第69話 白熱の三回戦
「では三年七組対二年二組の試合を始める。出場選手は小グラウンドに集合しろ」
男教師がラウドスピーカーで叫ぶ。うるせえ。んなもんなくても十分聞こえるっての。パス回しをしていた我ら二年二組チームは足を止める。そして各自、屈伸したり、腕を回したり、空を仰いだりとなんらかのアクションを起こしている。なんだよお前ら、何をすましているんだよ。
「……よし。行くぜ野郎ども!」
「おう!」
チームメイト全員がキメ顔で歩きだす。ちょっとギャラリー増えたからってカッコつけすぎだろ。完全に周りを意識しているチームメイト達。カッコつけているのが見え見えだ。なんつー奴ら。さっきの練習の時も、どーも集中が散漫していた。おいおい、勝つ気あんのかよ。いやまあ勝てばさらに注目が集まるから絶対勝とうと思っているだろうけどさ。
「兎月ぃ」
「ん? おぉ、マミーじゃないか」
「マミー言うな」
カッコつけチームメイトに続いてグラウンドに行こうとしたら、後ろから声をかけられた。振り向けばそこには水川がいた。そして、
「おっ、火祭も一緒か」
「うん。久しぶりだね」
「そうだなー、久しぶ……ん? 何を基準で久しぶり?」
とにかく水川の隣には火祭もいた。ちょいと赤みがかった長髪が風に揺れてキラキラとなびき、端麗な小顔とアーモンド形の可愛らしい瞳がこちらを見つめる。その姿にキュンとしてしまうのはどうしようもない。純情だもの、ドキッとしちゃうって。
「どしたの二人して」」
「兎月の応援に来たんじゃん。ねー、桜」
「う、うん。その……頑張ってねっ」
おいおい!? こんな美少女二人から応援されたら超テンション上がりますよっ! ぐううぅ、ニヤケ顔になりそうなのを懸命に我慢。
「ああ、勝ってくるぜ」
はれれえぇ? 俺もカッコつけてもうた! 俺もあいつらと同類かよ。でもやっぱ可愛い女子の前ではカッコつけたいよね。純情だものぉ!
「おい兎月、早く来いよ!」
「あ、うん今行くー。じゃ、試合頑張ってくるわ」
水川と火祭に別れを告げ、チームメイトに追いつく。ん、何その嫌そうな顔は。遠藤がしかめ面でこっちを睨んでくる。なんだよ?
「春日さんだけでなく火祭さんと水川さんまで……。兎月っていつからモテモテになったんだよ」
いや、モテモテじゃねーし。三人とも普通に仲良い友達でしかないっての。悲しいけどさ……春日にいたっては主従関係だから。モテモテじゃないからぁ。
「ほら試合始まるぜ。集中しよーぜ」
グラウンド中央に並び、相手も整列。互いに向き合ったところでサッカー部の審判が大きく手を挙げる。
「互いに整列、礼!」
「しやーす」
相手は三年七組、スポーツクラスだ。スポーツクラスだけあってガタイのいい奴がずらりと並んでいる。三年生だけあって体格も俺達二年より一回り大きい。こんな奴らに勝てるのか? とてもじゃないが勝てる気がしない。
「はっ、二年か。こんな奴らに負けるはずがないぜ。ちゃっちゃっと終わらせようぜ」
うわー、負けフラグ立ててくれたよ。そんなこと言う奴に限って負けるんだよな。なんだろ、なんか勝てる気がしてきた。
「試合開始!」
ピーッとホイッスルが鳴る。フィールドに散らばる我ら二年二組の勇士五人。サッカーと言っても、九人ではなく五人でするフットサルみたいなやつで、前半後半十五分ずつの計三十分の試合だ。試合時間三十分とはいえ現役ではない俺にとっては十二分にキツイもんです。
「へいへい!」
「ボール回していこうぜ」
「楽に楽にー」
軽快なパスワークを見せる三年七組。やはりボール回しは上手く、さすがスポーツクラスあってフットワークが軽やかだ。あっという間にゴール前まで持っていかれ、
「シュート!」
ネットが揺れ、笛が鳴る。開始三分でゴールを決められた。やっぱ強いわな。 さすがはスポーツクラス、あんな台詞を言うだけのことはあるみたいだ。
「ドンマイドンマイ! まずは1点返していこーぜ」
すると勝手にドリブルしだしたチームメイトの一人。おいおい、すぐ取られるぞ?
「あぁ!?」
予想通り、すぐにボールは奪われ相手のカウンター攻撃。そして、
「はい2点目ー」
か、開始五分で2対0……。もう敗色濃厚じゃねーか! さっきの相手の負けフラグはどうしたぁ!?
「個人プレーすんなよ!」
「一人でカッコつけんな」
「だ、だって火祭さんが見ているんだぜ。カッコつけたいよ……」
「お、俺この前フラれた……」
あーあーもう仲間割れしだしたよ。最後の一人にいたっては単なる私情だし。
「まだ始まったばっかりだろ。まだまだ挽回出来るって。パス回していこうぜ」
しょーがない、俺がまとめないとな。
「そうだな。兎月の言う通りだ」
「チームワークで勝利を掴もうぜ!」
「おー!」
「フラれた……」
一人まだ傷心中だが、まぁ上手くまとまった。うん、皆で力を合わせれば何とかなるはずだ。とりあえず1点返していこう。これ以上点差を広げられると厳しい。
「うしっ、慎重にいこう!」
ボールを受け取り、前を見る。とはいえスポーツクラス相手。どいつもこいつも構えが慣れている。サッカー経験ないにしろ、運動神経だけで十分に強敵だ。運動神経の良い奴は周りがよく見えている。周りがよく見えているということはサッカーにおいて一際大事なことだ。攻めるのはなかなか難しそう。うーん、どうしたもんか。
「兎月、ファイトー!」
ん、この声は……水川だ。グラウンドの横で水川と火祭がこっちを見ている。手を振って応援してくれている。おおぉ、嬉しい。
「頑張れー」
火祭が応援してくれている。なんかすげー力が湧いてくるよね。テンション上がってきたぁ!
「勝ったら桜がデートしてくるよー」
!? で、デート……? 火祭と……デート!? で、デー………デートだとぉ!?
「ま、真美!?」
「しゃああぁぁぁっ!」
俄然やる気出てきたぞ! 体中からエネルギーが溢れる!
「やったるでぇっ!」
「と、兎月? パスは……」
知るか! 俺一人で十分だ!
「な、なんだこいつ?」
「すごいスピードだぞ!?」
デートのため……ただそれだけのために。俺はボールを蹴り、グラウンドを走り抜ける。加速よくドリブルして強行突破! まずは二人抜いて続いて目の前にはまた二人。
「一人スカイラブハリケーン!」
「なんだよ一人スカイラブハリケーンって!? 無理だろ!」
相手がツッコミ入れてるうちに二人をドリブル突破。その程度のプレスで俺が崩れると思ったか。甘いわ。四人を抜き去り残すは一人。うろたえている姿を確認した時点で勝利を確信した。腰が浮いてるぜ? それで俺の動きについてこれるかよ!
「くっ、こいつ……!」
「おらぁ!」
ラスト一人を抜き去り、目の前のゴールはガラ空き。そして俺はフリー状態。これで外すほど俺はヘタレじゃないんでね。
「もらったぁ!」
華麗にシュート! そしてゴール! 奇跡の五人抜きだぜ!
「しゃあ! これで1対2。皆、まだ逆転出来るぞ!」
やったぜ、俺やったよ! ……ん? どした皆。もれなく全員ひどく苦い顔してるけど……?
「ちょっと待てよ兎月。なんだ今の……完全に個人プレーじゃねぇか! チームワークで頑張ろうって言ったばっかりなのに!」
ぐわっと牙を剥くチームメイト達。遠藤なんて睨んでくるし。一人だけ活躍した俺がそんなに憎いのかよ。お、落ち着けって。1点取ったんだから結果オーライじゃないか。
「火祭さんがいるからってカッコつけやがって!」
そ、それは仕方ないでしょ。カッコつけて何が悪い! 男はカッコつける生き物なんだよ。
「火祭さんにフラ」
「それはもういい!」
「負けた……」
普通に負けた。2対3とかなりいい勝負したんだけど負けた。俺は2点も決めたけど負けた。もう、その……負けた! くぅ~、接戦を制せなかった。
「惜しかったな、将也。ま、三年のスポーツクラス相手によく健闘した方だよ」
何やら米太郎が慰めにきた。
「はぁ……膝の故障さえなければ……」
「さっきの俺状態になってるぞ!?」
米太郎にしては珍しくまともなツッコミをしてきた。いつもボケるだけのくせして。お前にツッコミを入れるのも疲れるが、ツッコまれるのはそれ以上に苦痛だ。こんな非常識野菜馬鹿に言われるとムカつく。はぁ、あと少しで勝てたのになー。あと少しで……でぇとぉだったのに。
「兎月ぃ」
あ、水川と火祭がこっちにやって来た。せっかく二人が応援してくれたのに勝てなくて面目ないです。
「あ、マミーと火祭」
「マミー言うな佐々木ごときが。お前は黙ってろ。そして消えてちょうだい」
「す、すいません」
水川って米太郎に対しては当たりキツめなんだよな。もしかして米太郎のことが好きだったりして!
「み、水川さー、俺に対してだけキツい態度だよな。……もしかして俺のことが好きなんじゃねーの!?」
「それは本当にない」
俺の勘違いだった。こんな冷えきった目をした水川は見たことない。すっげぇ拒絶オーラを出している。米太郎のことを本気で嫌がっている。冷水の睨みを放つ水川を見ているとこっちまで辛くなってきた。てことは米太郎はそれ以上に……
「将也ぁ……俺フラれたよ」
「ドンマイ」
泣く米太郎の肩を叩いてやる。お前もそんなマジで好きじゃないだろうが。普通に友達だろ?
「試合、惜しかったね。でもカッコ良かったよ」
火祭が慰めてくれた。カッコ良かった? それは嬉しいな。火祭に言われると超嬉すぃ。
「あともうちょいで勝てたんだけどなー」
火祭がデートしてくれるって言うからかなり気合入れて頑張ったけど……うぅ、駄目でした。悲しい。負けた以上に悲しいです。
「ぐあ~、デートはなしか……」
「そ、それなんだけど……よかっ」
「将也ぁ、バレー見に行こうぜ! もうおっぱいバレーを拝まないと俺はやってけねぇよ!」
おいおい米太郎? 俺と火祭の楽しい会話を邪魔してんじゃないよ。手を引っ張るな。
「ごめん火祭。またあとでなー」
火祭との会話を強制終了された。ムカついたので米太郎にグーパンチ。あ~、勝っていたらデートだったのに……くそ~。
「……行っちゃった」
「桜っ! どうしてデートしようって言わなかったの?」
「佐々木君が……」
「ちっ、あの馬鹿お米太郎が……空気読めよ!」
「ぶえっくしょい!」
「どした米太郎?」
「変なクシャミが出た。きっと誰か可愛い子が俺の噂をしているな」
「なんで可愛い子限定?」