第88話 これがお金持ちの日常?
春日の母親に案内されて向かったのはリビング。まあ広いリビングだこと。テレビ何インチだよ、そして天井高いよぉ。
「ちょっと待っていてね、お茶用意するから」
「あっ、いえいえお構いなく」
ベターなやり取りをした後、春日のお母さんはキッチンへと向かっていった。立っているのもどうかと思うのでソファーに座る。うわ、こっちのソファーはふんわりしているのか。さきほどの応接間のソファーはもっと固くて、しっかりした素材だったような。しっかし……こうして改めて見ると、やはり春日は金持ちなんだなぁ。今更だけど俺はすごい人の下僕をやっているんだなと感慨深いものがあったりする。ちょっとくらい誇りに思ってもいいよね? うーん、ホント広い家だなあ。何坪あるんだ? ホントこの家に来てからは驚くことしか出来ていない。あ、春日父は大丈夫だろうか。春日母にボコボコにされていたけど、もう復活したかな? となるとまた俺を殺しにやって来るのでは……? もうヤダよあの人。この際言いますがね、俺はあの人がチョー苦手なんです。父さんの会社の社長という人物だから恐ろしいってのもあるけど、一番の理由は親バカだからである。娘の為なら躊躇なく日本刀を抜く男だ、恐ろしくて仕方ない。ホント、未来の春日の旦那さんが気の毒だ。あの親父相手に結婚を申し込まなくてはならないのだから。二の句も言わず抹殺しようとしてくるだろうよ、あの親バカは。春日の未来の旦那さんのご冥福を今からお祈りします。
「……あ………」
ガチャリとドアが開いた。まさか春日父が来たのか? ソファーに沈みこんで身を隠す。が、遅い。姿をばっちり確認された。さらに言えば、そこにいたのは春日父ではなかった。春日、本人だった。やべ、私服姿が可愛い。つり目にサラサラの長髪、整った小顔。容姿端麗がピッタリ当てはまる彼女、春日恵はこちらを驚愕と言った表情で見ていた。目は見開き、小さな口をぎゅっと一文字にして。顔の表情だけでびっくりと言っているようなものだ。そしてほんのり赤い顔。俺と春日が見つめ合うこと数秒、春日がこちらへと……
「馬鹿兎月」
「うおっ、危ね!?」
突進しながら蹴りをぶち込んできやがった。早い話、飛び蹴り。食らえば尾を引く怪我になりかねない。脊髄の反射に助けられて、のけ反ってなんとか蹴りを回避。ソファーから転げ落ちて、後ずさり。春日と距離を取る。と、こちらをギロリと睨んでまた接近してくる春日。怖い怖い怖い怖い怖い小岩怖い怖い怖い怖い。ん? 一回、小岩って言ってた? とにかく目の前には春日。立ち上がれないまま春日を見上げる姿勢に。ヤバイ、蹴りは勘弁。
「……なんで兎月がここにいるの?」
静かな口調。しかし目が荒々しく、顔は赤く染まっている。あれ? 春日父に何も聞いていないんだ。あの馬鹿、春日に何も知らせずに俺を殺すつもりだったのか。とんでもねー奴だな。
「えっと……謝りに来た」
「……何を?」
「あ、あれだよ。ほら、春日に怪我を負わせてしまったことについて」
パッと足元を見れば、春日の足には包帯が巻かれていた。なんと痛々しい。思わず心がチクリ。しかしさきほどの蹴りの破壊力を考えれると寒気が走った。良かった、と言いたくないが、まあ良かった。怪我はたいしたことなく、もう大丈夫みたい。本当に良かったよ。蹴られかけたことを除いて。
「……」
「あ、あの春日さん?」
赤い顔でこちらを睨む春日。ちょっとでも動こうなら蹴りを入れてきそうだ。恐ろしくて一歩も動けない。蛇に睨まれた蛙とはこのことか。なんだこの家は。父親といい娘といい、来客をいたぶるのがこの家のもてなしなのかぁ!?
「あら恵、下りてきたの。今から呼びに行こうと思ったのに」
救世主の登場。お母さん、あなたに助けられたのはこれで二度目です。春日母はお茶とお菓子を持ってきてくれた。ニコリと優しげな笑みを浮かべてこちらを見つめる。
「ママ……」
「さ、兎月君も座って。お話しましょう」
「はあ……」
まだ落ち着きを取り戻さない春日もまあ一応ソファーに座り、俺も春日から距離と取るため違う椅子へと腰かける。春日母だけがニコニコと笑っている。え、何これ? 今からティーブレイクですか? 一体何を話せばいいんだよ。
「えっと、すいませんでした。僕の不注意で恵さんに怪我をさせてしまって」
とりあえず謝罪。テーブルに両手をついて頭を深く下げる。こんなスーツを着てまで春日の家に来たんだ。しっかり謝罪しなくてどうする。
「あ、気にしないでいいわよ。恵から話は聞いてるわ。あなたは何も悪くないのだから」
なんて話の分かる人。そして優しい! 親父さんとは大違いだな。そして失礼ながら、あなたは本当に春日のお母さんなのですか? 容姿だけで判断するなら間違いなくそうでしょうが、性格が春日と大違いだ。春日はこんなに優しい笑みを浮かべたりしない。ん……いや待てよ、さっき春日父を蹴っていたあの姿から考えると……やっぱ親子なんだろうな。
「本当にすいませんでした……」
「だから謝らなくていいの」
そう言ってお茶を飲む姿もまあ美しい。そう言ってもらえると気持ちが楽になります。ありがとうございます。お茶美味しいです。
「……」
そしてこちらのお嬢様はずっと俺の方を見てくるのですが……えっと、謝った方が良さげ?
「……風邪、大丈夫?」
「へ? ああ、うん。おかげ様で治りましたよ」
雨に打たれた俺はフツーに風邪引きました。春日は引かなかったので全然オーケーですよ、風邪を引いたのが俺で良かった。一日寝込みましたが、火祭の完璧な看病のおかげで良好へと向かい、翌日起きたらけろりと治ってました。ありがとう火祭、と朝から連呼していました。ええ。
「……本当?」
「なぜ疑う」
じとー、とこちらを訝しげに見てくる春日。なんか恥ずかしいよぉ。とりあえずお茶を飲んで視線を逸らす。さすがの春日も母親の前では大人しいようで、いつもみたく蹴ってこようとはしない。まったく、普段からそんな感じに落ち着いていればいいのに。蹴る、殴る、抓る、えぐるの攻撃は使用禁止してもらいものだ。そうすれば俺のライフゲージもかなり楽になる。少なくても肉体ダメージが激減するのだから。暴力駄目、絶対。
「……そ」
な、なんすかその納得いかないような言い方は。別に嘘をつくようなことでもないっちゅーに。
「ごめんねぇ、兎月君。この子かなり屈折しているから、いつも大変でしょ?」
そうなんですよー、ホント理不尽過ぎて頭痛くなるんですよ。と溢れんばかりの不満をぶち撒けたくなったが、そこは常識とモラルで抑えこむ。代わりに違う言葉を言うことにしまーす。ニコリと我ながら素晴らしい良き笑顔で受け答える。
「いえいえ、いつも恵さんとは仲良くさせてもらっています。僕なんかに話しかけてくれますし。恵さんと一緒にいて本当に毎日が充実していますよ。どうかこれからもよろしくお願いします」
どーだ、春日。お前が俺の家で母さん相手にしたように俺だって猫かぶりぐらい出来るんだい。チラッと春日の様子を伺えば、すげー嫌そうな顔をしていた。俺が猫かぶっているのを分かっているかであろう。ははっ、俺もそうでしたよ。俺だってあなたがうちの母さんに対して表向きの愛想笑いをしていた時、こいつぅぅ……! と思っていたもん。今の春日は以前の俺と同じ心境のはずだ。春日が不満げに俺を睨んでいるが、へらーと笑って対抗してやる。
「あら本当? 理不尽でワガママでいきなりローキックとかしてこない?」
「その通りでっ……ゴホン。いえそんなことはないですよ。恵さん優しいですから」
おいおいすげーな母親って! ジャストに言い当てたよ。やっぱ親って子供の性格とか分かるもんなのかなぁ。
「無理しなくていいのよ。この子、私にそっくりだもん。私も学生の頃は、よく理不尽な事を言っていたもの。特に好きな人相手には暴力を振ったり命令したり。一緒にいようとして色々やっていたなぁ」
「ママっ!?」
しみじみと目を細めて話す春日母と、なぜか慌てだした春日。対極的な二人の行動がシュールで面白いので、お菓子をいただきながら眺める。
「何か不満とかあったらローキック、嫉妬したらローキック、恥ずかしくて気持ちをごまかすためにローキック……懐かしいなー」
何回ローキックって言ってるんですか。はいやっぱりこの人、春日のお母さんで間違いなし。春日は見事にローキックの遺伝を受け継いでいやがる。
「恵もそういったところは私にそっくりみたいだから、兎月君は大変だと思うわー、頑張ってね。そして恵も頑張りなさい」
「な、何を……」
母親に対して、しどろもどろな態度で顔を俯かせる春日。何やらごにょごにょ言っているようだ……って、なんだそのリアクションは。俺に対してそんなのしてくれたことないよ。そんな可愛い仕種が出来るなら今度から俺にも見せてください。
「ホント素直じゃないんだから。二年生になってからずっと話す内容は兎月君のことばっかりでしょ」
「っ、ママっ!?」
ばたつきながらも上目遣いで懸命に母親を睨む春日。その睨み方はいつもの無表情でただ冷たく俺を睨むのとは全然違った。なんか、こう、可愛らしい女の子のキュートな睨み方。ちょ……そんな春日がいたなんて。知りませんでした。あなたがこんな可愛い反応をするだなんてえぇぇ! チクショー、いつも無愛想にしてるくせに……家では普通の娘ってか。えぇ!?
「私は賛成よ。兎月君になら恵を任せられると思う」
それは下僕として俺が優秀ってことですね。それに対してちょっと嬉しく思ってしまう俺は軽度の精神病なのかもしれない。
「色々と話を聞いているわ、誘拐された時のことや金田さんのところの秀明君との騒動も兎月君が解決して、そして恵を守ってくれたんでしょ♪」
「……」
ニッコリ微笑むお母さんと無言でジロリと睨んでくる春日。だから俺に向ける感情の温度差激しすぎるって。うーむ、春日は機嫌が良いのか悪いのか分からないなぁ。春日は睨んでくるが別に嫌って感じでもないようで、俺をどう思っているのか分からない。やはり春日はよく分からない人だ。そして父親の方はそれ以上に理解不能だ。
「おらあああぁあぁぁ!」
リビングのドアが吹っ飛んだ。勢いよく現れたのは馬鹿。いやまあつまり春日父だ。手には日本刀を持ち、殺気立っている。この野郎、ついに来たか。春日母にボコボコにされたのにもう復活したみたいだで。元気よく日本刀を構えている。てことは当初の目的通り、俺を殺しにかかるよね~、ははっ。………あかん、ティーブレイクしている場合ちゃう。
「見つけたぞぉ兎月ぃ、覚悟しやがれ」
ギロリと俺を睨み、捉えて離さない春日父。うあー、もう嫌だこれ。なんすかこの家、どんだけ非日常だよ。精神が崩壊しそうだ。とりあえず美味しいお茶を飲み干して、春日父から距離を取る。近くにいるとやられてしまう。
「この野郎、逃がすかどぼるべぇ!?」
どうやって逃げようか打算していたが、問題は解決した。足元から崩れ床に倒れ伏せる春日父。その横には春日母。あれれ、この光景さっきも見た気がするぞ。
「あなたまたですか。いい加減にしろって言ってるでしょ。私と恵が楽しく兎月君とお喋りしていたのに邪魔しないでください」
そう言いつつローキックを連発する春日母。蹴りが当たる度に小さな呻き声を上げる馬鹿。ざまーみやがれ。
「ま、ママの方こそ邪魔しないでくれ。こいつは今ここで始末しておかな痛い!」
「だから、いい加減に、しろって、言ってんだろ、この馬鹿」
言葉を紡ぎながら強烈な蹴りを放つお母さん。まるで扇風機の『弱』から『強』に切り替えたかのようにさきほどとは格段に威力の上がったローキックをお見舞いしている。怖い、その姿が怖いと思った俺は春日の下僕である証拠!
「兎月君、ちょっと邪魔が入ったから今日はもう帰ってもらえる? また今度ゆっくりお話しましょう。ほら恵、兎月君を送っていってあげなさい」
俺に可憐な笑顔を向けつつ、蹴りは止めない春日母。さすがに苦笑いしか出来ず、ぺコリと頭を下げて部屋を後にすることに。にしても春日父も馬鹿だなぁ。さっき春日母にボコボコにされたのにまた懲りずにやって来るとは。しかし、あの床に倒れた姿を見ていたら、自分の姿と重なってしまい同情の念がこみ上げてきた。春日父も大変だな、と親近感が湧いてしまった。
「……兎月」
「あの、痛いんですけど」
そしてこの娘、リビングから出るなりずっと蹴ってくるんですが……。つり目でこちらを睨んでくるよぉ。そして後ろから悲鳴が聞こえたが、聞こえないふり。
「……」
しばらくして蹴りを止めて普通に歩きだす春日。二人並んで長い廊下を進む。
「春日、その服可愛いなぐえっ!?」
「……うるさい」
褒めたら殴られた。とんでもねー仕打ちだ。うぅ、ただ春日の私服姿が可愛くて褒めただけなのに。あ、待って置いていかないで。
「いやー、あれだね、なかなか個性的なお父さんとお母さんだな」
「……」
で、無視と。まあいいですけどね! ぷんぷんっ、ってキモイよね。まあ今日はこの家に来て良かったなと最終的には思えたよ。死を覚悟していたが、結果的にはまあ許してもらえたみたいだし、それに春日母と会えたので満足です。また来れたらいいなと思います。春日父のいない時に。
「……兎月」
「ん? 何?」
玄関に到着。既に車に乗って前川さんがスタンバイしていた。あとは乗って家に帰還するのみ。うん、本当に命助かって良かった。さらば春日家、と思ったら春日が話しかけてきた。
「……」
「どうかした?」
「……またね」
「ああ、うん。また学校で」
間をかなり開けていたが、要は普通にさよならってことだった。それだけかい! とは思わない。だって春日がこうして言ってくれるだけでもすごいことなのだから。無視していたのが、今は自分からさよならを言ってくれるのだ。それだけで俺は超嬉しかったりする。……やっぱ俺、感覚麻痺してるのかなぁ。




