学校へ行こう!
「――――ん、朝か」
窓から差し込む柔らかな太陽の光で目がさめた。
いつもならもっと寝覚めが悪いはずなのだが、今日はスムーズに意識が覚醒していく……ような気がする。
やっぱりあれだな、『ねむれないよ!!』とか思ってても流石に疲れすぎてて眠っちゃったみたいだな。すぐに寝れたからすぐに起きられたってことか。俺の睡眠時間を容赦なく削り行く娯楽もないわけだし。フアアァーーっとあくびを一つ。
「………よし、顔を洗って歯を磨くか」
因みに俺は朝食前と後の二回とも歯を磨く。
ん?そういや家の中がやけに静かだな…ってことあいつらはまだ起きてないのか。
普通こういった状況下では女の子が早く起きて俺を起こしてくれるもんじゃないのか?いや、普通の基準が判らんけど。でもそれが“男の浪漫”ってヤツだろ。
……でもまぁ早く起きたお陰で寝起きの間抜けな顔を見せる必要もなくなったし、コレはコレでラッキーだな。
パシャパシャと顔を洗い、歯磨きに移る。一瞬歯磨き粉と洗顔料を間違えそうになりつつも、真の男たる俺はそんなことには動じずに、さらに思考を張り巡らせる。
―――どうなんだろう、あいつらを起こしたほうがいいのかな。でも時間もわかんないしまだ起こすには早い時間だったらどうしよう。それに女三人が寝ている部屋に男が侵入するのはいかがなものか。いや、考えるまでもなく不味いってば。
となるとこのまま起こさずにおくのが賢明か。でもあの先生が来た時にまだ寝ていたりしたら異世界人として恥だろう。あ、違った、記憶喪失人だった。
なにより俺が起きてるのにあいつらだけ寝ているなんてズルすぎる。俺と同じ時間寝ているわけだから起こしても問題ないはずだ。うん、そうに違いない。
口をゆすぎ、再び歯磨き粉と洗顔料を間違えて手に取りながらも身だしなみを整える。要するに顔を洗うって事だ。
さて、どうやって起こそうか。
ドアを叩く?―――やだ、なんかつまんない。
大声で叫ぶ?―――やだ、なんかつまんない。
フライパンとお玉でカンカン?―――よし、コレで行こう。
俺は妹キャラでもなんでもないけど、前から一度やってみたかったんだ。
――――洗顔終了、軽く髪の毛も整えて洗面所を出る。
キッチンでフライパンを……なかったからゴツイ中華鍋みたいな物を左手に、お玉を……なかったから菜っ葉包丁みたいな物を右手に、現在あいつらと俺を隔てる扉の前。
フゥ………よし!!
俺は気合を入れて中華鍋の裏側を菜っ葉包丁の刃じゃないほうで叩く。なんだっけ、みね?
「おっきろぉぉぉーーーーー朝だぞぉぉぉーーーー」
ギャインギャインギャイン!!!!!
あーーうるせっっ!!これなら誰でも起きるだろうな。気持ち良くかどうかはともかく。
「ひなたぁぁぁーーーあきづきぃぃぃーーーあきらぁぁぁーーー」
ギャインギャインギャイン!!!!!
てか音がおかしいだろ。普通は『カンカンカン』じゃね?ま、楽しいからいいか。
「はやくおきろぉぉぉーーーー」
ギャインギャインギャイン!!!!!
部屋の中でドタドタと騒ぐ音を耳にして手を下ろした。いくら力が強くなってると入っても、どうやら俺にとって中華鍋は重すぎる代物らしく、少々腕が疲れてしまいました。
―――――数秒後、扉が開いた。
目の前には目をしょぼつかせ髪がボサっとしており今にも倒れそうなんだけど、それでも美少女には変わりない三人の女の子。なかなかレアな光景だ。一番ちっこいヤツは枕を片手に抱いている。今ここにカメラがあったら一枚パシャリときたいほどだ。……しまった、携帯カバンに入れっぱなしだった。まあいい。
「よっおはよ」
右手を上げながら挨拶する。
「「「……………キ」」」
キ?
「「「キャアアアアアァァァァァァーーーーー」」」
「ブフッッ!!!」
枕を顔面に食らった。
若干いい匂いがしたのは俺だけの秘密だ。
「ったくよぉ、折角起こしに来てやったのに何で枕を投げつけられなきゃいけないんだっつーの」
目の前にはすっかり身だしなみを整えた日向、秋月、晃。三人とも見慣れたうちの学校の制服に着替えている。俺はめんどいからそのままパジャマ兼私服のままだ。
「た、確かに悪かったけどさぁ、翔ちゃんが物騒な格好をしてたからいけないんだよ」
「………むぅ」
確かにあの時の俺は今思い出してみれば不審者感丸出しだったかもしれない。右手に菜っ葉包丁、左手に中華鍋という最初の町を出た勇者みたいな装備は、現実にはいちゃいけない存在だろうな。
あの時は ねんがんの お玉で フライパン カンカン が できるぞ とか思って浮かれてたから全く気付かなかった。
「まったく……中華鍋はまだいいとしてもなんで包丁だったのさ」
「お玉が見つからなかったの!」
そうだ、悪いのは俺に見つからなかったお玉だ。だから俺は悪くない。
「私達を口封じしにきたのかと思っちゃいましたよ…」
「あーわたしも思った」
「ボクも」
む……口封じ?どういうことだ?
俺が三人にそのことを尋ねようとすると、その前に玄関から扉が叩かれ、開く音がした。
「…あら?もうみんな起きてたの?早いわね」
「あ、どーも」
俺はなんかもうこの人に対して丁寧に話す気力を無くしていた。いや、感謝の念はがっつりあるけれども。
他三人はどうやら俺の心境とは正反対のようで、俺に向けていたジト目を即座に切り替えて対大人用の挨拶を繰り出し、大人も『はい、おはようございます』と言ういかにも学校の先生っぽい挨拶を俺達に返す。
「さて、来た早々で悪いけどもうしっかり目覚めてるみたいだから学校に行くわよ。すこし早いけど早めに出れば余裕をもって行けるし。はい、これ制服だから。さっさと着替えてきて。大きさはあってると思うから」
そう言って俺達一人一人になんか良くわからん服を渡していく。別に反抗する気もないし、取り敢えずさっさと着替えようと思う。
「なんでもう服を脱ぎ始めてるのさ!」
「お前は俺の上裸なんて見慣れてんだろ?別にいいじゃんか」
「あすかと楓もいるの!」
あぁ……忘れてた。視界に入ってるのが晃と先生だけだったから。因みに先生は動じてない。
「ほら、行くよ!二人ともボーっと翔のほうを見てるんじゃない!!」
「も、もうちょっとだけ…」
「あぅ~~」
なにやってんだあいつら。ナチュラルに寝ボケるなんて凄い技術だ。……まあいい、服を着よう。
――――――――?
なんだこれ。どうやって着るんだ?
下半身はオッケー。何処となくリクルートスーツっぽい感じの生地の、俺が知ってるのとあんまり変わらないズボンと、ちょっと高級感漂うベルトを装着し終えた。バックルに良くわからないエンブレムが彫ってある。
そして上半身。取り敢えずYシャツっぽいのは余裕で着れた。ボタンだったし。そしてその上に羽織るちょっとヒラヒラしている良くわからん黒いの服。これもまあ何とかなった。
問題はこのマント。こんなもん着たことないからどうすりゃいいのかわからん。
「コレの着方が判らんのだけれども」
「ん?あぁ、両肩に留め具があるでしょ?……そう、それ。そこにマントのこの部分を引っ掛けるのよ」
ん?……おぉ、こうか。よし、出来た。完成。
「あら。結構似合ってるじゃない」
「そりゃどーも。ところでこのマントは何の必要性があんの?」
「色々よ」
なんか昨日といい今日といい俺に対してだけ適当じゃない?
「着替え終わりましたぁ~」
扉が開く音がする。振り返るとそこには当然、新しい制服を着た日向、秋月、晃がいた。
おぉぉ…………超絶似合っている。
どうやらこの世界でも女子の制服はスカートらしい。まことにありがたい事だ。
ただおしむらくは前の制服よりスカートの丈が長い事か。昨日のように、魔術によって簡単にはスカートが捲れない様にするための配慮なのかチクショウコノヤロウ。
「どう?翔ちゃん、似合ってる?」
日向がどこぞの漫画のようにクルッと一回転する。言っておくけど前方でも後方でもない、横にだ。
秋月が少しはにかんだ笑顔で俺に笑いかける。
晃が三人の中で一番恥ずかしそうにしており、軽く俯いている。いくら昨日すこし女子用の制服を着たからと言っても、やはり今までずっと男物だったんだから恥ずかしいのも無理ないだろう。
――――さて、どう返答したものか。
当然、やつらの姿は素敵過ぎる。超似合う。超可愛い。
でもここで俺が『似合ってるぜ……』って言うのもなんとなく負けた気がして嫌だ。そして普通の言葉過ぎて嫌だ。だからココはあえて誉めん!!たまには貶してやる!!
「なんか、その…アレだな日向。妹が無理して姉の制服を着てみたって感じだな。秋月は…えっとあのー、そう、なんか上級生に向かって『お姉さまって…お呼びしてもいいですか』って言ってそうだな。晃は…アレだよアレ、あのーバレンタインデーにチョコを貰いすぎてホワイトデーに苦労しそうだな」
チクショウ!!悪口なんて思いつかないよ!!なんだこいつら、完璧すぎだ!!
「………なに笑ってんだよ」
みると三人とも俺のほうを見てクスクス笑っていた。
「だってわたし達の悪口をいうのにすごく言葉がつまってるんだもん」
「それに新しい制服の事に全然触れていませんし」
「翔の事だからどうせ素直にボク達を誉めるのが嫌だったんでしょ」
ぐっっ!!こいつら、痛いところを……。
「ええい、うるさいうるさい!!似合ってないったら似合ってないんだよ!!」
………だからその笑いながら『はいはい、わかりましたよ』ってのはヤメロ!!
「でも私は翔さんの今の姿は素敵だと思いますよ」
「うん!すごくカッコイイよ!」
「コレは惚れちゃうねー」
………え?何?なんなのこの新手の羞恥プレイ。どういうつもりなの?俺をどうしたいのこの子達は。
「べ、別にそんなこと言われたって全然嬉しくなんてないんだからな!!勘違いすんなよっ!!」
あ、くそっ!思わず『絶対に言葉どおりには伝わらない魔法の呪文』を言ってしまった!!………だからそのニヤニヤした顔を止めてお願い!!
「楽しんでるところ悪いけど早く行く準備をしてくれないかしら」
おおっ!神の声だ!
三人もデラクール女史の言葉で俺を茶化すのを止めてくれた…かに思えたが、まだクスクスと笑い合っている。
「ほら、時間がないんだからさっさと行くわよ」
「あの、朝ご飯とかは?」
別に朝飯なんて無くても生きていけるだろうに………いや、日向には無理か。日向化け物説はかなり有力だ。
「あぁ、お弁当があるから馬車の中で食べるわよ。遅いか早いかは別にして、もともとその予定だったから」
「はい、判りました!」
となると、朝食の後に歯を磨くのは諦めたほうがいいかなぁ。
まぁ、そんなこんなで草原への入り口だ。つまりこの町の出口さ。
あの教師の家を出て、昨日俺達が入ってきたところとは別の門まで歩くと馬車が一台留まっていた。デラクール女史は既に御者と話をしてお金らしきものを支払っているみたいだ。俺達はその後ろで田舎者感丸出しで馬車を見物している。
俺達の目の前に居る生命体は見た目だけなら普通の(つっても異常に大きいけど)馬とあんまり変わらない。でも何故かココにいる二頭の馬は鮮やかなショッキングピンクとエメラルドグリーンで、時々剥き出しになる歯が異常に鋭く、結果的にとてつもなく怖い。あと良く見たら爪も鋭いし目つきもどこか親近感が湧く。
デラクール女史曰く、この奇妙な生物は肉食ではあるが温厚で、人間のような大きなものは食べないらしい。何故なら口が小さいから。『この子達が食べるのはもっぱら小動物よ』という言葉を聞いて日向の身を結構真剣に案じてしまったのが本人にバレてしまい、蹴られた脛がズキズキと痛む。
名称はそのまま馬。でもいくら慣れ親しんだ名称だからといってこの不安感は拭い去れるものじゃない。どうやら三人も同じ感想のようだ。
「さあ乗って。あんまり高級な馬車じゃないから乗り心地はあんまりよくないかもしれないけどね」
そんなこと言われても今まで馬車に乗った経験なんて一度も無いし、俺の中の馬車の乗り心地のよさの基準がこれで決まる事になった。
「はい、お弁当。これもあんまりおいしくないけどね」
「お、昨日と違ってまともだ」
「……何か言った?」
「あ、いや、なんでも」
この弁当は俺達が知ってるのと同じ感じのアレだ。食材はよくわかんないけど。
つまり昨日の晩飯とあの泥水の見た目はこの教師のダメスキルってわけか。
――――――――――ふむ、確かにあまりうまく無い。味は昨日のほうがよかったな。
「うぅ、フラーさんの料理のほうがおいしかったです」
「あらやっぱり?ありがとうアスカちゃん。お礼に私のお弁当のおかずあげるわ」
「いいんですか!?ありがとうございます!じゃあコレとコレとコレと……」
「ち、ちょっとちょっと!」
あぁあ、日向に飯をあげる時はちゃんと個数を言わないと沢山持っていかれるってことを言い忘れてた。ま、いいか。俺の飯じゃないし。
「あ、あすかさん、私のもあげますから落ち着いてください。はいコレ」
「楓ちゃんも!?ありがとう!」
「じゃあボクも」
「おい晃、お前あんまり好きじゃなかった物の残りを押し付けてるだけだろ」
「う、や、やだなぁ。そんなわけ無いじゃん」
「日向、晃の弁当から好きなものを持って
って良いぞ」
「わーーい!!」
「あ、コラ!!」
よし、この間に俺は弁当を食ってしまおう。獲られたくないし。
「ねぇクロノ君、ちょっと聞いてもいいかしら」
弁当のおかずを根こそぎ日向に獲られたデラクール女史が話し掛けてきた。どうやらこれ以上弁当を食べるのは諦めたようだ。彼女の安っぽい弁当箱に残っているのはこのタイ米っぽい長めの米だけだし。
「どうしてアキラちゃんは名前で呼んでるのにアスカちゃんとカエデちゃんは家名で呼んでいるの?」
「……うーーん、どう説明したものか」
確かに前に日向と秋月にも名前で呼んでくれって言われた事はあるんだけど、俺はそれを断ったんだよなぁ。だって彼女でも幼馴染でも兄妹でもないのに女の子の事を名前で呼ぶのは俺にとって恥ずかしかったし。
でも俺が晃の事を名前で呼んでいるのは晃のことを男だと思ってたからだからだし、ぶっちゃけあいつが女だって言われても今更呼び方を変えようとも思わない。なんとなく違和感がある。
でもでもあいつは女なわけだし、冷静に考えてみれば俺は女を名前で呼んでるわけだし、改めて考えてみたらなんかちょっと恥ずかしくなってきた。
………仕方ない。
「なにか大層な理由でもあるの?」
「いや、そう言うわけじゃないです。そうですね、今日からあいつの事を【晃】じゃなくて【北条】って呼び…「ダメッッッ!!!」ぅおっっ!!」
日向とゴチャゴチャやってた晃がいきなり叫んだ。その隙に日向はバイキング宜しく晃の弁当から搾取し続けている。
「ボクのことは今のまま【晃】って呼んで!!」
え?急になんだ?
「いい!?」
「あ、は、はい」
思わず頷いてしまった。
「「ちょっと待って(下さい)!!」」
「うおっっ!!」
―――またビビッた。
何時の間にか晃と秋月と教師のを含む二人分以上の弁当を食い終わっていた日向と、こっちを眉をしかめて見ていた秋月がいきなり叫んだ。
「晃ちゃんだけ名前で呼ぶなんてずるいよ!!」
ずるいの?なんで?
「そうです!!だったら私の…じゃなかった、私達の事も名前で呼んでくれたっていいじゃないですか!!不公平です!!」
「いや、だから俺は晃のことも北条って呼ぼうと…」
「「「ダメ(です)っっ!!」」」
「何でだよ!それに日向、お前は苗字も名前っぽいじゃないか!だからいいだろ別に!」
「理由になってないし!?」
あーもーなんなんだこいつらは!てかなんで日向と秋月も晃と一緒になって叫んだんだよ!!不公平だって言うから直そうと思ったのに!
「あのさー、つまりクロノ君がみんなを名前で呼べばいいんじゃない?なんでそんなに嫌がってるの?」
「……別に嫌ってわけじゃないんですよ」
そう、ただ恥ずかしいだけなんだ。後は人前(特に学校の男子の前)で日向と秋月の事を名前で呼ぶと俺への敵意が倍増するだろうことが簡単に予想がついたからだ。
「じゃあ呼べばいいじゃない。それに世の中家名で呼ばれるのが嫌な人なんていっぱいいるんだから」
「う……」
そう言われると困るな……。
「そうそう、フラーさんの言う通りだね」
「私達で慣れておいた方が良いですよ」
………はぁ、しょうがない、か。
「じゃあ………あすか、楓」
ぐぅっっっ…………なんか超恥ずかしい!!相手を女だと意識して名前で呼ぶのは生まれて初めてだ。
「………えへへ」
「………ウフフ」
なんか目の前の二人も気味の悪い笑顔だ。
「あらあら、青春ねぇ」
「フンッ!」
晃がなんかちょっと不機嫌になった。もう俺にはさっぱりだ。
学校に行く前だってのになんかもう疲れたよパトラッシュ………。
「さぁついたわ。降りて降りて」
「あ、はい。ほら、日な…あすかと晃と秋づ…楓も降りるぞ」
あの後練習と称して何度も何度もあすかと楓の名前を呼ばされたおかげで、脳内ではサラッと言える様にはなったけど、現実世界ではそうはいかない。超どもる。
でもあいつらはご機嫌だ。そんなに名前で呼んで欲しかったのか?わからん。所詮名前なんてモノを呼ぶときに必要だからつけられたものじゃないか。
馬車から降りた俺達を出迎えたのは。つい昨日通う事が決定した学校だ。『この世界』に来た時に遠くから見たときよりもさらに大きく見える。
敷地の総面積はよく分からないが、とりあえず高さだけで行っても相当なものだ。恐らく『俺達の世界』の首都にあった某赤い搭よりも高く、それでいてピラミッドのような形をしてるもんだから、収容可能人数は数倍じゃきかないだろうな。
「ふぉぉぉ…。改めて見るとすごく大きい建物だねぇ」
身長の低いあすかからすれば驚きも一入だろう。小学生の頃、高校生がやたら大人に見えたのと同じ理屈だろう。
「それはそうよ。小さかったら魔術の練習なんて出来ないでしょ」
そりゃそうだ。
「ほら、あなた達は早速行かなきゃいけないところがあるんだから、急いで急いで」
「余裕を持って家を出たんじゃないんですか?」
「あなた達のやり取りを見ていたら途中で速度を上げるのを忘れちゃったのよ」
なんじゃい、わしらの責任にするんかい。勝手にニヤニヤ俺らを見てたくせに。
「フラーさんフラーさん、何処にいくんですか?職員室?」
「惜しいけど違うわ。今からいくのは『機関長室』よ」
まぁ、校長室みたいなモンだろう。俺らは一応転校生だし。あぁいや、転入生か。
それにしても機関長っていうとやたらカッコイイ響きがする。あれか、立ちションの事を『大地に放尿』っていうとカッコよくなるのと同じか。
「ほら、早くしなさい。あなた達はやらなきゃいけないことと、受けなきゃいけない説明があるんだから」
げぇやだなぁめんどくさいなぁでもまぁ仕方ない大人しく従おうだってしょうがないし俺は諦めが早い人間だ。
こんな感じで俺は(脳内で)ぶつぶつ言いながら、前を歩く4人の後姿を眺めながら大人しくついて行く。
俺達が今通っている門は、大きさだけで言うと国会議事堂くらいの大きさはあるにも関わらず、デラクール女史曰くここは裏門らしい。しかも3つめの。思うに全然裏になっていない。裏門ってのはもっとしょぼいからこその『裏』門じゃないのか。てかなんで裏門が3つもあるんだ。てかなんで裏門の癖にこんなに装飾が華美なんだ。
門を通り過ぎると俺の背丈の3倍ほどのこれまたでかい扉があり、コレを開くには何人くらいの力が必要なんだろうと思っている俺を傍らに、横にある普通の大きさの扉を開けて俺達は校内へと進入した。なんかさっきから『3』って数字を多用している気がする。
3人は(あ、まただ)周囲をキョロキョロと見回しながら歩いているのでやっぱり田舎者丸出しだったが、まだ授業が始まるには早い時間らしく辺りに人がいないことが救いだ。俺は体面を気にしてまっすぐ前を見つつしっかりと歩いて行く。よって情景描写は出来ないため各自で想像して欲しい。イメージとしては某魔術学校の内外装+寂れた博物館の雰囲気。まぁ後者は人が殆どいないからだろうけど。コツコツと俺達5人の足音が響いている。
「はい、ココに立って。『風』の魔術で一気に上がるから驚かないでね」
そう言うデラクール女史が立っているのは、なにやら良くわからない小部屋の中にあったでかいマンホールみたいな石の板の上だ。少し窮屈そうだけど俺達5人が乗ることの出来る大きさではある。
ですが先生、その顔はどう見ても『フハハハハ驚け!!』って言ってる顔ですね。よし、意地でも驚かない。
「じゃあ行くわよ」
デラクール女史が指を鳴らすと俺達に軽くGがかかった。エレベーターの時と同じだ。違う点はこちらはただ石の上に乗っているだけなのでうかつに動くと落ちるという事だ。正直怖い。その証拠に三人の女の子は恐怖で感嘆の声をあげることが出来ずにいるようだ。それをあの教師は悦に浸った様子で眺めている。
「はい到着。広く空いているところがあるから足元に注意してね」
む、その言い方はどこかで聞いたことあるような。
「うぅ…怖かったよぅ」
「あー…なんかボクすこし酔ったかも」
「フフ…ちょっと気持ちよかった♪」
あ、そういや楓は俺と同じでジェットコースターとかすごい好きだったからな。
「ほら、何してるの。ココよココよ」
何事も無かったかのようにあの女教師は金のかかっていそうな扉の前で手招きをしている。
実際、何回も乗っているんだろうし慣れているんだろう。
「ここが機関長室ね。じゃあ入るわよ」
その言葉で俺もあいつらも気を引き締める。この学校で一番偉い人に会うんだから、一応緊張しておかないとな。
―――――――コンコン
「失礼します。転入生4名をつれてきました」
デラクール女史は中から返事が聞こえてくる前に扉を開けた。多分昨日のうちに連絡が行ってたんだろう。
三人はデラクール女史の後に続けて『失礼します』と言って部屋に入っていくが、俺は失礼な事をするつもりなんて全く無いので無言で入り、そのまま扉を閉めた。その行為自体が失礼に当たるのかもしれないけど、気にしない。
部屋の中にはなにやら良くわからん爺さんが中々高級そうな椅子に鎮座しており、その風貌はいかにも偉そうなジジイであった。あの長くて白い髭もそれに拍車をかけている。
「ふむ、その4人がデラクール先生の言っていた『記憶喪失』の子供達かね?」
なんだ、話し方までいかにも偉そうだ。でも無理してこの声色を出しているようには見えないのでこれが素なんだろう。
デラクール女史の『はい』という言葉を聞いて、偉そうなジジイは再び口を開いた。
「ワシがこの【アレクサンドリア立教育機関】の機関長、【ルーファス・スクリムジョール】じゃ。まぁワシの名前なんぞどうでもいいことじゃから、早速今この時必要な事をするとしよう。主らの名前も報告されているのでな、自己紹介は不要じゃ」
なんというアバウトさだ。このご老人は俺らのとこの校長とは違って話がわかるね。ジジイとか言ってごめんなさい。
とてつもなく軽い挨拶を済ますとジジ…機関長は手で何らかの合図をした。
するとデラクール女史が、持っていた自身のカバンから用途が窺い知れない色とりどりの鳥の羽のようなものを取り出し、機関長の机に並べ始めた。しかも沢山。
「コレはある特殊な魔物の羽で、この羽を使って自分の魔術の属性を調べるのよ。あなた達がこの学校で魔術を習おうとする以上自分の属性は絶対に知っていなければいけないものよ。他のみんなは既に終わらせてあるからあなた達はココでやるの」
『他のみんな』ってのは同級生になるやつらのこと?
デラクール女史が羽を並べ終えた。数えてみると、どうやら一人につき羽は12枚必要らしい。計48枚だ。
「さてと、それじゃあ各自羽を全部持って。持ち方はどうでもいいから」
ふぅん……どうでもいいのか。
一番左にいるあすかはパッと羽を右手と左手に半分ずつ持った。
左から二番目にいる晃はスッと羽を一束にまとめて片手に持った。
左から三番目にいる楓はフッと羽を扇子のように両手で広げて持った。
一番右にいる俺はガッと羽を右手で適当に掴み取った。
「確かにどうでも良いとは言ったけど…」
「え?これじゃあダメなんですか?」
「ダメではないけれど、そんな乱雑な持ち方をした生徒はあなたが初めてよ…」
ってことはこの世界の人間はみんな真面目って事なのかなぁ。超イヤだ。
「他の子達はもっと緊張しているものなの!これで自分の人生が決まるようなものなんだから!」
「え、そうなんですか……?」
「え?あ、いや、一概にそう決まってるわけじゃないんだけど…」
「デラクール先生、そろそろ始めてもらっても構いませんかな?」
「あ、はい」
あすかに答えようとしてデラクール女史は機関長に話しをさえぎられた。ってかもう機関長の名前を忘れちゃったよ。なんだっけ……ジ…ジジイ………ああもうダメだわからん。人の名前って覚えようとしないとすぐに忘れちゃうな……。
こっそりと三人の様子を伺うと、人生が決まると言われて更に緊張し始めたようだ。俺は別にしてないけど。
………ほ、本当だからなっ!
「じゃあ説明するから良く聴いてね」
む、集中集中。
「とはいっても難しい事ではないわ。今あなた達が持っているその羽に魔力を通すだけだから」
「先生、ボク達は魔力を通せと言われてもやり方を知らないんですけど」
うんうん、その通り。
「あら?そう言えばまだ教えてなかったわね、ごめんなさい」
デラクール女史はそういってウインクしなから片手を挙げた。まぁ結構美人だから似合ってない事も無いんだけど、いかんせん歳が…「クロノ君、なにか?」いやなんでもないですすいませんごめんなさい。
「自分の中にある魔力が羽に流れ込んでいる状態を想像すればいいのよ。簡単でしょ?」
「えっと、本当にそれだけなんですか?」
楓の疑問も当然のものだろうな。なんとなく簡単すぎる気がするし。普通はもっと難しいものなんじゃないのかねぇ。
「そうよ。魔力保有者はそれだけで魔力を物や肉体に通す事が出来る。そしてあなた達は魔力保有者。つまりあなた達はその方法で羽に魔力を通す事が出来るわ」
実に単純な三段論法だった。
「それじゃあ初めて頂戴。……そうね、どうせなら一人ずつ順番にやりましょうか。じゃあまずはアスカちゃんね」
「ふえ!?わ、わたし!?」
「ええ。だってあなたは昨日『風』を起こしたんでしょう?だったら確実じゃない」
「うぅ…翔ちゃんだってやったのにぃ~」
「ほらあすか、がんばってね」
「がんばってください、あすかさん」
「……わかったよぅ」
そういってあすかは羽を持ったままの両手の力を抜き、ブランと下に延ばして目をつぶる。
そして、――――――集中
数秒後、あすかが持っている羽の半分位がまるで溶けたかのように消えた。
「……あ、あれ?なくなっちゃったよ?」
……え?なに?どうゆうこと?
前を見ると機関長もデラクール女史もポカンとした表情でこっちを見ていた。
「あ、あの、フラーさん……羽がなくなっちゃいました…」
いかにも申し訳なさそうに話すあすかに、デラクール女史は慌てて言葉を返した。
「い、いいのいいの、なんの問題も無く成功だから。ちょっと驚いちゃってただけよ。じゃあ次にアキラちゃん、お願い」
……なるほど、羽が消えることは折込済みである、と。つまり羽が消えてしまっても問題はない……羽が残っていれば成功なのか。
「は、はい」
晃も少々緊張した面持ちで羽を持った右手を左手で包み込み、そのまま額の前に持っていって目をつぶる。
そして、――――――集中
数秒後、晃が持っている羽の半分位がまるで溶けたかのように消えた。
「……ふう、よかったぁ。ボクのもちゃんと残ってくれたよ」
「よかったね!晃ちゃん!!」
「うん。あー緊張したぁ」
二人ははしゃいでいるようだけど残っている俺達の気持ちを考えて欲しい。楓は緊張を和らげるために深呼吸しているようだ。
前を見るとやはり二人ともポカンとしている。なんなんだあの顔は!なんか腹立つ。
「――じゃあ私もやりますね」
声がかからないため、楓は勝手に始めるようだ。
楓は両手に広げた羽を持ったままその手を胸の前に持っていき、目をつぶる。
そして、――――――集中
数秒後、楓の持っている羽の半分くらいがまるで溶けたかのように消えた。
「……成功したようです」
「やったね楓!」
「ねねね、楓ちゃんは何枚残ってる?わたし7枚?」
「えっと…私も7枚ですね」
「あ、ボクも7枚残ってるよ」
『奇遇だねーー』なんて言いながら笑い合う憎いあんちきしょう達。くそ、まだ俺が残ってるんだぞ。盛り上がるならもうちょっと静かに盛り上がってくれよ!こっちはまだなんだからさ!……あぁもう、心臓の音がでかいウザい!
「ち、ちょっとちょっと!!」
む、なんかデラクール女史が慌てた様子ですな。
「あなた達、本当にただの子供!?」
さあね。
楓がデラクール女史にどういう意味かを尋ねようとすると、興奮しているデラクール女史を嗜めた機関長が『話は後でするから先に終わらせてくれ』みたいな事を言ってきた。つってもどうやら機関長も動揺しているらしく、細かいところは聞き取れなかったけどさ。
―――よし、じゃあ俺もやるか。
…………なんかみんなの期待の目が怖い。機関長とデラクール女史はいわずもがな、三人の美少女もこちらにキラキラした目を向けている。
期待されるのは嬉しくなくは無いけど………期待にこたえられなかったらどうしよう。
ふぅ、と一回溜息をついて覚悟を決める。
無造作に羽を掴んでいた右手を前に突き出し、目をつぶる。
イメージするのは、小学校だったか中学校だったかで習った電気回路が体中を駆け巡っている光景。そしてその回路には魔力が流れている。さながらそれはまるで電気のように、血のように。
その魔力が俺の右手を介して羽に伝わっていくところを想像する。
――――ま、こんなもんでいいかな?
ゆっくりと目を開ける。
突き出した俺の右手の中には、一枚も羽がなかった。