せつめ~かい
「……………はぁ」
自然と、溜息が、出た。
見ると、三人がなんとも微妙な表情で俺の様子をコソコソと窺っている。
あぁそうだ、この顔には見覚えがある。こいつらの前でやった渾身のギャグが滑った時もこんなんだったな。
もっともその時と今じゃ、全然重みが違うわけだけど。
「……はは。わり、三人とも」
どうやら、俺には才能が無かったらしい。
自嘲を込めてそう続けようとしたところで、すっかり意識の外にあった女性の呟くような声が聞こえた。
『……………嘘よ』と。
「……どうしたんですか先生ぅおわっ!!?」
なんか急にカバン片手に走り寄ってきたけど!!!
「もう一度!!もう一度この羽に魔力を通してみて!!!」
んあ?なんだこの剣幕。まさか、才能がなさ過ぎで逆に珍しいとか?………ヘコむ。
もしや昨日『風』が使えたのは何かの間違いだったのかではあるまいか…。
そんなこんなで俺は再び羽を握る事になったわけなのだが、さっきと違うのは渡された羽の枚数が四枚だということだ。
俺は俺で何が何だかいまいち現状を把握できておらず、三人娘はきょとんとしてるし、機関長は目を見開いて今にも脳卒中で倒れそうな様子だ。
「早くっっ!!」
わかったよもぅ、やればいいんだろやれば!!わかったからいい歳こいて大声を出すんじゃありません!!
今度は目をつぶらずに適当にやる。さっきみたいにわざわざ『血のように~』だのなんだのと考えるまでもないわ。
――――ほら成功……いや、失敗か?取り敢えず羽はシュワッと全部無くなった。
「これでいいですか」
俺が冷めた声色で言ってもデラクール女史は『ありえないわ』とか『嘘よ』とか小声で言いまくっている。
しかし、『もしかしてこのまま放置されんのか?』という俺の心配とは裏腹に、
「――どうやらデラクール先生は取り乱しておるようなんでな、ワシが替わりに主らに説明する事にしよう。少し長くなるが聴きなさい」
機関長の方は復帰したらしく、その長く白い髭をワサワサしながら、俺たちに向かって口を開いた。
「よいか、魔力保有者にはそれぞれ自分が使える魔術の『属性』と言う物がある。当然自分の属性ではない魔術は使えん。だからこそ自分の属性は必ず知っておかなければいけないもの。だからこそこの羽を使って検査したのじゃよ」
うん、そこまでは聞いたから判ってるぞ。知りたいのはそんなことじゃない。次。
「いま主らが流した魔力には主ら個人個人の属性が含まれておる。そしてこの検査は魔力をこの12枚の羽に通す事で12ある属性のうち、自分が一体なんの属性が使えるのかがわかる、と言う仕組みじゃ」
ふ~ん。なんかもっとハイテクな装置かなんかで一発で判るようになればいいのに。
「そしてこの羽は、その色に対応する魔力が流れ込んだ時、『消える』のじゃ」
へぇ~……………え?ってことはつまり……?
どこかいたずらっ子の様な面持ちだった機関長の言葉を理解した俺達を見、彼は笑いながら言った。
「どうやら主らは誤解しておったようじゃな。羽は沢山残ったほうが良いのではなく『魔力を流した時どれだけの羽が消えるか』と言う事が重要なのじゃ」
そ、そうだったのかぁぁぁー!!
「じゃあ全部消しちゃった俺って結構すごいんじゃね!?」
「ぶぅ~じゃあたった5枚しか消えなかったわたし達はあんまり才能が無いってことぉ?」
「な~んだ、悔しいなぁ」
「残念ですねー」
「ふふん、所詮君達では俺に勝つことは無理だったらしいね。その程度がお似合いさ!」
「なんだとぉ~!」
「…………何を言っているのあんた達」
……え?
「あんた達は世の中を舐めてるの!?何が『あんまり才能が無い』よ!!」
な、なんだぁ~!?え、ちょ、ええ!?
「ち、ちょっと落ち着いてください!!」
「何よ勝手な事ばかり言って……あんた達が才能ないっていうならこの世の殆どの人間が無能になるわよ!!」
くっ!!なんたる悲劇…いや、喜劇!この教師また暴走しやがった!!
「ほら!お前らもボーっとしてないでなだめるのを手伝え!!」
「は、はい!デ、デラクールさん!落ち着いてください」
「どぉーどぉーどぉー!!」
「怖くないよ!!なんにも怖くないよ!!」
「機関長も見てないで止めてくださいよ!!」
「ワシのようなジジイには無理じゃ。ほっほっほ」
『ほっほっほ』じゃない!!!
なんだかんだでこの暴走教師が自我を取り戻すのに、前とは違って5分くらいかかった。
「と、取り乱したわね」
……全くだ。どうして俺だけ引っ掻かれにゃならんのだ!!見ろ、左手の甲だ!
「さて、検査も終わった事だし、あなた達に問題よ。この世界の魔力保有者の平均保有属性数はどれくらいだと思う?じゃあ、アスカちゃん」
咳払いをしてから話し始めたが、今更冷静になられても俺の評価は上がらんぞ。なんてヒステリックな教師なんだ。
「えっとぉ~8くらいですか?」
「ちがうわ。じゃあアキラちゃん」
「………じゃあ6!」
「それもちがう。カエデちゃんは?」
「9、位でしょうか」
「残念はずれ。正解は3よ」
「「「「3?」」」」
すくなっ。
「クロノ君、今あなたは羽を全部消したわ。つまりあなたは全属性保有者ということ。じゃああなたのほかに全属性保有者ってどれくらいいると思う?このスピラの中で」
【スピラ】ってのはこの世界の事だっけ。っつーかこの国の人口すら知らない俺にそんなもんわかるわけないだろう。どう考えても無茶振りだっつーの。勘で良いか、勘で。
「1000人くらいじゃないんですか?」
「違う」
うん、そりゃそうだ。別に違ってても悔しくも何とも無い。
「この世界の歴史上、全属性保持者なんていうでたらめな存在は一度たりとも存在した事が無いわ」
「……え?じゃあ俺って超すごいじゃん!え、何?教科書とかに載っちゃう感じ!?」
「教科書なんてもんじゃないわ。恐らく、この事実が知れ渡ればあらゆる魔術書に名前が載るわよ。これで私が取り乱した理由がわかったでしょ?」
………おいおい、マジかよ、それ。
ふと左を見ると、三人がめっちゃキラキラした目で俺のほうを見ていおり、とても気持ちがいい。
「クロノ君、あなたに言っておく事があるわ」
真剣な表情で告げるデラクール女史を見て、俺も心持ち気を引き締める。
「あなたの属性の事はあまり迂闊に他人に教えないほうがいいわ」
「どうしてですか?」
「属性っていうのは先天的なものだから、後からどれだけ努力しても他の属性を身に付ける事ができないの。だからあなたのその才能は他の人にとって見れば嫉妬の対象になるから、十分に気をつけてね」
……嫉妬の対象、ね。ま、そんな事だろうと思ったけどさ、まさか俺なんかが他人から嫉妬される瞬間が来るとは思わなかったな。こんな『よくわからん世界』に連れてこられた神様からのお詫びってか?
「それに…同じ事がアスカちゃんたちにも言えるわ」
「どうしてですか?確かに私達の保有属性数も平均を超えてますけど、そこまで大きい差ではないと思うんですけど」
楓の疑問はもっともだ。平均が3、楓達は……残ってた羽が7枚らしいから、最初に貰った数から差し引けば保有数は5。確かに平均よりは上だけどそこまで妬まれるようなものじゃないはずだ。
「そう、数ではあまり替わらないわ。でも問題は数じゃないわ、種類なの」
種類?
「いい?一口に属性と言ってもその中は『低位魔術属性』・『中位魔術属性』・『高位魔術属性』という三段階に階級が分かれているのよ。攻撃力や危険度、そして希少度でね。とはいっても、攻撃力や危険度なんかは結局術者の能力次第だからこの区分はほとんど希少度で決まっているようなものね。便宜上のものよ」
「つまり、私達の属性はいくつかが高位ということですか?」
「そのとおりよ。今から詳しい説明するから」
あーなんかもうめんどくせえなぁ。俺はどうせ全部使えるんだし、適当に流しとけばいいか。
「ちゃんと聴いてね、クロノ君」
「はいすいません」
チッ……伊達に教師やってないらしいな。
「まずは『低位魔術属性』からね。低位の属性は【火】【水】【風】【地】よ。さっきも言ったけど、低位とはいっても別に本当に低位なわけではないわよ。対応する羽の色は順に『赤』『水色』『黄緑』『茶色』。自分がその羽の色をもっていなければ、あなたはその属性が使えるわ」
デラクール女史の話を聴いてあすか達は自分が持っている羽を眺め始めた。俺には必要ない行動であり、よってちょっと寂しい。
「『中位魔術属性』は【雷】【草】【氷】【癒し】よ。対応色は『紫』『緑』『青』『薄橙色』。大体数人に一人くらいはコレのうちのどれかを持っているわ」
薄橙色って……んだよ、肌色のことかよ解りづらい。あれ?人種差別的な問題で呼び方が変わったんだっけ?
ってかどうでもいいけど『中位魔術属性』って早口言葉っぽいな。
ちゅういまじゅつぞくせいちゅういまじゅちゅっ……………よし。
「問題は『高位魔術属性』よ。コレは殆どの人が持っていない属性で、この属性保持者は殆どが身分の高い仕事に就職したり研究者になったりするわね。割合としては一学年約200~300人の中に5人居ればいいほうよ。当然全くいない学年もあったりするわ。属性は【召喚】【重力】【光】【闇】、対応色は『薄紫』『紺』『白』『黒』よ」
これまた強そうな感じだな。さすが高位。伊達に偉そうな名前をしてないね。
「じゃあアスカちゃん、あなたが使える属性を教えてくれる?」
「は、はい。えっと、無いのが黄緑色と水色と青と……肌色と薄紫色だから…【風】と【水】と……【氷】と【癒し】と【召喚】です」
肌色って言っちゃったよ。
「そうね、ありがとう。次はアキラちゃんね」
「えっと、黄緑と赤と紫と緑と黒だから、【風】と【火】と【雷】と【草】と【闇】、かな」
「カエデちゃんは?」
「無くなった羽の色は茶色、水色、緑色、薄橙色、紺色です。使える属性は【地】、【水】、【草】、【癒し】、【重力】ですね」
三人の属性を聞き終えるとデラクール女史は『ほらね?』と言わんばかりに俺達を一瞥し、大きな溜息をついた。
「……これでわかったでしょ?私が何故驚いていたか」
なるほど。属性平均数を上回り、なおかつその中に高位が入っていたからか。それなら確かに驚くだろう。
しかもその相手が、自分がたまたま拾ってきた『記憶喪失だ』なんて怪しいことを言ってるやつら4人ともなんだからな。
「あ、あと自分の属性を知られるって事はその人の戦力がわかるってことだから、普通は誰も好き好んでは教えないわね。気をつけなさい」
「……おっと、そろそろ時間じゃな。デラクール先生」
壁にかかっている時計を見て機関長はデラクール女史に声をかけた。ここに来るときに時間を確認したわけじゃなかったが、機関長の言葉から察するに何時の間にか結構な時間が経っていたようだ。時の流れは速い。『光陰矢のごとし』ってやつだ。
「あら、もうですか?わかりました。四人とも行くわよ。では失礼します、機関長」
「ウム」
俺達も機関長に声をかけて(今度は俺もちゃんと言った)部屋を出、来た時よりも早く歩き出したデラクール女史について行く。ここに来る時よりも人が増え、よってその時には無かった好奇の視線を感じながら、やたら厳かな廊下を歩く。
「何処行くんだ?」
「……あなたねぇ、今朝からずっと思っていたんだけど、一応今日からは私はあなた達の先生なのよ?敬えとは言わないけどもう少し丁寧な言葉遣いは出来ないの?」
「残念ながら出来ない」
俺はまだからかわれた事を根に持っているからな。一時のテンションに身を任せると確かにその瞬間は楽しいが、その後が怖いってことを思い知れ。
「……もういいわ、それで」
「あの、それで今から行くのは私達の教室ですか?」
「そうよ」
「おんなじクラスになれればいいねぇ~」
「心配しなくても同じクラスよ。それに私が担任。とはいってもすぐに変わるけれど」
「どうゆうこと?」
「その辺りは同じクラスの友達にでも教えてもらうといいわ」
………簡単に友達が出来たら苦労しないんだよチクショウ!俺はこの三人とは違うんだよ!
「クロノ君、どうかしたの?」
「……なんでも」
はぁ………どうせアレだろ、なんか良くわからんけど自己紹介とかすんだろ。ホントにやだ。ただでさえ人前に出るのが嫌いなのに何が楽しくてみんなの前で挨拶なんかせにゃならんのだ。
「そういやデラクール女史」
「……そんな呼ばれ方をしたのは初めてね」
「1クラスは何人で構成されているのだろうか」
「だいたい40人くらいよ」
―――40人。40人もの人間の前で『翔 玄野です♪よろしく☆』なんて言える訳が無い。いや、例え何人でもそんなテンションで言うつもりは無いけれども。
それにあれだ、俺のほかにいるのが美少女三人とか不味いんじゃね?前の学校の時の二の舞じゃん。まぁこの世界の美的感覚が俺らのトコと変わらなかったらの話だけど。
あぁぁぁぁ………めっちゃ鬱だ。
目の前では、あすか、晃、楓が俺の気も知らないで『緊張しつつも若干楽しみ』みたいな表情でキャッキャと会話している。少しだけでいいからその度胸と愛嬌を分けてほしい。俺にはどちらも不足しているのだから。