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フェーリス・シルウェストリス・カトゥス



俺達が訓練を始めてから三日経った今日はアフロディテの曜日。判りやすく言うと金曜日。なんだっけ、美の神様だっけか?まあいい。

 なんやかんや試験まであと5日にまで迫ったんだけど、ぶっちゃけもうなんもやる気が起きない。

カイルやリクトなんかは小さい頃からそうしてきたからなのかずっと魔術の訓練をしてるみたいだし、あすか達はあすか達で克服しなきゃいけないことがあるってんで一応真面目に訓練に取り組んでるみたいだし。

でも俺の場合はカイルなんかみたいにずっと同じ魔術を繰り返すなんて面倒な事は強要されない以上やりたくないし。

俺は俺でゲームやら漫画やらを思い出しつつ魔術使ってみたら結構余裕でいい感じのが出来たし、それさえ忘れなければ練習する必要なんて無いし、格闘技なんてみようみまねだからどう訓練すりゃいいのかわかんないし、この世界に来てからパワーアップしてるから筋トレなんて今更する必要も無いし。


要するにこうしてみんなで昼飯を食った後、俺にはやることが無いわけさ。


というわけで俺は意味も無く学校の敷地内をフラフラしている。んで今居るのがなんか体育館裏っぽい雰囲気のところで、小綺麗に整備された草っ原だ。少し離れたところにベンチがいくつかある以外には何にも無い。こんなところまで管理されているなんてすごいよな。

 ………ん?なんかベンチに謎の物体が乗っかってる気がするけど……ま、いいか。ゴミとかだったら俺以外の誰かが見つけたら片付けるだろう。



 ――――さて、何をしようか。

カイルを深さ10m位の落とし穴に嵌めるのもリクトに推定3kgほどの葉っぱをかけるのもあすかに創造したでっかいミミズをけしかけるのも楓を触手っぽく動かした木の蔓や根で襲うのも晃に『風』で強制高い高いから一気に低い低いコンボもしたからなぁ。


 ―――――ならばここは一つ、男のロマンを実現させるしかない。


 男のロマン―――――誰もが共感してくれるだろう、バク転だ。それも何度も何度も繰り返してやるやつ。

前の世界の時でも一応出来た事は出来たけどどうしても微妙な完成度だった。なんというかバク宙に無理矢理手をつけた感じ。しかも一回こっきり。

だが今の俺の身体能力、そして万が一失敗した時のために『地』で地面を柔らかくしておけば大丈夫なはずだ。うん、俺なら出来る。よしやろう!!


まずは軽く助走………っと、その前に地面を柔らかくする。柔らかくなぁれ☆

 ……いや、考えただけよ。口に出してはいないさ。

軽く地面を足で数回踏みつけるとまるでスポンジのような感触が帰ってきた。うん、これなら転んでも汚れるだけだな。

改めまして、助走をつけて側転。着地時に進行方向と逆のほうを向くように途中で身体を捻る。いわゆるロンダートってやつだ。

ロンダートが終わり、足が着いた瞬間身体を思いっきり反らせつつジャンプ。あんまり思いっきり跳び過ぎるとバク宙になってしまうのでその辺は調整しつつ。そして手をつくのはいつもより早めに。


―――着いた!

そのまま足を持ってくる。前に練習した時よりも身体が軽いので軽々と出来る。そしてそのまま――――もっかいジャンプ!!

 「うおおおぉぉぉ超出来る超出来る!!」

テンションがあがってクルクルと回りまくる。自分で言うのもなんだけどバク転しながら叫べる人もなかなかいないと思う。

飽きもせずクルクルと回りつづける。例え転んでも下が柔らかいから怪我はしないだろうという考えが拍車をかけているのかもしれない。



 「アハハハハハハハ……!」

クルクルクルクル………

 「ハハハハ……ハハ…ハ…」

クルクルクル……クルクル…ダッ!



「う……お……おぅええぇぇぇ!!!」

 いや、はいてないよ?はいてないけどこうなっちゃっただけだよ?でもまさかたてかいてんでここまでめがまわるとはおもわなかった。めがまわるのはよこかいてんだけじゃなかったのか。

 と、ここでおれはべんちのことをおもいだした。さっきみたときはとおくにあったようなきがしたけどもしかしたら………ほら、やっぱりちかくにあった。いっぱいばくてんしておいてよかった。

おれはふらふらするあたまとからだをうごかしてべんちにすわる。

 「あ゛ーーー………気持ち悪。やりすぎたぁ……」

どうにか治って来たみたいだ。首の力を抜き、空を見上げ汁をこぼ……かるく深呼吸をして息を整える。

目の前に広がっているのは澄んだ青い空、ちらほらと白い雲、見たことも食べた事も無い黄色い鳥が何羽か飛んでいて、それはそれは平和な光景だ。

 よしよし、ちょっとやりすぎたけどこれで俺もバク転マスターだ!

なんてバカな事を考えつつなんとはなしに他のベンチの方に目を移す。


―――するとそこには。

―――アメリカンショートヘアとおぼしき子猫が。

―――俺のほうを見ていて。

―――メッチャ可愛いよね。違う、目が合ったと思ったら。

―――脱兎の如く逃げ出した。猫なのに。





      『たまには別視点もいいんじゃないかな ~???~』



 「むぁぁぁーーてぇぇぇーーい!!!」

後ろから人間の男が叫びながら追いかけてくる。今の私にとってはたいした事が無い木々やでこぼこした道でも人間にとっては障害となるだろう。

にもかかわらず男は、それらを何一つ気にした様子を見せずに猫である私に肉薄する。

一心不乱に、叫びながら。

本来人間と猫の追いかけっこなど成立するはずも無いのだが、後方から聞こえてくる音から判断するにあの人間は恐ろしい速度で私に迫っているらしい。もしかしたら魔術か何かを使っているのかもしれない。私の急な方向転換にも遅れずに着いて来る。

 ………というより、何故私は追いかけられねばならんのだ!!!

―――待て待て、怒りは我を忘れさせる。落ち着いて思い出していこう。



最初、私はいつも通りに私のお気に入りの場所に向かった。最近見つけたあの座椅子だ。人も殆ど来ないしなかなか日当たりもよく、日向ぼっこをするのにもってこいの場所だ。

そう、そこまではいつも通りだ。問題はそこから。

二つ在るベンチでより日光が当たっているほうに乗っかり、さて昼寝でも、と体を丸めたら何処からかあの黒い髪の人間がやってきた。

人間が怖いわけでは無いが別段お近づきになりたいわけでもないし、私はそこで立ち去ろうとも思った。しかしこの暖かい場所でお昼寝の誘惑に耐え切れず、それに向こうの男も私の方に近づいてくる様子も無かったから『立ち去るのを待とう』と、もしくは『あの男が近づいてきてしまったら逃げよう』と思った。



…………でも、それがいけなかった。私はこの時点でさっさと逃げるべきだったのだ。そうすればこんな状況に追い込まれずに済んだのだ!!

後方ではやはり男が叫びながら私を追いかけてくる。恐ろしい速さで、恐ろしい速度で、恐ろしい勢いで。






私がベンチの上で男を観察していると男はなにやら思いついたらしく右手を一振りした。恐らく何らかの魔術を発動させたのだろう。

魔術が発動した事に満足を得たのか一度大きく頷くと、男は急にバク転を始めた。微妙にぎこちない動きで側転からのバク転、一度では終わらずにそのままなんどもなんども回りつづけた。その最中何度か叫んでいたがなんと言っているのかは聞き取れなかった。どこかの流派の格闘訓練なのかとも思ったが、そうだとすればアレほど回り続ける必要があるものだろうか。

―――――もしかしたら1分以上回りつづけたのかもしれない。男は唐突にバク転をやめると下を向いてゲェゲェ言い出した。馬鹿だ。

だがその馬鹿さ故に私はあの男から目を離すことを忘れてしまっていた。必然、逃げ出すことも。

男はフラフラしながら私が乗っているベンチから数m離れたベンチに座り込み天を仰いだ。




―――――ここだ、ここで私はそっと逃げだせば良かったのだ。だが私はあの馬鹿な男を見つめていた。何かを考えていた訳ではなく、逃げ出そうとも考えなかった。しいて言えばこれほど馬鹿な事をする人間を、いや生き物を見るのが初めてで呆然としていたのだと思う。




すると男が突然こちらを向いた。男の容貌が明らかになる。

髪も眉も私が見たことの無い黒色、身体全体から滲み出ているようなやる気のなさそうな雰囲気、そして何より、あの異常なまでに目つきの悪い目。それが僅かに見開かれる。

それ見た瞬間身体が自然と動き出していた。

ダメだ、これ以上ココにいたら私は食われる!!

私は理由も無くそう思った。

即座にベンチから跳び降り、ベンチの下をくぐって芝生を駆け木々が立ち並ぶ林へと飛び込む。我ながら素早い行動だったと思う。この反応速度であれば追いかけて来れないだろうし、そもそも普通の人間は逃げ出した猫を追いかけようとはしないはずだ。

そう、そのはずだ。

………………そのはずなのだ。

 「待てっていってんだろぉぉぉーーーー!!」

 だというのにどうしてあの人間は追いかけてくるのだ!!

そこまで考えた瞬間、私は浮遊感を感じた。後から考えてみれば、考え事をしていた為に出っ張っていた木の根に引っかかったのだろう。

しかしこの時は何が起きたのかもわからずに私はかなりの速度のまま背中から地面にぶつかりそうになる。慌てて空中で反転し受身を取る為に右手を地面に突いたものの、速度が早すぎて失敗し、そのまま右手を下敷きにする形で身体を投げ打つ。一瞬頭の中で火花が飛んだ気がした。









俺があの猫一度でいいからモフる為にを追いかけていると猫が転倒、起き上がろうとするも足を捻ったのか、その動きがどうもぎこちない。当然俺は焦った。

 「お、おい、大丈夫か!?」

猫を抱き上げて返事が来るはずも無いのに安否を問いてしまう。猫はニャーニャーいいながら腕の中で激しくもがいているが、予想通り怪我をしているみたいだ。動いていない部位は右足。

 「え、えぇっとこう言う場合はどうすんだっけ……!」

保健体育の授業で習った応急処置のやり方を思い出そうとするがこんな状況では思い出せるはずも無く、何より俺が習ったのは対人間用のものであって猫に対するものじゃない。

 「そ、そうだ!!そういや俺『癒し』使えたんだった!!」

俺がそれに気付いたのは焦り始めてから一分ほど経ってからで、その間に猫は逃げ出そうとする素振りが段々無くなり、ただ痛む右足をまるで人間がそうするように手で抑えていた。

 …………いや、逃げ出す気がなくなったんじゃなくて痛すぎてそんな余裕が無くなったんだろう。

俺は患部と思われる個所に右手をそっと当て、某終わりそうで終わらないRPGの回復魔法を思い出しつつ治るように念じた。

するとつい数日前、木を相手に試した時のように当てた手と患部が白くぼんやりと光り、そのまま10秒ほど当てたまま経つと腕の中の猫も痛む素振りをやめて不思議そうにキョロキョロと自分の右前足と俺の右手を見返していた。猫なだけにどうやらまだ何が起こったのか判ってないらしい。

 「よし、多分コレでオッケーだろ。ってうわ、暴れるな!!」

俺が声をかけるとやっと今の自分の状況に気付いたのか、猫は俺を見て即座に逃げようと暴れだした。

 「ええぃ、落ち着け!まだ治したばっかりなんだから安静にしろって!」

 って俺は何猫を言葉で説得しようとしてんだろ、我ながら馬鹿みたいだ。………ん?

猫の動きが止まった。

 あれ?何たる偶然。ちょうどいいや。

 「よーしよし、いい子だ。そのまま動くなよ?」

コクン、と頷いたような気がした。

 ………つってもどうしようかなぁ。なんかよくわかんないところまで来ちゃったからなぁ。猫と戯れたいがために何も考えずに追いかけてきたから何処にいるのかさっぱりだ。

 「空飛んでみんなのところに一回戻ろっかなぁ。あーでもそんなことしたら絶対にあいつらにこの猫取られちゃうしなぁ」

 俺としてはもうちょっとこの猫を愛でていたい。それに心なしかこの猫も俺の『戻ろっかなぁ』という言葉を聞いて首を横に振ってるような気がしないでもないし。それにさっきのベンチに戻るにしても一回飛ばなきゃ方向わかんないし、そうするともしかしたら楓辺りに見つかってしまうかもしれん。――――それは不味い。

 「よし決めた。もうちょいここに居よう」

そうと決まれば話は早い。何とかしてここをもうチョイ居心地の良い場所に帰るべく思考を凝らす。

まずは座る場所を作る。魔術で適当な太さ・長さの木をパパッと生やす。こう…早送りみたいにニョキニョキニョキと。それを『風』で切り倒して軽く整形し(つってもただの直方体だけど)、木屑なんかを『風』で吹き飛ばす。

……よっしゃ、完成。所要時間約60秒。俺は猫を抱いたまま座ってみる。『まぁこんなもんだろ』って感じの座り心地。背もたれが無いけどまあいいか。

しかしここで問題が発生した。違うか、問題に気付いた。

 「………暗いな。それになんかジメジメしてるし」

上を見上げると高ーーい木の上方から生えている葉のせいで日光が殆ど入ってきてなくて、しかも風通しも悪いから無駄に湿度が高い。気温があんまり高くないのがせめてもの救いだが、かなりの不快指数だ。

 「とりあえず……そうだな、日光のほうをどうにかしてみるか」

『風』で上にある葉を切り落とそう………としてやめた。自分が生やしたものならともかく、勝手に生えてる植物の伐採をするのは気が咎めた。

ってなわけでどうにかして葉っぱをどかそうと考えたけど、7秒考えても思いつかなかったのでやっぱりザックリいかせてもらった。一応最小限の被害で済むように考えはしたけどさ。

湿度のほうは……まあいいやめんどくさい。そのうち慣れるだろ。適当に微風を流しとこう。

 「よーし、出来た。うまく俺らに日光が当たってるし、こんなもんだろ」

猫を左手で抱いて右手で背中を撫でながら木に座る。ポカポカしていてとても気分がいい。この際ジメジメは忘れる事にした。

 ………そういやさっきからこの猫、さっきから全然暴れないな。もしや俺に慣れて……くれたわけじゃないらしい。だって身体が硬直してるっぽいしな。尻尾だってぴんとしてるし。

 「なあ猫さんや、もうちょいリラックスしてみないかね?ほら、身体から力を抜きなさい」

 ―――たしか首の下の辺りをトゥルトゥルすると喜ぶんだよな。

そんなことを思い出しつつ実行に移すとそれが項を奏したのか、段々と猫がフニャフニャしてきた。『可愛いよなぁ』なんて独り言も出てしまった気がする。犬もいいけどやっぱり猫だよね。あ、でも狐も可愛い。でもやっぱり一番は猫だ。

しばらくの間猫を撫で続けていたが段々とそれだけじゃ物足りなくなってくる。俺はなんとなく無意識のうちに猫に話し掛けようとしていた。前の世界では『ペット相手に話し掛けるなんてアホな奴もしくはボケた奴だけだ』とも思っていたけど、どうやらこの時を持って俺もそいつらに仲間入りしてしまったらしい。高い高い天井にぽっかりとあいた天窓から空を仰ぎながら口を開く。

 「なぁ猫って楽しいのか?友達はいるか?」

――――無言。

 「人間は大変だぞ。特に俺なんか全然友達が出来ないんだよ。今は何人か居てくれてるけどさ」

――――無言。

 「怪我はもう大丈夫か?さっきは追いかけて悪かった。なんとなくそういう気分だったんだ。こうしてお前にも触りたかったしさ」

――――無言。

 「それにしてもお前、綺麗な毛並みだよな。もしかしたら野良じゃないのかね」

そう話し掛けながら猫に目を落とす。もちろんさっきからずっと右手は動かしたままだ。

足の上で丸くなっているとばかり思っていたが、予想に反して猫はじっと俺を見ていた。

首を傾け、そのクリクリとした目でじっと俺を見つめている。

 「なんだなんだ?俺の顔になんかついてんの?」

――――フルフル。

 ……………ん?

 「じゃあただ俺を見てただけ?」

――――コク。

 ……………いやいや、それはないって!!見間違いだよ多分!

 ……………でも、一応、な。

 「お前もしかして………俺の言ってる事、理解してる?」


―――――――――――――――――――コク。


 「うおおおぉぉぉマジかぁぁぁーーーー!!!!」

突然の俺のシャウトに身体をビクリと震わせて怯える猫。でもそんな猫を裏腹に俺のテンションはマックスゲージを振り切っていた。

 「えっちょっっマジで………マジで!!!?」

 おっと、イカンイカン。猫相手に『マジで』等と言う言葉遣いではダメだ。もっとちゃんとした日本語を使わなければ。…………敬語じゃなくてもいいよな?

 「あー……突然喚いて悪かったよ。もう一回訊くけどさ、俺の言葉……判る?」

――――コク。


 ――――――――ヤバイ、超感動だ。俺は今まさに奇跡を味わっている。恐らく『前の世界』の人間では初めて猫と正確な意思疎通をした人間だろう。ま、この世界には沢山いるのかもしんないけどさ。

――――まてまて、俺の言葉がわかるならばまず伝えなければならないことがあるだろ。

 「えっとさ、右足に痛みとかなんらかの不自由とかは無い?」

――フルフル。

俺はほっとした。短い言葉だけれどこれ以上今の俺の心境を表す言葉はないね。

 「さっきも言ったけどさ、突然追いかけて悪かった」

―――コク。

 「それは許してくれるってこと?」

―――コク。

俺はほっとした。短い言葉だけれどこれ以上今の俺の心境を表す言葉はないねパート2。

 「あのーー今更なんだけどさ、こうしてお前の事を撫でててもいい?」

――――――――――――――――――コク。

今長かったな。まあいいけど。

これまでの無許可撫で付けからこれからの有許可撫で付けへと無事にシフトしたところで、俺は唐突に喉の渇きを覚えた。いや、別に唐突でもないか。あんだけ叫んだり走ったり飛んだりしてれば。

泣く泣く右手を猫から離して空中で指を鳴らして魔法陣を宙に描き、そこから出てきたコップをうまくキャッチする。

実はデラクール女史に『召喚』の事を教わった日、こんな事も在ろうかと部屋にあったありとあらゆるものと契約しておいたのさ!その中の一つがこのコップって訳だ。他にも色んなものと契約したものの、何と契約したのか半分以上は忘れてると思う。来てから一週間と経ってない部屋の物を覚えろなんていうのは無理な話ですよ。

コップを木の上の水平な個所に置いて再び指を鳴らす。今度発動させるのは『水』の魔術で、空気中を漂っている水蒸気やらを凝縮して飲料水にするのさ!汚いと思うかもしれないけど、その辺は魔術で『綺麗なお水☆』って考えながらやればオッケーだった。ちゃんと試したからね。

そんなこんなで綺麗なお水の出来上がりさ。仮に名前を付けるなら『俺の天然水』かな。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



『なぁみんな、俺の天然水、飲まないか?』

『え?翔ちゃんの天然水?飲みたーい!!』

『あれボク大好きなんだよねー』

『私もです。他のどんな天然水よりも全然おいしいですよね』

『あら?カエデは他の方の天然水をお飲みになった事がありますの?ワタクシは在りませんわ』

『私も無いですよ!だいたい私は翔さんの天然水以外一筋なんですから!』

『翔の以外の天然水なんて見たくも無いよねぇ』

『翔ちゃん翔ちゃん、早く頂戴?』

『はっはっは、そう慌てるな皆の者。ちゃんとしっかり人数分頑張ってやるからな……』



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 「イデッッッ!!!」

突然左の手の甲に鋭い痛みを感じ、俺は妄想から現実へと回帰した。見ると、どうやら猫が引っ掻いたらしい。何処となくこちらを睨んでいるような気もする。どうしてだ。

 うげっっ、結構深い!

溜息をつきつつ右手で癒しの魔術。うん、もう痛くない。傷も無くなっただろう。

ポケットからティッシュ……が無かったからわざわざ創造して血を拭い、コップに入れたままになっていた水を一気に飲み干す。足りなかったのでもう一杯、と思ったんだけど。

 「………ん?お前も水欲しいのか?」

なにやら水を飲む俺を羨ましそうに(多分)見ていたので尋ねてみると肯定の意が帰ってきた。考えてみればこいつも同じ距離を走ったんだよな。叫んでは居ないけど。

取り合えずこのコップじゃどう考えても猫は水が飲めないし、かといってお皿を召喚するのも面倒だ。持って帰るのも洗うのも。実は『召喚』ってだけあって、この場に物を持ってくることは出来ても送り返すことは出来ないらしいんだよ。この事実を知って若干『召喚』の便利さがダウンしたね。

というわけで自らの手をお皿代わりにする事にした。

左手をお椀のようにしてそこに水を作り出し、こぼれないようにそっと猫の眼前に持っていく。けど猫は水と俺の顔を交互にキョロキョロと見ているだけで中々飲もうとしない。

 ―――なんだ?飲まないのか?

 「………そっかわかった!忘れてた!!」

閃いた。

俺は一旦手に入っている水を捨て、両手を前に突き出した。そして水の魔術を再三発動させる。手を洗う為に。

 そうだよそうだよ、俺はコップだったからなんとも思わなかったけど、あの猫にとって見れば土やら葉っぱやら自分の体毛なんかがついた手から水なんか飲みたくないよな!!普通の猫ならそうじゃないのかもしれないけど、なんてったってあの猫は俺の言葉がわかるくらいなんだから普通の猫とは違って綺麗好きなのかもしれん。

服に水がかからないようにしつつしっかりと手を洗う。石鹸はちゃんと召喚して使い、残りはその辺に捨てた。倫理的にはいけないことかもしれないけどこの際仕方が無いよな。

幸いここはジメッとしてるので水切れ心配は要らなかったし、仮に切れたとしても普通に魔力を変換して出せばいいことだ。

 「よし、コレで綺麗になった。ほら、もう飲んでも大丈夫だぞ」

再び水を飲ませようとするも中々飲もうとしない。『おっかしいな』と思いつつも辛抱強く猫が水を飲むのを待ちつづける。

―――――――飲んだ!!

俺の執念に観念したのか、はたまた喉の渇きに負けたのか真相はわからない。でも取り合えず猫が俺の手から水をちびちびと飲み始めた。







 「ハッ!!いつの間に!!!」

気付いたらもう既に猫は水を飲み終え、俺の手をペロペロと舐めていた。どうやらあまりの可愛さに我を忘れていたようだ。ざらついた感触が手のひらには気持ちが良かった。

 「………もう一杯いる?」

――――ニャー。

――――コク。

 今度はなんとコメントつきだ。もういくらでも俺の天然水を出してやろう。

結局猫は俺が飲んだ量と同じくらい、手のひら三杯分もの水を飲み干した。この身体の何処にアレだけの水が入ったんだろうか。この世界の猫は牛みたいに沢山胃袋があるのかね。

………なんてことをボーっと考えていると段々眠くなってきた。俺があくびをすると猫もまた『クァッ』ってな感じで同様の動きを取る。

 「そういやさ、お前は『あくびは移る』って言葉を知ってる?」

――フルフル。

 「だからさ、今の俺があくびをしたらお前もあくびをしたろ?あれってただなんとなくってわけじゃなくてちゃんとした理由があるらしいんだ。聞きたい?」

―――――――――――――コク。

 「……お前今どっちにしようか迷ったろ」

――フルフル。

 「……ホントに?」

――コク。

 「……まあいいや。人間ってさ、実は無意識のうちに他人とコミュニケーションを取る為に近くの人の真似をしようとするんだって。だからあくびを見ると無意識のうちに自分もあくびをしたくなるんだとよ。ま、本当かどうかわからないけどさ。それにこの理屈が猫に当てはまるのかどうかもわからないし」

――――――――――?

 ……うっはぁ、このキョトンとした顔メッチャかわえぇ。

と、ここでもう一回あくび。今度は猫はしてくれなかった。

俺は身体の向きを横に変えて木の上に寝そべる。もちろん猫はお腹の上だ。空を見上げ、漂う白い雲を見つめ、まだ見ぬ宇宙の果てへと思いを馳せ、明日を信じて強く生きていこう、などと自分でも良くわからない考える。耳を澄ますと何処からか破壊音や爆発音などが聞こえてくるような気がする。近くで誰かが魔術の練習でもやってるのかもしれない。

 「しっかし、やることねーなー」

俺は猫の背に右手を乗せたまま瞼を閉じた。








 「………ん、結構な時間寝ちゃってた、かな」

ふと目を開けると、差し込む光はすっかりオレンジ色で、少し肌寒くなっているようにも感じた。目をこすりながら体を起こす。どうやら猫は俺の腹から移動して腿の上で眠っているようだ。

起こさないように出来るだけそっと動いたつもりだったのにどうやらその辺りはやはり猫らしく、すぐに俺の動きに気付いて顔を上げた。が、まだ眠そうに目を若干トロンとさせているような気がする。要するに可愛いって事だ。

召喚したままだったコップに水を注いで取り合えず寝起きの一杯を味わう。普通にうまかった。

俺が水を飲んでる光景を寝る前と同様に猫がじっと見ていたので、何も言わずに水を貯めた手を差し出すと、今度は迷うことなくしっかり飲んでくれた。

 「俺が寝てる間もここにいてくれたのか。ありがとう」

頭をウリウリと撫でてみる。耳の感触が気持ちいい。目を細めてなすがままになっているのを見ると、どうやら嫌がってはいないらしい。

 ……そういやコイツも最初は俺のことを見て逃げたんだよな。

ふとそんな考えが浮かんできた。いや、俺個人っていうより人間に対してって方かも知んないけど。

 「……俺のこと、怖くない?」

コク。

間髪を容れずに答えてくれた。

 ――――――ウンウン、やっぱりあれだな。人間とは違って動物は顔で人を判断しないんだよ。その人の内面っていうか、そういうものを見るんだよな。

手を何往復かさせた後、俺は口を開いた。

 「さて、そろそろ俺も戻らなきゃいけないんだ。帰りの点呼にはもう間に合わないかもしれないけどさ、多分友達が待っててくれてるだろうし」

俺がそう言うと猫はパッと顔を上げた。まるで幼子が仕事に行く父親に対してする仕草のようで鬼のように可愛い。

 「お前は……どうなんだ?戻るところがあるのか?」

―――――――――――コク。

 「そっか。じゃあお前もそろそろ帰んないとな」

もし野良猫なんかだったらこっそり持ち帰って飼ってしまおうかとも思ったけど、どうやらやっぱり家猫らしい。ま、野良猫が人間の言葉を理解できるとは思えないから、当然っちゃあ当然の答えだ。

猫を抱き上げてそっと地面に降ろし、立ち上がる。

 「猫さんや、ちゃんと帰り道わかる?」

―――コク。

 「そっか。じゃあ安心だな」

猫を見下ろすと猫もこちらを見上げていた。俺と別れる事を少しでも残念に思っていてくれていたら嬉しい。

………ちょっと名残惜しいけど、お別れだ。

と、思ったところで思い立った。

 「そうだ、お前明日もあのベンチに行く?」

―――――コク。

 「マジか!じゃあ俺も明日ちゃんと行くよ。また俺と会ってくれる?」

―――コクコクコク。

うおぉ、なんかめっちゃ首を振ってる。ヤバイ、超嬉しい!

俺はしゃがんで猫を撫でまわした。

 「あ、それともあっちよりもここのほうが良い?もし肯定なら首を……横に振ってくれ」

コク―――フルフルフル。

 「はっはっは、引っ掛かったな。例え猫でもちゃんと人の話は最後まで聞かなきゃダメだぞ」

俺の悪戯に怒ったのか、『キシャーー』と歯をむき出して指に噛み付いてきた。ただし甘噛みなので痛くも痒くもなく、むしろ心地よい。

 「じゃあ本当にそろそろ行くわ。明日また今日と同じ位の時間に会おう。そんじゃな」

猫がしっかりと『ニャー』と返してくれるのを聞き届けてから俺は浮かび上がって木の上に出た。

 ………うわ、相当遠くまで来ちゃってんなぁ。ドンだけ猫を追いかけてたんだよ俺。

もう一度お座りの状態で俺を見送ってくれている猫を見てから校舎へと飛んだ。『明日はなんか食べ物を食堂からかっぱらって持っていこう』と、考えながら。



―――――――――追伸、当然の如く俺は点呼に間に合わずに早退扱いとなり、しかも俺の身を案じてくれているとばかり思っていたあすか・楓・晃に加え、カイルとリクトの五人が俺を超深い落とし穴に嵌め、超大量の葉っぱを落とし、超でっかいミミズを2~3匹俺が居る落とし穴の中に創造し、超たくさんの木の蔓や根で俺が簡単には出られないように格子状に蓋をし、なんとか登ったと思ったら再び落す、なんていう面白おかしい悪戯をしてくれた。どうやらあすか達は何時の間にか俺の信条を忘れ、カイルとリクトはそれをまだ心に刻んでいないらしい。俺を置いて帰ったヤツラにどうやって復讐をしてやろうか考えながら一人寮へと戻った。明日が実に楽しみだ。



………さ、寂しくなんかないぞっ!!


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