第80話 鈍感フェスティバル
火祭が不機嫌になったりと色々なハプニングがあったものの、皆で宿題をすること一時間。予想以上に順調に進んでいった。
「なんだよこれ~。思ったより簡単じゃん。楽勝、楽勝」
米太郎の涼しげな声にも頷けるってもんだ。
「全部の問題教えてもらって、やっとこさ解いているくせに。何言ってんのよ」
うっ……確かに俺と米太郎は質問しまくりで、その上問題の考え方、解き方、途中計算をこと細かく説明されてやっと問題に取り組んでいる状態だ。そんなんでよくもまあ楽勝とかほざいたな米太郎。調子に乗るな!
「で、でもさ、こんな早い段階で宿題に手をつけるなんて俺達じゃ考えられないよな、将也」
「そうだな。宿題なんて七月のうちにやるもんじゃないって教えられたし」
「誰に?」
それは知らない。とにかく、宿題は追い込まれてするものだ。ギリギリになって初めて本気になるのが美学……というのは馬鹿だった過去の教えであり、なるべく早く終わらせるというのが今の主流だ。本当に賢いってのはこういうことなのさ。てことで因数分解にゃもう慣れましたぜ!
「兎月と佐々木は無計画過ぎでしょ」
「男がチマチマやってられるか。無鉄砲に自由気ままに生きるのが男のロマンだろ。そう、それが男のポリシーっ」
「計画性の無い男はモテないよ?」
「ごめん嘘。俺、一週間のスケジュールしっかりと立てているから」
あっさりポリシー変えやがったよ。テキトーなことしか言わないお米はほって置いて、はい来た解と係数の関係。もうマスターしました!
「それにしてもホント順調だな。この調子で頑張ったら今日中に全部終わるんじゃね?」
「まー君、さすがにそれは無理だよ……」
「馬鹿」
「おいおい春日!? どストレートに言い過ぎだろ。もっとオブラートに包んで言えないのか」
「大馬鹿」
なぜにパワーアップした!? 包むどころか全面に出しちゃったよ。うわ、泣きそう。
「いやー、ほのぼのしていていいね。この五人でどこか遊び行きたいくらいだな」
急に米太郎が嬉しそうに喋りだした。皆に伝えたい感がハンパないぞ。こいつ、言うタイミング狙ってたな。
「例えば、海とか行きたいよなっ」
米太郎は海に行きたいのか。自分の欲望出しまくりだな。
「えー、人が多そうじゃん」
水川が不満げな声をあげる。そしてスタンダードな理由だ。
「んだよマミー! 火祭達の水着姿が見たいという俺の密かな思いを潰す気か」
「マミー言うな。あと、密かな思いモロに出ちゃってるけど?」
「あ……」
やっぱ馬鹿だこいつ。
「はいはい、と。米太郎の下心も分かったことだし、どんどん宿題進めていこうぜ」
「待てよ将也」
あ? まだ言いたいことあるのか。お前の賎しい欲望はよ~く分かったから。
「将也、お前はどうなんだ?」
はい? 俺? 何が?
「お前は春日さんと火祭の水着姿、見たくないのか?」
「……」
「っ!」
なぜか春日と火祭がぴくりと反応したのは置いといて。……俺が見たいかだって? ふっ、愚問だな。
「そんなの決まってんだろ………普通に見たいわ! つーか見させてください」
「……兎月も欲望剥き出しだね」
水川よ、そんな冷たい目を向けないで。だって見たいものはしょうがないじゃん!
「ぐふふ、皆とても似合いそうだもんな」
「えへへ、そんな汚らしい笑顔してると引かれるぞ、米太郎」
「そういう将也だって」
あはは、そう? 春日達の水着姿……うはぁ、想像するだけでニヤニヤしちゃうって。
「引くわー」
「まー君……」
「……」
ぐっ!? 脛蹴りは反則だって春日ぁ……。どうやら女子三人を敵に回してしまったようだ。状況が悪化しないうちに話題転換しなくては。
「で、でも米太郎の言う通り、皆でどこか遊び行きたいよね」
「んー、確かにそうかも。夏ならお祭りとか?」
よし、話題逸らしに成功。そっちの方向で盛り上がってくれ。
「でもそれなら海にも行きたいね」
「海行ったら、兎月と佐々木の変態コンビがいるからなー」
あれ!? 三ターン程で話戻ってきやがった。それは忘れてください。だって……痛っ! 足の脛が痛いってば!
「ぐっ……」
「……」
春日が蹴ってくるんだよ……。あ~、鋭い痛みがジンジンと響く。マジで痛いってことです。
「誰かの家にも行ってみたくね? そんでお泊りとかしたくね?」
米太郎が言うと何かいやらしく聞こえるんだよな。
「佐々木が言うと何か下品に聞こえてくるんだけど」
水川も同じこと考えていたようで。あ、米太郎がしんどそうな顔した。さすがに何度も言われてるとキツいよな。ちょっと可哀想かも。
「将也の家は行ったからな。もういいや」
「水川、あいつに対してもっと当たり強めでいいよ」
なんだか俺の家が馬鹿にされたみたいで腹立つわ。
「俺的には春日さんの家に行ってみたいな」
チラリと春日の顔を覗く米太郎と、まったく無反応の春日。だから米太郎よ、その程度の無視で泣きそうになるなって。
「まー君は春日さんの家に行ったことある?」
「あるよ。あれを豪邸と言うんだろうな」
「おぉ! そいつぁ楽しみだな」
おいおい、米太郎の中で行くこと決定しちゃってるよ。
「……」
春日もそんな嫌そうな顔するなって。そして俺の方を見ないで。睨むなら発言者の米太郎にしてよ。
「そういう佐々木の家はどうなの? 農家なんでしょ」
「よくぞ聞いてくれた水川。俺の家は中々デカイぜ。なぁ、将也」
「兎月は行ったことあるの?」
「一度だけな」
一年の時、一回だけ米太郎の家に遊び行ったことがある。しかし……
「俺はもう二度と行きたくない」
「なんでだよ!? 畑で収穫して楽しかっただろ?」
そーゆー問題じゃないんだよ。
「お前ん家、すげー遠いじゃん。片道一時間半って何だよ」
「一時間半……マジで?」
水川もびっくりって顔をしている。こいつ、毎日往復で三時間もかけて通学してるんだよ。
「毎日大変だね」
火祭だけがそう言ってくれた。
「火祭も電車じゃん。どのくらいかかる?」
「私は二十分くらいだよ」
「私もそのくらい~。兎月と恵だけだよ、こんな近くに住んでるのって」
そっか。俺は自転車で二十分ちょいだから、かなり近いんだよな。高校も近いという理由でここを選んだようなものだ。おっ、今のって流川っぽくね?
「思ったんだけど、将也と春日さんって中学校とか一緒じゃないの? 家近いみたいだし」
「いや、高校で知り合った。というか最近」
んー、家が徒歩圏内にあるから同じ中学校でもおかしくないのにな。春日なんて名前見なかったし。
「ホントに? 馬鹿な兎月が気づかなかっただけじゃないの?」
「馬鹿はいらんぞ、水川っち」
「っちはいらないって。わざとでしょ」
すいません。カブせボケしてみたくて。
「つーか気づかないってことはないだろ。春日可愛いし、普通に気づくと思うけど」
「……っ」
「まー君……!」
「やるねぇ、兎月ぃ」
「だな」
あ、あれ? 何この空気? スベってはいないけど、なんか温度が下がったというか……。場の雰囲気がフワッとしてる。お、俺のせいですか!?
「今のはわざとか、もしくは無意識に言ったのか……後者っぽいね」
な、何がだよ水川? 何が……痛い!? 肩が痛い痛い痛い!
「っ、なんだよ、いきなり殴ってくることはないだろ!?」
突然に春日が俺の肩をポカポカと殴ってきた。その顔は真っ赤に染まっていた。耳の先まで赤いし……どしたの?
「大丈夫か? 暑いなら、冷房下げようか?」
「そういうことじゃねぇだろ……どアホが」
ど、どアホ!? 米太郎にそんな真顔で言われるとは思わなかった。俺は一体何をやらかしたんだ?
「……」
「ちょ、だから肩パンやめい! いつまで殴り続けるつもりだよ」
一向に顔の熱とパンチのラッシュが収まらない春日。う~ん、顔が赤いし何やら慌てている様子……もしかして、照れてる? いや、それだと照れる意味が分かんないよな。そんな恥ずかしくさせるようなことは言ってないはずだし……謎だ。
「気づくって言ったけど、兎月は二年生になるまで恵のこと知らなかったじゃん。気づいてないし」
あぁ、確かに。でもあのバスでの出会いは衝撃的だった。まさかの席譲れ、だもん。あれには驚いたな。
「まー君って二つの意味で鈍感なんだね」
二つの意味ってどゆこと? つーか俺が鈍感? それもどゆこと?
「そーだよなー、将也はその辺に疎いというか。最初とか火祭のことカサイって言ってたもんな」
「そ、そうだったかな?」
いや、それはしょうがなくね。初見で火祭をヒマツリとは読めないでしょ。
「まー君は私がどんな人か知らなかったんだね。『血祭りの火祭』とか」
「うん、全然知らなかった」
俺以外皆知ってたもんな。有名過ぎて俺の耳には届かなかった的なやつか。
「それに、知ってからもまったく態度変えなかったよね。恐がらずに普通に接してくれたよね。すごい嬉しかった……」
あれ、火祭? 顔赤いよ? 春日に続いて火祭まで……マジで暑いんじゃないの?
「とりま、冷房下げるな」
「鈍感!」
「馬鹿か!」
うわっ、なんだよ!? 水川に米太郎と二人して叫びやがって。冷房下げちゃ駄目なの? エコか? エコなのか!? 地球に優しいエコってやつか!
「まー君は優しいんだよね」
エコは地球に優しいけど、俺はそれほど優しくないと思うが。
「いや、馬鹿なんだよ」
「だな。見事な馬鹿野郎だ」
「……馬鹿」
な、なんだよっ! 今日だけで馬鹿って何回言われたのだろうか。悲しくなってくる。
「……馬鹿」
「ばーか」
「大馬鹿」
「リピートするなよ!」