第73話 両者激突
くそっ、米太郎のせいで俺まで怒られた。せっかくボランティア部で頑張っているのに遅刻とかこんな態度で帳消しにされているような気がする……。あーあー、来週は再テストがあるし、もう最悪と言っても過言ではない!
「じゃーなー将也。放課後ライフを楽しんでくれ」
担任に説教されて教室に戻ってそしてホームルームも終わり、はい放課後。ぐったりする俺を余所に軽快な足取りで米太郎は教室から出ていく。同じように怒られたのになんであいつはあんなに元気なんだろうか。もうすぐ大会だかなんだか知らんが、この程度ではへこたれないみたいだ。あのポジティブな性格は羨ましいね。担任によって外に放り出されたせいで火祭が表彰されるところを見れなかったし、かと思えば火祭の頭を撫でたりデートを約束してもらえたりとホント今日は色々あったな~。……まだ何かあったりして? これらを越えるさらに大きな事件が発生したりとか?
「……兎月」
「はいぃ! 危ない!」
背後から春日の声が聞こえたので横へジャンプして回避! 脳内で十字キー左と×ボタンを同時押し! それが俺の中でジャンプ回避のコマンドだ。ふぅ、危ない危ない。あと少し反応が遅れたらローキックの餌食になっていた。後ろを振り返ればそこにはやはり春日が立っていた。
「……何してるの」
「だ、だっていつも蹴ってくるから」
「……蹴らない」
とか言って左足を半歩下げているのは何なのさ。蹴る気満々だよね!?
「もうちょっとおしとやかになりなさい」
「うるさい」
「ぐっ!?」
油断した、いつも通りローキックが炸裂ぅ。ふ、普通に痛い。普通に泣けてきたわ。くすん、でも私負けない!
「……段々、蹴るの上手くなってきたよね」
「帰るわよ」
無視ですか。一応これでも褒めたつもりなんですけどね。なんて言うのかな、こう、痛みがクリアに伝わるというかキックが的確で無駄がないというか。つーか足を蹴りますか? 今からあなたを乗せて自転車を漕ぐこの私の足を蹴りますか? それは車を運転する人に酒を飲ませることと同義ですよ。……例え分かりにくてごめん!
「帰るわよ」
「はいはい、と」
春日お嬢様の仰せのままに~。だって俺は下僕だもの。もう最近は下僕であることにちょっとした誇りすら感じるようになった。それは間違いなく俺の感覚が麻痺しているのだろうな。な、なんか悲しい。人間知らないうちにその環境に慣れてしまうものらしい。下僕生活復活から数日程度だが、もう慣れている。これが俺の本来あるべき姿なのかなぁ~……んー、進路に迷うよね。いや大学進学とかじゃなくて下僕で生きていくかどうかに!
「帰りも後ろに乗る?」
「……」
はい出ましたその名も無視~。春日はホントよく無視するのだ。絶対聞こえているはずなのに平気で無視する。俺が無視したら怒るくせにさ。そのまま喋ることなく春日と二人でのほほんと下校する。あ、そういや火祭の三つ目の願い聞いてなかったな。一つ目はまだ約束しかしてないけど二つ目は一応叶えたし、三つ目はまた今度会った時にでも聞いてみるか。もう一回頭なでなでだったらいいなぁ。えへへ、火祭の髪の毛の触り心地最高だった。あ~、火祭のトロンとした表情……あれも可愛かったな~。
「無視するな」
「痛いです!」
ローじゃなくてミドルキックかよ! 痛い、お尻が痛いよ。くっ、人が幸せな思い出に浸っているのに!
「ごめん無視してた?」
蹴られたのに謝る俺って本当にヘタレだな。や、やっぱり悲しい!
「ちょっと今日を振り返っていてさ、話聞いてなかったよ」
「……」
「で、何か言った?」
「……」
「あ、あの? 春日さん? お返事は?」
「……」
もうなんだよ!? 俺が聞いたら喋らなくて、俺が聞いてない時に喋るって単なる嫌がらせじゃないの!? 意図的に空気を重くしているようにしか思えないよ。空気を白けさせるスペシャリストか。あなたの無言には『芸人殺し(コメディーブレイカー)』が宿っているのかなー!?
「はぁ」
まあ、それが春日だから別にいいけどさ。
「……乗る」
「え?」
乗る? 乗るって何? 乗る、乗る乗る乗るノル載る乗る……うーんと………自転車の後ろに乗る? ああ、さっき俺がした質問の返事ね。いやいや、言うのが遅いっすよ。ミドルキックと無言挟んで言う台詞かね。
「はいはい、了解しましたー」
メールの返信はそこそこ速いくせに、こういった返事は遅いんだよな。ちなみに春日とはちょくちょくメールしています。メールだと会話が結構弾むんだよね。電話はしたことないけど。だって電話しても春日たぶん無言だし。通話料金の垂れ流しだよ。
「そういや、お父さんにプレゼント贈ったでしょ? 反応どうだった?」
婚約騒ぎで三週間程遅れたけど俺と春日で選んだ誕生日プレゼントを春日父に贈ったのだ。なんて親孝行な娘さんなんでしょうか。素敵だね。うん、Ⅹの名曲だよ。聴くだけで涙が出てくる……って閑話休題!
「……喜んでくれた」
「そりゃ良かった」
贈ったのはネクタイ。いつぞや俺がスーツを買ってもらった店で選んだやつだ。けど、娘が選んだ物なら父親は何であっても嬉しいだろうな。特にあの春日の親父さんのことだから、涙を流して喜んだに違いない。「恵ーっ!」とか叫んでいそうだ。絶賛親バカ中なのだろう。春日の将来の旦那さんが可哀想だ。デットオアアライブの覚悟で挨拶に行かなくてはならないのだから。って、また逸れた。とにかくプレゼントを贈って、親父さんは喜んでくれた。うん良かった。俺も今度父さんに何かプレゼントでも……やっぱやめとこう。
「おっ」
昨日の父さんのギャグに、思いだし笑いならぬ思いだし寒さを感じて身を縮まらせつつ図書室のある棟の前を横切っていると、建物の中から猫がひょっこりっと現れた。あの黒ぶちの模様は……コジローだ。黒ぶち模様の猫。学校の敷地内をよく徘徊している。つーか住みついている。
「コジロー、元気にしてたか?」
しゃがみ込んでコジローに話しかける。こちらをじっと見つめ返すコジロー。お、目を合わせてくれるのか? 久しぶりだよな、俺のこと覚えているかな。
「最近暑いからって夏バテするなよ」
気さくなアドバイスに対してコジローは大きな欠伸を一つ、そしてそのまま俺を振り返ることなくトテトテと歩きだした。な、なんだあいつは。馬鹿にしてる? 俺のこと馬鹿にしてる!? なんつー無愛想な態度。春日そっくりだね。
「行くわよ」
「ぐっ、痛い痛い痛い! 耳を引っ張らないでぇ!」
春日が俺の耳を持ち上げるように引っ張ってきた。痛いって! ちょっと猫と戯れるくらいの時間はくださいよ! あなただって猫は好きでしょ?
「行くわよ」
「こ、このまま行くの!? マジで痛いって、耳がちぎれちゃうよ!」
悪戯した子供を連れ帰るお母さんみたいじゃん。待ってよお母さん、僕は猫さんとお喋りしてただけだよ!? 心配しなくても帰りはバスじゃなくて自転車なんだから。いつかの時みたく乗り遅れるってことはないさ。それでも力を緩めることはしないのねー! ぐああぁっ、片方だけ耳なしになっちゃいそう!
「か、春日ぁ痛いですぅ」
「……あれ?」
……ん? あれ、返事が返ってきた。と言っても、この声は春日じゃない。春日の声はもっとぶすっとしている。こんな無垢な声を出せるはずがない。ってことは他に人が? と、横を見れば建物の入口に赤みがかった長髪をなびかせる美少女、火祭がいた。なんとまたも会いました。表彰されているところ見れなくてごめんね。米太郎のせいなんだよ。
「お、火祭ー」
どうやら図書館から出てきたところみたい。そういや火祭は図書委員だったか。それに本は大好きだし火祭が図書室を訪れる頻度は高いようだ。それにもう一つ理由があるかも。それは、
「もしかしてコジローに餌あげていた?」
「うん」
火祭は無愛想猫コジローに餌をあげているのだ。そっか、だからさっきコジローが建物から出てきたのか。餌もらった帰りね。そら満足して俺なんかは無視するわな。
「君は今帰り…………ねぇ、隣の……」
ニコっとしていた火祭の顔が少しだけ曇ったような………隣? ああ、春日ね。つーかまだ耳引っ張ってんのかよ! 未だに引きちぎる作業を続行中の春日。いい加減放してください。
「こっちは春日。同じ一組だから知ってるでしょ?」
「……うん」
あ、待てよ。そっかー。今こうやって振り返ると、春日と火祭が一緒にいるところは何気に一度も見たことないな。でもクラスは同じだから教室では絶対会うし、会話もしているはずだ。てことで俺が互いに紹介する必要はないか。うん、どーぞガールズトークしてください。
「……」
あれ……火祭? 何をそんな訝しげな表情をしてるの? さっきまで微笑んでいた火祭は何を考えているのか分からない表情でこちらを見ている。俺と春日の顔を交互に見て、そして俺の耳を引っ張る春日の指へと視線を向ける。そのまま沈黙……数秒が経過。そしてまた俺と春日を見る。次の瞬間、火祭の顔がムッと不機嫌そうになった。……へ?
「……春日さん、その手を離して」
火祭が春日を鋭く睨む。威嚇するような声を出してきた。なっ、あ、ふえ? ど、どうしたの急に? いつもの可憐な笑顔がどこにいったのさ? 火祭は不機嫌そうに春日を睨み続ける。な、何か気に触れました?
「……」
春日は春日で黙ったまま火祭を睨み返している。俺の耳は引っ張ったまま。痛い。けどそれどころじゃない。そんな耳の痛みなんてちっぽけに感じるほどに空気が痛くて重い。え、何この空気? なんでこんなに重苦しいの? 息が詰まる……日差しの強い夏の学校にあるべき雰囲気じゃないよこれ。
「あ、あの~?」
「……」
「……」
駄目だ、俺の声なんて届いていない。二人は睨み合ったまま動かない。そして俺も重い空気感に押されて身動きが取れません。と、火祭が口を開いた。
「春日さん、離してよ。……まー君が嫌がってる」
ま、まー君!? ふええぇぇ!? なっ、え……まー君って、俺のこと? そんな呼び方してなかったじゃん。たった今いきなり変えた……なぜ? 将也だから、まー君か。なんだか彼女に呼ばれてるみたいでこそばゆいな……。いやなんで急に呼び方を……?
「まー君?」
春日の眉がピクリと動いた。火祭もだけどさ、春日もそんな不機嫌そうな顔するなよ。つーかどうして二人とも不機嫌そうなの? 俺が何かやらかした? 心当たりは皆無。それでもこの二人の機嫌はさらに悪くなっていく。
「離して」
「……」
ゆっくりと耳を離してくれた春日。うあー痛かった。赤く腫れてないよね。大丈夫だよね? 耳をさする俺を無視して春日は火祭と向き合う。な、何をこれぇ、なんだか険悪なムード……。
「火祭さん。何、まー君って」
おいおい!? 春日がこんなはきはきとしっかり喋るなんて珍しいぞ。どうしたんだよマジで!?
「まー君はまー君だよ。私はそう呼んでいるよ」
たった今からね。普段とかは君って呼んでいたじゃないの。
「……」
「……」
な、何これ? よく分からんけど、これは……修羅場というやつではないか? もしかして春日と火祭って仲悪い?
「……」
「……」
空気がピリピリして痛い。二人は未だに睨み合ったままだし……お、俺が和まさないと。頑張れ俺、空気に負けるな俺。
「えっと~……あはは、今日は良い天気だね」
へ、下手くそか俺は! そんなんじゃ全然和まないって。くそっ、自分のトーク力の無さを痛感した。野菜の話でもしようかな?
「……春日さん、まー君の何?」
火祭? ちょいと怖いですって。
「兎月は私の下僕」
「げ、下僕!?」
春日……はっきりと言いすぎだって。うぅ、火祭に情けない一面がバレちゃったな……悲しい。
「ま、まー君を下僕扱いしないでっ!」
うおっ、火祭!? 今度は怒りだした火祭。俺を下僕扱いしないで、と言ってくれるのは嬉しいけどさ……す、すごい勢いだね。
「兎月は私の下僕」
「駄目」
「……下僕なの」
「駄目ったら駄目なの!」
へ、変なところで口論が始まった。俺が下僕かそうでないかで口論しないでよぉ。高校生が学校で議論すべきことじゃないよ。なんか俺が恥ずかしいじゃんか!
「……火祭さんは兎月の何なの?」
「っ!? ま、まー君は……その………私の……す、っ……大事なお友達だよ! そういう春日さんはまー君の何なの?」
「兎月は私の下僕」
「だから駄目なの!」
こ、これってエンドレス? 終わりが見えないんだけど。つーか二人とも俺の存在忘れてるよね? 下僕かそうでないかの議論テーマの人物である俺はここにいますよー。
「……火祭さん………兎月のことが……」
「っ……!?」
あれ、火祭? 顔赤いよ?
「……春日さんも、でしょ」
「……っ」
あれ、春日? 顔赤いよ? マジでどうしたのさ二人とも。さっきからおかしな発言と行動ばっかりだよ。
「む~」
「……」
火花が散ってる……二人の間で火花が散ってるよ!? 二人の関係がよく分からん! クラスメイトでしょ。もっと仲良くしようよ。
「兎月、帰るわよ」
いきなり春日が俺の左手を掴んで歩きだした。ぐっ、急すぎるって。反応が追いつかない。
「まー君、今から図書委員の仕事があるの。手伝って」
させるかと言わんばかりに火祭は右手を掴んできた。右手には火祭、左手には春日……え? 何この状況? ハーレム?
「帰るわよ」
「手伝って」
「い、痛い痛い痛い! 両方から引っ張んないでよ!」
ぐああぁぁっ!? 痛いいいいぃぃ、体がちぎれそうだ! 拷問かこれは!? 二人の美少女から手を握られてハーレムかな? えへへー、と一瞬でもニヤけていた自分が愚かで馬鹿だった!
「……帰るわよ」
「む~! 手伝って!」
ぐぅうぬぅへえぇぇ!? ふ、二人とも女子とは思えないハイパワーの力で引っ張ってくる。ありえねぇ、なんだこの痛みは! 不良でボコボコにされる方がまだマシかもしれない!
「帰る」
「手伝う」
そう言って俺を睨む春日と火祭。そ、それは俺にその言葉を言えってことですか? それを言ったらこの苦しみから解放してくれるんだね? 解き放ってくれるんだね!?
「ぐっ、帰る手伝う」
「「どっちよ」」
ぎゃああああぁぁっ!? さらに力が強くなったぞ!? どーなってんだチクショー! 何なのこの二人っ、俺に何の恨みがあってこんなことを!
「兎月、帰るわよ」
「痛い! 春日、引っ張るに加えてローキックだなんて器用な真似はやめて!」
「まー君が痛がってる。春日さん、暴力はやめて」
「だったら火祭も手を離してよ!」
だ、誰か助けて……このままだとアメーバみたいに分裂しちゃうよ。誰も望まない分裂が起こっちゃうよ! 体の中心部に亀裂が入るか、または両腕がちぎれるか。いずれにしろ俺の分裂は避けられない! だ、駄目だ……耐久値が減っていく。二人がさらに引っ張りさらに睨み合っている。挟まれし俺に誰か救いの手を……
「誰か……ヘルプぅ」
「と、兎月!?」
こ、この声は………水川ぁ! なんとか頑張って首の向きを変えて後ろを見ればそこには水川ぁ!
「桜と恵も何してるの!? 兎月が死んじゃうよ。二人とも手を離して」
天使だ。水川が天使に見える。死ぬかと思った……でも助かった! 水川に止められて謎の凶暴化を遂げた春日と火祭も一旦手を離してくれた。良かった、まだ腕はくっついている。
「あ、ありがとう天使マミー」
「マミー言うな。聖天使真美ちゃんと言いなさい」
あ、天使ってフレーズは気にいったのね。
戦いはまだまだ続きます。
そして感想待っております☆