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第57話 さよなら下僕生活

「ちょっと兎月っ、聞いてるの?」

「んあ?」


隣で水川が俺の肩を揺らしてきた。何なの一体。


「話し合い。全然聞いてないじゃん」

「……あぁ、話し合いね」


そういえばボランティア部で会議していたな。部室には俺を含めて部員六名が椅子に座っている。夏のボランティア活動に向けて話し合いをしているんだっけ?


「へいへい! しっかりしよーぜ次期部長さんよ!」

「だから声デカイのよ、山倉は」


………。


「そういえば兎月先輩。最近、火祭先輩とはどうなんですか? 何か進展ありましたっ?」

「矢野ちゃん、それは話し合いが終わってから聞こうね。私も興味あるしぃ」


………。


「……兎月先輩?」


………。


「ちょっと兎月っ。聞いてるの?」

「んあ?」

「リピートかよ!?」


いきなり大声出すなよ山倉。うるさい。


「全っ然、話聞いてないよね」

「俺がか?」


というか水川よ、何を話しているんだっけ?


「もうっ! ちょっとは集中してよ。先週もそんな感じで話し合いにならなかったから、また今日もこうやって集まっているんでしょ」


先週……あぁ、もう一週間経つのか。………春日と会わなくなって。一週間前……屋上に呼び出された。追い詰められ、自分の気持ちに嘘をつき、そして失った。いや、失ったって言い方もおかしいけどさ。とにかく……あの日を境に俺と春日の関係は壊れたんだ。バスで春日を見かけることはなくなった。さらにメールでの呼び出しやパシリもなくなった。春日とまったく会っていないのだ。いや、会わないとは言ったけど春日の姿は見かけるし、視界に映る。クラスは隣だし教室移動の際にも見ることはある。ただ、会話もしないし目も合わせない。金田先輩に言われた通り俺は春日と接触しないし、春日も俺と関わろうとしない。その状態で早くも一週間が過ぎた。うん……これでいいはずだ。春日と金田先輩は親の決めた許婚同士、つまり婚約しているってことだ。俺みたいな下僕が突っ込む余地はなし。……いや、俺はもう下僕じゃないんだった。もはや下僕ですらない。春日との関わりは一切なくなったというわけだ。


「…月。兎月ってば! 聞いてるの!?」

「んあ?」

「だ、か、ら! 集中しなさいっ!」


水川に頭を叩かれた。……あ~、春日もこんな感じで叩いてきたり蹴ってきたりしてきたよな……。それも今はもうない……。ちなみに春日ならもっと強く叩いてくるだろうな。


「水川、もっと強めにじゃないと……」

「きゃあああぁぁ!? 兎月がドMに目覚めちゃった!?」


……つーかなんで俺は悲しんでいるんだよ。春日に蹴られない。それって俺の望んでいたことじゃないか。何をこんなに懐かしむ必要が……。











昼休み、最近はずっと春日と食べていたけど、それもなくなった。だから以前のように米太郎と食べるようになっている。


「なぁ、将也」


いやいや、これで良かったんだよ。昼飯をのんびりと食えるし、ジュースを買いにいかなくてもいい。むしろ万々歳だろ?


「なぁってば」


なのに……なんでこう、ムズムズするような形容しがたいモヤモヤ気持ちが燻っているんだ……?


「プチトマト爆弾投入っ」


あ? 何か背中にひんやりするものが入ってきた。何だこれ。


「喝っ!」


今、グヂュって音がぎああぁぁぁっ!? 背中に何か液体があぁぁっ! 気持ち悪い気持ち悪い! 変な感触が伝わってくるうぅ!


「米太郎! 何しやがった!?」

「トマト入れた」

「やっていいことといけないことの区別がつかないのかテメーは!」


米太郎に一発蹴りを入れる。そ、それより背中は……?


「お、おぉ……思ったよりはひどくなかった」


若干滲んではいるが、ちょっと乾かせばそんな目立たなくなるだろう。でも気持ち悪い。


「背中気持ちわりー。下のシャツは変えるか」


とりあえずタオルを使って背中を拭きつつトマトを取り除く。真っ赤でカワイイ形しやがって。食べちゃうぞ。いや、やっぱ食べたくない。


「ほら、お前が処理しろ」


タオルごと米太郎に投げつける。食べ物粗末にするな。


「俺だって自分が育てたプチトマトをこんなことに使いたくないさ。でも将也キュンが私を無視するからぁ~仕方なくぅ~プンプンっ」

「よーし、お前には普通サイズのトマトをぶち込んでやる」

「ちょ、待って! それはさすがにヤバいって、背中ぐっちょぐちょになるって!」


どうしてこいつはこんなにテンション高いんだよ。鬱陶しい。


「俺、着替えてくるわ。お前は絶対許さねえからな」

「とか言いつつ……?」


黙れ。そんなノリはない。体操服を持ってトイレへと向かうことに。教室には普通に女子がおり、その中で半裸になる度胸はありません。あと女子には嫌われたくないッス。そりゃそうでしょ?


「あ~マジ気持ち悪い………あ……」


ふと前を見れば、数メートル先には………春日が……。長髪の艶やかな黒髪をなびかせて、いつものちょいきつめのつり目。そして何を考えているか分からない無表情。その春日といつもいたのに……今では話したりもしない。何も関わろうとしなくなった。それが金田先輩との約束だし、それが春日のためになるんだろ? だったら良いことじゃないか。悲しむ必要はない。そうだろ………春日。そうだよな……。


「……」

「……」


目も合わせずに俺と春日はすれ違う。手に弁当箱を持っていた。おそらく今から食堂で金田先輩と食べるのだろう。……不思議なものだ。以前はあれだけ命令されてジュース買いに行ったり、理不尽な暴力を受けて、ホント奴隷のように扱われていた俺が今ではこうやって無視されている。前から春日は無視することは多かったけど……その無視とは違う無視。もう俺達は何の関わりもない。赤の他人。それだけのこと。それだけのことによるごく自然な無視。ほとんど一緒にいた人なのにこうも何もないとはね……たった一週間のうちに思い出として昇華している。ホント、人との関係って簡単に崩れるよな。いや……俺が崩したのかな……。どっちにしろもう俺達は戻れない。そして戻る必要はないのだろう。春日にとっては……。


「……」


……なんとなく、なんとなくだけど春日も寂しそう? ……いやいや、そんなわけない。婚約者とのランチだぜ? 何が不満なんだって話だ。フィアンセと高校ライフを共に過ごせるなんて誰もが羨ましがるシチュエーションじゃないか。春日が寂しがるはずがない。


「うん、俺の勘違いだ」

「だったら今すぐ方向転換しなさいよ」


……うん? 目の前には水川が立っていた。目がめちゃくちゃ怖い……な、なぜに?


「そのまま前進するつもりなら兎月、アンタ女子全員を敵に回すことになるよ?」


ギリギリと威嚇する水川は暗い笑みを浮かべて上を指す。上? 何が?


「……あ」


赤色の人間が描かれたボード。おぉー、なるほど。ここは女子トイレ前なのか……うん、まずい、よ、ねぇ……。


「は、はははっ……間違えちゃったよマミー」

「マミー言うな!」


水川に思いきり殴られた。あぁー、この感じ春日のパンチに近いなー……。


「これなんだよな……」

「やっぱりドMなんだね!? もう怖いよ!」


……もう戻れない。俺と春日は……。


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