第58話 ドライ・クッション
「てなわけで兎月の様子がおかしいのよ」
「そうなんだ……何かあったのかな?」
「うーん、理由はよく分かんないだよ。とにかく元気がないの。そこで桜の出番ってわけ」
「私?」
「イエスっ。今度の休みに兎月をデートに誘うの」
「え、えぇ!? わ、私が?」
「イエスっ! 桜が誘えば兎月も喜ぶよ~。兎月に元気になってもらいたいでしょ?」
「そ、それはもちろん。彼にはすごく助けられたから恩返しをしないといけないし……」
「照れなくていいって。桜の気持ち、私はちゃ~んと知ってるからさぁ」
「うっ……」
「だから頑張って誘ってみてよ。兎月のために、そして桜自身のためにね」
「……うん!」
「おいおい、なんでそこでシビレ生肉!? 意味ねーよ!」
山倉がうるさい。いや、いつものことか。それにしてもなんでこのモンスターは生肉を食べないんだ? せっかく置いたのに。ほら食べろって。
「こっちに気づいているんだから食うはずがないだろ! いいから早く攻撃しろ!」
「その前に砥石くれない? 持ってくるの忘れちゃって」
「初歩的なミス! 何やってんだよ!? それでもお前はG級ハンターか!」
山倉の怒号が飛ぶ。すげーうるさい。あ、いつものことか。
「あと回復系のアイテムも頂戴。体力が限か……あ、死んだ」
両手に持つゲーム機の画面にクエスト失敗の文字が表示される。悲しげな音楽が部室の上空に舞う。地面に両膝つくハンターがとても哀れだ。
「またかよ! またお前のせいでクエ失敗じゃねーか!」
山倉が吠えまくる。果てしなくうるさい。おぉ、いつものことか。ゲーム機をテーブルに置く山倉。それに続いて一年生部員の男子二人もゲーム機を置く。そして三人同時に溜め息をついた。
「あと少しで倒せたのに……。何やってるんですか兎月先輩」
「そうですよ。一人で三回も死んで。まあ僕は尻尾の剥ぎ取りで天鱗出ましたけど」
「強走薬Gまで使った俺の努力を返しやがれ!」
三人からの罵詈雑言。こんなに責められちゃ泣けてきそう。つーかゲームごときで熱くなりすぎ。そもそも部室でゲームをすること自体が根本的に間違ってるね。教師にバレたらどうするつもりだ。反省文なんて書きたくないぞ。職員室で朗読なんてしたくないからな。期末テストまで返さないなんて嫌だからなぁ。
「つーか水川は? あいつが今日も呼びだしたんだろ。その水川がいないってどゆこと」
また今日も話し合いをするらしい。連日話し合いばかりじゃないか。いい加減、次の活動の見通しぐらいつけようぜ。
「なぁ、兎月! お前最近、様子おかしくないか!?」
山倉が心配してるようで大声という矛盾した口調でそう尋ねてきた。俺が? そうか?
「……いや、大丈夫だと思う」
「……」
え~、何その疑わしいと言わんばかりの目つきは。何が言いたいんだよ。くそっ、山倉ごときが俺の変調に気づくなよ。俺だって自分がおかしいことぐらい分かっているっつーの。
「……そーいえば腹が痛い気がするな。帰っていい?」
「そうか! 腹が痛かったのか! なるほどな! よし、今日はもう帰っていいぞ!」
合点がいった、と山倉は両手をポンと叩く。ベタな行動に寒気が走った。
「じゃあな兎月! お大事に!」
ちなみに腹は痛くない。ただ部活が面倒くさいから仮病を使ってエスケープすることにした。じゃあな、皆。部活ガンバ。部室から出ようと扉を開く。そして開くと同時に水川が入ってきた。
「お、兎月~。気が利くじゃん」
「……だろ?」
「おいおい水川! 兎月はな、腹がムグッ!?」
せっかく水川の好感度が上がったんだから本当のことは言うな。いや、腹痛いのは嘘だから本当のことじゃないのかな? とにかく喋るな。シャラップ山倉。
「腹痛は治ったから。さっそく話し合い始めようぜ」
手で山倉の口を押さえたまま耳打ちする。シャラップ馬鹿山倉。水川はテクテクと部室に入る。ふと、気になることが……。
「火祭じゃん」
水川に続いて火祭も部室に入ってきた。途端にテンションアップの男子三人。
「こんにちは火祭さん! 元気でしたか!?」
なんだその挨拶は。もっとまともなことは言えないのかよ。
「こんにちは山倉君。とっても元気だよ」
そんな挨拶にも笑顔で答える火祭。すごくできた娘だよ。もう素晴らしい。こんな良い娘はなかなかいないって。
「たまたまね、たまたま桜とばったり会ったから部室に遊びに来てもらったんだよ」
水川よ、二回もたまたま言わんでいい。強調する部分じゃないでしょうに。たまたまってアクセントによっては卑猥に聞こえちゃうよ。
「そいつは最高っ! 火祭さん、ダーツしようよ! 楽しいよ!」
ハイテンション山倉はデレデレでダーツを投げる。見事に壁に的中、火花が散る。あ、また壁が削れた。ちゃんと的に当てやがれ。
「その前に話し合いしよっか。桜も参加してね」
「うん」
そんなこんなで火祭と水川を加えて話し合いが始まった。
「兎月っ」
「ほぇ?」
「……また聞いてなかったでしょ」
「い、いや聞いていたよ?」
「じゃあ言ってみて」
「え……っと、初期装備でいかにボス戦を切り抜けるかだろ」
「縛りプレイについては一切議論してないよ! ほら、全然聞いてないじゃん」
すいません。ぼーっとしていたもので。
「こんな調子なの」
「うん……元気ない……」
火祭と水川がヒソヒソと話しだした。もしかして俺の悪口? 本人を目の前にして陰口!? めちゃへこむんですけど!
「とにかく、今日まとめたことは駒野先輩と顧問に伝えて検討します。じゃ~解散っ」
水川の合図とともに山倉がキャッホーイ! と騒ぎ出す。
「火祭さん、一緒に遊ぼうよ! 何する!? ダーツ!? トランプ!? 一狩りする!?」
だああぁ、うるせえ。テンションが上がりすぎだろ。ただでさえ大声なのがより一層ボリュームアップしていやがる。喉を潰してやりたい。テメーの喉先にダーツを刺してやろうか。
「七人もいるからねぇ……どうしよっか?」
「あ、私は交換日記書くので、数には入れなくていいですよー」
一年生部員の紅一点、矢野がそう言って日記を書きだした。つーか交換日記って、今でもやってるもんなの?
「矢野ちゃんが抜けるから六人か……」
「いや、五人で」
「え、どうして?」
「俺帰るから」
話し合いは終わったんでしょ。なら帰らしていただきます。
「兎月は帰っちゃ駄目」
はあ? なんでだよ。五人で大富豪でもやればいいじゃん。盛り上がるだろうに。しかし水川に椅子に押し戻されテーブルにトランプが配られる。
「ババ抜きしよ」
結局ババ抜きかよ。
「はい革命っ」
「どうして六人プレイで革命が起こせるんだよ!?」
ババ抜き、七並べ、神経衰弱とやっていき、最終的には大富豪で落ち着いた。水川曰く、やっぱ大富豪だよねとのこと。
「はい上がりー」
「水川三連勝じゃんか! 強すぎだろ!」
「私も上がり」
「火祭さんも!? くっそー、出せるカードがない! パスだ!」
「……」
「兎月?」
「え?」
「……兎月の番だよ」
「あぁ……はい」
5か。なら7が出せるや。
「兎月先輩、革命中だから出せないですよ?」
え? いつの間に革命起こったの? 誰の仕業だ。どうして六人プレイで革命ができるんだよ。
「全然集中してない……」
呆れたように水川が呟いてきた。そんな目で見ないでぇ。
日が傾いてきたので帰ることになった。ボランティア部六人と火祭でぞろぞろと校門を出ていく。この時間帯なら春日も帰っただろうし、バス停で鉢合わせってことはないはずだ。ばったり会うなんてことは起きない。……って俺は何を春日のことを気にしているんだよ。もう春日とは関係ないだろ。何も気にしなくていいんだよ……何も。
「兎月ってバスだよね?」
「……そうだよ」
「何その間?」
水川は電車だろ。つーか俺以外全員電車だし。
「あっ、部室にノート忘れちゃった」
突然、不意に水川が立ち止まる。……すげーわざとらしいんだけど。
「兎月と桜、悪いけど取ってきてくれない?」
「なんで俺と火祭? 水川の忘れ物は水川が取りに行きなさいよ」
俺が行く道理がないぞ。もちろん火祭にも。
「足痛めちゃって。兎月ぃ、お願い……」
うおっ、うるうる上目遣いだなんて反則だぞ。ぐっときちゃうよ。
「行こ」
火祭は了承したようだ。なら俺だって!
「取りに行けばいいんだろ? ちょっと待ってな」
めんどくさいけど水川の頼みとあっては断るわけにはいかない。つーかなんで火祭も? 俺一人でも大丈夫だって。一人で出来るもん。そんなわけで火祭と二人で部室へとカムバック。なぜか水川は部室の鍵を持っていた。……おかしくね? さっき返したんじゃなかったのかよ。
「ごめんね、付き合ってもらって」
「ううん、構わないよ」
ニコッと微笑む火祭。うわー、この子超良い娘だよ。もう惚れちゃいそう。さすがは火祭ちゃん。
「……あのね」
「ん、どしたの?」
水川ノートも回収して、戻ろうとしていると火祭が立ち止まった。
「今度の土曜日、空いてるかな?」
「土曜……まぁ、暇だけど」
「そ、それなら……」




