそらして話した。
「いや、流石にそう言うわけじゃない。今まで授業は……一度も出ていない」
「……え、それはちょっと不味いんじゃないの?」
俺でさえちゃんと出席だけはしていると言うのに。
「ヒトに成れなかったのだから仕方が無いだろう!………それに、私はこの学校に望んで入学したわけではなかったから、留年しようと退学になろうと構わなかったからな」
「あん?どういうことだよ」
「里長が数週間前、突然私の家にやってきて言った。『学校に行けば沢山の人間が居る、だからリリアもいつかヒトに成れる時が来るだろう』と。もっともそんなものは建前で、本音はいつまで経っても人間に成れない私を追い出したかったのだろう。ケモノの姿では働きに出す事も出来ないからな。自分で言うのもなんだが幸い私には姿を変える以外の魔術の才は人並み以上にあるから……入学は都合のいい口実だったのだろう」
…………そうか。
「今でも退学になってもいいと思ってるのか?」
「……いや、こうしてヒトに成れた以上、きちんと学校には通いたいと思う。いまさら里に戻りたくも無いのでな。………その、それに……ショウと……」
「それに、俺と?」
「え、い、いや!!なんでもない、なんでもないぞ!!!」
なんだよもう……よくわかんないやつだな。俺を傷つける言葉じゃなかったらはっきり言えばいいのに。
「まあいいや。じゃあ取り合えず学校に通うつもりなら学校に行こうよ。今まで休んでた事をちゃんと謝ったり、魔力量の計測とかもやんなきゃだからな」
「あ、ああ」
ん?なんか不安そうな顔をしてる。
……………ハハーン、わかった。
「なあリリア、お前俺以外の人間に会うのが怖いんだろ?」
「な、そ、そんな事は無いぞ!何を言っているんだ!」
「……………」
「ほ、本当だぞ?」
「……………」
「う………」
「……………」
「実は……少し」
「だぁぁーーいじょうぶだって!!俺がついてってやるからさ!!」
「何故そのような満面の笑みなのだ………」
そうと決まれば話は早い、この場所におさらばしてさっさと移動しよう。
リリアも飛べるという事なので俺が帰る時のように空を飛んでいく事にする。浮かび上がって木を追い越し、校舎に向かって風を切る。
「あ、途中で俺の友達にも紹介するよ」
「む、そ、そうか」
「リリアが獣人だってことは伏せとくから心配すんなって」
「それはありがたいんだが……ショウの友人という事は、男か?」
あ、そっか。男ばっかりのところに女が入ってくのはキツイだろうしな。ま、問題ないけど。
「ちゃんと女も居るから大丈夫だって。いや、むしろ女のほうが多いな、男2の女4だから」
…………ん?なんだその妙に力が入った目は。
「ほら、あの辺に居るからそろそろ降りるぞ」
「よ、よし、わかった。………最初が肝心だ。最初にしっかりと………」
………なんかブツブツ言ってるし。
少々このリアル猫娘に不穏なものを感じつつ、俺とリリアは第二魔術訓練場の入り口の傍に着陸した。
………相変わらず無駄にでかい建物だ。俺みたいにサボってなきゃこの中に五人とも居るはず。
未だブツブツ言ってるリリアに声をかけ、二人で中に入る。
すると予想通り真面目に訓練に取り組んでいる三人の姿が目に入った。多分どっかに残りの二人も居るんだろうけど取り合えずあの三人だけでいいや。俺は三人の名前を呼びつつ近づいて行く。
すると三人もこちらに気付いたらしく、魔術をとめてこちらに小走りで近づいてきた。
「あ!翔ちゃん今までどこ……に……」
まず一番近くにいたあすか。
あら?俺の予想だと『その人だーれー?』くらいの言葉を言ってくるだろうと思っていたんだけど、なんかち違った。
「……翔……その人……」
「………どなたですか?」
あらら?何で俺睨まれてんの?
「えっとまぁ、紹介しよう。コイツは【リリア=グラウカッツェ】って言って、さっき道端で偶然知り合ったんだ。……まあこいつも転入生みたいなもんだ。年上に見えるかもしれないけど、同い年だから」
リリアはスーハースーハーあと深呼吸をして、
「【リリア=グラウカッツェ】と言う。よろしく頼む」
と、綺麗なお辞儀をした。
「そんでこいつらは右から【あすか 日向】【晃 北条】【楓 秋月】だ。みんな良い奴だから安心していいよ。ほら、お前らも挨拶しなさい」
俺がそう言うと三人ともしっかりリリアに向かって挨拶をする。
しかし何故だ、俺のほうをチラチラと非難するような目で見てくる。年上ぶったのがいけなかったのか。
「あの、リリアさん、でしたよね。お訊きしても宜しいですか?」
「ああ、なんでも聴いてくれ!」
リリアはリリアでなんか無駄に気合入ってるし。
「翔さんとはどうやって知り合ったんですか?」
「それはだな、ショウがいきなり私の事を追いかけて…「偶然知り合ったんだ!!ついさっきそこでタマタマ!!」」
くそっ、なんで『自分が猫の姿だった』っていう大事な事を省いて喋ろうとしちゃうかなぁ!?しかもその言い方だと俺がストーカーの変態みたいじゃないか!!
と、俺が無理矢理リリアの言葉を遮るも、三人とも全然俺の言う事を信じてくれてないようだ。目でわかる。
「な、なんだよ…」
「翔ちゃんにしては下手な嘘だよねぇ」
「そうそう、いきなり翔と会話をしようと思う女の子なんていないよ」
「逃げられるのがオチですよねぇ」
キミタチの言葉、心にグサグサ来るよ。
「な、何言ってんだよ。俺はリリアが道に迷ってたからここに連れてきてあげただけなんだよ。な?リリア。な?」
「「「………リリア?」」」
俺がリリアに話をあわせるよう合図をしようとする前に、まるで地獄の底から湧き出てきたような声に俺は肝を冷やす。
「……翔ちゃんは会ったばっかりの女の子をもう名前で呼び捨てちゃうのかな?」
「ち、ちがうちがう!リリアがそう呼べって言ったんだよ!」
「でも私達の時は何度言っても呼んでくれませんでしたよね?」
「今はちゃんと呼んでるじゃん!」
「ふーん、言い訳してまで『リリア』って呼びたいんだぁ」
「それも違う!別に俺が呼びたいって言ったわけじゃないつーの!」
「……ショウ、お前は私を名前で呼ぶのが嫌なのか……」
「い、いやそう言うわけじゃないんだけど…」
「じゃあ呼びたいって事ですよね?」
あーーーもーーーめんどくさい!!なんなんだこいつらは!!だるい!!
こう言うときは三十六計逃げるに如かずだ!!
「じ、じゃあ俺はリリアと一緒に行くところがあるから。そんじゃ、また後で会おう!!」
俺はさわやかにマントを翻し、素早くこの場を離れ――――
「「「マチナサイ」」」
―――――――――――――――――――――――られなかった。がっしりマントを捕まれた。
「何処に行くのかわたしにも教えて?」
あぁあすか……そのお日様のような笑顔は見るものを元気にしてくれるのに、それを容易に凌駕するこの恐怖は一体なんなんだい?どんな技術なのかな?
「どこって…今までリリアが休学してた事をデラクール女史に話しに行くんだけど」
「じゃあそれ、ボク達が行って来るから、翔は来なくてもいいよ」
あぁ晃……そのクールな笑みは男女問わず多くの人を虜にするのだろうけど、それ以上にその敵をみるような厳しい目は一体なんなんだい?俺達は友達じゃないか。
「いやでもほら、晃達は今リリアと会ったばっかりだし……」
「あら?翔さんも先程お会いになったばかりなんですよね?だったら異性よりも同性のほうがリリアさんも安心できると思いますけど?」
あぁ楓……その柔らかな微笑みはそれを見た幾人もの心を癒してくれるだろうさ、でも君の背後に見えるような気がするその黒いオーラ的なものはなんなんだい?『闇』は使えないはずだよね?
・・・・・・・・というわけで。
「んじゃリリア、こいつらと一緒に行って来てくれ」
「何っ!?ショウが来てくれるのでは無かったのか!?」
「い、いやぁ~ちょっと俺は急用を思い出しちゃって……」
「そうそう、翔ちゃんはいっつも忙しいんだよ」
「ですからリリアさん、私達と一緒に行きましょうね?」
「大丈夫、ちょっと何個か質問するだけだから……何個か…ね」
「な、ちょっと……私はショウと……」
「ほらほら、早くいこ?………ね?」
そのままズルズルと引っ張られていくリリア。
くっ!すまない……!!俺には何もする事が出来ない!!もう少し……もう少しでいい!!俺に力があったなら!!!
……いや、でも良く考えてみればあいつらの言う通り俺が無理についていくことも無いんだよな。リリアだって女の子だけのほうが気軽に話をできるだろう。
そう考えながら右腕と左腕を掴まれ背中を押されながら歩くリリアを見送る。
………ボロを出さなきゃいいけど。
しっかし、あいつが連れてかれた以上またやる事なくなっちゃったんだよなぁ……やっぱり俺も一緒に行けばよかったかも。
う~~ん………カイルにちょっかいでも出しに行こうかな。
というわけで思い立ったが吉日、俺はカイルを見つけるために辺りを見回す。が、どうやらここにはいないらしい。
その代わりに目に付いたのは俺の数少ない友人のうち、もう片方の金色だ。見たところ空中にある見えない椅子に腰掛けているかのようだ。多分『風』かなんかで見えない座椅子でも作ってるんだろう。これぞまさしく空気椅子だね。辛くないところがポイント。
別にカイルに固執しているわけでもないので適当に話し掛けることにする。そういや勝手に友人扱いしちゃってるけどいいのかな。
「お~い、俺の友達ぃ~」
……お、ちゃんと振り向いてくれた。相変わらずキツイ目だけど、お互い様か。………誰がキツイ目だ!
「何か用ですの?」
「いや別になんも無いんだけどさ、ただ暇だったから話し掛けてみた。お前も遊んでるみたいだったし」
「あなたと同じにしないで頂きたいものですわね。ワタクシは先程まで鍛錬をしていたのです。今は休憩しているだけですわ」
ほ~、真面目だねぇ。
「なぁなぁ、鍛錬って何やるの?俺具体的になにをやればいいのかわかんないんだよ」
「……呆れた。あなた、魔力測定の日から今まで何をしていたんですの?」
何って、バク転したり猫と戯れたり猫を目愛でたり猫をからかったり………って殆どなんもしてないな。
「それにあなたとワタクシでは魔術の鍛錬は違うものになりますわ。属性が違うのですから」
「そうなの?」
「当たり前ですわよ。『火』しか使えない者が『水』をいくら学んでも意味が無いでしょう」
ま、そりゃそうだ。
でもなぁ……俺は全部使えるからなぁ。あんまそういうのって関係ないんだよねぇ。何を教わっても大丈夫。
だからと言って変に色んな属性のことを訊いてもリクトがしてた訓練の内容を教えてくれるわけ無いだろうし。自分の属性を俺に知られる事になっちゃうかもしれないからな。
というわけで、もう既に俺にバレている(というかそもそもリクトが隠してない)『風』について色々と訊く事にする。
早速お願いすると、『まったく……しょうがない人ですわね……』などと言いながらも、その綺麗な顔に少しの笑みを乗せて了解してくれた。多分リクトは頼られるのが好きなんだろう。
「ではまず、あの人形を倒してみてくださる?」
リクトが指をさした方向に目をやると、そこにはブサイクな案山子っぽいのが立っていた。何のためのものなのかは推測できるものの一応リクトに訊いたところ、案の定サンドバッグ代わりのものである。ただ、対魔術処置が施されているのでなかなか壊れないらしい。
取り合えず倒せと言う事なので、軽く気合を入れて人形を見据える。
「よしっ!」
掛け声とともに全力で走り出す。体感速度がヤバイ。
そしてその勢いを殺さないようにして―――――――跳び後ろ回し蹴り!!!
俺としてはあまり人形には重さを感じなかったのだが、倒れた時の『ドッターーン』という音でかなりの重量を誇っていた事が伺える。やはり相当俺の蹴りは強くなっているらしい。かなりの加速+かなりの筋力での蹴りだ、それも頷ける。
俺は意気揚揚とリクトの元に帰還し、『どうだ見たか!』と言わんばかりのドヤ顔でリクトを見ようとすると――――。
「魔術の鍛錬で魔術を使わないでどうするんですの!!!」
怒られちった。
「あー悪い悪い、忘れてたよ」
「真面目にやらないのならお帰りくださいな」
「ゴメンゴメンゴメン、ちゃんとやるって」
取り合えず『風』で人形を立たせる。俺も結構秘密主義者なので意図して『重力』は使わないようにする。案山子がヌラァーっと不気味な動きで立ち上がり、その周囲には砂埃が舞った。
「よし、今度こそ倒すから見ててくれ」
「………いえ、もうそれはいいですわ」
「え?なんで?」
「あの重い物体を持ち上げる事が出来るのならば倒す事も容易でしょうから」
………そうなの?ってことは今のは俺の魔術の威力的なものを見てたわけか?
「というよりも並みの魔術師ではこの時期であの人形を持ち上げる事なんて出来ませんわよ。それを易々と、しかも足を支点に無駄にゆっくりと……」
「じゃあ俺って結構すごいの?」
「……まぁ……そう言うことになりますわね」
ふーん、なんか比べたわけじゃないから実感が湧かないな。
「リクトも持ち上げられんの?」
「エリカと呼びなさいと言っているでしょう。ワタクシもそれくらいなら出来ますわ。幼少の頃から教育を受けてますので」
あーー…そっか、こいつって貴族だったな。英才教育ぐらい受けてんのか。
なんにせよリクトからの最初のミッションをコンプリートしたので次を催促する。
「そうですわね………でしたら今度は風の刃をあの人形に飛ばして御覧なさい。それも自分が出来る最高の数で」
「いっぱい飛ばせって事?」
頷く。
……全力でいっぱいか。でも俺の最高の力がバレちゃったらヤだからあんまり思いっきりはやらないようにしてと………よし。
自分がこれから発動させる魔術を十分にイメージしてから指を鳴らす。
その瞬間風が無数の刃となって人形を襲う。
正面右方左方後方上空そしてその間、四方八方どころか十六方三十二方から。
―――――――結果。
「あら~いつの間に『人形』から『ゴミ』にジョブチェンジしたんだろ」
「……なんですの、コレ」
攻撃が止まったのは恐らく魔術発動時から約10秒後。最初の2~3秒で人形はゴミになっていたみたいが、俺が想像した刃の数が無駄に多すぎたらしく、残りの風は地面を穿っていた。人形が立っていたところには超々巨大な獣が何度も爪で引っ掻いたような無残な光景になっている。
「こんな感じなんだけど……どう?」
「へ?え、えぇ…まずまずですわね」
「まずまず、かぁ。俺的には結構いい感じだと思ったんだけどなぁ。よし、じゃあもういっちょ…」
「ち、ちょっとちょっとお待ちなさい!」
「あん?なによ」
「これ以上はやらないほうがいいですわ。その…そう、あまり力を使いすぎると再び魔力が貯まるのに時間がかかりますから」
「そうなんだ。でもまだまだ俺はいけるけど…」
「いいですから!!」
「あ、はい」
「……ブツブツ(これ以上見せられたらワタクシの自信と誇りが……)」
なんか独り言言い始めちゃったし。……これ以上はなんも教えてくれそうに無いな。
そう考えた俺はブツブツ呟くリクトを置いて早々に立ち去る事にする。とはいっても行くところが無い。
………じゃあどうするか。今日の授業終了時刻までは……あと数十分か、散歩でもすることにしよう。ま、歩かないけど。言うなれば散『飛』か。
俺はまだブツブツと続けているリクトを傍目に空へと舞い上がる。でもそこには天井があった。あまりにも訓練場が大きすぎて室内だって事を忘れていた。
一度着地してから訓練場を出て再び舞い上がる、という俺の行動は相当にマヌケなんじゃないかな。誰にも見られてないようだったから良かった。