第93話 カラオケに行きましょう
夏のあつ~い日、今日もまた補習。補習ったら補習。ふざけるな、どうしてこんなに勉強しなくちゃならんのだ。
「え~と、空欄の後ろにbeがあって、さらに時制が過去のことだから、空欄に入る答えはwould……なのか?」
現在は放課後、辛くキツイ補習も終わり、偉く真面目な生徒である俺は教室に残って宿題を片付けている。サラリーマンで言うところの残業ってやつだ。出来もしない英語を必死に解き進めていく……のだが、
「なぁ将也~、この単語の意味が分かんないよ。教えて」
「辞書で調べろ馬鹿」
隣の米太郎がうるさい。邪魔しかしてこない。妨げ以外の何者でもない。いつも通り水川と春日と火祭に俺ら二人を合わせた五人で宿題を片付けていたのだが、なぜか女子三人は鞄を置いてどこかへと消えていった。ジュースを買いに行ったのか、または食堂でのんびりしているのか、馬鹿な俺ら二人に愛想尽かして遊んでいるのか。よく分からないが、とにかく勉強を教えてくれるお三方がいないわけで、俺達の宿題迎撃スピードは著しく低下したわけです。
「仮定法過去完了? 仮定してそれは過去のことでさらにもう完了しちゃってる? は? なんだこれ、意味が分からなすぎる。仮定法過去完了って……略して3K?」
む、無理だ。俺に英語は解けない。難解っつーか、理解出来ない。無理だ、ギブアップ。さじを投げるかのようにシャーペンを放る。
「んだよtakeって意味多すぎるだろ。一人何役? とんだ売れっ子だなおい」
そして隣の米がうるさい。あーもー、水川達はどこに行ったんだよぉ。迷える子羊を救ってくれよ。んー、水川達に頼りすぎだったのかな……。これは自分の力だけで解け、という水川の暗示なのか? そんな殺生な。
「カラオケ行きたいよな~」
相変わらず隣のライス太郎がうるさいが気にしない。気にしたら負けかなと思う。
「なぁカラオケ行こうぜ」
「こっちは仮定法過去か。さっきとどう違うんだよチクショー」
「おい無視するなよ!」
プリントを凝視していたら、米太郎の顔に変わっていた。気持ち悪い、顔を近づけるな。問答無用、シャーペンを突き刺す。が、ギリギリで避けられた。
「危ねぇ! なんだよ将也、無視するなよ」
「……ふぅ」
「さらに無視!?」
とりあえず英語は放置、俺にも出来そうな教科をやっていこうと思う。あーあー、なんだかなー。夏休みに入ったのに勉強ばっかしている気がするぞ。なぜ宿題に追われなくてはならんのだ。彼女も欲しいし、遊びたいし、彼女欲しいし! もー嫌だ。なんでこんな宿題が多いんだ。馬鹿だろ教師どもは。来年は受験なんだから、どーせ遊べないんだ。だったら今、この二年生の時に遊ばなくてどうする。そうだ、どこか遊びに行こう。そうだよ、遊ぼうよ!
「よし米太郎、カラオケ行こうぜ!」
「さっきから俺ずっとそう言ってるけども!?」
宿題なんかやってられるか。てなことで教科書やらプリント類を机の中に押しこんで(人々はこれを置き勉と言う)、さあカラオケにゴー! と、その前に。米太郎が喉渇いたと喚くので食堂に寄ることに。そこで見たのは、
「あ、兎月ー」
「まー君だ」
「……」
すごくとてもとーても楽しそうに談笑している水川、火祭、春日がいた。ジュースとお菓子を広げて仲良くお喋りにしているではないか。ははー、なるほどね。あなた達三人は僕ら馬鹿二人をほって置いて、ここで楽しく仲良くガールズトークに花咲かせていたんだね。く、くそー! 隣の米太郎もブーブー文句垂れている。
「なんだよ水川! お喋りするなら俺にも言っといてくれよ。俺も参加したかったのにー」
「佐々木なんかに言うわけないでしょ。もちろん兎月にも。だってガールズトークなんだしぃー。三人だけで話したいこともあるんだから」
と、涼しげな表情を浮かべ、また水川達はキャピキャピと楽しげに談笑しだした。とてもとーてもと~っても楽しそう。なんだろう、この気持ちは。この惨めで悲しくゆらめく思いは。さっきまで教室で必死に出来もしない問題を解いていた俺は。そして米太郎は指をくわえて羨ましげに水川達を見つめている。ふ、ふん、別に羨ましくなんかないんだからっ。
「というか兎月達はなんでここにいるのよ。私達の鞄ちゃんと見といてよ。それになんで兎月達は鞄持っているのよ」
一気に三つも質問しないでくれ。聖徳太子ジュニアか俺は。
「へへん、今から俺と将也はカラオケに行くんだ。いいだろー?」
俺の代わりに米太郎が自慢げに話しだした。
「えっ、カラオケ? 宿題はどうしたの?」
「……」
そう聞かれた途端だんまりになる米太郎。めんどくさい、また明日にでもやればいいや。と高らかに吠えて放棄したなんて言いにくいもんね。ということで俺も黙ったまま斜め上に目線を泳がしています。
「まあどうせサボったんでしょ。よし、じゃあ私達も!」
「へ?」
「何歌うー?」
「真美から歌いなよー」
「えー、どうしよっかなー。ほら恵も選んで選んで」
「うん」
場所は変わりましてカラオケボックス。しかし目の前に広がる光景はさきほどの食堂となんら変わりない。三人娘はまたキャピキャピと嬉しそうに騒いでいるし、俺と米太郎は隅っこで、だらーとしているし。
「なあ将也」
「どうしたよ米太郎」
「俺がカラオケ行こうって提案したのに、どうして俺はこんな端っこでめそめそしなくてはならんのだ」
それに対して俺は返してやれる言葉はない。そして気づけば水川がノリノリで流行の歌を歌っていた。なんかサビは知っているぞ。うん、可愛いのでぼんやり見ておくことに。……しかし、今こう考えてみると、春日がいるんだよなぁ。まさか春日とカラオケに来る日が来るとは……お嬢様もカラオケぐらい行くよねー。
「いえーい! ほら次は桜の番だよっ」
「うん」
水川の歌も終わり、続いては火祭。マイクを受け取り、その歌う姿は……はうわあぁ! 拗ねてる米太郎もあんぐりと口を開けて、次の瞬間には満面の笑みでアイドルのコンサートに来たかのように腕を振っていた。そのくらい火祭の歌う姿は可愛くて素敵だった。もうね、可愛いの。うわー、素敵すぎる。
「ま、将也。俺、今日カラオケに来て良かったよ!」
「まだ一曲も歌ってないのにか」
心奪われた数分間、火祭が歌い終われば全員拍手喝采。さすがは火祭、歌も料理も勉強も喧嘩も全てにおいて完璧だ。そして可愛い。こんな才色兼備な方とカラオケに来れるなんて幸せだよね。
「はい、次は恵の番だね」
「ありがと……」
火祭からマイクを受け取ったのは春日。次は春日の番か……えっと、あの……大丈夫かな? いやさ、あの、春日はお嬢様なのだが、果たしてどんな歌を歌うのだろうか。予想出来なくて怖い。きっと歌は上手いと思うのだが。
「なっ……」
隣の米太郎が絶句した。もちろん俺も。水川と火祭は笑顔でキャーキャーと騒ぐ。それはなぜか………なぜなら春日の歌っているのは超流行りのアイドルの歌だったからだ。なんて予想外。外国の国家とか歌うのではと考えていた俺からしてみれば予想外以外の何者でもない。そして……上手い。こっちは予想通りだった。春日の歌声は、まるで天使が地上に奏でる愛しき癒しの声のように繊細で美しく、聞く者を虜にするかのように綺麗な歌声だったのだ。そりゃ米太郎も絶句して嬉し泣きするわな。水川と火祭も盛り上がるわけだ。そして俺も見惚れるかのように春日の歌う姿をじっと見ていたのだが、春日は歌い終わると同時に俺を蹴ってきた。痛い。なんで?
「きゃー、恵ってば歌上手いっ」
「うん!」
「……ありがと」
またしても三人で楽しそうに盛り上がっている。さて、次は俺の番。
「すいません、ドリンクの注文いいですか?」
歌う代わりに電話している。ううぅ、俺はやっぱり注文係なのね。と、俺がドリンクの注文をしている最中に米太郎が勝手に歌を入力。アニソンを熱唱していた。あっ、それ俺が歌いたかったやつ!
「~♪」
「きゃー、恵サイコーっ!」
「イエーイ!」
「佐々木は黙ってなさい」
「ひどっ!」
その後も五人で歌いつつ盛り上がる。うん、やっぱ女子と行くカラオケって最高だよね。それにつられてなんかテンション上がって上手に歌えない歌に挑戦したりする。そしてグダグダになるみたいな。それを米太郎は絶賛実行中だったりする。
「佐々木、アンタにそんな高音は出せないんだから出しゃばらないで!」
「俺の限界を勝手に決めないでもらおうか。喉のリミッターを解除すれば俺にだって美声が出せるんだい」
「桜、あいつの喉にエルボーぶち込んじゃって」
「ごめんごめん! 今すぐ歌中止するから!」
仲良くはしゃいでいる米太郎と水川。そして火祭と春日も仲良く二人で曲を選んでいる。…………あ、トイレ行きたい。てことでトイレに。
「ん? 将也、どこに行くんだ?」
「ちょっとお手洗いに」
「行ってらっしゃ~い~♪」
米太郎の微妙な高音ボイスに見送られドアを開く。えっと、確かこっちにトイレがあったよな……えっ?
「……」
「……」
違う部屋から出てきたのはお盆を持った店員さん。その店員さんとばったり遭遇。そりゃ、ただの店員なら別に何の問題もないけどさ。ふんわりと毛先がカールした茶色のショートカットの髪、綺麗な小顔に大きな可愛らしい瞳がこちらを喜々として見つめてきていた。
「えへへ~」
「あの……なな」
こちらが言い終える前にその人は一度床に座り込んで、お盆を置く。そして一気にがばっと抱きついてきたああぁぁぁぁ!? うわあああぁぁ!?
「将也くーん! えへへへ~」
「ちょ、菜々子さん!?」
ここで働いている元生徒会長の菜々子さんだ。って、また抱きついてきたよ! うわああああぁ、何か柔らかいものを感じるー! って落ち着け俺よぉっ!
「またお店に来てくれたんだ~。ご指名ありがとう」
「ここはキャバクラですか。それに指名していませんし」
「将也君が冷たーい」
うっ、そんな上目遣いのウルウルな瞳をこちらに向けないでください。騙されるな将也よ。この人はあれだぞ、元生徒会長でありながらなんと、親友の米太郎のお姉さんでもあるんだ。変に恋愛感情を抱いて恥をかいた一年前を忘れたか。この人にドキッとしてはならんのだ! ええ! そしてまだ抱きついているんですか。もう離れてください!
「将也君一人で来たのー?」
「一人カラオケだなんて勇気ある行動なんて出来ません。友達と来ています」
「あっ、じゃあ後ろの子はお友達?」
「え?」
菜々子さんの目線は俺の真後ろ。振り返ればそこには…………春日がいた。
「……兎月」
「あっ……か、春日」
カラフルな色とBGMで明るく染まる廊下が一気に凍った。少なくても俺の背筋は凍りました。後ろ数メートルに立っているのは春日。そして俺の胸元には抱きつく菜々子さん。なぜか血の気が一気に引いた。ガクガクと足が震えだす。脳による警報がガンガンと響き、店内のBGMを打ち消す。ヤバイ、よく分からんけどなぜかそう思った。ぎょっと驚く春日の表情はすぐに切り替わり、鬼神のオーラを纏いこちらに近づいてくる。一歩一歩、恐怖を引き連れて。
「……菜々子さん、あれはお友達じゃないんですよ」
「へ? そうなの?」
そうですとも。そして離れてください。なんかこれが原因で春日が怒っているような気がするんですよ。とか喋っているうちに春日はもうギロチンを構えていた。早い話、右足を振りかぶっているのだ。菜々子さんに被害が及ばぬよう菜々子さんを突き放す。もちろん優しくそっと。離れ際、「ああ、将也君……」と悲しげにこちらに手を伸ばしていたが、こっちはもう後ろの鬼神が怖くてもう仕方ない。よし遺言を残そう。
「菜々子さん、この人はですね、俺の、主人でして………俺は、この人の、下僕なんですぎゃあああああぁぁぁ!」
「……馬鹿兎月」




