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第74話 第2ラウンドは食堂で

「おっ、兎月だ。珍しいな、まだ残ってい……ま、またな」


話しかけてきたクラスメイトが慌てて踵を返して逃げた。そりゃこんな重い空気が漂っているものねー、俺だって逃げたいよ。場所は食堂、放課後だけあって生徒はごくわずかしかいない。楽しげに雑談をしている生徒がいるその中のとあるテーブル、俺に春日に火祭と水川が座っているこのテーブルの空気はもれなく最悪だ。これが最悪と言わずして何が最悪であろうか。ものっすごい空気が重い。


「……」

「……」


誰一人として口を開こうとしない。俺も春日も火祭も水川も机に目を伏せて口を閉ざしたまま。沈黙がさらに沈黙を呼び、不穏な雰囲気がさらなる気まずさを纏う。空気が悪いっつーか空気が痛い。まるで腐臭ガスのようにじりじりと俺の肌を蝕んでいく。気まずさ濃度は最高値にまで膨れ上がっている。冬の池に放り込まれる方がまだいいくらいだ。こんな心臓に悪い場面なんて十六年の人生の中で初めてだ。逃げていいなら今すぐ逃げ出したい。何なら助けを呼びたいくらいだ。おい米太郎、この局面でなぜお前はいない? ふざけるな、何とかしてくれ。さっきから何十回とルーラを唱えている俺のピンチを察しろ。指を額に添えて出来もしない瞬間移動を何度も試みている友のヘルプに気づけよぉ! 


「あ、真美ちゃんだ。何して、ぃ……る……また明日!」


水川の友達が近寄ろうとして、すぐに去っていった辺りで水川が口を開いてくれた。


「え~っと、恵と桜は一組だよね」

「……うん」

「そうだよ」

「あ……っ、だ、だよね~」


淡々と答える春日と火祭。水川は言葉が途絶した。そして再び訪れる沈黙。み、水川なんとかして。


「え~っと……」


頑張れ水川! 春日と火祭の両方と親しいあなたじゃないとこの場を収めることは出来ないッス。なんとかこの悪い空気を換気してください!


「……き、今日は良い天気だよね~」


水川あぁ!? 俺と同レベルじゃん……って、なんとかしろって目線をこっちに送ってこないで! 助けてとアイコンタクトを送ってくる水川。いやいや俺もお手上げですって。何をどう処理したらいいんだか……というか何が原因でこうなったのかも掌握しきれていないってのに。


「……えっと、とりあえず何かジュースでも買ってくるよ。水川は何がいい?」

「わ、私はオレンジジュースで」

「火祭は?」

「私もオレンジジュース」

「了解。春日は紅茶だよな。買ってきまーす」


早足でテーブルから脱出! これ以上あの空気は耐えられないわ。ノミの心臓、兎月将也です。RPGで『にげる』のコマンドがある理由がよく分かったよ。どんな勇猛な勇者パーティでも逃げたい場面ってのは絶対にあるものだ。俺にとってそれは今だと思う!


「兎月、私も手伝うよ」


あ、水川が追ってきた。うっ、なんですかその裏切り者を見る表情は。そして背中を殴らないでよ。


「何をしれっとエスケープしてんのよ。いたたまれないのは私も一緒なんだからね」

「んなこと言われても……あれ以上いたら気まずさで心が潰されてしまうよ。マスクをしなければ五分で肺が腐ってしまうって」

「風の谷には帰らせないよ」


厳しいなおい!


「はぁ……で、どしてあの二人はあんな不機嫌なのさ。仲悪いの?」

「いや、仲悪くはないよ。三人でガールズトークしたこともあるし」

「女子がするトークなんだからガールズトークに決まってんだろ」

「人の揚げ足を取るな。とにかく恵と桜は仲悪くはないの」

「んじゃあ、どうして不機嫌なんだよ?」


俺には見当つきません。二人は初対面ではない。水川によれば仲も悪くない。ならどうしてあの二人は睨み合ったまま互いに威嚇しているんだよ。もう一度言う、俺には見当つきません。


「うーん……原因は兎月なんだけどなー」


俺? 俺が何かした? これといって思い当たる節はないのですが。


「俺が原因って……そりゃ意味不明ですな」

「鈍感か。ラノベの主人公気取ってんじゃないわよ!」

「だ、誰がラノベ主人公だあぁ!? 俺の右手に幻想殺しは宿ってねーぞ! 主人公要素ないっつーの!」






結局、二人が不機嫌な理由は分からずじまい。ノープランでこのテーブルにカムバック。さーて、ここからどうしましょう? とりあえずジュースを配る。


「はい、オレンジジュース。春日は紅茶な」

「ありがとう」

「……」


ちゃんとお礼を言う火祭に、何も言わない春日。どっちが愛想良いかって? 火祭に決まってる。


「……ねぇ、まー君」

「はいなんでしょうか火祭」


不意に火祭が話しかけてきた。ん? そのジト目はなんですか? 俺に向けられてるけど……?


「どうして春日さんには何も聞かないで紅茶を買ってきたの?」


へ? ……あ、さっきのね。そりゃ、


「そりゃ、いつも春日のパシリで買ってるもん。春日の好みくらい把握してますよ」

「……むぅ」


あ、れ? 火祭の不機嫌オーラがさらに膨れ上がった。俺、何かNGワード言っちゃいました? そして春日はどことなく機嫌良くなったみたいだし。もう訳分からん!


「どうして恵のパシリしてるの?」

「俺が春日の下僕だから」

「どうして恵の下僕してるの?」


水川よ、立て続けに質問しないでくれ。


「どうしてって言われても……春日に命令されたから」

「そんなのおかしいよ!」


ぬおっ!? 声を荒げる火祭はさっきと同様、またも春日を睨みつける。対抗して春日も睨み返す。両者の間でバチバチと火花が散る。


「……兎月は下僕」

「下僕じゃない」

「……下僕」

「じゃない!」


おいぃ、また始まったぞ無限ループが! 終わりなき戦いに終止符を打ってよ水川ぁ! 頼みます。


「まあまあ、とにかく兎月はヘタレってことで」


なんだその締め方!? 俺がヘタレって言っただけじゃん。そして二人がまだ睨み合っている。火花が散って俺に降りかかる。めっちゃ痛い。はいはい比喩ですよ。しかし本当に痛い。この空気を打破すべく、俺は何をすればよいのか……とりあえず、がぶ飲みメロンソーダ。


「……はぁ」


ゲップの代わりに溜め息。なんでこんなことになったんだよ……春日と火祭が会ってはいけなかったのだろうか。もう俺には分かりません。プレッシャーのあまりメロンソーダを飲んでも喉が全く潤わない。すぐにカラカラになってしまう。なんで俺がこんな思いをしなくちゃならないのか……なんとなーく、この二人の機嫌が悪いのは俺が原因な気がするからだ。水川もそう言っていた。しかし俺は何もやっていない。身に覚えはない。ないったらない。もし俺のせいで二人が険悪だという明白で確固たる証拠が提出されたなら、俺は年の数だけ土下座してやる。なぜ年の数なのかは知りません!


「と、とりあえず俺達は帰るわ。火祭は図書委員会の仕事頑張ってね」


とにかく確かな原因が分からないのだ。根本的理由が定かでないし、これ以上この二人を接触させるべきじゃない。なんか俺が押し潰されそうです。早々に切り上げなくちゃ!


「俺達? 達って、兎月と恵って家近いの?」

「まあ近いというか同じ通学路だな」

「確かバスだったよね?」

「いや、今日は自転車だな」

「自転車? ……まさか、二人乗りで!?」

「ま、まあそういうことになるのかな?」


やっぱおかしいかな?


「……む~」


う、うおおぉっ!? またさらに火祭の不機嫌オーラが大きくなった。ぶっすーと頬が膨れた顔をしてるよ……場によっては可愛いと思えただろうが、今はそんな風に思う余裕なんてありはしません。


「兎月、帰るわよ」


春日が立ち上がった。なんか勝ち誇った表情浮かべているように見えるけど……何に勝ったんだよ?


「じゃあ、また明日」

「帰るわよ」

「わ、分かったから。さよならの挨拶くらいさせてよ」


このお嬢様はせっかちなんだから。どんだけ早く家に帰りたいんだか。


「水川、あと頼むわ」


火祭のことは水川に任せて、俺は春日を送り届けないと。春日と二人で食堂から出ていく。ようやくあの場から解放された。時間にしてほんの数分だけど俺には何時間と感じられたね。美女三人といるってのになんでこんなにも俺は疲れているんだよ。クラスマッチより今日の放課後の方が疲れたわ。体力的でなく精神的に。安堵の息がつけて身も軽くなった感じだよ。


「……兎月」


学生で賑わう楽しくて憩いの場である、はずの食堂から脱出して春日と二人で下校する。向かうは自転車置き場。その道中、春日が話しかけてきた。


「ん? 何か?」

「……火祭さんとはどういう関係?」

「火祭と? 普通に友達だよ」

「……」


はい? それがどうし、痛い!?


「不意打ちローキックは痛いんだって……」


今のキックは何なのさ!? 春日を怒らせるような発言はしてないはずなのに……いよいよ無差別殺戮マシーンになったか。あの場で暴れなかったのが唯一の幸運かな。火祭と対決したらエライことになっていただろう。


「……」


ま~た無言モードだよ。あなたさっきから黙る蹴る睨むの三パターンしかないですよ。ボタン三個で操作できるじゃん。簡単設計の無差別殺戮マシーンか。ボタン一つで俺の足を破壊できるなんてあら便利、じゃねーよ!?


「ホントどうしたのよ? 火祭と何かあったの?」

「……はぁ」


……え!? ま、マジかよ、春日が…………春日が溜め息ついたぞ!? 無表情だけど少し落ち込んでいるように見える。なんで溜め息ついたんだ? つーか溜め息つけるんだね。今まで聞いたことなかった。操作ボタン四個いるじゃん。


「……」

「どしたの急に?」

「……別に」


元気のない沢尻さんだな。気になることでもあったのか。う~ん、ホント分からん。春日が溜め息をつくなんて、それほどに落ち込む出来事があったのかな? と、そうこうしているうちに自転車置き場へ到着。ここから春日を乗せて家まで送り届けなくてはならない。精神力が底を尽きた状態でも懸命に漕がなくてはならない。春日に怪我を負わせたら兎月家が終焉を迎える。春日父によって海に沈められてしまうだろうね。俺はまだ人生にピリオドを打ちたくない。だから死ぬ気で送迎してやりますよ。可愛い娘と二人乗りだなんてラブラブイベントを死亡フラグにしないために!


「とりあえず乗ろっか」

「……うん」


自転車に跨がり、春日も後ろに座る。キュッと俺の脇に腕をまわす春日。っ、これやっぱムズムズする。そしてニヤニヤしちゃいそう。だって嬉しいんだもの。


「……ねぇ、兎月」

「ん?」

「………私と兎月は……どういう関係?」


春日と俺の関係? そんなの決まってるでしょ。


「主従関係だろ。春日が主。俺が従者つまり下僕」

「……それだけ?」


はいぃ? それだけ、って言われましても……他には……友達?


「友達かな?」

「……そ」

「そ」

「……真似しないで」

「痛い痛い! すいませんでした!」


横っ腹を抓らないでぇ。普通に痛いから! はぁ、やっぱ春日は春日だな。



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