第51話 二人目のお金持ち
学園祭の代休の翌日、今日からまた通常の時間割となる。先週は学園祭についての話し合いとかで授業が潰れたからハッピーだったのになぁ。またいつものキツくてだるくて面倒くさい授業が朝から夕方までフルタイム出場。あ~、しんどい。ちなみに俺は今バスの中にいます。さらに後ろの方の席に座ることに成功。なかなかのハッピーである。あ、今週もハッピーかも。
「……兎月」
名前を呼ばれたので視線を横に向けると通路には春日が立っていた。いつの間にか春日の乗ってくるバス停に到着していた。まったりしていると時間はすぐに経つ。それこそ次の停留所なんてあっという間だ。光陰矢のごとし。英語で言うとタイムフライズライクアンアローみたいな。……お、なんか一年前と比べて進歩した気がするぞ。
「おはよう春日」
サラサラの綺麗な長髪、つり目と端整な小顔は可愛らしく、さらに美しくもある。確かに見た目は超絶可愛い。しかし性格は最悪なんだよな。まず同級生を下僕扱いする時点でもう十分に条件を満たしている。そして何を隠そう、その下僕というのは俺のことだ!
「……おはよう」
無表情で無愛想だが、挨拶を返してくるだけでもすごいことなのだ。最初の頃なんて俺の問い掛けにはもれなく全て無視していたからな。俺の隣に座る春日。これまたすごいことだ。それこそ最初は、お前は座るな。立っていろ、と命令していたのが今では隣に座っていいにまでに昇格したのだから。先週のことだ。今日みたいに春日が乗りこんできて席が空いてなかったので俺が席を譲ろうとした。どーせ奪われるだろうと思って。すると春日が、
「隣に座っていなさい」
と言ったのだ。アタシぁ耳を疑ったね! 隣に座っていいだなんて……俺の評価も上がったよな。初期の称号が『ただの下僕』だとしたら今は『上級下僕』ぐらいになっているのではないだろうか。つまり下僕に変わりないけどさ。
「いやー、今日も良い天気だね~」
「そ」
そうですよ。とても良い天気じゃありませんか~。ハンバーガー持って散歩に行きたいくらいですよ。CMでよく見る感じのなんか原っぱでのんびりバーガー食べたいな。
「兎月」
「………………え、どうし」
「聞きなさい」
「がっ!? ギリ反応したよねえ!?」
足を踏んづけてきやがった……! 態度は若干変わっても、この暴力は相変わらず。下僕を痛めつけて楽しいのかよチクショー。
「聞きなさい」
「は、はい」
「……」
「……あ、あの?」
何か言いたいことがあるんじゃないのかよ。意味もなしに人の足を踏んでくるなんて許されませんよ。それは横暴だ。俺だって反撃してやろうか。そんなことしたら倍返しされるのは目に見えているけどさ。とりあえず待ちます。俺は待つんだ。あなたも今後は待ってね。そして蹴らないでぇ。
「……」
「……」
「……今週の土曜日」
うん、今週の土曜日。それが何か?
「……」
「……」
「……買い物に付き合いなさい」
「別にいいけど」
もしかして……それだけ? それ言うのにバス停二つ分ものの時間を使ったんですかい?
「ちなみに買いたい物って何?」
「うるさい」
うおっ危ね! 足をずらして春日の踏みつけを回避。
「……」
「ぐふっ!?」
避けられたのが気にいらなかったのか、俺の腹に裏拳を放ってきやがった。不意打ちが一番痛いんだって。腹部は完全にノーガードだったよ。ぐおおぉ、朝食べたトーストがスクランブルエッグと混ざり合ってリバースしちゃいそう。
「げ、げほっ……痛いって」
「……」
「あー……じゃあ時間とか場所とか細かいことはメールで頼むわ」
「……」
その沈黙は了解ってことですね? 勝手にそう解釈しますからねっ。この人ホント必要最低限の会話しかしないんだよなぁ。もっと雑談しようぜ。コミュニケーションは大事だって。どのくらい大事かと言うと、ボス戦前のセーブくらい大事。それは大切だ、と共感してくれる人がいるのならその人は俺と同じRPG好きの人だ! 一緒に朝までトークしたいです。
「……」
「……」
「……パパのプレゼント」
「へ?」
プレゼント? お父さんの? ……ああ、買いたい物ってそれなんだ。へぇー、お父さん思いでいいじゃん。あなた良くできた娘だよ。あの父親にプレゼントか……号泣して喜びそうなもんだ。
「お父さん、もうすぐ誕生日とか?」
「そ」
「そっかー。お父さん嬉しいだろうなー。ちなみに俺の誕生日は十月だから」
「聞いてない」
「春日の誕生日はいつ?」
「うるさい」
痛い! 裏拳は普通に痛いから!
バスを降り、春日と二人並んで学校へと向かう。いつも通り。春日の鞄を俺が持つ。いつも通り。多くの生徒が上る坂道も楽しげな会話もいつも通りの光景だ。また今日も平穏な一日の始まり。そんな朝の景色、坂の上には一人の男子生徒と燕尾服を着た初老の男性が立っていた。これはいつも通りではない。は? なんだあの二人。一人はうちの生徒だ。しかしその隣の方は生徒でない。気品ある初老の男性が補佐のように立っている。そして二人ともキョロキョロと登校する生徒に視線を走らせている。誰かを探しているみたいだけど……あ、こっち見た。
「……あれ? なんか手を振っているぞ?」
こちらを見るや途端に接近してくる二人。もしかして俺? ……そんなわけないよな。
「おはようございます恵様。朝早くから申し訳ないのですが、少々お時間を貰えないでしょうか」
春日に頭を下げる初老の男性。ほら、春日だった。俺なわけないもんね。そりゃこの感じ、春日関係だろう。お金持ちの匂いがする。
「……」
春日が嫌な顔をしてるけど……知り合いだよね? 燕尾服を着た初老の男性とうちの学校の制服を着た男子生徒。男子生徒は眼鏡をかけており、身長は俺と同じぐらい。色白いのがモヤシっぽく見えるけど、それを上品なオーラが包みこんでいる。背筋を伸ばし、キリッと直立する姿は大人なスタイル。
「おはよう恵さん。ちょっと話したいことがあるから、いいかな?」
男子生徒が春日に微笑みかけた。おぉ、なんて上品な笑い方。社交的な笑みってやつ? すごく自然でそして愛想の良い笑顔。ニヤニヤ笑う米太郎が馬鹿に思える。
「……分かりました」
すげー渋々だな。嫌なら嫌って言えばいいのに。この二人と会ってから春日の機嫌がすごい悪くなった。普段以上にぶっきらぼうな態度で返事を返している。
「快く承諾してくれてありがとう恵さん。さ、こっちへ」
おいおい、今のどこが快く? すごい嫌がってじゃんか。そんなことも分からないのか。いや……それより、
「あ、あの~……俺は……?」
よく状況が理解できていないんですが説明してくれませんか? すんなりと話が通ってますが、俺は何一つ理解していないというか分かってないのですが。
「誰だ君は。関係ない者は立ち去ってくれ」
んだと、この色白眼鏡。俺だって少しは関係あるぞ。だって、
「……こっちの兎月は私の下僕なので、一緒に同行させてください」
そう、下僕だからな……って他人に言わないでよ。なんか恥ずかしいし情けないよ。そこは同級生とかにしてよ。下僕って。一瞬、普通に感じた自分が異常に思えた。おぉ、慣れって怖い。
「下僕……? 恵さんがそう言うなら、いいけど」
訝しげな目で俺を見た色白眼鏡は俺と向き合う。不審げな目つきが俺をじろじろと観察してきやがる。不快感より気まずく感じてしまうのは俺がこの人に圧倒されているせいか。くそぅ、空気感持っていきやがって。
「はじめまして恵さんの下僕君。僕は金田秀明(かねだひであき)という者です。どうぞよろしく」
色白眼鏡もとい金田はそれだけ言うと、さっさと歩きだした。ちょっとぉ、俺まだ自己紹介してないぞ! 三分スピーチの時間よこせよ。出生からこれまでの経緯をまとめて紹介してやるから。くっ、俺のことなんてどうでもいいってか。
「ちょ、何なのこの二人」
春日に小声で尋ねる。今は無視しないで、頼む。
「……三年生の金田秀明。巨大グループの中の一つの会社、そこの社長の一人息子」
淡々と返答してくれる春日。へえ、三年生なんだな。そしてお金持ちなんだろうという予想は的中。親が社長って……そんな人ってそんなにたくさんいるの? 金持ちが一つの学校に二人もいていいのかよ。
「ここでいいかな。中井」
「かしこまりました、お坊ちゃま」
こっちの初老の男性は執事的なやつか。お坊ちゃま、だなんて生で聞いたの初めてだよ。誰もいない中庭で金田先輩に中井という執事と春日が向き合う。俺は春日のちょい後ろで立っているけど、な~んか居心地悪い。
「貴重なお時間を取らせてしまい申し訳ありません。本日は先日、春日進一様にお話させていただいきましたご内容の確認に参上しました」
春日進一? たぶん春日の親父さんの名前なのだろう。
「話はお父さんから聞いているよね?」
またもや上品スマイルで金田先輩は春日に尋ねる。この不機嫌そうな春日相手によく堂々と笑いかけれるものだ。恐れ知らずってやつか。
「……聞いていません」
「えぇ?」
少し慌てだした金田先輩と中井執事。どしたの、何か手違いでも? 二人はごにょごにょ相談していようだが、すぐに落ち着きを取り戻した。冷静ですね。
「連絡ミスかな? まあいいや。じゃあここで言わせてもらうね」
若干のハプニングがあったみたいだけど気を取り直して金田先輩が真面目な顔でこう言った。
「恵さん、僕と結婚してください」
…………うえええええええええぇぇぇぇぇぇっ!?
春日婚約編です。