トモダァチィ!!
『たまには別視点もいいんじゃないかな ~???~』
学校に来て、教室に着いて、荷物を置いて、友人に話しかけたり、授業の予習を始めたりしながらも、各々が思い思いの行動で時間を過ごして教師を待っている。
まだオレ達が入学してから数週間しか経っていないが、それでも既に派閥のようなものができているようだ。上辺だけの会話だけでも気の合うヤツラだったり、将来のことを考えて貴族に取り入ったり……ま、よくわかんねぇけど。
机の上に頬杖をついてぼーっとしていると“束の間の”担任が扉を開いて入ってきた。いつもより少し遅めの時間だ。立ち歩いていた数人の生徒が慌てて自分の席につくのをボンヤリと眺めながら、オレは教師の言葉に耳を少し傾けた。
「今日は転入生が来ます。それも4人よ」
……転入生、ねぇ。入学してからまだ全然経ってねぇのに、んなこと言われても全く興味がでない。つーか入学が遅れた、の間違いじゃねぇのか?
オレの周りにいるヤツラも似たようなことを考えているのか、少しざわついてはいるがそれも落ち着いたものだ。結局のところ、派閥が構成されてきたにせよ、いくらなんでも教師が喋ってる最中にコソコソと会話を始める仲でもないのだろう。
あ~あ、つまんね。
折角来る必要もねぇ“学校”なんてのに来たってのになんも面白くない。こんなんだったら家で修行してたほうがまだマシだっつーの。どうせ卒業したらうちの道場を継ぐだけだし。
まだ16歳だってのに親父が道場を継げだのなんだのとうるせぇから、ワザワザ寮にまで入って入学したってのによ。周りのやつらは自分の魔力だの属性だの家柄だのをぐちぐち言っているだけ。実力でオレとタメ張れるヤツなんて、見たところ全くいねぇし。
いや、せめて話が合うだけでもかまわないんだよな。『密接戦闘時における的確な足運びの方法』とか『効率的に敵の内臓を破壊する拳の握りかた』でもなんでも。……あー、でもその辺はオレにも少しは責任があるか。小さい頃から修行に明け暮れてたし。
「――――よ。いいわね?それじゃあ入ってきて」
欠伸をしながら考えてるうちに教師からの話が終わっていたようだ。多分『静かにしなさい』とか、転入生の性別とかを言ってたんだろうな。やべぇ、全然聞いてなかった。どうやら転入生とご対面のようだし、一応オレも見とかないとな。
まず初めに入ってきたのはやたら小さい茶髪の女だ。色々と突っ込みどころがある見た目をしているが、とりあえず同い年には見えないほどに身長が低い。オレの鳩尾ぐらいまでしかねえぞ、あれ。
次に入ってきたのは男……じゃねぇな、男っぽい女だ。危ねぇ危ねぇ、制服じゃなかったら絶対に間違えてたぜ。……つーか、黒い髪なんて初めて見たな。世の中には変な色の頭もあったもんだ。
三番目に入ってきたのは……お、また女か。つーかなんかあいつの歩き方とかって貴族みてぇだな。もし当たってたら絶対に仲良くなれそうにない。しかもやっぱり変な色の頭してやがるし。
教室に入ってきた計3人の女は、それぞれ異なる雰囲気を漂わせながら黒板の前に立った。
最初のチビは緊張感を前面に思いっきり押し出しているのが分かるし、二人目の男女も割と綺麗に隠してはいるが、その無表情さが逆におかしい。ただ黒い長い髪のあいつだけはどうも感情が読み取れねぇな。……チッ、ますます貴族っぽくて、ヤな感じだ。
……あ?そういやなんで三人しかいないんだ?さっき四人って言ってたよな?
「……あ、あら?クロノ君?早く入って来なさい」
「………………はい」
扉の向こうから聞こえた声は男のもので、しかもその声からは何かを心底嫌がっている感情がありえないほど簡単に読み取ることができた。何を嫌がっているのかはわからんが。
そして入ってきたのは変な頭をした男。全身全霊で気だるさを発している。
ガタイは…悪くはないがあんまりよくもねぇな。背もあんま高くねぇし見た感じ筋肉の量も平均くらい、か。
ってかあの眼。なんだあれ、超目つきが悪ぃ。ってか、三白眼。しかも、『俺に近づくな』的なオーラを出してる気がする。……いや、単にどんよりしてるだけ、か?よくわかんねえな。
よくわかんねえけど……ただ、まあ…
「ほらほら、騒がないの。特に男子!静かにしなさい!……ったく、じゃあ軽い自己紹介してもらうわ。はい、どうぞ」
「は、はじめまして!日……【あすか 日向】って言います!よろしくおねがいしますっ!」
「【晃 北条】です。よろしくおねがいします!」
「【楓 秋月】です。みなさん、よろしくおねがいします」
なんというか、
「………【翔 玄野】です。…よろしく」
コイツ、絶対ぇ面白ぇよ。
理由?んなもん決まってんだろ。雰囲気だ雰囲気。
「これでいいわね。じゃああなたたちは一番後ろの空いてる席に座ってくれるかしら」
「はーい」
「はい」
「はい」
「………」
「クロノ君、返事は?」
「………了解」
一番後ろ?それはオレだろ。………あ?いつのまにオレの後ろに机が四つ用意されてんだ?昨日までは無かったよな…っつー事は今朝か。つまりオレが気付かなかっただけか。
ってことはなんだ、あいつらはオレの後ろか。―――お、しかもあのクロノとかいうのがオレのすぐ後ろじゃん!好都合だぜ。
「じゃあコレで話は終わりよ。私がまたこの教室に来るまで、トイレ以外でココから出ない事。それじゃ」
会話を締めくくり、教師が教室を出て行ったとたんに騒がしくなる教室。クラス中の視線はオレの方向……ってか俺の後ろの転入生に注がれている。
勿論ただ注がれているわけじゃない。誰だったのかはわからないが、一人が席を立つと、それを切欠に他のヤツラも軒並み立ち上がって転入生のほうへ近づいていく。
それにしても、オレ以外にもアイツに興味を持ったやつが多いなぁおい。女子は多分3人の女子に話しかけに行くんだろうが、男共は当然アイツだろう。なんだよ…案外見る目があるじゃねえか。しょうがねえな、この騒ぎが落ち着くまでオレは止めとくか。
………あん?後ろからアイツの声が聞こえねぇな。ってかこの会話から察するに話し掛けられてるのはあの女3人ばっかじゃねぇかよ。オレとしてはありがたいんだが、なんでアイツには誰も話しかけないんだ?
後ろを振り向くと、そこには人、人、人。転入生をクラス全員で取り囲み、それが原因で転入生が全く見えない状態だった。
――――ただ一箇所を除いて。
オレの真後ろの席に居た人間だけは全く別だった。机に突っ伏し、両腕を枕代わりにして目と耳と鼻をふさぎ、そのまま微動だにしない。
そしてクラスの連中はそんなコイツには全く会話を振らず、そればかりか無理やりにでも背を向けて他の3人に話しかけている。それが多少無理な体勢であっても、だ。
ってかよ、話しかけないあいつらもそうだが、何でコイツは転入してきていきなりこんな状態になっているのかねぇ。やっぱり面白いわ、コイツ。
「なぁ、転入生」
少しの間の後、転入生はゆっくりと顔を上げる。
………おぉぉ怖ぇ。この目つきで上目遣いはヤベェ。どう見ても何人か殺ってるだろコイツ。
いや、でもどうせオレのほうが強いだろうし、喧嘩になっても勝てるだろうから別にビビる事はねぇな。よし!!
「お前、確か【ショウ=クロノ】だよな。オレは【カイル=ドラゴニス】ってんだ。よろしくな!」
………いやさ、もうわかってたことなんだよ。最初から全部こうなる事は。もう予想ってレベルを超えて。なんつーの?この俺だけ全然話し掛けられない感じ。
俺の左方と後方と左後方はなんかもうすごいよ。デラクール女史が出てってからすぐに人が来たもん。男女問わず。
あいつらは沢山人がきて質問をめっちゃ浴びせられて、ちょっと困り気味っぽいけど俺は知らん。姿は見えないけどあいつらの視線を背中に感じる…ような気がするが、知らないったら知らないんだ。
だから俺を見るな!俺は何もしてやれないし何もする気ないし!別に僻みじゃないぞ!!くそ!!不貞寝してやる!!入学早々いきなり眠ってやる!!
……あぁ、目をつぶったらあいつらが受けてる質問が良く聞こえてきた…。
―――ぬぁーにが『彼氏いるの?』だ。殺すぞコラァ!!
―――『君達知り合い同士?』じゃない!俺もだ!!
「なぁ、転入生」
……ん?………う、なんだこの金髪……超イケメンだ。なんつーかその、絵本の中の王子が出てきたような爽やかさだ。
「お前、確か【ショウ=クロノ】だよな。オレは【カイル=ドラゴニス】ってんだ。よろしくな!」
……………え?
……今まさかこの金髪イケメン、俺に話し掛けた?いや絶対そうだよ。俺の名前呼んだし。
え、うそ、やだ、ちょっと……超嬉しいんだけど!初対面のやつに話し掛けられるなんて小学生の時以来だ!……いやいや、変なヤンキーに絡まれたことはあったけど。
「あれ?違ったか?」
どうやら俺が中々返事を返さないから訝しく思ったらしい。まずい、まずいぞ!せっかく話しかけてくれたんだからすぐに返さないと!
「いや、合ってる合ってる。えっと、【カイル=ドラゴニス】だっけ?」
「おう!カイルって呼んでくれ!」
なんだコイツ、なれなれしいな………なんて俺は思わん!!むしろウェルカムだ!!でもちょっと質問。
「なんでドラゴニスじゃダメなんだよ。カッコイイじゃん」
なんか強そうな名前だよね。火くらいなら吹けるんじゃないか?
「カッコイイかどうかは知らんが、オレは家名のほうで呼ばれんの慣れてねぇんだよ。家が道場で、親父が師範やってっからさ。ほとんど名前の方でしか呼ばれねぇんだ」
道場で家名だと親父さんと被っちゃうからか。まぁこいつはどう見ても男だし、俺も名前で呼ぶのには抵抗無いからいいか。………流石にまた晃みたいな事にはならないよな?
「わかった、じゃあカイルね。カイル、カイル…良い名前だな。俺のことは好きなように呼んでくれぃ」
「お、そうか?ありがとな。えっと、ショウ!」
そういってカイルはニカッと白い歯を俺に見せつけた。
………感動だ。
こんなに早く同性の友達(まだ知り合いレベル?んなもん関係ないね)が出来たのは生まれて初めてだ。うっ……涙が出そうだ。
しかしそんな俺を気にもせずにこの男―――カイルは俺に話し掛けてくる。
「しっかしさ、お前ってよく怖がられねぇ?」
「うん?まあね。初対面のやつには殆ど話し掛けられたこと無いな」
「だよなぁ。だってめっちゃ怖ぇもんその目」
「うるさいな……。ってか自分で言うのもなんだけどさ、良く俺に話し掛けられたな」
「あー…まぁな」
ん?なんか歯切れが悪いな。
「それよりさ、お前の名前とか髪の色とかって珍しいな。もしかして他の転入生とも知り合いか?」
「おお、一応あいつらは俺の友達だ。髪の色は…そうだな、俺達が住んでるところじゃ一般的な色だよ」
「どこそこ」
「いやお前それは言えないよ」
「なんでだよ。別にいいだろ?」
「なんとなく、いやだ!」
会ったばかりの奴に『異世界です☆』なんて言えるかっ!いやいや、会ってすぐじゃなくてもダメだけど。
「ま、いっか。それよりさ、あいつらの事も紹介してくれよ。オレ友達少ないから増やしてぇんだ」
………ああ?
少ない?その顔で?なにそれ嫌味?…いや、逆に考えればその顔だから友達少ないのか?彼女のほうが多いとか。殺すぞ!!
……………おっと、取り乱したようだ。
「別にそれは構わないんだけどさ、今は無理だろ」
「いーや、大丈夫だね。お前が睨みながら一言『どけこのカスどもが!!』って言や全員いなくなんだろ」
「やだよ!入学早々俺を問題児にするつもりか!」
俺が多少声を荒げるとほぼ同時に扉が開く音がした。どうやらどこかに行っていたデラクール女史が戻ってきたらしい。カイルという名のイケメンはこちらに向けた身体はそのままに、首だけを動かして扉の方を見た。そしてその横顔もやたらカッコいい。ずるい。
「はーい、じゃあこれから第三運動場で機関長のありがたぁいお言葉を聴きに行くから、各自自分の椅子を持って廊下に並びなさい」
椅子をもって移動とか小学生か。
「あーあ、たりぃな。どうせ無駄話だぜ」
「そうかもしれないけどさ、機関長は結構話短いよ」
「そうなん?」
「ああ。今朝学校が始まる前に会ったからわかるんだ。自分の名前なんか覚えなくていいとか言ってた」
「なんだそれ、最高だな!」
俺達は笑い合いながら立ち上がって椅子を持つ。その雰囲気はもうすでに友達。クク…このペースならば友達百人も夢幻ではないな!
後ろでは今まで周りに集まっていた生徒達が椅子を取りに戻るため、各自の席に戻った事で質問攻めから開放された三人の姿があった。当然、疲労しているっぽい。俺は左に居た、すでにヘトヘト感が漂っているあすかに話し掛けてみた。
「おう、やっと開放されたみたいだな」
「……ふぅ。すごく疲れたよぅ。翔ちゃんが羨ましいなぁ」
「けっ、お前は誰からも話し掛けられない人間の寂しさがわかんないからそんな事が言えるんだよ」
「あははっ、そうだね」
……いや、だからって朗らかに肯定しないで欲しい。
「はぁ、でもホントに疲れたよ」
「えぇ。少しは遠慮していただきたいですね」
む、晃と楓か。
「それはアレだろ。ニンキモノの宿命だろ」
「ただ物珍しいだけだと思いますけど」
違うよ。可愛い良いからだよ。もしおまえ等がブサイクだったら寄ってきたのは半分以下だったはずだもの。
「おい、ショウ」
ん?なんでコイツは俺をこんな咎めるような目で……あぁ、忘れてた。紹介するんだったな。
「そうそう、こいつは今知り合ったばかりの【カイル=ドラゴニス】君だ。諸事情によって家名で呼ばれるのが嫌なんだってさ。家が道場でどうやら友達が少ないらしい。上辺だけでも仲良くしてやってくれ」
「なんだその紹介文!しかも上辺だけでもってなんだ!」
『そんなん決まってるだろ!あんまり仲良くなって欲しくないからだ!』
とは言えないから『冗談だよ』と無難に返しておく。
「…まぁいい。そんなわけでオレのことはカイルって呼んでくれ。えっと、ヒナタにアキヅキにホウジョウ、であってるよな?」
「うん、よろしく!」
「よろしくね」
「よろしくお願いします」
俺個人としてはヨロシクして欲しくない。あー…つってもカイルって俺に最初に話し掛けてきたよな。つまりこいつらには興味ないってこと?ってことはもしかしてコイツ、男が好……いや、深く考えないでおこう。非常に危険だ。
「それにしてもさ、カイル君よく翔ちゃんに話し掛けられたね。普通は怖くて話し掛けられないのに」
うっさい!!
「あぁ、まあ確かに怖かったけどな。それよりも好奇心のほうが勝ったんだよ」
「好奇心ってどうゆうことかな?」
「んー言葉では言い表し辛ぇんだけどさ、なんつーかこう、面白そうっていうか…。あ!そうそう、オレんちって道場やってっからなんとなく『こいつ強ぇな』ってのが判るんだよ」
「…今の『あ!』というのが少し気になるんですけど……。でもまあカイルさんもそう思ったんですか?」
「え、本当に強いのか?予想、当たってた?」
「…今の『え、』というのが少し気になるんですけど……。ええ、間違いなく強いと思いますよ」
止めてくれ楓、あすか、晃、そんな目で俺を見るのは。止めてくれカイル、そんな戦闘狂みたいな目で俺を見るのは。だいたい俺は強くないぞ!格闘技なんて習った事ない!
ってか四人とももう普通に会話してるのね。羨ましいよ、その社交性。
「ねぇ、そろそろ行こうよ。遅れちゃうよ?」
「あーそうだな。大丈夫かあすか。ちゃんと椅子持てる?なんならカイルに持ってもらうか?」
「もてるよ椅子くらい!」
「なんでオレの名前が出てくんだよ!普通は『俺がもってやろうか?』だろ!」
「ボク、椅子をもって移動なんて久しぶりだなぁ。楓は最後にやったのっていつ?」
「私は小学生の頃ですね。晃さんは?」
「んーボクは中学だね」
おのおの適当なことを話しながら、同じく椅子を持って歩いている人の流れに乗って第三運動場とやらに向かう。
しっかし、椅子とか持つのダルイな。そもそも足が四本もあって持ちづらいし。
……待てよ、この世界は魔術とかがあるんだからそれを使わない手はないな。よし、ちょっくらやってみよう。椅子がフワフワと浮いてるところを想像してっと。
――――――パチンッ
「おー浮いた浮いた。これで楽チンだ」
どうやら浮いただけでなく俺が歩けばきちんとついて来るみたいだ。やっぱ魔術とか超便利。
「お?なんだショウ、お前ももう魔術使えたのか」
そういやまだ学校始まってから少ししか経ってないんだよな。魔術はあんまり習ってないんだっけ。
「何?『も』ってことはカイルも出来んの?」
「当たり前だろ?オレんちは道場だっつったろうが」
そう言うとカイルは俺と同様に指を鳴らして椅子を浮かす。カイルの言葉から推測するに、『この世界』の道場ってのは魔術も使うらしい。
「あー翔ちゃんとカイル君だけ魔術を使うなんてずるいよぉ」
「別にあすかもやればいいだろ?」
「やりかたわかんないもん…」
ったく、昨日風を起こしたろうが…。
「適当にさ、椅子が浮いてるとこを想像すりゃいいんじゃね?」
「あーそっか」
『かぜよ!』といってあすかも椅子を浮かす。どうでもいいけど椅子の向きが逆さまだぞ。どうして足が天井を向くように浮かしたんだよ。
「ねぇ翔、ボク達にも教えてよ」
「はぁ?別に教えることなんか無いって。確か晃はあすかと一緒で『風』が使えたろ?あすかと同じようにやればいいんだよ」
「んー、わかった」
『風よ!』と言って晃も椅子を浮かす。なんとなくあすかのほうが晃に比べて発音がアレな気がする。ちなみに向きは俺達と同じように足が下を向いている。
あすかと晃がはしゃいでいるのを見ていると、何故か楓が小声で話し掛けてきた。楓のことだからパパッとやっちゃうと思ったんだけど。
「あのー、私は『風』持ってないんですけど…」
あ、そうか。デラクール女史に属性のことはなるべく伏せとけって言われてたから小声なのか。
「そうだな、じゃあ楓は『重力』で浮かせばいいじゃん」
「でもそんな局所的な重力変動を起こす光景なんて想像できませんよ」
「俺だってそんなん無理だよ。わかんないけどさ、取り敢えず椅子が浮くトコを思い浮かべればいいんじゃね?俺だってなんの属性使って椅子浮かしてんのかわかんないし」
「…やってみます」
軽く目をつぶって楓が指を鳴らす。するとなんてこともなく椅子が浮いた。全然心配する必要もなかったね。
「なんだなんだ、お前らみんな魔術使えんのかよ。ちぇ、折角俺だけ楽しようと思ったのによ」
「まあね。仮にカイルだけが魔術使えたんだとしたら椅子は全部カイルに持ってもらってたから関係ないけどさ」
「……なぁショウ、オレとお前ってまだ初めて話してから10分経ってないよな?」
「だから?」
「なんでそんなラフな……いや、やっぱなんでもね」
よくわからん奴だな。もしかして思春期特有の変な行動か?
「今翔さんはなんの属性を使っているのかは判らないんですよね?」
ん、楓か。
「ああ。物を浮かす事が出来るのは『風』と『重力』のどっちかだろうから、それなんだろうけど」
「ということはつまり、魔術を使用する際には属性を意識しなくてもいいと言うことでしょうか」
「そう……だな。多分そうゆうことだろ。走る時だって『この筋肉を使って身体を動かそう』とか意識してるわけじゃないし」
つまり風を起こそうと思えば『風』が勝手に使われるし、火をおこそうと思えば勝手に『火』が使われるし、今みたいに物を浮かそうと思えば勝手に『風』か『重力』かが使われるって事だろう、多分。属性を意識しなくて言い分とても楽だ。
「ショウとアキヅキ、置いてくぞ!」
「はーい!翔さん、急ぎましょう!」
「りょーかい」
そんなこんなで俺達は第三運動場に向かって両足を働かせた。
「あーつっかれた!!」
俺達は機関長の話、そしてその50倍の時間をかけたであろう副機関長の話を聴き終え、教室に戻ってきていた。折角機関長の話は20秒弱で終わったのにあのハゲのせいで台無しだ。
ちなみに行く時も帰ってくるときも俺達5人は注目されていた。それはそうだ、椅子を手で持たずに浮かせていたのは見る限りじゃ俺達だけだったからね。それと俺以外の奴らの容姿的にも。あと何故か教師達に咎められるようなな目で見られてたような気がしたし、もしかしたらまだ魔術は使っちゃいけなかったのかもしれないな。
「それにしてもさ、副機関長が言ってた『来週の行事』って何の事だ?デラクール女史もそんな事言ってた気がするけど」
「あ、それボクも気になった」
「なんだお前ら、四人ともなんも知らねぇのか?」
どうやら俺と晃だけではなく、楓とあすかも不思議そうな顔をしていたらしい。ま、急な転入だったんだし、俺達が知らないのも道理だよな。
「来週はクラス分けの試合があるんだよ、一年生の。そんでその試合での戦績とか、属性とかその他もろもろを考慮してクラスを改めて決めるんだとよ」
「試合?ってかクラス分け?今のクラスのまま一年やってくんじゃないの?」
「はぁ?そんなわけねぇだろ。強いやつと弱いやつが同じ教育を受けたって意味ねぇじゃん」
……そうか、この世界はそういう考え方なのか。
「でもその教育方法では学力や実力に差が出来てしまうのではないでしょうか?」
「なんか問題あんのか?」
「例えば、いじめの対象になるとか…」
「はっ、それが現実なんだよ。だからこそ魔力や属性が少ないやつは学をつけて学者になったりするし、頭の悪ぃやつは強くなって兵隊にでもなるんだよ。第一いじめられたくねぇなら学校なんかにゃ来んなっつーの。世の中には魔術が使えないから学校に来れないやつだって居るんだし」
「は、はぁ、そうですか」
うん、正論だ。全く持って正しいと思う。この世界のあり方にちょっと感動してしまった。女三人は何処となく納得してないみたいだけど。
「でもさぁ、まだ殆どの人が魔術なんて使えないんでしょ?一週間なんてちょっとの時間の授業で勝負になんの?」
「ああ。いくらまだ授業が始まってないっつっても才能のあるやつは大体もう魔術くらい使えてるもんなんだよ、オレやお前らみてぇにな」
……才能、か。確かに才能だけならあるのかも知れないけどさぁ、俺はともかくあいつらは喧嘩すらまともにした事無いと思う。晃はちょっと俺の喧嘩に巻き込んじゃった事あるけど。
「今現在魔術を使えねぇやつらはこの一週間でその使い方を学ぶ。使えるやつは1対1の勝負に慣れる。慣れてる奴は更に自分に磨きをかける。それがこの一週間の目標だろうな」
「でもボクは他人に痛い思いをさせたくないよ。殴ったり、魔術で攻撃したりさぁ」
「私もです」
「暴力はいけないよぉ」
だろうな、やっぱり。
「そうか?じゃあ棄権すりゃいいさ。大会への参加自体は強制だが棄権も認められてるからな。ただ…」
「ただ何だ?」
「ショウはちゃんと戦うんだろ?」
「まあね」
俺は別にキチンとした大会とかでだったら他人を傷つけるのに躊躇ないし。いや、むしろただの喧嘩でも躊躇なんてないし。降りかかる火の粉は払わねばなるまい。
「ってことはだ、オレとショウは勝ち抜くぞ。当然オレは小さい頃から訓練してっから結構強ぇし、見た感じショウも強い…っぽい。つまり、オレ達は多分一番上のクラスになるはずだ。だがお前らは棄権するとしたら……」
カイルの言葉を聞いて三人がはっとした。ってかカイル、俺を買いかぶりすぎじゃない?
「お前らはショウと同じクラスにはなれないぞ。むしろ正反対の最下位クラスだ」
「やるよ!!」 「やる!!」 「やります!!」
同時に三人が傍に居た俺がビックリしちゃうくらいの声で叫んだ。
「絶対にボクも戦って勝つよ!!」
「私も一番上のクラスになる!!」
「対戦相手なんて粉微塵にしちゃいます!!」
なんかひとり気合の入った表情で怖い事言ってるんだけど。
「ボソボソ(おい、カイル)」
「なんだよ」
「ボソボソ(何でお前あいつらを炊きつけるような事をしたんだよ)」
「あいつらも強そうだからだ。現時点で魔術を使ってたしな」
くっ!!コイツ……やはり戦闘狂か!?
「あとさ、その大会の優勝者は常識の範囲内でなんでもお願いを叶えてくれるんだってよ」
ん、どうゆうこと?
「つっても学校に関する事だけだけどな」
「なんだつまらん。じゃあ『金をよこせ』ってのは無理か」
「そんなもん頼むなよ」
「うるさい、俺達はいま貧乏なんだよ!」
異世界人舐めんな!実家があるお前とは違うんだよ!なぁーにが『実家が道場だ』だ。俺だって友達の姉の先輩の父親が政治家さ!
「カイルさんは何か考えているんですか?」
「いや、なんも。特に何かしてもらいたいわけでもねぇし」
「ふーん、夢の無いやつだ」
「金をよこせって言うやつよりはマシだと思うがよ」
「ウルサイダマレ」
――と、デラクール女史が戻ってきたようだ。どうやら彼女も副機関長の長話にはウンザリしたらしく疲労感が見え隠れしている。そして入室と同時に好き勝手に喋っていた俺達を含むクラスメイト達は各自、自分の席に戻った。
「えーっと特に連絡事項はなし、だから今日はココまでね」
……え、授業ないの?超ラッキーじゃん!!
「あ、そうそう。【アキラ=ホウジョウ】、【アスカ=ヒナタ】、【カイル=ドラゴニス】、【カエデ=アキヅキ】、【ショウ=クロノ】の5名はこの後私についてきて頂戴。はい、じゃあみんな帰っていいわよ」
………え?
クラスメイトから名前を呼ばれた俺達への視線がおくられてくる。左を見るとあすかも不思議そうな表情だ。
「ほら五人とも、行くわよ」
デラクール女史の声で俺は立ち上がりながらカイルに訊いてみる。
「おい、お前何かやったの?」
「なんもやってねぇよ。お前らこそなんかあるんじゃねぇのか?」
「…思い当たる節はないけど」
でも俺達は転入生だし、もしかしたらお話かなんかがあるのかもんしんない。この学校における教育目標とかなんとか。………うわ、想像するだけでもめんどうだ。
そんな感じで色んな事を考えながら、俺はもう何度目か判らないほど体験したデラクール女史の後ろについて歩くという行為に励んだ。励みたくも無いのに。