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第46話 米太郎に任せた

賞品のお菓子を食べつつ俺と火祭はまたぶらぶらと校内を歩く。立ち食いは駄目だって? まあまあ、今日くらいはいいじゃないの。三組のアトラクションで遊んだ後は古本を売っている文芸部や生態研究レポートを張り出している生物部や自作の漫画を配っている漫画研究部と色々と回っていった。火祭と一緒なら、どこ行っても楽しいよねっ!


「あ、帰ってきた」


ぐるりと一周回って再び二組の営業するドーナツ屋さんに戻ってきた。現在お昼前とあってかなり繁盛している。うお、こんなにも人が来るものか~。


「楽しんできた?」

「すげーエンジョイしてきたよ。ところで米太郎は?」

「佐々木は裏で玄米茶作ってるよ」


米太郎だけに玄米茶か。とりあえず頑張ってるっぽいな。


「桜は何時にお店に戻らないといけないの?」

「私は十二時からだから、そろそろ戻らないと……」


そっか、火祭も仕事があるのか。一組はホットケーキ屋だから今頃からお客さんの入りも増えてきそうだな。というか火祭がいたら売上アップ間違い無しでしょ。


「私も一緒に行くよ。仕事も終わったことだしホットケーキ食べてみたいし」


そういえば水川はエプロンを着ておらず制服の姿だ。せっかくだから写メでも撮っとけばよかったな。いやだって普通にエプロン姿可愛かったし。


「兎月は今からでしょ?」

「おう」


俺も十二時からのシフトに組み込まれている。つまり働かなくてはならないというわけだ。


「じゃ桜行こっか」

「うん。付き合ってくれてありがとね」


火祭がこっちを向いて笑顔でそんなことを言ってくれた。はぁうわぁ癒される。


「こっちこそ俺なんかと回ってくれてサンキューな。すっげー楽しかった」


礼を言って火祭と水川は教室から出ていった。さて、俺も今から一時間頑張りましょうかね。そう思った矢先だった。


「兎月」

「はっ!? だ、誰だ……って、春日か」


気がつくと後ろには春日が立っていた。あなたは人造人間ですか。気配を感じなかったぞ。そして戦闘能力も18号並に高いし。ローキックならたぶん学校二位だと思う。一位はもちろん火祭。


「……仕事?」

「あぁ、ちょうど今からだな」

「……」

「そういう春日はどうなの? 一組はホットケーキ屋やっているでしょ」

「……今終わった」


なるほど、春日と火祭が入れ替わりで交代というわけか。


「良かったらドーナツ食べてく?」

「……」


無言で近くのテーブルに座る春日。食べてくれるようだ。


「どれがいい?」


春日にメニュー表を見せる。


「……これとこれ」

「ちょっと待ってね」


巨大なダンボールで隔てられた裏側へと移動する。そこでは注文の品の準備で慌ただしかった。せわしなく動きまわるクラスメイトの皆さん。


「佐々木、いつまで玄米茶作ってんだよ。お前はレジ係だろうが」


その一隅で一心不乱に玄米茶を作っている米太郎がいた。


「まあまあ、とりあえず飲んでみろよ」

「何言って……うまっ! この玄米茶ハンパなく美味いぞ」

「ふふんっ」


何やってんだよこいつらは。仕事しろよ。今が一番忙しいんだから。


「酒井、①と④を一個ずつ」

「お、おお分かった」

「将也か。とりあえずこれ飲んでみろよ」

「後でな。お前は紅茶の準備だ」


男性用のエプロンを身につけ、皿とトレイを準備してクラスメイトの酒井からドーナツを受け取る。


「米太郎、紅茶は?」

「はいっ」


紅茶をトレイに乗せ、春日の待つテーブルへと向かう。お待たせ春日お嬢様。


「お待たせしました、ご注文の品です。どうぞごゆっくり」

「……」


春日とは仲良いし(?)、どうやら春日は一人みたいなので向かいの席に座ることにします。春日はしばらくドーナツと見て俺を見た後、一つ手に取る。


「美味しい?」

「……」


黙ってドーナツを食べ始めた春日。なんか小動物みたいな食べ方だよなぁ。もぐもぐって音が聞こえてきそうなくらいだ。とても可愛らしいと思う。


「見るな」


ジロッと睨まれてしまった。ヤバイヤバイ。春日の機嫌を損ねると、きついローキックを食らわされるので注意しなければ。あれってたまに尾を引く怪我になる時もあるからタチが悪いんだよぉ。慌てて春日から目線を外す。僕は何も見ていませ~ん。アウトオブ眼中。……なんか使い方違う気がする。


「……」

「……」

「……これ、何?」

「え?」


もぐもぐ食べていた春日だったが、見ると春日は紙コップを持ったまま、その中身を凝視していた。それは紅茶でしょ。ちゃんと米太郎に指示して……はっ!?


「ちょ、ちょっと飲ませて」


春日からコップを受けとって紅茶を少しだけ口に含む。それは見事に紅茶でなかった。そして見事な玄米茶だった。美味しいだなんて知ったこっちゃない。


「米太郎ぉ! お前の自信作は出さなくていいんだよ!」


レジの前で、バレちゃった。てへっみたいな顔をする米太郎。あの馬鹿が。ここにいらっしゃる春日お嬢様はなぁ、紅茶しかお飲みになられないんだよ。毎日パシリやらされているからそれなりに春日の好みを把握しちゃったよ! ちょっぴり悲しい。


「ごめん、今すぐ新しい紅茶用意するから」


だから蹴らないで。頼みます!


「……これでいい」


……えっ?


「いいの? これ玄米茶だよ?」

「これでいい」


はあ、春日がいいって言うならそういうことでいいのでしょう。んだよ、いつも紅茶紅茶うるさいくせしてさ~。玄米茶でもいいんですか。だったら今度から紅茶の代わりに玄米茶買ってきますよ。……そしたら春日に蹴られそう。


「んじゃ、俺は仕事に戻るね」


そろそろ仕事に戻らないとね。こうやって春日と二人のほほんといるのもいいけど、仕事は仕事。責任持ってやらないと皆に申し訳ない。


「何かあったら俺に言ってね」


どうぞごゆっくりドーナツをお楽しみください。春日の座るテーブルを後にして、さあ仕事開始。俺の仕事はオーダー係だ。お客さんの注文を聞いたり、品を運んだりする仕事。水川みたいに可愛くないが(そりゃそうだろ)、俺なりの接客スマイルで頑張る。今の時間帯は飲食店が特に忙しい。まったく嫌な時間帯にシフトが入ってしまったもんだ。あー、しんどい。でも頑張らなくちゃ。


「ま、将也! 電卓が壊れた。どうしよ?」


レジで米太郎があたふたと喚いている。


「落ち着け、暗算で頑張るんだ」

「数学赤点だった俺に三桁の暗算は辛いよ。もれなく繰り上がりを間違える自信があるね」

「つーか予備の電卓が机の中にあるだろ」

「あ、ホントだ」


昨日の打ち合わせで水川が言ってただろうが。何を聞いていたんだよ。この野菜馬鹿!


「兎月、ステージで恥かいた遠藤が傷心で使い物にならない! どうしたらいいんだ?」

「広報の方の仕事に回せ。で、代わりに広報から渡部君を連れてこい。遠藤の代理だ。そして遠藤、俺はお前の歌声カッコイイと思ったぜ!」


実際のところ聴いてないけどな。だって寒かったし。とりあえず嘘でもいいから励まさないと。


「兎月君、紙皿が切れかけているんだけど……」

「隣のクラスに余りがないか見てくるんだ。なかったら家庭科室からもらってこい。つーか、なんでも俺に聞かないで! 俺、実行委員じゃないから」


あぁ! なんで俺に聞くんだよ。俺だって命令するより命令される方が慣れているんだから。春日のおかげでねっ!


「……」

「ん?」


後ろで誰かが俺の服を引っ張ってきた。お客さんか? 後ろを振り向くと、そこには困った表情をしている春日が。


「……」

「どうかした?」

「ちぇ、彼氏がいたのかよ」

「んだよ」


春日の後ろで若い二人組の男が不愉快そうに舌打ちすると教室から去っていった。ガラの悪い奴らだったな~。もしかして、


「さっきの奴らにカラまれたのか?」

「……」


黙ってコクリと頷く春日。そりゃ春日みたいな美人さんが一人でドーナツ食べてたら声かけられるわな。ナンパされるとはさすがですね。


「ほら、もう大丈夫だから。席に戻っていいよ」

「……」


……えーと春日さん? 服掴むのやめてくれません? 俺も仕事に戻りたいからさ。春日は俺の服を掴んだまま動こうとしない。え、ちょ、もう大丈夫だって。


「将也」

「ん? どうした米太郎」


今色々と忙しいんだよ。繰り上がり計算の仕方は今度教えるから。


「春日さんと行ってこいよ」

「はぁ?」

「……はぁ」


俺の疑問「はぁ」を溜め息「はぁ」で返した米太郎が耳元で囁いてくる。


「春日さんはお前のこと待っているんだよ」

「春日が?」

「付き合っているんだから当たり前だろ」


だから付き合ってないから。


「春日さんを一人きりにしていたら、さっきみたいに他の男にカラまれるぞ。だからお前は春日さんと二人で学園祭楽しんでこい」

「店はどうするんだよ」


チーフ気取りで言うのもアレだが、俺がいなくて大丈夫か?


「心配するな、俺がどうにかする。な~に、俺特製玄米茶があれば乗り切れるさ」


そう言って米太郎は俺から離れると後ろの春日に向けて、ニパァと笑いかける。


「ねー、春日さん。玄米茶美味かったでしょ?」

「……」

「……あ、あれ?」


無表情で米太郎を見つめたまま春日は口を開こうとしない。というか服離して。あ、米太郎が泣きそうだ。


「春日、さっき玄米茶飲んだだろ。どうだった?」

「……美味しかった」


だってよ米太郎。


「な、なんでお前の問いかけには答えるんだよ」


再びヒソヒソ声で喋りだす米太郎。そんなこと知るかよ。俺だって無視されることあるし今のもたまたまだろ。


「とにかく行ってこいって。春日さんもさっきまで一組のお店で働いていたみたいだし、どっか回りたいだろうぜ」


俺の肩をポンポンと叩いて米太郎はお客さんのオーダーを取りはじめた。なんか米太郎が頼もしく見えた! ……さて、


「あ~、春日。良かったら一緒に回ってみない?」

「……」


返事もしないまま春日は教室から出ていった。離さなかった服を簡単に離して。ふぅ、俺も伊達に一ヶ月以上も下僕やってるからな。今の態度がイエスかノーかの判別ぐらいつくようになったよ。


「で、どうするんだよ?」


そのニヤニヤ顔やめろ。お前といい水川といい何がそんなに面白いのやら。分かってるっての。


「春日の代金ツケといてくれ」


エプロンを脱ぎ捨てて教室から出る。待ってよ春日!



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