第8話 廃屋ってベタ過ぎる
とりあえず自転車を走らせる。電話していたせいで完全に車を見逃した。というか、のんびりし過ぎた。春日が拉致られた時点で行動しなかった俺のせい。俺の馬鹿野郎!
「くそっ、見つかんねえ! なんか都合よくまだこの辺にいないのかよ」
混雑した道路。ズラリと並ぶ信号待ちの車、トラック、タクシー、バイク。その中にさきほどの黒い車……ってえぇ!? いたよ、まだこの辺にいちゃった。都合よく赤信号で停車中。なんてラッキーなんだ。
「よし、早速に春日の親父さんに報告…って発進しちゃった!?」
信号が青に変わり、車は勢いよく発車する。
「やっべ、追いかけないと」
全力でペダルを漕ぐ。うおらぁ、自転車のトップスピードなめんなよ! ……あ、でもやっぱしんどいかも。
全速力で追いかけること約十分。車は町外れの廃屋へと入っていった。
「ぜぇぜぇ……あ、足パンパン」
しかし弱音を吐いている暇はない。車が入っていった廃屋へと足を踏み入れる。あ、自転車はその辺に置いてます。にしても、こんなところに廃屋があったなんて……ぱっと見る限りじゃ工場のようだ。ずっと前に潰れたのだろうか、何やらよく分からない機械やらが埃をかぶって放置されている。
「おい、車から降りろ」
入ってすぐ、前方にある巨大な部屋から男の声がした。俺はこっそりと物陰に隠れて中を覗く。工場の中はかなり広いが、音が反響して離れていても声がよく聞こえる。そして車の中から出てくる春日。おお、どうやら無傷っぽい。ロープ的なやつで体を縛られているわけでもなく、ガムテープ的なやつで口を塞がれているわけでもなかった。春日を囲むように黒スーツの男三人が立つ。
「さて、ここからどうする?」
「まずは上に報告…」
「それは後でもいいだろ」
何やら三人で相談している。身代金でも要求するつもりか? とりあえず俺も上に報告だ。春日の携帯を取り出して親父さんにリダイアル。コールするかしないかで通話を切り、マナーモードかどうか確認。あんなデカイ声で話されたら、すぐにバレてしまう。俺の居場所はGPSで分かるらしいし、ずっと移動していた俺が廃屋の中で止まって電話を入れる。これだけの情報で春日がここにいることは、かの有名な江戸川君じゃなくても容易に推理できる。だから早く警察とか呼んできてください。それまで俺はここで待機だ。じっと中の様子を伺う。それにしても春日の奴、ずっと黙ったままだ。さすがに春日も恐いのかな。
「この子、一言も喋らないな」
誘拐犯も俺と同じことを考えてるようで。
「恐いからだろ。悪いなお嬢さん、上からの命令でな」
「とりあえず二、三発殴っとくか」
な、なんだと!? い、今……殴るって……はぁ!?
三人のうち一人が春日へと近づく。マジで殴るつもりか?
「本気かお前?」
「上から言われただろ、びびらせとけって」
そう言って男は春日の肩を掴む。
「っ…!」
その手を弾く春日。
「無駄な抵抗するなよ。ちょっと痛いだけだからさ」
ヤバイ……ヤバイよ、殴ったら駄目だって。春日は女の子だぞ! 誘拐犯の前にお前らは男だろ。男が女に暴力振るったら駄目だって学校で教えてもらったでしょうが。うわぁ……ど、どうする? お、俺がなんとかしないと……。でも相手は三人………勝てるわけがない。……でも俺がいかなくちゃ! 警察もまだ来ない、助けられるのは俺しかいないんだ! 勇気を振り絞り、声を上げようとした瞬間、
『ピロリロリーン』
俺のポケットから軽快なメロディが。自分の携帯マナーモードにしてなかった。ケアレスミス! はわわああぁぁっ!
「な、なんだ!?」
「誰かいるのか!?」
気づかれたよ……。どうせなら自分から名乗りたかった。ちなみに誰だよメールした奴!
『新着メール 佐々木米太郎』
お前か米太郎ぉ! 明日覚えとけよぉ!
「そこにいる奴出てこい」
「……ふっ」
不可解な笑みを浮かべて俺は物陰から出る。不可解な笑みというのは俺自身も不可解だからだ。はい、パニクってます。
「だ、誰だお前は」
パニクっているのは相手も同じようだ。三人のうち二人は焦っている。そして春日は驚いた表情で俺を見つめる。お、ビックリしてくれた? 春日のああいった表情は初めて見る。いつも無表情だからなあ。
「お前、こいつの彼氏か?」
一人、落ち着いた様子で話しかけてくる。さっき春日を殴ると言った奴だ。口元を大きく歪ませて汚い笑みを浮かべている。うわ、嫌いなタイプだよ。
「俺か? そんなこと見れば分かるだろ」
睨みをきかして俺はゆっくりと近づいていく。一歩、また一歩。そう、何を隠そう俺は、
「俺は……下僕だ!」
「げ、下僕なの?」
拍子抜けですいません。でも事実だからしょうがないもん!
「その下僕が何の用だよ」
ニヤニヤと笑う男。こいつさっきから生意気だな。俺の中で誘拐犯Aと呼ぶことにする。余裕な表情が腹立つ。冷静ぶりやがって。それはこっちがやってるちゅーに!
「決まってんだろ。春日を助けにきた」
「お前一人でか? 馬鹿か、こっちは三人だぞ」
馬鹿はお前だ誘拐犯A。俺が助けを呼んでないとでも思っているのか。今にパトカーがファンファンとたくさん来るぞ。
「いいから春日から離れろ」
自分では恐い顔をしているつもりだが、誘拐犯Aはまったく動じない。完全に俺を見下し、鼻で笑っていやがる。他の二人はびびっているみたいだが。
「や、やばいって」
情けない声の誘拐犯B。
「逃げたほうがいいって」
情けない声の誘拐犯C。
「うろたえるな。ただか一人だろうが」
強気な誘拐犯A。だから一人じゃないって。
「おい、誘拐犯」
「あぁ? 俺のことか?」
「……お前さっき春日を殴るとか言ったよな」
「ああ、言ったが?」
「春日を殴る前に俺を殴れよ」
「あぁ? 上等だ、まずはお前からだ」
そう言って誘拐犯Aは春日から離れて俺へと近づいてきた。よし、とりあえず春日の安全確保。そして俺のピンチ。
「お前みたいな彼女の前でヒーロー気取りする馬鹿はボッコボコにしてやる」
両手を上げてファイティングポーズをとる誘拐犯A。やる気満々ですかコノヤロー。……やるしかないか。ガチの喧嘩なんて生まれて初めてだよ。タイマンなんて俺には縁のないことだと思っていたけど……まさかだよね。
「かかってこいよ彼氏さん」
「……もう一度言うけど俺は彼氏でもなければヒーローでもない」
こうなったらヤケクソだ。腹を括り、玉砕覚悟で俺は全速力で誘拐犯Aに突っ込む。何の策もない、ただの突撃だコノヤロー。
「ただの下僕だぁ!」
誘拐犯Aの数歩手前で勢いよくジャンプする。ほとんど喧嘩もしたことのない俺が選んだコマンドはなんとドロップキックだった。しかし、びびってしまい両方の足を上げることはできず、ただのジャンプキックとなってしまった。
「ぐへぇ!?」
そんな拙いキックが見事顔面にヒットしたので超ビックリだ。誘拐犯Aはモロに蹴りを食らって地面へと倒れこむ。誘拐犯A弱っ! 俺なんかの攻撃を食らうなんて……こいつ口だけの雑魚タイプだ。
「っつ、何だよ不意打ちかよ。セコいし、つーか全然痛くないし。喧嘩のやり方分かってねえし、つーか全然痛くないし。蚊に刺されたかと思った」
ぶつぶつ小声で何言っているのか聞き取れない。あと普通に泣いてるし。歪んだサングラスは潤んだ瞳を隠しきれていない。すごい惨めだな。そんな中二みたいな誘拐犯Aに追撃を加えようと拳を振り上げると、
「うへぇっ!? ま、待てよ。二回続けて攻撃だなんて反則だぞ!」
……中二どころか小学生レベルだ。いつターン制を設けたんだよ。
「お前、弱かったのか……」
「いつも威張っているから強いのかと思ってたよ」
呆れたように呟くBとC。
「う、うるさい! 三人がかりでいくぞ」
タイマンでは勝てないと思ったのか、誘拐犯AとBとCの三人は横一列に並んで構える。一対三ではこっちが圧倒的に不利。けど、今はこっちの方が都合良いぜ。なぜなら三人の注意が俺に向いている。つまり春日はフリーの状態。警察が駆けつけた時、誘拐犯が春日を人質に取る可能性大だからな。なんとかして春日を誘拐犯の傍から引き離したい。
「オラァ! いくぜ!」
三人一斉に突っこんできた。
「さ、三人相手なんて勝てっこないじゃん」
誘拐犯に背を向けて俺は走る。後ろから聞こえる誘拐犯Aの罵倒。
「逃げてんじゃねぇ、ボッコボコにしてやる」
逃げているわけではない。逃げているフリだ。ある程度走ったところで俺は体を切り返して急リターン。誘拐犯三人に突撃する。うおおおっ!
「うわっ!?」
ぶつからないようにのけ反る誘拐犯達。その間に体をねじ込まして三人組を突破。そのまま春日のもとへと駆け寄る。
「春日! 大丈夫か?」
良かった、やっぱ外傷はこれといってない。性格最悪とはいえ春日みたいな可愛い女の子が傷つくのは見ていられないからな。無事で何よりです。
「と、兎月どうしてここに……」
「バス停でいくら待っても春日が来ないから探しにきた」
ニカッと笑うと、春日も安堵したように微笑む。うわ、春日の笑顔が可愛過ぎる。普通にドキッとした。
「この野郎……よくも出し抜きやがったな! ケツの青い餓鬼のくせして! ぶち殺してやる!」
俺の切り替えしタックルにびっくりしたのか、のけ反り返って尻餅をついた誘拐犯Aが悪態を吐き散らす。
「出し抜かれる方が悪いんだよ! 人質から離れるなんて馬鹿じゃねーの?」
「なんだと!」
じりじりと距離を詰めてくる誘拐犯ABC。……さっきまでは完璧だったけど、ここからどうすれば………はっきり言ってピンチです。