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第87話 来訪、春日家

とある高級車、簡単に言ってしまえばリムジン。庶民は乗るどころか一生のうちに拝むことすらないであろう金持ちの象徴。そのリムジンさんに乗るのはまさかの庶民、俺。さらには似合いもしない高級スーツを着ているのだからびっくりだ。俺こと兎月将也、今年で十七を迎えるまだまだ親の脛をかじる子供。そんな高校二年生の俺がリムジンに乗るのもスーツに身を包むのもおかしくて奇天烈なことこの上ない。世界不思議発見としてピックアップされてもいいくらいだ。なぜ庶民の俺がこのような金持ち的ビックな扱いを受けているかクエスチョンを問いかけたい。正解者にはスーパーまさや君人形を贈呈しよう。


「着きました、兎月様」


そして今の俺にそんなジョークを楽しんでいられるほどの余裕なんてものはない。こんなスーツを着てリムジンで送迎されて俺が今から何をするのか、そして何をされるのか。それを考えるだけで吐き気を催すのには十分だ。気持ちが悪くなってくる。恐怖と不安で胸一杯、ガクガク震える膝はどう押さえても止まらない。落ち着こうとして一度深呼吸、すーはーと気持ちを静めようとすれば車のドアが開いた。そのせいでさらに動悸が激しくなった。さっきから心の警鐘が止まない。これはヤバいと告げられているような感覚。そりゃもうさっきからずっと第六感の俺がこう言っている。「おいヤベェってマジで。なんかヤバげな感じがすごいぞおい。俺ってばこういうの分かるんだよ、これってヤバいやつだぜ。命に関わるような危険な匂いがするって。なあ、帰ってウイイレやろうぜ」と。残念ながら戻るという選択肢はないのです。大人しくリムジンから降りる。


「さ、どうぞこちらへ」


顔全体が真っ青であろう俺を丁寧に案内してくれるのは、清楚できちんと身なりを整えた初老の男性。この人はとある家の専属ドライバーの前川さんという人だ。とても良い人。しかしそんなことは今はどーでもいい。前川さんには失礼だが、ホントにど~でもいい。それより俺は窮地に立たされているのだ。前川さんは運転手。どこの家の? それは……春日家だ。はい正解、スーパーまさや君人形……じゃなくて。クイズしてる場合じゃない。そう春日家だ。はいはい春日の家に到着でっせ。目の前に見えるのは超がつく豪邸ですよ。超豪邸。さすがは金持ちといったところだ。とまあ門をくぐり玄関へと足を進めるのだが、恐怖で足が思うように動かない。呼吸もしづらくなってきた。だって死へのカウントダウンが近づいて……


「応接間でお待ちになられております。どうぞこちらへ」


前川さんに誘導されて家の中を突き進む。さてと、いよいよ死が現実味を帯びてきた。ちょっとまあ走馬灯がてらここまでの経緯をおさらいしましょう。

俺こと兎月将也は春日恵の下僕をやっています。春日の命令には逆らえないヘタレな犬体質なのは今回は関係ないので省略。つい先日、台風が来たのですがその時、俺は自転車に春日を乗せて帰っていました。そこで運転操作を誤り、転倒。春日に怪我を負わせた挙句、台風による豪雨で春日をずぶ濡れにさせてしまった。結果を述べると春日はたいして体調は崩さず、足の怪我もさほど悪くなかったのだ。うん良かった、ハッピーエンド。とはならない。なぜなら春日父、もとい親バカ野郎がいるからだ。この春日父という者は非常に厄介だ。娘を愛するばかりに周りが見えず常識を忘れた非道な行動に出る。平然とチャカを取り出すような奴だ。そして俺は今、とある人物が待っている応接間へと向かっている。うん、一応最後の抵抗としてもう一度確認してみたけど間違いないよ。俺はもうすぐ……殺される。第六感、お前の言ったことは正しい。ウイイレやろうを除いて褒めてやる。そうさ、俺は親バカの逆鱗に触れ、こうやって絞首刑の階段を登っているんだよ。第六感の俺よ、見事正解だ。冥土の土産としてスーパーまさや君人形を贈呈。


「入れ」


……うん、渡す暇もなくボッシュート。そして俺の命もボッシュート。全然笑えない。さっきから恐怖で膝は笑いっぱなしだが。扉の奥から聞こえた重低音の声。体全体にのしかかる寒気と殺気がおぞましい。


「……失礼します」


入る前に横をチラリ。前川さんが哀愁漂う顔で敬礼していた。あ、この人がこうするってことは本当にもう駄目なんだね。本当に俺ってば終わりなんだ……ははっ、あっという間の人生だった。ごめんね父さん母さん、親より先立つ親不孝な息子を許してくれ。そしてじいちゃん、この前俺のゲームを勝手に売ったこと、俺は死んでも許さないから。


「前川さん、今までありがとうございました」


前川さんに微笑みかけてグーサイン。最後の強がりを見せ、いざ入室。応接間とあって部屋の中央にはテーブル、それを挟んでソファーが二つ。前に見た時と同じ配置だ。しかし今の俺には酷く捻じ曲がって見えた。テーブルが斬首台に見えて仕方ない。ソファーが電気椅子に見える。そして春日父がレッドピラミッドシングに見えた。怖い。なんだこの人、怖いよ。ソファーに腰掛ける春日父。その手元には日本刀。おかしいおかしい、クレイジー過ぎるぞ普通に考えて。だがこの人は普通でないので普通という概念を懇願するだけ無駄。とにかくこの人ヤバい。部屋には俺と春日父の二人だけ。おいおい、もうホントに終わりじゃん。ジエンド極まりない。


「そこに座れ」

「……はい」


渇いた口をパクパクと動かして応答。震える足でソファーまで移動して着席。電気が走った。マジ死ぬかと思った。いや実際に電流が流れたわけじゃなくて春日父と対峙しただけでビリビリィと戦慄が奔っただけ。もう怖くて死にそう。


「お父さんは元気にしているかな」

「そ、それなりです」


なんだその差し当たりのない会話は。んなもんいらねぇだろ。だってアンタは俺を殺すつもりなんだから。日本刀持った奴にお父さんは元気? だなんて聞かれたくねぇよ。


「そうか」

「はい……」


春日父。この人とは二度会ったことがある。一回目は春日誘拐の時。あの時も無表情で銃を取り出していたな。誘拐犯を殺す気満々だった。そして次に会ったのはまさにこの部屋。春日と金田先輩の婚約騒ぎの時だ。俺は部屋に乱入して結婚をぶち壊しにした。それはなんと結果的に春日と金田先輩の両方にとって良いものになった。それもあってか、その時の春日父は俺に対して殺意はさほど向けず、それどころか感謝の意を述べてくれた。そう、俺は一応これまで曲りなりに春日父に尽くしてきたのだ。春日を助け、春日を救い。そして今回は春日を傷つけてしまった。それが何を意味するか。そして一度の失敗はこれまでの功績を全てぶっ潰す。それはあの腰に据えた日本刀を見れば分かることです。


「簡単に話を済まそう。君も覚悟していると思うが」

「はい……」


あなたから直接電話が来て、スーツで来いと言われたらそんなの誰でも察しますよ。


「先日、家へ帰宅すると私の愛する愛しの愛娘の恵が怪我をしていた」


愛って字が三回も出てきたぞ。どんだけ愛してんだ。


「どうしてそうなったのか。私は胸締めつけられる苦痛に耐えながら尋ねた。恵みは答えてくれた。下校中に怪我してしまったと。そして兎月は何も悪くないとも言っていた」

「春日……」


春日がそんなことを……。お、俺を守るために……あ、ありがとう。これならこの人も……


「よって貴様を抹殺する!」

「やっぱ駄目か!」


日本刀を抜く春日父。いやもう親バカでいっか。いやもういっそのこと馬鹿でいい。馬鹿は刀を抜き、俺に突きつける。対して俺は、


「すいませんでしたぁ!」


土下座。


「いや本当にすいませんでした! 俺の不注意で恵さんに怪我を負わせてしまって。全て俺のせいです。どうかお許しを!」


全身全霊を込めた我が思い、渾身最高の形で見事な土下座で謝罪しまくる。もうこれしかない。十六歳の若造が懸命に土下座しているんだ。せめて命だけは、


「安心しろ、一太刀で済ませる」


何も感じねぇのかよ!? ゆっくりと近づいてくる馬鹿。あ、終わった。さよなら父さん、母さん、じいちゃん、米太郎、水川、火祭、そして………春日。今までありがとう……。


「よくも私の愛娘をぉ……このクソ野郎がぁ!」

「はーい、そこまでぇ」


………っ、ぁ…………あ、あれ? おかしい、どこも痛くないぞ。痛みもなく俺は葬られたのか……。恐る恐る目を開いてみると、


「あ、あれ?」


そこには床に倒れこんだ馬鹿と一人の女性。だ、誰だこの人? そして馬鹿はどうして倒れているんだ?


「ごめんね脅かして。この人も本気じゃなかったからさ、許してあげて」


そう言って謎の女性は俺の手を取って立たせてくれた。いやいや、それは嘘でしょ。だってこの馬鹿、俺の方すっげぇ睨んでますよ。これが本気じゃなくて何だってんだ。ガチだろこれ。ガチで殺すつもりだっただろ。


「ママ……どうして邪魔をするんだ」


ほらこんなこと言ってるぞ……って、ママ? えっ、あ、ちょ?


「あ、あなたは……」

「あ、そうよ私は恵の母です。いつも娘がお世話になっております」


そう言って謎の女性、もとい春日母はペコリと頭を下げてくれた。いえいえ、おっしゃる通りホント娘さんにはいつもふりまわされてばかりです。しかしまあ、母親かぁ。確かに似ているかも。そしてさすが春日の母だけある。めっちゃ綺麗。なんつーか上品で清らかな雰囲気がもうすごい。そして綺麗。うん綺麗。第一~六感の俺全員もれなく意見一致、お綺麗です!


「あなたが兎月君ね。あら~、ホント恵は良い人を見つけたみたいね」

「な、何を言っているんだママ! そいつは敵だ。今すぐ抹殺するんだ!」


床に崩れて叫ぶ馬鹿は未だにこちらを睨んでいる。呪い殺すつもりか。視線が血走ってるぞおい。


「あなた、いい加減にしなさい。恵の大事な人よ。そんな物騒な物は片付けてください」

「何を言っているんだママ、こいつは恵を傷つけ……」

「恵の話を聞いていなかったんですか馬鹿。むしろ逆に兎月君は恵を守ってくれたんです。その恩人に刀と殺意を向けるとは何事です。馬鹿ですかあなたは」


げすげすと馬鹿に蹴りを入れまくる春日のおふくろさん。なんだろ、あのキック……なんとなく春日にそっくりだ。さすが親子ってやつか?


「とにかく私はこいつを斬りころぶべぇ!?」

「話を聞けないのですか。だったらここで大人しく悶え苦しんでいてください」


馬鹿は春日母に踏みつけられて悲鳴を上げた。何度も踏みつける春日母。そりゃもう執拗に。踏みつけ攻撃は数分に及んだ。そしてボロボロになって悲鳴も上げなくなった馬鹿を放置して部屋から出て行く春日の母親さん。


「さ、兎月君。こっちこっち」

「はい……」


なんとなく、なんとなくだけど。この人、春日の母親で間違いないと思う。



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