第94話 カラオケに行きましょうの続き
「ヤッホー皆さんっ」
「なっ、姉ちゃん!?」
「菜々子さんだー」
「お、お久しぶりです」
部屋に戻れば米太郎達が温かく菜々子さんを迎えてくれた。菜々子さんもダブルピースに元気な笑顔を振りまいて部屋に入る。続いて春日も。その後ろから俺は足を引きずりながらの入室。菜々子さんと廊下でばったり遭遇。そして抱きつかれ、そしてその姿を春日に見られ、そして……俺の足は赤く腫れた。ズキズキと痛む足に悶え苦しみながらも春日に菜々子さんのことを説明。しかし、
「馬鹿兎月」
と、まあこの一言にローキックを添えるだけのシンプルかつ強烈な返事しか返ってこず、足は悲鳴を上げるばかり。このまま廊下で春日に弁解しても聞く耳を持ってくれない。なんだこの状態は!? と思い、とりあえず一度部屋に帰還しようと。そこで改めて菜々子さんに自己紹介してもらうことに。あー、足痛い。
「はじめまして春日恵さん。私の名前は佐々木菜々子。そこにいる米太郎の姉であり、あなたが通う学校の元生徒会長であったりするものですっ」
「え……」
今さらそのリアクションかい! 俺が何回その説明をしようとして返り討ちに遭ったことやら。小さな口を開けて菜々子さんを見つめる春日。やっぱ驚くものなのかなー。火祭も最初は驚愕びっくり、と表情で物語っていた。そんなポカン状態の春日、なぜかせわしない火祭。その両者二名を交互に見つめる菜々子さんはニヤニヤとしている。ホント表情が豊かな人だな。
「この人が生徒会長……?」
「わ、私も初めて会った時はびっくりしちゃった」
春日と火祭、そんな会話をしているのを菜々子さんは面白げに見つめている。むふふ~、と口から何やら楽しげな声が聞こえたが気にしない。この人がやること言うこと全部を処理していたら頭がショートする。そして俺のハートは奪われかけたのだからっ!
「恵ちゃんは初めまして、桜ちゃんは久しぶりだね。……へぇ、なるほど~。これはこれはとてつもなーく面白い展開になったもんだね~」
口元をにんまり緩ませて菜々子さんは俺に向かってグーサインを送ってきた。意味が分からん。仮定法過去完了ぐらい意味が分からない。そんな菜々子さんを火祭はおどおどと、春日は物憂げな表情で見つめている。春日から敵意を感じるような気がするような……。
「恵、そんな警戒しなくていいよ。この人は兎月のただの先輩さんだから。ってこの説明、桜の時もやったような」
「……」
菜々子さんを見つめることをやめた春日は代わりに俺の方を睨んできた。うへぇ、まだ蹴り足りないとか? 勘弁してください、足はもうクタクタです。
「ふーん、二人とも大変だねぇ。そして将也君はもっと大変かもね」
その言葉の意味とウインクに対して俺はなんと返せばよいのか。まあ春日のローキックを受けている点に関しては確かに大変ですよ。そのお嬢様はかなりの理不尽っぷりを発揮しますからね。
「よし、真美ちゃんはこれまでの経緯を話してちょうだい。そしてそこの男子二人はトイレにでも行ってなさい」
「へ?」
「は? 何言ってんの姉ちゃん」
なぜか俺と米太郎に退場処分がなされた。いよいよ意味が分からなくなってきた。いや最初から意味が分からなかったけど。とにかくなぜ俺と米太郎はトイレに行かなくちゃならんのだ。いや待て、もともと俺はトイレに行くつもりだったのだから別にいいじゃん。あれ? 理に適っている?
「いいからどっかに出ていきなさい」
「姉ちゃんの方こそ出ていけよ。バイト中だろ」
「サボります」
「堂々と言うぬあああぁ!?」
菜々子さんに掌底を食らい、米太郎は部屋の外へと押し出された。そんでもって菜々子さんはこちらに手のひらを向けてくるので、大人しく退出する。やれやれ、なぜ店員に部屋から追い出されるのやら。ホント疑問が尽きない。
「あーあー、またガールズトークか」
「何を話しているんだろうな」
米太郎と俺はトイレで待機。自分の何とも言えない憮然とした表情が鏡に曇って映っている。今ごろ部屋で水川、菜々子さん、春日、火祭の四人が何を話しているのか。もしかして普通にカラオケしていたりして。
「何を話すって……そんなもん決まってんだろ」
「は?」
「いや……将也にそれを察しろっていうのは酷過ぎたな。鈍感まー君には難易度特A級だった」
タバコを取り出すかのように円滑な動きでポケットから小さなタッパーを取り出した米太郎はその中からにんじんスティックを摘み、口にくわえる。これまたタバコを吸うかのような感じで天井を見上げて息を静かに吐いている。カッコつけているようだが結果的にお前は野菜くわえているだけだからな。
「お前がまー君言うな。そして鈍感とは何だ。俺はお前と違って空気は読めるぞ」
「空気が読めても春日さんと火祭の気持ちは読めてねーだろ」
「は? なんでそこで春日と火祭の名前が出てくるんだよ?」
「……出たよ、鈍感馬鹿将也が」
冷めた目でこちらを一瞥し、続いてきゅうりのスティックを頬張りだした米太郎。なんだお前は、完全に俺のことを馬鹿にしてるよな!?
「何だよ米太郎。全く意味が分からないんだが」
「あー、はいはい。もうそれいいから。その反応見飽きた。もうお腹一杯だから」
「だったら野菜なんか食うなよ」
「物理的満腹じゃねーよ。俺の精神はお前らの甘々イベントを見て聞いて、もう腹一杯。ゲロりそうってことだ」
呆れ顔で米太郎は野菜スティックを飲みこみ、ほらもうそろそろ行こうぜ。という言葉を溜め息と一緒に吐き出した。なんか今日の米太郎はクールだな。お姉さんがいるから?
「遅いぞ二人とも~」
しばしのトイレ休憩の後、部屋に戻るとマイク片手に熱唱している菜々子さんがノリノリでそんな台詞をほざきなさった。あなたが出ていけと命令した挙句、そんなことを言われるとはね~。生徒会長には驚かされるばかりです。引退した後でもなお!
「ガールズトークは終わりましたか?」
「おかげ様でね。恵ちゃんと桜ちゃん……可愛いっす!」
そーですか。そりゃ良かったですね。
「じゃあ俺歌うな~」
米太郎は曲を選びだし、他の三人は……ん? 何やら様子がおかしい。水川は普通だ。いつもみたくニヤニヤしたりして嬉しそうだ。様子がおかしいのは春日と火祭。春日がギロリとこちらを睨んでくるが、俺と目が合うと視線を逸らす。……ん? 何かあったのかな? そして火祭は……いやホントどしたの? 火祭はさきほど以上にそわそわしておりキョロキョロしている。どことなく顔は赤く、何やらブツブツ呟いている。そんな二人を見て菜々子さんは嬉しそうにニタ~と笑う。またなんか変なことを言ったに違いない。前に火祭と会った時も初対面の火祭を真っ赤にさせていたし。やはりこの人は恐ろしい。
一体菜々子さん達が何を話したのかは不明。そのままカラオケは続き、菜々子さんは途中でバイトに戻っていった。その別れ際、「どっちも頑張って!」と言った意味もこれまた分からない。なんかな~……今日はずっと女子が内緒にお話ばかりしていたような。あれ……今日の俺ってなんか活躍したっけ? ヤバイ、何もしていないぞ。嘘!? そんなんでいいのか!?
「春日どうしよう!?」
「うるさい」
痛い! け、蹴らないでえぇ! ……………えっ、オチ……これ?