第95話 真夏のパラダイス
じりじりと肌を焼く真夏の太陽、一面に広がるのは真珠のように細やかな砂浜、遠くの地平線までキラキラと澄んだ青色、空に浮かぶ雲は綿菓子のようだ。連想ゲームというわけではないが、上記のワードからここがどこなのかは察しがつきそうなものだ。そう、海に来ています。しかもただの海ではございません。なんと……
「プライベートビーチだあぁ!」
「てめ米太郎ぉ! 人の台詞を盗るな!」
米太郎が叫んだようにここはプライベートビーチ。なんと孤島。一般の客は入ることを禁じられたセレブだけが許された極楽地なのである。今この地平線にまで続く壮大な景色を俺達が独占しているのだ。無論、俺みたいな馬鹿ヘタレ貧乏庶民がここにいるのは場違いであることは重々承知である。しかし、これには理由があったりするわけで、時間は遡ること四日前の七月最終日………
遂に十日にも及ぶ地獄の補習もフィナーレを迎えた。ざまーみろ数学。ざまーみろ英語。ざまー……いや、国語はいいや。とにかく忌ま忌ましい補習も終わり、明日からは八月の始まりであり自由の始まりでもあるのだ! いっ………やったぜー! この瞬間を待っていたのさ!
「きたきたきた~。こっからが夏休み本番だな」
「馬鹿だなぁ将也は。夏休みは始まる前が一番盛り上がるんだぜ? 始まったらそれほど楽しくないものさ」
米太郎の大馬鹿野郎がふざけたことをほざいているが気にしない。少なくとも今日までの補習漬けよりは楽しいだろうが。水を差すなら明日からも勉強していろ。
「でもな将也……そんな楽しくない夏休みを楽しくする方法があるんだぜ?」
楽しくない前提かよ。今日からゲームし放題で浮かれている俺はなんだってんだ。
「この夏を有意義に過ごすためにはお前の力が必要なんだよ」
「ナンパなら一人でしろよ」
「当たり前だ。将也みたいなヘタレ呼んだところで逆効果だから絶対お前は呼ばねえ」
ムカつく。コントローラ握れなくていいから、こいつを思いきりぶん殴りたい。
「だったら一人で楽しめ。じゃあな」
「ちょいちょいちょい! ま、待ちたまえよ。可愛い女子と遊びたいだろ?」
「ナンパじゃねーか」
「違うって。春日さん達とだよ」
あ? 春日? なんで春日達と?
「俺達と春日さん達って仲良しだろ? やっぱ誘うならあの三人でしょ」
実は春日が米太郎のことが苦手だということは置いといて。三人というのは春日、火祭、水川の美少女三人娘のこと。確かに俺達はあの三人と仲良くさせてもらっている。二年生の男子で俺たちのNo.1って企画をすれば間違いなくこの三人の名前が挙がることであろう。実際に火祭などが告白されたという話はよく耳にする。すごい人気なんですよ彼女達~。そのせいで仲の良い俺はよく恨み妬みの視線をぶつけられる。ヘタレの俺にそれはしんどいのです!
「しか~し! なんと俺と春日さんはさほど仲良くはない。休み時間に野菜トークを嗜む程度だ」
そんな光景見たことない。お前が一方的に話して春日が無視しているのは何度も見たけどな。
「そこでやっとこさ将也の登場だ。待たせたな」
「待ってねーよ」
「そうか。とにかくお前の登場だ。春日さんの彼氏であるお前が誘えば絶対に来るだろ?」
「彼氏じゃない、下僕だ」
こいつは何回同じ説明をさせる気だ。俺は春日の下僕だっつーに。そんでこの説明すると自分自身で悲しくなってくるってのはもう言い飽きた。
「ほぼ付き合っているようなもんだろうが。いいから恋人の将也が誘えよ」
「恋人じゃない、桂だ。あ、間違えた下僕だ。つーか春日達をどこに誘うんだよ」
「海だ! 夏と言えば海! 定番だろうが。へへへっ、ピチピチのギャルが俺を呼んでるぜっ」
「結局ナンパじゃねーか!」
とかこんなわけで春日達を誘った。そして快く承諾してくれた。普通に皆さんが行く海だと思っていたのに、誰かのおかげでこんな立派なビーチを貸し切り状態にできた。そして日帰りだと思っていたのに、誰かのおかげで孤島の別荘で二泊三日の旅行になったりした。その誰かなんだけど、
「すまない、色々と忙しくてね。遅れた」
浜辺で突っ立っていた俺と米太郎に向かってある男子が近づいてきた。不健康な純白の肌に痩せぎみの体型、そしてインテリ眼鏡をかけている黒髪の青年。彼こそが俺達を招待してくれた人物。その名も、
「金田先輩」
同じ学校で一つ上の三年生、金田先輩だ。大企業の社長の一人息子で春日の元婚約者。俺が暴れたせいで結婚の話は消えてしまったのは今でも申し訳ないと思っています。でも後悔はしていない!
「うわ、金田先輩って色白だとは思っていたけどここまでだとは……。ちゃんと野菜取ってますか?」
おいおい米太郎、招いてくれた恩人になんつー無礼な。そういうことは心のツイッターでそっと呟け。
「はは、昔から虚弱体質でね……」
すいません金田先輩、こんな馬鹿な奴連れてきてしまって。あとでキツク言っておきますから。
「それにしてもこんな立派な別荘を持っているなんて、さすがはセレブっす」
しかも孤島だよ? どんだけって話だよ……俺みたいな庶民には考えられない。宝くじで一億円当たるなんて夢のまた夢。その夢夢が叶ったとしても孤島に別荘を建てるなんて無理なのだから。お金持ちってすげーな。
「父が持っている別荘でね、好きなだけ遊んでもらって構わないよ」
「そりゃ遊びまくりますよ! ヒャッハー! 将也ぁ、行こうぜ」
海パン姿の米太郎がブンブンと腕を回す。うぜぇ、小学生か。
「まあまあ佐々木君、もう少し待とうか。まだ女性陣が来ていないから」
今のところ砂浜には俺達三人しかいない。女子メンバーの春日、火祭、水川はまだ着替えてる最中だ。
「あぁ火祭達の水着姿……くぅ~楽しみだぜ」
隣で痺れている米太郎。まあ、その気持ちは俺も分かる。二年生のトップ3だと評される春日達。そんな彼女らの水着姿を拝めるなんて……最高だぜぃ! といった気持ちでテンション上がりまくりです。
「女性陣が来たら、ちゃんと褒めるんだよ」
さすがはスーパー紳士の金田先輩。大人の気品が溢れてますよ。
「じゃあ俺は水川を褒める」
「では僕は恵さんを。他の二人は面識がないからね」
なんで予約制? そしてなんで一人が一人を褒める制度? 三人で女子三人を讃える形式でいいじゃんか。そして俺は火祭。すげぇ楽しみ!
「お待たせ~」
水着姿を想像してニヤニヤしていた俺達の耳に水川の声が届いた。バッと高速で振り返る男三人。そ、そこには……予想を遥かに越えた素晴らしき光景が……!
「マジか……」
「す、すごい」
左右から二人の感嘆とした声が漏れていた。いや……俺も思わず見とれてしまった。目の前には水着姿の水川に春日に火祭。普通にアイドルかと思ってしまった! 水着姿が似合いすぎでしょうがぁぁっ~。
「へへ~、どうかな?」
その場でくるりと回る水川。水色のビキニが眩しい!
「うんすっげぇ似合っているよ水川! エロ可愛い!」
打ち合わせ通り水川を褒める米太郎。目が血走っているって。怖い怖い。
「恵さん、とても似合っているよ。まるで砂浜に降り立った女神のようだ」
「……」
さらっとすごい台詞を言った金田先輩。そんなの恥ずかしくて言えないって。……でも確かに女神のようだ。麦わら帽子に無地の白いワンピース姿パネェ……透明感がすごいよ! キツめのつり目がこっちを睨んでいなければ最高だよ。
「ま、まー君」
そして火祭……超可愛い! は、は、ハンパない! まさにビーチクイーンの名にふさわしい。この娘のことをコケティッシュと呼ぶのかぁ!?
「す、すっげぇ似合ってるよ……! 直視出来ないくらい……」
「あ、ありがと……」
赤くなってもじもじしている姿もグッとくるぅ! あぁ……夏休み最高……!
「いやー皆可愛すぎるよ! 俺もう倒れそうなくらいだ」
テンション最高潮になった米太郎がやたらと騒ぎまくる。空へと拳を突き上げている。完全に顔がデレデレしており、鼻の下伸びまくりだ。ったく、こいつは。
「キャッハー! ……けどな~。う~ん……こう見ると三人とも胸はないんだよな。一人くらい巨乳ちゃんがいても良かったのによ~」
こ、こいつは……!? やらかした。米太郎がやらかした! 俺でも分かる。今のは言っちゃいけない台詞だと! 米太郎のデリカシー無しの発言によってピシッと空気が割れた。割れ目から一気に冷気と殺意が溢れ出す。
「ま、火祭が一番か……。それでもどんぐりの背くらべだな。はぁ、残念」
お、おいおい米太郎。もうやめないと……
「桜、あの馬鹿やっちゃっていいよ」
水川……笑顔だけど超怒ってる。顔は笑っているけど、目は完全にキレている。ひどく冷たく鋭く、怒りが荒れ狂う瞳は米太郎を射抜いていた。水川がめっちゃキレている……ガチで怒りマークが見えるってすごくない?
「言われなくてもだよ……」
火祭も怒っていた。静かに息を吐き、火祭のスイッチが血祭りモードに切り替わる。放たれる黒いオーラが太陽以上にピリピリと肌を焦がす。こ、これはヤバいぞ……! いつの日か、不良達と対峙した時の空気を思い出した。あの時もこうやって火祭は凄まじい気を放っていたのだ。
「ひぃ! ひ、火祭、さん……」
やっと自分の過ちに気づいた米太郎。顔が引きつっている。しかしもう手遅れだ。血祭りの火祭は右拳に全パワーを集中させていた。荒れ狂う波、ざわざわと空気は揺れていた。ガクガク震える親友に対して、俺はドンマイと心のツイッター。
「朝まで目覚めないと思った方がいいよ……!」
「う、うわわわああぁっっ!」
バキィ! と耳を覆いたくなるような痛々しい音と共に米太郎が宙を舞い、浜辺に頭から突き刺さる。そして赤く染まる砂。真夏のパラダイスは時として処刑場に早変わり。相変わらずすごい威力だな~。あと、火祭が段々と手を出すようになってきたな………。いや、悪いのは米太郎か。
「お、俺……死んだ………」
死体が喋りやがった。
ここから『真夏のパラダイス編』としてしばらく続きます。