第78話 まさかの第3ラウンドへ突入
「火っ祭ー。ちょっとお時間いいかなー?」
ズカズカと一組の教室に入っていく米太郎。お目当ての火祭は自分の席で本を読んでいた。本が好きなんだよね。俺もたまにオススメの本とか紹介してもらっている。難しいのは読めてないけど。
「佐々木君?」
本を閉じて米太郎に視線を合わせる火祭。不思議そうに見つめている。そりゃまあいきなり米太郎がやって来たのだ。普通なら警戒レベルを一段階上げてもいいくらいだが、そこはさすがの火祭ちゃん。持前の気品の良さと愛想さで米太郎にも動じず自然と接してあげている。つーかなんで俺は廊下で待機なの? 俺は後から登場するのが米太郎プランらしい。何を出し惜しみしているのやら。俺が必要じゃなかったのか。よく分からん。
「えっと、どうかしたの?」
「ちょっと火祭に頼みたいことがあってさー」
米太郎のデカイ態度にも嫌な顔一つもせずにちゃんと聞く火祭。偉いよね。けどさ、無暗に誰にでも心開くのは良くないと思う。世の中良い人ばかりじゃないからさ。例えば米太郎とか……はっ、火祭が危ない!?
「私に? 私なんかより真美に頼んだ方がいいと思うよ」
謙虚にそしてやんわりと拒否の意思表示を示した火祭。今は本が読みたいから適当にあしらっているのか、または米太郎のことが嫌いなのか。俺的には後者であってほしい。お願いだから。
「いやいや火祭がいいんだよ。なー、将也」
早くこっち来いよ的な手招きをする米太郎。分かってるよ、行けばいいんでしょ。二組の生徒Aに引き続いて二組の生徒Bの入室です。やはり他クラスだけあって、うちの教室とはなんとなく雰囲気が違う。一組って後ろの黒板も使って授業しているんだー、すごいな。とまあ思いつつ火祭の席へと向かう。
「まー君?」
バッと俺の方を振り返る火祭。俺がいることにそんな驚くかね。何やら嬉しげな表情ですけど……あ、そりゃ米太郎なんかよりは俺の方が印象良いよね。それには俺も自信持って言えますよ。
「おい将也、ここよろしく」
火祭の傍まで近づくと米太郎が耳打ちしてきた。要するに誠意をこめて頼めばいいんだろ? はいはい、分かったからライスは後ろに下がってろ。
「えっと、昨日は楽しかったね」
まずは軽くお話を。昨日の幸せデートを振り返りましょう!
「私も楽しかったよっ。また一緒に行こうね」
なんと嬉しいリアクション。思わずニヤけそうになったけど、そこはなんとか平静を装う。爽やかに笑みを返して本題に入ることに。
「実は火祭に頼みたいことがあってさ」
「うん! 任せて」
さっきとは打って変わって快く了承してくれた火祭。さっきは断ったのに。どうやらこれは米太郎のことが嫌いという線が濃厚になってきたな。ドンマイだよ米太郎君。
「米太郎、お前嫌われてんじゃねぇの?」
ボソッと囁く。
「違う。将也が……なんだよ」
すると意味不明な答えが返ってきた。俺? 俺が嫌われている? そ、そんなわけないだろ。何言ってんだよ。グーで殴ってやろうか!
「それで頼み事って何?」
「あぁ、そうだね。実はさ、夏休みの宿だ」
「兎月」
「い……春日?」
俺の言葉を遮るように春日が割り込んでいた。横を振り向けばそこには春日。いつの間に……気配がしなかったぞ。いつものつり目でこちらを見つめる春日。そっか、春日も一組だから一組の教室にいて当たり前か。とりあえず春日との間に米太郎を挟んでおく。蹴られたくないので。
「……どうして一組にいるの?」
半歩下げていた足を戻す春日。蹴る気満々だったのがバレバレだぞ。でも蹴らなかった。米太郎シールドは意外と役に立ちそうだ。今後も使っていこう。
「火祭に用事があってさ。もうちょっとだけ待っていて」
帰りも自転車で春日を家まで送り届けないといけないからな。早く済ませなくては。このお嬢様は気が短い。暴れられたら敵わない。
「でさ、火まつ、り……?」
「む……」
な、なんすかその不機嫌そうな顔は。さっきまでにこやかだったじゃんか。さては米太郎、何かやらかしたな。ホント空気の読めない奴め。
「言っとくけど、悪いのは将也だからな」
俺の心を読んだかのように小声で囁く米太郎。俺? 俺が何かしたのか……覚えがないけど。
そうだった春日さんもいたんだ、とボソボソ呟く米太郎はほっといて。再び交渉しなくては。
「えっと、夏休みの宿題なんだけど、よかったら手伝ってくれないかな~? なんて」
「宿題?」
ムッとした表情を少しだけ緩めた火祭。そして一転、パッと明るい笑顔になって口を開く。おっ、これは引き受けてくれそうな感じ。やったね!
「うん、私で良かっ」
「待って」
「たら……?」
火祭の言葉を遮ったのはまたもや春日。
「こら春日、人が話しているのを邪魔しちゃいけないだろ。めっ」
普段ならここでローキックが襲ってくるが、米太郎シールドのおかげで春日は蹴ってこようとしない。ホント助かる。つーか春日はいきなりどうしたのだろうか。春日が話に割り込んでくるなんて珍しい。火祭を見つめる春日。ちょっとばかし沈黙が流れた。
「……春日さん?」
驚いた表情を浮かべる火祭を無視するかのように視線をこっちに向ける春日。うはっ、春日さんと目が合った! と喜ぶ米太郎。
「……ねえ」
「俺?」
コクリと頷く春日。
「……夏休みの宿題………手伝ってあげる」
……え? 今、なんて……?
「それって春日が、ってこと?」
またコクリと頷く春日。春日が手伝ってくれる……ふえぇ? 確かに春日は頭良いし、教え方も上手だ。宿題を手伝ってくれる助っ人としては申し分ない。けどさ……えっと、なんで? どうして急に手伝ってくれるとか言ってくれたのだろうか?
「待って!」
うおっ、火祭? 突然立ち上がるからビックリしたよ。その表情はムッどころかムムムッといった感じに不機嫌そうだった。今日はやけに感情の入れ代わりが激しくね? 誰のせいだよ。
「お前だよ」
だからなんで米太郎は心の中を読めるんだよ。スネイプ先生に開心術を教えてもらったのか?
「まー君は私に頼んできた。だから私が手伝う。だから春日さんは手伝わなくていいよ」
立ち上がって春日を真っ直ぐ見つめる火祭。喧嘩を売っているかのような言い方で言葉を放つ。その瞬間、どこからかゴングの音が聞こえた気がした。へ?
「……私が手伝う」
「駄目、私が手伝う!」
え、ちょ……どしたのよ二人とも? 火花散ってるよ!? 睨み合って固まる春日と火祭。こ、こんなことが先週もあったような……。
「私が手伝う」
「駄目っ、私が」
なんか春日と火祭で変なバトル始まっちゃったよ。先週といい、この二人は会うとこうやって睨み合うんだよな……どうしてだろ?
「だから将也のせいだっての」
「だから開心術はやめい」
うわー、どんどん空気が悪くなっているし。バチバチと火花は威力を増すばかり。このままではかなり危険だ。まずはこの二人を落ち着かせないと。
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
「春日さんは知らないと思うけど、まー君はすごい馬鹿だからね。教えるのは容易じゃないんだから」
火祭? ば、馬鹿って言いました?
「知ってる。兎月は馬鹿」
春日!? はっきりと馬鹿って言ったね!? 普通に傷つくわ! つーか俺が馬鹿かどうかは関係ないと思います!
「……そもそも春日さんはまー君に勉強教えたことないでしょ。私はあるから。どう教えたらいいか熟知しているんだよ。佐々木君、そうだよね」
「まあそうだな。将也の家で勉強会したよなぁ」
米太郎の言葉にフフンと胸を張る火祭。どうだと言わんばかりに勝ち誇った表情を浮かべている。
「……私もある」
「え?」
「私も兎月に勉強教えたことある」
そうでしょ、と目で伝えてくる春日。そうなの!? と目で尋ねてくる火祭。二つの視線が俺に集中する。びびった。
「う、うんそうだな。春日ともテスト勉強したことあるぞ」
「二人きりで?」
「へ?」
「二人きりで!?」
火祭、なんでそこを強調して言うの? そしてなぜか俺は緊張気味だし。落ち着け俺、居心地悪いとか思わなくていいって。俺は何も悪いことはしていない……はず。だから素直に事実を言えばいいんだよ。
「そ、そうだけど」
「……むぅ」
頬を膨らませてまたも不機嫌な顔に戻った火祭。どうやらお怒りのようだ。さっきからコロコロと表情が変わる。そんな火祭も可愛いと思ったのは内緒です。
「春日さんと二人きりでか~。そいつぁ羨ましいな」
……なんとなくだけど今の米太郎の発言が火に油を注いだような……。
「……むむぅ」
さらに不機嫌オーラが増した火祭。ヤバ、米太郎シールドは火祭に向けた方がいいかもしれない。春日は何やら機嫌が良いみたいだし。
「なら……今度は私がまー君と二人で勉強する」
すると火祭が俺の手を握ってきたかと思いきや、ぐいっと引っ張ってきた。えぇ!?
「火祭!?」
が、がっちり掴まれたんですけど!? ドキドキしちゃうんですけどぉ! 火祭の手、柔らかいし暖かいや……。さらに火祭と急接近! 二人でカップルみたいに並んでいる。フワッと良い香りがしちゃいました! うおおおぉ、昨日のデートでもこんなに接近していないのに! 何この幸せイベントは!?
「……兎月」
……はっ!? う、浮かれすぎた! 興奮していた心臓が一気に萎縮する。クーラーよりも冷たく、そして鋭く突き刺さる声のした方に視線を向ければ……春日が尋常じゃない鬼オーラを纏っていた。ヤバい、春日がお怒りだ。米太郎シールドなしの無防備状態……う、ああ、春日に殺されちゃう。目を閉じて攻撃に備えて身構える。骨の一、二本くれてやる。
「……」
うえ……? あ、あの……春日さん? いつものあなたならローキックをぶち込んでくるのでは? なぜ………なぜ俺の手を握る!? ぎゅっと手を握ってきた春日。暖かさが手のひら一杯に広がる……うお、心奪われてしまった。って、そうじゃない。よく自分を観察してみろ。右手は火祭、左手は春日に握られているんだぞ。こんな美女二人にさ。俺はもう……何なんだろう!?
「むぅ……」
「……」
俺を挟んで再び睨み合う火祭と春日。ちょ……これ何? 俺はただ宿題を手伝ってほしかっただけなのに。どうしてこうなった? どこで話がズレた!?
「おい将也。お前って何なんだよ」
俺が聞きたいわ!