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第5話 図書室のオアシス

「紅茶買ってきって」

「次の授業、移動教室だから教材運んで」

「図書室に本返しといて」


これらの命令全てに対して「はい」と言って、そつなくこなした俺は偉いと思う。今は図書室で本を返した帰りだ。


「返してきたぞ」


一応、春日に報告する。


「じゃあ、これも」


お礼も言わず春日は本を差し出してきた。


「……これも返せと?」

「そ」

「さっき出しとけよ!」

「今読み終わった。行ってこい」


な、なんて奴だ。こんなこと許されるのか?


「行ってきます」


しかし犬体質のヘタレな俺は反射的にこの理不尽な要望を承諾してしまう。溜め息を吐きつつ先程歩いた道を再度通る。


「こんなことしてたら昼休みが終わっちゃうっての」


図書室は違う棟なので一度外に出なくてはならない。まったくもってめんどくさい。あー、しんどい。

ふと、俺の前を一匹の黒ぶち猫が横切った。


「猫だ。学校内にいるもんだな」


うはぁ癒される。猫は俺の数メートル先で歩を止め、こちらを見る。


「おいでおいで」


しゃがみ込んで手招きをする。が、猫はそれを一瞥した後また歩きだす。


「そんなもんだな。猫は自由気ままな動物だし」


はい休息終了。立ち上がって図書室へと向かう。

図書室がある建物の前まで来た。入口すぐ横の階段を登れば図書室に着く。これで本日二回目の入場となる。と、そこにはさきほどの猫がいた。


「さっきの猫、と……」


そして一人の女子生徒がいて、その女子は猫に鰹節をあげていた。猫は鰹節を食べ終わると満足したように建物内から出ていく。お礼も言わないところが春日そっくりだ。


「猫って不思議だよね」


不意に女子生徒が喋りだした。独り言か?


「こんなことを今までに何十万人という人が考えたんだろうね。そう考えると歴史は繰り返すって言葉はしっくりくるよね」


深いことを言ってるようで浅い気がする。まあ、言いたいことは分かるな。


「でも答えは人それぞれ違うんじゃない? そう考えると歴史は塗り替わるって言葉もしっくりくるよな」


俺の言葉に女子生徒が振り返る。赤みがかった長髪が印象的だ。そして可愛い。


「へぇ、そんな考え方もあるんだ」


くすりと笑う女子。これを天使の微笑みというのか。春日とは大違いだ。


「いつもあいつに餌あげてるの?」

「そうだよ。名前はコジロー」


それなりにカッコイイ名前だなおい。


「いつもご飯をあげているのに、お礼の一つも言わないんだよコジローは」

「そりゃ何も言わないでも餌貰えるなら言わないだろ。それってある意味賢いよな」

「……それもそうね。うん……面白いね」


また微笑みをこぼしてくれた。可愛い。うは、可愛い。


「君の名前は?」

「俺? 兎月だ」

「兎月君よろしくね。ところでここに何か用なの?」

「あ、そうだった。本を返しにきたんだ」


俺は手に抱えた本を見せる。


「それはフランスの作家モープッサンの『川の宿』だね。こういうのを読むんだ」

「いや、俺じゃなくて知り合いの借りた本なんだ。俺は読んでいない」

「そうなの? なら一度読んでみてよ。短いし読みやすいから」

「それなら読んでみようかな」


あまり本は読まないが、いい機会かも。


「うん。なら一度返して、今度は君の名前で借りるといいよ」


そう言って女子生徒は階段を登りだす。


「私も一緒に行く。本を読みたくなった」


そういえば、この人の名前はなんだろう? 見事に聞き忘れた。











図書室で本を借りるにはカウンターで司書さんに申し出て図書カードというものに学年、クラス、名前、本のタイトル、背表紙に貼られた番号を書く。レンタル期限は一週間。カウンターでカードを記入する俺の横にさきほどの女子が本を三冊抱えてやってきた。


「そんなに読むんだ」

「うん、あっという間に読み終わってしまうからね」


女子生徒は慣れた手つきでカード記入を始める。俺はそのペン先を横目で覗く。

名前記入欄には『火祭桜』と書かれていた。……カサイって読むのかな?


「どうしたの?」

「い、いや何でもない」


俺はカード記入を終えて司書さんに一礼する。


「じゃあこれ読んでみるよ」

「読み終わったら感想を聞かせてね」


その場で火祭と別れて教室へと戻る。なんだかいい気分だ。へぇ、あんな女子生徒がいたんだな。











「あれ? 将也、その本は?」


教室に戻ると、たくあんを摘まんでいる米太郎に話しかけられた。


「図書室で借りた。つーか、たくあんをスナック菓子感覚で食うな」

「やめられない止まらない~」

「面白くないぞ」

「その割には笑っているぞ。いや、笑ってるというよりはニヤニヤしてる」

「え、そうか?」

「そうだぞ。何かあったのか?」

「実はな……」


さきほどの火祭とのやりとりを話す。


「へぇ、ほのぼのしてるな」

「だろ? しかもその女子かなり可愛くてな」

「ほほぅ、名前は?」

「えっと…火祭(かさい)」

「よっしゃ、今度は俺も一緒に行くぜ。つーか今から行くぞ!」

「はぁ? 嫌だよ」


冗談じゃないぞ。昼休みのうちに三回も図書室に行くなんて。


「うっせー、善は急げと言うだろ」


残りのたくあんを口に流し込む米太郎。だからスナック菓子みたいに食うなよ!


「つーか、もう図書室にいないかもしれないだろ」

「案ずるな、俺の直感がその火祭さんに巡り逢えると告げている。これはまさにデスティニーとな。さぁ、行こう」


この馬鹿は本気のようだ。


「はぁ……分かったよ。そのデスティニーに乾杯といきましょうかね」

「さすが将也。そうとなれば猛ダッシュだ! うはっ、俺の女が待ってるぜ!」


お前の場合は妄ダッシュだ馬鹿。こうして俺は三度、図書室へと向かう。











「どこだ? どこにいるんだ俺のハニー!」


口から大量のたくあん臭を撒き散らしながら米太郎は進む。つーかお前の女じゃないからな。

俺と米太郎は図書室の前に到着。まだいるといいけど。


「よっしゃ、開けるぜ」


図書室のドアノブを掴む米太郎。


「俺の姿大丈夫? 寝癖とかないよね?」

「たくあん臭い」

「よし、行くぞ!」


それは問題ないのかよ。

ドアを開けると中には生徒がほんの数人しかおらず、火祭の姿は……あ、


「いた」


まだいたのか。どうやら本を借りた後そのまま図書室で読みだしたようだ。


「米太郎、あの子だ。可愛くね?」


火祭は本に夢中でこちらに気づいていない。改めて見るが、やっぱり火祭は可愛い。サラサラとなめらかな長髪は肩にかかり、整った小顔と大きな瞳がお人形さんのように綺麗だ。見惚れてしまう。

隣の米太郎は固まったまま口をあんぐりと開けている。


「おいおい、一目惚れとか言うなよ?」

「い、いやあぁぁ!」


見事な奇声を上げた、って声デカ! 図書室にいる人全ての注目が俺らへと向けられる。火祭も驚いたようにこちらを見ているし。


「馬鹿、大声出すな。図書室では静かにしろ」

「そんなこと言ってられるかぁ!」


そんなに火祭が可愛かったのか? いや、それにしては米太郎の顔は引き攣って怯えた目をしている。ど、どうしたよ。


「こっち来い将也!」


米太郎は回れ右をして、図書室から猛スピードで離れる。


「ちょ、待てって」











階段を降りて建物の入口前に来ると、米太郎は俺の胸倉を掴んできた。


「ぐっ、なんだよ急に」

「お前……あの人を知らないのか?」

「あの人って、火祭(かさい)のことか?」

「名前が違うわ! あの人はかの有名な火祭桜(ひまつりさくら)だぞ!」


ひまつり? かさいじゃなかったのか。


「へぇ、火祭(ひまつり)って読むのか」

「知らないのか!?」

「は?」

「……はぁ」


呆れたように溜息をつく米太郎。やめてくれ、たくあん臭い。


「あの人は県内最強の人だぞ」

「はぁ? 何言ってんだ。火祭は女の子だぞ? そんなわけないだろ」

「分かってないな、あの人の強さを。間違いなく最強の女だ。実際に拳を交えた俺が言うんだからな」

「お前、火祭と喧嘩したことあるのか?」


空を見上げる米太郎。そしてフッと小さな笑みを浮かべる。


「あれは中学三年の時だった。受験勉強に疲れた俺は友達数人と公園でたむろしていた。ヤンキー気質溢れんばかりの俺達やんちゃ組は給食で余った牛乳を投げて戯れていたんだ」


なかなか病んでいたようで。


「そこの公園は一般歩道の塀の上にあってな。そこから牛乳パックを落とすと勢いよく破裂するんだ」


何をやってたんだこいつは。牛乳爆弾(俺命名)はめちゃくちゃ臭いんだぞ。中学校の時、ガラの悪い先輩から牛乳爆弾を食らった友達が泣いていたのを思い出すわ。


「それが楽しくてな、皆で躍起になって落としていると、一人の女子が現れた。やめろ、一般人の迷惑だとか言ってきたんだ。俺らも腕っ節には自信があったからな。ちょっと力で黙らそうとしたんだ」


そこで震えだす米太郎。


「で、ボコボコにしたんだ。その子が、お前らを」

「だって激強だったもん!」

「その激強な女子が火祭だと?」

「あの赤色を帯びた髪……間違いなくあの子は『血祭りの火祭』こと、火祭桜だあぁ!」

「呼んだ?」


米太郎以外の声。俺らの後ろに火祭がいた。いつの間に。


「ひ、ヒイィィィ! ひ、火祭さん、あの時はマジすいませんでした! あれから牛乳は毎日飲んでいるので勘弁してください! それでは~!」


顔を真っ青にして米太郎は外へと逃げていった。最後の方は言ってる意味が分からなかったが。


「わ、悪いな火祭。あいつ頭おかしいから」

「いや、彼はおかしくないよ。今の会話、途中から聞いてたよ」


火祭の顔が暗くなる。ってことは……


「喧嘩が強いってのは…」

「そうだね。自分で言うのもアレだけど結構強いよ」

「へぇ」

「……引かないの?」

「引く? 俺が火祭のことを? いやいや、俺はなんとも思わないぞ。マナーの悪い米太郎を粛正しただけだろ? 火祭は正しいじゃんか」

「……そう」

「ちなみに米太郎ってのはさっき逃げた奴」

「米太郎って名前なんだ。面白い名前だね」


くすりと笑う火祭。やっぱ笑顔が可愛いな。


「だろ?」


俺もニヤリと笑う。


「とりあえず改めて自己紹介するな。俺は二年二組の兎月将也」

「私は二年一組、火祭桜。よろしくね」


俺の下僕生活にオアシスが見えた気がした。



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