第65話 伝え伝わるもの
誰もいない廊下を全速力で走り抜ける。風が肌にぶつかり、そして掻き消す。空を切り抜けつつ携帯を取り出してプッシュ。
『もしもしー』
「駒野先輩ですか? 兎月です」
階段を一気に下りる。五、六段分の衝撃が両足にきたが何のこれしき。そのまま勢いに乗って走る。途中、先生らしき人から何か言われた。が、そんなの関係ない。正しき注意を無視して廊下を疾走。
『なんだよ、兎月かー。俺、今からカラオケ行くんだけど』
「受験勉強はいいんですか?」
『テスト終わった日ぐらい遊ばせろボケェ』
そりゃそうですね。
『で、何か用か?』
「そこに金田先輩いますか?」
下駄箱で靴に履き替える。鞄を教室に置いてきてしまったが、どうでもいい。携帯がバレてもいい。とにかく、とにかく……とにかく急いで春日の所へ行きたい。駆けつけたい! その気持ちがさらに自分の中のエンジンを吹かす。足が勝手に進む。心臓が跳ね上がる。
『金田は、いねーぞ。あいつは確か彼女……あ、違う、婚約者か。その人の家に行くって言ってたぞ』
春日の家か……。超都合良いぜ。目的先も分かった。後ろから聞こえる教師の叫び声なんて知ったこっちゃない。
「ありがとうございます。どうぞカラオケ楽しんでください」
『ちょ、待てよ兎月。お前元気で』
ピッと通話終了。すんません先輩。これ以上話してる暇はないんで。春日の家か。一回行ったことあるから場所は分かる。さて、どうやって行こうか……。
「そこの君、校内で携帯を使うなー!」
背中にぶつかるのは教師の警告。そりゃ校内をビーダッシュで走り、さらには堂々と携帯で電話していたら目につくよな。ここで捕まって職員室で説教……なんて時間のロスは絶対にしたくない。今は一秒も惜しいんだ。いち早く春日と会いたい。春日に俺の気持ちを伝えたい。ケジメをつけた俺の本当の気持ちを!
「こらーっ!」
「どこのクラスの奴だ。今すぐ止まりなさい!」
声が二つになった。大人しくテストの採点していろよ。何人も出てきやがってさ。ちっ……さて、自転車もないこの状況。走って逃げ切るしかないみたいだ。上空で輝く灼熱の太陽がどれほど体力を奪うのか……春日家に着くまで俺の体力がもつのか……正直不安だが、やるしかない。教師を撒きつつ春日の家へ向かうことに。業火のように照り返し光るグラウンドの向こう正門に視線を据えて、さあ逃走スタート。
「うおおおおぉぉ……って、うおおおぉぉぉっ!?」
全力ダッシュ六歩目のところで異常事態発生。後ろから教師が来るのは分かる。しかし前から……正門から一台の車が突進してきた。ぐぅおおおぉぉっ、やべえマジかよ!? ちょっと校則違反しただけで車を使ってでも追いつけるのかよ。思わず急ブレーキ、グラウンドの中心地で止まってしまった。そして車は勢いよくドリフト。激しい轟音を撒き散らして地面に荒々しい線を描き、俺の真正面にピタリと静止した。車と後ろから教師……挟まれた。くそっ、なんて執念だよ教師ども。だが、まだこの程度で諦めるわけにはいかない。まだ俺は本当の気持ちを春日に伝えていないんだぁ!
「到着~」
目の前の車と後ろの教師どもの双方相手にどう切り抜ける頭を悩ましていると、軽いノリの声とともに窓が開き、さらなる衝撃が……なっ!
「菜々子さん!?」
「よっ、私の可愛い後輩く~ん」
車の運転席には昨年の生徒会長である菜々子さんがいた。茶色のショートな髪を揺らしてニッコリ微笑む菜々子さん。この人は元生徒会長……そして、米太郎のお姉さん!
「な、なんでここに菜々子さんが? え、ちょ、ていうかなぜこのタイミングで!?」
てっきり教師が乗っていると思ったのに……つまりこれは教師達のコンビネーションの賜物じゃないんだ。後ろをチラッと見れば、教師達のうろたえた表情。あちらさんも、いきなり謎の車の強襲に面食らったようだ。狼狽しているのがよく分かる。
「早く乗って。急いでいるんでしょ?」
え……な、なんでそれを?
「さあ早く!」
「は、はい」
「しっかり捕まっていてねっ」
後部座席に飛びこむ。と同時に菜々子さんはアクセルを踏み、砂埃を盛大に撒き散らして学校を飛び出た。バックミラーを覗けば教師達のアホ面が………砂塵で何も見えない。
「バレてないといいけどね~。元生徒会長が車で母校を襲撃! なんてスクープ記事が翌日の朝刊に載らないことを祈りましょうっ」
のんびりと軽くそんなことを口ずさみつつ車を走らせる菜々子さん。スピードかなり出ているけど……いやさっき乗りこむ瞬間にさ、初心者マーク見えたから……だ、大丈夫?
「ってそれより菜々子さん!? ど、どうしてここに?」
今は大学生で忙しいはずじゃ……この前カラオケで偶然会ったけどさ。
「ふふっ、可愛い後輩のためなら、どこへでも参上するのが先輩ってもんでしょ」
「はあ……」
相変わらず自分のペースを作るのが上手い人。思わず何も言い返せなく力を持っているんだよな……。
「なんてね。本当は米太郎から連絡があったの。で、将也君を迎えに来た」
っ! 米太郎……ホントあいつには助けられっぱしだな。明日は福神漬けとたくあんのセットを納品しなくては。グングンとスピードを上げる菜々子さん。学校があっという間に見えなくなった。
「で、今からどこに行きたいの?」
「あ、はい! このまま真っ直ぐ進んでください」
「……ふ~ん」
と、バックミラー越しにこっちを見る菜々子さん。すごいジロジロと観察してくるんですが……あ、あの?
「どうかしましたか?」
「うーん。米太郎が、最近将也君がとっても元気なくて精神が壊れかけているって言ってたの。話していても全然面白くないって。だからどれだけ落ちぶれたのかと思っていたけど……うん、大丈夫。将也君とっても良い顔しているよ。私の知っている真っ直ぐで明るく元気な将也君だよ」
「……はい」
「このまま進んでいい?」
「はいっ!」
このまま真っ直ぐ……もう曲がったりしない。気持ちを曲げて嘘をついたりなんかしない。真っ直ぐな思いを貫き通してやる!
菜々子さんのちょい危なげな運転で走ること十分。目の前には見事な鉄の門が威圧するように立ち塞がっていた。
「……やっぱデカイな」
目の前には超デカイ豪邸が。春日家に到着したのだ。前来た時は夜だったから昼の今はまた違う印象を受ける。とりあえず言えるのはデカイってこと。思わず身構えてしまう。
「ここでいいの?」
「はい。ここまで送ってくれてありがとうございます」
「礼なら私より米太郎に言ってあげてよ。じゃ、今からバイトだから。事情は分からないけど将也君なら大丈夫。頑張ってね」
ニコリと微笑んで菜々子さんは颯爽と去っていった。……本当にありがとうございました。この気温の中、教師から逃げてここまで走ってきていたら途中で倒れていたかもしれない。うしっ、体力も気合いも十分。全力を持ってぶつかってやる。
「とはいえ……さて、ここからどーしましょ?」
普通にピンポーンとインターホンを押しても庶民の俺なんかを入れてくれるはずがない。さらに金田先輩に見つかれば即アウト。と、なると……最初から考えていたけど侵入しかないよねぇ。
「しかし……どっから侵入すればいいんだろうか」
重厚な鉄の門と二メートル近い壁。敷地内に入れば警報がウーッって鳴りそうな雰囲気だ。ヤバイって、俺ルパンじゃないもん。侵入なんて無理だって。ハイラル城になら何度も侵入して姫様と密会したけども……あれはゲームで、これは現実。しかもゲームと違ってコンテニューは出来ない。でも……春日に会うためにはやるしかないっしょ!
「行くぜ!」
決意はさらに固め、鉄の門に手をかけた瞬間、
「あの」
こ、後方から声が……!
「うひゃあああぁぁぁっ!? す、すいません! 決して不法侵入じゃなくて、ちょっとボールを拾いにいいぃぃ!」
ウルトラC級の大技、即半回転ひねりジャンプ土下座を繰り出す。ぐっ、侵入前から見つかってしまった。ゲーム開始前にゲームオーバーになってしもうたぁ!
「いえ、あの……兎月様ですよね」
「へ?」
顔を上げればそこには眼鏡をかけた礼儀正しそうな男性。春日家の運転手の、
「前川さん!?」
「どうして兎月様がここに?」
「実は……」
前川さんに俺の決意を告げる。すると前川さんの表情は安堵でホッと緩んだ。そして嬉しそうに微笑んでくれた。
「兎月様ありがとうございます。どうか恵様を……また恵様に笑顔を……」
「それは分かりません。俺はただ自分の本当の気持ちを伝えるだけです。それで春日がどう返すかまでは分かりませんので」
俺の気持ちを伝えて春日がどう感じるか、どんな返事を返すかは分からない。それはそうだ。俺も春日も自分の思いを口にしなかったのだから。互いに無視していた。それがこの状況を作ってしまったのかもしれない。
「それで十分です。恵様は自分から言えないだけで、兎月様が言ってくれれば恵様も素直になってくれるはずです」
春日が素直に、ねぇ。だといいのですがね。
「あっ、そこでなんですけど……どうやって侵入したらいいですか?」
「侵入? 中に入るのでしたら……」
「この廊下を右に曲がったところの一番大きな扉の部屋にいるはずです」
前川さんのおかげで堂々と門から侵にゅ、じゃなくて進行できた。家の中に侵にゅ、じゃなくて入ったけど……なんつー広さだよ。学校みたいに長い廊下だなおい。有名な画伯の絵が飾ってある廊下をコソコソと歩く。今のところ誰にも会っていない。てっきり中はメイドやお手伝いさんがわらわら働いていると思っていたけど、そうでもないらしい。皆さん、お買いもの、お洗濯、お料理、お掃除、お寝んねで忙しいのだろうか。お勤めご苦労様ですってことにしておこう。
「こっちですね」
コソコソと無人の廊下を壁づたいに忍び足で歩き抜ける。後ろを歩く前川さんが道を案内してくれている。
「今は旦那様と恵様と秀明様のお三方で話し合いをしていらっしゃるはずです」
春日父と春日と金田先輩ね。こりゃやっぱ都合がいいかも。春日父か……正直あの人のことはかなーり苦手だ。けどやるしかない。腹括りましょうかね、ヘタレなりに。そして廊下の端まで来た。あとはここを曲がれば目的の部屋に到着する。ふぅ、我ながら馬鹿だったな。こんな立派なお屋敷を一人で攻略しようなんて。うしっ、ここまで来たらあとは俺次第だ。やってやるぜ。
「ではお気をつけて」
「ありがとうございます。それじゃあ行ってきます」
「どこへ行くのですか?」
えっ? 何今の声……? 前川さんが言って、俺が受け答えて、違う人が質問してきた。あ……つまり誰かいる……ぬあっ!?
「ただ今、お坊ちゃまは大事なお話をされております。すみませんが静かにしてもらえますか」
曲がった先、扉の前には燕尾服を着た初老の男性。キチンと整えられた服装と姿勢、何を思うわけでもない無色の瞳でこちらを見つめるその姿はまるで門番のようだ。この人は確か……そうだ、金田先輩についていた執事の人。名前は……中井さん。金田先輩の執事、中井さんが扉の前に立っていたのだ。
「あなたは恵様のお知り合いの方でしたね。どうしてこちらに?」
至って冷静な態度で尋ねてくる中井さん。おいおいおいおい、こっちは冷静じゃないっつーの。もれなく頭の中でエンカウントの音が流れているんだから。こちらの返事を待っているのか、ピクリとも動かず中井さんはじっとこちらを見てくる。み、見つかってしまった。この人は金田家の人間。さらには金田先輩の執事。今回の結婚についてはかなり詳しいことを知っているに違いない。実際、金田先輩が春日に結婚の話をした時も隣にはこの人がいたのだから。ということはつまり、金田先輩にとって俺が邪魔な存在であり俺と春日が会わない方がいいということも分かっているはず。その俺がここにいるのだ。なぜ? そんなの簡単に理解が及ぶ。主人の妨げになる奴が目の前で唖然としているのを見過ごすほど、この人があまいとは思えない。となると下手な言い訳は出来ない。小細工も通用しそうにないしね。
「ちょっとある人に伝えたいことがありまして。すみませんが、そこをどいてもらますか」
「申し訳ございません。先程述べましたように、お坊ちゃまがこのお部屋で大切なお話をしておられます。中に入るのはご遠慮してもらってよろしいですか」
「嫌です。どいてください」
子供染みた言い方だろ? だって俺は子供だ。だから自分の思うように行動する。自分の決意は絶対に譲らない。もしそこをどかないって言うのなら……
「それは出来ません。誰一人として、お坊ちゃまの邪魔はさせませぬ。それが私めの務めですから」
「じゃあ力づくでどいてもらうしかないですよねぇ……!」
この人と遭遇してしまった時点で最初から話し合いで済むなんて思ってなかったよ。頭の中でエンカウントの音楽が流れたんだ。それはつまり戦闘の合図。なるほどね、中井さんは中ボスってわけだ。そしてこれはゲームじゃない。さっきからやたらと比喩しているが、それは本当にただの比喩。ここからどうなるかなんてプログラムで決まっていない。それは俺が決めるのだ。俺自身が決めて俺自身が行動する。そして俺は決めた。春日に会うと! だからこんなところで足止めを食らうわけにはいかないんだっての!
「こちらは春日様のご自宅。あまり派手に暴れるわけにはいきませんが」
「だったら素直にどいてくださいよ。静かにしないといけないんでしょ?」
「……そうですね」
無色の目が閉じ、一瞬だけ中井さんが微笑んだ。そう、一瞬だけ。次に目を開いた時には微かに開いた細目から覗く赤く燃える鋭光が俺を貫いた。
「申し訳ありません、お坊ちゃま。少々うるさくなります故」
姿勢正しく直立していたのがフラリと前屈みになる。腰を据え、両腕を前に構えた途端、一気にオーラが変わった。威圧をするかのように一歩、また一歩と近づくその姿は門番というよりまるで番犬。薄く伸びた口から吐かれる息が唸っているように圧迫してきた。おいおいおいおいおいおいおいぃ!? 何よこれ。なんだあれ、番犬じゃないかよ!? 対してこっちはヘタレ犬だぞおい!? やっべ、調子乗ってた。相手は老人だと思って完全に油断していた。完全に勝てると思っていたよ! こ、この人……できる。いやもう間違いないよ。俺でも分かるって、この百戦錬磨の気迫が。さすがは大金持ちの未来社長に仕えることだけはあるみたいだ。執事だけじゃなく、ボディーガードも兼用していたとはね。
「お坊ちゃま、すぐに済ませますので」
そう言い終えないうちに床を蹴った中井さん。コマ送りするかのように黒い物体が接近してきて気づけば目と鼻の先には中井さん。突き出した両手が大きく巨大な手のひらに見えて迫ってくる。急激なバトルシーン突入。そして早くも終わり。駄目だ、躱せない。そう思って目を閉じた。……あ、あれ? 痛くないぞ。あの勢いだと三メートルは吹っ飛ばれそうだったのに、どうし、て……なっ!?
「大丈夫ですか、兎月様」
「ぐっ、貴様は……!?」
ま、前川さん!? 俺の前に入りこんだ前川さんが中井さんを抑え込んでいた。な、いつの間に!?
「兎月様、ここは私にお任せください。兎月様は早く部屋の中へ」
うぬぅ、と重低音の唸りとともに中井さんを押し返す前川さん。体から溢れんばかりのエネルギーを感じるよぉ!?
「なるほど、あなたが『日輪の守り手』の異名を持つ前川殿か。噂は存じております」
「そちらも『番犬・金獅子』ではありませんか。お初にかかります」
な………何これぇ!? えええええぇぇぇっ、何このバトル漫画的展開は!? ち、違うって、こんなことになるなんて思ってもいなかったんだって! 突然、達人の風格を漂わせだした執事と運転手の初老二人。ふ、二人とも有名な武人だったのかよ。
「よしてください、それは昔の名。今はただの専属運転手ですよ」
「ただの運転手にしておくのには惜しいですな。ひとつ手合せ願いたい」
睨みあったまま静止する猛者二強。お、俺はただ自分の気持ちを伝えに来ただけなのに……なんでこんあことに。いやいや、もうこの二人に俺のことは見えてないようだ。か弱い高校生男子を置き去りに強者老人二名は同時に飛び上がる。
「はっ!」
「ふっ」
二つの巨大なオーラが爆発したように感じた。ぶつかる両者。そして両虎は拳を交わしつつ長い廊下を高速で駆けていった。
「ここは私が食い止めます。兎月様、あとは頼みました!」
そう叫んで前川さんと中井さんは廊下の端へと消えていった。な、何よあれ……。一人廊下に取り残された俺は一体……いや違う! これでいいんだ。
「……よし」
すぐ傍には春日達がいる部屋の扉。………ここからが本番だ。俺の闘うべきフィールドはこの先にある。ここまで来るのでさえ大変だったのに、この向こうはさらにキツイと思う。嘘をつかず自分の気持ちを言えるかどうか……。いや、絶対に言わなくては。そうでないと自分自身が許せない。それにここまで俺を導いてくれた皆に申し訳ない。俺だけじゃここまで来れなかったのだから。身を挺して闘ってくれている前川さん。気持ちに気づかせてくれた米太郎。他にも駒野先輩、水川や火祭そして菜々子さん。皆いたからここまで来れたんだ。決意できたんだ。頼りある仲間のおかげで俺は今ここにいるんだ。……ん? 何この主人公な感じ。俺って主人公!? おいおい、調子こいたらいかんよ。俺ってどー見ても脇役キャラなんだから。
「さて、行きますか」
正直マジ怖ぇ……! 勝手に家の中入っちゃてるし、その家の主とご対面。さらにはとんでもねぇ発言するつもりだからな。父さん、ごめん。父さんクビになっちゃうかも。許してね。
「………だから……」
「それ……お………き…」
ん? 何やら声が聞こえる。扉の向こうから話し声が聞こえてきた。春日父と春日と金田先輩が何か話しているのか。そっと耳を扉に近づけると、
「……り、結婚は……はく…」
け、結婚? ヤバイ、これは本格的な会話をしとる! 駄目だ、今すぐ言わなくては。ここで躊躇っている暇はない!
「ちょっと待ったあぁっ!」
ノックなんかしてられるか、突撃してやるよ。勢いよく扉を開けて、お邪魔します! 中央にテーブル、サイドにソファー……どうやら応接間のようだ。左手のソファーに座る春日の親父さんと春日。反対側には金田先輩がいる。三人とも驚いた表情でこちらを見つめ、静寂が部屋を支配した。さて、ここまで来たらもう後には引けない。全力で俺の気持ちを伝えないと。シン、と静まり返る室内。目を見開いた金田先輩はポカンとほうけている。今この状況が理解できていないようだ。
「貴様は……兎月か」
最初に口を開いたのは春日の親父さん。Yシャツ姿のラフな格好とはいえ、やはりオーラは大富豪。そしてライオンのように猛々しい双眸で俺を睨んできた。怖い。足が震えてきた。しかし意識はちゃんとはっきりしていた。頭が揺れそうなくらい血の巡りが悪いが、気持ちは鈍っていない。決意は固まったんだ。自信持って言うんだ!
「突然の襲撃、真に申し訳ないと思っております。ですが、どうしても春日に伝えたいことがありまして」
「恵に……?」
春日と目を合わせる。びっくりだと言わんばかりの表情。ま、そりゃそうだよな。春日のそういった表情、見るの久しぶりだな。最近は無表情と悲しげな顔ばかりだったから。
「なっ、君は……どうして君がここにいる!?」
一呼吸遅れて金田先輩が声を荒げてきた。
「すいません、約束破ってしまって。でも春日に言いたいことがあるんです。ちょっとばかし黙っていてください」
「なっ……!」
金田先輩がどんな表情をしているかは分からない。今の俺には春日しか映っていないのだから。両目一杯に映る春日……やっとだ。やっと春日とまともに正面から向き合えた。一月も前から出来なかったことがやっと出来た。やっと向き合えた。春日と……そして自分自身と。
「……春日」
「……」
春日は口を閉じたまま俺をじっと見つめる。微かに揺れる瞳は何を訴えかけているのか……それは分からない。そして春日も俺がこうやって見つめて何を訴えかけているか分からないだろう。だから言うんだ。はっきりと、そして素直に向き合った真っ直ぐな気持ちを。
「お前と最初にした会話、覚えているか?」
「……」
「アンタ今日から私の下僕になれ、だぜ? 冗談じゃねぇって思ったよ。初対面の人間に問答無用で鞄持ちさせるわ、パシリさせるわ。いつも無視するくせして俺が無視するとローキック。というか何かあったらすぐに暴力。とんだ理不尽暴虐女だと思ってたよ」
「……」
最初のうちはね。
「でもさ、なんだろ? そうやってパシリして理不尽な暴力を受けているうちに……春日と一緒にいるうちにそれが当たり前になってきてさ。……まあ単なる慣れかもな。そう考えると慣れって恐ろしいけど。とにかく、たとえ慣れであろうと何だろうと俺は………俺は……」
言うんだ……言うんだ俺! 今度はちゃんと自分の本当の気持ちを言うんだ! 春日に伝えないと! 俺がこの一ヶ月間ずっと言いたかった言葉を叫ぶんだ。もう嘘はつかない。もう逃げない。もう後悔しない。だから……だから! この伝えたかった思いを今ここで叫ぶんだ!!
「俺は…………俺は春日といるのがすげー楽しくなったんだよ。パシリ、暴力、そりゃキツイこともあるけどそれでも! 春日と一緒に登下校したり、昼ご飯食べたり、学園祭を回ったり……全てが、春日と一緒にすること全てが楽しくて仕方ないんだ!」
「……!」
「だから春日が結婚するって聞いた時、正直ショックだった。金田先輩に春日に近づくなと言われた時、正直嫌だった。春日にまとわりつく金田先輩が憎くて妬ましかった。このまま終わりたくなかった……まだ春日と一緒に学園生活を過ごしたいって思った! 俺は春日と一緒にいたい! これが俺の本当の気持ちだ」
言いきった……。もう全てをさらけ出した。嘘一つない俺の100%の気持ち。言いたかった本音、伝えたかった真実の気持ち。ごまかしたりしない、ただ俺が思う純粋な思い。
「春日……」
「……」
ずっと黙ったままの春日は俺から視線を外さない。その瞳はピタリと止まっていた。もう揺れていない。いつも見てきた無表情。そして……
「……私も……………兎月と一緒にいるのが………楽しい。これからもずっといたい……!」
いつも……いつも見てきた無表情が崩れて、本当の春日の笑顔が現れた……っ!




