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第75話 ベジタブルスクランブル2

「真美は知ってたんだ」

「黙っていてごめんね。だけど兎月と恵は付き合っているわけじゃないから」

「でも春日さんも、まー君のこと……だもん」

「だよねぇ。幸い兎月は馬鹿だから気づいてないけど」

「仲良さそうだった……」

「う~ん。佐々木に聞いたんだけど、ちょっと前とかって兎月ずっと元気なかったじゃん? あれって恵が原因だったんだって」

「春日さんが?」

「恵が結婚するとかで、それを阻止するために一人で恵の家に乗り込んだらしいよ」

「す、すごいね」

「いや馬鹿なんだよ」

「春日さんのためにそこまでするってことは、まー君は春日さんのことを……」

「大丈夫だって! 桜の時も兎月は死に物狂いで不良と戦ってくれたでしょ」

「まー君は優しいから」

「馬鹿なだけだと思うけど」

「……私、春日さんには勝てないよ」

「どうして?」

「だって春日さん可愛いし……」

「桜も可愛いよぉ? 自信持ってよ。ここで諦めちゃ後悔するよ! これくらいで諦める程度の気持ちなの?」

「そ、そんなことない!」

「なら頑張ってみようよ。大丈夫、桜なら兎月なんて簡単に落とせるって」

「うん……頑張ってみる」

「しっかし、兎月はモテるんだね~」











「どうして将也はモテるんだよ」


昼休み、米太郎が不意にこんなことを呟いた。……はぁ? 何言ってんの。俺がモテるだって?


「はははっ、面白い冗談だな。俺がモテる? そんな色男キャラにジョブチェンジした覚えはない」

「い~や、お前のジョブはモテ男だ。ふざけやがって」

「だったら米太郎も、たまねぎ剣士から色男に転職しろよ」


野菜好きだから米太郎はたまねぎ剣士ってわけだ。


「んな簡単にジョブチェン出来るか。つーか俺は一生たまねぎ戦士として戦い続けるわ!」


ガルーダ戦で渋々、竜騎士にジョブチェンジしちまえ。


「いや……何なの急に? 俺みたいのがモテるはずないだろ」


地味で普通でこれといって特技もない、ごく一般の男子高校生ですけど? そんな俺がモテ男だなんて、ある意味エッジの効いた悪口と捉えることもできそうだ。嫌味ですかコノヤロー。地味に嫌味で意味不明みたいな? 韻ふんでるよね。


「ちっ……お前、後ろを見ても同じこと言えるか?」

「は、後ろって……お、春日じゃん」


振り返ると春日がこっちに近づいてきていた。米太郎に言われなかったら気づかずにローキックの餌食になっていたことであろう。ナイス米太郎。


「別に春日はお友達であって、お前の言うような関係じゃないって」

「嘘つけよぉい。今から二人でイチャイチャランチタイムだろうが」


米太郎は春日の持っている弁当箱をジト目で見る。確かに最近は春日と二人で食べることが多い。だって春日から来るんだよ。俺が呼んでるわけじゃないしー、って米太郎よ聞いてる?


「別に羨ましくないし~? 勝手に二人で食べれば? 俺は除け者にして二人で食べれば~? ぷいっ」


これでもかというぐらいに米太郎が拗ねだした。このまま放置して食堂行くのは気が引けるし……しょうがない。


「何を言っているんだい米太郎君。君も一緒に食べようではないか」

「え……いいのかい将也君。僕もご一緒していいのかい?」

「勿論だよ米太郎君」

「うるさい」

「がっ!?」


春日に頭叩かれた。痛い。


「春日、今日はここで食べようぜ」

「……」

「よしオッケーな。椅子持ってくるから」

「おいおい将也?」


あ? どしたの?


「春日さん何も言ってないだろ。勝手に決めていいのか?」

「いや春日も了承してくれたけど?」

「え?」


驚く米太郎の前で春日は俺の椅子に着席し、静かに弁当箱を開けている。


「何も言わなくても、なんとなく雰囲気で分かるよ」


春日って無表情アンド無口だからな。その場の空気で察するしかないんだよ。


「フィーリングで通じているなんて……熟練夫婦か!」


意味分からん。ツッコミの意味が全然分からん。お前がツッコミをするのはホント不似合だ。適材適所、米太郎はボケたらいいんだよ。


「いいから食べようぜ」


着席し、春日と俺と米の三人で食事を再開しようとしたら、


「ねぇ兎月、一緒に食べよー」


声をかけられた。声の主は水川、そしてその後ろには火祭がいた。二人とも弁当箱を持っている。やっぱ皆さん弁当なのね。弁当派が多いな~、いつもパンな俺はどうしたらいいのやら!


「俺らと?」

「そだよ~」

「やったぜキャッホー!」


米太郎がはしゃぎだしたから米太郎的には全然オッケーなのだろう。しかし隣のお嬢様は違ったようだ。フィーリングで分かる。俺が尋ねる前から春日は嫌々オーラを出している。なんでだよ、火祭と仲悪くはないんだろ?


「駄目、かな……?」


火祭ぃ! そのうるうる瞳は反則だってばぁ!


「全然構わないよ! むしろ大歓っ、痛ぅ……だ、大歓迎だよ」


喋っている途中で春日が机の下で蹴ってきた。痛いけど我慢だ。嫌そうな顔に見えたら、火祭達に申し訳ない。


「良かった。じゃ、失礼しま~す」


近くから椅子を持ってきて座る火祭と水川。昼飯パーティーが五人になって食事再開。二つの机を合わせた周りに右回りで俺、火祭、米太郎、水川、春日の順番で座っている。


「うほ~、こんな嬉しいことはないね! 二年を代表する美女三人と一緒に食事ができるなんて……超ハッピーだぜぇ!」


ハイテンションの米太郎。


「佐々木はいなくても良かったんだけどね」


ボソッと呟く水川。


「まー君っていつもパンだよね」


超絶可愛い笑顔の火祭。


「……」


超絶無表情で俺の横腹を抓ってくる春日。


……何この状況? このメンバーって俺が一番仲良くさせてもらっているのに、どうしてこんなに居心地悪いんだ? つーか春日からハンパないオーラを感じる。ナチュラルに抓ってきているけど、いやいや痛いから。


「ねぇ、まー君」

「へ? ど、どうかした?」


火祭が話しかけてきた。春日よ、火祭が喋る度に抓るのやめてくんない? まー君って火祭が言う度に抓ってくるけどさぁ……なぜに?


「今度のデートさ、映画を見に行こうと思うんだけど」

「痛たたたたあああぁぁっ!」

「ぬぅうあぁあにいぃっ!? デートぉ!?」


俺の悲鳴は米太郎の叫び声で掻き消された。か、春日ぁ! 五指全部で腹を抓るなよ! それはもはや抓るじゃなくて、えぐるだぞ!


「おいおい将也ぁ! 俺に内緒でデートとはやってくれるなぁ。ヘイヘイヘイ! モテモテじゃねーか! ヘイヘイヘイ!」

「佐々木うるさい。大人しく漬物食べてろ」


水川ぁ……できたら米太郎じゃなくて春日の方をフォローしてくんねぇかな? この娘、俺の内蔵えぐり出すつもりだよ!?


「ぐぁっ……で、デートね。そういや約束したよね」

「うん。でね、映画でいいかな?」

「うぐぅ……そ、そだね。何か見たいやつでもある?」


か、春日さん! えぐるから抓るに戻しても痛いのは痛いからね。


「おい将也、見るならおっぱいバ」

「だから佐々木はシャラップ!」

「むぐっ!?」


水川にトマト丸ごと一個を口に押し込まれた米太郎はじたばたと暴れだした。


「うん、今話題の映画なんだけど」

「ああ、あれね。俺も気になっ痛い!? ……き、気になっていたんだよ」


マジで血が出たかと思った。つーか出てるかも。春日、一点集中で抓るのもやめてよ! 尋常じゃない痛みが腹を駆け抜けた。皮膚が痛い、涙が出てくるのをぐっと堪える!


「良かった。じゃあ日曜日に行こうよ。詳しい時間はまたあとでメールするね」

「オッケー」


はぁ、腹が痛い。お腹の中じゃなくて外部破損がハンパない。鋭い痛みが俺を襲い続ける。


「……」

「春日ぁ、とてつもなく痛いんですけど……。やめてくんない?」

「ふん」


や、やっと離してくれた。これ絶対赤くなってるよ。なかなか尾を引く怪我じゃないでしょーか。誰か治癒魔法を唱えてプリーズ。


「兎月って馬鹿だよね~」

「急になんだよ水川」

「別に~?」


うわ、完全に馬鹿にしやがって。頼りの水川がこれだと、また前回みたいに春日と火祭が喧嘩しちゃうって。あなたが頼りなのにー。



「くほ、なんふぇ将也ばっかモふぇんだよ」


米太郎よ、モゴモゴ言ってて聞こえづらいんだけど。


「まー君……あのね?」


急に火祭がしおらしくなった。もじもじみたいな効果音が聞こえてきそうだ。こっちを見つめる瞳に引き込まれそうになる。


「三つ目のお願い……言ってなかったよね」


んん? ……ああ、昨日のやつね。そういや、あと一個残ってたな。


「今言っていいかな?」

「うんいいよ。約束は約束だし」


最長老様の命が尽きる前に叶えないとね。いや、関係ないけど。


「じゃあ……」


昨日と同じで頭なでなでだったらいいなぁ。なんてね。


「昨日みたいにあ、頭を……撫でてくれる、かな……?」


空気が凍った。一瞬、心臓が止まったような気がした。ひ、火祭? 今なんと……!?


「あ、あああ頭ナデナデだとぉ!?」


バンと机を思いきり叩いて米太郎が立ち上がった。弁当箱から漬物がこぼれて床に落ちたがまったく気にしていない。野獣のように唸り、血走った眼がギロリと俺を捉える。今にも襲いかかってきそうな勢いだ。しかしその表情はすぐに穏やかなものへと変化した。優しく頬笑む米太郎は静かな口調で喋りだした。


「マジか将也……お前がそんな領域にまで登りつめているとは。感服だよ。もうお前と俺とじゃ住む世界が違うようだ。いや、別にお前を非難しているわけではないんだ。そこは勘違いしないでくれ。俺達はいつだって親友だろ? そういうことじゃなくて単に俺が拗ねているだけさ。そう、ただ俺自身が情けないだけさ。ははっ、なんだか自分が馬鹿みたいだな。いつまでも幼稚な子供みたいに野菜で嬉しそうにはしゃいでいた自分が愚かだよ。目の前の野菜に食いつくだけで俺には何も見えていなかった。そして見ようとしなかった。そうさ、俺は何も考えちゃいなかったんだ。これまで俺は彼女が欲しいと阿呆のようにやかましく喋っていたが、じゃあ俺が何か努力したかと問われたら、それに対する回答を出せずに口ごもるしかないだろう。そうだ、そんな何も成し遂げていない俺なんかに将也を非難する権利もなければ妬むこともしちゃいけない。頭なでなでは将也が勝ち取ったものだ。将也が努力したからだよな。すげぇよ、お前は。むしろ俺は親友として誇りに思うよ。そしてさらに自分が醜く感じてしまう。親友と呼べる一人の友は既に幼いという名の皮を脱ぎ捨てて、男として汚く、しかしどこか魅力的で立派な人参を剥き出していただなんて」

「長いんだってば! 長文過ぎて頭入ってこないし意味不明な内容だし、最後にいたっては訳分からん下ネタだなんて! だからアンタは黙って永久に野菜をかじってろ!」


水川怒涛のツッコミと野菜を詰め込まれて米太郎は椅子から転げ落ちた。


「ねぇ……駄目かな?」


火祭よ……再三言ってきたが、その上目遣いは反則です。つーか断るわけないじゃん。寧ろ大歓迎っ。


「全然。喜んでや……らさせてもらいます?」

「なんで疑問形?」


水川ぁ、俺の隣を見たら分かるよ。春日がこっちをすっげえ睨んでくるんですよ! 視線がここまで痛く感じたのは初めてだ。矢で射抜かれた気分だ。恋の矢じゃなくて、もうただの殺傷力抜群の矢ですよ。鮮血が溢れだすイメージが!


「まー君?」


既に火祭は頭を俺の方に向けている。あとは俺が手を伸ばすだけ。しかし俺は蛇に睨まれた蛙よろしく、筋一本も動かせない状態になっている。春日のローキックが怖くてビクビクしちゃうのです。な、何この板挟み状態は? うー、どうしたらいいのですか!?


「……まー君」


火祭の物欲しげな声。それが耳に届き、うるうる上目使いの瞳がこちらを覗いた次の瞬間には、大脳の情報処理なしで素早く無意識に俺は手を伸ばしていた。手のひらに伝わる手触りの良い心地好い感触、そして柔らかさ。


「ん……」


こそばゆそうな声を漏らす火祭。その表情はトロンと崩れており、こっちもニヤニヤとしてしまう。心地好い髪触り、サラサラでもありフンワリともしている髪の毛に心奪われてしまう。ずっとこうしていたい。しかし幸福は長くは続かなかった。


「うぐあっ!?」


左足を襲ったのはこれまでに経験したことのない痛み。まるで象に踏みつけられたようにグシャリと鳴ってはいけない音が聞こえた気がした。足の甲から緊急信号が伝わってきて、頭の中は幸せ桃色から危険を知らせる真っ赤なランプに変化。あ、足が……足がぁ!? 


「ま、まー君?」


痛みで涙が溜まった目を開くことが出来ず、驚いた表情をしているであろう火祭の顔を見ることも叶わない。ただその場で悶えるしかなかった。足が痛い。それこそ本当にガチで折れたと思えるくらいに足は激痛で痙攣を起こしていた。


「か、春日……今までで一番痛いです」

「ふん」


なんでノーモーションであんな威力のある踏みつけができるんだよ……人間凶器かよ。



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