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第50話 番外編、去年の出来事

どうも腹イタリアです。


今回でへたれ犬も50話を迎えることになりました。うおっ、節目じゃね? ということで番外編をやることにしました。はいはい、これも自己満です。


いやだって50話だよ? 何かやりたいじゃん。50話アニバーサリー何かやりたいじゃん。そういうわけですよ。


ちょっと長めですので、ゆっくり読んでください。というか読んでもらえると嬉しいです。

こういう番外編ってどうなんでしょう? もっとやるべきか、やらないべきか。何か意見があったら教えてほしいです。


これからもへたれ犬よろしくお願いします。


「あー……眠たい」


さっきから欠伸が止まらない。もしかすると昨日夜遅くまでゲームをしていたせいなのかもしれない。その可能性は大だな。というかそれしかねーし。とにかく異様に眠たい。永眠の眠りにつきたいかも。……いやいや永眠はやっぱマズイよ。永遠だもの。でも……眠~。


「ふわぁ~……将也ぁ、眠たい」

「米太郎もゲームのしすぎか?」

「理想の彼女について考えていたら朝になってた」

「……で、答えは出たのか」

「可愛い娘なら誰でもいい」

「原点回帰かよ」


ワクワクドキドキの高校入学から月日はあっという間に流れて今日は二学期の終了式。もう外は寒くてホットドリンクがないと歩けないほどだ。吹きつける風は容赦なく人の体温を奪い、空は冬らしく鉛色の絵の具を一面ぶちまけたような感じ。寒々しいことこの上ない。ここ体育館も全校生徒がすっぽり収納しているのに気温は低く外とたいして変わらない。寒いからさっさと話切り上げろ、と目の前のステージで長無駄話を繰り広げる校長に言ってやりたいくらいだ。校長の昔話なんか聞きたくありません。全く興味の湧かないトークに欠伸が止まらない。


「あーあ、誰か俺に惚れねぇかな~」

「都合の良い話だなおい」

「いったい俺のどこが悪いのやら」

「全部って言ったらどうする?」

「泣く」

「だったら泣け」


高校一年生となった今年も残りあとわずか。波乱に満ちた高校生活が俺を待っていると期待と不安の対照的な感情双方を胸一杯Eカップ並に持って学校に登校した入学式。最初は予想通り不安が的中。中学に戻りたいと思ったりしたものだ。それも最初だけ。次に来たのは期待通りの、いやそれ以上に楽しい高校生活。隣で制服の袖に忍ばせたきゅうりをこっそり食べる親友もできたし、仲の良い女友達もできた。部活だってそれなりに充実している。そう、俺は普通に満喫しているのだ。そんな平凡な高校一年生の男子。でも何か欠けているような気もする。それが何なのかは分からないけど。


「ポリポリうるせーよ」

「良い音でしょ、新鮮なきゅうり。将也も一口どう?」

「テメーの袖に入れたきゅうりはもう新鮮じゃねぇ」


緊張した初々しい四月。着慣れない制服に身を包み一人も知り合いのいない教室で馴染めず机に突っ伏していると一人の男子が話しかけてくれた。


「俺、佐々木って言うんだ。よろしく」


なんて爽やかな奴なんだろうと思った。そいつが持つ野菜タッパーを見るまでは。米太郎との出会いはそんな感じだった。


「以上で終了式を終わります。三年生から退場してください」

「うし、やっと終わった。遊ぼうぜ!」

「今から部活があるかもしれない」

「ボランティア部か?」

「ああ。詳しくはマミーが聞いているはず」

「マミー言うな」

「うお、水川いつの間に」


ショートカットの可愛らしい女子生徒、水川のご登場。水川との出会いは部活見学。仲良くなった米太郎は早々に弓道部に入部し、俺はどうしようか迷っていた。そんなわけでテキトーにぶらぶらと校内を歩いていると、ボランティア部という張り紙が目についた。そこで一言呟いた。


「「ボランティア部か……」」


言ったのは俺だけじゃなかった。隣を振り向けば一人の女子生徒。これ水川。で、一緒にボランティア部に入部。そこから仲良くなりました。


「今年最後の会議だって。山倉にはもう駒野先輩が話してあるよ」

「そっか。じゃあまた後で」

「水川、良いお年を!」

「お米太郎君もね。そして明日も補習で会うから」


水川はどこかに行ってしまい、ホームルームを終えた教室はどんどん人が去っていく。あー、もう年末か……。月日が流れるのは早いな。光陰矢のごとし。英語で言うと、ライトシャドウアローみたいな。うわ、馬鹿の回答だ。ごとしの部分訳せてねーし。あー、英語ペラペラになりたい。そしたら英語のテスト満点取れるのにな。これも馬鹿みたいな回答。


「うあー、彼女欲しい」

「さっきからそればっかだな」

「将也は欲しくないのかよ」

「欲しいと思っても簡単に手に入るもんじゃないだろ」

「だな。でも欲しい。どこかで売ってないかな~」

「お前も馬鹿だな」


いいからさっさと帰れよ。


「さっきと言ったけどさー、理想の彼女って何なんだろうなー。やっぱ可愛い娘だよな!」

「さーな」


理想の彼女ね……なんか具体的なものは出てこないや。とりあえず可愛かったら良くない? あ、こいつと同じだ。そんな自分に溜め息。彼女ね~……一番近い存在は水川かな? いや、違うな。確かに水川とは仲良いけど、なんか恋しいって感じではないもん。ただ普通に仲の良い友達。では他に誰が? ……そう考えると誰もいない。もうすぐクリスマスだってのに悲しい……はぁ。


「よし、俺は一組の春日さんが理想の彼女だな。一回も話したことないけど、あの美しさは素晴らしいよね!」

「あ? ごめん聞いてなかった」

「そうか。ではリッスンワンモアタイム」

「ノーセンキュー」


あ、ちょっとマジで眠たくなってきた。もう帰ろうかな。でもボランティア部の会議があるしー……サボったら先輩怒りそうだしー。ああ、なんか意味もなく疲れたよ。


「もうすぐクリスマスだよな。やっぱ彼女と二人きりで過ごしたいよ……。かぁー、彼女いる奴は異世界にトリップしやがれ!」

「そいつもう完璧な主人公タイプだな。羨ましいね」

「俺だって主人公タイプだい!」


主人公がそんな発言するわけないだろ。季節が春から夏へ、秋を過ぎ冬になろうと相も変わらずこのお米馬鹿は言うことやること何も変わらない。何かあったらすぐ彼女欲しいだの、野菜食べたいだの言いやがって。友達選び間違えたかな?


「将也はどう見てもサブキャラだよな」

「サブキャラで結構。意外とモテるサブだっているだろ」

「将也はモテないサブキャラだから」

「なんで米太郎が俺の設定決めてんだよ。お前は何様だ」

「主人公様だ!」


うわ、ウザイ。今年最後のウザさ爆発か。


「だったら主人公の条件言ってみろ」

「顔がカッコイイ」

「よし、書類審査の前にお前は脱落だ」

「なんでだよ!?」


鏡を見ろ。ブサイクとは言わないが、なんとも冴えない顔が漬け物を貪っているから。


「自分がちょ~っとだけイケメンだからって調子こいてんじゃねぇ! チクショー、将也なんて死んじゃえばいいのに! あ、良いお年を!」


だから明日も会うだろうが。勢いよく教室から出ていく……かと思いきや米太郎は開いた扉を慌てて閉める。そしてその場に座り込んでガクガク震えだした。なんだこいつ。


「どうしたよ米太郎、マジで気持ち悪いぞ」

「しっ! ちょっと黙ってろ。頼むから」

「は?」


震える体を両手で押さえつつ扉にひっつく米太郎。すごい怯えているけど、マジでどうしたんだよ。風邪でも引いたか?


「………行ったか」

「何が行ったんだ?」


教室の前を一人の生徒が通過したようだけど……苦手な人だったのかな。こいつにも苦手なタイプの人がいるのか。


「ふぅ……危うく血祭りにされるところだった」

「はあ?」

「危険は去った。ではアデュー」


再び血色良くなった米太郎はウザさも取り戻して教室から出て行った。教室にいるのは俺一人のみ。……寂しい。あんな奴でもいないよりはマシだったな。あと十分ほどで部活だけど……眠たい。あ~、駄目だ。話し相手がいないと急激に睡魔が肩に腕を回してきやがった。や、やめて……寝ちゃうって……部活遅れたら、駒野先輩に……アイアン、ク…ローが………おやすみなさい。


「……ぐー」











「………すー……はっ、寝過ごした!?」


やば、ちょっとうたた寝するだけだったのにがっつり寝てしまった。な、なんてことだ……軽く三十分は寝ていたようだ……。こ、これもう終わった。今から「遅れちゃった、てへっ」みたいな感じでいっても駄目な気がする。さらに怒りを買ってしまいそうだ。うわー、明日ぐらいに駒野先輩から呼び出されてアイアンクローされちゃう。……もう終わったな。今日はもう無理だぁ、間に合わない。ははっ、なんかまた寝たくなってきた。


「もういいや。もっかい寝よー……」


てことで自分から睡魔さんを呼び寄せる。さあ添い寝しそう。睡魔とベッドに潜りこみ、ではまた夢の世界にゴーといきましょう。


「えー、また寝るのー?」


睡魔が掻き消えた。閉じかけた目がギョロっと見開く。おいおい、なんですか今の声は? ちょっと耳に残る高めの艶めかしい嬌声。明らかに俺に向けられた言葉。隣から感じる人の気配。机に伏した顔を滑らすように横へ向けると、


「……」

「やっほ。元気~?」


だ、誰だ!? 隣の机に座っていたのは一人の女子生徒。セミロングの髪に輪郭すっきりした顔とニッコリと太陽のような笑顔が眩しい。こちらを見てニコニコしている。え、ちょ、は? これはなんですか!?


「……」

「あれ、無反応? 眉間にシワ寄ってるよ~」


ぐりぐりと俺の眉間に指を突き刺してきた。なんだこれ。いやマジで。しぐさは可愛らしいのに見た感じと雰囲気はめっちゃ美しいんですが。誰ですか、あなたは? そんなことを聞く余裕もないくらいにこの目の前の女子生徒にびっくりしてしまった。


「ほら、ぐりぐり~」

「あの……やめてくれませんか?」

「あ、反応した。リアクション遅いよ」


そして指ぐりぐりをやめる女子生徒。こんな女子は同学年にはいなかったはずだ。てことは上級生。二年生か三年生だ。つーか……これは本当になんだ? 二学期終了式の放課後、教室にいるのは俺と見知らぬ女子生徒。これは何かの始まりか? 何か物語のプロローグではないだろうか。そうでないならこれはドッキリだ。あ、ドッキリだなこれ。


「えっと、ネタばらしはまだですか?」

「あはは、面白いこと言うね。ドッキリだと思った?」


部活をサボタージュした俺に対して水川や駒野先輩が仕掛けたドッキリな気がする。これで俺が混乱するとでも思ったのだろう。実際にびっくりしたわけだからドッキリ大成功だ。だから早くネタばらしを。プラカード持って教室の後ろの扉から出てきてくださいよ。


「……」

「また眉間にシワ~。というか全然顔上げないね。まだ寝ぼけてる?」


また眉間をぐりぐりし始めたよ。あれ……ドッキリじゃないの? なんで、なんでこの人ここにいるの? 何がしたいの? やば、また混乱してきた。


「あの……あなた誰ですか?」

「え、私を知らないの? なんてことだ、ガガーン」


ガガーンと口で効果音を表すこの人が普通でないことは今知ることができた。だからもう知りたいことはない。もう結構。ドッキリでないならこれは嫌がらせか。チクショー、部活サボっただけでこの仕打ち。


「仕方ない、ならば自己紹介しよう。私の名前は……」


そう言いかけた女子生徒はピタリと止まる。口を閉じ、天井斜め上をじぃーっと見つめる。停止すること数秒、ぐりぐりしていた指を教室前の教壇に向ける。


「あそこ」

「は?」

「あそこに隠れて」


な、なんで? しかし有無言わさず女子生徒は俺の腕を掴むと強引に引っ張り、教壇の下に押しこみやがった。な、なんだいきなり? やっぱり嫌がらせが目的か!


「静かにしていてね」


そう言った直後だった。


「兎月! どうせ教室で寝ていたんでしょ……あれ?」


扉がバンと大きな音を立てて開き、聞こえてきたのは水川の声。げっ、ヤバイ。見つかったら駒野先輩のところに連行されてアイアンクローだ。うおおぉ、ここに隠れて良かったー。


「あ、あれ? 兎月がいない……って、あっ!? あ、あなたは………生徒会長さん!?」


なっ、生徒会長だと!? う、嘘……さっきの女子生徒って生徒会長だったのかよ。うわ、マジか。


「元ね。元生徒会長。今は引退したんだよ」

「ど、どうしてここにいるのですか?」

「兎月君には私の手伝いをしてもらっていたんだ。さっき帰ってもらったよ」

「そうだったんですか……。分かりました、ありがとうございます」


ガラガラピシャリ。扉の閉まる音を聞き届けて、のっそり教壇の下から這い出る。色々とあったな。まず最初に、これがボランティア部の仕組んだドッキリではなかったこと。そしてこの女子生徒が俺のことをかばってくれたこと。そしてこの人が生徒会長であったということ!


「せ、生徒会長だったんですね」

「元ね。今はただの受験生兼恋する乙女だよ」

「……はあ」

「可愛げないな~。寝ている時はもっと可愛い顔していたのに」


か、可愛いって。喜んでいいのか、恥ずかしいと思えばいいのか……。


「そっか、君の名前は兎月って言うんだね。下の名前は?」

「ま、将也です」

「じゃあ将也君と呼ぶことにしよう。将也君」


随分とフランクな人だ。この人が生徒会長やっていたのか……いや、だから何ってわけでもないけどさ。つーか、すげーこっち見てくるし……。


「えっと、ありがとうございました」

「何が?」

「さっき助けてくれて」

「気にしなくていいよ。部活サボったら殺されるとか寝言を言ってたからねー」


マジかよ俺……寝言呟いていたのか。そしてそれをこの人に聞かれていた。うわ、恥ずかしい。さっきの可愛い発言含めて二乗の恥ずかしさ!


「あの……いつからそこにいました?」

「それは私も知らない~」


いやあなたは知ってるでしょ。はぐらされたよ。


「……」

「他に何か言いたいことは?」

「他に……えっと、どうしてここの教室に?」

「その質問には答えられない」


だったら聞くなよ。最初から聞く耳持ってないだろ、この人。


「そーですか。生徒会長的な仕事か何かだということにしておきます」

「そかそか」

「では俺は帰ります」

「待てい」


エスケープ失敗。肩を思いきり掴まれた。いやだってなんか逃げ出したくなってしまって。この生徒会長さん、なんか得体の知れない怖さがある。


「……なんですか」

「実は私、今学校中を回っているんだ。ほら今日は終了式だし、誰もいないからのんびりと散策できるでしょ」

「ではどうぞごゆっくり」

「だから将也君も付き合って」


なんで俺が……。いやまあ、先ほどはピンチを救ってくれたし無下に断ることもできないか。はぁ……ま、いいか。ちょっと楽しいかもしれないし。


「ほらレッツゴー。時間は待ってくれないよ。センター試験まであと一か月」

「だったら勉強してください」

「推薦で受かったから勉強しなくていいのだよ私は。受験勉強とおさらばしたのだ」

「さっき受験生兼恋する乙女って言ってませんでした?」

「では訂正しよう。恋する乙女だ」

「そうですか」


とりあえずこの人が元生徒会長で暇だから学校の中をぶらぶらしているのは分かった。にしてもすごいなこの人。自分のペースを完全に維持してやがる。こっちに有無言わせない感がとてつもない。これをカリスマと言うのだろうか……これが生徒会長の技量だと言うのか……とにかくすごい人だ。


「推薦で受かったんですか。さすが生徒会長ですね」

「そうだねー、ごり押しと押し売りのパワー勝負だったよ」

「そんな強引にいったんですか……」

「受かればこっちのものだよ。だから今は暇なんだ~」

「はあ」

「同級生は皆、勉強で忙しいし、遊ぼうとは言えないでしょ」


そりゃ受験生は今の時期は必死こいて机にへばりついていることだろう。そこへ受かった奴が遊ぼうなんて言ってきたら俺だったらシャーペンを手のひらに突き刺してやる。後日、怪我が治っても見れば黒い点ができてる感じにしてやる。


「大学はどこですか?」

「そいつぁ言えない」


ところどころ秘密を作る人だな。ミステリアスな姉さんだ。


「あ、ここ見てみて。ここの空き教室前のロッカーって全部閉まっているように見えて実はここの右から三番目のロッカーは鍵が開いているんだよ」

「へえー」

「持ち物検査とか置き勉する時には便利だよー。是非使ってくれたまえ」

「さすが生徒会長。学校のことなら何でも任せろって感じですね」


生徒の模範である生徒会長が置き勉しているのはちょっと残念な気もするが。


「だから元、生徒会長だよ。今は違うの。それに私には菜々子という立派な名前があるの。だから菜々子ちゃんと呼びなさい」

「そんな初対面の、しかも上級生の先輩をちゃん付けでは呼べません」

「うるさい。生徒会長の命令がきけないの?」

「元、生徒会長でしょ」


なんだろ…これ……。なんとなく楽しいぞ。とても充実しているというか……はっ、もしやこれか? これが米太郎の言っていた彼女というやつか! そうだこれだ。中学の付き合っていた頃を思い出す。この女子と二人、良い感じになるこのアレがアレなのか!? な、何言ってんだ俺?


「あはは、将也君は面白いねー」

「生徒会長には及びませんけど」

「だから菜々子って言ったでしょ」

「では菜々子さんって呼ばせてもらいます」

「将也くーん」

「な、菜々子さん」

「えへへ~」


こ、これはなんだ!? 生徒会長そして美人な先輩である菜々子さん。そんなすごい人と平凡ごく普通一年生の俺がこんな楽しげに会話をしているなんて。ありえないことだ。米太郎に彼女ができるくらいありえない。……ってことは米太郎に彼女ができたのか!? ゆ、許せねぇ!


「どーしたの? また眉間にシワ寄ってるよ」

「すいません。親友が憎くなってきたので」

「あはは、そうだったのー」


その後も生徒会長さんと校内をブラブラと散策して、あっという間に夕方。かなり長時間一緒にいたな……女子と二人でこんなに校内を歩き回ったのは初めてです。


「うーん、すごく楽しかった!」

「そうですか」


生徒会長さんに奢ってもらったメロンソーダを飲みつつ、夕日が沈む校舎から出る。明日から補習だってのに全く鬱じゃない。むしろ晴れ晴れしい気持ちだ。


「じゃあ僕は自転車なので」

「えー、電車じゃないの?」

「会長は電車なんですか?」

「ストップ!」


うぐぅ、口元を手で塞がれた。ぐいっと顔を近づけられてこっちは息も心も詰まりそうです……!


「菜々子さん! そう呼べって何度も言ったでしょ」

「す、すいません」

「罰として次会った時は大声で菜々子さーん! って呼ぶこと。場所、時間、空気、どんな悪条件でもそうすること。図書室でも職員室でも関係ないから」

「そ、そんな」

「明日の授業中に教室の前通ってやるから覚悟しといてね。じゃあね~」


いたずら天使の笑みを浮かべて菜々子さんは去っていった。うおおぉ、一気に疲れがきた。あぁ、ホントすごい人だったな。今日会ったばかりの俺にあんなに親しく接してくれるなんて。優しい人だったな……やべ、好きになりそう。いやまあ普通に好きです。恋愛感情どうこうじゃなく。


「でも……ホントに好きになったらどうしようかな」


年上との恋って燃える!? と思いつつ燃える夕日を背に学校をあとにした。











「てなことがあってなー」

「て、め……このモテくそリアル充実野郎がぁ!」


翌日、朝のホームルーム前に早速米太郎に昨日のことを自慢。ほくほく笑顔で話すこと数分、冬の冷気に冷えていたであろう米太郎の体温は一気に沸点にまで達した。怒りと妬みで赤く歪んだ顔が俺を捉えて離さない。ははっ、親友の嫉妬の顔がこんなに面白いとは。そしてそれをこんなに優雅に余裕をもって眺められるとは。


「まあまあ落ち着けよ、米太郎君。冷静になろうじゃないか」

「誰が小説家になろうだって!?」

「いや言ってないし。お前なれるのか?」

「とにかく! ええっと、その美人でお茶目な三年の先輩、今すぐここに連れてこい」

「無理言うな。メアド聞いてないし名前しか知らないもん」

「だったらその名前を教えろよ!」

「い、や、だ、ね」


こいつに菜々子さんの情報は言ってない。名前を言おうものなら、それだけで人物を特定してくるに違いない。まして元生徒会長なんて口走ってしまったらすぐにバレてしまう。嫌だ、菜々子さんは俺だけの菜々子さんだ!


「くっそー、俺も放課後もうちょい教室にいれば……。ああ、こんな馬鹿で変態な親友に彼女を奪われるなんて……」

「奪ってないし。馬鹿で変態な親友よ」

「パクってんじゃねぇ」

「パクってそのまま通用するからいいだろ」


はっは、米太郎の羨ましげな顔が愉快、痛快、爽快、空海。あ、最後のは違う。とにかく俺はこの比喩しきれないほどの優越感を楽しみつつ今日も菜々子さんに会えないかなー、と胸躍らせているのだ! ひゃっはー、補習の授業なんて目じゃないぜ。……っと、もしかしたら授業中に菜々子さんがやって来るかもしれない。あの人は推薦で受かったから補習は受けてないはずだ。マジでやって来る可能性がある。さ、さすがに授業中に大声で名前を呼ぶのは恥ずかしい。というかもうこの教室でスクールライフを送れない気がする。


「くそ、くそくそくそ! どうしてまだ俺には春が訪れないんだ!? 作物のように我慢強く精一杯生きているこの俺が……」

「じゃがいもみたいな顔してるよ」

「この声はマミー!」

「マミー言うな」


水川のご登場。しかし今は仲の良い女子より恋する女子の方が先決だ。どうか菜々子さんが二組にやってきませんように。


「聞いてくれよ、この将也に彼女みたいな女性がいるんだ」

「えっ、すごいじゃん兎月~」

「いやあ、それほどでも」

「だからボコボコにしてやろうぜ」


米太郎の目が殺人鬼の目に変わったあたりでチャイムが鳴った。今からホームルーム、そして補習の開始。どうか補習が終わる十二時までに菜々子さんが来ませんように。






「では今日はこれで終わりだ。進路調査の再提出者は今日中に出すこと。それとロッカーに置き勉はするな。見つけたら処分するからな」


帰りのホームルームも終わり何事もなく放課後。授業で何一つ学ぶことなく、帰り支度を始めることに。結局、菜々子さんは来なかった。さすがに授業中に来るのは度が過ぎると考えたのか。または昨日の俺との会話は単なる時間潰しだったのか。所詮は偶然見つけた一年坊主。こっちは本気で接していたけど、あっちは遊び感覚。もう俺の名前も覚えちゃいない。………はぁ、そう考えるとショック。でもそれが事実みたいだから本当にショック。昨日と今日ずっと浮かれていた自分が情けなく、そして恥ずかしい。


「軽く本気で恋してた自分が愚かだった……」

「おら将也ぁ、帰ろうとするな!」


鞄が叩き落とされる。犯人は米。この野郎、人のナイーブな心境を逆撫でしやがって。


「なんでだよ」

「お前の言う美人な三年生に会うためだろうが。また今日も会いに来てくれるんだろ」

「……はぁ」

「あ? 何を溜め息ぶべぇ!?」


肘打ちアンドミドルキックで米太郎を黙らせる。もういいんだよその人は。その人はただ一夜限りの恋だったのだから。まあ正確には一昼だが。


「だいたいお前は部活があるだろ」

「今日はサボる。今は弓道より大切なことがある!」


友の彼女らしき人物を見るのが大事なのかよ。矢で射抜かれてしまえ。俺は昨日、恋の矢に射抜かれたけど。……上手くない。そして切ない。菜々子さんはもう俺のことなんて忘れているのだから。


『生徒の呼び出しをします。二年二組、佐々木君。二年二組、佐々木君。至急、職員室まで』

「なぜだ!?」


突然の放送。この声は……担任だ。好きになれない声だわ~。


「お前、進路志望の紙出したか?」

「出して……………ない」

「ためる暇があるなら今すぐ持っていけよ」


一年だってのに担任は今のうちから進路調査をするとか言って俺達に志望の大学名を書かせた。そしてそれを用いて三者面談したのが先週。さらに不備があった者は訂正して再提出。まったくもって面倒くさい。一年生のうちからどこの大学に行きたいかなんて明確に決まってるわけないだろ。馬鹿か担任は。ぜってー馬鹿だ。


「第一志望が農学部で……えっと……」


歩きながら訂正をしつつ米太郎は教室から出て行った。実家が農家だったよな、あいつ。やっぱ将来は農業したいのか。さすが米太郎。名にふさわしいじゃないか。……さて、ウザイ奴も消えたことだし今のうちに帰るか。


「さよなら米太郎~………さよなら菜々子さん……」


友に別れを、そして昨日の女に永遠の別れを。軽重揃った別れを告げ、教室から出ようとしたら、


「やっほ~、将也くーん」

「……」


この笑顔……このテンション……嘘……!?


「あ、罰のこと忘れてないよね?」

「な、な……菜々子さん!」

「はいよくできました~」


入口の前にはニコッと笑う菜々子さんの姿が。昨日と同じくお美しい。


「な、なんでここに……?」

「へ? 将也君に会いに来たんだよー」


……めっさ………めっさ嬉しい! うおおぉぉ、マジか!? これってマジですか!? あ、会いに来てくれた……。


「てっきりもう会えないかと……」

「えー? 何言ってるのー、そんな一日だけなんてわけないでしょー」


うはああぁぁ! なんてことだ! 俺は忘れられていなかった。一晩の恋じゃなかった! 俺は……俺はああぁぁ!


「もう忘れられたかと思ってました」

「そんなわけないよー。それに将也君だって罰のこと忘れていなかったじゃん」

「はい!」


うふふふ、あははは、なんて良い気分なんだ。これを最高と言わずして何が最高であろうか。今まさに天に登る勢いですよ。


「それに君に会いに来ただけじゃないんだよー」

「へ?」

「おっ、人の気配」


菜々子さんがそう言い終えると同時に後ろの扉が開いた。のっそりと入ってきたのは、


「将也ー、農学部の生産環境と生物機能ってどう違うんだ? そこ訂正しないとオッケーもらえそうにないんだ」


ぶつぶつと呟くのは米太郎。米太郎が戻ってきやがった。最悪だ、最高から最悪へ転落。天国から地獄……とまではいかないにしろ、この米野郎に菜々子さんが見つかってしまった。菜々子さんを見て絶対に嫉妬するに違いない。ふざけんな、俺と菜々子さんの関係を壊させねぇぞ。


「こ、の、教室から出ていけ!」

「うおっ、あぶね!」


右ストレートを放つが避けられてしまった。くそっ、焦りで狙いがうまく定まらなかった。やばい、逃げられた!


「ったく、なんだよ。何か見られたくないもので……も……」


ひょいと避けて菜々子さんと向き合う形になった米太郎。うわあああぁ!? 最悪だ、もう最悪だ。もう無理だ、終わった。菜々子さんをじっと凝視したまま固まる米太郎。用紙を持つ手も顔も何ひとつ動かない。静止したまま時間だけが過ぎる。もう予想できる。次に米太郎が叫ぶであろう台詞。「めっちゃ綺麗じゃねーか! 将也のモテ馬鹿野郎―!」と。そして俺に殴りかかってくるはずだ。くるならこい。


「ね、ね……」


口元が動き出した。そろそろ叫び暴れるぞ……。そう身構えた時だった。






「姉ちゃん!?」






…………………………………………………………………………………えっ?


「やっほ、米太郎」

「どうして姉ちゃんがここにいるんだよ」

「将也君に会いに来たのとアンタが放送で呼ばれたから気になって」


え……………………………………………………………………………え、ちょ?


「最近始めたカラオケ店のバイトはいいのかよ」

「今日は午前中だけ。それより、どうして放送で呼ばれたの?」

「進路のやつだよ。ちょっと姉ちゃん手伝ってくれよ」


………………………………………………………は? 嘘、え……嘘……今………米太郎の奴、なんて言った? ガタンと床が割れた気がした。


「はいはい、後でね。ちょっと将也君が混乱しているから」


ね、姉ちゃん? 誰が? 何の? 意味が分からない。いや、分かりたくない。理解したくない。目の前で起きている現象を体と脳が拒絶している。足元に広がる暗闇。天国は春か彼方、遠くに輝いている。


「改めて自己紹介するね。私の名前は佐々木菜々子。菜のようにすくすくと育つよう願いを込められた名前だよ。十八歳、元生徒会長。そしてこちらは弟の佐々木米太郎。改めてよろしくね」


……………嘘だ。こんなの嘘に決まってる。上空に輝く恋という光が消え、辺りが真っ暗闇に取りこまれた。嘘……菜々子さんは米太郎の姉……米太郎は菜々子さんの弟。天国から地獄、最悪どころか底辺を突き破ってどん底のさらに下、深淵の奈落へと落ちた。


「う、嘘おおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!?」











「ぶはははっ、はっは、かぁ、お前……姉ちゃんのこと言ってたのかよ」


立ち直るのに数分かけた後、全ての事情を飲みこんだ米太郎が高らかに笑いだした。目に涙を浮かべ俺を指差し、ひたすら爆笑していやがる。


「あはははははっ、ま…まさか姉ちゃんのことを言ってたなんて……ぎゃははははぁぁ!」

「……うるせ」


最悪だ。まさか米太郎の姉ちゃんが生徒会長だったなんて。こんなお馬鹿な奴の姉が生徒会長だなんて想像もつかないって。そしてその親友の姉に一瞬でも恋心を持ってしまった俺は……俺はそれ以上のお馬鹿野郎だ。


「ひ、ひぃ、笑いすぎて死にそう……」

「俺は恥ずかしすぎて死にそうだ」

「はいはい二人とも静かに。ほら、終わったよ」


さらさらと米太郎の進路調査の紙を仕上げた菜々子さん。米太郎に手渡す。


「ありがと姉ちゃん」

「アンタ農業実習したいなら生物資源にしたら? 生物機能だと室内での研究がメインになるよ」

「そっかー。いやまあ農業実習は家でやってるようなもんだし。もう少し考えてみるよ」


ごく普通に会話する米太郎と菜々子さん。その姿はまさに姉弟……。


「いやー、昨日知り合ったばかりの将也君が米太郎の親友だったとは。これは運命なのかもねー」

「そうだね姉ちゃん……ぷぷっ」


ニコニコ笑う菜々子さんと笑いを堪える米太郎。似てねぇ……態度も顔も何一つ似てねぇのに姉弟……こんなの誰が分かるってんだ。


「つーか将也は知らなかったのかよ。姉ちゃん結構有名だぞ。水川も名前言ったら気づくぞ。というか明日言いふらしてやろっと。将也が俺の姉ちゃんに恋してたって……ぷぷっ」

「一瞬な。ほんの一瞬な! 刹那に満たないぐらいの時間だけ好きだっただけだから」


……最悪だ。もう一生の恥だ。忘れてしまいたい。


「えー? 将也君は私のこと嫌いなの?」

「先輩としては好きです。ただ親友の姉としては嫌いになってしまったかもしれません!」


兄弟とかって似るもんじゃないのかよ。この二人、全然似てねぇもん。遺伝子とかDNAの神秘はどうしたんだよ!


「じゃ、これ提出したら帰るわ。姉ちゃんは?」

「私も帰るよ。じゃあねー、将也君っ。これからも出来の悪い弟と仲良くしてあげてね」

「ホントこれからもお願いします。もっと楽しませ……ぶっ、くははははっ!」


米太郎の爆笑とともに佐々木姉弟は去っていった。……………。


「最悪だあああぁぁ! チクショー、俺の純情返しやがれ!」


米太郎の机を蹴り、米太郎の教科書を引き裂き、米太郎のロッカーを殴り、それでも消化しきれない思いをなんとか飲みこみ教室を出る。はぁ……明日からの補習を受けれる自信がない。


「現実は残酷だな……」


教科書全部を空き教室前のロッカー右から三番目のところに押しこむ。鞄は空っぽになったのに体全体はまだ重い。はぁ……死にたい。


「……図書室で本でも借りるかな」


相当精神的に参っているのか、普段は行きもしない図書室へ足を運ぶことに。無音が支配する図書室、生徒数人が読書している中、俺は何をするわけでもなく館内をぶらぶら。……菜々子さんは米太郎の姉……ぐはぁ。


「あっ」


壁にもたれかかるつもりで背中を倒したら、どこか本棚に引っかかってしまった。落ちる数冊の本。やば、司書さんに殺されちゃう。いや殺されないけど。今はそうしてもらいたいかも。


「はい」

「えっ?」


差し出された本。一人の女子生徒が本を拾ってくれたのだ。なんて優しいのだろうか……滲む涙で前がよく見えないよ。ん? なんか髪の毛が赤っぽいような……気のせいかな。


「あ、ありがとう」」


そして女子生徒は自分の本を持ってテーブルへと戻っていった。すごく可愛い娘だった気がするけど……どーせ米太郎の妹かなんかだろ。俺はもう騙されないぞ。


「失礼しました」


特に何も借りず図書室をあとにする。探していた、惚れかけた女が友達の姉だったらどうするかのハウツー本は見つからなかった。明日どうやって米太郎を黙らせるか……くそ、マジでへこみそう。


「あーあ、今日はもうバスで帰ろうかな」


自転車を放置してバス停へと向かう。もう知るか。さっさと帰って寝たい。今なら永遠の眠りについても構わない。永遠だもの!


「はあー」


溜め息とともに乗車。ユラユラ揺れてぼんやりと外を眺める。冬の寒さが身に染みる十二月。もうすぐで今年も終わる。まだまだ春は遠い。というか俺に春はやって来るのだろうか。来年の春、何か新しい出会いがあるのだろうか。何か出会いがあることを祈りつつ、センチメンタルになっているとバスが停車。ドアが開き、乗る人もいれば降りる人も。つり革に全体重を預けていた俺の横を女子生徒が通る。サラサラの長髪が綺麗だなーと眺めていたら、その女子生徒が定期を落とした。あらあらまぁ。落ちた定期を拾い、差し出す。さっきの図書室での恩はこの娘に返すことにしよう。


「あの、落としましたよ」

「……」


女子生徒はこちらを見つめ、無言で定期を受け取るとすぐにバスから降りていった。ありがとうぐらい言ってほしかったな。ま、今はどうでもいいけど。


「……今の娘も可愛かった気がする」


……いやいや騙されるな。あれは米太郎の従妹だ。騙されるな。もうあんな恥はかきたくない。






……にしても可愛かったような。ちょいキツめのつり目が特徴的だったな……。


けどそんなことはすぐに忘れてしまった。



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