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第85話 熱が上がる看病

「ごほっごほっ……」


……最悪の朝だな。しかめっ面で朝を迎えたのは中間考査の完徹の時以来だ。あ~、気持ち悪い。


「38度4分か。おほ、見事な風邪だな。夜中ずっとゲームしていた将也が悪い」

「だ、誰が誘ったと、ごほっごほっ。く、そ……」


ベッドで寝込む俺の横には涼しげな顔を浮かべた米太郎がいる。どうしてこいつはピンピンしているんだ……風邪移りやがれ! くそ、マジで頭痛い。米太郎の安い挑発に乗ってしまい夜通しゲームにのめり込んだのが愚かだった。テンションと共に熱も上がってしまい風邪気味から正式な風邪とランクアップ。最悪だ……。


「ま、今日は学校休みだし大人しく寝とけよ」


昨日の豪雨は台風上陸の影響だったらしく今も強風が窓を叩きまくり。先ほど学校から今日の補習は休みだと知らせが入った。こんな嬉しいことはない。風邪さえ引いていなければ。


「いやーホント楽しかったな。やっぱ深夜にするゲームは面白い。変なテンションになっちゃうからさ」

「変な顔のお前に言われたく、ごほっごほっ…ないわ……」

「おいおい、ツッコミのキレも声も出てないぞ。いいから安静にしとけ」


な、なんだそのやれやれ世話のかかる奴だなみたいな感じは。誰のせいでこうなったと思っているんだよ。お前のせいだからな!


「佐々木君、お迎えの車が来たわよ」


下から聞こえる母さんの声。お迎えの車……前川さんか。


「前川さんによろしく言っておいてくれ」

「将也が直接言えばいいじゃんか」


この状態で言えるか。それに俺が風邪引いたのが前川さんのせいだと勘違いされたくないし。風邪が悪化したのは俺自身のせいであって、前川さんに土下座されるのはとても気まずい。前川さんは何も悪くないのだから。


「将也は大丈夫です、って言えばいいんだろ? 任せとけ」

「ありがとな米太郎」

「友達のピンチを助けないなんて友達じゃないだろ?」


そのピンチを作ったのは誰だ。お前は友達じゃねぇ。電車は動いてないから米太郎は前川さんの車で帰るらしい。と、さっき電話しているのを聞いた。


「じゃ、俺行くわ。後のことは任せてあるから」


えっ、後のことは任せてある? どういう意味だよ。それだけ言って米太郎は部屋から出ていった。残されたのは俺と頭を襲う痛みと熱。……寝るか。寝れば大体の病気は治るしな。勇者一行だって宿に一泊するだけでHP全回復するし。おやすみなさい……っと。外から聞こえる車の発進する音と共に俺も夢の国へと旅立った。






………ん、おでこがひんやりする。なんだろ……気持ちいい。瞼は重く閉ざされていて、どう頑張っても開かない。ただ、おでこから心地好い冷気が全身に広がり、体がどことなく軽くなる。あ~気持ちいい……なんだろこれ? 誰か傍にいるのか? 真っ暗な視界の片隅から聞こえる微かな音。母さん? うん、そうに違いない。カラオケでオールしたじいちゃんを迎えに行くついでに買い物するからアンタの面倒なんか見てられない。と冷淡に突き放していたけど……やっぱ母親だな、子供のことが心配なのか。きっと冷えピタを貼ってくれたのだろう。あ~涼しくなった……おかげで、また眠たく……なっ………






………大分寝たな。………んっ、なんだろこれ……? ペタペタと俺の顔を触ってくるのは……。これは……手? どうやら手みたいだ。執拗に俺の顔面を触りまくってくる。何、これ? くすぐったいんですけど……うわっ、頬をぐに~してきた。ほっぺが左右に伸びるのが伝わってくる。だ、誰だ……母さんか? 何してるんだよ……。


「……うっ」

「きゃ」


きゃ? 何いまの可愛らしい声は……。あんな可憐な声、母さんに出せるわけない。あれは間違いなく若い女の子の声……だ、誰だ? 重たい瞼を懸命に開く。途端に入ってくる眩しい光と……一つの可愛らしい顔。そうそれはまるで……女神様?


「お、起こしちゃった?」

「……火祭?」


ぼんやりとした視界が徐々に明細色鮮やかになっていき、ようやく頭も覚醒した。ベッドの横には火祭が座っていた。ってことは、


「頬引っ張ったのは火祭か」

「う、うん」


……なんでそんなことしたのさ。俺はおもちゃじゃないぞ。って、それより、


「なぜ火祭が俺の部屋にいるの?」


おかしい、おかしいぞ。昨日俺の家に泊まったのは米太郎だけ。火祭は水川と一緒に春日の家に泊まったはず。俺の記憶ではそうなっている。ではどうして火祭がここにいるのか。説明プリーズ。


「佐々木君から電話があって、まー君が風邪引いたから看病してやってくれって頼まれたの」

「……あー、そうゆうことだったのか」


米太郎の謎の置き台詞の意味はこれだったのか。最初からそう言えよ、あの野菜馬鹿が。


「ってことは冷えピタ貼ってくれたのも火祭か。母さんはどうした?」

「お母さんは買い物に行かれたよ。馬鹿な息子の面倒は見たくないって」


あのババア……しっかり有言実行しやがって。少しは息子の心配しろよ。


「熱測ったけど38度もあったよ……。大丈夫?」


熱下がってないのか……頭の痛みは大分引いてるんだけどな。よし、これなら起きれそうだ。


「よっ、と」

「起きて大丈夫なの?」

「うん、大丈夫っぽい。朝よりは気分も良くなってる」


それにしても、マジで女神様かと思った。聖母のように穏やかで温かく全てを抱擁するかのような愛しい微笑み。水川のあだ名がマミーなら、火祭のあだ名はマザーだな。


「今、何時?」

「十二時前だよ」

「火祭はいつからここに?」

「九時から」

「そっか………暇だったでしょ?」

「ううん。アルバムとか卒業文集読んでいると楽しかったし」


ふと机を見ると、小学校のアルバムから中学校の卒業文集まで思い出の品がズラリと。俺の過去が全て暴露された気がする。は、恥ずかしい……。


「まー君はどうして彼女と別れたの?」

「えぇ!? いや………別々の学校行くから」


なぜか元カノのこともバレてるし……! も、もう嫌だ!


「そ、それより俺なんかの看病なんて退屈だろ? もう帰っていいよ、後は一人で大丈夫だから」

「駄目っ、まー君は安静にしていて。私が面倒見るから」


ベッドから起き上がろうとしたら火祭に押し戻された。いや、看病してくれるのは嬉しいけど……なんか介護されてる老人みたいでさ、面目ないというか。


「お腹すいてる?」

「いや、食欲ないや」

「駄目だよ、ちゃんと食べないと。栄養取らないと病気には勝てないよ。お粥作ったから持ってくるね」


え、お粥を……。火祭が作ってくれたの? しばらくして火祭が戻ってきた。両手に持ったお盆の上には湯気だった土鍋とコップ。食欲そそる良い匂いが鼻をくすぐる。


「はい」

「これ、火祭が作ったの?」

「そうだよ。……駄目、かな?」

「全然! つーかすごくね!? ここまで作れたら立派だって」


見た目完璧だし、すげーおいしそう。これはもう母さんのやつを越えたに違いない。見た目で大勝だ。これで味は最悪だなんてオチは勘弁願いたい。つーか火祭が作ったなら大丈夫なはず。


「食べていい? 見てたらお腹減ってきちゃって」

「う、うん!」


れんげを受け取り、一口分を掬う。フワッと広がる湯気とお粥の良い匂い。ふーっ、とほどよく冷ましてから口へと持っていき、一口ぱくり。…………、


「ど、どうかな……?」

「……美味い。これ美味いよ!」


普通に美味しかった……! 見た目完璧で味最悪みたいな裏切り展開じゃなくて良かった。ヤバい、マジで美味い。お粥の甘みが全身に染み渡る……ああ、最高。火祭の手作りってだけで美味しさ倍増だしね!


「ホント? 良かったぁ」


火祭も安心したように両手を合わせる。俺、幸せだなぁ。あ、もう止まんないこれ。美味しすぎて手が止まらないよ。あぁ~、こんな幸せで俺はいいのだろうか。


「……ちょっと貸して」


美味しくバクバクと食べていると火祭がれんげを指差した。言われた通りにれんげを渡す。すると火祭はお粥を掬って、


「ふー、ふー」


息を吹きかけて冷ます火祭。………ちょ、まさか、だとは思うけど……これは……!?


「は、はい! あ、あーん」


っ!? こ、こいつぁもしかして。あーんって……あーんって!? ラブコメの王道イベントじゃないか……。い、いいの? こんなことあっていいのか!? 


「ひ、火祭さん……それはさすがに恥ずかしいから。一人で食べますから」

「わ、私だって恥ずかしいよ。けど……まー君に早く良くなってほしいから……」


ぐうっ、ヤバい……グッときた! ど、どストライク……可愛すぎるでしょ……! こんなこと言われちゃあ、


「はい、あーん」

「あ、あーん」


もう甘えちゃうって! 反則だよその台詞は……! うおっ、火祭に食べさせてもらうことでさらに美味しく感じる。比喩なしに本当に美味しく感じる。これなら風邪もまんざらじゃないな。週一でなりたいくらいだ。


「はい、あーん」

「い、いや後はもう一人で食べるって」

「あ、あーん!」

「ちょ……」

「あーん」

「……」

「あーん……」


だから上目遣いは反則だって!


「くっ、あーん!」


……ずっとこれ? 恥ずかしくて悶え死にそうなんですけど……。風邪とは関係なしに顔が真っ赤なんですけどぉ!?











顔から火が出る思いをした昼食を終えて、またベッドでぐったりする。別の意味で疲れた。他に誰もいなかったからまだマシだったけど、あんなの教室でされたら……。ラブコメの主人公はたくましいな……尊敬するよ。


「ちゃんとお薬飲んだ?」


食べ終わった食器を片づけた火祭が戻ってきた。


「飲んだよ。ごめんね、何から何までやってもらって」

「まー君は病人なんだからしょうがないでしょ。私に任せてよ」

「そう言われても……やっぱ申し訳ないというか、ごめん」

「まー君っ」


ガッと両手を掴まれた。な、何どしたの?


「まー君は言ったよね、謝るよりありがとうと言ってほしいって。その台詞そのまま返すよ。私もありがとうって言われた方が嬉しい」

「そ、そう? なら……ありがとな」

「うん、どういたしまして」


……ズッキュンときた! 熱の影響かな? 火祭がいつもより可愛く見える。本当に好きになりそうだよ……。思わず、好きだ! って言いそうになっちゃう。いかんいかん、火祭の厚意に対して失礼だろうが。自粛しろ俺! 爆発しろ俺ぇ!


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