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第77話 夏休みスタート

暑い……。今の俺の口からは、その言葉と喘ぎ声しか出てこないです。流水の如く溢れ出る汗は呼吸する度に滴となって地面へと落ちていく。遥か上空で大スター気取りで熱光線を放ち続ける太陽。それに加えて、地面のアスファルトの照り返しによる熱光線二重攻撃が体力を急激に奪っていく。目に入りそうになる汗がとても気持ち悪い。間脳視床下部とか交感神経といかいうものが発汗作用を促しているらしいが、脱水症を引き起こすところまでいくと、それはやりすぎだってわけで。しかし俺は倒れるわけにはいかない。後ろに座る春日を無事に学校まで送り届けなければならないのだから。それまで俺はペダルを漕ぎ続けなければならない。汗で滲むハンドルを握り続けなければならない。


「ぜぇ、ぜぇ……」


良い天気だなー、と浮かれていたつい最近の自分にパイルドライバーをぶち込んでやりたい。まさに今日こそが猛暑日、夏の到来なのだ。先週なんかと比べものにならないくらいに暑い。炎天下とはよく言ったものだ。まさに文字通り、炎の下にいる気分だ。そんな灼熱の通学路を一人のお嬢様を乗せて自転車を走らせる俺はすごく偉いと思う。よく頑張ってるね、と自分で自分を褒めてやりたい。人はそれを自画自賛と呼ぶ。


「ぜぇ……しんどい」

「早く行って」


しかし後ろの春日お嬢様はまったく褒めてくれない。応援もなければ、早く行けとの催促。可愛い女子と自転車で仲良く登校? そんなのくだらない幻想じゃないか。現に今の俺はちっとも嬉しくない。キツくてしんどくてもう倒れそうだ。しかし倒れるわけにはいかない。本日二回目になるが、俺は春日を無事に送り届けなければならないのだ。


「はぁ、はぁ……到着」


やっとの思いで学校の門にまで到着。門は門でもここは裏門といった場所だ。正門とは真逆に位置する。正門へと続く坂道は非常にしんどいし人も多いので注目を浴びやすい。それに春日ともっと一緒にいたいという俺のささやかな願いから、こっちの裏門から登校することにしたのだ。激しいアップダウンはなくて道は平坦だが距離は通常よりかなり長くなる。だからこんな猛暑日はかえってこっちのルートの方がキツイ。それ故に以前の浅はかな自分にパイルドライバーをぶち込んでやりたいのだ。


「うあー、疲れた」

「早く行きなさい」


僅かな休息も許さないスパルタお嬢様。こんな悪女のために俺は汗水垂らして朝から頑張っているのだ。なぜなら俺はこいつの下僕だから。俺の父さんが勤める会社のトップ、いわゆる社長がなんと春日の父親なのだ。春日が父親に何か良からぬことを告げ口したら平社員の俺の父さんは即刻クビ。うちの家族は路頭に迷うことになってしまう。だから俺は春日に逆らえない。何とも情けない話なのさ。

そしてもう一つ、


「ちょっと休ませろよ」

「早く行きなさい」

「はい」


……俺は春日の命令に大人しく従順してしまうのだ。最初一回目は抵抗出来るが、二回目には必ず了承してしまう。俺の意思云々は関係なしに。春日曰く、俺は犬だからとのこと。主人に忠実な犬のように命令に従う。それが俺の性質らしい。ふざけるなと大声で叫びたい。しかし叫ぶと春日から殴られそうなので、口は呼吸を整えることに使う。俺はヘタレですから。


「ふぅ……」


自転車置き場で自転車を留めて、鍵をかける。自転車から降りた春日は何も言わずスタスタと校舎へ歩きだしていた。せめて、ありがとうとか一言でいいから何か言ってほしかったね。これじゃ俺が報われないわ。


「はぁ……よく頑張ったよ俺」


自分で自分を褒める。人はそれを自画自賛と呼ぶ。………トイレで下のシャツ替えるか……はぁ。


「……兎月」

「はい?」


んあ? どうかしましたか。下僕はもうクタクタでしばしの回復する時間を頂きたい所存です。だから先に教室に行っててくださいな。


「………日曜日、デートに行ったの?」


へ? なんで春日がそれを知って……ああ、そういやデートの約束は昼休みにしていてその場に春日もいたっけ。うんそうだったね。そしてデートとは、まさに昨日のこと。なんと火祭とデートしてきたのだ! はいこれ超すごいこと。火祭一つ目の願い事として俺とのデートを提案してきたのだ。なんて良い娘なのだろうか。ということで火祭と二人で映画館に行ってきたのだ。もうね……すげー楽しかった。一緒に映画観て、お昼も仲良くランチを取ってその後は買い物したりと……俺の人生で最高のデートでした! その日の夜はずっとベッドでニヤニヤしていたくらいに。今は汗まみれでダウン寸前ですが。


「ああ、うん、まあ行ったよ。それがどうかしたの?」

「……」


……? なんだよ、また無言リターンエースです、かぁ!? ぐううぅぅ、痛い!


「な、なんで蹴ってきたの……」


こちらへ戻ってきたと思ったら、いきなりのキック攻撃。痛い、そりゃもう痛い。こちとら体力はもう尽きそうだってのに。追い打ちをかけるかのように蹴ってきた。い、意味が分からない。


「……」


何も返さず、ただ俺を睨んで春日はまた歩き出した。……駄目だ、理解不能。意味不明だ。なぜ蹴ってきたのか、なぜ春日が機嫌が悪そうなのか、なぜ俺は朝から地面に倒れているのか、なぜ朝から死にかけているのか。どれもこれも分からないことだらけ。誰か教えてくれ。ベストアンサーを求む。


「……とにかく将也よ、お前はよく頑張った」


それを自画自賛と呼……いやもういいや。さすがにくどいよ。はぁ、しんどい。











トイレで替えのシャツに着替えて、冷却スプレー的なやつで熱く火照った体を冷やす。なんか卑猥な表現ですいません。タオルで汗も拭いたことだし、急いで教室へ向かう。早くクーラーで冷えた教室でのんびりしたいものだ。教室の扉をガラリと開ける。途端に俺をひんやり包んでくれる冷房の風。そして、


「キャッホーイ! 将也ぁ、おはようござーませぃ!」


変な挨拶で米太郎が迎えてくれた。いつも通り、鬱陶しいことこの上ない。


『たたかう』

『じゅもん』

『アイテム』

『にげる』


頭に浮かんだのは四つのコマンド。こんな馬鹿に体力は使いたくない。迷わず『にげる』を選択。


「おいおい将也、無視するなよ。この~」


しかし回りこまれてしまった。ふざけるな、1ターン返しやがれ。ムカついたので思わず『たたかう』のコマンドを押してしまった。


「ぐふっ」


右フックが見事に顔面に決まった。拳に伝わる心地好い感触。ざまぁ。さて、今日も一日頑張りますか。


「待てよ将也、その程度で俺は倒れないぜ」

「いや頼むから倒れてくれよ。頭下げるから」

「とか言いつつ~?」


ちっ、朝からウザ米モード全開か。殺意が沸いてきたぞ。なかなかのウザさ。中級レベルといったところだ。上級になると、クラス全体の士気に影響を及ぼしてしまう。それほどに米太郎はウザいのだ。頼むから普通の太郎になってくれ。佐々木太郎ってなんとも平凡な名前だよね。大人しそうな生徒だ。そうなってくれないかな。米は消えてくれよ。ニコ風に言うとしたら、コメ自重しろ。


「はぁ……」

「おいおい、どしたのよ~? もっと明るくいこーぜ。まー君っ」


ニヤニヤと汚らしい笑みでウインクしながら、まー君と呼びやがった。


『たたかう』


「おらぁ!」

「どみにくぅ!?」


どこの少尉だそいつは。変な悲鳴を上げるな気持ち悪い。


「ホント朝からウゼーな。はいはい、おはよう米太郎君。朝からハイテンションだね」

「対照的に将也はテンション低いな。下げるのはクーラーの設定温度だけでいいんだぜ?」


上手くない。米太郎はドヤ顔しているが全く上手くない。


「もっとアゲアゲでいこうぜ。なんたって今日から……夏休みだぞ! イヤッホーイ!」


そうなのだ。この馬鹿が言う通り、今日から夏休みなのだ。いやまあ正確には先週から始まっているけど、なんか今日からって感じなんです。その辺はこう、なんて言うか、あの……フィーリングでなんとなくなんですよ。


「英語で言うとサマーバケーションだな」

「英語で言わなくていいけどな」


夏休み。こんなにも耳くすぐる響きの良い言葉はそうそうない。台風で休校ぐらい嬉しい言葉です。そりゃテンション上げたいところ……だが、


「夏休みって言っても普通に補習があるからな」


一応うちの高校は進学校ということなので、補習という名の嫌がらせがあるのだ。前期と後期に分けて補習は行われて、前期補習は今月末まで続く。さらに大量の宿題を出しやがるという悪徳ぶり。テンション上げたくても上がらんわ! ってわけです。若手芸人風に言うなら、ちょっと勘弁してくださいよ~。辛辣に口悪く言うなら、死ねよ校長。


「補習って午前中までだろ。昼から遊べるからいいじゃんか」

「米太郎……去年を忘れたか」


去年の夏休み、ウキウキワクワクと遊びまくった結果、宿題をまったく終わらせておらず、最終日に泣くハメになった。あの忌ま忌ましい記憶が蘇ってくる。泣きながらシャーペンを握っていたなぁ。そして今年も悪魔のプレゼントは健在だ。先週の終業式にドッサリもらいましたよ。まず英語の長文プリントと文法プリントが合わせて八枚。数学は学校オリジナル問題集、さらに化学と物理が詰まった鬼畜プリント集。加えて漢文の句法暗記ノート。補習中に小テストするらしい。しかも夏休み中に新たな宿題の追加もあるとか……どんだけぇ~!?


「確かに去年の八月三十一日、あの日は地獄だった。山のような量の宿題を捌くことが出来ず、担任にボロクソ怒られたよな。もうあんな辛酸は味わいたくない。それは俺も同じだ。故に今回は宿題をいち早く終わらせる秘策を用意した」


ニヤリと笑う米太郎。気持ち悪いが今は気にしないでおく。


「何だよ秘策って?」

「ま、それは放課後にな」


そんなわけでチャイムが鳴り、補習一日目の開幕。通常なら五十分授業なのに補習の時は一時間という理不尽さ。十分しか違わないとはいえ、その差は大きい。体感時間だと余計に長く感じる。


「ここで求める軌跡だが、AP=2BPより、方程式を作ることで……」


「この文章でのtoは不定詞の副詞的用法であり、文章に合うように訳すと……」


「えー、義理の妹と実兄の義人が付き合っていると気づいてしまった雄太の心情だが、六十八行目に書いてあるように、ちょっと兄が羨ましかったと述べてある。これより、義人と雄太は兄弟揃って義妹萌えだという……」


「まだ補習は始まったばっかりだ。気を抜かないように」


数学、英語、国語、ホームルームと終えて今は放課後。初日から言わせてもらうけど、超しんどいです。相変わらず数学と英語はまったく理解出来ないし国語に至っては理解しようとも思わない。あんな文章がセンター試験に出てもみろ。みんな呆れて勉強やめるわ。『僕と兄と義妹 ~密接なトライアングル~』と題名うたれたページを勢いよく閉じて鞄に押しこんでやった。もう明日から国語の授業を受けれる自信がない。


「将也、行くぞ」


授業のほとんどを睡眠で過ごしていた米太郎が俺を呼ぶ。


「行くぞってどこにだよ」


確か、宿題を終わらせる秘策だっけ?


「ふっ、それは……一組だ」


一組?






隣のクラス、一組の教室の前に俺と米太郎は立っている。やべ、廊下暑い。教室との温度差がとんでもない。


「どうして一組なんだ?」

「あの殺人的な量の宿題をこなすには協力者が必要だ。頭が良くて面倒見も良く、優しくて可愛い女の子。その条件を満たす人物がいるのは一組なのさ」


別に可愛い必要なくね? まあとりあえず米太郎の言いたいことは分かった。


「つまり、頭の良い奴に宿題を手伝ってもらうってわけね」

「ご明察だ、将也きゅん」

「きゅん言うな。それなら水川でいいじゃん」


わざわざ一組に来なくともクラスメイトの水川を頼ればいいことじゃないか。


「水川か……。できたら火祭がいいんだけどなぁ」


うわ、本音がポロリと出ちゃったよ。単純にお前が火祭に気があるだけじゃねーか。


「それで火祭に頼むわけね。つーかそれなら水川に頼んで、そっからの流れで火祭にも協力してもらったらいいだろ?」

「……そ、そんなついでみたいな感じは駄目だろ」


そりゃそうだ、って顔してるぞ。お前やっぱ馬鹿だろ。


「そ、そんな計算高いことをするなんて、将也はずる賢い野郎だな!」


うわ、自分の失敗なのに俺を使って塗り消しやがった。ずる賢いのはどっちだ。


「じゃあ俺は水川に頼むから、お前は火祭に頼めよ」

「ま、待って将也ぁ! お前がいないと駄目なんだよ」

「別に俺がいなくても大丈夫だろ」

「お前がいなくて火祭が了承するかね? 俺一人で頼みに行っても断られてしまうっての。だからお前の助けがいるの。お前は餌なんだよ」

「じゃあな」

「待って待って待ってぇ! ごめん言いすぎた。俺が馬鹿だった。将也がいないと駄目なんだって!」


ころころ態度変えやがって、見苦しいぞ。そして足にしがみつくな。米太郎が足を掴んで離そうとしない。やめて暑苦しいから。くそ、離せ。暑いんだっての。見苦しくて暑苦しくてホントこいつは苦しいことだらけだな。こんな友達を持って俺は心苦しい。


「行かないで……私、あなたがいないと生きていけないの」

「どんな昼ドラだ。いいから離れろ、鬱陶しいから」

「行かないでぇ」

「はいはい、分かったから。じゃあ入ろうぜ」


米太郎と廊下でモメてもしょうがない。俺も宿題を手伝ってくれる助っ人は欲しいもの。つーわけで一組の教室の扉に手をかける。



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