第76話 引退する部長と新部長の誕生
天国と地獄がコラボしたような混沌ランチタイムを終え、あっという間に放課後。フラフラと倒れそうになりながらも懸命に足を動かし、部室棟に到着。これまたフラフラと倒れそうになりながらも階段を登り終えて、扉を開く。長テーブルとパイプ椅子が置かれた質素で馴染み深い部室。そこに他のボランティア部はメンバーがもう集まっていた。とりあえず目の前の椅子に腰掛ける。
「あれ? 兎月先輩なんだか疲れた表情していますよ。まだ部活始まってないのにだらしないですね」
向かい側のテーブルで一年の後輩、眼鏡女子の矢野が馬鹿にしたようにペラペラと喋る。うるさい、本当に疲れたんだよ。
「あ。山倉先輩、このモンスター足を引きずってます」
「よっしゃ! 俺が閃光玉を投げるから、お前はシビレ罠を仕掛けろ! 捕獲麻酔玉の準備もしっかりな!」
「了解です」
今日もイキイキと狩りに没頭中の声デカ山倉と一年男子部員二人。楽しそうだなおい。
「つーか水川よ、夏の活動は決まったのに今から何を話し合うんだよ」
「もうすぐ分かるよ」
隣の水川はただそれだけ言って正面の矢野とお喋りしだした。一体何なんだか。呼び出した水川がこの調子なので、何をするのか分からない。ぼーっとして時間を浪費することに。そして部員各々が有意義であろう過ごし方をして二十分ちょい、いきなり扉が力強く開かれた。
「おらぁ! お前ら何やってるんだ!」
和やかな部屋に怒りの咆哮がなだれ込む。その声に人一倍敏感に反応した山倉達は慌ててゲーム機を隠す。もう遅いけどな。教師に見つかったかと思いきや、
「はっはっはっ、どうだビックリしただろー?」
入口に立っていたのは俺らの部長、駒野先輩だった。イタズラ大成功みたいな満足げな表情を浮かべている。
「ちょ……マジで心臓止まりそうでした! 勘弁してくださいよ~部長!」
山倉は安堵したらしく、また笑顔に戻ってポケットからゲーム機を取り出している。そこから聞こえるのはクエスト失敗の音楽。
「ぬああぁぁっ!?」
三人が同時に悶絶した叫声を上げ苦悶に顔を歪ませる。ドンマイ。
「ハンター達はほっといて。悪いな、呼んだ俺が遅れてしまって」
「え、駒野先輩が呼んだんですか?」
そりゃまた珍しい。三年生の駒野先輩は受験勉強で忙しいから、なかなかこっちには顔を出さない。その先輩が皆を呼び集めるなんて、何かあったのだろうか。
「とりあえず皆座ってくれ。ちょいと大事な話がある」
駒野先輩は静かに長テーブルの前に立つ。その姿は何か決意した面持ちだった。ただならぬ空気感に山倉も黙って席に座る。部員全員がじっと駒野先輩を見つめ、じっと言葉を待つ。
「この時期に俺が皆を集めた理由は察しのいい奴なら気づいていると思う。まー、俺の口から言わせてくれ。……もうすぐで三年の俺は部活引退だ」
七月の上旬、夏休みを控えたこの時期は三年生最後の大会が始まる。けどボランティア部はそのような大会の類はない。もし大会が開催されたらどんな感じだろうか? 審査員がボランティア活動を見て点数をつけるとか? 行動力、統率力、気持ち、効率性とかを五段階評価みたいな?
閑話休題っと。つまりボランティア部とか文芸系の部活は正確な引退の線引きがされていない。この辺りのタイミングかなー、みたいに自分達から申し出る感じだ。そして我らの部の長、駒野先輩は今日その決意をしたのだ。
「部の発足は一年前、二年生の俺が一人で立ち上げた。中途半端に二年生になって部を作っちゃってさ。同級生で入る奴はおらず、新入生も入って来ないのではないかとすごく不安だった。けど……兎月、水川、山倉。この三人が部室の扉を叩いてくれた。こうして俺を中心とするボランティア部は始まった」
駒野先輩はここで言葉を切り、ふうっと一呼吸入れる。
「最初は分からないことだらけだった。一年生の三人が戸惑うのは当たり前なのに、先輩の俺も戸惑ってた。本当に情けない先輩だったと思う。教えることより、教えられることの方が多かった。こんな頼りない先輩だったけど……ここまでついて来てくれて、ありがとうな」
駒野先輩は小さく微笑むとくるりと背を向ける。その背中はいつもより大きく感じた。部長として、皆をまとめる一人の先輩として、その姿は一段と強く見えた。誰も口を開かない。ただじっと先輩の言葉を聞くことだけに集中している。
「そしてこれからはお前達が中心となって部を作り上げていくんだ。最後に先輩として一つ頼むとするなら……一つだけ贅沢を言わせてもらうなら、俺がこの部を作って良かったなと思えるような、そんな立派な部にしてくれ」
駒野先輩は背を向けたまま、上を見上げる。天井しか見えないはずなのに、それはまるで遥か高い空を見上げているようだった。
「……勿論ですよ先輩」
山倉が静かに口を開き、立ち上がる。
「私達が立派にしてみせます。先輩に恥じないような立派な部にしてみせます……ぐすっ」
うっすら瞳に涙を溜めた水川も立ち上がる。ふ、まったくだな。
「駒野先輩、俺達はあなたにいつも助けられっぱなしでした。生意気でしょうもない後輩です。そんな俺達に出来ることなんてたかが知れています。この部をより良いものにするなんて無理です。……けど、ここにはそんな頼りない俺達を頼りにする後輩がいます。こいつらと一緒にならやれる気がします。助け合い、教え合い、協力し合いって頑張っていけそうです。先輩と俺達がそうであったように、今度は俺達とこいつらで部を作り上げていきます。先輩がこの部を作って良かったと胸張って誇れるように守り続けていきますから」
「山倉……水川……兎月……!」
先輩が振り返る。感涙に目を滲ませ、俺達を一人ずつ見ていく。そして、
「うし、じゃあ頼むな。それじゃ次の部長決めるぞー」
「「「軽っ!?」」」
感動シリアスムードが一気に壊れた。長文をベラベラとカッコつけて言った俺は何だったんだよ!? いつもの調子に戻った駒野先輩は軽やかに椅子に座る。そのいつものヘラヘラ顔に俺達の感動の涙も渇いてしまった。
「部長だけどなー、皆が信頼できるような奴にしたいと思う」
次期部長か……となると二年生の俺と水川と山倉のうち誰かだよな。
「ぶっちゃけ言うとー、次期部長は兎月だなって春ぐらいから決めてたんだ。だが……」
ええ!? マジすか、俺ですか!? そんな部長だなんてプレッシャーですよ。でも俺が適任だと言うなら、喜んで務めましょう!
「し、しょうがないですね。めんどくさいっすけど、ちょっくら頑張ってみ…………ん? 駒野先輩? 最後に、だが……って言いました?」
「ああ。だが……最近の兎月のだらし無さはひどかった。夏の活動についての話し合いにもろくに参加せず四六時中ぼーっとしやがって。こんな奴に部長は務まらない。ってわけで水川、お前が部長な」
え?
「私ですか?」
あれ?
「ああ、そうだ。お前ならこの部を任せられる。皆を頼んだぞ」
あれれ?
「これからもよろしくな水川部長!」
「頼りにしてます部長っ」
あれれれ? 水川部長? 俺は? 兎月部長は何処に?
「そして兎月ぃ」
水川の部長就任に盛り上がる山倉達と違って、駒野先輩は俺の方へゆらりと、おかしなオーラを纏ってやって来た。あれれれれ? 何これ?
「さっきも言ったが、お前のここ最近の態度は目に余るものがあった。引退する前に先輩として最後の仕事を作ってくれてありがとなー」
「し、仕事って?」
「だらし無い後輩を厳しく指導する仕事だよ」
熊みたいな勢いで駒野先輩の右手が俺の頭をわしづかみ。
「アイアンクロー!」
「痛い痛い! マジで痛いですって痛たたたたたたたたぁ!」
さっきカッコつけて長文をベラベラ喋ってた自分が超恥ずいです……。




