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第86話 負けるな理性

「お加減はどう?」

「うん、大分良くなったと思う」


ご飯も食べたし、テキトーに寝ていたら治るでしょう。というか治さないと火祭に申し訳ない。てことで俺の回復力よ、何が何でも治せ。いいか、絶対にだぞ! ……ん?


「あの、火祭? それは何?」


ふと気になるものが視界の端に写った。火祭のすぐ横にはタオルと洗面器。洗面器からは湯気が出ているけど……お湯? なぜお湯が……それにタオルって………っ、はは、ちょっと嫌な予感……。


「あの……まさかと思うけど、それって……」


いやいやそれはないでしょ。漫画の見すぎだって。ありえないって。そんなわけがない。いくらなんでもそれはない。


「まー君、汗かいたでしょ。お風呂に入れないから、これで……」

「……………………………嫌だ!」


いやあぁっ! 出たよ、病人イベント第2弾! よくドラマで見かけるやつきたよこれ。怪我して入院した男性が看護婦さんにタオルで拭いてもらうやつでしょ。あ、あんなの恥ずかしくて出来ないよ!


「駄目、お風呂入ってないでしょ?」

「昨日ずぶ濡れで帰ってきてすぐにシャワー浴びた」

「そこから時間も経っているし、意外と寝汗かいてるはずだから。はい」


手の平を前に差し出す火祭。な、何ですか?


「ハイタッチ?」

「違うよ。服、早く脱いで」

「……い、嫌ぁ!」


絶対に嫌だぁ! こんな辱めを受けるなんて聞いてないぞ!


「どうして?」

「恥ずかしいから。それ故に!」


なんで同級生の前で上半身裸にならなくてはならんのだ。しかも自分の部屋で。その状況で誰か入ってきたら勘違いされるじゃないか。


「駄目、体拭かないと」


そう言って火祭はタオルをお湯につけだした。ヤバい、強制執行だ。言い逃れなくては……!


「つーかお風呂ぐらい入れるって。なにもこんなことしなくても……そんな重傷じゃないよ俺?」

「38度越えは安静レベルでしょ。だからまー君は大人しくベッドで寝ていないと」


安静レベルって何だよ!? い、いやだから服脱がそうとしないでぇ!


「わ、分かったから! だったら自分でするから火祭は廊下で待ってて!」

「駄目! 私がするっ」

「それが恥ずかしいのぉ!」











「はい、服脱いで」

「……はい」


結局その後、火祭必殺の上目遣いアンド「まー君に早く良くなってほしいから……」のダブル攻撃にノックダウンしてしまった俺は大人しくされるがままになった。な、なんでこんなことに……。こんな展開になるなんて思ってもみなかった。恥ずかしくて涙が出てきそう。そして決して嬉しいだなんて思っちゃいけない。そいつぁいけない。う、嬉しいだなんて思っちゃいけないの! はぁ、こんな精神を擦り使わなくてはならんのだ。これくらい自分で出来るっつーに。


「なんでここまでムキになってするんだよ……」


思わず溜め息がこぼれる。こんなのもうお嫁に行けないよぉ……。


「……ここでリードしておきたいから」

「ん? リード?」

「う、ううんなんでもないっ」


何ですかリードって? よく分からない。


「いいから早く!」

「はいはい……」


しゃーない、腹括るか。恥を捨てろ、もうプライドだなんてものは燃えるゴミに出してしまえ。はぁ、脱げばいいんでしょ脱げば。上体を起こしてシャツを脱ぐ。あらわになる胸部と艶やかな肌、って何言ってんだ俺………気持ち悪いわ。これといってたいした運動もしていない俺はマッチョでもないし、たくましい上腕二頭筋も持ってない。ごくフツーのボディです。


「う、後ろ向いて」


そして赤くなる火祭。ちょ、俺の方が数倍恥ずかしいからね!


「じゃあ…拭くね……」


火祭に背を向けて俺は壁と睨み合い。壁と話してろ、とどこかのガンブレード使いも言ってたな。こんな状況じゃ話すどころか呼吸もままならないわ!


「……」


温いタオルが撫でるように背中を行ったり来たり。こそばゆくて背筋がブルブルッと震える。な、何だろこの感覚……すっげぇムズムズする。


「痛くない?」

「う、うん大丈夫。つーか気持ちいいくらい」

「そ、そう?」


背中を拭き終えた火祭は俺の手首を持ち上げる。うぅ!? 恥ずかしくて顔が燃えるように熱い……! 腕を優しく包みこむタオルと火祭の手から伝わる温もりが……うあぁっ!? 頭おかしくなりそう。早鐘のように心臓が激しい鼓動を打つ。ま、マジで口から心臓が飛び出そうだ。心臓ゲロって吐きそうなくらい動悸が激しくて逆に汗が滲んできた……これ以上は、もう……。


「じ、じゃあ前向いて……」


右腕、左腕と拭き終えて残すは前方のみ。くるりと体を反転させて火祭と向き合う。


「え、えっと……」

「あ……っと…」


火祭の顔が真っ赤なら俺の顔も真っ赤っか。あ、ありえないもん……火祭と半裸の俺がベッドの上で向き合っているなんて。間違いが起きる一歩手前じゃないか。R-15のタグをつけなくては。


「じゃ、じゃあ前も……」


そしてゆっくりとタオルを持った火祭の手が俺の胸に近づいてくる。くっ、さっきまでは後ろ向いていたから大丈夫だったけど、顔を合わせるとなると……さらに心臓バクバクだ。いつ破裂してもおかしくない。

よく見たら火祭の手も微かに震えている。徐々に荒くなっていく俺と火祭の呼吸。正面から漂う火祭のシャンプーの香りと息遣いに頭がクラクラしてきた。


「あ……」


ピタッと胸部に張りつく濡れタオルにピクンと体が反応する。火祭もベッドに乗りかかってきて、ぐっと二人の距離が近づく。……あぁ……これ以上は……


「もう無理ぃ!」


ぐああああああぁぁぁっ! なんだこれ、やっぱマズイよ! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、精神的に死んでしまう。これ以上はヤバいって! 俺の中の野獣が目覚めちゃう! まさか…暴走!? とかリツコさんに言わせたくないし。

茹で上がった頭をフラフラさせながらも火祭からタオルを奪い取る。ぶっ倒れそうなのは風邪のせいか、はたまた火祭のせいか。


「あとは俺がやるから大丈夫! 火祭は廊下に出ていてぇ」

「ま、まー君?」


ベッドから跳びはねて火祭を部屋から押し出す。扉を閉めてその場にへたれこむ。あ~……死ぬかと思った。回春サービスじゃないんだから興奮したら駄目だって。あ、ある意味貴重な体験だった……。











「大丈夫?」

「大丈夫だって、あとは寝れば回復するから」


火祭にはお粥食べさせてもらったり、体拭いてもらったりと世話になった。この恩はいつか返さなくては!


「今日は本当にありがとう。火祭のおかげで随分と元気になったよ」

「わ、私もまー君が元気になってくれて嬉しいよ。もう夜更かししちゃ駄目だからね」


俺が夜通しゲームしたこともバレるし……米太郎め、言いふらしたな。


「あ、真美から伝言預かってたんだった」

「水川から?」

「えっと、『馬鹿、能無し。そのまま消えてしまえ』……だって」

「ひ、火祭に言われているみたいで、すげー傷つくんだけど……」


水川から直接言われるならまだしも、火祭の口から聞くとなるとね。涙が出てきそうだよ。


「わ、私が言ったんじゃなくて、真美が言ったの」

「マミーめ、明日覚えとけよ。あ、そういや春日は大丈夫だった?」


風邪引いてないか心配だし、怪我の容態も気になる。もし尾を引く怪我だったら……春日の親父さんに土下座で謝罪しなくてはならない。


「恵は元気だよ。足の怪我も今日安静にしていれば治るらしいよ」

「それは良かった………ん? 今、恵って言った?」


確か火祭は春日のことを春日さんって呼んでいたはず。いつの間に下の名前で呼ぶようになったんだ?


「うん、昨日いっぱいお話して仲良くなったの」

「へぇ、そりゃめでたい」


あの二人は俺といると、ギスギスしていたからな。仲良くなるのはいいことだよ。


「友達でもあるし、ライバルでもあるからね」

「ライバル? 何のライバルなのさ?」

「ううん、なんでもない!」

「?」


ライバル………ああ、勉強とか? 二人とも頭良いからね、お互いに切磋琢磨していこうというやつか。いいねぇ、そういう関係。サトシとシゲルみたいだ。いや、レッドとグリーンか? まあどっちも同じだけど。


「じゃあ私帰るね。お大事に。ちゃんと水分はこまめに取るんだよ?」

「オッケーオッケー。大丈夫だよ」


現在三時前。台風も過ぎ去って、外は打って変わって快晴。またいつもの蒸し暑い夏へと戻っていた。


「本当にありがとうな。火祭がいなかったら俺は死んでいたかもしれないよ」

「大袈裟だよ」

「いやいやホント。この恩は必ず返すよ」

「そんなのいいって。まー君は私を助けてくれたんだから、寧ろこれが私からの恩返し。ありがたく受け取ってよ」


ひ、火祭……! 嬉しすぎて俺泣きそうだよ! こんな親友を持てて俺は幸せ者だよ。


「あ、ありがとう……。じゃあまた明日」

「うん、バイバイ」


天使の微笑みが部屋から出ていって、残されたのは俺とポカポカした幸福感。うふふ、早く風邪治さないとね!



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