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第82話 自己嫌悪に励まし、そしてこれからどうしましょう?


米太郎「夏休みだな~」


兎月「そうだな」


米太郎「何か夏の目標とかあるか?」


兎月「英検準2級」


米太郎「堅実だなおい!」


「ご、ごめん春日。怪我はないか?」


春日の髪についた草を取りつつ全身を確認する。……これといって怪我は…………っ!?


「か春日、膝……」

「え……あっ」


春日の膝が赤く滲んでいる。よく見れば膝の表面が切れており、そこから鮮やかな血が……血がぁ! うわあっ!? 血だ! 血だよこれぇ! 血液ですかはなんやなんあんあんきゃああぁぁぁ!?


「……っ」

「だ、だだだだ大丈夫?」


あわわわわっわあわわっ、どうしよぉ!? こんなシチュエーション今までに経験したことがないからどう対応したらいいか分からない。うぅ、誰かマニュアル本持ってきてぇ! 血が流れてるってば!


「……っ」


春日の歪んだ表情……やっぱり痛いんだ。お、俺がなんとかしなくては……!


「待ってて、確か財布に絆創膏が……」


ポケットから財布を取り出す。え~っと、確かこの辺に……ん? なんで手の甲に水滴が? さらに首筋に何かが落ちてきた。冷たくて液体のような伝わり方は……汗じゃない。この感触はもしや……雨か? え………まさか、雨が……? 見上げれば、どんよりと鉛色の雲が空一面をうめつくしていた。いつの間に……雨降る感じバリバリだぞ。そう思った瞬間、ゴロゴロと空が鳴った。そしてポツポツと雫が落ち、それが連続してきて……雨となった。辺りは一気にザーザーと騒がしくなって……って!?


「嘘、このタイミングで雨だなんてアリかよ!?」


ドラマ的展開だなおい! このタイミングで雨が降りますかね。最悪にも程がある。ヤバイ、まだ小雨だけど徐々に強くなっている。こーゆー雨は何度か経験したことがある。故に分かるぞ、これはさらに激しさを増すことが! どっか避難しないと、あっという間にびしょ濡れになってしまう。くっそ、ホンマにバッドタイミングやなあ、最悪や。……なんで関西弁?


「とにかくどこか雨宿りできる場所は……」


もちろん傘なんて文明の利器は所持していない。あったらすぐに装備そしてオープンザアンブレラ~しているさ。道外れの芝生、上に戻ってもただの一本道。建物もお店もまったくない。屋根なんて見当たらねぇ……。くそっ、上の道に雨宿りできる場所はない。下は河川だし、雨を凌げる場所なんてないぞ………あっ、待て待て。あれは……河川の先をたどっていくと橋が見えた。橋……そうだよ、橋の下………これだ! 漫画でよくあるじゃん、橋の下に雨宿りするパターンが。これを応用するしかない!


「春日、あっちに避難するぞ」


予想通り雨が強くなってきた。こりゃ、本格的に降ってきたな。そしてさらに勢いが増すこと間違いない。急がなくては。自転車を起こして走り出す。こいつは金田先輩がくれた新品だ。汚すわけにはいかない。


「春日、急げ…って……おい!?」

「……っ」


雨が降り注ぐ中、春日はうずくまっていた。何をやっているんだ、ここで停止している時間はないってのに。急いで避難しないとずぶ濡れになっちゃうよ。何をもたついて……ん? 春日………足を押さえている。ま、まさか、


「さっきの怪我で動けないのか……?」


たいした怪我じゃないと思ったけど……歩けないほどまでに痛むのか………っ!


「春日!」


次の瞬間には自転車を離していた。金田先輩からもらった大切な自転車? 知るかそんなもん。大事なのは春日だ!


「春日、歩けないのか?」


滑るようにして芝生を駆けて春日の傍に近寄る。俯いたまま春日は何も答えない。何か返事しろよ! と言いたいけど、それどころじゃない。天候は小雨から豪雨へ超進化を遂げている。このままだとマジでヤバイ。春日が歩けないなら……こうするしかないっしょ。


「行くぞ! しっかり掴まってろ」

「と、兎月」


春日を無理矢理おんぶ。はいはいめっちゃ恥ずかしいですよ。しかしそんなことを言ってる暇はありません! 濡れた芝生に足が滑る。ぐおっ、バランスが取りにくい……。だがそんなの気にしていられるかい。足場の悪さなんぞ無視して全速力で橋の下へと急ぐ。滑りやすい芝生の上を走り抜ける。ぜってーコケるわけにはいかない。俺は今、春日を背負っているのだから! 俺には春日を守る義務があるのだからぁ! 打ちつける雨に目を細めつつそのまま一気に橋の下に滑りこむ。降り注いでいた雨の圧から解放されて体が軽くなった。髪の毛から落ちる水滴が点々とコンクリートの地面を黒く滲ませる。上からは雨が橋を打ち続ける轟音が反響して聞こえる。耳に広がる雨音、体に伝わる水の感触と重さ。一機に疲労が襲ってきた。きっつ……。


「はぁ、はぁ……最悪だな」


もう七月の中旬だぞ? こんな雨が降っていいのかおい。遅れた反抗期ならぬ遅れた梅雨なんざお呼びじゃねぇんだよ。自粛しろ馬鹿!


「っと春日、怪我見せろ」


おぶっていた春日をそっと地面に座らせる。雨でうまい感じに血が流れ落ちており、切り傷がよく確認できる。見れば赤く腫れているし……葉か石か何かで切ってさらに打ちつけてしまったのか。これじゃあ歩けないよな。


「とりあえず絆創膏を……」


財布から絆創膏を取り出して丁寧に貼る。ふぅ、一安心。とりま止血は完了。あとは人間の治癒力に任せて良好へと向かうことを祈るしかない。


「大丈夫か春日? まだ痛むか?」

「……」

「あの……大丈夫、ですか?」

「……」


ちょ、何か言ってくれよ。この状況で無視されるとどうしようもありませんって。


「なあ、春日」

「……大丈夫」

「……そっか」


大丈夫なわけない。歩けないくらい痛いんだろ。嘘言ってるのは見え見えだ。何を強がっているんだよ。ったく、できれば春日本人から言ってほしかったね。こんなところで嘘言ってどうするんだよ……はぁ。


「……最悪だな。雨止む気配ないぞ」


にわか雨かと思ったが、勢いは増す一方。こんなゲリラ豪雨、梅雨のシーズンでもなかったぞ!?


「傘もないし、自転車で行くのは無理だし。どうしたら……あ、前川さん」


頭をよぎったのは頼りになる前川さんの顔。今頃は米太郎達を家に送り届けたはずだし、電話で呼んだら来てくれるはず!


「携帯で呼べば……あれ? 携帯は……はっ!?」


そうだ……携帯は鞄の中。そして鞄は……前川さんに預けてしまった。手元に携帯はない……! 携帯電話なのに携帯してない!?


「春日、携帯持ってるか?」

「……ない」


……終わった。連絡手段がない以上、前川さんを呼ぶことは出来ない。となると他に対策はない。出来ることはここで待つことのみ……。ショックからか、または制服が吸収した雨の重みか、体がずるりと落ちた。ペタリと地べたに座って空を見つめる。予想通り雨は全然止まない。遠くの景色が霞んで見えるぐらいに降りまくっていやがる。目の前の河川の水位が上がってくるんじゃないかと思えてくるほどの勢いだ。本格的にヤバイぞこれ。傘を差しても足元がぐちゃぐちゃになるレベルの豪雨っぷりだ。


「……」

「……」


そして沈黙。俺も春日も一言も喋らない。聞こえるのは雨が降る音のみ。気まずさMAXだ。けどいつものように喋るだなんて出来ない。だって……こうなったのは俺のせいだし……。俺が自転車のハンドル操作ミスで転倒。春日に怪我を負わせた挙句、ずぶ濡れにさせてしまった。最低極まりない行為だ。春日になんて言えばいいのやら……罪悪感で胸が締めつけられる。自分のふがいなさに自己嫌悪に陥りそうだ。何が下僕だ、何も出来ていないじゃんか。


「……」

「……」

「……ごめんな」

「……」

「怪我させちゃって。俺がちゃんと運転出来なくて……ホントごめん」

「……別に」


最低だ。謝ることしか出来ない自分が愚かで仕方ない。


「それにこんなことになってしまって……。俺が無理矢理にでも春日を車に乗せておけば……ごめんな」

「……それは兎月のせいじゃない。私のせい」

「そんなことない。ただの下僕のくせして調子乗ったから……ホントごめん」

「兎月」


って痛い痛い痛い! 今かなりブルーな状態なんだから、ほっぺを抓らないで!


「な、なんだよ!?」

「兎月は悪くない」

「いや……悪いのは俺だって。最低だよ俺は……春日をこんな目にあわせてしまって……ごめん」

「謝るな」


痛い! 捻りを加えてきた!? ぐりぃと頬が変形しているんですが……。


「……だって俺のせいで」

「兎月は悪くない。雨が降ったのはしょうがないでしょ」


……俺をフォローしているのか。優しいんだな、春日は。やっぱり春日は優しい。そんな春日に怪我を負わせてしまった俺は最低野郎。前川さんに合わす顔がない。前川さんは俺を信用してくれて春日を任せてくれたのに……。


「でも……」

「終わったことをぐちぐち言うな。兎月は悪くないんだから」


雨が降る轟音の中、いつもは小さい春日の声がなぜかはっきりと聞こえる。その声一つ一つが俺の全身に入ってくる感覚。……なんだろ、この安心するような感じは……。さっきまで自嘲気味だった俺だが、春日と少し話しするだけでこんなにもスッと気が軽くなるとは……。やっぱ、春日といると安心する……心がポカポカする。


「……ありがとな。そう言ってくれると助かる」

「……そ」


よし、切り替えよ。ネガティブになってもしょうがない。これからどうするかを考えないとな。


「雨は止む気配なし。携帯もなく、誰かと連絡する手段もない……か。春日、何か良いアイデアは?」

「ない」


即答っ! もうちょっと考える余地とかはないのかよ。……マジでどうしよう? 雨が止むまでここ待つか。それしか思いつかないや……。


「……」

「……」


そして訪れる沈黙。ザーッと雨の降る音が気まずさを紛らわせてくれるがそれでもなんか気まずい。……な、何か喋った方がいいかな? この調子で待ち続けるのはもたないと思うし……。


「……」

「……」


そ、それに……今更だけど………ほら、雨に打たれたじゃん? ……制服が透けてるんだよね。いやいや! いやらしい気持ちはないよ!? そうじゃないけど……ドキドキするっていうか……。直視はできないけど、チラッと見た限りじゃ………えっと……よ、よく分からないや! ただ今、俺と春日は二人横に並んでいる状態。横目で見ただけじゃ、はっきりと見えないな………っておいいぃっ!? 何見ようとしているんだ俺は。いかんぞ俺、グフフな下心を出しちゃ駄目だ! 春日に嫌われちゃう。そして申し訳ない。下心より罪悪感の方が勝ってなんとか視線を前に固定していられる。けど………俺の見たマンガでは、こういう場合は女の子の制服が透けて下着が見えて、うわあっ!? 的なシチュになるはずだ。いちごがウハウハで100%みたいな感じ? というか冷静に考えると……この状況って結構マズイ……よね? 橋の下だなんて野外プレイの定番スポットだし………え? エロマンガの見すぎ? すいません、自粛します。とにかくこれはヤバイ。奥底に眠る野獣が目覚めるかもしれない。いや、俺ヘタレだからそれはないか。いちご3%にも満たないもんね。しかしやはり意識してしま、っておいおいおいおいおい! だから落ち着けぇ。何も考えるな何も意識するなっ! 無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心! ピンクな妄想は掻き消せ!


「……」

「……」


沈黙が重くのしかかる……。だって何を話せばいいのか見当もつかない……この状態で盛り上がるトークなんてあるのか? 野菜の話? それじゃあ米太郎の馬鹿と一緒じゃないか。とにかく落ち着け、いいから無心になるんだ。変に意識するから気まずく感じるんだ。気を紛らわせたらいいんだ。ほら、等速直線運動について考えろ。等速直線運動について思い馳せろぉ!


「……っくし」

「か、春日?」


横から聞こえてきたのはなんとも可愛らしい小動物の鳴き声……じゃなくて春日のくしゃみ。え、もしや……!?


「寒いの?」

「……」


雨で濡れて体が冷えてしまったのだろうか、春日の顔はいつもより白く不健康そうな色に染まっていた。これは本っ当にマズイ! 春日に風邪をひかしたとなると、春日父がブチギレる。そしたら俺達家族は……ジエンド。路頭をさ迷い、樹海にふらりふらりと………あかんあかん! それだけは阻止しなくてはっ! と、というか……春日に怪我を負わせた時点でもうアウトだったり? ははっ、そりゃそっか。ははっ………ごめんよ父さん。だけど今はそんなの問題じゃないんだ。春日に風邪を引かせるわけにはいかない。


「春日、寒いんでしょ?」

「……」


やせ我慢なのか、ひたすら無視する春日。これだとキリがない。よし、カマかけてみるか。


「こういう時って二人が裸になって抱き合うことで体温保持を痛い痛い! 肩パン痛い!」


よ、よし反応してくれた。これで無視だったら、いよいよ制服に手をかけるところだった。そんな変態、もとい露出狂にはなりたくない。


「寒いんだろ?」

「……」

「あー……さすがにさっきのは冗談だけど、その……えっと、手を繋ぐってのはどう?」

「……」

「いやいや、やましい気持ちがあってじゃないよ? ただ少しは暖かくなるのではないかと思って……」


ヘタレの俺に出来ることはこれしかない。なんとしても春日に風邪を引かせるわけにはいかない。春日父が怖いとかもあるけどさ、ただ春日に辛い思いをさせたくないから。こんな目に遭わせてしまったんだ、せめて俺に出来ることはやりたい。


「あ、あの……」

「……」


で、無視。こうなってくるとこっちはやりようがないわけで……はぁ、どうしよ? とりあえず春日のすぐ隣に移動してみる。肩と肩が触れるかどうかの距離。一瞬、春日がぴくっと身じろいたが、その場から離れようとはしなかった。しかし、両腕を組んでおり手を繋ぐつもりは全くないようだ。それ以上近づいてみろ、咬み殺すぞと言わんばかりの威圧。絶対寒いはずなのに……俺と手を繋ぐのがそんなに嫌なのかねぇ。ま、そりゃ嫌ですよね。下僕なんかに手を繋がれたくないよね。俺だって、もし米太郎と体を暖めなくてはならなくなっても絶対にしたくない。凍死を選んでやるさ。春日もそれと一緒か。


「寒いでしょ? だったら」

「しつこい」


はい一蹴されました。ズバッと切り捨て。心配したこっちが怒られるなんて……悲しいね。そして雨は尚も降り続ける。かれこれ二十分は経過していることであろう。携帯もないから正確な時間も分からない。


「……っくし」


隣で春日はくしゃみしてるし……このままでは埒があかないな。……行動を起こしますか。



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