第48話 寄り添う眠り姫のボディーブロー
「どうぞお入り~」
「……」
暖かい陽光が差し込み、辺りは静けさで覆われている。いや、ラブホじゃないですよ。そんなピンクの照明とかついてないから。いやいや、ラブホにピンクの照明があるとか知らないけど。いやいやいや、ラブホ行ってみたいけど。……紆余曲折すぎて話の軸が完全に消えてしまった。えっと、俺と春日が向かった先、それは部室棟。学園祭で盛り上がっている校舎とは対照的にここの部室棟に人気は全くない。そりゃ学園祭で部室棟に来るなんてないでしょうし。なので休憩するには持って来いの場所なのである。あ、休憩ってそういう意味じゃないから。相手は春日だし、手を出したら春日の親父さんに抹殺されそうだし。あー、怖い。春日父とは一回しか会ってないけど、できるならもう会いたくないです。
「……ここは?」
「ボランティア部の部室。好きにくつろいでいいよ」
特に何かがあるわけではない。普通に長テーブルとパイプ椅子が数個。あとはダーツがあるくらいのものだ。ごく普通の部室。そして静寂と安らぎの場。ここなら文句ないでしょうよ春日さん。あなたのご要望通り、静かだし休める場所ですよ。
「……」
こちらをじっと睨んできた後、春日は近くの椅子に座って先程買ったぶ厚い本を読み出した。どうやら気に入ってくれたようだ。良かった良かった。足がやっと苦痛から解放されました。さて、俺はどうしようかな。ステージの演奏を見に行きたいが春日を置いていくわけにもいかないし。ここで時間を潰すしかないか。ま、のんびりしましょう。春日と離れた位置の椅子に腰掛ける。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
……何もやることねえ。え、暇。すごく暇なんだけど……。ダーツしたいけど春日から「うるさい」と言われそうだし、携帯の電池も切れそうだからゲームもできない。つまり、暇なのだ。そう暇。あー、退屈。
「……」
「……」
春日は本の世界に入っちゃったし、俺は一人ぼっち。ホントにやることない。何すれば……妄想でもするか。妄想……そうだ妄想だ。妄想しましょう。よし、ある日突然家に一度も会ったことのない義理の妹がやって来たという設定で。そこから始まる俺と義妹の甘酸っぱい生活ってことで……妄想開始。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
……うわぁ包丁!? ちょ、危な……ぎゃああぁっ!? はぁ、はぁ……ま、マジかよ……妄想上の架空の義妹に殺されるなんて……! ああああぁぁ、妄想やめやめ! なんか疲れたし、寝るか。確か三時までに体育館に集合だったよな。携帯のディスプレイを確認。今は…十二時三十分か……二時間は寝れるな。時間になれば春日がローキックで起こしてくれるだろう。目覚まし時計がバイオレンスなのは我慢するとして、じゃあ寝ますか。おやすみー春日。口では言わないけど俺のモーションで察してくださいね。長テーブルに突っ伏す。ひんやりしてて気持ちいい~。
「……」
「……」
「……」
「……」
……あ、マジで眠たくな…って……き………
「……」
「……」
「…すー」
「……兎月?」
「すー」
「……」
………ぬ、ぬわぁ出刃包丁!? や、やめろぉ! ……はっ!? ゆ、夢か。なんで夢の中にまで架空の義妹が出てくるんだよ。そしてなんでヤンデレなんだよ!? 怖いわ。義妹って怖い。俺の義妹がこんなに怖いわけがある!
「つか……マジでぐっすり寝てしまった」
まさか本当に寝てしまうとは。爆睡しちゃったよ。部室が寝心地良いもん。というか寝やすい。ふぁ……なんか暖かいや。もう一回寝たいくらい。
「……今、何時だ?」
開ききってない目でぼんやりと携帯のディスプレイを覗く。なんかポカポカするなぁ。やっぱ二度寝したい。もう目閉じよっかな~。
「……三時三十五分…え……はぁ!?」
一気に体全身が覚醒する。マジか!? 集合時間三時をとっくに過ぎてるじゃないか! 完全に寝過ごしてもうた。ちょ、駄目じゃん! もう体育館では全校生徒集まって総評とかやってんじゃねぇの! ちょっと春日っ、どうして起こしてくれなかっ……!?
「な、なんでこんなことに……」
やけに体が暖かいと思ったら、隣で春日が体をくっつけて寝ているではないかっ。………は、はええぇぇぇっ!? 嘘!? ど、どうして!? なんで!? Why!? 春日は俺に寄り添うようにして頭を俺の肩に乗せている。ち、近い近い近いぃぃっ! ま、待て。待つんだ俺。とりあえず一回落ち着こう。小説家になろう……あ、違う、冷静になろう。クールダウン、はい深呼吸。……色々と疑問があるが、まず最初に……なぜ春日が隣にいるのか。俺の記憶が正しければ春日は俺と大分離れた位置に座っていたはず。なのに今は隣、しかも体がくっついた状態。どうしてだ? 他にも突っ伏して寝ていた俺がどうして上体を起こしているのか、なぜ春日も寝ているのか。疑問がたくさんあるが一つだけ言えることがある。それは……この状況を楽しむべきだ! 春日もまだ眠っていることだし、ちょっとくらい手を出しても……って、だ、駄目だぞ俺っ。春日にバレたら殺されちゃうって。で、でも春日すげー良い匂いするし、サラサラの髪の毛がやけに色っぽく見えるし、スカートがズレて太ももがモロに露出しているし……! うわぁ、絹のように綺麗な太もも……。俺って太ももフェチだったのか……や、ヤバイ、触りたい。すべすべしていてそれであって柔らかそう。さ、触ってみたい! つーかスカートズレ過ぎじゃないか! あ、あと少しで……ぱ、パンツが見えるんじゃないの!? うわぁ!? この見えるか見えないかのギリギリ感がより興奮する……って駄目だ駄目だっ! 同級生をそんな目で見たらいかんよ。俺は変態か! あ~、でもこんな間近でこんなの見せられたら……。だ、だって太もも全部見えてるもん! 眩しくて直視できないよ。いや、しっかり直視するけどねっ。あと春日の顔が近い。横を振り向けば、すぐそこには春日のキュートな寝顔。は、ハンパなく可愛いっ! 整っている顔だとは存じていたが、ちゃんと見たことはあまりなかったからなぁ。こ、これほどまでに可愛いとは……! こ、これだけ誘われて何もしないほどヘタレじゃないぞ俺は! キスの一つぐらいしてや……む、無理ぃ! できないよぉ! ヘタレだもん!
「俺のヘタレ弱虫……」
頭がクラクラしてきた。このままじゃイカれしまいそうだ。とりあえず春日を起こさないと。あぁ~、良い匂い~……トロンとしてしまう。
「あ、あの~、春日さん? 起きてくれませんか~?」
「……ん」
ぐあぁぁっ!? 春日の口から洩れた喘ぎ声(?)があぁ! 俺のハートをズッキュンキュン! 悶え死にそう!
「か、春日さん。起きてくださぃ。これ以上は俺の中のビーストが目覚めちゃいそうです」
「……兎月?」
よ、ようやく春日が目を開いてくれた。パチパチと目を瞬く春日。数秒の空白の後、
「き、きゃああぁぁぁ!」
顔を真っ赤して俺にボディーブローをぶち込んできた。ぐはっ!? 普通ビンタじゃね? なぜにボディーブロー? すごく痛いし。
「か、春日落ち着いぶぼぇっ!?」
またもやボディーブロー! ま、マジで痛い……!
「落ち着こう! とりあえず落ち着こうぜ! 話はそこからだぶへらぁ!?」
がっ、腹が死ぬ……。か、春日と距離を取らないと。近くにいたらフルボッコにされそうだ。
「な、んで兎月がいるの?」
顔を真っ赤にして春日が睨んでくる。なんか、フーッと威嚇する音が聞こえてきそうなくらいだ。うおおぉ、髪の毛逆立っているよ。
「いや、俺も寝ていたから分かんないけど気づいたら春日が隣にいた」
「……」
う~ん、もうちょっとだけあの状態を満喫したかった気もするな……。たぶんもう一生ないだろうし良き思い出として心のアルバムに刻んでおこう。
「あ、大丈夫だよ。俺は何も手出しておりませんので」
「……」
「あー……色々と言いたいことはあると思うけど、とりあえずここから出ない? 今頃、体育館で校長がありがたいお話とかやってそうだし」
「……」
いつまで睨みつけてくるんですか、あなたは。大丈夫、何も手は出してません。出しかけたけど。ギリギリセーフですから。あと一歩でアウトになりそうでしたけど。
「ほら、行こう。ね?」
「……」
扉を開けて春日を誘導する。春日ったらまだ顔が赤いや。こんなにも慌てている春日も珍しいな。ちょっとした優越感だな。ふふふっ。
「こっち見るな」
「ぐぇ」
ぐっ……ローキックはいつまで経っても慣れないな……! 今日だけで何発食らったことやら。だから睨まないで。ふぅ……ぐっすり睡眠取ったのになんか疲れた。部室の扉を閉めて施錠。春日と二人で部室棟をあとにする。さて今からどうしようかな。今更体育館の中には入れないし、教室の前で待っておくか。
「なぁ、春日」
「……」
「俺の記憶だと春日は本を読んでいたと思うんだが。何時頃から読書はやめたんだ?」
「……」
出ました無視。俺と目も合わせず顔も背ける春日。こうなっては返事は返ってこないだろう。春日はそういう人なのだ。……さっきのことで機嫌が悪いのだろう。いやでもねー……俺もどうしてああなったのか分からないのですよ。
「……すぐ」
「え、何か言った?」
今……返答してくれた? ごめん、まったく聞いてなかった。
「……」
「痛いっ、ローキックはもうやめにしませんか!?」
あ~、足痛い。結局、春日が隣で寝ていた理由は分からずじまいか。おそらく……宇宙人の仕業だな。……足も痛ければ、頭もイカレたか、俺よ。いやだってさ、俺は全く移動していなかったし。となると春日が移動しなくては俺の隣にいるはずがないでしょ。春日自身が俺の隣に来るなんてありえないっつーわけで、そうなると残された選択肢は宇宙人の仕業としか思えない。てことで宇宙人に感謝。春日との良い思い出ができました。ありがとうございます。
「……あっ、やっと終わった」
廊下から体育館を眺めていると、体育館の正面口が開いて生徒がわらわらと出てきた。となると今から後片付けか。まとめると俺は学園祭で午後は寝ていたんだよな。そんな不良じみたことするつもりはなかったんだけど。
「じゃ、俺行くわ。春日も自分のクラスの後片付けに加われよ」
「……」
返事なし、と。さて後片付けは頑張ろうかな。今日全然働いてなかったし。
「……兎月」
「ん?」
まさに教室に向かって第一歩、のところで春日に呼び止められた。急に名前呼んでくるんだよね、この娘は。
「……」
「えっと、何か?」
要件はなんですか? 早く片付けに行きたいんですけど。
「……楽しかった」
……………えっ? う、嘘……春日がそんなことを言うなんて……マジかよ!? そんな素直なことを言う奴だったか? びっくり……いやいや、それは置いといて。
「うん、俺もすげー楽しかったよ。また二人で回れたらいいね!」
自分で言うのもアレだけど最高のスマイルで返した。自然と笑顔になったのはやっぱり本当に楽しかったからなんだろうか。一緒に甘い物食べて、ちょっとお店を回って、あとは昼寝してただけなのに……それだけなのに、なんか充実した気持ちなんだよなぁ。とても楽しかったという幸福感だけが心に染み渡っている。
「あっ! 将也見っけ。どこ行ってたんだよ」
教室前で皆を待っていると米太郎を先頭にクラスメイトがぞろぞろとやって来た。
「寝てた」
「お前はギャルゲーの主人公か」
どんなツッコミだ。いいから鍵開けろ。片付けしたくてウズウズしてんだよ。
「春日さんと楽しんだか?」
「まあ、それなりに」
ん? 米太郎よ、なんつー顔をしているんだ。怪訝な顔つきの米太郎はこちらに顔をぬっと近づけてきた。近い、きもい、やっぱたくあん臭い。
「一組の奴に聞いたんだが……体育館集合の時に春日さんがいなかったんだと」
「お、おう」
「俺が察するに……お前、春日さんとチョメチョメしてただろ」
「してねーよ!」
そんな甲斐性ないわ!
「……どこにいたんだお前ら?」
「部室」
「学校はラブホじゃねーぞ! 不純異性交遊とはやるじゃねーか将也兄さんよぉ」
意味分からんし。だからそんなことは一切してないっての。ギリギリね!
「いいから後片付けしようぜ。俺の分まで仕事してくれてサンキューな」
「親友が彼女と逢い引きするとなったら、お安いご用さ」
「だ、か、ら! 付き合ってないの。いい加減にしろよ」
「あ、この後クラスの打ち上げがあるけど将也も来るだろ?」
話聞けよ! えっと……なんやかんやで学園祭楽しかったです。