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第83話 握る手はそっと優しく

よっと腰を上げる。体が重たく感じるのは雨に濡れてなのか、気分的に乗らないからなのか……どちらか定かでないが、やるしかないでしょ。春日はああ言ってくれたけど、やはり俺のせいな部分も大きい。なら償いというか、少しは役に立てって話だ。いくぞ、やるしかない。


「……兎月?」

「近くでタクシー拾ってくる。春日はここで待っていて」


いち早く春日をこんなところから解放しなくては。ホント風邪を引かせてしまいかねない。そうしないためにも行動しなくてはならないのだ。もう雨が止む気配なんざないし、となると待つだけ不毛。こちらから打破するしかないっしょ。この超豪雨の中、タクシーを探し回るのはしんどいけど……これ以上春日をこんなところにいさせるわけにはいかない。頑張れゴエモ、じゃなくて頑張れ俺!


「雨降ってる……」


んなことは既知の事ですよ。相変わらずの凄まじい雨、さらには強風も吹いて視界は最悪。これを嵐と言わずして何が嵐だ。もはや台風じゃねぇの? この調子だと明日学校休みになるかも。それはかなり嬉しい。しかしそのためには今日を生きなくては。


「タクシーが見つからなくてもコンビニがあれば傘とか買えるし、公衆電話で春日の家に連絡も取れる。とにかく行動しないと」


ここでじっとしているよ動いた方が明らかに賢明だ。ただその場合、一つだけ問題があるのだが……


「……春日、大丈夫か?」


俺がここを離れると春日を一人で待たせることになる。……こんな声も届かないような暗い場所に春日みたいな可愛い娘を置いていくとなると……グヘヘな強姦魔が襲ってくる恐れがある……っ! や、やっぱ危険だよな。一人にさせるのは危ない、俺がいないと。で、でもここにいても助けは来ないし春日の体力も減っていく一方。やはり動くしか……


「……兎月」


春日が座ったままの状態で俺の制服の端を掴んできた。ぎゅっと小さな指が力強く制服を持つ。これはつまり、行くな……ってことだろう。……そうだよな、こんなところに一人ぼっちなんて怖いに決まってる。不安で心細いに決まってる。春日は無理して気丈に振る舞っているけど、実際は寒くて怖いはずだ。俺が傍にいなければ………けど、


「大丈夫、すぐ戻ってくるから。ここで待ってて」


超心配だし超不安だ。けどここで待っていてもどうしようもない。急がないと春日の容態も悪化するし、本当に風邪を引かせるわけにはいかない。春日に怪我を負わせて風邪も引かせたとなると、春日父に殺されるとか以前に自分自身が許せなくて惨めになってしまう。もう春日と一緒にいる資格も失くしてしまう。嫌だ、それに春日を守ってあげたい。


「……駄目」


うっ!? そ、そんな上目遣いでこっちを見ないで。春日は服の端をぎゅっと握り、さらにはウルウルの上目遣いでこちらを見つめてくる。な、なんつー威力。そんな風に言われると下僕じゃなくても従っちゃうって。火祭並の破壊力だぞ!


「い、いや俺もそうしたいけどさ、やっぱ助けを呼ばないと。雨も止みそうにないし」

「……」

「怖いのは分かる。すぐに戻ってくるから。待っていてくれる?」

「……」


春日はじっと俺を見つめたまま掴んだ制服を離さない。潤んだ瞳と濡れた前髪がどこかいつもの春日と違った艷美的な風情を惹き出している。うっ………こんな状況だけど今、春日がすげー色っぽく見えた。ドキッとしてしまった。おおおぉぉい、最低だぞ俺。こんなシリアスな場面で何を興奮しかけているんだ。反省しろ、自粛しろ。


「……兎月」

「だ、大丈夫だって。ほんの十分だけ離れるだけだから」


春日の手を両手で優しく包みこむ。そのまま手を引き剥ごうとしたが……うわっ、こんなに冷えてるなんて……。氷漬けされたかのように冷たい春日の手。何度か繋いだことがあるから分かる。春日の手はいつも温かくてポカポカしていた。落ち着きと安らぎを与えてくれる温かい手。その手が今はこんなに冷えている。病人のように白く冷たくなっている……やっぱ寒かったのか。それに震えているし……っ! くそっ、なんだよ俺は。ただのアホじゃないか。何も考えちゃいなかった。馬鹿だろ俺………この状態の春日を一人ぼっちにさせるなんて出来ない。春日をほって置くなんて出来ない! さっきまでの俺は本当の本当に馬鹿か。どうして春日を一人置いていこうとした。助けを呼ぶ? そうじゃないだろ俺のすることは。俺がするべきことは春日の傍についてやることだろうが。春日を守るんだろ。ならこうして手を持ってやることが何よりもすべきことじゃないか。


「ごめん……やっぱり俺もここにいるよ。ずっといるから安心して。……ずっとこうしているから」


自然と春日との距離が縮まる。ぎゅうっと握る手に力がこもる。安心させてあげたい。その気持ちが溢れ出す。


「兎月……」

「春日……」


冷えていた身体はなぜか暖かくなり、心も温もりに包まれた。ああ、最初からこうしておけば良かった。さっきまでの気まずい沈黙は何だったんだろう。トロンと和んだ空気が俺達の周りに広がる。湿気と薄暗さなんざ跳ね返してやるぜって感じ。ああ、やっぱ俺も不安だった。けど今は春日とこうしているだけで気持ちも落ち着いて笑っていられる。やっぱり春日といると……と、次の瞬間、


「ぐおぉ」

「!?」

「えっ?」


ずさあっ! と誰かが橋の上から滑り落ちてきた。雨にも負けない豪快な音を立てて地面にどしゃりと崩れ倒れている。雨による視界の悪さと暗さでよく見えないが何か黒い物体がうごめいて暴れているような……。


「と、兎月……」


突然の出来事に春日の手がより一層震えだす。ぎゅううぅと手を握ってきた。ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイよ。不安は的中、やはり春日を狙って何者かが襲いにやって来た。や、やるしかない。お、俺が守らないとぉ!


「う、後ろに隠れて。お、おお俺が何とかする」


テンパりつつも謎の物体から春日を守るように後ろに下がらせる。落ち着け俺、落ち着くんだ。何とかするしかない。黒い物体……やはりそれは人だった。手と足が四方に伸び、ガラクタ人形のようにもぞもぞと地面を這いずっている。こ、怖ぇ! ホラー映画かよ!?


「兎月……」


怯えた声とぎゅっと背中にしがみつき身を寄せる春日の震えた手の感触が俺を奮い立たせた。俺がびびっているわけにはいかない。お、俺が春日を守るんだぁ! 


「……っ、おおおお前は誰だ!? 春日には指一本触れさせやしないからぬぁ!」


それでも怖いものは怖い。謎の人間の両手は地面を這いずり回り、徐々にこっちに接近してきている。不安と焦り、さらに雨の降る音と寒さによって未知なる相手の恐怖がより一層に増す。そして、静かに、のそりと低い声が耳をかすめた。


「眼鏡、眼鏡……」


………へ? な、なに? 今……眼鏡って言った? コロス、殺す……の間違いじゃないの? あと、今の声ってもしかして……


「ああ、あったあった。いやあ、探しましたよ恵様、兎月様」


地面に落ちてあった眼鏡をかけて、すっと立ち上がったのは……前川さん。ま、前川さぁん! 服はずぶ濡れのボロボロだが、あの気品ある佇まいと微笑みは前川さんで間違いない。た、助かった……。二つの意味で。


「ちょっとぉ! びっくりしたじゃないですか。どこから現れているんですか!?」


何も上から滑り落ちなくても。


「も、申し訳ありません。河川沿いに兎月様の自転車を見つけたので急いで駆けつけようとして足を滑らしてしまって」


曇天の下、俺の自転車は風で倒れていた。ぬあぁ!? 自転車を避難させるの忘れていた。ああ、せっかく金田先輩に頂いた自転車がずぶ濡れだよ……。って、それより!


「前川さん、急いで春日を……」


謎の人間が前川さんだと分かって安心したのか、春日はふにゃりと地べたに座り込んでいた。俺の制服を掴んだまま。


「め、恵様!? お、お怪我は……!?」

「足を軽く怪我したぐらいです。それと多少雨に打たれてしまったので急いで家に送り届けてください」


本当に助かった。さすが前川さん、あなたは頼りになります。いつもいつも俺はあなた様に助けられていますよ。ありがとう前川さん。


「前川さん、車は?」

「う、上に。す、すすぐ上に停めてあります」


あ~あ、混乱してます? 春日は大丈夫ですから落ち着いてくださいって。なんならあなたのホラーチックな怖い登場のせいでこうなっていますからね。


「め、恵様こちらへ」


前川さんは春日を起き上がらせると、どこから取り出したのか傘を差してゆっくりと道の方に上がっていく。足元気をつけてくださいね。上の道には車が停めてあった。そして車に乗り込む春日と前川さん。そして車は発車、雨の中を颯爽と走り消えていった。そして俺は取り残された。そして………えっ? あ、あれ? あの……………ま、前川さん? 俺は? 俺は……あれ? 取り残され………え? ちょ、嘘でしょ?


「い、いやそんなわけ……」


だ、だってさ、ほら、これ、分かるじゃん? お、俺はここにさ、いるわけでして……車に俺は乗ってないわけで……なのに車は発進したわけで……ちょ、あの、え、嘘、マジで……?


「ま、前川さぁん!? まだ俺ここにいるよぉ!」


俺の悲痛な叫びは雨に掻き消されたのは言うまでもない。



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