第49話 新キャラ登場?
学園祭も無事フィナーレを迎え、大成功で幕を閉じた。今日はその翌日だが学園祭の代休ということで学校はお休みなのだ。平日なのに学校に行かなくていい。大多数の生徒がベッドの上で歓喜の声を上げたに違いない。というか俺も今朝しました。そこに届いた一通のメール。それが全てを狂わせやがった。
「……だる~」
「だるいな!」
「兎月先輩はキビキビ動いてください」
「さっさと働く」
俺のつぶやきに三つのコメントが返ってきた。はぁ……しんどい。代休だってのにどうしてボランティア部が後片付けをしなくちゃならんのだ。全くもって理解できない。というか理解したくない。昨日のうちに終わらなかった後片付け。使い終わった看板や装飾品、ゴミ拾い。それをなぜボランティア部がしなくちゃならないのか。ひたすらゴミを集めては捨て、ダンボールをまとめては運び、使える板や再利用できるものは倉庫に運び……ああ、しんどい。
「兎月、ビニール紐取ってくれ!」
「うるさい。ボリューム下げろ」
「この大声は俺の魂の叫びだ! そいつぁ無理な話だな!」
「魂がビニール紐って叫んでいるのかよ」
声がデカいんだよ山倉は。こいつなら電話なしでその場で叫んで救急車を呼べそうだ。あー、うるさい。
「兎月先輩、そこ邪魔です。どいてください」
「乗り越えろ。そうして後輩は先輩を越えていくんだ」
「踏みつけますよ?」
「いやもう踏んでるし」
先輩の足をためらいもなく踏みつけていったのは一年後輩の矢野。眼鏡が似合う女の子なのだが、俺に対して全く敬意を見せない。先輩を敬う気持ちがないのだ。なんつー後輩。ああ足痛い。
「どうして矢野は俺を尊敬しようとしないんだ?」
「兎月は尊敬できる先輩じゃなくて、接しやすい友達みたいな先輩だから」
「じゃあ水川は?」
「私は尊敬できる先輩」
「自分で言うなよ」
ショートカットの似合う可愛らしい女子生徒の水川とはクラスメイトの仲良しちゃん。明るくて元気でクラスの人気者ムードメーカーの水川は昨日のクラスの打ち上げでも皆の中心に立っていた。ちなみに俺はドリンクバーに夢中でした。そして親友の佐々木君はサラダバーに夢中でした。あの野菜お米太郎が。
「先輩、こっちは終わりました」
「おう。あれ、駒野先輩は?」
「部長は勉強するとか言って帰りました」
一年生部員男子二人がテクテクとやって来た。この二人と駒野先輩は違う場所で作業してたのだが、駒野先輩の姿が見当たらない。我らが部長が召集を下したのに、その本人がさっさと帰るなんて。そんなに受験勉強で忙しいのかな。さすがは受験生。うわぁ、進級したくない。
「部長に、兎月先輩がしんどいって言っていたかどうか報告するよう頼まれたんですけど」
「報告しなくてよし」
ボランティア活動でしんどいとか禁句だぞー、とか言ってアイアンクローされるのがオチだ。普段はのんびりしているくせにアイアンクローする時だけは熊の手なみに速いんだよな、あの人。
「うし、じゃあこれで全部終わったかな。あー、しんど……なんでもない」
危ない危ない。はぁ、やっと終わった。終わった後もやっぱり納得いかない。どうしてボランティア部が後片付けしなくちゃいけないのか。うちは便利屋じゃねーっつーの。片付け終わらなかった、そうだボランティア部に任せよう。そんなことを簡単にヘラヘラと言うのが気に食わない。ただこき使うのをボランティアとは呼ばない。お互いがお互いを思いやり助け合うことがボランティアの意味であり、一方通行では駄目なのだ。相手を思いやることからボランティア。自分のためじゃなく、誰かのため。はいこれ復唱!
「これで終了?」
「あとはこの看板を図書室下の倉庫に運ぶだけだよ」
「そっか」
「よっしゃ、今から打ち上げに行こうぜ!」
やっとこさ後片付けも終わったかと思いきや突然の山倉ボイス。うるさい。
「はあ? 何の打ち上げだよ?」
「ボランティア部の打ち上げさ!」
学園祭の打ち上げなら分かるけど学園祭の後片付けの打ち上げなんて聞いたことない。
「はいはい勝手に言ってろ。看板運んでくる」
モンスターの咆哮のように騒がしい山倉を無視して倉庫に向かう。あ、この看板、三組のアトラクションのやつだ。火祭と一緒に入ったんだよなぁ。いや~、ホント楽しかったよな。火祭と一緒ならどこへ行っても楽しいのさ。
「あ、火祭」
「あ」
噂をすれば何とかって言うけど心のつぶやきに反応するとは。倉庫に看板を押しこんでいたら上の図書室から火祭が出てきた。火祭だってすぐに分かった。あの赤みがかった綺麗な長髪は火祭だけのもの。あの気品と美しさは彼女だけが持つ特別な魅力。
「どうして休みなのに学校にいるんだ?」
「その台詞そのまま返すよ」
カウンター攻撃ですか。
「学園祭の後片付けだよ。ボランティア部でね」
「大変だね」
「火祭は?」
「私は本を返しに来ただけだよ。あとコジローに餌あげに」
休みなのにご苦労なことで。コジローも喜んでるよ。
「そっか」
「君はもう帰るの?」
「いや今から打ち上げがあるんだけど……あ、そうだ」
火祭を連れて皆のところに戻る。火祭を見て喜ぶ水川。そして皆に説明。
「というわけで火祭連れてきた」
「兎月ナイス!」
山倉が歓喜の雄叫びを上げる。他の皆も嬉しそうだ。火祭とボランティア部は非常に仲良しなのだ。一緒に掃除や挨拶活動と頑張ってきたからな。
「で、どこ行くの?」
「カラオケに行こうぜ!」
カラオケか~。まあいいんじゃないでしょうか。火祭含めて七人か……三、四で分けた方がいいかな?
「桜もカラオケでいい?」
「いいよ」
「やった! じゃあカラオケに向けてレッツゴー!」
「うるせ」
「さあどんどん歌っていくぜ! み、ん、な、盛り上がろうぜー!」
「うるせ! ちょ、こいつ黙らせるか音量下げてくれ!」
「エコーがとんでもないことになってるよ!」
ぐあっ、鼓膜が破れそうだ。なんだこいつ。この馬鹿声の馬鹿山倉が! うるせーんだよ。誰かこいつの口を縫い針で閉じてくれ!
「さあ盛り上がろう!」
「うるせー!」
山倉からマイクを奪い取り、曲を強制終了。まだ耳が痛いや。もう山倉にマイクは持たせねぇ。そのまま歌わせるからな。
「火祭、大丈夫か?」
「右耳がよく聞こえないよ……」
「テメー山倉ぁ! なんてことしてくれたんだ! お前の両耳と両目を潰して償ってもらう」
「と、兎月が怖い!」
当たり前だ。火祭を傷つけてただで済むと思うな。来世をかけてでも償ってもらうぞコラァ。
「ほら次は兎月の番だよ」
水川がマイクを渡してきた。よっしゃ、いくぜ。さあ聞いてくれ俺の美声を!
「俺の出番か。さあ行くぜ、ってこれさっきと一緒の曲じゃん! 山倉テメー二回入れやがったな!」
「はい兎月の番終了ー」
「そんな待って水川!」
もう何だよこの感じ。もうグダグダなんですけど……はぁ、喉渇いたし。あ、まだドリンク注文してなかった。
「ドリンク注文するわ。皆は何がいい?」
「アイスティー」
「私も真美と同じやつで」
「コーラ!」
「はいはい、と。すいません、アイスティー二つとコーラとメロンソーダ」
注文を終え、ダラダラと曲選び。隣で水川がノリノリで歌っている。なんか流行りのアイドルの歌らしい。流行りねぇ……あんまし流行の歌知らないからな~。何歌えばいいんだろ? アニソン? アニソンって言ってもなー……最近アニメ見てねーよ。昔のアニメしか知らないよ。
「はい次は桜の番」
「うん」
曲を探しつつ、火祭の美声に思わず聞き惚れてしまった。耳を包み込むように優しく心地好い歌声が心をなごませてくれる。ニコ風に言わせてもらうなら、作業が進まねぇ! うわ、火祭ちょー歌上手いじゃん。精密採点で九十点台を出しそうな勢いだよ。
「~♪」
「はぁうわぁ……可愛い……!」
山倉がアイドルを見るような目で火祭を見つめる。いやもう火祭アイドルだよね。普通にアイドル並に可愛いもん。総選挙出ちゃいなよ!
「きゃー、桜最高ー! ねぇ、次はこれ歌ってよ」
「うん」
きゃきゃっと水川と楽しそうに喋っているのも微笑ましい。ああ、なんか楽しい。やっぱ女子とカラオケくると超楽しい。いや男子だけできても十分楽しいけどさ。
「はい兎月! お前の番だ!」
「うし、今度こそ」
今度はちゃんと入力したので大丈夫。今度はちゃんと俺の歌声披露してやるぜ。聞き惚れるがいいさ!
「よっしゃいくぜ!」
「失礼します」
バッドタイミング! 歌ってる最中に店員がドリンク持ってきやがった。うわ、これ苦手なんだよ。なんか歌いづらくなっちゃう。は、早くドリンク置いて出て行ってくださーい!
「アイスティーとメロンソーダと……ん?」
「~♪」
……な、なんか店員がこっち見てくるんですけど。え、何、何なのさ? 俺ってそんな音痴!? こ、こっち見ないでぇ。
「……」
女性の店員はじっとこちらを凝視してくる。そしてドリンクをテーブルに置いて立ち上がったかと思いきや、
「将也くーん!」
「うぐぅ!?」
い……い、いきなり抱きついてきた。ショートのふんわりしたくせっ毛の髪の毛からシャンプーの良い匂い。体に伝わる温もりと走り抜ける電流。正面に感じるふくよかな二つの感触に心臓は早鐘のように暴れまわる。な、なななんで抱きついてきたんだぁ!?
「ぬ、ぬああああああぁぁぁぁぁ!?」
思わずマイクで叫んでしまった。ああああああああぁぁぁっ!? なんだこれ! どうしていきなり店員に抱きつかれたんだ!? 誰この人。こんな美人さん知らないよ俺!
「久しぶり将也君。ちょっと背伸びたんじゃない?」
ちょ、知り合いですか。なんか向こうは俺のこと知ってるっぽいんですけど……。こんな美人なお姉さん、知り合いにいたか? ふんやりとした茶色の髪は毛先がくりっとカールしており、整った顔はとても綺麗。そして大人の香り漂う色気ある大人の女性……誰だ!?
「と、兎月……知り合いか!?」
曲を停止した山倉が驚きと言わんばかりの声を張り上げる。うるさい。けどそれどころじゃない。このお姉さん、俺から離れようとしないぞ。
「……」
「ど、どうしたの桜?」
水川の声に反応してそちらを振り向けば、そこにはこちらを睨む火祭の姿が。あの……なんか心なしか目が怒っているように見えるのですが……。
「……誰ですか」
うおっ、なんて低音のそして低温な声なんだ。火祭? あの、えと……怒ってる? なんかそんな感じに見えるんですけど。そりゃ確かに店員が邪魔してきたら注意したくなるけど、何もそこまで敵意をむき出しにしなくても。ん? 敵意? 何に対しての敵意だ? よく分からないけど火祭がめっちゃ怒っている。女性店員を睨む目がすごい。おおおぉぉ!? 一瞬、血祭りの火祭オーラが見えたぞ!?
「えー? 将也君のお知り合いでーす」
対して女性店員はそんな火祭を気にせず抱きついてくる。や、ちょ、なんか柔らかいものが当たっているんですが……。ちょ……ちょっとぉ!?
「……離れてください」
火祭の怒気のこもった重音な警告はこの部屋の気温を数度近く下げた。おいおい、火祭がめっちゃキレてるよ。そ、そんな怒らなくてもいいじゃん。な、何が気に入らないですか?
「あれ? もしかして私のこと分かってない?」
女性店員は火祭の威嚇をシカトでスルーという高等テクで躱した。この人なんかすごい。とうか離れてください。俺の理性が持ちません。
「あの、失礼ですが誰ですか?」
「あ、やっぱり分かってなかったんだ。それとも忘れたかな? じゃあ、ヒント」
よ、ようやく離れてくれた。お姉さんは胸元にある名前カードを指し示す。あれ………あっ!
「分かった、菜々子さんだ!」
「ピンポーン。大正解」
嘘、菜々子さん!? 髪染めてるから分からなかったよ。それに髪型も違うし。というかどうして菜々子さんがここに?
「うおおぉ!? 菜々子さんだ!」
「うわぁ、全然わからなかったです」
山倉と水川もピンときたようだ。
「……知り合い?」
「大丈夫だよ、桜。あの人は兎月のことただの後輩としか思っていないから」
「真美も知っているの?」
「知っているっていうか桜も知っているはずだよ」
「え?」
うわー、菜々子さんだ。お久しぶりです。去年会った以来ですね。しっかしホント変わったなー。なんかめっちゃ綺麗になった。いやまあ前からお綺麗でしたけど。というか大人っぽくなったな。
「お久しぶりです」
「堅苦しいよー。お久しぶリンゴ! って言ってよ」
「無理ですって。だって菜々子さんは……って、あれ?」
菜々子さんは俺の横を通って後ろの火祭達に近づいていった。そしてジロジロと火祭を凝視している。そして火祭は身構えている。
「あ、あの?」
「なるほどー。将也君の彼女さんでしたか」
「!?」
ん? なんか今、俺の名前が聞こえたような。
「呼びました?」
「んーん、呼んでないよ」
そうですか。そして火祭とコソコソ何やら話をし出した。俺の悪口でないことを祈ろう。
「へー。将也君にこんな可愛い彼女がいたなんて」
「!? あ、あの、その私……ま、まだそんな……」
「大丈夫だよ。私と将也君はただのお友達だから。警戒しなくていいよ。そして頑張ってね」
「は、はい」
火祭がりんご飴のように真っ赤になっている。おいおい菜々子さん何言ったんだよ。初対面の人を赤面させるなんて下ネタ以外に考えられないよ。
「あ、私のこと知ってる?」
「い、いえ……」
「んー、ちょっとショック。でもいいや。じゃあ自己紹介するね」
火祭からも離れて菜々子さんはマイクを取る。店員さんのとる態度じゃありません。
「私の名前は菜々子。元、生徒会長です!」
「え……」
そうです。そうなのです。この人、昨年まで生徒会長やってました。なので火祭も知っているはずなんだけどね。
「今は大学一年生だよ。あ、仕事戻らないと。じゃあね将也君。彼女さんを大事にしてあげてね」
「っ!?」
さらに真っ赤になる火祭をよそに菜々子さんは颯爽と去っていった。まるで嵐のような人だったな……散々暴れていって。つーか俺に彼女いねー。
「やっぱりすごいね、あの人」
「くぅ~、相変わらずの美人っぷりに俺もう感動!」
水川と山倉のリアクションに追いつけない火祭がこちらを見てくる。まだ顔が赤いのはなぜだろうか?
「せ、生徒会長だったんだね……」
「俺も会うのは久しぶりだったよ。あの人にはすげー迷わ……いやまあお世話になったのかな。とりあえず色々とあったよ」
「色々って?」
「色々」
ホントお世話になったよ。そして……あの人の持つ秘密に俺は度肝を抜かれた。そう、あれは一年前の冬のことだった……。