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第64話 くすぶるハートにケジメをつけろ

七月の初め、夏がやってきた。通学路の坂道を登るだけで少し汗ばんでしまうくらいに気温が高い。連日30℃越えが続く中、今日は期末テスト最終日である。


「来週はクラスマッチだ。忙しいスケジュールだとは思うが、夏の暑さに負けずに頑張ってくれ」


担任のありがたーい話を聞いて、ようやく期末テストから解放された。


「しゃっ、やっと終わったぜ。部活が俺を呼んでるよぉ!」


隣で米太郎がキャーキャーと騒いでいる。さっきまで机に突っ伏して「死んだ……」と呟いていたくせに。ちなみに俺も死んだ。赤点が三つはありそうだ。せっかく水川と火祭が教えてくれたのに……面目ない。


「将也、お前も部活行くか?」


キラキラ笑顔で米太郎が尋ねてきた。


「いや、俺はいいわ」


ボランティア部は俺が行かなくても水川がなんとかしてくれるだろう。部活に行くのもキツイし、どうでもよく感じてしまう。


「いいのか? 夏休みは近くの河川でゴミ拾いするんだろ。ちゃんと打ち合わせしないと」


あ、そうなの?


「ゴミ拾いするのか……」

「知らなかったのかよ。ボランティア部の活動を将也が知らなくて、どうして俺が知っているんだよ」


知らん。いいから弓道部行ってこい。大会頑張れよ。


「ま、いいや。じゃーな」

「じゃあな」


荷物をまとめて米太郎は教室から出ようとする。……もう帰ろう。何も考えたくないや。帰ってベッドで寝たい。でも最近眠れない。……普通に不眠症だったりしてな。


「……なあ、将也」

「ん?」


入口でピタリと止まる米太郎。急にどうしたの?


「部活行かないなら時間あるよな」

「ああ、まあ」











お昼休みはウキウキウオッチングの時間、つまり十二時なのだが。テストも終わって教室に残っているのは俺と米太郎だけである。俺は自分の机の上に、米太郎は教壇前の机に座っている。静かな教室に米太郎がたくあんを噛む音が異様に響く。


「……で、なんだよ?」


米太郎は俺と話したいことがあるらしい。白昼堂々とエロい話はしたくないな。でも二人きりでする話なんて限られてくるし、一体何を……。


「おぉ、そうだな。俺も部活行きたいし、ちゃっちゃっと話すわ」


よっぽどの内容だろうな。くだらなかったら許さないぞ。


「最近、春日さんとうまくいってないみたいだな」


……春日のことか。


「お前と春日さんが一緒にいるの一ヶ月ぐらい見てないぞ」


……はっ………そっか。もう一月も経つのか……春日と会ってはいけないと言われて。


「喧嘩してるのか?」

「喧嘩じゃねーよ」

「早く仲直りしろよ。春日さんにフラれるぞ」

「だから付き合ってないの」

「ふーん」


なんだよこいつは。米太郎は俺に背を向けているから表情が分からない。ただポリポリとたくあんを食う音だけする。背中に睨みをきかしても意味がない。視線を指先に落とす。春日……あっ……また視界がモノクロになってきたな。


「……つーか、もう手遅れだし」


今更春日に会うことなんて出来ないし、するべきでない。


「俺なんかが出来るは何もないし、何もしない方が春日のためにもなる」


金田先輩と春日の結婚は両家の問題であり、俺がとやかく首を突っ込んではいけない。そんなこと一ヶ月前から分かっていることだ。そんなこと一ヶ月も前から思い知っていることだ。そしてそうしたのも俺が原因だってことも一ヶ月前から悔やんでいることも……。


「知ってるか、米太郎。春日って婚約者がいるんだぜ」

「へー」

「その婚約者から俺は春日に近づくなって言われたんだよ。だから俺は春日と会ってはいけない。つーか会いたくもないしな」

「そっか」

「俺は春日の下僕でしかなかったし、それから解放されたんだし、何も悲しいことはないってわけ」


そうだ。何も悲しいことはない……はず…………。


「結婚だなんて勝手にしろって話なんだよ。俺は関係ないじゃん。それなのに金田先輩も前川さんも色々言ってきやがって。俺が何をしたってんだよ」


俺は一切関わらないから。それでもういいだろ。それで春日との関係は壊れたんだから。それで丸く収まったんだから。悔やむのは俺だけでいい。俺が引けば丸く収まったんだ。俺が何もしなければ。


「そーだったんだ」


たくあんを食い終えたらしく、米太郎は立ち上がる。ゆっくりと静かに入口へ向かっていく。俺はそれを見つめるだけ。教室が一瞬、静寂に包まれた。


「つまり将也は何もやっていないんだな?」

「ああ、そうだよ。何もしない方がいいのだから」

「なるほど。なあ、将也」

「ん?」





















「お前って本当にヘタレだったんだな」











………は?


「以前から思ってはいたけど、まさかここまでだとはな。マジでヘタレだよ、お前は」

「……馬鹿にしてんのか」

「ああ。お前すげー馬鹿だろ」


……米太郎に言われるとムカつくな。なんだよ急に。


「さっきから聞いていれば他人がどうのこうの言いやがって。うるせーんだよ」

「……お前マジで何なの?」


喧嘩売ってるようにしか聞こえない。マジでムカついてきたぞ。やけに米太郎の言葉が突き刺さる。いつも感じる冗談交じりのイラつきじゃない。本当に米太郎がムカつく。なんだよ……こいつ……!


「俺には関係ない? ならどうして駒野先輩に金田先輩のこと聞いたんだよ」

「は……?」


な、なんで米太郎がそれを知っているんだよ。誰にも言ってないぞ。


「駒野先輩も水川も火祭も皆お前を心配してるんだよ。俺もそうだったけど気ぃ変わったわ。お前みたいなヘタレなんてどーでもいいわ」

「……黙れよ」

「クール気取んな。中二かお前は」

「黙れよ!」


っ……なんだよ、なんだよお前は! 後ろを向いたまま言葉を発するこいつの背中が憎い。何も知らないくせに偉そうに言いやがって……。


「黙ってんのはお前だろうが。自分の気持ちも言えねーくせしてよ」


バッとこっちを振り向く米太郎。その顔にいつものヘラヘラした笑顔はなく、強面が睨んできた。黒く冷たく光る目が俺を捉えて離さない。


「俺には関係ない……そんなことを言ってお前は逃げてるだけだろうが。自分の本当の気持ちを言えてねーだけだろうが」

「……」

「周りがどうこうじゃねえ、テメーの本音はどうだって聞いてんだよ!」


っ……さっきから聞いていりゃ、勝手にベラベラと喋りやがって。


「るせえ……うるせぇよ! お前に何が分かるんだよ!?」

「分かんねーよ。お前が何も言わないから分かんねーよ! 俺も春日さんもなぁ!」

「え……」


春日、も……?


「テメーの本当の気持ちも言えねーくせして、ここでぐちぐち言ってんじゃねえ」


気がついたら米太郎が俺のすぐ傍に近づいていた。米太郎が異様に高く大きく感じた。思わず怖気づく。と、次の瞬間、


「っ!?」


左頬が弾けた。激しい痛みが衝撃となって体を突き飛ばし、床へと叩きつけられた。左頬、背中の二か所が痛い。がっ、げほぉ……こ、こいつ……殴りやがった……!


「が、がはっ、てめ……何すんだよ米太郎ぉ!」

「いい加減素直になれよ」


胸倉を掴んでも米太郎は眉一つ動かさない。噛みつく勢いで顔を近づけても米太郎は何一つ顔色変えない。


「はあ? 素直?」

「春日さんと別れて、どうだ? この一ヶ月楽しかったか?」

「……」

「お前が本音を言わないから本当のことは分からないけどな、俺の見る限りじゃ全然楽しそうじゃなかったぞ」

「……」


左頬がじんじんと痛む。異様なまでに熱を帯びた頬が微かに痙攣しているのが伝わってくる。痛い、ただ痛い。頬も痛いがそれ以上に別の部分が痛い。……米太郎の言葉が心に突き刺さるように痛い。


「前に言ったよな。お前と春日さんがいる時、楽しそうに見えるって。お前だけじゃないんだよ。この一ヶ月、春日さん……楽しそうだったか?」

「……っ」

「お前だって気づいていたはずだ。お前と春日さん、同じ気持ちだったはずだ」


俺の手を弾いて、今度は米太郎が胸倉を掴んできた。やけに目尻が熱くなってきた。嗚咽が出そうになる。頭も胸の中もぐちゃぐちゃに描き乱れたように感じて気持ち悪い。


「取り戻すチャンス、あったんじゃないのか。お前が本当の気持ちを言う場面があったんじゃないのか?」


……確かに。まさに先週、それを言えるタイミングがあった。もしかして駒野先輩が金田先輩を強引に連れていったのは……俺のために……? そしてあの時、春日が聞いてきたのは春日も俺に言ってほしかったから……?


「……そうだな。でも………」


でも……もう遅い。その最後のチャンスも逃した。春日にさよならと言われた。もう間に合わない。


「もう遅いんだよ……」

「はいヘタレ馬鹿ー」

「がっ!?」


また米太郎に殴られた。しかも同じ左頬を。


「いってぇ……」

「このヘタレドアホが。もう遅いだぁ? そんなの勝手に決めつけんな」

「な、なんだと……?」


米太郎の双眸が俺を見下ろす。先程の冷たい目ではなく、何か訴えかけるような熱い眼差しが俺を貫く。


「少なくても! 火祭を助ける時のお前はもっと諦め悪かったぞ! あの時くらいの根性見せやがれ! 勝手に終了してんじゃねぇよ。あと一回くらい抵抗しようと思いやがれ」

「……!」

「ここで言い訳する暇があるなら、もっとやるべきことがあるだろうが。さっさと立てよ! 動けよ! 走れよ! 叫べよ! 自分の気持ちをよぉ!」


………くそ……くそくそくそくそくそぉ! ああああぁぁぁぁっ!


「っ、いいから離しやがれぇ!」

「ぬおぅ?」


ぜぇ、ぜぇ……あああっぁぁあっ、っしゃ! あ~、二回目のパンチは効いたっ。痛いとかじゃなくて心に響いた。一気に気持ちが吹っ切れた。さっきまで頭に血が登っていたけど今は冷めてきたよ。はっ、米太郎なんかに気づかされるなんて……一生の恥だコンチクショー。


「……ふぅ。マジで頬痛いわ。明日覚えとけよ、テメー」

「はいはい」


見上げればニヤニヤ顔の米太郎。こいつはホントに……最高だよ。なんかここ最近で一番元気出たわ。今なら空も飛べそうだぜ。立ち上がって米太郎に向けてグーサイン。


「サンキュー米太郎。気持ちに整理がついた。やっぱ部活は行けないや。ちょっと用事できたから」

「ったく、やっと目ぇ覚めたか。……行ってこい。お礼は福神漬けな」


米太郎もグーサインを返す。ったく、マジで馬鹿だろ俺。まだ間に合うんだよ。まだ伝えることは出来る。出来ることがあるなら行動しないでどうする。よし、完全にケジメついた。……行きますかぁ。






春日のところに!



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