第41話 夜道の帰り道
火祭桜(ひまつりさくら)
好きなもの 猫、読書、本の管理、料理、兎月?
嫌いなもの 納豆、湿気、マナーの悪い人、空気の読めない人、空気の読めない米太郎
本作のヒロイン。赤みがかった絹のように綺麗なロングヘアーにアーモンド形のぱっちりとした瞳の容姿抜群の女の子。小さい頃から道場に通っており、武の才能をいかんなく発揮。その腕前の強さでマナーの悪い人や他人に迷惑をかける不良をこらしめていた。しかしそれが噂となり火祭に悪いイメージを印象づけてしまった。周りから恐れられ、火祭はずっと一人孤独だった。だけど兎月に救われ今では学校の人気者になりつつある。火祭自身は兎月のことを家族以外で自分のことを理解してくれた最初の人として特別な目で見ている。
「ここで①より……a=3、b=-2……でオッケー?」
「そ」
ふぅ、やっと問題が解けるようになってきた。この調子なら赤点は取らないで済みそうだ。暗記科目なら一夜漬けで何とかなるけど、数学はそうはいかない。やっぱ公式をしっかり理解しないと問題は解けないのだ。うん。
「ちょい休憩しようか」
あ~、疲れた。ベッドに倒れこむ。ふんわり毛布が気持ちいい~。
「あ、春日はいつ頃帰る?」
「……」
「あんまし遅くなったら、お父さんも心配するだろ?」
あの親父さんだからな~、捜索願いでも出しそうだ。いやこれマジでありそうで怖い。現在六時四十分。晩飯前だし、そろそろかな。
「……もう少し」
「え?」
「……もう少しだけ勉強する」
そう? まぁ春日が言うなら、そうするけど。
「良かったら晩ご飯食べていく? 今日はカレーなのよ」
母さん! また廊下で盗み聞きしてたのかよ。つーか今日もカレー? 駄目だって、春日みたいなお嬢様にカレーなんか出せないよ。例え二日目のカレーでもだ!
「いえいえお構いなく! 大人しく下でテレビ見てなさいってば」
「将也に聞いてないわ」
「春日に話があるなら、俺を通してくださいっ」
廊下にいた母さんを追い払う。もうヤダ、このおばさん。もし俺に彼女ができたとしても絶対家には呼べないよ。まあ彼女できたらの話だけどね!
「ごめんね、あんな母親で」
「……本当にこれアンタ?」
ま~たアルバム見やがって! そんなに他人のアルバムが面白いかよ。確かにちょっと面白いと思うけど。……なんか俺も気になってきた。
「ちょ、俺にも見せて」
一緒にアルバムを見ることにしました。懐かしいなあ、小学校の思い出なんてあんまし記憶に残ってないや。だからこうして見ると、うーん面白い。
「これアンタ?」
「だから俺だって」
お~、昔の俺だ。あの頃はこんなピュアな瞳をしていたんだなぁ。今はどうなんだろ? 加齢で汚れているのかな? いやいや、まだ十六歳だから大丈夫だろ。
「おっ、これは遠足の時の写真だな」
可愛い笑顔しやがって! おにぎり持って友達と楽しそうにじゃれ合っている姿はとても癒される。いやー可愛い……ん? そういえば……火祭と水川も可愛いって言っていたよな。昔の俺って結構可愛かった? もしかして春日もそんな風に思っているのかな……?
「なぁ春日、この写真見てどう思う?」
「……別に」
あんだけ写真見て、感想なしはないでしょうよ。こっちから言ってみるか。
「自分で言うのもアレだけど、そこそこ可愛くない?」
「……」
やっぱ無反応か……。
「……ちょっと」
「え?」
「ちょっとだけ可愛い……」
………うおぉ!? 春日が褒めてくれた! 初めての快挙。よくやった昔の俺よ!
「え、そう? えへへ~」
「笑うな。気持ち悪い」
どうやら今の俺は気持ち悪いらしい。またも接近し過ぎていて春日に突き飛ばされた。フローリングがひんやりして気持ちいい~。
「うしっ、勉強しよっか」
休憩したことだし勉強を再開することにする。次は化学と物理だな。
「……要は三つの公式覚えとけばいいんだろ。あとはベクトルの問題と考えれば」
「そ」
それなら物理は前日に問題解くぐらいで大丈夫だろ。あー、疲れた。化学もしんどかったし、理系科目は苦手だよ。英語と国語も同じくらい嫌いだし……ん? 俺の得意科目って何だ? ない……。
「い、いや体育は得意だし。あ、そういや時間……」
時計を見ると、すでに八時を回っていた。おぉ結構外も暗くなってきた。つーか真っ暗。
「そろそろ終わろっか。お腹も減ってきたことだし」
母さんの持ってきたクッキーしか食べてないもん。
「そ」
テキパキと帰り支度を終える春日。一緒に一階へと降りると下で父さんと母さんがスタンバっていた。父さん顔が固いよ? そして真っ青だし。
「こんな愚息に勉強をご教授してくださって誠にありがとうございます!」
ズバッと頭を下げる父さん。恥ずかしいからやめてよ!
「いえいえそんな。私も将也君と勉強できて、とても有意義な時間でした。また来てもいいでしょうか?」
「いつでも来てね。私も将也も春日さんが来るのを楽しみにしているわ。あと、うちのお父さんクビにしないでね」
「お願いします!」
だからそんなことを息子の同級生に言わないでよ母さん。そして父さん、息子の同級生に土下座しないでよ!
「ほらほら、うちの親はもういいから早く行こ」
これ以上両親の醜態を見せたくないから春日の背中を押して家を出る。あ~、やっぱ外はもう真っ暗だな。
「触るな」
出るやいきなり笑顔をやめてローキックをぶち込んでくる春日。くっ、この猫かぶりが。
「春日、どうやって帰る?」
さっき携帯で確認したら次のバスは四十分後らしい。もうちょっと時間のこと考えるべきだった。
「自転車が壊れてなかったら送れたけどなー……」
「……」
「痛い痛い! 無言で抓ってこないでっ」
自転車壊したのは俺じゃないって。今日もカラオケに行っているファンキーじじいのせいだから。
「春日の家って、ここから歩いてどれくらい?」
「……たぶん二十分ぐらい」
案外近いんだな。それなら歩いて帰るには十分だ。
「送ってくよ。ほら、行こう」
夜道は危ないからな。前回みたいに誘拐される恐れがある。
「……」
スタスタと勝手に歩きだす春日。否定でもいいから何か返事くれないかなぁ。春日と並んで歩く。街灯の光も少なく暗い夜道の影から今にもナイフを持った凶悪犯が出てきそうだ。怖いって。自転車も車も人も通らない道は沈黙を貫き通している。うぅ、静かすぎて怖い。何か会話して紛らわさないと。
「今日は勉強見てくれてありがとね。ホントに助かったよ」
「そ」
「春日って教え方上手いよな~。でも俺に教えてるばっかりで春日自身はあまり勉強できなくてごめんね」
「別に」
「明日からはもう大丈夫。一人で勉強できるから。あとは暗記すればオッケーだしね」
「そ」
「まっ、春日なら中間考査ぐらい余裕だよな~」
「別に」
……さっきから「そ」と「別に」の繰り返しじゃないか。いやいや、返事してくれるだけでもありがたいと思わないと。それにしても……真っ暗だよな。街灯が何個か壊れてるぞ。市長に申請しないと。これだと段差に躓いて転びそうで危ないって。
「あっ」
突然、春日が小さな悲鳴を上げた。俺が横を見た時には春日の体はかなり前に傾いていた。って、あかんあかん! 春日が倒れかけている!?
「危なっ!」
か、肩を掴めて良かった……。前に倒れかけていた春日の体を後ろに引き戻す。良かった……春日が倒れずに済んだ。よくやった俺の反射神経。脊髄の働きに感謝。
「だ、大丈夫?」
「……」
そりゃ、こんな暗い夜道じゃ足を踏み外して当然だよ。やっぱ危ないよ市長! 街灯つけましょうよ。
「そこに段差があったんだね」
「……」
いやこれマジで危ないって。ホント春日に怪我負わせたら春日父に俺が殺されちゃう……。それにこれ以上春日を危険な目にあわせたくない。男として守る義務があります!
「ほら、手」
春日に手を差し延べる。手握っていればこけることもないはずだ。しかし春日はまったく反応しない。いや俺だって恥ずかしいよ。でもしょうがないじゃんか。危ないし。
「俺と手繋ぐのは嫌だと思うけどさ安全のため我慢してくれないかな……?」
「……」
「なぁ頼むよ。春日に怪我させたくないんだよ」
「……」
手に柔らかな感触が伝わってきた。やっと了承してくれたか。帰ったら石鹸で徹底的に洗えばいいじゃんかよ~。俺は傷つくけど。
「じゃ、行こ」
春日と手を繋いで歩きだす。なんか恋人みたいだな、えへへ………はっ!? 俺の馬鹿。何を考えているんだい! やましい気持ちで手を繋いでるわけじゃないんだから。春日の安全のため!
「こっちの道?」
「そ」
さっきまで渋ってたくせに意外とがっちりと手を握ってくれている春日。やっぱ怖いんだろ~? だって俺も怖いもん! そういえば、春日と手を握るのは二回目だよな。一回目は高級レストランで手を繋いだ。あの時は緊張したなー。良い思い出だよ。そして春日の手、暖かいや。すごい安心する。柔らかいし、えへへ~……やましい気持ちはNGだぞっ俺! 馬鹿野郎、落ち着きなさい!
「……兎月」
「何?」
「……元気になった」
「うえ?」
「……月曜日、元気なかった」
あぁ……あの時は火祭のことでいっぱいだったからな。もれなくテンション低かったもん。あの時は本当に辛かった。自分にできること、できないこと、できなかったこと……色んなこと考えていて頭いっぱいだった。自分に何ができるとかすべきこととか……ホントへこんでたよな。
「……元気になった」
「春日のおかげだよ」
「え……」
食堂で励ましてくれたじゃん。正確には頬を抓って元気出せと命令しただけだけど。でも、おかげで随分と気持ちが楽になったのも事実。
「春日が元気くれたんだよ。本当にありがとうな」
「べ、別に」
俺なりに誠意を込めた笑顔で感謝の意を伝える。昔の俺みたいに可愛い笑顔じゃないけど、それなりに良いスマイルなはずだ。うん、たぶん。
「本当に……ありがとう」
思わず、ぎゅっと強く握ってしまった。でも春日は手を離そうとはしない。少しは気を許してくれたかな。
「春日には助けられっぱなしだな」
「……私も兎月に助けてもらった」
俺が?
「いつ?」
「誘拐された時、体を張って守ってくれた……」
誘拐された時か……あの時は無我夢中だったからな。それに誘拐犯A弱かったし。
「あのくらい当然だろ? だって俺は春日の……」
「わ、私の……?」
「下僕だからな!」
決まったぜ! 完璧な台詞だろ?
「……」
「……」
……あ、あれ? 無反応……?
「馬鹿」
「ば、馬鹿って痛い!」
不意打ちローキックが一番痛いんだよ!? 体の筋肉が弛緩しているんだから。
「な、何よ急に」
「うるさい馬鹿」
そこからは急に不機嫌になった春日と無言で歩き続ける。何か知らないけど怒ってるみたい。えー……やっぱ手を繋ぐのは嫌なんだろうか。よく分からん。何か機嫌損ねること言っちゃったのかな?
「着いた」
「……こ、ここが?」
しばらくして春日の家に到着。ここが春日のお家……すげぇ! 前方には巨大な豪邸が。左側を見れば大きな庭園が。右側には倉がある。そもそも目の前には重厚な鉄の門があり、家を囲む壁は二メートル近い。ま、マジでお嬢様なんだな……俺とは住む世界が違うよ。
「……ここでいい」
「そう?」
俺もそうしてもらいたい。春日の親父さんには会いたくないからな。娘をたぶらかすな! とか大声で言われそう。チャカを眉間につきつけられたら間違いなくちびるわ。泣いて命乞いしてやるわ!
「じゃ、ここで」
名残惜しいけど離すか。ポカポカした春日の手を離す。あぁ~、なんか寂しい気持ち。もっと繋いでいたかった。
「あ……」
「どした春日?」
「……別に」
何かあったのか? よく分かんないや。
「じゃあな、春日」
「……じゃあね」
うお、春日が返事してくれた。今日の春日はいつもと違うっ。とても新鮮な感じがする。いつもこのくらい返事を返してくれたらいいのに。もうっ。
「おう」
豪邸に背を向けて俺は家へと帰っていた。……しばらく後ろから視線を感じたけど気のせいだよね?