第36話 土日を挟むテストは余裕を持てる
ヤバイ。これはヤバイ。どれくらいヤバイかと言うとマジヤバイ。今は三時限目、数学Ⅱの授業中。高次方程式? 1の3乗根? 人知を超えた不可解で意味不明の式が並ぶ黒板を見て俺はこう思った。ヤバイと。何も理解できねぇ! 授業に全然ついていけない。周りを見渡せば、なるほど理解したといった表情でスラスラとノートに問題を解く級友がた~くさんといる。同級生と思えない。ここ三年生の教室じゃねぇの? ボランティア部の活動で忙しくてまったく勉強してなかった。さらに火祭のことを心配するあまり授業にも集中できず、ここ最近の授業はまったく聞いてなかったのだ。今日は水曜日、試験は来週の月曜日。残された時間はわずか。
「では、この問題で使う公式だが。兎月、言ってみろ」
「どうしたらいいでしょうか?」
「いや、質問返しされても……」
ヤバイって。ホントどうしたら……?
「誰かに教えてもらうしかない」
昼休み。いつものように昼食を食べていると、たくあんくわえた米太郎がポツリと呟いた。
「教えてもらうって中間考査の勉強を?」
「その通りだ。自分一人でやったところで何も変わらない。というか無理だ。だから誰かに勉強を見てもらうしかない」
米太郎の言い分は尤もだ。俺らのキャパシティーじゃ限界は知れている。間違いなくテストという壁を前に玉砕するだろう。それはつまり赤点を意味する。まだ中間試験だし、期末試験で挽回すればいいと言う奴は正真正銘の馬鹿だ。期末で挽回? んなことできるなら誰も苦労しないわ。期末テストは絶対悲惨なことになってしまう。だから中間のうちに点数を稼いでおかないとマズイのだ。どれくらいマズイかと言うとマジマズイ。中間と期末の平均が三十五点を下回るとジエンド。そこからは地獄の始まりだ。そうならないためにも中間考査は頑張らないといけないのだぁ。なのに一週間を切ったのに何もやっていないのだぁ!
「でもさ、一体誰が俺らなんかに勉強を教えてくれるんだよ。誰もが自分のことで精一杯じゃないか」
「確かに。テスト五日前に他人にマンツーマンで教えてくれないだろうな。なら、残る手段は一つ………勉強会だ!」
勉強会?
「皆で集まって勉強するんだ。分からないところは教え合うのだ。聞いた方はよく理解できるし、説明した方も復習となり、お互いに向上していく。友達の勉強する姿を間近に見て自分のやる気も上がる。どうだ、いいことだらけじゃないか」
なるほど。中々良いアイデアだと思う。皆と力を合わせれば可能性は無限大。これなら俺らでも学力向上は十分に可能だ。でも、
「でも、誰にご教授願うんだ? 俺らにそんな人脈あるのかよ」
「何を言っているんだい将也君。僕らには最高の指導者がいるじゃないか」
米太郎が指差す方向、そこには二人仲良くランチをする火祭と水川の姿が。とても楽しそうだ。
「火祭と水川……おぉ」
「火祭は一組、ゆえに頭脳明晰なのは確か。そして水川もうちのクラスでトップ5に入る程だ。彼女らに教えてもらえば俺達も安泰ってわけなのさ~」
米太郎の言う通りあの二人は頭良い。うちの学校の一組は特別進学コースという通称、特進クラス。勉強のできる奴が集結している。エリートクラスだ。その一組にいる火祭は無論頭が良いわけだ。実際、俺はGWの宿題を手伝ってもらった。教え方も上手かったし、是非とも勉強会に来てもらいたい。対して二組も特進クラスではあるが一組の学力と比べると差は歴然。俺や米太郎みたいな馬鹿だって混ざっている。そんな二組だが頭良い奴は何人かいる。その一人が水川というわけだ。下手すると水川は来年には一組に上がっている可能性すらある。編成テスト次第だけど。
「確かに火祭と水川が加わったら心強い。でもさ、勉強会に参加してくれるのかな? 水川達は一人で勉強できるだろうし」
「俺はともかく、お前が頼んだらあの二人は絶対に来るって」
なんだその根拠のない自信は。米太が背中を押してくる。やめろ、たくあんエキスが制服に染みつく。
「ほら、行ってこい。お前が誘えば絶対に来るから」
「だからなんだよその自信は。どうしたらそこまで言い切れる」
「お前だからだ」
理由になってない。まあ、いいや。とりあえずダメ元で頼んでみるか。二人仲良く喋っている火祭と水川に近づく。
「お食事中失礼します。ちょっといいかな?」
「どしたの?」
話をやめて水川がこちらに目を向ける。火祭もどうしたの? って顔をしている。
「来週はテストでしょ。だから俺と米太郎で勉強会しようってことになったんだけど、もし良かったら参加してくれないかな?」
「いいよ」
即答かよ水川。そんなパパッと決めていいのか?
「桜もいいよね?」
「うん、私なんかでよければ。それより怪我は大丈夫?」
火祭もすんなり了承してくれた。というかまたそれですか。この前の不良襲撃事件でリンチにされた俺。ズタズタのボロ雑巾にされたのだが、火祭の完璧な処置のおかげで怪我は良好へと向かっている。そして俺と会う度に怪我は大丈夫かと尋ねてくる火祭。どんだけ心配してくれるの。嬉しいけどさ。
「だから大丈夫だって。だから絆創膏を貼り換えようとしないでぇ!」
「……本当に大丈夫?」
「大丈夫! それより、勉強会に参加してくれる?」
「うん、いいよ」
「良かったぁ。助かるよ、ありがとね」
米太郎にグーサインを送ると米太郎もグーサインで返す。ほら言ったろ? とドヤ顔も送ってきやがった。しかめっ面で返してやる。
「君のためならお安い御用だよ」
「だよねぇ桜。愛しの彼からのお願いときたらねぇ」
「ま、真美!?」
ぬおっ!? 火祭がいきなり大声を上げた。水川に何か言われたのか? 全く聞いてなかったけど。きっと水川にカラかわれたのだろう。
「じゃあ、いつするの?」
「水川達の都合がいいなら今日の放課後にでも」
「構わないけど場所は?」
あー、場所かぁ。そこんとこ考えてなかったな。
「ちょっと米太郎と相談する」
たくあん貪る米太郎にアイコンタクトを送る。
「……」
いや、教室は使えないだろ。他に勉強する人もいるし。
「……」
ファミレスか……。周りがうるさくて集中できないと思うぞ?
「……」
俺ん家? 別にいいけど。つか米太郎の家はどう?
「……」
あー、そっか。それは厳しいな。
「そんな長いこと目で会話できるものなの!?」
水川がツッコミを入れてきた。
「いやいや、このくらいは慣れたらできると思うよ」
一種のテレパシーと思ったらいいんだよ。
「本当? じゃあ私に何か言ってみてよ」
「いいよ」
水川と向かい合って目を見つめる。………こんにちは、マミー。
「マミー言うな!」
「ほら伝わった」
「兎月の顔がそんな顔してたからでしょ! というかそんなことばっかりしてるから成績悪いのよ」
うわ、母さんみたいなこと良いやがって。これじゃ本当にマミーじゃないか。
「それで場所はどうなったの?」
おぉ、火祭。話を戻してくれてありがとう。
「教室は他の人の迷惑になるしファミレスだと集中できないだろうし。俺ん家で案はまとまったけど大丈夫かな?」
「君の家……」
「いやいや! 嫌なら別の場所考えよう。ほら、近くの公民館とか」
「行く! 君の家に行く!」
火祭? どうして急にそんな大声?
「あ、あぁ火祭がいいならいいけどさ。水川はどうなの?」
「桜がいいなら私もいいよ」
ニヤニヤ顔の水川もオーケーらしい。そしてなんでニヤニヤ顔? たまにするよね。ま、何にせよ。これで中間考査にも希望が見えてきたな。