第62話 皮肉な再会
「金田? ああ、知ってるぜ。同じクラスだからな」
食堂に通じる通路。その壁にもたれかかる俺の横で駒野先輩がズコーと音を立てて紙パックのジュースを飲んでいる。ガヤガヤと奥の食堂から賑やかな声がBGMとして耳に流れる。
「クラス一緒なんですか」
「同じ一組だぜ。金田は特に頭良くてな。H大を目指しているんだとよ」
へぇ、頭良いんだな。H大学って相当レベル高いぞ。この前、参考書見たけど全然理解できなかったもん。いやまあ俺は馬鹿だから当たり前か。とにかくH大はすごいや。かなりの秀才のようだ。さすが未来の社長さん。
「だから金田は勉強ばっかりしていたんだよ。ところが最近、何やら女の子と仲良くなってさー。クラスの皆もびっくり」
女子と仲良く……春日のことか。
「いきなりだったんだよなー。別に好きな女の子がいたわけじゃないのに、急に付き合うようになったんだよ」
「……へぇ」
「でもおかしいんだ。H大に行きたいからって彼女は作らないって言ってたのに、この時期になって突然。ガリ勉眼鏡の金田が彼女を作るなんて考えられない、とクラスは盛り上がっているのさ」
……なるほど。やっぱ金田先輩も親が決めたことだから無理矢理って感じなのかな? ……もし、春日が結婚を望んでいなかったら、それはまさに政略結婚。………いや、だから俺に何ができるってわけじゃないけどさ……。
「それにしても、どーして兎月が金田のことを知っているんだ?」
「え~っと……なんとなくです」
「ふーん。なんとなくとかで受験で忙しい先輩を呼び出すとは、お前も偉くなったもんだなー」
せ、先輩? 暴力はあきまへんって!? ジュースを持たない方の腕がフラリと頭上に……!
「手は出さねーよ。受験以外のことで体力使いたくないんだよ」
ゆっくりと下がる鬼の手。た、助かった。マジで痛いんだよ、この人のアイアンクローは。りんごを握り潰せるんじゃね?
「わざわざ俺を呼ぶなんて何かあったんだろ?」
「……い、いや特には? 別にどーでも良かったんですけどね」
「アイアンクロー!」
痛たたたたっ! 先輩痛いですって! 手は出さないんじゃなかったんですか!? ぐあああぁぁぁっ、骨が軋むぅ。意味もなく吐血しそうだ!
「生意気だぞー兎づ……お、噂をすればご本人登場ってやつ?」
「え?」
駒野先輩はアイアンクローしている手をぐりっと回して俺の視線を変える。痛い、首がもげそうだ。向かされた方向には金田先輩と……春日……っ! って、こっちに向かってくる!?
「駒野君か。ここで会うとは奇遇だね」
「よう金田。ちょっと部活の後輩に呼ばれてな。ボランティア部の活動内容についてちょっと話し合いをな」
駒野先輩……俺が金田先輩のことを聞いてきたこと黙っていてくれている……?
「後輩……ああ、君か」
俺を一瞥する金田先輩。お久しぶりですね。
「お、知り合いだったか? まあ一応紹介するな。これは俺の後輩の兎月って奴だ。兎月、こちらは俺のクラスメイトの金田だ。頭良いぞー」
知っているけど知らないフリをした方がいいのかな……差し当たり無難な挨拶をしておくか。ちょっと口裏合わせの大人な対応を実行することに。高校二年生いもなると、こういった臨機応変な態度が必要になってくるのだなー。あら大変。
「こんにちは」
「……こんにちは」
やや間があったが、金田先輩も上品スマイルで返す。やっぱ社会人としてこの人はなかなかできるようだ。社長の息子なだけある、その辺の教育は行き届いているのか。さすがはセレブ。庶民は何もできません。
「ちなみに金田。そっちの女子が噂の彼女か?」
駒野先輩は金田先輩の後ろにいる春日を指差す。春日はいつも通りの無表情……いや、やっぱりどこか悲しげな…………うっ、目が合いそうになった!? 駄目だ、そらさなくては。あの後結局メールできなかった。やっぱり春日とコンタクト取るのはメールであっても控えた方がいいよな。……なんとなく視線を感じるけど、気のせいだよな……?
「彼女……少し違うよ、駒野君。恵さんは僕の婚約者さ」
堂々とよく同級生に言えるもんだな。恥ずかしくないのか。
「へー、婚約者かー。羨ましいなー」
「駒野君、このことはあまり言わないでくれよ。結婚はまだ先のことだからさ」
だったら言うなよ。
「だったら言うなよー」
駒野先輩も同じことを思っていたようで。
「駒野君は僕の親友じゃないか。君なら信用できるからさ」
え、駒野先輩と金田先輩って親友だったの?
「え、俺と金田って親友だったのか?」
駒野先輩も同じことを思っていたようで、ってさっきから駒野先輩とシンクロしちゃってるよ。シンフォニーだね。
「同じH大学志望じゃないか」
駒野先輩もH大なのか。意外と頭良いんですね。いやこれって失礼だな。口に出さなくて良かった。……つーか春日やっぱり、ものすげー無表情だな。ものすげー無表情ってのも変な表現だけど、それくらいしか表す言葉がない。なんつーか……寂しげ? 悲しげ? 前川さんの言ってた通りだな。そんな顔するなよ……なんでそんな顔しているんだよ……っ。
「そーだよなー同志だからなー。なら一緒に飯食おうぜ」
駒野先輩が金田先輩の首をホールディングする。あれはたぶんそう易々と逃げれないだろう。経験者は語る!
「いや、僕は恵さんと……」
「お前最近ダラけてるぞー? 飯食う時間も勉強しやがれ。同志として昼飯も付き合ってやる」
「し、しかし恵さんが……」
ちょっと駒野先輩てば強引じゃないすか?
「彼女さんは俺の後輩に任せとけって」
お、俺? 俺が春日と? いや………駄目……なんでしょ……金田先輩。
「彼は……ちょっと……」
はいはい、分かってますって。約束守りますよ。
「駒野先輩、俺ちょっと用事があるんで失礼します」
さっさと退散しましょうかね。金田先輩もちょっとは評価してくださいよ。
「ほら、彼もいないし……やっぱり僕は恵さんと……」
「いいからこっち来い。ベンゼンからアセチルサリチル酸までの作り方について詳しく話し合おうぜ」
「ち、ちょ……」
何か後ろから聞こえるけど、気にしないでおこう。さ~て、ちゃっちゃと昼飯食べようかな、と。
「……えっ」
誰かが後ろから制服を掴んできた。え……まさか……う、嘘だ……そんなわけない。だって俺達は会ってはいけないんだ。そして今までもそうやって互いに無視してきたのに。なんで……なんで今このタイミングで……どうしてだよ。なぁ……
「……春日」