第90話 清掃活動と腕の痛み
そして始まるクリーン大作戦。俺達の担当区域は下流側で草も青々と生い茂っている。虫刺されとかに気をつけないとな。
「将也、虫よけスプレー貸してくれ」
「ほら」
「あはぁん」
気持ち悪い声出すな。虫よけどころか人もよけだすわ。
「兎月と佐々木! こっちに行ってみようぜ!」
山倉の大声が草むらの中から聞こえてきた。探険気分かよ。俺達掃除しに来たんだぞ?
「まあ草むらの中とかゴミ多そうだもんな。よし、行くか」
ボロボロの軍手を装着。さあ、草むらに足を踏み入れようとしたら、
「まー君」
「兎月」
後ろから両手を捕まれた。ガクンと上体が前に倒れかける。ちょ、なんだよ!? この声は……火祭と春日か。
「二人してどしたの?」
「一緒に掃除しよ」
俺と? いや俺は米太郎達とするし、この二人の面倒は水川に任せてあるはず。
「水川は何やって……ん?」
水川を見れば、アイコンタクトで「頑張って」と送ってきやがった。部長のあなたが面倒見るべきだと思うけどな~。はあ、しょうがない。
「まー君?」
「ああ、いいよ。道具持ったら、こっち来て」
つーわけで俺と火祭に春日のスリーマンセル。山倉ごめんな、お前の相手は出来ないんだ。
草むらや茂みは山倉達に任せて、俺達三人は河岸の平坦なところで作業しているのだが、
「うわー……これ終わんなくね?」
ビニール袋とか空き缶とかのゴミが多すぎて、拾っても拾ってもキリがない。河川敷はゴミ捨て場じゃねぇってのに、ポイ捨てしちゃ駄目だろうが。マナーの悪さに溜め息が出てくる。情けない話だよ、自分達で住んでいる地球を壊しているのだから。
「まー君、燃やせるゴミの袋取って」
「ん、はい」
「……兎月」
「ああ、それはそっちに集めて。あとでまとめて持っていくから」
そしてすげー大変だ。火祭はともかく、春日はこういうのに慣れておらず色々と教えないといけなくて忙しい。やっぱ春日の家とかは召し使いを雇っていて、掃除なんてやったことないんだろうな。春日みたいな人ほどこの清掃活動に参加してほしいものだ。掃除の大変さを知れば絶対にポイ捨てなんてしないはずだ。いや、春日がポイ捨てしてるって意味じゃないよ? 春日は人にパシリさせるけど、ポイ捨てはしないから。下僕の俺が保障します!
「ふぅ、キツイ……」
この炎天下、ひたすら作業しているから汗ダラダラだよ。じりじりと直射日光が首筋を焦がす……暑い!
「春日、大丈夫か?」
「……大丈夫」
ちなみに春日と火祭はその優美な長い髪を結って、帽子をかぶっている。いつもと違う雰囲気と姿にズキュンときたのは内緒だ。だって可愛いだもん! この美女二人と一緒に掃除出来るだけで俺はもう幸せです。
「皆はちゃんとやっているかな?」
さっきから米太郎と山倉の姿が見えない。草むらの中でサボっているんじゃないだろうな。蚊に刺されてしまえ。
「うおおおっ!? 来たぞー!」
噂をすればなんとやら、茂みから山倉の大声が轟いた。いつもより二割増しなのはどうしてだろうか。
「佐々木やったぜ! ついに見つけたぞ!」
「マジかぁ! でかした山倉!」
茂みがガサガサと騒がしく揺れて、ひょこっと米太郎のニヤニヤ顔が出たかと思いきや、すぐに引っこんだ。そして米太郎と山倉の嬉しそうな叫び声が響いてきた。おいおい、マジでサボってるじゃんか。馬鹿かあいつらは。
「ほら、これこれ~!」
「うほっ、こいつぁ素晴らしい。エロエロだなっ」
茂みから二つの下賎な笑い声が聞こえる、って………あいつら、まさか……!?
「やっぱ巨乳だよな~。このムチムチとした肉感的な感じがたまんないぜ」
「これで十六歳!? 犯罪じゃん! うはっ、スケスケ下着最高!」
……い、いや、そんなわけ……。今はボランティア活動中だ。いくらなんでもそれは……。
「これ一冊だけか?」
「いや、他にもズラリと……!」
「ナイス! これだけのエロ本よく見つけれたな」
「ふふん、こういうのは河川沿いによく捨ててあるものさ!」
はい間違いない。あいつら……エロ本読んでやがる! 住民が一致団結して町を綺麗にしようと掃除してる中、あの二人は欲望のままにエロ本を貪っているのか。汚れた町を掃除する前にお前らの薄汚い心と存在自体を綺麗さっぱり消してやろうかコラァ! そりゃ健全な男子なら興味あるのは当然なのだが何も今見なくても……おうちでこっそり読みなさいよ。
「……最低」
「最低だね」
春日と火祭の超絶冷たい目が米太郎達のいる草むらに向けられる。まるでゴミ虫を見るかのような軽蔑の眼差し……女子って恐ろしいな……!
「おい将也ぁ、お前もこっち来いよ。ロリ特集満載だぞ!」
そしてその冷たい目は俺へと矛先を変える。ちょ、俺は何も見てないし関係ないよ!? 冗談じゃない! 俺まであいつらみたいな変態扱いされるのは御免だ。
「お前の好きな素人特集もあるぞ! 早く来いよ」
「俺がいつ素人モノが好きだと言ったぁ! でも一応見させてくれい」
べ、別に素人モノが見たいわけじゃないからね! ただあの二人を注意するついでにちょこっとエロ本を鑑賞だけなんだから!
「ったく、しょうがない奴らだなー、うふふっ。ちょっと注意しなくちゃ~、ぜぇ!? ぐっ!?」
魅惑の桃色茂みに向かってさあ一歩っ……のはずが体が動かない。そして両腕を激しい痛みが襲う。ぐぎぎ、と鳴ってはいけない骨の悲鳴に呼応して汗がどっと流れる。この汗は気温のせいではない。だって暑くない。後ろから二つの凄まじい冷気を感じる。
「い、痛い……」
両腕は背中に回されて、ありえない方向に曲がっている……! 軽く失神するレベルの気持ち悪い光景。腕ってこんな曲がるのかよ……!?
「……まー君、何しようとしてるのかな?」
バケツ一杯の冷水を頭からかぶったような凍える寒さに心臓が止まりそうになった。なんつー冷たい響きの声を出すんだよ……火祭。
「い、いや米太郎達を注意しようと……」
「嘘」
春日に一蹴された。そしてさらに強い力で俺の腕を締め上げてくる……。い、いてぇ……! 春日と火祭は二人がかりで俺の両腕をへし折るつもりのようだ。ヤバイ、これマジで折れちゃうって。全身から滲む脂汗が止まらない。呼吸するだけで骨が軋んで呻き声が漏れてしまう。だ、誰か助けて……!
「ど、どしたの二人とも? 何をそんなに怒っているのさ?」
明らかに春日と火祭は怒っている。米太郎達がサボっているからか? それともエロ本を読んでいるから? どっちにしろ俺は関係ないぞ。そりゃ、エロ本読む気満々だったけど、まだ読んでいないから俺は潔白だ! ギリギリセーフのはず。たぶん。
「まー君……最低」
「馬鹿」
ちょ、なんだこの人達は!? 米太郎達に比べて俺への当たりが強い気がするぞ……。し、仕方ないじゃん。健全なる男子だもん! そういうのに興味があるのは普通だろ。逆にそうでない奴とかいるのか? いるなら出てこい、意味もなくそいつにもこの苦しみを味わせてやる!
「まー君は行っちゃ駄目」
「行くな」
「わ、分かった、行かないから! エロ本なんて読みに行かないから! だから腕を締め上げるのはやめてぇ! 折れるぅ!」