第98話 一発芸とディナー
完全にノックアウトした米太郎をその辺の邪魔にならない所に運んでもらって俺達四人は仲良くウフフフとビーチバレーを楽しんだ。うはー、美女三人と遊べて超幸せ。皆で海で遊ぶこと数時間、気づけば夕日が地平線に落ちかけていた。もうそんな時間か……楽しい時間はあっという間だったな。
「うわぁ、夕日が綺麗」
水川が感嘆と上げる声に大いに共感する。夕日がすごい綺麗だ。いつも見るやつとは違い、遥か彼方の地平線に沈む夕日は空を、海を、全てを茜色に染めている。こんなにも夕日が眩しいと思ったことはない。これが自然の中で見る夕焼けなのか……。
「あぁ、ここに住みたい」
そう思えてくるほどに夕日は綺麗だった。こんな素晴らしい所はない。隣で米太郎が呻き声を出さなければ、こんな最高な場所はない。
「皆、そろそろ戻ろうか」
復活リボーンの金田先輩が半袖の服に着替えてやって来た。あ~、楽しかった……まだ遊び足りないや。
「……ぐか~」
おいおい……。
気づけば眠っていた米太郎を叩き起こして、別荘に戻る。着替え終えた頃には外は茜色から紫色へと変わっていた。おぉ、夕方と夜の中間。とても珍しい景色。
「疲れたー」
などと感動しつつ、ベッドにダーイブ。うはぁ、これがキングベッドか! なんて大きさだ、マツコもぐっすり眠れるサイズだぞ。フカフカで気持ちいいし、まるで綿雲の天然ベッドだな。例えが分かりにくくてすいません。
「将也、おやすみ……」
「おはよう米太郎」
「ぐはぁ!?」
米太郎にムーンサルトプレス! 悶える米太郎。超面白い。
「くそっ、なんで将也と同じ部屋なんだよ!」
「いや、お前がそうしたいって」
最初来た時は一人一部屋だったのに米太郎が寂しいだとか喚いて、俺達は二人部屋になったのだ。なのにキングベッドが二つも入るこの部屋の大きさ! あっぱれでございやす。部屋が広い! 天井が高い!
「これじゃあ水川達が夜這いに来づらいじゃんか。ふざけんなよ~」
「安心しろ、それ絶対にないから」
いらぬ心配にもほどがある。しかも、達って何だよ。春日と火祭も来る可能性があるとでも? ふざけんなよおらぁ! 春日を馬鹿にするなぁ、下僕の俺が許さねぇ!
「ダイビング・エルボー・ドロップ!」
「ぐぶべぇ!?」
こいつの妄想とはいえ春日達を汚した罪は重い。俺が制裁を加えてやる。
「キャーッ!」
米太郎をホールドして3カウント取っていると、どこからか水川の悲鳴が聞こえた。ど、どうしたんだ? 何か事件が!?
「おっちゃん、事件だ!」
「おっちゃんじゃねーし。そしてお前はコナン気取りか!」
眠りの米太郎はほって置いて現場に急行。えっ~と、水川の部屋は……あった。
「大丈夫か水川!?」
部屋に入ると、キングベッドが三つもあった。どんだけ部屋デカイの!? そして水川と春日に火祭の三人が固まった目の前には一つのバッグ。一体何が……?
「大丈夫?」
「う、うん……ちょっとびっくりしただけ」
すぐに起き上がる水川。すると、バッグを拾って米太郎に向けてぶん投げた。後ろで「ぶべぇ」と気持ち悪い声が聞こえる。どうやら原因はあのバッグみたいだ。
「それ佐々木のバッグ。間違えてる!」
「え?」
米太郎の荷物が何かの手違いで水川達の部屋に置かれていたようだ。つーかそれだけで悲鳴を上げるなんて……バッグの中に一体何が入っていたのだろうか。
「はは、ごめんあそばせ~」
「消え失せろ」
水川に追い出された米太郎。どうせ中身は野菜だらけでびっくりしたんだろうな。ったく、迷惑だなおい。
「まあ、良かったよ無事で。じゃあ俺も失礼しましたー」
女子の部屋にずっといるのもなんか気まずいので俺も退散しようとしたら、
「兎月は待てい」
ガッと背筋を掴まれた。ぐっ、喉が絞まるぅ。
「な、なんすか」
「まあまあ、ちょっとね」
水川による強制ストップ。俺は部屋に留まることに。春日がじぃ~と見てくるんだけど……。
「いや~、海楽しかったな」
「うんっ」
「……」
笑顔で答えてくれる火祭と無言で睨む春日。態度が極端過ぎて、どうしたらいいのやら。せめて愛想笑いとかできないのかよ。春日の笑顔って久しく見てないや。
「兎月ぃ、約束覚えてる?」
突然ニヤニヤと水川が迫ってきた。なんか怖い。普通に怖い。
「なんだよ」
「一発芸」
………あぁ、一発芸ね。……あぁ、さっき約束させられたね。…あぁ、一発芸………あぁ!? うああぁぁっ、しまったあぁっ! 一発芸するって言ってた……水川がね。
「い、いや、あれは水川が勝手に言っただけで……」
「そうだっけ? 兎月が自分からしたいって言ったじゃん」
うわっ、捏造しやがった。俺が自ら一発芸すると言うとでも? そんなわけあるか。今までに一発芸をしたことなんて一回たりとないぞ。
「はい、ではどうぞー」
こいつ……とんだムチャぶりを……俺を呼びとめた理由はこれか。
「まー君の一発芸……わぁ」
火祭さんよ……そんな期待でワクワクとした目で見ないで。ハードルが上がるだけだから。
「……」
こーゆー時は春日の方がありがたいや。まったく期待していないみたいだし、春日が相手なら何をやってもスベる気がする。まさに芸人殺し。
「ほら、早く~」
くっ………はぁ、腹括るか。ものすごい嫌だけど、やるしかないみたいだし。スベるの覚悟、当たって砕けろ魂でやりますか。
「よし………布団が吹っ飛んダックスフント!」
どうだ、このベタなギャグにダックスフントの動きを加えた斬新な試み。こりゃ受けたに違いな……お、おぉふ。
「……」
「……ないわ~」
火祭と水川の顔がこれでもかと言わんばかりに引きつっていた。あの優しい火祭ですら何も言わない。ただただ俺のギャグに引いていた。ちょ、え、そんなに面白くなかった? 俺的には満点なんだけど……。
「ど、どう?」
「面白くない」
水川にズバッと斬られた。ひ、ひどい。一発芸やれって言うから、やったらこんなにスベるなんて……。あまりのスベリっぷりに自分でも寒く感じた。おぉ、これが大スベリというやつか。
「……」
そして極めつけは春日。普段よりキツイ無表情に加え、眉間にシワが寄りまくりだ。すっげぇイラついているのが分かる……そ、そんなに睨まなくても……こえぇ。
「……」
「え、えっと今のは俺なりの会心ギャグだったんだけど…」
「消えなさい」
「ぐばぁ!?」
春日におもっくそ蹴られて部屋から追い出された。い、痛い……心も体も。はぁ、辛い。さっきまで幸せだったのに……はぁ。
「あ、兎月君。そろそろ夕食だから、下に降りてきて」
廊下で転がっていると、前方から聞こえたのは金田先輩の声。
「夕食ですか」
「ああ、うちのシェフが腕によりをかけて作ったディナーだ。皆の口に合うといいんだが……」
うはははっ、きたきたきたぁ! 待ちに待った夕食のお時間です! こんな立派な別荘を持つ金田先輩。それなら専属の一流シェフの一人や二人、いるに違いないでしょうよ! つーかさっきいるって聞いた。つまり夕食が楽しみで仕方ないのですよ! さっきのスベったことなんてどーでもよくなったな。
「うほぉ、なんだこのテーブル!? 高級レストランみたいだ」
米太郎もテンション上がりまくりのようだ。一階の大食堂。巨大な窓からは暗闇に揺れる海景色が見え、純白の壁はゆらゆらと輝くランプが橙に染めて神秘的な美しさを醸し出す。これはまさに高級感! セレブの香り! そりゃ俺や米太郎みたいな平民はこんな経験はないから楽しみで仕方ない。あ、これ二回目だ。とにかく夕食が楽しみで仕方ないのだ! はい三回目!
「す、すごいね」
隣に座る火祭が小声で話しかけてきた。だよね~、分かるよその気持ち。火祭もごく普通の庶民だからな、俺と同じ感性なのだろう。この場で平然としているのは金田先輩と春日ぐらいだ。
「それでは乾杯しようか」
ウエイトレスみたいな人からグラスにジュースが注がれた。さすがにワインじゃないか。春日とレストラン行った時はワインだったけどね。でも雰囲気はあの時に近い感じだな~。
「じゃあ皆、グラスを持って」
金田先輩の合図とともに皆がグラスを掲げる。米太郎や水川はおぼつかない手つきだが。
「乾杯っ」
「かんぱ~い!」
おぉ、さすがは金田先輩。なんと見事な乾杯なんだ。キラキラ上品スマイルが眩しい。俺なんかびくびくしながらやったのに……これが品格の差というやつか。セレブと庶民の違いか。
「おぉ!」
米太郎の嬉しそうな声。見れば次々と運ばれる料理の数々。おいおい、すごすぎるよ!
「うちのシェフ自慢のフルコースだよ。さ、遠慮なく食べてくれ」
「いただきまーす!」
もはや興奮に近い勢いでディナーにがっつく米太郎。野良犬かお前は。そして絶叫する米太郎。その表情は恍惚と幸福感で緩んでいた。
「美味い! こ、こんな美味しいご飯は初めてですよ! うちの漬け物を越えるなんて……」
当たり前だ。庶民の漬け物VS金持ちの一流フルコースなんて勝負にならないだろ。
「ほ、本当に美味しいです」
「うん!」
火祭と水川も夢中になって夕食を頬張る。こんなにテンションの上がった二人を見るのは初めてだ。なんて幸せそうな表情だろうか。
「口に合ったようで何よりだよ。さ、兎月君と恵さんも」
「おいおい将也ぁ、まさかびびってんのか? 早く食わないとお前の分も俺が食っちまうぞ」
下品な笑みを浮かべて米太郎はスープをじゅるじゅると飲み干す。汚い食い方だな。マナー知らずめ。
「いただきます」
俺は一度、春日と高級レストランに行ったことがある。つまりこういう上品な食事は二回目なんだよ。格の違いを見せてやる。まずは、
「すいません、赤ワイン頂けますか?」
「酒飲むのかよ!?」
がっつり飲むわけじゃねーよ。ちょっと前菜と一緒にな。
「わ、私も」
お、真似したな火祭ぃ。新たに用意されたグラスに注がれる深紅のワイン。薔薇のような上品な香りが鼻を撫でる。
「火祭、乾杯」
「か、乾杯」
チンと軽やかなグラス同士の音。なんと心地好い。グラスを回してテイスティング。口に広がるワイン独特の苦み。
「苦いね……」
「はは、こんなもんだよ」
これだよこれ。これがセレブの嗜み方だ。俺は学んだのさ、もうあんなヘボな醜態はさらさないぜ。生まれ変わりしニュー兎月将也です!
「兎月ってセレブだっけ?」
「違うよ、この程度は紳士の嗜みさ」
はははっ、水川よ俺を見直すがいい。そして敬え!
「も、もう一回乾杯しよ?」
「お、いいよ」
つーことでまた乾杯することに。何度もするものじゃないが、気分上々なのでやっちゃいます。火祭と向き合って、お互いに見つめ合う。ゆらゆらと揺れる火祭の瞳。ランプに照らされる表情がまるでお姫様のようだ。グラスを掲げて微笑み合い、
「乾杯っ」
またも耳をくすぐるグラスの交響音。なんかクセになりそう。
「な、なんだか夫婦みたいだね」
「だとしたら俺は幸せ者だな。火祭が奥さんで」
ボンッと真っ赤になる火祭。ふっ、決まったぜ。
「なんだその台詞はぁ!? そんなの将也じゃないぞ!」
向かい側で米太郎が騒がしい。嫉妬かい? 俺の完璧な振る舞いを嫉んでいるかなぁ? ぶははっ、そこで汚らしく厭らしく食べているがいい。俺は上品に火祭とディナーを楽しむから。
「へぇ、冷製スープか」
「美味しいよ」
そうか、えへへ~。どれもこれも美味しいだぞ。目移りしちゃうな~。食事って楽しい!
「まー君、乾杯」
「お、乾杯」
いやー、何回やってもいいもんだな。今度は君に乾杯っ、とか言ってみようかな。今の俺なら言える気がするぜ。
「……兎月ただ酔っ払ってるだけじゃん。ねぇ恵…って」
「……」
「……そうなるよね」