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第71話 頭なでなでと睨む奴ら

米太郎の話が面白くないといったハプニングがあったものの、無事に登校して今は朝のホームルーム。全員が体操服に着替えている。そりゃクラスマッチなんだから着替えますよね、ええ。


「今日はクラスマッチ二日目だ。うちのクラスで残っているのは卓球とバドミントンの個人戦のみだが、皆でしっかり応援するように」


あ~、今日は暇だな。俺はもう出場しないし、やっぱりサボろうかな。


「なぁ将也、食堂でのんびりしとこうぜ」


米太郎も同じことを考えていたようだ。そうだな、食堂でダラダラしとくか。


「よし、食堂行くか」

「ちょっと待った兎月」

「ん?」


どうしたよ水川。


「今から桜の試合があるの。見に行こうよ」

「火祭が? どの種目?」

「バドミントンだよ~」


へぇ、ミントンか。バドミントンは昨日から個人戦が行われているから二日目の今日まで勝ち残っているってことはかなり勝ち進んでいるに違いない。つまり火祭はなかなか頑張っているってことだ。そりゃ是非応援に行きたいよ。


「兎月が応援したら桜はもう無敵だよ。ね、来てよ」


俺が来たら無敵になる意味は分からんけど、もちろん行きますよ。


「行く行く。なぁ米太郎、お前も来いよ」

「えー? んー、火祭のおっぱいが見られるなら行く」

「ごめん、お前絶対来るな! いいか、絶対だからな! 昨日からそればっかりじゃねーか!」


場所は第二体育館。卓球とバドミントンの個人戦が行われている。来る途中に水川から聞いたけど、次で準々決勝らしい。つまり勝てばベスト4。火祭すげーよ。えっと、火祭は……お、いたいた。というかギャラリー多いな。え、これって全員、火祭を見に来てるの? わらわらと集まっている生徒達(男子しかいない)はどいつもこいつも火祭に注目している。すげー人気だな火祭。もはやアイドルだね。試合はもう始まっているようで、火祭が動く度にギャラリーが騒いでいる。あんなのただウザイだけだろうに。それでも嫌な顔しない火祭は偉いと思います。つーかこいつらムカつくな。


「桜ファイトー」


水川の声に反応して火祭がこっちを振り向く。ニコッと微笑み返す可憐な笑顔にグッときた!


「ほら兎月、応援して」

「ああ、うん。火祭頑張れー!」

「勝ったら兎月が何でも願いをきいてくれるよー」

「水川!?」


何言っちゃってんの!? そこそこリスキーなこと言ってるよ!?


「ちょ、勝手なこと言うなよ」

「こう言ったら桜のやる気が格段に上がるからさ」

「そんなわけないだ、ろ……はれぇ!? 火祭からすごいオーラを感じるんだけど!?」


やる気どころか戦闘値も格段に上がったよ! 火祭の放つ威圧感で相手が萎縮してしまうぐらいだ。


「私、頑張る!」


テンションが上がったのか、火祭は叫ぶように声を出してラケットを構える。これマジで敵無しじゃねぇの? オーラがハンパねぇ!


「いいぞ桜ー、気合い入ってる~。頑張って、勝てば兎月が好きな願いを三つまで叶えてあげるからぁ」

「いつの間にポルンガにランクアップしたんだよ!?」


そして火祭の試合はさらに熱を帯びる。準々決勝だけあってハイレベルな戦い……的なことはなかった。なかったって言うか、ハイレベルではあったよ。ただ圧倒的……火祭が圧倒的に強かったのだ。なんつー強さだよ。放たれるスマッシュの音が爆発音に近い。シャトルが勢いよく床を跳ねる。シャトルが床を跳ねるって相当じゃね? あの可憐な容姿からミサイル級のスマッシュが放たれるなんて驚きだ。相手もそれなりに強いはずなのに手も足も出ない。まるで大人と子供、メジャーリーグとリトルリーグ、ワールド8-4とワールド1-1ぐらいの差がある。相手も涙目だよ。一方的なゲーム展開。そして周りのギャラリーはハンパなく盛り上がっていた。恐らくあれが火祭ファンクラブの皆さん方なのだろう。ちっ、ウゼー。とまあ火祭の強さと人気を再認識したところで試合は終了した。勝者はやはり火祭。彼女はもはや世界レベルの選手だよ!


「やったぁ! 桜、カッコ良かったよ」

「ありがと」


ニッコリと笑う火祭。確かにカッコ良かった。昨日の俺の数十倍カッコ良かった……。


「そ、それでね?」


ん? な、なぜに俺に詰め寄ってくる? 嬉しそうに、そしてどこか恥ずかしそうに顔を赤らめて火祭が接近してきた。思わずたじろいでしまう。ぬぅ、顔を赤くするのは反則だって。キュートすぎるって。


「何でも願いをきいてくれるんでしょ?」


それは水川が勝手に言ったことであって俺が言ったわけではないんですが……。


「兎月ぃ、言ったからには責任を持たないとね」


あれえぇ!? 水川さん!? 何ふんわりと発言者を俺にすり替えているんですか!?


「ねぇ……」


!? ぐうっ、火祭からそんなうるうる上目遣いされたらイエスと言うしかないじゃん。ある意味魔性の女だよ!


「え~と、俺なんかでも出来る範囲であれば、とりあえずは何でも」


不老不死とか死人を蘇らせるのは無理だからね。ギャルのパンティーぐらいならなんとか……いや、パンティーも結構しんどいぞ!?


「三つ叶えてくれるから……」


しかもちゃっかりポルンガで考えるし。ここは地球だから。


「じゃあね……こ、今度の休みにで、デートしてくれる?」


で、デート? それって昨日の俺が叶えられなかった願いじゃん。昨日のサッカーで勝っていたら火祭がデートしてくれるって約束してくれた。でも負けちゃって……。も、もしかして俺のために? 俺の願いを叶えるために? うぅ……この子超良い子だよ。よし、その願い叶えてしんぜよう!


「俺なんかで良かったら全然いいよ」

「あ、ありがと」


むしろ俺が感謝したいくらいだよ。やったね、また火祭とデートに行けるよ!


「じゃあ二つ目のお願いは……」


というか周りからの視線が痛いんだけど……。火祭のファンクラブ団員らしきメンバーからすごい睨まれているんですけど。火祭人気すごいなおい!


「う~……真美、どうしよっか?」

「パシリでもさせたら?」

「パシリはやめて、頼む!」


パシリなんて春日一人で十分だっつーの。あの子一人で手一杯なのに……あ、また後で紅茶買いに行かないと。


「んー、じゃあさ、頭を撫でてもらったら?」


「「えぇ!?」」


俺と火祭の声が重なる。そして周りからもどよめきが。頭ナデナデ!? そ、そんな恋人みたいことできるわけないでしょ!


「マミー! ちょっと無理あるでしょうが」

「マミー言うな。せっかくだし、よく頑張ったなとか言いながら頭なでなでしてもらうといいよ」


話を聞いて! そんなこと恥ずかしくて出来ないし、第一火祭が嫌に決まってるだろ。


「……うん」

「ひ、火祭?」


どうして俺の方に頭を向けるんですか? そ、それって……やれってことですか!? えぇっ!?


「む、無理だって。ポルンガでも叶えられない願いですぅ」

「何でもやるって言ったよね。大人しくポンポンと優しく撫でてあげなさい」


言ったのは水川テメーじゃねぇか。くっ、やるしかないのか? そんなラブコメみたいなウフフな展開があっていいのか!? こんなシチュエーションって漫画とか小説の世界だけじゃねぇの? おいおいこれも小説だろうが、ってツッコむのはタブーでお願いします!


「ねぇ……駄目、かな?」


うぐぅ!? だ、だから上目遣いは反則だって。そんな顔されたら……やるしかないじゃんか! ええい、ヘタレでもやる時はやるんだからな。

そーっと右手を火祭の頭に持っていく。火祭の頭まであと数センチで……う、手が震える……。いかんいかん落ち着け、俺。何を緊張しているんだ。ただ優しく頭を撫でるだけなんだから。簡単なことだろ。あと数ミリ……ぐぅ………そ、そうだ簡単なことじゃないか。ひ、火祭のことを彼女だと思って。彼女にしてあげるように……。


「……いい試合だったよ。この調子で次も頑張って」


火祭の頭を優しく撫でる。サラサラの髪がまるで絹のように滑らかで最高の触り心地。手の平に伝わる触感がどことなくこそばゆくて気持ちいい……っ、女子の髪ってこんな手触りのいいもんなの?


「ん……」


火祭も目を閉じて、トロンとした表情を浮かべている。ヤベ、これエンドレスでしていられるわ。火祭の髪の毛やわらけー。サラサラで柔らかいってどゆこと? 神秘だよ。あぁ……なんかこっちも癒されるわぁ……。うわっ、もうこのまま抱きしめたい。なんだろこれ? すげー落ち着くような幸せに満ちたこの気持ちは……これが頭ナデナデの威力なのか……!


「ん……」

「……っ、はいおしまい!」


あ、危ない。これ以上していたら理性がぶっ飛んでいたかも。永遠に撫で続けていたかもしれん。人の心奪うなんてすごいです。


「……えへへ」


顔を真っ赤にして火祭が幸せそうに微笑んでいた。ぬあぁっ!? そんな笑顔されたら悶え死んじゃうって! つーか俺も顔真っ赤だし!? 顔が熱いんだけどぉ! 嬉しいと恥ずかしいがミックスしちゃって顔が沸騰するぐらいに熱いぃぃ!


「こ、これで良かった?」

「……もっと」

「へ?」

「も、もっとなでなでしてくれない……?」


えぇ!? あかん。あかんよ、火祭さん。こーゆーことは本来、彼氏とかにやってもらうものなの。ただの友達がやっていいものではございません。というかこれ以上したら俺が持ちませんって。完全に火祭にメロメロになってしまうよ!


「も、もう無理です。これ以上は彼氏さんにお願いしなさい!」

「えー……」


だ、駄目だぞ俺。もっと火祭をなでなでしたいだなんて思ったら駄目だから。あああああぁっ!? でも名残惜しい……い、いや駄目だって、これ以上は………ん? なんか……周りから視線、いや死線を感じるんだけど……。気づけば俺達を囲むように男どもが集まっていた。そしてもれなく全員が俺を睨んでいた。


「あ、あいつ許せねぇ」

「堂々と桜ちゃんの頭をなでなでするなんて何様だ!」

「桜ちゃんは僕ら皆のアイドル。独り占めするとは万死に値する!」


うおぉっ、火祭のファンクラブ(非公式)の皆さんから黒いオーラが見える。妬み、恨みの憎悪が俺に注がれている。今にも俺に向かって飛びかかってきそうな勢いだ。これヤバイかも。


「兎月……マジで殺す」


あ、クラスメイトの友達も睨んできているわ。友を殺すつもりか。


「兎月! 許さない!」


なぜか山倉もいるし。お前も火祭ファンクラブ団員だったの? うわぁ、なんか俺が悪い奴みたいになってるし。別に火祭のお願いをきいただけであって俺がしたかったわけじゃないのに。ちょっと何なのこれ?


「ねぇ、もっと……」


そんな周りに一切気づかず再度お願いしてくる火祭。なんか火祭のキャラ変わってきているし……。この状況、どーしたらいいんですか!? じりじりと距離を詰めてくる猛獣達。憎い、ただそれだけの感情を俺にぶつけてきやがる。


「まずは奴を桜ちゃんから引き離す。その後は全員でリンチってことで」

「了解」


あ、ボコボコにされる。もう何なのさ、火祭の頭を撫でただけじゃん。火祭って人気あるんだな。再々認識したよ。


「かかれ!」


その合図とともに火祭ファンクラブが一斉に突進してきた。誰しもが俺を睨んでいる。あ、終わった……またいつかの不良みたくボコボコにされちゃう。もう駄目だ、そう思って目を閉じた時、


「待ちなさい!」


一人の救世主が現れた。声を張り上げ場を一気に沈めた。静まり返った中心部に立つ人物、それは水川だった。水川が俺の前に立って両手を広げていた。まるで俺を守るかのように。


「なんだよ水川! なぜそいつをかばう!?」

「山倉、アンタは黙ってなさい」


み、水川が俺をかばってくれた。おかげでファンクラブの皆さんもひとまず止まってくれた。しかしまだ威嚇してくる。なんとか気持ちを抑えているって感じだ。今にも襲いかかってきそう。み、水川。どうしよう?


「皆さ……自分勝手だよ」


へっ……水川? 声が震えてるけど? 水川の方は震えていた。小さく震える姿が目に飛び込んできた。


「今は桜を受け入れているけど三ヶ月前はどうだった? 避けていたじゃない」


三ヶ月前……まだ火祭が恐がれていた頃か。


「喧嘩が強いからって狂暴だと勘違いして避けていたでしょ。今みたいな態度じゃなかったでしょ!」


「それは……」


ファンクラブの奴らも声が小さくなった。誰もが気まずげに目を伏せる。え、この空気……シリアス? いつの間にシリアス?


「でもね、兎月は違った。兎月だけは違ったんだよ。桜と普通に接していたよ。それに桜のイメージを変えようと必死に頑張ったんだよ! 不良にボコボコにされてもなお頑張ったんだよ! ただ桜のために……!」

「……」


火祭が俺の手を握ってきた。……思い出したのかな……あの頃のことを………皆に恐がられていた頃のことを……。今でも覚えている。火祭に学校で宿題を手伝った時、偶然会ったクラスメイトとその部活仲間の態度。火祭を見るなり顔を引きつらせて逃げたあの怯えた顔。そして陰でいい加減な悪口。そんなイメージを変えようとして始めた挨拶活動。それも最初は火祭を見るだけで恐がって無視していた奴らばっかだった。……今でこそ火祭は人気者だ。こうやってファンクラブができるほどに。それは火祭自身が頑張ったから。俺はそう思っている。けど、どうやら火祭本人と水川は違うみたい。


「兎月が桜を変えてくれた。兎月が皆の持つ印象を変えてくれた! 皆が桜をそんな風に思えるように変えてくれたのは兎月だよ? ぐすっ、その兎月を、桜とイチャついたからって……恨むのは、ぐすっ、間違ってるよ。自分勝手だよ……うぅっ~」

「み、水川!? な、泣かないでよ」


分かったから、水川の言いたいことは分かったから。だから泣かないで。あなたが他人のことで涙することは知っているからさ。俺が火祭を変えたって言うけど、俺からしてみれば水川だって火祭を変えてくれた一人じゃないか。だからこうやって火祭のために泣いてくれているんじゃないか。顔をうずめる水川にそっと寄り添う火祭。場の空気は一変、気まずげな雰囲気が流れてきた。


「……その………」


水川の懸命な説教にファンクラブの奴らもすっかり落ち込んで、どことなく気まずそう。目を伏せて何も言葉が出ない様子。さっきまで大人数でギャーギャー喚いていたくせに。まあ水川の言ってることは正しいと思う。前まで無視していたくせに今は手の平を返したようにわらわら寄ってきて。俺的には火祭の印象が変わって良かったなと思う一方でふざけんなとも思っていた。都合のいい奴らだなコノヤローって感じだったよ。でも火祭の本来の姿を見たら、そうなってしまうのもなんとなく分かる気もするから言わなかったけど。とにかくこいつらの自分勝手な行動に俺はムカついていた。そして水川も。


「水川……ごめん。兎月もごめん。それに……火祭さんもごめん」


声がデカイというキャラを忘れて山倉が細々した声で申し訳なさそうに頭を下げてきた。それに続いてファンクラブの皆も次々に謝罪してきた。俺達三人を囲むようにして全員が頭を下げている。ちょ、頭なでなでしただけでここまでの事件に発展しますかね!?


「まあ俺はいいけど……火祭も大丈夫だよな?」

「うん」

「ひっく、私も……分かってくれたなら、いい」


水川もやっと泣き止んでくれた。水川って結構涙もろいよね。


「でもね」


ん? 火祭がギュッと俺の手を強く握ってきた。力強くそして優しく。


「もし君が誰かに危害を加えられそうだったら私はもう一度『血祭りの火祭』になって君を守るよ」


う、うおぉ……火祭がいつか見た闘気オーラを纏う。今日は色々なオーラを見れる日だな。



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