第35話 ちょこっとエピローグ
保健室独特の匂いがする保健室で俺は怪我の手当てを受けていた。大丈夫だと何度も言ったのに……
「あっ、ここにも痣が残ってる。ちゃんと手当てしないと」
火祭が手当てすると一点張り。つーか痣なんだから治療の仕様がないだろ。消毒液塗られても……痛っ、染みる!?
「ほら、血が出てるもん。絆創膏貼らないと。あと、痣のできてるところは氷嚢で冷やして」
「別にこんなのそのうち治るって」
「駄目!」
そんなたいした怪我じゃないけどな~。火祭は心配性なんだな。
「そういう火祭も頬っぺた冷やさないと」
火祭が俺の体中を診まくるので、俺も空いた手で氷嚢を持って火祭の頬にそっと押しつける。
「あ、ありがとう」
顔を赤くする火祭。あれれ? おでこにつけた方がいいかな?
「だからホント大丈夫だってば」
「駄目!」
「そ、そうですか」
火祭の最高の一撃を食らった不良Dは気絶。不良ABCの三人に運ばれて学校から逃げていった。それから皆は火祭を讃えて、わあーわあーと火祭に群がりお祭り騒ぎ。山倉は一際うるさいし、水川は火祭に抱きついて心配しただの私達を頼ってとか言って泣いちゃうし。つられて矢野も泣いて、駒野先輩はハッピーエンドだな的な顔で微笑んでいたし。そんなこんなで騒がしい中心部から離れた俺はさすがに体力の限界で、壁にもたれかかり崩れ落ちるように地面にへたりこんだ。自分でも相当無理したんだよなー。それを見た火祭がものすごいスピードでこっちにやって来て、手当てをすると言って俺を保健室まで連れて行ったのだ。ぶっちゃけ、もう意識が消えかけていたのでベッドで眠りたくて仕方なかったのだが、なんか今は逆に意識がはっきりとしている。疲労が一周回ってリセットされたのかも。そんなことってある?
「いや~、やっぱり火祭は強かったな」
俺が渾身の思いで放ったパンチじゃ倒せなかった不良Dを一撃でノックアウトだもん。あれ食らったら三日は目覚めないだろうな。マジで。
「うん、あの一撃は気持ち良かった」
「ははっ、人を殴って気持ちいいだなんてボクサーじゃないんだからさ」
「分かってるよ。これでもう『血祭りの火祭』はおしまい」
「そっか……」
うん、これでもう全て終わったんだ。これで良かった。これで火祭は本当に変わることができた。皆に感謝しなくては。あれだけの人数よく集まったよ。いかに多くの人が火祭の本当の姿を理解してくれたのかが分かる。とりあえずMVPを決めるとしたらコジローだな。あいつのおかげで火祭の居場所が分かったことだし。そのうち鰹節でも持っていってあげないと。
「……ごめんね」
「な、何が?」
「私のせいで君がこんなボロボロになって……」
そんなこと気にしなくていいのに。どんだけ俺のこと心配してんの? 照れますって。
「俺が自分でやったことだからいいの」
「でも……」
「あのさ、火祭。前にも言っただろ。謝られるより感謝の言葉の方が俺は嬉しいって。俺は火祭の笑顔が見たくて頑張ったんだよ? そんな申し訳なさそうな顔されてもなぁ」
「……うん。なら……」
顔を上げる火祭。そこにはもうあの暗い影は全く見えなかった。
「ありがとう」
ニッコリと微笑む火祭。……可愛い! 今までで一番の笑顔じゃないか。ハートがズッキュンなんですけど! うっ、顔が熱い……!
「う、うん」
「……」
「……」
「……あのね?」
「うぇ!? な、何?」
火祭が俺の手を両手で包むように握ってきた。す、すごく温かい手……な、なななな何でしょう!?
「君にね、伝えたいことがあるんだ……」
「う、うん」
え? 何この感じ? 何この空気!? も、もももしかして……告白!? いや、そんなわけ………でも、なんか……そんな気がする……。
「今なら言えると思うんだ」
「う、うん」
「……」
深呼吸する火祭。も、もしかして本当に……告白!? そ、そんなの……ちょ、まだ心の準備ができてないって。 お、落ち着け俺! 心臓よ落ち着けぇ! これ以上は破裂しちゃうって!
「……ふう。じゃあ、言うね」
「う、うん」
つかさっきから「う、うん」しか言えてないぞ俺。追いこまれてからの言葉のバリエーション少な! どれだけ緊張してるんだよ。いやいや緊張するよね!
「……」
「私は君のことが……」
「将也ぁ! 俺の活躍聞いてくれた!? 俺すげー頑張ったお!」
保健室の扉が勢いよく開かれて、ドヤ顔の米太郎が乱入してきた。ニッコリ満面の笑みで。
「なぁ誉めてくれ、よ……」
「……」
「……」
いや、本当にお前って奴は……。春日誘拐の時も最悪のタイミングでメールしてきたり先週の体育館裏での事故といい空気の読めない奴だな。俺を見て、火祭を見て、俺と火祭の繋いだ手を見て、米太郎の顔は見事に固まった。場は静まり、空気に亀裂が入る。
「は、はははっ……お邪魔だった、みた、い、だねぇ……」
「……」
火祭はユラリと立ち上がると、米太郎の肩を掴む。
「ひ、火祭さん?」
「どうして邪魔するの……?」
ひ、火祭から黒いオーラが見えるんですけど……。おいおい、簡単に血祭りの火祭が戻ってきたよ。
「ご、ごめんなさいぃ!」
瞬きした瞬間には米太郎は土下座していた。たいしたスピードだ。隊長クラスの瞬歩並だよ。
「また今度……いつか絶対に伝えるからね」
俺にもう一度笑いかけて、火祭は保健室から出ていった。一体、何を言うつもりだったのか………気になるぅ!
「この馬鹿米太郎が!」
「痛い、殴らないでおくれっ」
ま、こいつも陰で色々と頑張ってくれたからな。もちろん感謝している。口で言うのは恥ずかしいから言わないけど。
「で、話によると米太郎は職員室前で消火器をぶっ放したらしいな」
「おぉ、そうなんだよ。是非聞いてくれ!」
急に目をキラキラさせる米太郎。そんなに自分の活躍を自慢したいのかよ。
「知ってるか将也? 消火器って白い粉がいっぱい出るんだぜ!? ちなみに俺のあそこからは白いえき」
「それ以上は言わないでくれ。なんだ、ちなみにって」
下ネタ言わせねぇよ。
「故意でないとアピールしたんだけど、火の『ひ』の字もなかったからな~。わざとやったのってバレてさ」
火の『ひ』の字があったら、それは火だよ。馬鹿なのか?
「そこから担任と学年主任にこってり絞られてよ~。俺も俺の息子も意気消沈しちゃって」
「また下ネタかよ」
「この程度で下ネタと感じていたら、俺の深夜トークにはついていけないぜ? 修学旅行どうするよ?」
お前と同じグループにならない。
「それで罰とか言われて試験終わったら一週間校内掃除だってよぉ~」
「それは災難だな」
「まあ、どうせボランティア部の活躍に参加するつもりだったからいいけどな」
「は? 清掃活動ならもうしないけど」
「……うぇ!?」
だって火祭のイメージを変えるための活躍だったからな。火祭のためにあんなにも大勢集まってくれたんだから成果は出たというわけだし、これ以上やる必要ないし。
「そ、そんなぁ。試験前も憂鬱、試験後も憂鬱って……」
「一人で寂しくゴミ拾いするんだな。つーか、いつまでここにいるつもり? もう帰ろうぜ」
美人の保健の先生と保健体育の勉強するならともかく、米太郎といてもしょうがない。男と二人で保健体育の勉強だなんて違う参考書とテキストじゃないか。考えるだけで身の毛がよだつ。
「そうだな、帰るか」
米太郎と二人で保健室から出る。あ~、もうクタクタ。帰ったらすぐ寝よ。その前に風呂入りたいや。いや、風呂入ったらぜってー傷に染みそうで嫌なんだけどな……俺もちょい鬱だよ。
「……将也」
「なんだ?」
「火祭は変われたんだよな」
「……そうだ」
もうこれで火祭は大丈夫だ。火祭には頼れる友達がいっぱいできたのだから。確かにまだ全員が理解してくれたわけじゃない。まだまだ火祭のことを恐がる人はいるだろう。けど今の火祭にはを守ってくれる友達がたくさんいる。その人達が火祭を守り、火祭の本当の姿を伝えてくれるはずだ。噂と嘘で塗り固められた壁を壊して、そしていつか全員が火祭のことを理解してくれることだろう。その日は来るのはもう近い未来のことだ。
「すげーな、お前」
「は? 火祭じゃなくて?」
「だってよ、一人のためにそんなボロボロになるまで頑張るなんて普通じゃないぜ。すげーよ将也は」
米太郎が誉めてくれるなんてビックリだ。こいつに真面目な台詞は似合わないのにさ。ちょっとばかし照れくさい。いやいや、火祭のためならこのくらい。
「別にそんなたいしたことはしてないけどな」
「謙虚だな~将也。もっとドヤ顔で自慢しろよ。俺なんか消火器ぶっ放しただけで英雄気取りだぜ?」
お前は謙虚じゃなくて自重しろ。とにかく良かった。これで一件落着、ハッピーエンドだ。これからも火祭の笑顔が見られる。もうあの時の悲しい表情にはさせない。
「さあ明日に向かって帰ろう!」
「なんだそれ」
ははっと笑う俺と米太郎。
この時、俺は知らなかった。これはまだ始まりに過ぎなかったことに。
そう、中間考査という黒い影が迫ってきていることに……!